《無職転生 - 蛇足編 -》24 「味噌煮込みうどん」

私の名前は七星。

七星靜香。

々あってペルギウスの居城、ケイオスブレイカーに居候している。

彼の配下の能力を使い、一ヶ月に一度だけ目覚める日々だ。

これは、私が「今はまだ帰れない。この世界で何かをし遂げなければいけない」という仮説を立てたことによるものだ。

だが、それは置いておこう。

元の世界には『三年寢太郎』という語があった。

干ばつに苦しんでいたとある村に、寢太郎という男がいた。

彼は仕事もせずに三年間寢続けていたため、周囲の者は怒っていた。

だが寢太郎はある日目覚めると、山にいって巨石をかした。毎日毎日、大きな石を川に放り込むと、やがて川の流れは変化、干ばつの村に向かう支流ができた。

その支流のおで田畑に水が供給され、村は干ばつの被害から救われた。

彼はただ寢ていたのではない。いかにして干ばつを解決するかをずっと考えていたのだ……。

という話だ。

私はそれと似たようなじだ。

と、自分では思っている。

ただ、この世界の人間のためとか、そういう殊勝なことは考えていない。

いかにして自分が元の世界に帰るか、ということを考えている。

もちろん、この世界の人にはお世話になった。

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その人たちが苦労したり、辛い目にあっているというのなら、助けてあげたいとは思う。

まあ、それはそれとしてご飯だ。

今日も私の胃袋はカラッポ。

お腹はぺこぺこで、水浴びをしている最中から、グーグーと大きな聲で主張を続けている。

今の私は狼だ。

赤ずきんちゃんだろうと七匹のこやぎだろうと食べてしまうだろう。

それにしても毎日(実際には一月に一度だが)、これほどの飢に襲われていては、いつしかガリガリに痩せてしまうかもしれない。

あまりに痩せすぎて、元の世界に戻った時に知り合いにわかってもらえないというのも嫌だ。

今日もしっかり食べなければ。

なんて思いつつ部屋に戻ると、ツンといい匂いが鼻についた。

同時に、テーブルで何かを用意するルーデウスの姿が視界にった。

「ああ、おはようナナホシ」

「おはよう」

私の方を向いたルーデウス。

その前には土鍋が置かれ、コンロのようなもので暖められていた。

グツグツといい音が響いている。

今日は鍋のようだ。

この世界ではいわゆるごった煮系のスープは珍しいものではない。

材をそのまま煮込んだりしたものが多く、その材もえぐかったり青臭かったりで、味しくもない。

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腕のいい料理人が作れば、それなりに食べられるものにはなるが、基本的には食の沸く代ではない。

しかし、どうだろう、この鼻をくすぐる味噌の香りは。

しっかりと出のきいたスープに味噌を溶けこませなければ、こんな香りはしないのではなかろうか。

ああ、またお腹が鳴ってしまう。

「……今日は?」

私は挨拶もそこそこに、席についた。

部屋の中で火を使ったら、またペルギウスに小言を言われるかも?

という忠告は一瞬にしてスッポ抜けていた。

いいのだ。

どうせ彼も食べるのだから。

「今日は……ほら」

ルーデウスが土鍋の蓋を開けた。

すると、むわっとした湯気の中から、それが姿を表した。

予想していた通りの、こげ茶のスープ。

そこに鶏やネギ、キノコといった材が並び、真ん中のあたりには白い卵と一緒に、ぐらぐらと揺れていた。

さらに、材の下には、白くて細長いものが見えた。

白い麺だ。

となればもしかするとこれは……。

「うどん?」

「そう、味噌煮込みうどんだ」

味噌煮込みうどん!

