その日は嵐だった。

叩きつけるような雨が草原を洗い、太い雷が何本も大地へと落ちた。

雷に照らされて、一軒の家が浮かび上がる。

人気のない草原にポツンと建つ家。

その家の中では、二人のマッドサイエンティストが笑っていた。

「フフ、フハ、フハハハハ！　ようやく、ようやくですな！」

「ああ！　ようやくだ！　ようやく完した！」

二人のマッドサイエンティストは笑いながら手を取り合い、部屋の中で踴っていた。

「ここまでこれたのは、ひとえに師匠の類まれなる技と叡智の賜！」

「いやいや、ザノバ君、君の深淵たる知識や発想なくしてこれは完しなかった！」

ルーデウスとザノバである。

互いを讃え合い、踴りをやめた二人。

彼らのいる部屋の奧には、あるが設置されている。

不気味なを放つ石の寢臺だ。

その寢臺には、一人のが寢かされていた。全で。

「ここまで、本當に長かった……」

ルーデウスは思い出す。

失敗の連続を。

最初は起すら出來なかった。

試作一號機が完するまで、何十回もマイナーチェンジとデチューンを繰り返した。

その結果、起には功したものの、命令をそのまま聞くだけのゴーレムになった。

これはこれで需要はあるだろうが、彼らの求めていたものとは大きく違った。

試作２號機からは人工知能を搭載したコアの開発と、より人間に近いボディの追求。

もちろん、失敗続きだ。

ボディの方は段々と人間に近くなっていったが、人間に近いきを追求するために材料をいじれば耐久度に難があり、人間らしいきをさせようとコアをいじれば、起に失敗する。

二人は、人とはこれほどまで絶妙なバランスでり立っていたのかと苦悩した。

失敗に次ぐ失敗。

狂龍王カオスの手記は何度も見直した。

甲龍王ペルギウスにも助言を仰ぎ、魔法陣と霊召喚のヒントを得た。

龍神オルステッドには、あまり手にらない魔石や、材料に関する知識をもらった。

だが、それでもなお、失敗は続いた。

かの狂龍王ですら未到の領域。到達は出來ないのかと涙した。

失敗し、涙を流しながら再チャレンジしてまた失敗した。

だが、その都度、小さな発見をして、し進歩を繰り返した。

そして、一ヶ月前。

ついに、ついに功した。

仮組みの人形は確かに起に功したのだ。

試作３號機が。

のっぺりとした顔の無い人形は、確かに起に功したのだ。

彼らはその功に小躍りをした。

試作３號機でデータを取り終えた後、早速、次の機の制作を開始した。

試作４號機である。

試作４號機は、ほぼ完品に近いスペックを持っている。

人と同じ、同じ顔を持ち、口をかして言葉を喋り、手足を使って自由にく。

ただ、実をいうと、彼らは試作３號機でやるべき実験を全て終わらせたわけではなかった。

問題點の洗い出しが全て終了したわけではなかった。

理想の人形が理想の姿でくという求に、我慢が出來なかったのだ。

そのため、試作３號機でやるべき工程をいくつかすっとばして、ほぼ完品と同じスペックとなる試作４號機に著手したのだ。

とはいえ、それはそれでよいのだ。

試作３號機で出來て、試作４號機でできないことはない。

試作４號機でシステムのチェックと、完品用の素の相を見る。

それでいいじゃないか、と。

これも次なる一歩なのだ、と。

俺たちが見たかったものはこれなのだ、と。

これこそが俺たちの求めた自人形(オートマタ)なのだ、と。

「では！　起しますぞ～！」

「おう！」

ザノバは、ワクワクした表での慎ましいの中心にある魔石に指をばした。

この魔石の奧、のの中心にはコアがある。

複雑かつ細かい魔法陣が刻まれたコアはの脳であり、文字通り心臓部である。

コアを起させることで、人形は自分の足で立ち、自分で學び、自分で判斷し、自分の力で魔力を得て、半永久的にき始める。

完全な自律人形だ。

もちろん、それがかなわず、魔力不足で倒れることもあるだろう。

だが、その場合はこの寢臺に戻して、全の魔力を回復してやればいい。

最初にルーデウスがその仕様を提案した時、ザノバは言った。

再起を人の手に委ねるは、不完全では？と。

だがルーデウスは言った。

まさか、それこそが完全なのだ、と。

