ただ、心配が一つある。

なんかこれ、王室の寶庫に眠っていた魔王の薬だとかいう話で。

確実に何十年も経ってるものだし、口にれて大丈夫？　長年寢せたワイン的なじで平気なの？

でも飲むしかない。

姿を変えられるから、逃げるのに役立つとサリアン殿下に言われたのだ。

上手くいけば、人違いだと言い張れる。口封じをしようとしても、隙は作れる。

ぐいっと薬を飲む。味はワインっぽい？

そしてふいにめまいがした。

「なにこれ。やっぱり変な薬だった……とか？」

倒れ伏しそうになって我慢していると、目の前の地面についた手の郭がぼやける。

目がおかしくなったのかと思ったら、違う。

まばたきすると――なぜか私の手が、小さくなっていた。

「え？」

さらりと顔の橫を流れる髪はそのまま。

の大きさも違う。

むような覚にびっくりしているうちに、さっきまでかがんでっていた崖のくぼみに、楽にれる。服が一気にだぼだぼになった。

「魔法の薬……だから？」

これなら人違いと言い張れ……る？

でも髪は誤魔化せないなと、不安になった。

私がささやかな魔法しか使えないのはみんな知っているけど、何かの方法での大きさが変化したとすぐにバレては困るのだ。

ふと、近くに黒すぐりの実を見つける。急いで潰して髪にぬりたくった。遠目にはこれで赤黒い髪に見えるはず。別人だと言い張れる。

……だよね？

心配になった私は、すぐ近くに水たまりがあるのを見つけた。

風もないでいるうえ、しがしてきたおかげで空が映っている。

そっと覗くと、はっきりではないけれど、子供のようになった私がそこにいた。

髪もしはごまかせている……と思う。

私はだぼだぼの服を直した。丈をし切り、腰ひもを結び直す。

それから、かろうじて木々の隙間から見える太の位置を確認し、北へ。

北にさえ行けば、アインヴェイル王國の領地だ。

走って走って、どれくらい進んだのかわからなくなってきた時だった。

「待て、怪しい子供！」

「魔法で姿を変えたかもしれねぇ」

「でもあの聖は魔法が使えないって……」

「何か知ってるかもしれないだろ！」

もう見つかった。

泣きそうな気持ちで走っていた私は、途中で木のにつまずいて倒れてしまう。

すりむいて打ち付けた膝がいたい。

（もうだめだ！）

観念したその時。

――何かが風を切る音がした。

「ひいっ！」

悲鳴に振り向けば、追いかけて來ていた兵士達の目前に、數本の矢がつき立っている。

そして矢が放たれただろう方向を見ると、気づかないうちに複數の人間がこちらに向かって來ていた。

まばらな木々の合間から、黒に赤の模様がったマントを翻した一団が近づく。

あれは、アインヴェイル王國の。

一人が騎乗して進み、その周囲を十數人の兵士が固めていた。

騎士らしい馬に乗った人は、私達を見下ろして告げる。

「我が領で一何をしている」

（！？）

今我が領の住人って言った？　え、まさかもうアインヴェイル王國にってたの？

呆然としているうちに、誰かが命じた。

「殺せ」

アインヴェイル王國の騎士達は、次々と私の追っ手を切り倒す。

一瞬で、ばたばたと追っ手の兵士が息絶えていく。

近くの木にしがみつくようにして息を殺すしかない私は、その様子に卒倒しそうだった。

だって次は私の番だ。

剣を向ける騎士達。

けれどためらったのは、私が子供だったからだろうか。

「何をしている。その者も切り捨てろ」

馬上の人の命令に、私は思わずをすくめた。

冷たい灰赤の瞳に見つめられると、背筋がぞっとする気がした。謁見の間で私に決定を下した、國王の視線を思い出す。

彼自は、國王とは似ても似つかない容姿だ。

黒灰の髪に灰赤の瞳で、たぶん元の私よりも二～三歳上。

作りみたいに造形が整った顔も、凍り付いたように何の表も浮かんでいなくて、よけいに怖い。

容姿の良さからすると、貴族？　王族や貴族は代々しい人を伴にすることが多いから、必然的に容姿が整ってるのだ。

でもこのの取り合わせ、どこかで聞いたような……？

「閣下、子供でございます。おそらくは十二歳かそれぐらいの」

「子供だと？」

私を殺すことをためらった騎士の一人が、馬上の青年にそう言った。

すると馬上の青年は、「仕方ない」と告げる。

「殺さなくてもいい」

ほっとして剣の切っ先を下ろす騎士達。

私も気が抜けて、力しそうだった。

もしかして私……子供だから殺されなかったの？

（ありがとうサリアン殿下！）

あの怪しげな魔王の薬をくれたおかげで、ラーフェン王國の人間に殺されることも、アインヴェイル王國の人に殺されるのも回避できた！

一生謝し続けよう……。

恩を返せるあてがないのが、なんとも心苦しいけれど。

「ではそこの子供、何があったか言え」

馬上の青年は、私から話を聞き出すことにしたようだ。

なんて答えよう。一生懸命考えていると、私が恐怖で言葉も口にできないと思われたらしい。

「仕方ない、誰かその子供を連れて……いや、こちらへ連れて來るように」

命令に従い、一人の兵士が近寄って來る。

私の父親ぐらいの兵士が、困する私をひょいと抱え上げ、青年の前へ移させた。

「乗せろ。その方が早い」

との指示で、私はなぜか青年の馬に乗せられました。

私は呆然とする。

助けてもらえたのはのは確かだけど、これ大丈夫なのかな？

私を前に乗せた青年が言った。

「一応名乗っておこう。俺はアインヴェイル王國の公爵位を持つ。ディアーシュ・アルド・クラージュだ。ひと先ず砦へ連れて行く」

そして返事も聞かず、彼は馬を進め始めた。

（え……え！？）

その名前には聞き覚えがあった。

アインヴェイル王國の冷酷公爵。殺戮の騎士。敵に與える慈悲は死のみ。

恐ろしい言葉で騙られる、隣國の公爵の名前。

（……死んだ）

ラーフェン王國から來たことや聖のことなんかがバレたら、即死じゃない？

子供でも殺されるかもしれない！

そのショックのせいか……急速に私の意識がぷつりと途切れた。