《無職転生 - 蛇足編 -》21 「當座の間にて」
現在、俺は剣の聖地の道場にいる。
なんでも『當座の間』というらしい。
右手には、アレク。
彼はにこやかな表で、もちろん殺気など微塵もじられない。
腰にあるのは、俺の土魔で作った黒石を、鉱神が自ら鍛えた、両手剣だ。
一切特殊な力は無いらしいが、さすが神と名のつく者が作っただけあって、良いものらしい。
アレクは、長さにして2メートル近いこの剣が気にったらしく、用するようになった。
オルステッドは、俺の左手だ。
黒いヘルメットを被ったまま、一言も喋っていない。
微だにせず、靜止畫のように止まっている。
ハエが止まりそうなほどだが、威圧は凄まじく、蚊も寄り付かない。
だが、その場にいる、俺たち以外の人の注意は、俺やアレク、オルステッドの方を向いてはいなかった。
誰もが俺の正面に立つ人を注視していた。
エリスだ。
彼は木刀を握り、立っていた。
表は引き締まっていて、特に殺気を放っているわけじゃない。
だが、その手に握りしめられた木刀には、しっかりと力がっているのがわかる。
エリスは、當座の間の中央で、木刀を手に立っているのだ。
そして彼の前には、手首をへし折られた一人の剣聖が転がっていた。
「……參った」
剣聖は悔しそうにそう言うと、立ち上がり、禮をした。
エリスの返禮を待たず、道場の脇へと戻っていく。
道場の脇。
そこにはズラリと剣神流剣士が並んでいた。
見たところ、20人近くいるだろうか。
この一人ひとりが剣聖だというのだから、世界は狹い。狹い所に集している。
そして、エリスを挾んださらに先。
そこには、一人の若い男が座っていた。
年齢については知らないが、多分、俺と同じぐらいだろう。
そう考えると、若いと稱していいのかイマイチわかりにくいが、剣聖たちには30代、40代の者も多くいるから、やはり若い部類にるだろう。
彼は、隣にを座らせ、その肩を抱いている。
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他の剣聖たちに比べれば、リラックスしているように見える。
オルステッドを目の前に。
いくらヘルメットで呪いが軽減しているとはいえ、あのオルステッドを前に、リラックスだ。
ジノ・ブリッツ。
さすがは、剣神というところか。
を侍らせたあの堂々たる姿、同じぐらいの歳とは思えない。
なくとも俺は、オルステッドを前に妻を隣に座らせ、肩を抱いたり腰をでたりは出來ない。
やったら毆られる。主にエリスに。
ただ、時折元に手をばそうとして、ピシャリと叩かれている姿は好が持てる。
の方の名前はニナ。
エリスの友人で、階位としては剣帝という話だ。
しかし、剣帝っぽさは微塵もじられない。
幸せそうにジノにを預け、時に元へとびてくる旦那の手をピシャリと叩いている。
俺たちのことなど眼中に無いとばかりだ。
バカップル、と人は呼ぶのかもしれない。
「……」
さて、なんでこんなピリピリとした狀況になっているかというのを、し説明しておこう。
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前回までのあらすじ!
やあ良い子の皆、こんにちは!
僕の名前はルーデウス・グレイラット、よろしくね!
今日は北方大地の中で最もホットでクールな観スポット、『剣の聖地』にお邪魔しているんだ。
今後のことも考えて、剣神流と話を付けておかないといけないし、エリスと剣神との因縁もあるしね。
これも一つのケジメとして、ご挨拶に行くことにしたんだ。
メンバーはもちろん俺とエリスの二人!
俺の知る限り、剣神流ってのは口を開くより先に、剣を振り下ろすタイプの人が多いみたいだからね。出來る限り魔師系の人は連れて行かないことにしたんだ。
もちろん、彼らにだって人としてのモラルはあるだろうけど、ビヘイリル王國の戦いでは、現在の剣神の義父を殺してしまっている。
その上で「俺たちに力を貸してほしい」なんて言って、問題が起きないで済むと思う?
いやまあ、空気次第では言い出さずに帰るつもりだけど。
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なんにせよ、何が起こるかわからないってんで、剣の聖地をよく知るエリスと俺の二人旅。
――の、予定だったんだけど、一つサプライズがおきたんだ。
剣の聖地に向かうことを話すと、珍しくオルステッドが、自分も行くと言いだしたんだ。何か含みのある言葉でね。
多分、含みってのは、俺が何かいらない事を言って、剣神を怒らすことを危懼したんだと思う。
つまり、護衛目的で付いてきてくれるってわけだ。
なんにせよ、斷る理由もないから了承したんだ。オルステッドが頼もしいのは確かだしね。
で、オルステッドが行くとなると、アレクが「じゃあ僕も」なんて言い出したんだ。
アレク。そう、英雄願がちょっと強めの彼だ。
昔のクリフと同じぐらい空気が読めないことに定評もあるね!
