《無職転生 - 蛇足編 -》15 「アルスのミリス観」
アルスが一人で行してみたいと思ったのは、退屈からだった。
町にきて、最初に目にった何本もの塔。
白ママ曰く、あれは巨大な魔道で、あれのおかげでこの町は快適な狀態で一年が続くという。
それから、銀に輝く大きな建。
赤ママ曰く、あれが冒険者ギルドの本部で、冒険者の大半が一度は訪れるという。
それらを是非とも近くで見てみたかった。
もちろん、父に言えば連れて行ってくれるだろう。
今日だって、金ピカの建を見たいといったら、にこやかに笑ってアルスを金ピカの建へと連れてきてくれた。
しかし、父は金ピカの建を見に連れて行ってくれたものの、建の部でアルスの自由にはさせてくれなかった。
中にってからアルスが珍しげにあちこちを見て回ろうとすると、そっちはダメ、あそこにはっちゃいけないと制限したのだ。
正直、アルスにとってそうして制限されるのは窮屈で、そして退屈であった。
アルスの知らない事であるが、ルーデウスはもちろんミリス教団本部に配慮したのである。
教団本部の、特に中心部は許可が無ければれない場所である。
そんな場所にヤンチャな盛りの子供連れでることを良しとしなかったのだ。
が、アルスはまだ子供であった。
塔も、銀の建も、言えば連れて行ってくれるだろう。
だが、きっと行を制限され、今日のように窮屈な思いをするだろう。
単純にそう思った。
だから、父たちが、たくさんの護衛に守られたの大きなの人と一緒に金ピカの建の中心部にっていった時。
戻ってくるまで子供たちは中庭で遊んでいるようにと言われた時、チャンスだと思った。
(あの銀ピカとか、塔を間近で見てやる)
思えば、生まれてこの方、親には行を制限されっぱなしだった。
やれ、どこそこには行くな、やれ、一人で町をうろつくな。
どこかに遊びに出かける時も、いつもアイシャかレオが一緒だった。
小さい頃は唯々諾々と従っていたし、今でも反抗するつもりはない。
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ママたちの言いつけを完全に理解しているわけではないが、それを教えを守るのは大事なことだと、子供ながらに理解している。
外は危険がいっぱいだから、一人で行するなというのも、わかっている。
大、アイシャと二人で出かけるのだって、嫌いじゃない。
だが、それでも。
たまには監視の目無しで行してみたいと思う時もあったのだ。
「なあ、ララ姉、ちょっと抜けだして、あの銀ピカと塔まで行ってみない?」
そんなアルスがったのはララだった。
今日のララは珍しいことに、一人だった。
レオは、神子と呼ばれている人の守護魔獣である白梟に話があるとかで、ララを置いてどこかに行ってしまったのだ。
そして、ララもまたこのタイミングをチャンスだと思っていた。
ララは小さな頃からレオと仲良しだ。
もちろん、今も嫌いではない。
だが、どこにでも付いてきて、ララの行をあれこれと諌めようとするレオを、最近はしうっとおしくも思っていた。
ゆえに、アルスにわれた時、ララはしだけ口元を上げて、頷いた。
「私も、そうしようと思ってた」
というわけで、二人はアイシャの目を盜み、こそこそと行を開始した。
クリスが「パパがいない!」と泣き出したタイミングを狙って茂みの方に移し、茂みのから影へと隠れつつ、出口の方へ。
「ねえ、二人でどこいくの?」
と、そんな行を見咎めたのは、ジークだ。
「シーッ、ちょっと遊びにいくだけだよ」
「子供だけで出かけたら怒られるよ」
「お前だって、最近一人で裏からこっそり出かけてるだろ。知ってんだからな」
「い、行ってないもん……」
アルスは知っていた。
ジークはいっつも一人で出かけてる。
しかもなぜか彼だけは、一人で出かけても咎められない。
アルスはそれを、アイシャもレオも見ていないからだと思っていた。
そして、弟だけが自由に歩きまわっていることに、軽い不満を覚えていた。
実際の所、ジークは一人だったわけではない。
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アルスはもちろん、ジークも知らぬことであるが、ジークが一人でこっそり裏口から出て行くと、ルード傭兵団のメンバーがながら護衛につくのだ。
無論、心配のルーデウスの指示の元に、である。
「そのこと黙っててやるから、俺たちのことも言うなよ」
「……うん。わかった」
「大丈夫だって、ちょっとあの銀ピカと、でっかい塔を見てくるだけだよ」
「えっ、冒険者ギルド行くの?」
銀ピカの建と聞いて、ジークの目が輝いた。
彼はアレクから様々な英雄譚を聞いていた。
その中に冒険者ギルド本部がよく出てきており、並々ならぬ興味を抱いていたのだ。
「ああ」
「じゃあ、僕もいく!」
こうして、アルスたちはミリス大聖堂から外へと出た。
ちょっとしたイタズラ心と、そして好奇心をいっぱいにめて。
---
アルスは、ジークとララを引き連れて町中を移する。
魔法都市シャリーアとは違う家々に、見たことないような形の建、新鮮な風景に、アルスの心は高鳴った。
無論、移中の馬車の中からも見たが、やはりこうして自分の足で歩いてみると、何かが違った。
地面の石畳の模様も違うからだろうか。
何にせよ、知らない町を歩いているだけでワクワクしてくる。
子供だけの集団、特にジークの緑髪。
人々は奇異な目で見てきたが、なんのそのだ。
そうした視線には、シャリーアにいる時から慣れているのだ。
「ララ姉、ちゃんと前向いて歩けよ。危ないぞ」
「んー」
ララは返事をしつつも、キラキラした目で周囲を見ていた。
彼はアルス以上に、この小奇麗な町に興味津々だった。