「うどん、作ったの?」

「ああ、『麺』というものを理解してもらうのにしだけ時間かかったけど、試作自はそんな難しくなかったってさ」

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元の世界の料理を再現してくれているのは、主にアイシャだ。

ルーデウスがふわっとした料理法や完品の説明をすると、何度かの試行錯誤を繰り返すものの、あっさり完させてしまう。

この味噌煮込みうどんも、そうした試行錯誤の末、出來上がったのだろう。

「ささ、びちゃう前に食べてくれ」

ルーデウスはそう言うと、オタマと菜箸を用に使って、味噌煮込みうどんをお椀によそうと、私の前にトンと置いた。

途端、私の鼻に味噌の湯気が飛び込んでくる。

口の中が唾で一杯になり、私は即座に箸を手にした。

「……いただきます」

早速うどんを、と思ったが、私はそこで一瞬躊躇。

箸を一旦置いて、スプーンを手にした。

うどんのからいただくのだ。

先ほどから漂っている、この濃厚な味噌を味わうことなく、麺に手出しはできない。

「ん」

しっかりと出の聞いたスープ。

恐らく、魚介系だろう。

それが濃い味噌味で上書きされ、形容しがたい芳醇さが口の中を溫めた。

その瞬間、お腹がグゥと急かしてきた。

はやく固形をおくれ。

焦らすのはやめておくれ。

そんな言葉が聞こえてくる。

言われずとも、だ。

私は改めて箸を手に取った。

お椀の中に漂う、らかく煮こまれたうどんを持ち上げた。

箸の扱いには自信があったつもりだが、久しぶりのうどんは崩れるほどにらかく、何本かが千切れてお椀の中に戻った。

しかし、私は構わず、殘った數本にふーふーと二度ほど息を吹き付けた後、ちゅるりと口へとすすり込んだ。

「んふ」

うどんだ。

小麥の質のせいか、記憶にある味とはし違う。

でも、間違いなく、うどんの味だった。

噛まなくても飲み込めるぐらい、らかいうどん。

ああ、懐かしい。

そういえば、こんなうどん、昔食べたことがあったな。

インフルエンザで學校を休んだ時に、お母さんが食べさせてくれた。

あの時に食べたものは薄味で、病気ということもあって味気ないものだったが……。

これは、味しい。

「……ふっ」

うどんを飲み込み、息継ぎをする。

続いて、長く切られたネギも食べる。

この世界のネギは、かなり青臭い。

生で食べると、毒のある雑草のような味がする。

だが、味噌でじっくりと煮ているせいか、臭みがほとんど殘っていなかった。

噛めば噛むほどにネギ特有の味が出てくるも、不快は無い。

むしろ、次のうどんを口に含むための前準備のような覚すらあった。

私はその前準備に逆らうことなく、次のうどんをちゅるりと口にする。

うどんにネギの味が絡まり、より一層、うどんの味が引き立つのがじられる。

次は、キノコだ。

見た目からして、シイタケやエノキではない、この世界特有のキノコだ。

もなんだか毒々しい。もしかすると原材料は魔かもしれない。

そんなものを端でつまみ、ギュっとした歯ごたえをじつつ噛みしめる。

すると、中からジュワッとした旨味が滲み出てきた。味はシイタケに近い。いや、これはきっとシイタケだ。シイタケと呼ぼう。

その味が口中に殘っているうちに、鶏も放り込む。

こちらも若鶏というほどではないのだろう。

だが、しかし長時間煮込んでいたせいか、口の中にれるとホロりと崩れた。

シイタケの旨味に鶏、ネギに味噌。そしてうどん。

まさに神の組み合わせだ。

口の中でもちゅもちゅと咀嚼し、ゴクリと飲み込む。

らかく煮られた食材はに引っかかることなく、そのまま胃の中へストンと落ちていった。

お椀の中は、あっという間に空だ。

「……おかわり」

「はいよ」

ルーデウスはすぐさま、土鍋の中からうどんを掬ってくれた。

目の前に復活した味噌煮込みうどんを、私はすぐさま食べ始める。

ネギ、うどん、鶏、うどん、きのこ、うどん、おかわり。

そんなサイクルで黙々と食べ続ける。

味噌煮込みうどんなんて、きっと元の世界では滅多に食べないだろう。

自分がうどん屋に赴いても、味噌煮込みうどんを頼む姿は想像できない。

もっと別のうどんを頼むだろう。

でも、こんなに味しいものだと知った今なら、きっと違う。