人は転んで起き上がれなくなったら、人の手を借りて立ち上がるものだ、と。

「……」

ザノバのばした指が躊躇いを持った。

さしもの彼も、いのにるのにはばかられるのか？

いいや、彼はそんなことに躊躇する男ではない。

「…………師匠がやりますか？」

「いや、ここまでこれたのはお前の頑張りのおかげだ、お前がやってくれ」

ザノバは怯えているのだ。

二人の理想が実現する瞬間に。

１０年近い年月を要した夢が葉う瞬間に。

だが、元來の彼は臆病な格ではない。

躊躇とは無縁な男だった。

「わかりました……では、參ります！」

「おう！」

ザノバの指が、ゆっくりとのにれた。

壊れを扱うかのような優しい指先がのを這い、魔石へとれた。

起用の魔力は、そう大きくない。

誰でも、起できるようになっている。

「……『目覚めよ、我が娘』」

ザノバが起用の呪文を唱えた瞬間、パリリと魔力が通った。

寢臺の端にある赤いランプが、青へと変わる。

それを確認した後、ザノバは指を離した。

「……」

數秒の沈黙。

二人の男が固唾を飲んで、の起を見守った。

起後のプロセスは自化されている。

起呪文を唱えて魔力を勵起させた後は、ただ見守るだけでいいのだ。

「……」

が音もなく目を開けた。

パチリと、黒い瞳を。

その間に、パチンと音がして、寢臺との理的な接続が切れる。

接続が切れると、の上がゆっくりと起こされた。

きめ細かで真っ白いだ。

細く、筋などついていないのではないかと思えるほどの細い。

房は小さめだが形は整っており、のラインはのものとは思えないほど綺麗だ。

ザノバとルーデウスが長年の人形制作技で培った技の結晶であった。

のは人工的なと、魔導鎧と同じ材質で出來た骨格でできている。

人工は、ルーデウスが土魔で作り出した粘土をベースに、赤竜の鱗や幻蝶の鱗といった高い魔力を備えた材料を加え、最後にエルダートゥレントの樹と不死魔族のを混ぜこむことで完する。

試行錯誤と高級な材料を駆使して生まれた人工は、半永久的に高い耐久を保ちつつ、人間のそれに非常に近い質を持っている。

そのをかすのは魔法陣を刻まれた骨格だ。

骨格に刻まれた魔法陣が、人工の固まりを筋のようにかしている。

原理はほぼ魔導鎧のそれと同等である。

だが、関節部分にスケルトン・デスブレイカーの骨で作られたパーツが導されている。

スケルトンの骨は魔力の伝導率が上がる。

特にランクの高いスケルトンの骨は伝導率が高く、より人に近いきを可能にした。

さらに、は両手を上げて、ぐっとびをして、手のひらをグッパーする。

非常に、人間に近い、らかなきである。

そのあまりにも自然すぎる作は、思った以上に腋とが強調され、艶かしさすら覚えてしまうものであった。

「ゴクッ」

ルーデウスが唾を飲み込んだ。

「作ってる時はわからなかったけど、くとなんか、アレだな、思いの他、ヤバイな……」

「……」

ザノバは答えない。

だが、同じような心持ちであることは、その表から見て取れた。

はさらに無言のまま上を倒し、仰向けになったまま膝を上げた。

白く瑞々しい太ももが互に上がり、そのままの勢で膝を曲げばしたり、を開閉する。

巧に作られた人形の部が二人の前にチラチラとさらけ出される。

ちなみに、これらの作はエロ目的でを見せびらかしているわけではない。

起時には、自で関節部の作チェックをするようにプログラムされているのだ。

このチェックで引っかかると、ダメな部分に関するエラーを吐くようになっている。

人形自の口から。

「正常に起しました」

最後に、人形は肩口まである黒髪を振り、全てのチェックの終了を宣言した。

人工聲帯から奏でられる聲は、二人の知る、ある人によく似ている。

「ふぅ……」

二人は張の面持ちを崩さないまま、息をついた。

今まで、何度もこの場面で失敗した。

腕をあげようとして肘から先がロケットパンチみたいに天井に向かって飛んで行ったり、ボギンと鈍い音がして膝が変な方向に曲がったり、が裂けて奇怪なオブジェのような姿勢のまま、ボギンゴギンと鈍い音を立てつつエビゾリ方向に丸まっていったり……。