「ねぇ、ルーシー姉もった方が良かったんじゃないかな? 仲間はずれにされたら、ルーシー姉怒るよ?」
「ルーシー姉に言ったらダメって言うに決まってるだろ」
対し、ジークは相変わらず臆病だ。
最近は隠れて鍛えてるのか、剣の腕がめきめきと上がってきているのに、なんでこんなに臆病なのか、アルスにはよくわからなかった。
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「あっ、ララ姉! あれなんだろ!」
と、アルスが指差した先には、奇怪なオブジェがあった。
梟の形をした生々しいオブジェだ。
先ほど、金ピカの建で見た大きな白い鳥にも似ているが、明らかに作りとわかる造形で、ちょっとだけ不気味であった。
ララはそれを見て、自信満々に答えた。
「……あれは噴水」
「あんな変な噴水あるわけないじゃん」
「でも噴水」
「えー……絶対違うって……」
と、アルスが見ている先で、オブジェの口から水が噴き出し始めた。
「あっ、ホントに噴水だ! すっげ! なんでわかったの!?」
「似たようなの、ジュリさんちで見た」
それは、ルーデウスの『副産』であるマーライオン風の噴水であった。
神子の守護魔獣ナースの形を模倣されており、完と同時に神子へと寄贈された。
とは言え、さすがに教団本部に置いておくには扱いに困るというか、
剝製のような出來栄えのせいで神子が近くに置くのを嫌がったせいで、こうして教団近くの通りに設置され、道行く人々を楽しませているのだ。
「へぇー」
関心するアルスとジークの視線をけて、ララはふふんとを張った。
と、そんな會話をしつつ、三人は橋を渡った。
すると、周囲の風景ががらりと変わった。
建は低くなり、道行く人々の數も増えた。
人々の中には腰に剣を差していたり、鎧姿をしている者も數多く見られる。
心なしか、強面で筋骨隆々とした人も増えた。
神聖區から、冒険者區へとったのだ。
「なんか普通になったね」
「そうだな」
とはいえ、魔法都市シャリーアに住んでいるアルスたちにとっては、先ほどよりも慣れた景だった。
大、強面で筋骨隆々と言っても、ルード傭兵団の面々に比べたら、ひ弱に見えるぐらいだ。
赤ママとは比べるまでもない。
「ララ姉、あの銀ピカってどっちだっけ?」
「ん。あっち」
「よし、じゃあ行くか!」
意気揚々と歩くアルスに、ワクワクした表のジークと、眠そうながらも口元を緩めたララがついていく。
「おぉ、すっごいな!」
「わー!」
大通りに到達すると、冒険者ギルド本部はすぐに見つかった。
何せ銀に輝く巨大な建が、大通りの奧に鎮座しているのだ。見つからないわけがない。
「アル兄! はやくはやく!」
ジークが興し、走りだした。
先ほどまで反対していたのが何だったのだろうという変貌ぶりだ。
口では何と言おうとも、『冒険者ギルド本部』という、英雄譚の最初の一幕でよく出てくる存在の魅力には抗えないのだ。
「あっ、まてよ!」
アルスとララもまた期待を込めた顔で、それを追いかけた。
早く近くにいって見たかった。
唐突に走りだした子供を見て、周囲は一瞬「危ない」と思った。
子供が唐突に走りだした結果、人にぶつかったり馬車に轢かれるというのは、よくあることだ。
だが、周囲の予想に反し、三人は子供とは思えない、しっかりとした足取りと速度で人混みをするすると抜けていった。
しかも、馬車の通らない道の端の方をだ。
日頃の訓練の賜である。
---
「おぉ~!」
り口前の階段に到著して、ジークは嘆の聲を上げた。
これほど巨大で荘厳な建は、見たことが無かった……わけではない。
魔法都市シャリーアにも魔法大學という巨大な建築は存在する。
でも、なんというか、それとは違うのだ。
冒険者ギルド本部は銀で、キラキラとしているのだ。
魔法大學は赤とか茶とかで、なんかイモっぽいのだ。
「アル兄、これが冒険者ギルドなんだね!」
「おお、これが冒険者ギルドだ!」
「ウチの近くにあるのと違うね!」
「ウチの近くのは、なんかちゃっちいもんな!」
「でも臭いはなんか一緒だね」
「うん。なんかちょっと臭いよな」
失禮なことを言いつつ、三人はそろそろと冒険者ギルドの門を潛った。
あくまで、靜かにだ。
子供が冒険者ギルドに出りすると、頭の悪い冒険者が喧嘩を売ってくる。
と、青ママが前に教えてくれたからだ。
アルスは喧嘩ぐらいむところだが、勝手に抜け出してきて喧嘩までしたとなれば、赤ママは怒るだろう。
怒った赤ママは怖い。が真っ赤になるまで叩かれるに違いない。
ジークとララが怪我をしたとなれば、怒るのは赤ママだけにとどまらないだろう。
青ママや白ママも怒ったら……そう考えると、アルスの足に震えが走る。
ただ、もしかするとパパも怒るかなと思うと、しだけ喧嘩してみたい気持ちもあった。
今のところ、パパには褒められたり甘やかされたりすることは多くても、叱られたことはほとんど無かった。
ましてパパが本気で怒る所なんて、見たことがない。
「わ~」
冒険者ギルドの部は、外見から想像した通り、きらびやかだった。
裝は年季をじるけど重厚なじがするし、付も多い。
冒険者の數も段違いで、裝いも全然違う。
魔法都市シャリーアでは魔師は初心者っぽいのばかりで、戦士と治癒師は練者っぽいのが多い。
だが、ここは逆で、初心者っぽいのは戦士と治癒師で、練者っぽいのは魔師だ。
「アルス」
その景を見て満足していた所、アルスは後ろからララに聲を掛けられた。
「四階まであるって」
ララは階段前の案板を指差してそう言った。
アルスがそれを見てみると、冒険者ギルドが四階まであることを示していた。
