《無職転生 - 蛇足編 -》17 「そして聖剣街道へ」

時間が経つのは早いもの、10日という日數はあっという間に過ぎてしまった。

初日は、大聖堂に挨拶に行った。

神子とゼニスを引き合わせ、例の能力でゼニスの言葉を聞いた。

クレアも一緒で、彼は途中からボロボロ泣いていた。

俺も泣きそうになったが、ひとまずゼニスが相変わらず幸せそうだったので、我慢した。

その間、暇そうな子供たちは外で待たせていたのだが、その後に教皇や神子との歓談もったため、案外時間が掛かってしまった。

日々のトレーニングを自慢気に語り、スリムになったとドヤ顔をする神子の話が終わらなかった、とも言うが……。

やはり、子供たちは退屈してしまったらしい。

アイシャがアルスとララとジークを連れて冒険者ギルド本部を見に行ったそうだ。

帰りが遅かったことと、帰ってきた時のアルスの顔を見るに、そこでまた何か問題が起きたようだが……きっとアイシャがなんとかしたのだろう。

置いて行かれたルーシーがそんな彼らにご立腹だったかというと、そんなわけでもなかった。

大聖堂に殘ったクライブと一緒に聖堂を見て回り、これはこれで満足できたようだ。

庭園が好きなのか、それともクライブのエスコートがうまかったのか。

ルーシーが詳細を言わない所を見ると、きっと後者なのだろう。

詳しくわからないと掘り葉掘り聞き出したくもなるが、ここは我慢だ。

とにかくクライブ君には、これからも誠実であってもらいたいものだね。

二日目、三日目、四日目は挨拶回りだ。

龍神配下のルーデウスがミリシオンに來ている、ということで各所を回った。

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教導騎士団の騎士団長。

ラトレイア家の分家というか、俺の伯父叔母の方々。中にはもちろんテレーズもいた。彼は殘念ながら、まだ未婚なようだ。

それから、教皇への正式な謁見……。

ミリス王家の方とも、引き合わされた。

王位継承権第五位の王子様。王子といっても、四十を超えたオッサンだ。

実に面倒くさいことに、數日後に王様の謁見の約束を取り付けられた。

龍神の名代としての、挨拶だ。

オルステッド曰く、「ミリス王家との繋がりは後回しでいい」そうだが、挨拶ぐらいなら問題ないと事前には聞いてある。

休暇に來て、なぜこんなことを、と思わなくもないが、元々の目的は子供たちの社會見學だ。

俺自については、良しとしようじゃないか。

五日目はクリフに例の人形を屆けに行った。

そこで、クリフ側から朗報があった。

この五年の間のクリフの仕事ぶりが評価され、司教への昇進が定したそうだ。

本來ならクリフの若さでは司教になることなど出來ないが、これには裏がある。

クリフが擔當する教區が、し特殊な場所にあるということが関係している。

大森林の最南端。

俺が旅をしていた頃には名も無き宿場町だった場所だ。

その場所が、ここ十年ほどで人が増え、規模が大きくなった。

どこの國にも種族にも屬していない町ではあるが、規模が大きくなれば利権も絡む。

その利権を巡って、各種族の代表がその町に集まり、様々なことを決める流れとなった。

ミリス教団が出した代表者は樞機卿の懐刀と呼ばれている大司教で、魔族排斥派。

人族至上主義で、魔族だけでなく獣族なども蔑視する男だが、切れ者で仕事が出來る。

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必ずや、數々の利権をもぎ取ってくれるであろう人だ。

だが、彼の人を考えると、大森林に住む種族との関係悪化もありうる。

そして、他種族との関係悪化は、魔族排斥派の中でも、特に過激な連中のむ所である。

そこでクリフに白羽の矢が立った。

獣族の多いルード傭兵団との関係が良好で、ドルディア族の縁とも知己。

顔が広い上に偏見は無く、しかも教皇派。

ゆえに、彼の階級を上げ、お目付け役として一緒に付けようというわけだ。

実力だけを評価されたわけではない、とクリフは苦笑していた。

だが、町での仕事を終えれば、名実ともに司教だ。

司教ともなれば、権限がぐっと増えるし、大森林の民との関係を良好に保つことができれば、長耳族を妻に迎えることの大義名分も立つ。

そうなればエリナリーゼとクライブをミリスに招くことも出來るだろう……とのことだ。

そこまで聞いて、じゃあ昇進祝いも兼ねて!

