《無職転生 - 蛇足編 -》32 「最後の巣立ち」
「あー……」
ララは、実にめんどくさそうな顔をしていた。
せっかく知られないようにいていたのに、最後の最後に見つかってしまった。
そんな顔だ。
何か、悪いことでもしていたのだろうか。
エリスにを叩かれるようなことを。
「どっか、行くのか?」
「ん、ちょっとそこまで」
ララがそう言うと、レオがララの前まで周り込み、腰を低く落とし、普段は滅多に出さないような聲で唸った。
「ウゥゥゥー……」
「う、わかった。わかってる……もう」
珍しい事だ。
レオが本気でララに対して怒っている。
何をやらかしたのだろうか、うちの娘は。
となれば、これは絶対に夜逃げの準備だ。
ララは何かをやらかした時、逃げる癖があった。
もっと子供の頃の話だが。
イタズラはするくせに、エリスの叩きは恐れるのだ。
俺は何度か、「悪いことをするなら、罰を覚悟しないといけないよ」と教えたものだが……。
まぁ、言って直るなら、二度も三度もしないということで。
歳を重ねる毎に、エリスにを叩かれる回數の減った子供たちだが、ララは最後まで叩かれていた。
仰向けで眠れないほど痛むそうだ。
なにをやらかしたんだろう。
シルフィが大事にしている白磁のカップを割ってしまったとか?
いや、そんな些細なことでは無いはずだ。
オルステッドの機に謎の脅迫文を置いて、町中を走り回らせた時も、こんな夜逃げみたいな真似はしなかった……。
「パパ、ママ」
ララはけない顔をしたが、すぐにいつもの平靜な顔に戻ってこちらに向き直り、そしてシュタっと手を上げて言った。
「ちょっと旅に出ます」
そう宣言した。
ちょっとそこまで、が、ちょっと旅になった。
「どこに……?」
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「ちょっと微妙な未來が見えたので、あっちこっち」
「微妙な未來」
俺たちは顔を見合わせた。
ララはイタズラっこで、変なことばっかりやって楽しがっていた。
將來は悪ガキ筆頭みたいなじになるのかもしれない、なんて思っていた時期もある。
それがいつしか落ち著いて、気づいたら落ち著きすぎて引きこもりの一歩手前、占い大好き怠惰な不思議ちゃんになっていた。
別にどんな子に育とうが構いやしない。
ララは毎日をそれなりに楽しんでそうだったしな。
でも唐突に、しかもこそこそと旅に出ると言われると心配にもなる。
「どうしたんだ、突然。なんか、とんでもない事をやらかしたのかい?」
「何もやってない」
「じゃあ、なんで?」
「……説明、めんどくさい」
「まぁそう言わんと」
俺が拝み倒すと、ララはめんどくさそうにため息をついた。
パパに言ってもなぁ、ってじだ。
そんな顔しないで、言ってご覧よ。
ほら、何か力になれるかもしれないじゃん?
「今のままだと、負けるので」
負ける。
誰に負けるというのだろうか。
誰と競っているというのだろうか。
リリあたりかな? それともジークかな?
ララはイマイチ表の見えにくい子だが、何かしら危機を憶えているということだろうか。
「次に帰ってくる時は、男を連れてくる」
男!?
あ、もしかすると、クリスが結婚するって話をどこかからか聞いたのか。
隨分と耳がはやいが、ララはこう見えて獨自の報網を持っている。
俺たちがパーティ會場で見聞きしたことを、いち早く知り……そして焦ったのかもしれない。
そうか……。
あのララが結婚に焦って旅立ちか。
長したな……。
したか?
してるよな?