試作三號の製作中には、そうしたスプラッタな景が何度も繰り広げられたものだ。

人形の骨格部分が魔導鎧と同じものでできているのが問題だった。

魔導鎧をにつけた時、その力加減はにつけた者が調節できる。

だが、そのさじ加減は、長く魔や筋を使ってきた経験からくるものだ。

人形に経験は無い。

ともすれば、常に最大の力でいてしまい、自滅してしまう。

ゆえに、中の至る所にリミッターを掛けたのだ。

もっとも、骨格となっているのは魔導鎧と同じ材質のものだ。

リミッターを掛けたとはいえ、耐えられる閾値は高く、聖級剣士並みのきを可能とする。

それはさておき。

何度も失敗した膝や肘を曲げる際の人工のパワーの設定や、可域の設定に何の問題も無いのを見て、二人は安堵したのだ。

「うむ、問題ないようですな」

「ああ」

二人の言葉に反応したかのように、人形が寢転んだまま、ガラスのような無機質な目をザノバへと向けた。

そのまま、口を開く。

「マスター。お名前をどうぞ」

「ザノバである！」

「マスター・ザノバ。登録しました。ご命令をどうぞ」

「そちらのお方をサブマスターとして登録せよ」

「了解しました。そちらのお方、お名前をどうぞ」

「ルーデウスです」

「サブマスター・ルーデウス。登録しました。ご命令をどうぞ」

流れるようなやりとりは、試作３號機での実験において何度も行っているものだ。

人形は最初に、主人の登録を行うのだ。

「うむ。では、寢臺より降りて、床に立つが良い」

人形は寢臺から降りて、まっすぐに立った。

その様子を見て、ルーデウスはグッと拳を握った。

「よしよし、マスターネームの登録もちゃんと出來ているし、命令も聞くな」

ルーデウスはジーンとした心持ちで人形を見下ろした。

最初の頃は大変だった。

「ザノバである」と言えば、「マスター・ザノバデアル」で登録されたりした。

他にも、寢臺を降りなかったり、「立つが良い」の「が良い」が理解できなかったりといったり……。

これらはペルギウス直伝のアドバイスで対処できた。

もらったヒントからあれこれと魔法陣を弄くり、何度も１から構築した。

それが、今、こうして形になったのだ。

出來上がった召喚魔法陣はコアに刻まれ、人間が本能的に行うものを全て網羅している。

「軽く飛び跳ねてみよ」

「イエス、マスター」

人形が両足を揃えたまま、トントンと飛び跳ねる。

なかなか力強い跳躍だ。

人工は骨格を破壊するほどのパワーも出せるが、きちんと自律制できているらしい。

「飛び跳ねながら、両手を広げて」

「イエス、マスター」

「足を広げて……ストップ」

「イエス、マスター」

「そこからまた飛び跳ねを再開しつつ、両手をグルグルと回して」

「イエス、マスター」

「一跳び毎に、足を開いたり、閉じたり」

「イエス、マスター」

ザノバの命令に従いながら、人形は言うとおりにく。

短い髪が揺れて、躍的に肢が跳ねる。

バランス覚もバッチリだ。

「そこで面白い顔をせよ」

ザノバの唐突な命令に、人形は一瞬止まり。

「イエス、マスター」

頬に手を當てて、プニュっと顔を歪めた。

無表で頬を歪めただけ、変な顔だ。

面白い顔とはいえないかもしれない。

だが、人形自が自分なりに考えて遂行した結果である。

つまり、期待通りの結果であった。

「ふむ、良好ですな」

「ああ……」

だが、ルーデウスはその様子を見て、やや渋い顔をしていた。

彼が見ているのは、小さいながらも跳躍の度に震えると、間についた巧な部である。

ルーデウスの名譽のために言うが、彼は的な目で見ているわけではない。

なにせ、彼が自分自で作ったものだ。

ただ、思った以上の完度に、彼は恐れたのだ。

自分自の才能を？

違う。

「しかし、似すぎたな……顔もそうだが、偶然とはいえ聲も似てしまった」

ルーデウスは、人形の顔を見る。

人形はルーデウスと目を合わせるが、にこりともしない。

笑顔なども出來るようには作ってあるが、命令無しではまだ出來ないのだろう。

しかし、ルーデウスが問題視しているのはそこではない。

「これは、絶対に怒られるな……」

人形の顔は、二人の知り合いに酷似していた。

「ナナホシ殿にですか？」

そう、七星靜香。

二人の友人であり、空中城塞に眠る異世界人である。

人形は彼に似ていた。

顔もそうだが、髪も長さは違うものの黒髪で、背丈もつきも、彼によく似ていた。

知り合いによく似た全の人形。

的な部と、使用に耐えうる間部を持つ人形。

「馬鹿、シルフィとかにだよ！」