一階は付と待合、二階はギルド直販の武や素材の販売、三階は軽食を食べられるレストランで、四階は大規模なギルドのためのギルドルームとなっているようだ。
「上がってみようぜ!」
アルスが意気揚々と階段の方へと行こうとした所で、ふと影が差した。
見ると、化粧の濃い、しかしの大きなが、アルスの後ろに立っていた。
「ここはガキの遊び場じゃないわよ。何しにきたの?」
「か、観です! 俺ら、ラノア王國から來てて……」
咄嗟にそう答えたのは、パパにそう言えと教わっていたからである。
「親は?」
「い、今は俺らだけです」
「そう……じゃあ、私が案してあげましょうか? ほら、こう見えて職員なのよ。今日は午前でお仕事終わりだから、よかったらどう?」
はそう言って、肩のあたりにつけたワッペンを見せた。
確かに、付にいる人と同じものであった。
「お、お願いします」
アルスは心でドキドキしながら考えた。
アルスは満なが大好きだった。
もちろん小さくても嫌いじゃないが、大きい方が好きだ。
目の前ののはアイシャと同じぐらい、すなわちアルスをドキドキさせるのに十分なサイズであったのだ。
「よっし、まかせなさい。いい? 一階は見ての通り、付よ」
職員は人懐っこい笑みを浮かべると、あれこれと説明し始めた。
三人は彼について行きながら、冒険者ギルド本部を見學して回った。
一階、二階、三階、四階……。
職員は、子供相手とは思えないほど、丁寧に案してくれた。
自由にきまわるつもりが案付きでの観。
予定とは違ったが、しかし見るものはどれも新鮮であった。
特にギルドルームはシャリーアの冒険者ギルドには無いもので、冒険者の所有とは思えない裝の豪華さやたるや、彼らのをわくわくさせるのに十分だった。
「以上よ。面白かった?」
一通り見終わった後、職員はそう言ってアルスを見下ろした。
「はい、面白かったです! ありがとうございました!」
「いいのよお禮なんて……それでこの後どうするの? お父さんかお母さんが迎えにきてくれる?」
「い、いえ……」
「ふ~ん。じゃあ、送ってってあげましょうか?」
「結構です。自分たちで帰れますから!」
斷ったのは、まだ塔に行っていないからだ。
噓をついてもよかったが、町の外に向かって移していけば、このも流石に気付くだろう。
目的地に到達していないのに帰るわけにはいかない。
そう思いつつ、アルスたちは冒険者ギルドの外へと出た。
ちょっと予定は狂ってしまったが、結果オーライだ。
「さ、次行こうぜ!」
アルスが指差す先には塔だけでなく、正午を過ぎて下がり始めた太があった。
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塔への道中には、んなものがあった。
複雑な形をした水路。
その水路を移する小型の船。
大量の魔から取ったと思わしき素材を運ぶ荷車。
それらを守るように移する、大勢の冒険者……。
アルスたちは珍しいものを見つける度に嘆の聲を上げ、心行くまで見學を楽しんだ。
しかし、そんな風に道草を食っていたせいか、はたまた、近くに見えていたはずの塔が意外に遠かったせいか。
彼らが塔にたどり著いた時、時刻はすっかり夕暮れとなっていた。
「おぉ~、これもでっかいなぁ……」
夕暮れの中、近距離で見る塔は、アルスたちを圧倒した。
子供一回りするのに數分は掛かりそうな太さの柱が、見上げんばかりの高さまで続いているのだ。
しかも近くで見てみると、塔の表面にうっすらと紋章が刻まれている。
塔全が魔道になっている……わけではなく、部の魔道を守るため、塔に強固な結界魔が施されているのだ。
もちろん、アルスにそんな事がわかるはずがない。
ただ、確かリリはこういうのが好きだから、見れば喜ぶだろうなとアルスは思った。
「アル兄、やっぱり中にはれないみたい」
「そっか。ま、しょうがないな」
ジークが塔のり口らしき場所を見つけたが、そこは二人の兵士が守っており、中にはれないようだった。
まあ、當然だろう。
アルスとしても、登って上からの景を見てみたい気持ちは無くもなかったが、無理そうなら諦めるだけの判斷力はあった。
「はぁ~……じゃ、帰るか!」
「うん!」
「ん!」
意気揚々と帰路につくアルスに、ララとジークも従った。
「ララ姉、面白かったね!」
「うん。面白かった。あのギルドルームの壁に掛かってたドラゴンの頭、私もしい」
「じゃ、僕がおっきくなったら取ってきてあげるね」
「その時は私も手伝う」
彼らは普段見れないものが見れて、ご満悅だった。
特にジークは興しており、先ほどからララにひっきりなしに話しかけている。
だが、アルスは歩きながら、ふと不安に襲われていた。
もしかして。
いや、そんな、と。
「ね、ね、アル兄、冒険者ギルドに、おっきな剣が飾ってあったでしょ、あれ、何だか知ってる?」
「いーや?」
「あれね、48の魔剣の一つなんだよ」
「へぇ~、よく知ってるな」
「飾ってあるから、多分偽だと思うんだけど、前にね、アレクさんが絵に描いて見せてくれたことあるんだ」
「ふーん……」
「あっ、待ってよアル兄!」
アルスはジークの言葉にぞんざいに答えつつ、足を早めた。
ジークは唐突に無口になったアルスに首をかしげつつも、ララと話しながら、歩いた。
ララもアルスの態度がし気になったが、特に口にすることなく、ジークの話に耳を傾けた。
そのまま三人は歩いた。
普段から鍛えられているということもあって、疲れたと弱音を吐いたり、足が痛くなって歩けなくなる、ということは無かった。
だが、無言で歩くアルスの背中を見ていると、ジークの言葉も次第になくなっていった。
やがてジークは言葉を失い、三人は無言のまま歩き続けた。
夕暮れの中を。とぼとぼと。
そして、日が落ちた。