してると思いたい。
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「それって、家の近くじゃ出來ないのかい……?」
「無理。濃度がちょうどよくない」
「濃度って? 魔力濃度?」
「そう」
ああ、そう。
まぁ、魔力濃度によって、男の育ち合にも差が出るからな。
魔力濃度が濃い土地で育つ男はたくましくて、髪が緑で、白い槍とか持ってるし、子供も大好きで頼れる男だ。
でもそれはノルンの旦那さんだから、狙うのはよくないぞ。
「あと、々実験もする」
「実験」
実験……となると、目的は男だけじゃないってことか。
魔力濃度に左右される実験であるなら、ここらじゃ出來ないことも出てくるだろう。
え? 男探しにいくんじゃなくて?
話が繋がっていないぞ、我が娘よ。
「つまり、ララは占星で自分の未來を占った結果、微妙な未來が見えたので、このままだといけないと考え、遠い地で研究を続けると同時に、結婚相手を探してくるということですか?」
ロキシーが話をまとめた。
わかりやすい。
さすが先生だ。
プロは違うなぁ。
「あー…………ま、概ね間違ってない」
ちょっと含む所のあるじの返答だったが、概ね間違っていないらしい。
でも俺は逆に、概ね間違っているんじゃないかって思えてならない。
だって意味がわからないじゃないか。
ララが占いでどんな未來を見たのかわからないが、遠い地で実験を繰り返したって、男が釣れるわけないじゃないか。
それなら、俺がいい相手を見繕ってきた方が確実だ。
「……心配いらない。必ず連れてくる」
心配いらないらしいが、心配だ。
実に心配だ。
この変な娘に引っかかるかもしれない男が心配だ。
まぁでも、それでも。
ララがそういうことに興味を持って、自分でなんとかしようとくのなら。
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俺は引き止めることはしない。
待ってようじゃないか。
ララがどんな相手を連れてくるのか。
首を長くして。
「白ママと青ママは楽しみにしてて」
あれ?
「パパは?」
「パパはもう死んでる」
そんな北○神拳伝承者みたいなことを言わんでも。
しかしどういうことだろう。
會わせるぐらいなら殺すってことだろうか。
それとも、俺にはあわせたくないってことだろうか。
あるいは、実は俺はもう死んでいて、殘留思念になってしまっているとかだろうか。
いや、確かに前世があるわけだし、一度は死んだけど、今はまだ死んでねえぞ。
なんで會わせてくれないんだろ。
俺は今まで、子供たちの結婚を反対したことなんて……無いとは言わんけど。
ついさっきだって、クリスと馬骨の王子様の際を許してきたんだぞ。
だから、會わせるぐらいはしてしい。
「赤ママも無理」
「……なんでよ?」
エリスが聞いてくれた。
「そう簡単には見つけられない。時間が掛かる」
「時間……ああ、そう、そういうことね。ララの結婚相手を見れないのは殘念だわ」
エリスは何か納得した顔をしている。
俺も納得だ。
時間が掛かる。
エリスも無理。
てことは……50年後とかなのだ。
その頃には、きっと俺もエリスも、お亡くなりだ。
え? 男一人探してくるのに、50年も掛かるの?
いや、この子なら掛かってもおかしくないか?
それとも実験の方が50年スパンで見てるの?