と、人形をババンと出してみたら、めっちゃ怒られた。

今の時期にににうつつを抜かしているとわかったら、大変なことになる、と。

とはいえ、人形のけ取り拒否自はされなかったので、一応は喜んでくれているんじゃないかなと思う。

細部の魔法陣について、興味深そうに確認していたし。

まぁ、いざとなればサングラスを掛けて男裝をさせればいい、とシルフィが言っていた。

戦闘力もあるので、司教としての仕事では、ぜひとも護衛として役立ててもらいたいものだ。

その大司教に暗殺されないとも限らないからな。

ちなみにその日、家に戻るとクレアがご機嫌だった。

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何でも、一年ほど前に落とした思い出のロケットを、ララが拾って屆けてくれたらしい。

いい話だ。

娘の手柄話は、親として鼻が高くなる。

……でも多分、探しだしたのはレオだろう。

それと、ロキシーが何やら子育てのモチベーションを上げていた。

これからみんな學校に上がってきますからね、わたしがきっちり見てあげませんとね、と。

張り切りロキシーは可いが、ロキシーは張り切ると失敗するタイプなので、し不安だ。

ちなみに、シルフィとノルンはルーシーとクライブを連れて、冒険者ギルドに行ったらしい。

ルーシーが満面の笑みでお晝のランチの豪華さを語ってくれた。

冒険者ギルド自は、あまり興味がないようだ。

六日目から八日目は特に予定をれずに行した。

ショッピングをしたり、子供たちを観名所に連れて行ったり。

馬車を使って町の外に出て、近隣の牧場を見に行ったり、近くの小川で遊んでみたり。

その日の気の向くまま、というじだな。

九日目は王様と謁見した。

ミリス王は和な顔をした老人だった。

ミリスは教団が強い力を持っており、王族の力は弱い。

教団と仲良くしている俺とは、あくまで形式的な挨拶に留まった。

城の部を子供たちにも見せたかったが、流石に控えておいた。

……まあ、仕方ない。

何にせよ、ミリシオンは、存分に堪能したといえるだろう。

---

そして十日目。

俺たちは、ミリシオンを出発することとなった。

馬車に乗り、青竜山脈を北上して、溫泉を目指すのだ。

「大森林のり口までは魔は出ませんが、宿場町には荒くれ者も多いと聞きます。

あなた方だけならまだしも、子供たちを連れて行くのなら十分に気をつけて――」

出発の際、クレアには口を酸っぱくしてあれこれと言われた。

前に會った時に口出しをするなと言っていたのもあり、最初の頃はあまり口うるさくは無かった彼だったが、十日目ともなると小言と説教は増えた。

ただ、あまり嫌なじはしない。

多分、彼もこっちとの距離を摑んでくれたのだろう。

だが、そんな彼は、俺たちと別れ際に、ノルンへと向き直った。

「ノルンさん。今回、あまり話が出來ませんでしたが、一つだけ、言わせて頂いてもよろしいですか?」

「……はい」

ノルンの表は「ついにきたか」といったものであった。

この10日間、彼がクレアを避けるように行していた。

親を大事にしろとルイジェルドに言われたにも関わらず……。

だが、ノルンを責めるなかれ。

クレアと會話をすると、そのルイジェルドが貶されるかもしれないのだ。

となれば、ノルンとて言い返さざるを得まい。

クレアも頑固だから、自分の言葉を訂正出來ず、大喧嘩に発展する可能も十分にある。

「あなたは、すでにラトレイア家でもグレイラット家でもありません」

「はい」

この瞬間のノルンの表は、非常に攻撃的だった。

きっと、魔族の妻となったことを、悪しざまに言われると思ったのだろう。

それほど、クレアの言葉は鋭かった。

俺ですら、何かよくない事を言う、と錯覚するほどだった。

「あなたはスペルディア家の妻となり、母となったのです。そのことを自覚し、夫と家のために盡くしなさい」

「え?」

だが、クレアが続けた言葉は至極まっとうな言葉であった。

言い方はしだけ命令口調できつくじたが……。

「私は魔族の風習については明るくありませんが、子を産み家を守るという、妻としての責務と心構えは、変わらないはずです」

「……」

「わかりましたか?」