俺としても「いや、問題起こしそうな人はちょっとNGで」と言いたかった。
彼にはジークの面倒をよく見てもらっているけど、それとこれとは別だしね。
でも、オルステッド様は言ったんだ「……好きにしろ」って。
というわけで、俺と、エリスと、オルステッドと、アレクの、四人で剣の聖地に行くことになったんだ。
到著したのは剣の聖地。
雪の中の田舎村、ってじの長閑な風景が広がっていた。
「中々いい景だな」「田舎の割に刀剣の品揃えがいいんだな」「おっ、第一村人発見」なんて、一人で寒い會話をしつつ到著したのは剣神流の本道場。
にこやかな剣聖たちに案されたのは、當座の間。
みんなにこにことしていて、和やかな雰囲気。
でもなんだけど、どうにも背筋がピリピリする。
きっと気のせいね!
そんなことより挨拶挨拶!
ってところで、剣聖の一人が言ったんだ。
「まずは、先代を倒したという狂剣王エリス殿の剣を見てみたいのですが」
まずはそれなの!? と俺が振り返るより前に、剣神が肩をすくめながら「好きにすれば」と言い放ったんだ。
そこからが修羅場の始まりだ。
にこやかな剣聖たちは、にこやかな顔のまま、殺気を全からたぎらせつつ、エリスに挑みかかっていった。
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笑っているし、使うのも木刀だが、殺す気なのは見て取れた。
稽古にかこつけて、木刀で毆り殺そうとしているのだ。寸止めをする気がないのは、一目で分かった。
とはいえ、エリスも一応、剣王だ。
そこらの剣聖にそうそう遅れはとらない。
あっさりと、剣聖たちを返り討ちにした。
エリスが一人、また一人と叩きのめす度、剣聖たちの顔からは笑みが消え、憎々しげな表が張り付くようになった。今では殺気も隠さない。
だが、そんな中で、一人だけどこ吹く風な顔をしているのが一人。
ジノだ。
ニナですら、剣聖たちの殺気にし困った顔をしているのに、ジノはそんなもの、どうでもいいと言わんばかりだ。
そして、今のようなピリピリした空間の出來上がり、ってわけさ!
---
と、無理に元気を出して説明してみたけど……。
はぁ。
胃が痛い。
なんでこんなことになったんだ……。
いきなり失敗した気がする。もう無理だろこの雰囲気。話し合いとか出來そうにもないよ。
でも言い訳をさせてほしい。
止める間も無かったんだ。
もうね、ほんと、早かったんだ。
ジノが「好きにしたら」と言い終わる前には、エリスが當然のように木刀を手に前に出て、剣聖の方も道場の中央で待っていた。
俺が今の位置に腰を下ろす瞬間には、すでにエリスは一人、打ち倒していたんだ。
で、止める間も無く「次は俺が」「次は某が!」と剣聖が次々と出てくる。
ただ、そろそろ止めるべき時が近づいてきている気がする。
剣聖の數は20人余り、エリスももう20人近く倒している。
今戦っているのが、最後の剣聖だ。
となれば、出てくるだろう。
剣神ジノが。
今は飄々としているとはいえ、下の者が全員やられたとなれば、出ざるを得ないだろう。
そして剣聖たちも、その瞬間を待っているのだろう。
剣神が出てきて、赤の剣士を叩き殺す、その瞬間を。
先代剣神を殺した者達への復讐を。
そのために提案をした。前座も買って出た。とでも言わんばかりだ。
俺は後悔している。
來るべきではなかったかもしれない。
エリスとて、剣神と戦えば無事では済むまい。
俺も、この距離で剣神と戦えるとは思えない。
そして謝している。
俺が反応できなくても、オルステッドとアレクなら、剣神の剣を止めてくれるだろう。
エリスも無傷というわけにはいかないかもしれないが……何、死ななければ安いものだ。
エリスとて、その覚悟ぐらいはあるだろう。
なんにせよ、付いてきてくれた二人に、謝だ。
しかしながら、剣神とエリスの戦いに水を差したとなれば、きっと渉どころではないだろう。
的にどうなるかという予想はつかないが……。
まあ、胃の痛い展開になるのは間違いない。
ともあれ、止めよう。
なんとか話をする形に持って行こう。
それが俺の仕事だ。
いいねルーデウス。気盛んな人たちだけど、きっと一生懸命話せば聞いてくれるはずだ。
頑張るんだよ?
レッツファイトだ!
「くっ……參った」
そして今、剣聖の最後の一人が倒された。
彼は前の剣聖と同様、手首を押さえている。
ていうか、基本的に全員手首だ。
右手か左手かの違いはあるが、エリスは同じ技で仕留めたのだろう。
剣聖たちの怒りも倍増というわけだ。
次は、ニナだろうか。
いや、ニナの方はく気配がない。
なんとなくだが、多分、剣神が先にく。
剣神がいたら俺の出番だ。
よく見ろ、先の後だ。
剣神が立ち上がりかけた時に、へりくだるじでずいっといくんだ。
見応えのある試合ばかりでした、見ているだけでが乾いてしまいましたな。ここはひとまず休憩として、お茶にしましょう。なんてセリフからろう。
ん? 本當のそのセリフで大丈夫か?
煽りっぽく聞こえないか?
もっとこう、負けた剣聖を褒めるじでいくべきだな。
いやはや、やはり剣の聖地の方々は稽古に熱心でいらっしゃる。……これでいこう。
これなら、彼らも「これは稽古だから負けてもしょうがない」という言い訳が出來る。
よしいくぞ、今いくぞ、さぁいくぞ。
「……」
しかし、剣神に変化は無い。
ニナの方も、出てくるわけではないようだ。
「終わった?」
ピリピリした空気の中、剣神ジノ・ブリッツは軽いじで聲を上げた。
なんとも、あっけらかんとした聲音だ。
「それで? 何の用で來たんでしたっけ?」
あれ?