そう、彼が恐れていたのは、妻の怒りだ。

「しかし、長く眠るナナホシ殿の代わりとなる人が必要という話だったではありませんか」

「まあな」

そう、理由はあった。

彼の友人が転移してくるという仮説が現実になった際に備え、

ナナホシの名前を後世に伝えるのに、彼自の姿も伝わったほうがいい。

そうした理由から、この人形はナナホシに似せて作られた。

「師匠の奧方達も知っているはず」

「皆は、自人形を作っていることは知ってても、ナナホシに似せて作ってることはまだ知らないよ」

とはいえ、ルーデウスもナナホシに似た人形を作ったことで妻が怒るとは思っていない。

きちんとした理由もあるし、ナナホシ本人も了解していることだ。

ちゃんと説明すれば、納得してもらえるだろう。

「問題は、このと間だよ」

だが、それが的な使用も可能となれば、別だろう。

友人に似た人形が、的な行為に使われる可能がある。

その事実を彼の妻が知れば、心穏やかではないだろう。

説明の仕方によっては、ルーデウスはベッドの上で非常に冷たくされるだろう。

頬をプクッとさせたシルフィに「せっかく作ったんだから人形でも抱けば？」と言われたり、あるいは逆に泣かれたり、落ち込まれたりするかもしれない。

どちらにせよ、ルーデウスにとっては良いことではない。

「こんな巧にする必要は無かった」

「そんな、師匠の技がふんだんなく使われた、素晴らしい造形ではないですか。特にこの首が実にエロい」

「馬鹿、お前、せっかく濁してるんだから、首とか言うなし」

「失禮」

なぜや間部分まで巧に作ってしまったのだろうか。

確かに、この計畫を考えた時にそういう思想はあった。

ダッチワイフ的な思想だ。

だが、今はそうした思想からは離れている。

我慢すべきだったのだ。

にしても間にしても、R１８指定にせず、お茶をにごしておけばよかったのだ。首なんかいらなかった。

そもそもこれはまだ試作４號機だ。

試作の段階でナナホシに似せる理由もなかったのだ。

ルーデウスは調子に乗ってしまったのだ。

「とにかく、シルフィ達には言えないな、これは」

「師匠は恐妻家ですからな」

「妻家と言ってくれ」

現在、ナナホシに似せた人形を作ることを知っている人は數だ。

オルステッドに、ペルギウス、それからナナホシ本人。

もちろん、完したらお披目をし、関係各所に知らせるつもりではある。

これからの計畫でも使っていく予定もある。

が、その関係各所とて、ここまで巧に作ってしまったと知れば、白い目で見てくるかもしれない。

ロキシーにじっとりとした目で睨まれ「あの人形、わたしよりスタイルがいいですね？」と言われたり、あるいは暗い顔をされて距離を取られるかもしれない。

ロキシーに距離を取られたら、ルーデウスは切腹する他ない。

「ふーむ、師匠の奧方は、そのようなことで目くじらなど立てないと思いますがな。師匠がお盛んなのは皆様ご存知でしょうし」

「俺も普通の人形ならそう思うんだけど、ナナホシに似てるのがな、波の幕開けに思えてならない」

ルーデウスはうーんと唸りながら、人形のをつついた。

人間のとはやはりし違うが、しかし非常にらかい。

自分で作ったものでなければ、とても興したことだろう。

その興が、あるいは浮気と取られるかもしれない。

浮気と取られた挙句、口をヘの字に結んだエリスに「フンッ！」と腰のった拳で毆られた後、押し倒されて上に乗っかられたりするかもしれない。

二度と浮気などされないように、完全にエリスのモノにされてしまうのだ。

おっと、これはルーデウスにとって悪いことではなかったか。

「……」

ちなみに、人形は突かれている指をじっと見ていたが、それ以外は何の反応もない。

られているはある、というだけだ。

的な快楽までは、得られるように作っていない。

あるいは、この研究にエリナリーゼかアリエルあたりが深く関わっていれば、そうなっていた可能もあるが、二人は現在、子育てに夢中である。

「では、いっそ、廃棄しますか？」

そう言うザノバの顔は暗かった。

人形を捨てることは、彼にとって面白いことではない。

それがどんな人形であれ、だ。

「……いや！　これはこれで完度は高いし廃棄はもったいない！」

ルーデウスは腕を組んで悩み始んだ。

最悪の事態を考えるなら、これは廃棄し、別のを組んだ方がいい。

部や間部だけ換裝するというのは、現在の技では不可能だ。

量産化が視野にればそういうことも考えるだろうが、今のこいつは一品だ。

「でも、誰かに見つかったことを考えるとなぁ……」