「いや、あのララちゃん?」
もうし冷靜になるべく、ララの名前を呼んだ。
クリスのことですでに頭がパンクしそうな狀態でのララとの會話は、すでに許容量を越えている。
すでに理解の範疇の外だ。
もうし落ち著かせてほしい。
「世の中に完璧な理想の男ってのはいないんだ。だからね、妥協というか、フィーリングというか――」
「はー……」
俺が男の見つけ方についてレクチャーしようとすると、盛大にため息をつかれた。
なんだよぉ。最後まで聞けよぉー。
「やれやれ、パパはこれだから……」
ララは、二歩ほど俺に近づいてきた。
俺の目の前まで來ると、「ん」と両手を広げた。
なんとなく抱っこしてみる。
ロキシーに似て、ちっちゃいだ。
髪を下ろした時の後ろ姿なんて、ロキシーにそっくりなんだよな。
二回ぐらい間違えたこともある。
「ロキシー」って呼んで、後ろからロキシーが返事をした時は「殘像か!?」と思ったものだ。
「よしよし。そろそろ娘離れしようね」
頭をぽんぽんとでられた。
なんだか馬鹿にされている気分だ。
まるで俺が、ララと離れたくなくて、ダダをこねているみたいだ。
「そうじゃないと、二回目に間違えた時のことを言う」
「それはやめてください。お願いします」
あれは本當に反省しているんだ。
あの失敗があったからこそ、俺はロキシーに対しても、後ろからいきなり抱きついたりせず、聲を掛けるようになった。
ララは「まぁまぁ、こういう事もあるよ」と許してくれたが、俺は俺を許せないんだ。
「……」
ララを下ろす。
彼はパパッと服の埃を払い、フッと笑い、かっこよくカバンを擔いで、
「大丈夫。任せるといい。パパのやってきたことは、決して無駄にしない」
と、キメ顔キメポーズで言った。
「ちょっと未來、変えてくる」
我が娘は、もう20歳をとうに越えている。
14歳ぐらいの男の子ではない。
……イタズラっこ、不思議っこを経て、とうとう中二病になってしまったのか。
いや、これは彼なりの決意の現れなのかもしれない。
このまま魔法都市シャリーアで家族の世話になりつつ、ゴロゴロしていてはいけない、と。
親元を離れ、獨り立ちし、どっかでいい人を見つけて結婚してやろうと。
そして、そいつをに敷いて、またゴロゴロしてやろうと。
そういう決意を口にしているのかもしれない。
かもしれない。
わかんない……。
「えっと、どう思う?」
無理やりそう考えつつ、妻たちと顔を見合わせる。
彼らもなんとも困った顔をしていた。
困った、というか不可解って顔だ。
よかった。理解できないのは俺だけじゃないらしい。
「まぁ、行きたいっていうなら、止める理由もないけど……」
シルフィの歯切れが悪い。
一番子どもたちを見てきたのはシルフィだが、彼もララのことはよくわかっていなかったらしい。
まぁ、子供なんて理解できないものだろうけど。
ただ、エリスだけは案外、理解している顔をしていた。
「いいんじゃない? 若いうちは旅をするべきよ」
ただ、理解している顔なだけで、理解しているわけではないらしい。
自分の経験に照らし合わせて、行に対しての解答を持っているのだ。
目的は意味不明でも、旅をするのは良い。
わかりやすくていいね。
「そうですね。ララはもうし世界を見て回るべきかと……このままここにいても、々と絶的でしょうし」
ロキシーもエリスに同意した。
結婚は絶的、という言葉には重みがあった。
実をいうと、ロキシーは何度か、ララにお見合いを持ってきたことがあった。
全てララが々に打ち砕いたが。
「……そっか」
ひとまず、誰も彼の旅立ちを止めるつもりは無いようだった。
正直、まだ理解は追いつかない。
でも、行くというのなら、送り出してやろう。
「わかった。でも、何十年も帰ってこないつもりなら、せめて別れの挨拶ぐらいはしてほしかったな」
「レオにもそう言われた。挨拶なんていらないって言ったらすごく怒った。絶対に後悔するから行かせないって」
ああ、だからレオは怒ってたのか。
よしよし。よく引き止めてくれたね。
あとで高級のおをあげよう。
や、レオも一緒に出発するんだから、後でも何もないか。
「リリには言ったし、ちゃんと居間に手紙も置いてあるのにね」
「ララは知らないだろうけど、パパは置き手紙は苦手なんだ。だからそれ見た瞬間に追いかけただろうな。全速力で。パパから逃げられると思うなよ」
「……苦手なんだ。それは知らなかった」
もう置き手紙にショックをけるのは嫌だ。
そう思いつつ、チラリとエリスを見ると、彼は「私も追いかけるわ!」って顔をしてる。
他人事みたいな顔してるけど、俺が置き手紙嫌いになったのは、君のせいだよ?