戦う前に話を聞いてくれるらしい。
剣神流らしくない……が、好都合だ。
俺はずいっと前に出て、聲を上げた。
「……まずは謝罪を」
「なんの?」
「先代剣神のことです」
そう言うと、よっしゃきた、と言わんばかりに周囲の剣聖の気配が変わった。
向こうがきっかけをくれたよ!
さぁ今だよ! 復讐レッツゴー!
と、もし彼らが犬であれば、尾を振りつつワンワンと吠えていただろう。
俺も一瞬、もうし遠回りな言い方をしておけばと思ったが、同じことだ。
事実は避けられない。
「……」
だが、剣神は訝しげな顔をしていた。
そんな顔をされると、こっちも戸う。
何か変なことを言っただろうか。と周囲をキョロキョロと見渡してしまいそうだ。
とはいえ、彼もすぐに得心がいったようにうなずいた。
「ああ、そういえば、ずっと前にニナから聞きました。
ニナは、君らに協力するって言ってたんでしたっけか。
そりゃあ、協力者の父親を殺したんなら、謝罪が必要ですよね」
実に、他人事のような言葉だった。
俺より、剣聖たちの方が呆気にとられるぐらい。
「でも、師匠……先代剣神ガル・ファリオンは、自分の意思で君らに戦いを挑んだんでしょ?
ならむしろ、こっちが謝罪すべきではありませんか?
これが剣神流全の問題なら、協定を破ったのはこっちなんですから。
そのへんは、どうなっているんですか?
僕はその辺り、よく知らないんだ」
どうなっているか、なんてのはこっちが聞きたい。
俺は今、本當に剣神流のトップと會話をしているのだろうか。
もっとこう、アトーフェ並に會話が通じない相手を想定してきたんだが……。
なんか不思議な気持ちだ。
「ええと……」
落ち著け、まずは相手の質問に答えよう。
確か、アリエルの戴冠式の時に、エリスがニナと渡りを付けてくれたのだ。
剣の聖地、ひいては剣神を味方に引きれる、という
その辺がまとまる前に、ビヘイリル王國での戦いが起こり、ガル・ファリオンが敵に回った。
「まだ、ニナさんとエリスが話をしただけで、正式な協定は結ぶ前でした。
ニナさんから剣神へと話は行っていた……のでしょうか?」
「話はしたわ。それっきりだったけど」
曖昧に頷くニナ。
その言葉に、ジノもまた「うん」と頷いた。
「なくとも、僕らは『龍神オルステッドの陣営と敵対する』なんて話は聞いていない。でも、戦ったというのなら……」
ジノの目が細められた。
「先代は君たちと敵対する道を、選んだようだね?」
剣聖の気勢が高まる。
よっしゃ、よくぞ言ってくれた。
さぁ剣を抜いて、戦いましょう、はやく、はやく!
そんな心の聲が聞こえてきそうだ。
「……待って。落ち著いてください」
咄嗟にそう言うと、ジノは肩をすくめた。
「僕が慌てているように見えるのかい?」
「いえ、大変落ち著いていらっしゃいます。ですが、ほら、私共も、あなた方と敵対をし続けないために、こうして謝罪に來ているのです。強い武力を持つ剣神流の方々と敵対するのは、私共としてもよくない。強い方とはぜひとも仲良くしたい。私たちには、あなた方と仲良くする用意がある。剣や食料の流通に、インフラの整備、建築関係でも協力できます。逆に言えば、私達と敵対すれば、そういったことを止められる。悪いことが多いはずだ。でしょう?」
「はぁ……」
一気にまくし立てる俺に、ジノはため息をついた。
ちょっと説明が長すぎたかもしれない。アトーフェを想定していたなら、もっと短くすべきだったかもしれない。でも、幻の酒を提供するだけで「よっしゃ味方になったるわ!」となるほど単純そうにも見えない。
ジノは俺を見て、煩わしそうに言った。
「一から言わないとわかりませんか?
先代は、僕らには何も言わなかった。
つまり剣神流全の決定ではなく、個人として、君たちと戦ったんだ。
それは僕らには、なんの関わりもないことです。
だから僕に戦うつもりはないよ。
そんなことより、こっちの方が大事だ」
ジノはそう言うと、ニナを引き寄せて、その髪に顔を埋めた。
ニナは顔を赤らめつつも、その行為をけれている。
お熱いことだが、人前では控えた方がいいんじゃないかな。
見なよ、エリスが顔を真っ赤にしてる、目もまん丸だ。腕を組んで足を開いて、臨戦態勢までとっている。
しかし、俺が會話をしているのは、本當に剣神なんだろうか。
け答えが理知的すぎて怖い。
不気味だ。
剣神流の高い位の人ってもっとこう、「うるせぇ! 意味わかんねぇ事を言うんじゃねえ! 親父の仇だ! ぶっ殺してやる!」ってじで襲い掛かってくるものでしょう?
あ、いや、それはアトーフェか。
でも、似たようなものでしょう?