「あ……はい!」

ノルンは毒気を抜かれた顔できょとんとしていたが、やがて神妙な顔でうなずいた。

その返事に、クレアもまた、満足気にうなずいた。

肩の荷がまた一つ降りた。

そんな表だ。

クレアは、この10日間で、し変わったように思う。

その変化に合わせてか。ロキシーやリーリャも最後の方はリラックスして生活していた気がする。

きっと、俺が留守にしている間に、何かあったのだろう。

特に、ロキシーとクレアの距離は來たばかりの頃と比べると、かなり近づいたんじゃなかろうか。

何にせよ、クレアが魔族を差別しないでくれて、嬉しく思う。

差別問題ってのは、言えばわかってもらえるってもんでもないからな。

おかげで、ノルンとのわだかまりも、し解消できたのではないだろうか。

……アイシャの方は変わらずだったがね。

---

ミリシオンから半日ほど北に移し、青竜山脈のり口に到著した。

馬車を止めて、子供達を馬車から下ろす。

そして、振り返る。

「……」

目の前に広がる景。

遠く見えるミリシオンの首都。

首都に流れ込む川の青。見渡す限りの草原の緑。

10日ほど過ごしたミリシオン。

王城ホワイトパレスに、金に輝く大聖堂、銀に輝く冒険者ギルド。

エリス、ルイジェルドと一緒に見たのは、もう20年近くも前になるのか。

當時とは細かい建が違うし、住んでいる人も変わっているはずだ。

だが、こうして遠くから見ると、ほとんど変わっていないように見える。

「どうだい?」

こうした広い風景は、この世界ではよく見ることが出來るが、

自分で歩きまわった後にこうして遠くから見ることは無いだろう。

言い知れぬ慨深さがあるはずだ。

そう思いつつ、俺は振り返り、子供達の反応を見た。

「わぁ~!」

子供たちの反応は様々だった。

ルーシーは素直な嘆の聲を上げて笑顔を見せた。

最近はお姉さんぶっているが、こういう所はまだまだ素直で子供っぽい。

……おや、隣に立つクライブが、ルーシーの手を握ろうか、握るまいかと迷っているようだ。

だが、結局は握るところまで行かず、振り返り「すごいねっ!」と笑顔を浮かべたルーシーに赤面し、「別に、すごくないし」なんて言い出してしまった。

男の子だねぇ……。

見ていて思わず頬が緩んでしまうじだ。

俺にもああいう頃があった……いや、あったかな? 無かった気もする。

ちなみに、今回はクリフも同行している。

宿場町の方に出來た教會を、赴任前に視察してこい。

とのことらしいが、あくまで建前だろう。

教皇がエリナリーゼとの時間を作るよう、取り計らってくれたのだ。

「……將來はここに住みたい。甘いものたくさんあるし」

ララは眠そうな目を數秒ほど丸くした後、そう言った。

先ほど馬車の中でロキシーに聞いた話だが、クレアは相當ララを甘やかしたらしい。

毎日のように甘いお菓子を提供され、至福の笑みで毎日を過ごしていたそうだ。

心なしか、旅行前と比べてふっくらした気がする。

黙ってても甘いものが出てくる楽園なら、そら住みたいだろう。

「ねぇ、パパと赤ママも、前にここに來た事あるの?」

「ああ、今のお前より、もうちょっとお兄さんだったけどな」

「ふーん……」

アルスはうなずいて、拳を握っていた。

將來、冒険者になろうとか考えているのだろうか。

「ね、ね、ママ! あれがニコラウス川だよね! それで、あっちがゴブリンのいる森!」

「そうですよ。あれはなんだかわかりますか?」

「あれはね、凱旋の門でしょ! 凱旋の門は戦爭が終わった時に聖ミリスが帰ってきた門なんだよね! だから他よりもおっきいんだ!」

「正解です。詳しいですね」

ジークは目の前の景にはしゃぎつつ、ロキシーに一つ一つ質問をぶつけていた。

彼は最近、アレクから様々な冒険譚を聞いているようで、妙に詳しい。

アルスより、こっちの方が冒険者になりそうだ。

「パパ、だっこ」

クリスは俺に向けて手を広げてきた。

「……クリスにはまだわかんないかな?」

「んー……」

抱き上げてやると、風景に興味ないとばかりに俺の肩に顎を乗っけてきた。

相変わらずクリスは可いなぁ……。

「……」

リリはと見ると、彼はシルフィに抱っこされつつ、數日前に店で購した魔道をいじくっている。