別に怒ったりしてるわけじゃないけど。
まぁ、それはいいや。
「ララ、何か必要なものは無いかい?」
「ない」
と言いつつも、完璧には見えない。
カバンは旅行用だが、服裝は旅に向いているものじゃない。
一応、自分なりに旅に必要なものは揃えたようだが、ちょっと々足りていないようにも思える。
何か、用意してやるべきではないだろうか。
いや、本當に必要なものは、ララも旅をしていくうちにわかっていくだろうから、いいか。
……彼の口ぶりだと、俺とは最後の別れになるんだよな。
だったら、もうちょっと、何か特別なものを彼にあげたい。
何十年も會わなくても、見れば家族を思い出せるようなものを。
そう思いつつ三人を見ると、まぁ俺と似たようなことを考えているようだった。
「ちょっとまってなさい」
「ん」
シルフィとロキシーに目配せし、俺は急いで書斎へと走った。
あまり長時間放置しておくと、ララはフラッといなくなってしまいかねない。
昔からそうだった。
一見素直でボーッとしているようで、どこか抜け目ないのだ。
今はレオが見ているから、いなくなったりはしないだろうけど。
「っと、あった」
書斎で発見したものを抱え、俺はり口へと戻った。
すると、ちょうどロキシーとシルフィも、ドタドタと戻ってくる所だった。
エリスはすでに戻ってきていた。さすが素早い。
「ララ。これ、持っていきなさい」
エリスはそう言いつつ、一本のナイフを渡している所だった。
「ナイフは持ってるけど……」
「お守りみたいなものよ。もしオルステッドみたいのと戦う時があったら使いなさい。急所を刺せば効くわ」
「わかった。オルステッドとは戦わないけど」
続いて、ロキシーが前に出る。
彼の手には、古ぼけた帽子が載せられていた。
「急すぎて用意もできなかったので、これぐらいしかありませんが……」
その帽子は、かつてロキシーが被っていたものだった。
俺にとっては懐かしい帽子だ。
素材と作りがいいのだろう、かなり古びているが、まだまだ使えそうだ。
「帽子?」
「シャリーアではあまり気にならなかったでしょうけど、青い髪は人族の國では目立ちます。余計なトラブルを避けるためにも、普段は帽子を被っていた方がいいでしょう」
「そうなんだ。わかった」
ララはそう言うと、帽子について埃をパパッと払い、ズボッと頭にかぶった。
「えっと、ボクからはこれ」
シルフィが渡したのは、數枚の紙束だった。
「なにこれ?」
「ウチの料理のレシピ。ララもの子なんだから、男の子を捕まえるんなら、料理ぐらいできないとダメだよ」
「それもそうか……わかった。練習しとく」
最後に俺だ。
俺は手に持ったものを、ララへと渡した。
ララはそれをけ取ると、目を丸くした。
「こ、これ……もしかして……」
彼は、それの先端に巻いてある、灰の布を取り去った。
「『傲慢なる水竜王(アクアハーティア)』……!」
彼はやや震える手で杖を握りしめ、再度、俺の顔を見た。
「いいの?」
「高価だと一目でわかるから、普段は布でも巻いて持ち運ぶように」
「おぉ……わかった……ありがとう!」
ふふ、俺のプレゼントが一番喜んでもらえたようだ。
やったぜ。
ララは昔からほしがってたもんな。
「……」
しかし、ララは傲慢なる水竜王(アクアハーティア)ではなく、俺が取り去った布の方を見ていた。
布……というより、それは服だった。
古ぼけた服。
灰のローブだった。
ララは無言でそれを見つめていたが、しばらくして、につけた。
彼が著込んだのは、かつて俺がにつけていたローブだ。
當然、ブカブカだ。
そのまま歩けば裾は地面をるだろうし、腕まくりしなければ手も見えない。
ロキシーの帽子も相まって、魔法使いごっこをしている子供にしか見えなくなった。
「あの、ララ。それは似合わないんじゃないかな? も開いてるし」
「あとで仕立てなおす」