あ、もしかすると、今、俺の目の前にいるのは影武者か、あるいは渉外擔當の事務員かもしれない。
「……」
でも、そういう事ならありがたい。
が殺されて、そこまで平然としていられるのはちょっと不気味だが……。
まあ、狀況をよく考えてもらった結果、より今後を優先した。ということであれば、納得はできる。
きっと、前々から考え、決めていたのだろう。
「そういう事なら、改めて我々と……」
「お待ちください!」
と、び立ち上がったのは、剣聖の一人だ。
顔を真っ赤にしながら、俺たち……というより、オルステッドを指差してくる。
「我らは先代を慕い、その剣を見て、習い、學ぶことで強くなりました! それを殺されたのですよ! こいつらに! 大恩ある先代を殺され、はいそうですかと黙っているのですか!? 我ら剣神流が舐められてもいいのですか!?」
「じゃあ、君はやりなよ。真剣を持ってきてさ、見ててあげるから」
間髪れず、ジノがそう言った。
剣聖のきが止まる。
「は……?」
「彼らだって、そういうつもりで來ているんだろうさ。
狂剣王エリスに、龍神オルステッド、北神カールマン三世。
彼らの後ろから、ルーデウス・グレイラットが魔の援護をする。
きっと、君たち全員が束になって掛かっても、一太刀も負わせられず、全滅するだろうね」
「それは……」
「さぁ、やりなよ。死はちゃんと片付けてあげるし、お葬式もしてあげるから。君らが死んだ所で名譽とやらが守られるかどうかは知らないけど、きっと満足はできるよ」
「……」
その言葉で、剣聖は座った。
悔しそうに拳を握りしめて。
そして、震える聲で言った。
「我々は……彼らに従う他無いのですか? 戦うことなく、先代の仇に……」
「だから、嫌ならやればいいじゃないか。僕は君たちに何かを強制するつもりはないんだから、君の自由にすればいいんだよ。父さんたちみたいにさ」
ジノは面倒くさそうだ。
俺としては、今の時點で恨みを募らせられるよりは、サックリと納得してもらいたいものだ。
まあ、納得が生き死ににまでなると、しつらいが。
「そういえば、剣帝がいないわね」
そこで、エリスがポツリと口にした。
ジノは顔をエリスの方へと向けた。
「父さんたちは、剣の聖地を出て行きました。僕が剣神になったのが、不本意だったようで」
剣帝、というのはニナのことではないらしい。
ジノの発言から鑑みるに、先代剣神の直弟子である、二人の剣帝のことだろう。
言われてみると、それと思わしき人はいない。
「今頃は、アスラか、ミリスか、あるいは王竜あたりで道場でも開いてるんじゃないですかね。ま、別に僕が出て行っても良かったんですが……」
ジノは肩をすくめてそう言った。
「それで、話は謝罪だけですか? 正直、僕としてはわざわざどうも、という程度の話ですけど」
やはり、し不気味だ。
人のことをどうこう言うつもりはないが、しこのジノという人は冷めているというか、達観的というか……不気味だな。
「いえ、話すとし長くなるのですが、我々は今、ヒトガミという存在と戦っていてですね――」
そう思いつつも、ヒトガミとの戦いについての詳細を話す。
なんにせよ、ジノというのは話の通じる相手のようだ。
爭い無しで話がまとまるなら、萬々歳だ。
肩かしを食らった気分だが、悪くはない。
剣神という眼鏡をはずしてみれば、話のわかる、中々の好青年じゃないか。
ここは一つ協力を取り付けて、後でお茶でも一杯飲んで、仲良くなるとしようじゃないか。
そうすれば、きっとこの不気味なじも消えるはずだ。
「――というわけで將來に向けて、改めて剣神流共々、我々に協力していただきたい」
「斷る」
……ん。
あれ?
「協力はしない」
剣聖たちが、「おお!」と聲を上げるものの、しかし彼らも困気味だ。
「…………それは、人神の側につくと?」
「いいや、敵対もしない」
んー?