---
日が落ちてから數十分。
暗い路地で、三人は立ち盡くしていた。
周囲には人の気配は無く、シンと靜まり返っている。
「ねぇ、アル兄、あと、どれぐらいで付くの?」
「……わかんねぇ」
アルスとて、こんなつもりではなかった。
帰りのことを考えていなかったわけではない。
行きは大きな塔を目指して歩けばいい、なら帰りは金の建を目指して歩けばいい。
何せ、金の建だ。
遠くからでも目立つし、一度通ってきた道を戻るだけだから簡単だ。
そう思っていた。
だが、夕暮れという時刻が全てを黃く染め上げた。
その上、夕暮れ時に出來る長い影は、今まで歩いてきた道の気配を消した。
塔までの道中、んなものに見とれてしまったのも、道を忘れた原因の一つである。
「わかんないって、どう――」
「うるさい! わかんねぇものはわかんねぇの!」
大聲を上げたアルスに、ジークはびくりとを震わせた。
そして、頼れる兄が大聲を上げたことで、今が深刻な事態なのだと実し、じわりと目元に涙が滲んだ。
彼はアレクの下で修行を始めたとはいえ、まだまだい子供であった。
大人しい子であるがゆえ、怒鳴られ慣れてもいない。
「アルス」
ララの靜かな言葉がした。
そこで、アルスはハッと後ろを振り返った。
そこには、今にも泣き出しそうなジークと、いつも通りの無表のララがいた。
ただ、ララの立ち姿には若干の怒気が含まれていた。
「……ごめん、ララ姉。迷った」
「うん」
「ララ姉、道わかる?」
「……わからない」
力なく首を振るララ。
普段から傲岸不遜で、怖いものなど無いとばかりに、何をしでかすかわからない姉の弱々しい姿。
アルスはそれを見て、軽い絶を覚えた。
だが、弱音も吐かず、泣きもせず、アルスはグッと拳を握りしめた。
「だ、大丈夫! 俺にまかせろ!」
自分が蒔いた種だ。
自分がなんとかしなければならない。
そう考えたのだ。
アルスはララとジークの手を取り、強く握った。
そして、二人を安心させるように、無い知恵をふりしぼり、考えた。
青ママは言っていた。
ピンチになっても慌てずに、まずはできることが何かを考えなさい、と。
「えーっと……そうだ、大きな通りに出れば、人もいるし、その人達に道を聞けばいい。金ピカの建はそんな多くないから、多分知ってるはずだ」
今はまだ夜になったばかり。
大通りに出れば、人も大勢いるだろうし、その人達に道を聞くのが簡単だ。
青ママはこうも言っていた。
わからないことがあったら、恥ずかしがらずに聞きなさい、と。
「……聞いた人がイジワルで、教えてくれなかったら?」
泣きそうなジークのネガティブ発言に、アルスはうっと言葉を詰まらせた。
わからないことは無いと思うが、教えてもらえない可能は無いとは言い切れない。
青ママは先の言葉に続けて言ったものだ。
でも、何でも聞けば教えてもらえるというものではありませんし、噓を教えられる可能もありますので、気をつけなさい、と。
「その時は……あ、そうだ! パパが言ってた、もし町でママとはぐれて迷子になったら、教會を見つけて、そこでクリフおじさんの名前を出して助けてもらえって! 神父さんなら噓つかないだろ?」
「あ……そうだね!」
神父でも噓をつく可能は十分にあるのだが、
この時ジークの頭に浮かんだのはクライブのお父さん、すなわちクリフの顔であった。
彼とは出會った回數こそないものの、決して噓をつかない人だと認識されていた。
「じゃあ、帰れるね」
「ああ、大丈夫だ。だからお前も泣くなよ。チェダーマンは泣かないぞ」
「ぼ、僕、泣かないし」
ジークの顔に力が戻ると、アルスの心にもし余裕が出てきた。
そして、余裕を取り戻させてくれたララにも、力強い笑顔を送った。
「よし」
とにかく、大通りか、教會だ。
周囲に人の気配は無いが、もし途中で人の気配があったなら、そこで聞いてもいい。
それだけなら、簡単だ。
そう思うと同時に、アルスの中で、別の不安がもたげた。
勝手にいなくなって、迷子になって、ララとジークも巻き込んで。
きっとママたちはカンカンだろう。
赤ママはすごく怒る。
青ママだって、白ママだって怒る。
いつもは怒られたらアイシャが仲裁してくれるけど、今回はそのアイシャの目を盜んで出てきた。
きっと味方なんてしてもらえない。
「ずっ……」
「アルス、泣いてる?」
ふと、ララがアルスの顔を覗き込んでいた。
アルスは目元にたまりかけていた涙を袖で拭くと、口を尖らせてた。
「な、泣いてねえよ。目にゴミがっただけ! ララ姉も! はぐれるなよ! ここでバラバラになったら終わりだからな!」
「……ん、わかった。アルスは頼もしいね」
「やめろよ。こうなったの、俺のせいだろ」
「私のせいもある」
ララにぽんぽんと頭をでられ、アルスはし赤くなりながら、前を向いた。
さっさと移しよう。
こんな暗くて人気のない所にいたら、本當に泣いてしまいそうだ。
怒られるのは間違いない。
それは覚悟しよう。
もしかすると、アイシャにも嫌われるかもしれないけど、ちゃんと謝ろう。
そう思い、アルスが目の前の曲がり角を曲がった瞬間。
「おっと」
一人のと衝突しそうになった。
満なを持つだ。
その見覚えのあるの大きさに、アルスは思わず聲を上げた。
「あっ……」
「あれ? 晝間の……」
それは晝間、冒険者ギルド本部にて、アルスたちを案してくれた職員だった。
「お、お姉さん? なんで?」
「え? なんでって、そりゃ決まってるでしょ。仕事が終わって帰る所よ、家がこっちなのよ。君たちこそどうしたの? もう暗いのに、帰らないと叱られちゃうわよ?」
アルスはほっとした。
このタイミングで來たのが、知っている人だったからだ。
地獄に仏……ということわざをアルスは知らないが、とにかく明であった。