「かなり洗ってないよ。臭いとかしない?」
「する。パパ臭い。あとで洗濯して天日干しする」
「ああ、そう」
まぁ、気にったんなら、別にいいけどさ。
ララはカバンの中から別の布を取り出すと、杖の先端に巻きつけた。
そして、すっくと立ち上がると、レオの上に飛び乗った。
「じゃあ、行ってきます」
「ああ……魔に気をつけるんだよ?」
「わかった」
あっさりだ。
ララの口調からすると、どうやらこれが彼との今生の別れになるようなじだが……。
まぁ、三日後ぐらいにひょっこり戻ってきそうな気もしてるんだが。
今生の別れなら、何か言っておくべきではないだろうか。
何か、何か気の利いたことを言うべきではないだろうか。
「悪い男にも気をつけるんだよ?」
「わかった」
「風呂、れよ」
「わかった」
「歯、磨けよ」
「わかった」
「顔、洗えよ」
「めんどくさい」
「宿題やれよ」
「やだ」
「ルーデウス!」
と、21時でもないのに問答をしていると、エリスに止められた。
おっと、いかんいかん。
気の利いたことを言えないからって、馬鹿なことばかり言ってもしょうがないな。
もうちょっと考えてから、最後に言おう。そうしよう。
俺が一歩後ろに下がると、三人が前に出てきた。
「突然のことでなんて言えばいいかわからないけど……えっと、ちゃんとご飯食べてね。ララはちょっと気を抜くと、すぐご飯抜くんだから」
「わかった。食べる」
「ララ、旅は案外楽しいものですが、気を抜くことだけはしないように。死ぬ時は一瞬ですから」
「わかった。気は抜かない」
シルフィとロキシーは、一言ずつ。
言葉の容は、比較的軽い。
彼らは壽命が長いこともあって、またララと出會えると信じているようだった。
「……」
最後に、エリスが出てきた。
ララの言う通りなら、エリスもララと今生の別れか。
エリスは何を言うんだろうか。
「よくわかんないけど、あなたはやるべき事を見つけたのよね?」
「そう。見つけた」
「じゃあ言うべきことは無いわ。頑張んなさい」
「うん。頑張る」
かー!
さすがエリス! かっこいいなぁ!
俺も真似したい。
じゃあ言うべきことはない、とか言いたい。
なんかこう、無いかな。
最後に、エリスはレオに向かって言った。
「レオ、ララのことをよろしく頼むわね」
「ウォン」
レオは何やら誇らしそうな顔で吠えた。
ようやく使命を果たす時がきたと言わんばかりの顔だ。
キリッとしている。
心なしか、ララのぬぼーんとした顔も、いつもより引き締まっているように見える。
「……」
その顔を見て、俺はなんとなく悟った。
きっとこの旅の果て、ララは何かをし遂げるのだろう。
その何かが何かはわからないが、なくともヒトガミは、ララを殺したがっていた。
てことは、そのし遂げるであろう何かは、打倒ヒトガミに関する、大きなキーとなる出來事なのだ。
だからこの旅立ちには、大きな意味がある。
……と、思いたい。
ララはヒトガミに狙われていたし、本當は好き勝手にやらせず、箱りで守った方がいいのかもしれないが……。
そのせいで、將來やるべき何かが出來ない、なんてことになったら元も子もない。
ただ生きているだけの存在なら、ヒトガミも手を出そうとはしてこないはずだからな。
でも、なんだろうな。
だからといって、それを言うのは、違う気がする。
ララは、使命をもって生まれてきた子のはずだ。
ヒトガミはララを狙ったし、オルステッドもララを保護しようとした。
けど、ララはヒトガミを倒すための道じゃない。
なくとも、俺はそう扱うべきではない。
俺はそこまで考え、再度、ララの前へと出た。
「ララ。お前が何を考えているのかは、正直全然わからないが……お前の人生だ。最後まで、好きに生きなさい」
「はい……わかりました」
そういうと、珍しく敬語で返事をしつつ、神妙に頷いてくれた。
ちゃんと、気の利いたことを言えたらしい。