うどんと言えば味噌煮込みうどん、そんなじのことを言い出すかもしれない。

通ぶった態度でウンチクとか語りだすかもしれない。あまり知識があるわけじゃないけど。

「おいしいか?」

「おいしい」

しかし、油斷はならない。

ルーデウスは味しいものを食べさせてくれる。

でも、時に彼は、『相談事』を持ってくる。

「そういやさ、聞いてくれよ」

相談といっても、大抵は大したことないものだ。

アルスが學校でモテモテで、んなの子に手出ししないか心配だとか。

ジークが最近はムキムキになってきて、たまに訓練で手合わせするけど、剣に威力が篭もりすぎてて怖いとか。

ルーシーがクライブと付き合い始めて、最近はよく町中でデートしているだとか。

ララが相変わらず子供っぽくて、イタズラばっかりして困っているとか。

そんな、他もない話だ。

「こないだ、ジークと腕相撲したんだよ。腕相撲」

「腕相撲」

「そしたらジーク、かなり腕とか太くなっててさ、手を組んだだけで手のひらを握りつぶされるかと思ったよ」

「ジーク君は確か、アレクサンダー? に弟子りしたのよね?」

「そうそう、北神カールマン三世。教師として優秀なのか、うちのジークが優秀なのかわからないけど、ジークの北神流の上達合はかなり早いみたいでさ。アレクも褒めてたよ」

「ふ~ん……それで、腕相撲は? 勝ったの?」

「勝ったよ。その時は、運よく魔導鎧をに著けていたからな。父親の威厳は守られた」

「それ、本當に守られたのかしら……」

今日も、他のない話だ。

だが、油斷はならない。

時として、ルーデウスはこういう軽い話を、重い話の前置きにしてくる事がある。

そういう時のルーデウスは、こういう軽い會話で私の顔を伺いつつ、言いにくそうな聲音で、「なあ、ナナホシ」なんて呼びかけてくるのだ。

「なあ、ナナホシさんや。話は変わるんだけど……」

ほらきた。

この言いにくそうなじ。

しかも、さん付け。

今日は、かなり重い話が來る。

「言い難いことなんだけど」

「…………なに?」

正直、聞きたくない。

聞けば、きっと味がわからなくなるぐらい、ぐったりした気分になる。

だが、こうして味しいご飯を食べさせてもらっているだ。

世話になった人が困っているというのに、聞きたくないと耳を塞ぐのも、よくない。

「もしかするとだけど……」

「うん……」

さぁ、くるぞ。

どんな話だ……?

「……最近、ちょっと太ったんじゃないか?」

「へっ?」

予想と違うのがきた。

「私が?」

「いや、なんか、昔よりふっくらしてきたような……」

思わず自分の頬に手をれてみた。

ふっくら、しているだろうか。

最近、鏡を見ていないから、どうにもわからない。

この城にも鏡ぐらいはあるが、あいにくと日本の家屋のように洗面臺に一つ置いてあるというレベルではない。

私が出歩く範囲には一枚もないことはざらだ。

當然、この部屋にも置いてない。

太った……って。

どうだろう。いや、でも、そんな馬鹿な。

私のは、この世界ではかなりおかしい狀況になっている。

長はしないし、髪も爪もびない。生理もない。

じゃあ、太るのもおかしな話だろう。

でも……お腹は減る。

ご飯を食べれば、排泄になって出て行く。

ということは、食べは消化され、栄養となってに行き渡っているのだ。

そしてお腹が減るということは、栄養はきちんと消費されている。

てことは、一時的にとはいえ、蓄えられているということだ。

じゃあ、太るの……?

維持するだけじゃなくて、蓄えてしまうの?

朝方、あんなに空腹になるのに?

「ああ、すまん。そういう事を聞くのは、良くなかったかな」

「いえ……」

「あ、もし気になるんだったら、重計とか作ってこようか? 正確な値は計れないと思うけど、俺の重と比較することぐらいは出來るだろうし」

「い、いらない」

太っているとは思えない。

この世界に來てから、太ることも痩せることもなかったはずだ。

起きた時に空腹があるのは、食べた分が消費されているせいだ。

きっとそうだ。うん。

だからきっと、気のせいだ。

ルーデウスだって、私の顔を毎日見ているわけじゃない。

一ヶ月に一度だ。

変化に気づけるとは思えない。

いや、逆か?