「その、俺たち、道に迷って。大通り……いや、教會か、金ピカの建がどっちにあるか知りませんか?」
「金ピカって、大聖堂?」
「そう、それ! だいせーどー!」
「それならもちろん知ってるわ。この町に住んでて、大聖堂を知らない奴なんかいないもの」
アルスはジークと顔を見合わせた。
だが、アルスはそこで顔を引き締め、こほんと一つ咳払いをした。
人にを頼む時の態度というのは、白ママよりきちんと習っている。
「その、もしよろしければ、案してもらえないでしょうか。俺の父から謝禮も出るかと思います」
「……バカ、迷子の子供がそんなかしこまるんじゃないの。ほら、ついてきなさい」
アルスは思った。
白ママは言っていた。
人と人との繋がりは大事だと。
ほんのしだけでも接した人が、窮地に陥った時に自分を助けてくれるかもしれない、と。
きっと、こういう事なのだろう。
アルスはその日、また一つ、大人になったのだった。
---
「ほぉら、ついたわよ」
そうしてアルスたちは職員の案の下、目的地へとたどり著いた。
「え?」
かに思えた。
アルスの目の前にあるのは、薄暗い路地の奧であった。
周囲には人の気配はまったく無く、壁には卑猥な落書きがされており、地面にはところどころにゴミが落ち、心なしか全的に臭い。
いくら暗いとはいえ、周囲にあの金ピカの建が無い事はわかる。
「あの、ここ? え?」
「ダメでしょ。知らない人についていっちゃいけないって、お父さんに教えてもらわなかったの?」
ザッと、足音が聞こえ、アルスは振り返った。
そこには、下卑た笑いを浮かべる、數人の男たちがいた。
人攫いだ、とアルスは見て取った。
だが、そう見て取っても、まだ頭は混していた。
このお姉さんは冒険者ギルドの職員で、親切にギルドを案してくれた。
それが、なんで……。
あ、仕事が終わったって、でも、晝には終わってたって……。
「職員って噓ついたんだな!」
「騙してなんかいないわよ。これは副業。ちょっとした小遣い稼ぎよ。この町、君たちみたいのが多いのよね。冒険者になりたいっていう孤児がね、冒険者ギルドにきて、冒険者になれずに出てくの。それで、出てった後、つけさせてもらって、夜になっても家に帰らないようなら、こうなるってわけ」
「くそっ!」
アルスは咄嗟に地面に落ちていた棒きれを拾い上げ、姉と弟を守るように腰を落とした。
「アル兄……」
ジークが震えながらアルスの服の裾を摑んだ。
ララはいつもながら無表だが、若干、青ざめているようにも見える。
せめて、この二人は守らなければならなかった。
自分が原因でこうなった。
自分の判斷ミスでこうなった。
でも、こんな時、こんな時どうすればいい。
ママはなんて言ってた、なんて、なんて……!
「誰か! 誰かいませんか! 人攫いです! 助けてください!」
アルスはんだ。
何かあったら、戦うより前に助けを求めろ。
というのは、青ママの教えだったか、それとも白ママだったか。
あるいはアイシャか。
いや、もしかするとパパだったかもしれない。
「泣こうがぼうが、ここに人はこないわよ」
アルスは當然そうだろうと思いつつ、次の教えへと考えをシフトしていく。
次に思い出したのは、赤ママの教えである。
『まず、敵を良く観察しなさい』
アルスは構えつつ、冷靜に周囲を観察した。
行き止まりの路地。前には一人、後ろには二人。全員、剣を持っている。
でも、彼らは赤ママに比べればずっと弱い。
覇気もなければ、殺気もない。
シャリーアでもよくいるレベル。
赤ママを前にしたら、おしっこをチビリながら逃げ出すぐらいの雑魚だ。
手元にあるのは、叩きつければすぐに折れてしまいそうな棒きれ一本だが、素手での戦い方は習ったし、魔もしは使える。
練習通りにやれば、きっと勝てる。
きっと、多分、大丈夫だ、多分。
「アル兄、戦うの……? ぼ、僕も、た、た、戦うよ」
「ジークは下がってろ!」
そう判斷したというのに、アルスの膝は震えた。
棒きれを握る手はぶるぶると震え、息は荒くなり、目元には涙が溜まりそうになる。
真っ暗闇の中で大人三人と戦う。
それも、姉と弟を守りながら。
そんな重圧をけるのは、彼にとって始めての経験だった。
「おーおー、勇敢なお兄ちゃんねぇ。でも、抵抗しても無駄よ? こいつら、冒険者崩れとはいえ、腕は確かなんだから」
「うるさい! ジークとララ姉には手を出すな!」
「……はーぁ、あなた達、あんま傷つけちゃダメよ。結構いい所のガキだから、かなりの代金になるわ」
うーす、と背後の二人が返事をして、き始めた。
アルスは胃袋が引きつるような覚をけつつ、
あらん限りの魔力を拳に込めて振り返り、めくらましの一撃を――。
パチ パチ パチ。
唐突に、沈黙を破る音がした。
手を叩く音だった。
音はアルスたちを包囲する二人の男たちの後ろから聞こえ、その場にいる全員のきを止めた。
と、同時に、男たちを飛び越して、白い塊がアルスの前へと躍り出た。
白い塊はアルスたちの周囲を一度くるりと回り、特にララに怪我が無いのを確かめるように臭いを嗅ぐと、男たちへと向き直り、牙をむいた。
「グルルルル……」
「レオ!」
レオであった。
しかし、拍手をしたのは、恐らく彼ではない。
なぜなら、彼には鳴らす手が無いのだから。
「はいはーい。そこまで~」
それはアルスにとって聞き慣れた聲だった。
朝起きた時から、夜寢る時まで、一日のに聞かない日は一度としてないぐらい、聞き慣れた聲だった。
そして、見慣れた暗めの茶髪に、八重歯の似合うが、暗がりから出てきた。
服裝はメイド服、突き出すは大きく、手に持つのは無骨なカンテラだ。
「アイシャ姉!」
アルスは、その人の名を読んだ。