こっちも興味なさそうだ。

この二人には、まだ早いか。

いや、普通はこんなもんか。

風景を見て素直にしてくれるルーシーたちが早なのかもしれない。

「……懐かしいわね」

ふと、エリスが隣に來た。

「あの頃はこんな風になるなんて、思ってもみなかったわ」

そう言いつつ、エリスは懐かしそうにミリシオンを見下ろした。

赤い髪が風に揺れ、うなじが見える。

まだ若いが、さはすでに存在しない橫顔は、人というのがぴったりくる。

「どうなると思ってた?」

「……世の中、もっと単純だと思ってたわ」

今は、そう単純だとは思っていないか。

エリスはあまり頭を使わない人だが、それでも考えないわけじゃない。

子供を二人産んで落ち著いたのもあるだろうが、年月は人を変えるのだ。

「好きよ。ルーデウス」

唐突にエリスがこちらを向いて、俺の目を見ながらいった。

ドキドキしちゃう。

どうしましょ。多分、今、あたしの顔、真っ赤だわ。

「俺もだよエリス」

なんとか平靜を裝ってそう言うと、エリスがを寄せてきた。

エリスので回すチャンスだが、あいにくと両手は別の大事なものでふさがっている。

とりあえずクリスをで回すと、彼はくすぐったそうな顔をして「んきゃっ!」と笑った。

「パパ、こちょこちょだめー」

「おっとごめんよ」

「こちょこちょしない?」

「しないしない」

そんな會話に、エリスがクスッと笑って、頬にキスしてきた。

続けてエリスはクリスの髪にもくちづけをすると、スッと俺の傍から離れた。

「さ、そろそろ行きましょ」

エリスのその言葉で、俺たちは馬車へと戻った。

---

青竜山脈を両斷する谷。

大森林を縦斷するそれを聖剣街道とするなら、さながら聖剣の柄とでも言える場所。

左右に切り立った崖がそびえ、かといって落石があるわけでもなく、薄暗い谷がどこまでもどこまでも続いている。

子供たちはそれを見て、最初はワクワクした表を見せていた。

特にララは珍しく「お~」なんて聲まで上げていた。

冒険の始まり。

これから一、どんなもの場所につくのか。

は出てくるのか。この辺りには青竜がいると聞くが、見ることができるのか……。

そんな期待は、數日で打ち破られた。

風景は変わらなかった。

シーズンではないから、青竜も見れない。

もちろん魔も出ない。

ただただ谷だけが続いた。

そんな日々に、子供たちは3日で飽きた。

ララはあからさまに飽きた飽きたと連呼し始め、たまに「レオの散歩」と言って馬車の外に出て、レオに乗って移した。

隙あらば崖の上にでも登ろうとしたのかもしれない。

アルスやジーク、クライブも、口には出さないが、馬車が止まった時のエリスとの剣の練習や、子供たち同士での模擬戦、ロキシーとの魔の練習が待ち遠しいようだった。

何もせずに馬車で揺られるよりは、というところだろう。

クリスは「閉じ込められちゃったんだ」と泣き、リリは買ったばかりの魔道を分解し、バラバラにしていた。

靜かなのは、ラトレイア家からもらってきた本を読むルーシーぐらいなものだ。

馬車の中で本を読んで、よく乗り酔いをしないものだ。

阿鼻喚となりつつある馬車の中。

シルフィたちと協力して子供たちをなだめたが……。

せっかくの旅なんだから、もっと面白い場所を通るべきだったかもしれない。

安全ではあるんだけどなぁ……。

とはいえ。

そんなぐったりとした狀態だからこそ、宿場町に著いた時の子供たちの興はひときわだった。

「ついたあぁぁぁ!」

アルスとジーク、そしてララは、谷を抜けて町が見えた瞬間、馬車から飛び降りた。

「こら、待ちなさい!」

そのまま町へと走りだすのを、エリスとシルフィが追いかけ、首っこを摑んだ。

二人はそれぞれアルスとジークの首っこを摑んだものの、レオはスルリと抜けて、し高い所にある巖へと登った。

とはいえ、慌てることはない。

ここは聖剣街道、そうそう危険があるわけでもない。

「ララ! まず宿まで全員で移するのよ!」

エリスはそうんだが、妙にそわそわしている。

もまた、この數日の間に鬱憤をためていた一人だ。

昔よりも大人にはなり、落ち著いたのだが、人間の本質はそう変わらない。

エリスは一箇所にじっとしていられない人間なのだ。