「つまり……中立でいると? 理由を聞いても?」
「師匠の教えを守りたいのです」
「教え?」
「師匠は、事ある毎にこう言っていました。
『自分のために強くなれ』。
正直、意味がわからなかった。
この中にも、わかってる人はいないと思う。
父さんたちだって、わかってなかった。
でもニナがしいと思った時、やっとわかったんです。師匠の言ってたことが。
剣は、自分のために振るうべきなんです。
ただ純粋に、自分の目的を達するためだけにね」
滔々と語るジノの聲には、確信があった。
今言っている言葉が真理であると信じて疑わない、確信が。
「だから、協力できない。僕は、僕のためだけに剣を振るう。全て、僕のためだ」
「……たとえ、家族が危機にひんしていても、剣は振るわないと?」
「いや。その時に、僕が家族をしていれば、剣を振るう」
そこで、ジノは初めて、俺の方をまっすぐに見た。
強く、凜々しい視線。
その視線は、エリスから聞いていた人像からはかけ離れていた。
「それとも、協力しなければ家族を殺すとでも言いますか?」
道場が冷えた。
ジノの発言は寒気と殺気を同時に放っていた。
全にぶわりと冷や汗が浮き出る、もし俺一人だったら、小便でもちびっていたかもしれない。
彼は、剣神なのだ。
あの先代剣神ガル・ファリオンを一瞬で打ち負かした、現役の剣神なのだ。
不気味だが、今この世界で五本の指にるかもしれない、実力者なのだ。
そう、理解できた。
「いいえ。俺も家族をしていますので」
「そうかい、安心した」
殺気が収まる。
「ルーデウスさんは、噂に聞いていた通りの人のようだ」
「どんな話を?」
「家族のために龍神の配下となり、國を一つ吹き飛ばした人だと」
「まあ……概ね間違ってはいないです。國までは吹き飛ばしていませんが」
「それに、思った以上に肝が據わっている」
ジノが視線をチラリとかす。
視線の先は俺の両脇。エリスとアレク、そして剣聖たちだ。
彼らは全員が、剣柄に手をかけていた。
中には、すでに抜き放っている者もいる。
振り返って後ろを見ると、オルステッドは微だにしていなかった。さすがだ。
俺も微だにしなかったが、それはあくまで殺気に震えてけなかっただけ、とはいえない。
「つまり、信用できる人間だ」
なにがどう『つまり』なんだろう。
「そんな人間だから、安心して言うんです。協力はしない。僕の剣は、僕と僕のする者のためだけに振るわれるものだから」
「……あ。なるほど」
ジノ・ブリッツがし理解できた。
要するに彼は、する者を自分の手で守りたいのだ。
俺と、そう変わらない。
俺はそれが出來ず、オルステッドに泣きついた。
でもきっと、彼は出來ると思っているし、その実力もある。
ついでに言えば、それ以外のことをする気もないのだ。
無論、彼は剣神だ。中立を宣言しようと、敵は來る。
でも、自分から敵を増やすような真似はしたくないのだろう。
先代剣神が『する者』に含まれていない理由まではわからないが。
いや……違うな。
先代剣神は、「自分のために生き、自分のために死んだ」のだ。
だから、彼は、その死に関してとやかく言うのは、お門違いだと思っているのだろう。
「……うーむ」
これは、説得は難しいだろうな。
ジノは自分で完結してしまっている。
俺たちがヒトガミとの戦いをやめるか、彼が俺と同じように、自分の力だけでは守れないと思うまでは、考えは変わらないだろう。
俺がどれだけ説得しても、暖簾に腕押しだ。
彼はもう、決めているのだから。
一度決めたら一直線なのは、さすがは剣神流のトップというわけか。
「そうですか……では、くれぐれも夢にヒトガミが出てくる場合は、気をつけてください。家族のためだと噓をつかれて、最終的に何もかも失わないように」
「はい」
殘念だが……ここは引き下がろう。
ひとまず、俺たちとも敵対する気がないのは、今のでわかった。
味方にはならないが、敵にも回らない。
俺がどういう人間かを知ったうえで、信頼して『中立でいたい』と言ってくれた。駆け引き無しの言葉だろう。
なら今回は、それで良しとしよう。
「もし僕が死んで代替わりしたら、また來てください。これは、あくまで僕個人の選択ですから」
「そうさせてもらいます」
俺は振り返り、オルステッドを向いた。
ヘルメットに隠された表は、何を思っているのかわからない。
「ということで、よろしいでしょうか、オルステッド様」
「……ああ」
振り返りつつそう聞くと、オルステッドはゆっくりとうなずいた。
---
その後、剣聖たちの傷を治した後、今度はアレクが稽古を付ける流れとなった。
現在、俺は道場の上座の方に座らされ、剣聖たちと取りを続けるアレクを見ている。
剣聖たちは、手に持っているものこそ木刀だが、その太刀筋には明らかな殺気が篭っていた。
きっと、稽古の拍子にアレクを殺してしまっても問題ない、と考えているのだろう。
アレクは軽くあしらっている。
とはいえ、さすが剣聖というだけあってか、もしくはアレクが気を抜いているせいか、たまにアレクに當てるヤツもいる。
の太刀だ。
が、所詮は木刀。當てた瞬間に木刀はボッキリ折れて、アレクはノーダメージだ。
闘気ってずるいよね。
しかし、剣の聖地の木刀は変わってるな。
木刀の芯に、鉄のようなものをれてあるらしい。
剣の重さと似せるためかね。
闘気が無ければ、打ちどころが悪いと死んでしまうのではないだろうか……。
あ、だからここには剣聖しかいないのか。
上級以上じゃないと、闘気は扱えないもんな。
「そういえば、オルステッド様……今回はどうして同行を?」
ふと俺は、隣に座るオルステッドに小聲で聞いてみた。
「ジノ・ブリッツを見ておきたかった」
「それは、いつも(・・・)とどう違うか、ということで?」
「ああ」
ジノは、相変わらずニナを侍らせて、黙って稽古の様子を見ている。
ニナの隣にはエリスが座っている。
ニナと何かを話しているようだ。
ガル・ファリオン、という単語がちょくちょく聞こえてくる所を見るに、恐らく、先代剣神の最後についての話をしているのだろう。
「どうなんです?」