ちょっとエリスと言ってること被ってるけど、俺の本心だ。
まぁ、とりあえず、今は送り出してやろう。
そして明日にでもオルステッドに狀況を話し、対応が必要ならそうしよう。
護衛とか、こっそりと配置するのもいいだろう。
よし。
「じゃあ、いってらっしゃい」
「いってきます」
ララはいつもどおり、ぼんやりとした口調でそう言うと、レオに乗ったまま、玄関から出ていく。
レオはそのまま、門の方までのしのしと歩き……。
ふと、レオが立ち止まり、ララが振り返った。
數秒ほど、彼は俺たちと、そして家を見ていた。
その表は、いつもどおり、何を考えてんだかわからない、ぼけっとした顔だ。
しかししばらくして、彼はレオから降りた。
そして、こちらに向かって、深々と頭を下げた。
「今まで、お世話になりました」
こうして、ララ・グレイラットは旅立った。
---
一時間後。
俺たちは居間にいた。
暖爐の火がパチパチと燃える中、四人でソファに座り、を寄せ合って溫かいお茶をすすっていた。
時刻は深夜だったが、眠る気にはなれなかった。
飲みまくるつもりだったが、お酒を飲む気にもなれなかった。
「なんか、いきなりだったね」
シルフィがポツリとそう言った。
クリスの卒業、就職、婚約。
そしてララの旅立ち。
特に後者はいきなり過ぎて、理解が追いついておらず、なんともぽかーんとした気持ちだ。
「あの子も、こんな夜に旅立たなくてもいいでしょうに……転移魔法陣を使うんでしょうか?」
「この時間だと、町のり口もしまってるだろうし、そうするんだろうね」
「心配ですね……今からでも見に行っていいでしょうか」
ロキシーは先程から、心配そうに窓の方をチラチラと見ている。
この十數年、ララのことを一番心配していたのは、彼だった。
いつまで経っても意味のわからなかった彼に、お見合い相手を連れてきたり、仕事を斡旋しようとしたり。
全て、のれんに腕押しってじだったが。
「大丈夫よ。今日のあの子は、何か違ってたわ。なんかやる気がじられたもの」
「いつもはやる気、ないもんね」
対して、エリスやシルフィはそれほど心配していなかった。
実を言うと、俺もあまり心配していない。
彼は引きこもり気味だったが、その引きこもり方は、本的に、前世の俺の引きこもり方とは違った気がする。
それに、ララはなんだかんだ言って、事をよく見ている子だった。
それでいて好奇心旺盛で、実験も大好きだ。
い頃からイタズラばかりして、怒られまくってたせいか、超えちゃいけないラインというものを、実として知っている気がする。
そのラインを越えないように、自分勝手に生きている。
そんな風に見えていた。
だから、恐らくどこに行っても、うまくやるだろう。
まぁ、最初っからうまくいくとは限らないが、なくとも境界線を見極めるはもう手にれているのだから。
多の時間と、何度かの失敗はするだろうが、いずれはなんとかしていく……。
そう思いたい。
しかし、そう考えると今回みたいな行は最近では珍しいな。
よっぽど、変な占い結果でも出たんだろうか。
俺は彼が研究している占命魔に関しては、専門外すぎてよくわからないんだが……。
「それにしても、なんか皆、巣立っちゃったね」
シルフィから、ポツリとこぼれた言葉。
そうだな。
ルーシーは結婚して、ミリス神聖國に行った。
アルスはオルステッドの配下として、アイシャと一緒に全世界を飛び回っている。
ジークは親友を助けるために、王竜王國で騎士になった。
リリはザノバ商會に就職し、魔道の研究をしている。近くにはいるが、個人の作業場に篭っていることが多いため、あまり帰ってこない。
で、クリスがアスラ王國で就職。恐らく結婚も。
ララも出ていったってことは……。
もう、この家には子供が一人もいないってことだ。
「なんか、家が広くじるね」
「……」
その言葉に、俺たちはまた無言になった。