姉ではない。
姉ではないが、おばさんと呼ぶと怒るのだ。
「やーやー、アルス君。助けにきたよ」
にぱっと笑ったその笑顔に、アルスは泣きそうになった。
だが、安心したのはアルスたちだけではない。
暗がりから出てきたのがメイドと大きい犬だけと見て、男たちも強気を維持していた。
「てめぇ、どこのメイドだ……」
「グレイラット家だよ。
あ、この辺だとラトレイア家って言った方がいいかな。
神殿騎士団の大隊長を勤めるカーライル・ラトレイアのラトレイア家。知ってるよね?」
神殿騎士団。
その名を聞いて、男たちがウッとうろたえた。
貴族の名前についてさして詳しくない男たちであったが、
それでも神殿騎士団ぐらいは知っている。
狂信者としても名高い、ミリス教団の私兵たちだ。
「その子たちを捕まえて代金とか、やめといた方がいいよ。酷い目に遭うよ?」
「し、神殿騎士が怖くて、人攫いができるかよ」
怖くないわけがなかった。
彼らが異端者を捕まえた時の拷問については、ある噂があった。
そいつの両手両足を縛り、足の先からハンマーでしずつ潰していくのだ。
それが嗜心にあふれる行為なら、まだわかる。
だが彼らはそれを良い行いだと心から信じており、潰され、絶を上げる相手に対し、「心から助けを求める聲、神はきっと聞いてくださいますよ。つまりあなたは、神の許にいけるのです、よかったですね」と心底安心した笑顔まで向けるという。
無論デマだが、彼らはそれを信じていた。
「神殿騎士が怖くないならいいけど……じゃあ、ルード傭兵団は? あいつらは超人の會計顧問の指揮で、地獄の果てまで追いかけて、死ぬより酷い目に遭わせるよ」
「な、なんでルード傭兵団が出てくるんだよ」
「それはもちろん、ルード傭兵団の一番偉い人が、その子たちのお父さんだからです」
ぎょっとした顔で、男二人がアルスたちを見た。
「お兄ちゃ……おっと、ルード傭兵団の會長ルーデウス・グレイラット。
龍神オルステッドの片腕で、各國に広い顔を持っている凄腕の魔師。
普段は溫厚で、パーティでお酒を頭から被せられてもヘラヘラっとしてるけど、
家族をとっても大事にする人でね、きっと子供が攫われたと知ったら、その犯人はどうなるかな……」
「……で、でまかせだろ」
「本當にそう思う? あたし、そろそろ説得するのめんどくさくなってきたんだけど」
「ハッ、違うにしても、ここでお前を片付けりゃ、同じことだ」
「あっそ。じゃ、レオ、やって」
その言葉で、白い獣が疾風のようにいた。
まず目の前、自分の方を向いていた男の足に噛みつき、ブンと首を振る。
男の足はメキャリと音を立てて折れ、同時にレオが口を離す。
男は宙を舞い、壁にたたきつけられた。
一人の男がその音に振り返った時にはもう遅い。
彼は腰にある剣を抜く暇もなく手に噛みつかれ、ボキリと音がしたと思った時には引き倒され、顔に噛みつかれて持ち上げられ、ブンと振り回されて気絶して、その上で壁に叩きつけられた。
「ヒッ……」
最後、職員のに逃げ場は無かった。
路地の奧で、壁に登って逃げようとした所でに噛みつかれ、他の二人同様、振り回されたあげく壁に叩きつけられて気絶した。
「……」
アルスは、その一部始終を唖然と見ていた。
レオがそれなりに強いのは知っていた。
パパやママが、レオと一緒にいなさい、というのも、なんとなく理解していた。
でも、それを間近で見たのは始めてだった。
しかも、今、レオは多分、手加減していた。
あれだけのパワーがあれば、顔や首を噛み砕く事もできただろう。
けどしなかった。
甘噛のように噛み付いて、振り回して相手の骨を折って、壁にたたきつけて気絶させただけ。
アルスが恐怖した相手に。
「皆、大丈夫だよね? 怪我はないよね?」
アイシャは気絶した連中には目も暮れず、
何事もなかったかのようにアルスたちの前にしゃがみ込むと、カンテラで丹念に三人のを調べ始めた。
「な、ない。大丈夫」
「そう? じゃ、帰ろっか」
困しつつも頷くアルスに、アイシャは八重歯を見せながら、笑った。
---
暗い道。
三人揃ってレオに乗り、アイシャの持つカンテラに導かれ、アルスは帰路についていた。
あの人攫いたちは、アイシャが使った犬笛によってどこからともなく現れたルード傭兵団の団員が、當局へと引き渡すそうだ。
帰り道を歩きながら、アルスは怒られると思っていた。
どうして勝手にいなくなったの、と。
どうしてララとジークまで巻き込んだの、と。
アイシャは滅多に怒らない。
アルスがどれだけやんちゃなことをして、他人に迷を掛けたとしても怒らない。
しょうがないなぁ、と言いながら拭いをしてくれる。
その後で、もうやっちゃだめだよ、失敗から學ぼうね、と優しく諭してくれる。
けど、今回はあと一歩で大変なことになる所だった。
それも、いつも面倒を見てくれるアイシャを蔑ろにしての行だ。
アイシャは探しにきてくれたが、でもパパやママには怒られただろう。
パパたちが戻ってくるまで面倒を見るという役目があったのに、目を離したのだから。
目を掛けていた相手に逃げられて、自分自も怒られて、溫厚なアイシャといえども、腹に據えかねているだろう。
と、アルスがそこまで明確に考えたわけではないが、それでも何とは無しに、アイシャが怒っているだろうと推測することはできた。
「アイシャ姉……ごめんなさい」
だから、アルスは謝った。
「ん? 何が?」
「俺、アイシャ姉に黙って外に出て、皆を危ない目に合わせて……」
「えー? 何の事かなぁ?」
しかし、アイシャは笑いながら、アルスの頭をでた。
その所作からは、怒っている気配など、一切じられなかった。
許してくれたのだろうかとアルスは思った。
でも、どうして?