「見つかりませんとも、そのために我らはわざわざ、このような場所に研究所を作ったのではありませんか」

「まあ、そうだけど……」

彼らの現在位置は、アスラ王國のフィットア領の端だ。

復興途中のフィットア領の一部をボレアスから借り、そこに建てた一軒家を研究所とした。

場所を知っている者はそう多くない。

「お前はいいよ。見つかってもあんまり怒られないし」

「いえ、前にも話しましたが最近はジュリが怒るのです」

「ああ、そっか、そうだったな」

彼らと計畫を共にしているはずのジュリですら、この場所は知らない。

人工や骨格の生は手伝っても、どこでそれが組まれているかは知らないのである。

仲間ハズレなのである。

というのも最近、ザノバがエロっちい人形を買ったりすると、ジュリが骨に不機嫌になるからだ。

流石に破壊したりはしないが、ザノバの目につかないところに仕舞おうとする時もある。

仕方あるまい。

彼もとっくの昔に人を迎えて大人になったとはいえ、年齢的にはお年頃……思春期なのだ。

二人には、年頃の娘さんを慮る程度の神はあった。

「でも、地下の転移魔法陣をジュリが見つける可能はあるだろう？」

この研究所への転移魔法陣はザノバの工房の地下にある。

ジュリが地下に降りてきて、転移魔法陣の存在を知り、好奇心からそれを踏んでしまったら。

彼は、自人形(はだかのしょうじょ)の目撃者になってしまう。

きっとショックをけるだろう。

「ちゃんと側から鍵を掛けておりますゆえ。そして、一つしかない鍵はこちらに」

「ジュリはそれぐらい開けられるぞ。土魔での解錠の仕方は教えたからな」

「いいえ、ジュリは余が鍵を掛けた扉は開けません。そう約束してあります」

「なるほど」

とはいえ、ジュリとザノバも一応は主従の立場である。

ジュリも越えてはいけないラインというものは理解しているのだ。

「話を戻しましょう、どうしますか？」

ザノバの言葉に、ルーデウスは腕を組んで考えた。

考えてみれば、首と間がついてるだけで、他は正常だ。

それに、そもそもこいつは試作４號機だ。廃棄するのは、一通りデータは取ってからでも遅くはない。

「よし、もったいないがデータを取ってから廃棄しよう」

ルーデウスは、最終的にそう結論を出した。

廃棄に踏み切らなかったルーデウスを責めるなかれ。

結構な金と手間が掛かっている上、試作３號機ですべきだった実験もしていないのだ。

首がエロいという理由だけで廃棄をするには、あまりにももったいない。

と、そこでザノバの頭の上にポンと電球が付いた。

「というか師匠！」

「どうした？」

「服を著せておけばいいではないですか！」

「お？　おお、そうだ！　そのとおりじゃないか！」

ザノバの提案に、ルーデウスもまた気づいた。

そもそも、見えているから問題になのだ。

服で隠せば、エロいものは隠れる。

強魔でもない限り、いきなり服を剝ぎ取ろうとはしないだろう。

つまり言わなきゃわからないのだ。

「よし、ちょっと待ってろ」

ルーデウスはそう言うと、隣の部屋へと駆け込んだ。

そこには、予め用意しておいた服がある。

魔法都市ではさほど珍しくもない、厚手のベージュのワンピース。

だけでなく、パンツとブラジャーもだ。

無論、新品である。

もともと、人形には服を著せる予定だったのだ。

二人はそれをすっかり忘れて、ののエロさに戦慄していたのだ。

「よし、この服を著るんだ」

「イエス、マスター」

「著たら、寢臺で橫になりなさい」

「イエス、マスター」

ルーデウスは立ち盡くしている人形に服を著せて、寢臺へと寢かせた。

ひとまず、服を著たことで背徳的かつ的なじは消えた。

現在は、ナナホシに良く似たの子が、寢臺にカッチリとハマっているだけだ。

決して背徳的なじはしない。

目がカッチリと開いて瞬きもしないため、猟奇的ではあるかもしれないが。

しかし、この見た目で、何か問題が全て解決した気になれた。

「……なんかどっと疲れたな。ちょっと早いけど、今日は、このぐらいにしておくか」

「ですな」

とりあえずの方針が決まった所で、ルーデウスは息をついて椅子に座った。

結局、起実験しか出來なかったが、しかし結果は上々だ。

焦ることはなく、また明日から人形に々と教えていけばいいのだ。

ルーデウスはそう考え、ポンと手を打った。

「ひとまず、今日は祝おうか！　我々の計畫の偉大なる第一歩に！」

「はい！　師匠が言うと思い、ちゃんと用意しておきました。こちらです！」

ザノバは部屋の隅に置いてあった樽を持ち上げた。