焚き火の音。
外は風すら吹いていなくて、シンとしている。
家の中も、心なしかガランとしているようにじた。
つい、ほんのさっきまで、この家には人が大勢いて、手狹にじていたように思う。
それが、この人數。
二階に上がればリーリャとゼニスもいるだろうが、それでも六人。
やはりし、寂しくじる。
「これからどうしよっかな」
シルフィがまた、ぽつりと言った。
どうしよう……という言葉は、彼だから出てきたのだろう。
俺はオルステッドの配下として、相変わらず世界中を飛び回っている。
エリスも俺の護衛として、ついてきてくれることが多い。ルード傭兵団に剣を指南することもある。
ロキシーは學校の先生だ。最近は學年主任的な地位を得たと自慢していた。
それぞれく中、シルフィだけは子育てに専念してくれた。
基本的には、家にいてくれた。
子供たちがいなくなったとなると、彼も手持ち無沙汰だろう。
「何か、やりたいことは?」
「それが、特に思いつかないんだよね。何か々あった気はするんだけど……とりあえず、家の仕事は続けるよ。リーリャさんも、もう歳……っていうと、怒られるけど、任せっきりにはできないからね」
「シルフィがそう言ってくれると、有り難いよ」
子供の世話自は、數年前からほとんど無くなっている。
シルフィのことだから、ハッキリと時間が空いたとなれば、何かしら始めるだろう。
従順で大人しい格なようでいて、意外に好奇心旺盛で活的だし。
「……」
しかし、そうか。
俺に子供ができて。
その子供が獨立して、結婚して、孫が生まれて。
もう、そういう所まできたんだなぁ……。
思えば、俺も隨分と、遠い所に來た気がする。
この世界に転生して、今度こそ頑張ろうと決めた時は、こんな風になるとは、思っていなかった気がする。
いや、當時は當時で、うまいことやれるとは思っていたんだ。
けど、やっぱり現実は思っていたのとは違った。
うまくいくこともあったし、うまくいかないこともあった。
都合のいいこともあったし、都合の悪いこともあった。
許されないことを許されたり、許してもらえそうなことを許してもらえないこともあった。
その時その時で頑張って、頑張って、たまにサボったりもして……。
そうしてたら、こうなっていた。
三人の嫁に、六人の子供。
親の面倒を見つつ、仕事に邁進する。
昔の俺が見たら「案外ショボいな」とか思うのかもしれない。
もっと行けただろ、って思うかもしれない。
でも、俺としては満足だ。
勉強して、旅をして、友人を作って、創作をして、研究をして、をして、結婚をして、子育てをして、仕事をして、戦って、勝って、負けて、得て、失って、また得て、そうしているうちに、しずつんなものが増えていって……。
そして今がある。
こんなに、人としてちゃんと生きれるとは、思ってなかった。
本気で生きようと思ってはいたけど、的に何をすればそれが達できるなんて、まったくわかっていなかったけど、でも、できたんだなって思う……。
いや……まだこれからか。
子供たちが獨立して、余裕が出來た。
となれば、また別のことを始められる。
「俺も、何かやろうかな」
「ルディも? じゃあ一緒にやろうよ。何やるの?」
「あ、わたしも、わたしも參加させてください」
「當然、あたしもやるわよ!」
三人に詰め寄られつつ、考える。
次は、何をやろうか。
次はやるべきことではなく、やりたいことをやってみたい。
何をやりたいってのはもうほとんど無いけど、やり始めれば面白そうなことを。
俺の人生は、まだしばらく続く。
何歳ぐらいまで続くのかは、まだわからないが……。
だが、今までのように、頑張っていこう。
「そうだな、じゃあ――――」
そうすりゃ、今度こそ、満足に大往生できるだろう。
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