「ほら、ついたよ」
「……!」
アイシャに言われ、アルスはラトレイア家の門前に到著していたことに気づいた。
豪邸を前に、アルスはゴクリと唾を飲み込んだ。
アイシャは許してくれたのかもしれない。
でも、ママたちは間違いなく怒るだろう。
ママたちは、兄弟姉妹を守れと教えてくれている。
今回はそれを破ったのだから。
なくとも、赤ママにを叩かれることは覚悟しておこう。
もしかすると、パパも怒るかもしれない。
「門番、ご苦労様です」
アイシャに付き従い、勝手口から家の中へとる。
広い家の廊下を歩き、家族がいるであろう部屋の扉を開ける。
そこには、いた。
三人のママと、二人の祖母と、金髪の叔母と、やや巌しい顔をした曾祖母と、そしてパパが。
「ただいま戻りました」
アイシャが頭を下げると、彼らがアルスたちの方を向いた。
今に眉を釣り上げて怒る。
きっと最初に怒るのは赤ママだ。
赤ママはいつだって一番最初なんだ。
そう、アルスはそう思った。
「あら、お帰りなさい。遅かったわね」
だが、赤ママの返事は軽いものであった。
「冒険者ギルドは楽しかったですか?」
青ママも、聲音がらかい。
「でも、こんなに遅くなるまで出歩いちゃいけないよ。いくらアイシャとレオがいるといっても、夜は危ないんだからね」
「その通りです。アイシャ、あなたが付いているといっても、あまり夜遅くにフラフラするものではありません。もうし早くに帰ってはこれなかったのですか?」
白ママとリーリャは、し言葉がキツイが、しかし怒っているわけではない。
ノルン姉とクレアは何も言わないが、その視線は二人に同意であると示していた。
「まあまあ、遅くなったといっても、夕食もまだなんだし、いいじゃないか。
そんなことより、面白いものは見れたかい?」
パパはいつも通り。甘い。
ゼニス婆ちゃんは、いつも通り何も言わないけど、責めているじはしない。
ゼニス婆ちゃんはあんなだけど、怒っている時は、なんとなくわかるのだ。
「えっと……」
狀況が飲み込めず、アルスは返答に困った。
ほんのしの沈黙。
「冒険者ギルドのギルドルームに、ドラゴンの頭が飾ってあった」
ララがぽつりと言う。
表から察するに、彼は答えを知っているようだった。
恐らく、アルスが知らないに、レオから聞いたのだろう。
「あっ、パパ、あのね、冒険者ギルドにね、魔剣あったんだよ!」
すると、ジークが嬉しそうな表で冒険者ギルドの話を始めた。
ジークの頭からは、すでに先ほどの窮地はスッポ抜けたのかもしれない。
「ほらほら、話は後にしよう。ルーシーたちを呼んできて、ご飯にしようじゃないか」
そのまま場は和やかな空気となり、夕食の時間となった。
---
夕食が終わり、アルスは広い食堂から出た。
あてがわれた部屋に戻り、當然のように後ろに著いてきているアイシャへと振り返った。
「なんで?」
アルスは開口一番そう聞いた。
なんで誰も怒らないのか。
なんで皆、冒険者ギルドに行ったと知っているのか。
そんな意味を含めた、なんで。
それに対し、アイシャは口端を持ち上げた。
「知りたい?」
「うん」
イタズラが功したような顔のアイシャに、真面目な顔で頷く。
「大聖堂の中庭で、アルス君達がこそこそ出て行くのが見えたからね。
アルス君達が退屈に負けてイタズラしそうだから、ちょっと冒険者ギルドとか見てきますって言って、すぐに追いかけたんだよ」
アルスはそれを聞いて悟った。
アイシャは全てお見通しだったのだ。
その上で、アルスたちと合流せず、好きに行させたのだ。
自分は尾行しつつ、もし萬が一何かあったら出て行って解決しようと考えながら。
「まさか、魔塔まで行くとは思ってなかったけどね」
ずっと見守っていてくれたのだ。
迷って、泣きそうになっていた時も手を差しべずに……。
「……じゃあ、なんであの時、迷ったってわかった時、助けてくれなかったんだよ」
「んんー? それはアルス君、自分でわかってるんじゃないかな?」
おどけた様子で言われて、アルスはグッと歯噛みする。
もちろん、アルスとてわかっていた。
あの狀況に陥ったのは、アルスの責任だった。
ママの教えにもあるが、何かをして、それで窮地に陥ったなら、自分でなんとかすべきなのだ。
事実、迷ったとわかった瞬間は、アルスは諦めていなかった。
自分の知恵を振り絞り、なんとかしようとしていた。
まだ、終わっていなかった。
だから、アイシャは見ていたのだ。まだ出ていくべきではないと。
最終的に、怪我をしそうな場面になったのでアイシャは出てきた。
アルスが選択のミスして窮地に陥ったので、助けに出てきた。
きっと、あの職員が人攫いの一味でなく、普通に親切に道案をしてくれただけだったら、アイシャは最後まで出てこなかっただろう。
アイシャを責めるべきではない。
全ては自分が悪かったのだ。
アイシャはいつも通り、アルスの拭いをしただけなのだ。
「……アイシャ姉……ごめんなさい」
「ごめんなさいだけじゃダメでしょ、何がダメだったのかな?」
「アイシャ姉に黙って、抜けだしたこと……」
「うーん、それは違うなぁ」
アイシャの否定に、アルスは驚きながら振り返った。
珍しいことだった。
アイシャは、あまりアルスに対して何かを教えることはない。
アルスが失敗しても「しょうがないなぁ」と言いながら、その拭いはしてくれるが、それに対して何かを言ったことはない。
だが、振り返ったアルスを見下ろしたアイシャはいつも通り、余裕のある笑みを浮かべていた。
「アルス君は、あたしがうっとおしくて、子供だけで出かけようと思ったんでしょ?」
「う、うっとおしいなんて思って……ない。ちょっとだけしか……あ、でも、アイシャ姉のことは好きだよ」
「そう? んふふ、ありがと。アルス君に好きなんて言われると、照れちゃうなぁ」
アイシャは頬に手を當て、わざとらしくをくねらせた。
「とにかく、アルス君はあたしの目を盜んで冒険者ギルドと結界の塔を見に行こうと思ったんだよね」
「うん」
「じゃあ、それはやらないと」
「え、でも……皆に心配掛けちゃうし……」
「もちろん、皆に心配掛けちゃダメだよね」
「うん」