アルスとジークはしぶしぶといったじで馬車に戻った。

だが、ララは馬車に戻ってこなかった。

目の前に広がる、どこまでも広がる大森林を見ていた。

「ララ、戻りなさい」

シルフィの言葉でララは振り返るも、レオはかない。

ララはシルフィとレオを互に見た後、レオの背中から降り、レオの背をポンポンと叩いた。

それでもかないのを見て、しだけ眉を寄せた。

耐えかねたシルフィがララに近づいていく。

その手がばされた時、ララは彼を制するように手を出した。

「もうちょっと」

「明日もゆっくり見れるよ。早くしなさい」

「レオが、こうやって故郷を見るのは初めてだから、もうちょっと見てたいって」

「そっか……」

シルフィは困ったような顔で、俺の方を振り返った。

見せてあげたいが、しかし今は団中。

子供たちは発寸前で、早く移した方がいい。

どうしよう。いくらレオが一緒にいるとはいえ、置いていくわけにもいかないし。

そんな気持ちだろう。

俺は馬車から降りて、ララの所に向かった。

「シルフィ。ララは俺が連れて行くよ」

「……了解。遅くならないうちに合流してね」

シルフィは一言で察してくれたのか、あっさりと頷いて、馬車へと戻っていった。

俺は、レオが立つ巖の橫に腰掛けた。

すると、ララも隣に座った。

レオ、俺、ララの並びで座り、大森林を見る。

ほぼ平坦でまっすぐな道とはいえ、山の方に続いている道なせいか、大森林が見下ろせた。

見渡す限りの緑の中に、茶の直線が一本走っている。

中々壯観だ。

思えば、以前にここを通った時は振り返らなかったな……。

「ララ」

「なに?」

「レオは、懐かしがってるのか?」

「……懐かしいとは、思ってないっぽい」

ないっぽいか。

「へぇ……」

「……」

じゃあ、どんななんだろうか。

バウリンガルが無いとわからないが、うちのバウリンガルはあまり詳しく話してくれない。

あんまり聞こうとすると、自分を通訳裝置として使うなとでも言いたげな空気を醸すのだ。

まあいい、話題を変えよう。

「……ララ」

「なに?」

「10歳になったら言おうと思ってたんだが、人したらお前はドルディア族の村で聖木の儀式を行うことになる」

「知ってる。聞いた」

「誰から?」

「レオ」

聖獣様直々にか。

「プルセナは知ってるよね」

「アイシャ姉の犬」

ひどい言い草だ。

間違ってないけど。

「彼と一緒にいくんだ」

そう言うと、ララは訝しげな表を作った。

「……パパはついてこないの?」

「付いていきたいけど、獣族にとって特別な儀式だろうから、人族は見學もできないかもしれない」

それとも、ララはもしかしてあれか?

パパは恥ずかしいから見に來ないで、とか思ってるか?

まだ反抗期には早いと思うのだが……。

と、レオがこちらを向いた。

「ワフッ」

「……レオが、別にいいって」

いいというのは、見學してもいいということだろうか。

わざわざ翻訳してくれるってことは……ひとまず、ララは俺を嫌がっているわけではないのかな。

とはいえ、いずれ大きくなったら、きっと嫌がるようになるんだろうなぁ。

パパのパンツと一緒に洗濯しないで! とか。

クリスだって、今はパパのお嫁さんになってくれるそうだが、大きくなったらどうなるか。

「パパ」

「ん?」

「大丈夫。期待してればいい」

「……ああ。そうするよ」

何をどう期待すればいいのかわからなかったが、とにかくうなずいた。

するとララは満足そうに頷き返し、立ち上がった。

そろそろ行くのか?

そう思い、振り返りつつ立ち上がろうとした所、

「うおっ……!」

いきなり肩に重いものが乗っかってきた。

視界に揺れる小さな靴を見て、ララが俺の肩に飛び乗ったのだとわかった。

「肩車」

「……レオの代わりかい?」

「今はパパに甘えたい気分」

そういう気分か。

なら、甘やかしてやろうとも。

ルーデウスさんは娘に甘いぞ。

「ウオオオォォォォォ――――………ン」

俺が立ち上がると、レオが遠吠えをした。

遠吠えは大森林の遠くまで響き渡った。

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