「変わらない。単純一途、頑固で己のためのみに生きる」
「ほう」
「若い頃のジノは不安定だ。であれば、ヒトガミの言葉で揺れることもある。だが、あの様子なら放っておいても問題なかろう」
「なるほど」
敵にならない中立。
考えようによっては、それは俺たちにとって味方ということにもなる。
使徒にもなりにくいだろうしな。
未來を見據えた行はしてくれないが、他の國だって、どこもが力的にいてくれているわけじゃない。
ヒトガミの手先にならない、というのが重要なのだ。
む、まないにかかわらず、敵に回ることもあるだろうが……。
それを言い出したらキリがない。
「ま、參った……!」
ズダンと音がして、剣聖の一人が道場に倒れた。
すぐさま次の剣聖が「次は自分が!」と道場の真ん中へと出て行く。
……のだが、気づけば、剣聖は全員が座り込むか、あるいは倒れ伏していた。
剣聖全滅(本日2回目)。
さすが、北神カールマン三世といった所かね。
「……」
道場に、沈黙が舞い降りる。
「――それで、最後にはこう言ったわ『自由に生きた奴が強ぇのは、いいなぁ』って」
そんな中、エリスの言葉がポツリと流れた。
彼は自分の聲が、思いの外響いた事に驚いた様子で顔を上げた。
すぐさま彼は口元を引き締め、集まりかけた剣聖の視線を威嚇で散らした。
剣聖たちはうつむき、悔しそうに聲をらした。
その視線は、チラチラとジノの方を向いていた。
弟子に戦わせて、とか、剣神流の名譽をなんだと思っている、という聲も聞こえる。
ジノは、変わらず飄々とした顔で聞き流している。
案外、日常的に言われているのかもしれない。
「剣神様も、稽古に參加してはいかがですか……?」
ジノが言い返さないのをいいことにか、剣聖の一人がそう言った。
アレクに最初に挑みかかり、何度も倒された男で、顔にも大きな痣が殘っている。
先ほど、お待ち下さいと聲を上げた人でもある。
「僕はいいよ」
「なぜですか!」
「なぜもなにも、君たちが彼らに稽古を付けてしいと言ったから、僕から頼んだんだ。君たちが終わったのなら、それで終わりだろ?」
剣聖の顔が歪む。
彼はブルブルと震え、こらえきれない様子で、んだ。
「先代の時はよかった!
あの人は、ちゃんと剣神流という流派の名譽を守ってくれた!
こんな奴らがきても、でかい顔はさせなかった!
剣帝様方がここを去ったのも頷ける!
剣神なのに、我々に手本も見せてくれない!
修行は全て一人で行って、道場では毎日を侍らせて、イチャついているだけ!
仇がきて、自分たちの下につけといってきてもそうだ!
仇であることを飲み込み、恭順するならまだいい!
曖昧に中立を宣言するだけ! それも、敵を作りたくないから?
なんなんだあんたは! 何のための剣神なんだ!」
道場がシンと靜まり返る。
ジノの表は変わらない。
変わらず、飄々とした顔だ。
ポカンとした、と言い換えてもいい「何言ってんだこいつ」って顔だ。
だが、男の方は流石に言い過ぎたと思ったのか、やや青ざめた顔をしている。
「剣は、個人のものだ。僕が勝った所で、君たちの勝利ではないし、君たちの名譽は守られない」
ジノはポツリと言った。
「僕はニナとこうなりたくて、先代を倒した。だからこうしている。
名譽を守りたかったわけでも、君たちの面倒を見たかったわけでもない。
不満があるなら、君たちも出て行けばいい。
僕は剣神じゃなくてもいいけど、君たちに譲ったら、君たちは僕を追い出すんだろう? 出て行くのはいいけど、今は都合が悪い。子供が小さいからね」
剣聖たちは、「あぁ」と聲を出しながら、また俯いた。
そうじゃないんだ、なんでわかってくれないんだ、とそんな聲が聞こえてくるようだ。
なんとも、嫌な空気が流れている。
剣神と門下生たち。
うまくは、いっていないようだ。
ジノも、まだ若いということか。
ここをうまいことやっておかないと、側に敵を作りかねないというのに。
「そんな事を言わず、手本ぐらい見せてあげたら?」
沈黙を破ったのは、ニナだった。
彼はジノに寄りかかっていたが、を起こし、正座した。
「私も、あなたが戦う所を見たいわ」
「わかったよ。ニナが言うなら」
ジノはスッと立ち上がった。
今までの重い腰が噓だったかのように、スッと。
もしかして、に敷かれているのだろか。
ていうか、これで本當に安定していると言えるのだろうか。
俺には、むしろ不安定に見える。
大丈夫なんだろうか。
「エリスも、どう? ジノ、強くなったわよ」
「……わかったわ」
ニナに話を振られて、エリスも立ち上がった。
俺の方を見て、何かを放ってくる。
咄嗟にけ取ると、彼の剣だった。
魔剣「笛」。
先代剣神が用していた剣だ。
ジノとエリスが、道場の真ん中へと進み出る。
そこにはアレクがいて、彼は肩をすくめた。
「で、どちらからやるんですか?」
「もちろん、弱い方からよ」
エリスはそう言ってアレクを押しのけた。
アレクは了承したと言わんばかりに頷き、俺たちの方へと戻ってきた。
汗一つかいていない。
彼が汗をかいているのなんて、見たこと……。
いや、ビヘイリル王國で見たな。びっしょりだった。
「……ここの人たちはダメですね」
俺の隣に座ると、彼は小聲でそう言った。
「せっかく格上と打ち合う機會なのに、學ぶ気がない」
「それは、俺から見てもわかりました」
「でしょう? これなら、お祖母様の所にいる人たちの方が上です」
アトーフェ親衛隊はちょっと違うだろう。
なんて思いつつ道場を見ていると、エリスが木刀を構えた所だった。
いつも通りの上段。
攻めの構えだ。
対する剣神ジノは腰だめ、居合だ。
居合といえば、ギレーヌを思い出す。
だが、ギレーヌに比べると、なんとも靜かだ。
ギレーヌは、居合を構えつつも尾を揺らし、噛みつくタイミングを図っているような獰猛さがあった。
ジノの構えは、無だ。
先ほどのオルステッドのように、時が止まったかのようにピタリと靜止している。
隙は無い。
「……」
エリスが、ジリっと間合いを詰めた。
相手は剣神だ。
先ほどの話がなければ、ハラハラしてしまう所だ。
打たれても、まあ、死にはしないだろう。
大丈夫だよね?