彼はそれを部屋の中央まで持ってくると、拳で天板を砕いた。

バキャっと音を立て、中のがし溢れる。

「おお、用意がいいじゃないか！」

ザノバは予め用意してあったコップを手に取り、そのまま中を汲み取る。

コップの中は、半明の紫ので満たされていた。

アスラ王國で作られている葡萄酒だ。

「あ、食いは？」

「保存食しかありませんが？」

「まぁ、それでいいか」

二人は地下室から乾の山を持ってくると、酒樽を脇に積み上げた。

そして、葡萄酒が並々と注がれたコップを持ち上げる。

「では、人形計畫の前進に」

「我らの夢の就に」

「乾杯！」

酒盛りが始まった。

---

「しかし、何から教えるべきかね」

「ひとまず、簡単な作確認は出來ましたので、あとはどれだけ融通が聞くか、どれだけのものを憶えられるか、思考のの限界を試してみたいですな……」

「調べるべきものはたくさんある。出來るかぎりの検証はしてみよう」

二人は酒を飲みつつも、今後の予定について話していた。

先ほど起した時點では、大したことはやらせていない。

だが人形は曖昧な命令でも上手に解釈し、実行していた。

彼は初期に持っている基礎的な知識を元に、自己的に學習していく。

しかし、その知能がどこまでびるかは、まだわからない。

最終的にどこまで覚えて、何が出來るようになるのか。

どこまで自分で考え、判斷出來るようになるのか……。

「お任せください。余が責任をもって々と教えこんでみましょう」

「いけないことまで教えるなよ？」

「その言葉、師匠にそっくりそのままお返しいたします」

「お前も言うようになったな」

「ハッハッハッハッハ」

二人はこれからの未來を思い、大いに笑いながら酒で腹を満たしていく。

と、そこでザノバは話題を変えた。

「そうそう、師匠の作った『副産』の売上も順調ですぞ」

「そういや研究の途中で々作ったな。商店の方で売ってたのか」

「特に評判いいのはあれですな、カエル袋」

「ああ……」

ルーデウスは人のの質を出すために々と試行錯誤を繰り返した。

中でもレインフォースフロッグの頬袋は非常に薄い上に、とても長くびる、しかもちょっとやそっとでは破れないほどに丈夫だ。

當初はそれを利用して、人形の皮をつくろうと考えた。

結果的にもっと別の素材が見つかったためそれを利用することはなかったが、別のものは出來た。

それが……。

「避妊(コンドーム)か」

「はい。特にルーク殿が気にってくれましてな。アスラに工場を作ることを進めてくれましたぞ」

「アスラ貴族は本當にそういうものが好きだなぁ……」

「といいつつ、師匠も使っておられるのでしょう？」

「まぁ、な」

そう、ルーデウスも使っている。

ほぼ毎晩のように使っている。

三リリと四クリスが生まれた後、次に子供を生むのはシルフィだという暗黙の了解があった。

シルフィを中心に相手し、ロキシーとエリスの相手をするのが減る日々。

しかし種族柄か、シルフィは三人目を妊娠しなかった。

ルーシーとジークができたのは単に周期と運が良かったのか、あるいは神様がイジワルでもしているのか……。

わからないが、回數が減ると、エリスあたりがもぞもぞしてくる。

一時期に比べてだいぶ収まったものの、エリスは非常に強いを持っている。

野獣が、ランランと目を輝かせているのだ。

ともすれば、簡単にルーデウスは組み伏せられ、エリスを妊娠させてしまうだろう。

そこで避妊の出番だ。

こいつを使えばあら不思議、野獣エリスを満足させつつ、子供は出來ない。

３人目をお腹に宿したエリスを見て、シルフィが頬をポリポリ掻きながら寂しそうな顔をすることもなく、家族間に気まずい空気が流れることもない。

そんな奇跡の逸品が、今ならアスラ銀貨一枚。

「……まあ、なんだ、面倒を見る人が増えないのに、子供だけ増えるのもよくないだろう」

「使用人でも雇えばよいではないですか」

「使用人を雇ったら、俺が面倒見れないだろう。六人でも多すぎるぐらいだ」

「ハッハッハ……師匠らしいですなぁ」

ザノバはカラカラと笑った。

そんなザノバを見て、ふとルーデウスは疑問を持った。

いつも、チラチラと疑問には持っていたことだ。

「そういや、お前は、ジュリとはどうなの？」

「どう、とは？」

「その、再婚とかしないの？」

「ジュリと、ですか？」

「まあ、年齢差はあるし、ジュリの分はそりゃ低いけど……でも、お前ももう自分を王族とか思ってないんだろ？　いいもんだぜ。結婚して、子供に囲まれて、子供を褒めてやったり、たまに子供にイタズラされて、叱ってやったりしてさ」