「でもでも、アルス君は最初から皆に心配掛けるつもりなんて無かったでしょ? そんなにイジワルな子じゃないもんね?」
アルスは頷いた。
その辺り、し考え足らずではあったが、心配を掛けるつもりはなかったのだ。
「冒険者ギルドと塔を見て、戻ってきて、あたしに「もー、どこ行ってたの?」なんて聞かれても、何事もなかったようにララとジークと顔を見合わせて「緒」って答えて笑う。そんなつもりだったでしょ?」
まさにその通り。
明確に思い描いていたわけではなかったが、言われてみるとそれがアルスの理想だった。
サッと行って楽しんで、誰も心配しないうちに帰る。
アイシャは、ちょっと目を離したことでし心配するだろうが、すぐに帰ってくれば「なーんだすぐ近くにいたのか」とをなでおろしただろう。
「それが出來なかったのが、ダメなんだよ」
アイシャは、そうハッキリと言った。
アルスには目的があった。
アイシャやレオ、その他余計な者をつれずに、冒険者ギルドにいくこと。
なぜ一緒ではダメなのか、というのはさておき、そうしたいと思った時に目的は発生した。
なら、それは達するべきだ、とアイシャは言ってるのだ。
「……そう言われても……アイシャ姉ならどうやったの?」
「うーん。流石にあたしでも、あの短い時間で冒険者ギルドと塔は難しいね。距離が遠すぎるもん。だから今日(・・)は冒険者ギルドだけにしておいて、塔はまた今度かな。ていうか、時間があんまり無いってこともわかってなかったでしょ? だから昨日の時點で予定を聞いておいて、そこできちんと作戦を立てるよ」
「あ、そっか……」
「それと、武も持っていくし、誰かと連絡を取るための道も持っていくかな。自分一人じゃどうにもならない時はあるから、咄嗟に助けを呼べるように」
明確にそう言われて、アルスは自分の何がダメだったのかを理解した。
こうして冷靜に言われてみると、確かに、アルスは抜けすぎだった。
突発的で、考え足らず。
あんな事態に陥るのも、當然に思えた。
と、同時にアルスは思った。
やっぱりアイシャは凄い、と。
「……わかった。次はもっと、慎重になる。失敗しないようにする」
「うんうん。良い心掛けだね。けど慎重になるあまり、失敗を恐れたらダメだよ。そしたら何も出來なくなっちゃうからね。どんどん失敗していこう」
「え、でも、今日みたいな事になったら……」
「大丈夫! 失敗したら、今日みたいにあたしがなんとかしてあげるから! アルス君は恐れずにんなことにチャレンジしてみよう!」
ドンと大きなを叩くアイシャ。
アルスはなんだかよくわからない気恥ずかしさを覚えつつも、アイシャに向かって微笑んだ。
「うん。わかったよアイシャ姉! ありがとう!」
「どーいたしましてー! んもー、アルス君は素直で可いなー!」
アイシャはしかった言葉をもらい、アルスを抱きしめた。
アルスはらかなに包まれ、グリグリと頭をでられながら、
今日のことをひたすらに猛省するのだった。
スクール下克上・超能力に目覚めたボッチが政府に呼び出されたらリア充になりました★スニーカー文庫から【書籍版】発売★
西暦2040年の日本。 100人に1人の割合で超能力者が生まれるようになった時代。 ボッチな主人公は、戦闘系能力者にいじめられる日々を送っていた。 ある日、日本政府はとあるプロジェクトのために、日本中の超能力者を集めた。 そのタイミングで、主人公も超能力者であることが判明。 しかも能力は極めて有用性が高く、プロジェクトでは大活躍、學校でもヒーロー扱い。 一方で戦闘系能力者は、プロジェクトでは役に立たず、転落していく。 ※※ 著者紹介 ※※ 鏡銀鉢(かがみ・ぎんぱち) 2012年、『地球唯一の男』で第8回MF文庫Jライトノベル新人賞にて佳作を受賞、同作を『忘卻の軍神と裝甲戦姫』と改題しデビュー。 他の著作に、『獨立學園國家の召喚術科生』『俺たちは空気が読めない』『平社員は大金が欲しい』『無雙で無敵の規格外魔法使い』がある。
8 186【お試し版】ウルフマンの刀使い〜オレ流サムライ道〜
サムライに憧れる高校生、高河孝(17)がVRMMORPG內で『マサムネ』となり、理想のサムライ像を模索する物語。 しかし昨今のゲームではジョブとしてのサムライはあれど、生き様を追體験するものは見つからなかった。 マサムネがサムライに求めるのは型や技ではなく、どちらかといえば生き様や殺陣の方に傾倒している。 數々のゲームに參加しつつも、あれもこれも違うと直ぐに辭めては誘ってきた友人の立橋幸雄の頭痛の種になっていた。 だと言うのに孝は何か良さそうなゲームはないか? と再び幸雄を頼り、そこで「頭を冷やせ」という意味で勧められた【Imagination βrave】というゲームで運命の出會いを果たすことになる。 サムライに成れれば何でも良い。そんなマサムネが最初に選択した種族は獣人のワーウルフ。コボルトと迷ったけど、野趣溢れる顔立ちが「まさにサムライらしい」と選択するが、まさかその種族が武器との相性が最悪だとはこの時は気づきもしなかった。 次にスキルの選択でも同じようなミスを冒す。あろうことかサムライ=刀と考えたマサムネは武器依存のスキルを選んでしまったのだ。 ログイン後も後先考えず初期資金のほとんどを刀の購入代金に充てるなど、本來の慎重な性格はどこかに吹き飛び、後にそれが種族変調と言う名のサポートシステムが影響していることに気付くが後の祭り。 こうして生まれたnewマサムネは、敵も倒せず、死に戻りしては貯蓄を減らす貧乏生活を余儀なくされた。 その結果、もしかしてこれはハズレなんじゃと思い始め、試行錯誤を繰り返したその時─── このゲームの本來の仕掛けに気づき、[武器持ちの獣人は地雷]という暗黙のルールの中でマサムネはシステム外の強さを発揮していくことになる。 そう。ここはまさにマサムネが夢にまで見た、後一歩物足りないを埋めるImagination《想像力》次第でスキルの可能性が千差萬別に変化する世界だったのだ。
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