一応、予見眼を使っとくか。
まあ、使った所で、剣筋は見えないだろうけど……。
急所に直撃、みたいな流れになったら、オルステッドはちゃんと止めてくれるだろうか……。
「エリスさんなら、スタートの合図はいりませんよね?」
「ええ」
エリスが頷いた。
と、思った時には終わっていた。
《エリスが利き腕を叩き折られ、片膝をつく》
《エリスの木刀が宙を舞い、道場の壁にあたってカランと落ちる》
予見眼に見えたのは、それだけだ。
そして、ほんの一秒後、それは現実となった。
「……」
俺の眼には、エリスが先にいたように見えた。
ええ、という聲を言い終わるか終わらないかのうちに、木刀の先端が殘像となったのだ。
だが、結果として、エリスは負けた。
恐らく、スピード負けして、利き腕を叩き折られたのだ。
いや、利き腕だけではない。
よく見ると、エリスの出足の親指が、変な方向を向いている。
二太刀。
連撃だったのか……?
腕を折られ、足を折られた。
だが、エリスは止まらない。
この程度では止まらない。
獰猛な笑みを顔に張り付かせ、なおも殘った足で突進する。
……のかと思ったが、ふっと力を抜いた。
やめたのだ。
「そこまで」
道場に響いたのは、オルステッドの聲だ。
その聲で、道場から「おぉ」という聲や「お見事」という聲が聞こえてくる。
だが、まばらだ。
聲音も、なんだか困気味だった。
「何が起きた? 初太刀をかわしたのか……?」
「初太刀は足首狩りだ。かわしきれずに親指を……」
「だが二太刀目は?」
剣聖たちの中から、そんな囁き聲が聞こえる。
勝負がついたのか、付かなかったのか。
それすらも判斷出來ないほどの早業だったのだろう。
だが、結果は見れば明らかだ。エリスは脂汗を流しながらへたり込み、剣神はだらりと木刀を下げて立っている。
手本を見せるといって、見せる相手が何をしているのかすらわからないのか。
これじゃ、手本の意味がないな。
剣聖たちは、それを悔しく思っているのか、表がい。
だが、同時にほっとした空気も流れていた。
これで剣神流の面は守られた、とでも思ったのだろう。
溜飲が下がってくれたなら、俺の方としても萬々歳だ。
「さすが剣神殿!
初太刀は、出足の足首を狙ったもの。
けど、その太刀筋は足首から手首までの最短距離を走っていた。
足首を狩れればよし、回避されてもよし、どちらでもその分だけ初太刀が遅れ、手首へのカウンターが決まる。
己の剣速に対する絶対の自信がなければできない蕓當です」
アレクが、やや大きな聲でそう言った。
剣聖たちに聞こえるように。
その言葉で、剣聖たちも「なるほど」と頷いていた。
ありがとうございます、解説のアレクさん。
アレクは當然とばかりに座っていたが、ジノを見る目にし非難がある。
師匠なら教えてやれ、と言わんばかりの顔だ。
「昔のエリスさんよりなら、その狀態でも向かってきましたね」
「今が意地を張る場面なら、そうするわ」
「なるほど。さすがはエリスさんだ」
ジノはし微笑み、ゆっくりと頷いた。
すると、エリスもふっと笑った。
しかし、その額には脂汗が浮いている。
手首足首が折れたぐらいで泣き言を言うではないが、しかし痛いものは痛かろう。
俺は立ち上がり、エリスの下へと駆け寄った。
「大丈夫?」
「……大丈夫よ。早く治癒魔を使って。変な所らないでよ?」
「はい」
即座に治癒魔を詠唱し、エリスの骨を治す。
予め釘を刺されていたので、とかには手をばさない。
模擬戦とはいえ、骨が叩き折れるほどの衝撃。
もしこれを頭とか首にもらっていたらと考えると、ぞっとする。
まあ、オルステッドもいるし、と首が離れない限りは、大丈夫だと思うが……。
それにしても、剣神。
先代もそうだが、剣がまったく見えない。
敵に回したくない相手だ。
「どう?」
「……凄まじいわ。悔しいけど、勝てそうもないわね」
怪我の合を聞いたのだが、エリスから帰ってきたのはそんな言葉だ。
本當に悔しそうに、口をヘの字に曲げている。
エリスも、子供を二人産んだとはいえ、剣に対しては真面目に取り組んできた。
それを考えると……いや、単に負けたのが悔しいだけか。昔からそうだった。彼は負けるのが嫌いなのだ。
「では、僕が」
エリスを連れて戻ってくると、アレクがウキウキした顔で立ち上がった。
が、そこでふとオルステッドを振り返った。
「オルステッド様……よろしいですか?」
「構わん。好きにしろ」
オルステッドの許可は、あるいはジノを叩きのめす許可だろうか。
ここでアレクを叩きのめせば、あるいは七大列強の順列が変わる可能も出てくる。
中立を宣言してくれたジノ・ブリッツ。