ルーデウスの言葉に、ザノバはゆっくりと首を振った。

「余は……結婚はしません」

「……そっか」

斷固たる口調に、ルーデウスはそういって口をつぐんだ。

誰にも、踏みられたくない領域はある。

ザノバとて、単にしたくないからしないと言っているわけではあるまい。

々あるのだ、王族とか、一度した結婚のこととか、殺してしまった弟のこととか、パックスのこととか。

「まあ、大したことではありません。聞きたいですか？」

「話してくれるなら」

「余は神子で、怪力と、頑丈なをもつ代わりに、の覚が鈍いのです」

「つまり？」

「生ののはらかすぎて、刺激が足りないということです」

その言葉に、ルーデウスはをつまされるような衝撃をけた。

下世話な話ではあった。

しかし、合點もいった。

なぜ、ザノバが事ある毎に銅像を使用していたのか、とか。

「無論、それだけではありません。

パックスのこと、ジュリアスのこと、々あります。

ですが、子をせぬ者を伴とするのは、相手も辛かろうというのが、一番の理由ですな」

「そっか……。でも、なんだ、もし機會があったら、ジュリにも聞いてみるといいさ。別に子供がいなくても、いいと……言うかもしれないし、養子って選択も、あるし」

ルーデウスの歯切れが悪いのは、すでに自分に六人の子供がいるからである。

「はは、そうですな」

力なく笑うザノバに、ルーデウスはそれ以上、結婚について何かを言うのは控え、話題を戻すことにした。

今は祝いの酒の場だ。

楽しく飲まねばならぬのだ、と。

「まあ、ゴムのことはいいや！　他のは？　売れてる？」

「他はそこそこですな。どうやら扱いされているようで、一部の好事家がコレクションとして買ってくれる程度です」

「便利だと思うんだけどな……掃除機とか、アイシャなんかすげぇ喜んでたのに……」

ルーデウスの副産は多岐に渡った。

魔法陣を利用した扇風機や掃除機、防水グッス、保冷ボックスなど。

ルーデウスが作ったものはそれなりに便利ではあったが、普及に結びつくものはなかった。

大抵は魔で再現可能な上、材料がやや特殊なものとなったため、価格は割高にならざるを得なかったからだ。

あるいは材料に関する研究を進めれば安価にすることも可能だったが、それは目的とは違うことである。

「便利ではあるでしょうが、アスラやミリスにはすでに同じ効果をもつ魔道があったりもしますし、使用人を一人雇った方が早く、便利ですゆえ」

「使用人の方が手間が掛かると思うんだけどなぁ」

ルーデウスは酒をあおりつつ、ため息をついた。

もはやこちらの人間と言って良いほどの年月を過ごしたルーデウスだが、

やはりまだ前世の覚は殘っていた。

「ま、技だけ殘しておけば後世の人が使うかもしれないし、作り方だけでもまとめて本にしておくか」

「ああ、それはいいですな。きっと後に師匠の意思を継ぐものが現れ、幻の本だと思ってくれるでしょう！」

「名づけてルーデウスの書、とかか」

「ハハハ、後世の魔師たちも、龍神の右腕の名を冠する魔導書に日用雑貨の作り方が書かれているとは、夢にも思いますまい！」

気に酒を飲みわす二人。