毎日見ているわけじゃないからこそ、変化に気付くというのは、ありうるか。

「……」

思い返すのは、このケイオスブレイカーに居候を始めてからの生活。

まさに、食っちゃ寢だ。

ルーデウスが日本食を作ってきてくれるようになって、食べる量も増えた。

かつては必要最低限の量しか食べなかったが、ここ最近は満腹になるまで食べている。

空腹が助長しているのもあるが……。

でも、よくよく考えてみると、別に何もしなくても空腹にはなるのだ。

三年寢太郎だって、太った姿で描かれることが多い。

なら、太るのだろうか、今の生活で……。

「ルーデウスよ。貴様は三人も妻を娶りながら、まだ心がわからんと見える」

と、戦慄していた所、そんな言葉と共にペルギウスが部屋にってきた。

シルヴァリルの姿もある。

心ですか……どうにも不勉強で」

にとって外見は命よ。化粧や髪型、服裝、全てに命を掛けているのであれば、重の増減を指摘することがいかに禮を失する行為か、わかろうものだろう。我の分はあろうな」

「はあ、なるほど。どうぞ」

彼は當然のように席につくと、自分のものを要求した。

いや、私はそんなに重とかを気にする方ではないけど……。

太るはずがないと思っていたから、ちょっと驚いただけだ。

……でも、太るのは嫌かも。

そんなことより、あんな白いコートで味噌煮込みうどんを啜ったら、がついてしまうのではないだろうか。

カレーうどんほどではないけど、味噌煮込みうどんもが濃い。

ルーデウスは注意しないのだろうか。

「あ、食べ方はわかりますか?」

ルーデウスは注意しなかった。

その代わりに言った言葉がコレだ。

こういう所、確かに彼は心的なものはわからないのだろう。

服を気にするのが心かどうかは、私にもわからないけど。

「貴様、我を馬鹿にしているのか?」

「いえ、ただこの世界では、あまり麺というものが見當たらないので」

「滅んだのだ。ラプラス戦役でな。未だしは殘っているだろうがな……」

「ああ……なるほど」

400年前の戦爭で、人族はアスラ王國以外、ほぼ壊滅狀態になった。

なら、そこで培われてきた食文化の多くも失われてしまった、ということか。

それでも、しぐらい殘っていてもいいものだろうが……。

「とはいえ、我も久しぶりだ。戦時に一度食したのみ。そして、このような味付けは初だ」

ペルギウスはそう言うと、フォークを手に取った。

うどんはフォークでは食べにくいと思う。

そう言おうと思ったのだが、ペルギウスは用にうどんを巻き取り、優雅に口にれた。

が飛ぶ余地はない。

無用の心配だったようだ。

「ふん、味はいい」

「それはよかった」

「だがらかすぎるな。以前、我が食べたものは、もっと弾力があり、ツルっとしていた。これでは老人の食べではないか」

味噌煮込みうどんは、基本的にらかい。

煮込んでいるのだから當然だ。

しかし、そう言われると、私も普通のうどんが食べたくなってくる。

味噌煮込みうどんに文句を言うわけじゃないけど。

でも、ツルツルとした麺も、確かに食べたい。

「そう仰ると思って」

ルーデウスはそう言うと、袋にいれた麺を取り出した。

用意がいい。

「一度茹でた後なので、それほどコシがあるわけではありませんが、おみの食に近いかと思います」

ルーデウスはそう言うと、その麺を土鍋の中にいれて、一度沸騰させた。

グツグツという音と共に踴る麺。

先ほどと違う食が、口の中で想起される。

「私もおかわり、いい?」

「ああ、もちろん。召し上がれ」

その返事に、私は再度、お椀を持ってを乗り出すのであった。

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今日も満腹。

胃袋満足。

狼は丸々と太って森へと帰った。

それにしても『太った』……か。

今日は食事の後に鏡を見せてもらった。

正直、記憶にある姿と、余り変わっていない気がする。

でもどうだろうか。やはり、し、ふっくらしただろうか。

食べた直後だからか、確かにお腹はし出っ張ってたけど……。

「……」

太ることが嫌なわけではない……。

と、言いつつも、やはり今の型は維持しておきたい。

しぐらいは大丈夫だと思うけど、帰った時に太りすぎて別人と間違われたら、嫌だし。

「……ちょっと運しよ」

眠る直前、私はそう思うのだった。

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