今、エリスが負けたことで、剣聖たちも溜飲が降りた。
剣の聖地は中立の立場を守ってくれるだろう。
だが、剣神が敗北すれば、話は別だ。
ジノ本人はともかく、剣の聖地の大半が敵に回ってもおかしくはない。
どうしよう、止めるべきじゃなかろうか。
……。
いや、何も言うまい、オルステッドが良いといったのだ。
俺は結果に対するフォローだけを考えればいいのだ。
「いざ」
アレクが前へと出る。
木刀を使っての模擬戦。
とはいえ、北神と剣神。
七大列強同士の戦い……といっても過言ではない。
今の七位はお飾りみたいなもんだからな。
どちらが勝つのか。
やはり、経験の差でアレクが有利だろう。
剣神は、先代を倒したとはいえ、まだ若く、経験が足りない。
その上アレクには、北神カールマン三世としての意地があるだろう。
先ほど、剣神の太刀筋も見えていたようだしな。
「……」
中段に構えたアレク、居合に構えるジノ。
どちらが先に仕掛けるのか。
通常なら、剣神流のジノが仕掛け、北神流がける形だ。
だが、逆もある気がする。
「……っ!」
先のいたのは、アレクだった。
今度は見えた。
中段から、ノーモーションでの突き。
だが、ジノはそれを上回る速度で、剣を振るった。
突きの先端に合わせるように剣を抜き放ち、ほんの僅かに切っ先をそらし……俺に見えたのはそこまでだ。
次の瞬間、ジノの木刀が消えた。
次に俺の目に映ったのは、アレクの左手がへし折れる瞬間だ。
同時に、アレクが一歩後ろに下がり、道場の床に黒い線が一本殘る。
恐らく、先ほどエリスを仕留めた同時攻撃を、手首、足の順番に行ったのだ。
アレクは折れた手のまま木刀を、構える。
だが、折れたと思ったその腕は、ほぼ即座に治癒したようだ。
不死魔族ののなせる技だろう。
その上で北神流は、ここからが真骨頂だ、とでも言わんばかりに闘志を瞳に宿らせる。
でも、ジノはそのまま前に出た。
凄まじい猛攻が始まった。
ジノが剣を振るう度、アレクの腕か、足がへし折れた。
骨折程度はすぐに治癒するようで、戦闘不能には陥らない。
だが、それだけだ。
ジノは、アレクが攻勢に出ることを許さなかった。
アレクも々と試していたのかもしれない。
でも、それが屆いていないのは、誰の目にも明らかだったが……。
「……參った」
やがて、アレクは剣を下ろした。
傷は無い。
だが、服はボロボロに破け、木刀は先端がささくれ立っている。
対するジノは、無傷だ。
しっとりと汗をかいてはいるものの……圧倒的だ。
ここまで差があるとは思えなかった。
アレクも、あんなに強いのに……。
今、この瞬間なら、ジノは列強クラスはあるのではないだろうか。いや、列強なんだけどさ。
「いや、お強い。上には上がいるということを、思い知らされました」
「いいえ。あなたは片手ですし、実戦なら、どうなっていたかはわかりません」
「真剣なら今頃はバラバラでしょうね」
アレクはあっさりと負けを認めた。
鞘のない木刀を居合に構えて、これだ。
本當の居合なら速度が上がる。
つまり、真剣なら差はさらに広がる可能もある。
「さて……」
アレクは木刀を持ったまま、こちらに戻ってきた。
負けたというのに、あっさりとした顔だ。
し悔しそうではあるが……ビヘイリル王國の時のように喚いたりはしない。
彼も変わったということだろう。
「……ん?」
ふと見ると、道場の視線が俺の方を向いていた。
ジノも、すでに手合わせは終わったというのに、道場の中心にいる。
俺の方を向いて。
「列強七位……」
「列強同士の戦いを見れるぞ」
「まさか剣神様が負けることはないだろうが……」
「龍神オルステッドの技も見られるやも」
剣聖たちのヒソヒソした聲が聞こえる。
え?
ん? どゆこと?
「ルーデウス様。見せてやってください。僕を倒した魔導鎧の威力を!」
アレクに耳打ちされて、俺は咄嗟に言った。
用意してあった言葉だった。
「いやはや、やはり剣の聖地の方々は稽古に熱心でいらっしゃる! ですがもうすぐ日も落ち、お腹も空いて參りました! ここらでお開きにしようじゃありませんか!」
がっかりされた。
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こうして、剣の聖地の挨拶は終わった。
俺は剣聖たちの間では臆病者と呼ばれるようになったが、知ったことではない。
剣の聖地……いや、ジノ・ブリッツは、死ぬまで中立を守ってくれるだろう。
俺はそれで、満足だ。
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