段々と二人とも顔が赤くなってきている。

一樽という大きさは、二人にはし多すぎるのだ。

「ここにクリフやバーディ陛下がいないのが、殘念でならないな」

「……クリフ殿なら、あのような不貞な人形は許さなかったでしょうなぁ」

「次の一歩の時には呼ぼう。なんなら、ミリスのクリフの部屋で祝杯を上げてもいい」

「そうしましょう！　おお、そうだ！　今回の試作機できっちり仕上げ、栄えある自人形第一號を、クリフ殿へのプレゼントにしようではありませんか」

「いいな！　あ、でも、そうなるとタイプはよくないな……年にしよう」

「年もまた、良いものです」

「おっとぉ、ザノバ殿下はそちらにもご興味が？」

「男の気はありませんが、年若い年の人形の良さはわかるつもりです。師匠はわかりませんか？」

「わかるよ。もしシルフィが男でも、俺はよかったぐらいさ」

「ハッハッハ、さすが師匠ですな！」

酒宴は大いに盛り上がり、二人はどんどん酔っ払っていった。

気持ちのいい酒だった。

舊友と二人で研究に勤しみ、その果を肴に飲む酒は。

「よーし、じゃあ次は年タイプだ。せいぜいクリフが嫉妬するようなかっちょいいのを作ってやろう」

「ハッハッハ、ハッハッハッハッハ！」

……彼らは気づいていなかった。

酒盛りをする自分たちを、じっと見る目があったことを。

気に話している會話容が、聞き取られていたことを。

そいつが、ニヤリと笑ったことを。

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「おおう……頭いてぇ」

翌日。

酒のせいで痛む頭に解毒をかけつつ、ルーデウスが起き上がった。

窓の外をみると、嵐はすっかり収まっており、雲ひとつない晴天が広がっていた。

「もう晝か……飲み過ぎたかな……」

だが、なんだかんだ、男二人で飲む酒はうまい。

祝いの酒は特にいい。

昨日は人形の破廉恥さに戸ってしまったが、しかし、それはそれ。

試作機であの出來なら、今後も楽しみというものだ。

広がる夢。溢れだす希。はち切れんほどの。

そんなものをじつつ、ルーデウスは人形の顔を覗き込もうとして……。

「……あれ？」

いなかった。

人形が、寢臺に。

空っぽの寢臺が、そこにあるだけだった。

「ちょっとまて、え？　あれ？　えっと、ザノバ～？　人形どこやった～？」

ザノバが先に目覚めて何かを教えているのか。

そう思いつつ、周囲を見回す。

すると、部屋の隅にあった布の塊の中から、ザノバがのっそりと起き上がった。

「ん～……師匠、人形は寢臺で停止させたではないですか」

「停止？」

ルーデウスは、そこでハッと思い出した。

確かに、服を著せて、寢臺には寢かせた。

間違いなく寢かせた。

「…………させたっけか？」

だが、停止させるには、停止命令かあるいは休眠命令を出す必要がある。

の魔石に手を當てて、呪文を唱える必要がある。

それは、やっていなかった。

「さ、探せ！」

「わ、わかりました！」

慌てて人形の姿を探す二人。

だが、人形の姿は、見つからなかった。

研究所の中にも、外にも。

人形は、こつ然と姿を消していた。