《オーバーロード:前編》思案
「何かございましたか、モモンガ様?」
再び同じ臺詞を繰り返す老人。
モモンガは呆気に取られてどこかに飛んでいた思考がゆっくりと戻ってくるのをじられた。
まぁ、戻ってきたのは良いが完全に錯狀態だが。
「……い、いやなんでもないで……なんでもない」
なんでもないですと言おうとして言葉を言い換える。相手はNPCだ、禮儀を盡くす必要は無い。
必死にそう思い込みながら、混や驚愕といった余分なものを押し殺す。とりあえずは今はしでも報を得るべきであり、思考を回転させるべきだ。何かの考えに捕らわれていては良いアイデアはでない。
モモンガの脳裏に一瞬、ハムスターがくるくる回すイメージが浮かぶが、慌ててかき消す。
「それより如何すべきだと思う?」
「如何すべきとは?」
「……GMコールが効かないようだからな」
「GMコールというものは私は存じておりませんが、私は何をすべきでしょうか。ご命令をおっしゃってくれれば直ぐに行に移しますが」
會話をしている。その事実に気がついた瞬間、モモンガはが直した。
ありえない。
いや、そんな生易しいものではない。これは決して起こりえないことだ。
NPCが言葉を発する。いや、言葉を発するようにAIを組むことはできる。だが、會話ができるように組むことなんて不可能だ。それは相手がどのように話してくるかを予測して組み込むことなんてできるわけが無いからだ。
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最初は何らかの仕組まれていたAIプログラムがき出したのかと思ったのだ。だから確かめるという意味合いで、會話を始めたのだが――。
こんな結果になるならしない方がよかった。そんな何も解決しない後ろ向きな思いが浮かんでしまう。
モモンガはそこで違和を覚えた。それは自分に対してであり、執事に対してだ。
モモンガはその違和の発生源を確かめようと、執事を鋭く見つめる。
「――いかがされましたか? 何か失態でも」
「……ぁ!」
違和の発生源を認識したモモンガの口からぎとも絶句ともしれない言葉にならない言葉がれる。
その正は表の変化。
口元がいて、そして言葉が聞こえる――。
「……あり……な!」
モモンガは慌てて、自らの口元に手を當てる。そして聲を発する。
――口がいている。
それはDMMORPG上の常識から考えればありえないことだ。口がいて言葉を発するなんて。
外裝の表は固定されかないのが基本。例外的にはマクロなり特定タブを作って、それごとに登録すれば表をかすことはできる。
そうやって5パターン作って発聲と同時にかしていくという方法もあるにはあるが、それでも口元を言葉を発するのにあわせかすというのは困難に近い。それに口だけがいて、顔の表は変わらないというのもはたから見ると異様なものだ。
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仮に執事がそうやってマクロを組まれていると仮定しよう。ではモモンガ自は如何なのか。そんなマクロを組んでもいない。それなのに、まるで――生きてるかのようにいている。
「ありえない……」
今まで長い時間を掛けて構築されてきていた、自らの常識が壊れていくのをモモンガはじていた。それと同じぐらいの焦り。喚きたくなるのをぐっと堪える。
「どうすれば良い……。何が最善だ……?」
理解できない狀況だが、八つ當たりをしても誰も助けてはくれない。
まず最初のすべきは――。
「……報だ。――セバス」
「はっ」
執事――セバスが頭をたれる。
命令しても問題は無いだろうか? 何が起こっているかは不明だが、この墳墓のすべてのNPCに忠誠心はあると思ってよいのだろうか。それともこのセバスだけなのだろうか?
どうにせよ、このセバス以上に々な面を考慮して、送り出せる者はいない。
「大墳墓を出、周辺地理を確かめ、もし仮に知的生がいた場合は渉して友好的にここまで連れてこい。渉の際は相手の言い分を殆ど聞いても構わない。行範囲は周辺1キロだ。戦闘行為は極力避けろ」
「了解いたしました、モモンガ様」
大墳墓を出るということが可能なのか。モモンガは心中で呟く。より今が非常事態だという認識が強くなる。
「メイドの1人も連れて行け。もしお前が戦闘になった際は即座に撤退させ、報を持って帰らせろ」
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「――直ちに」
まずは1つ、手を打った。さて、次に何をすべきか。
報の収集は必要不可欠だが、それ以外にもやらなくてはならないことがあるはずだ。
モモンガはスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンから手を離す。
スタッフは地面に転がらず、まるで誰かが持っているかのように空中に浮く。理法則を完全に無視したような景だが、モモンガにしてみれば特別なものではない。ユグドラシルであれば、低位のアイテムですらよくあった景なのだから。
時折人の苦悶の表へと変わるオーラが、名殘惜しそうにモモンガの手に絡みつくがそれを平然と無視する。
見慣れた……わけではないが、そんなマクロを組んでいても可笑しくなさそうだから、モモンガはスナップを効かせて追い払う。
モモンガは腕を組み、思案する。
次の1手。それは――
「……連絡だな」
どうにかしてGMと連絡を取る必要がある。何が起こっているのか、最も知っているのは恐らくGMだ。
ではどうやって連絡を取るか。
本來であればシャウトなりGMコールなりをすれば直ぐに連絡は取れたはずだ。しかしながらその手段が効かないとすると――。
他の手段。それについて考えていたモモンガの脳裏にひらめきが走る。
「《メッセージ/伝言》?」
魔法の1つに連絡を取り合うためのものがある。
本來であれば特殊な狀況や場所でしか使われないそれだが、今なら効果的に働くのではないだろうか。ただ、問題は基本的には他のプレイヤーとの連絡を取り合うのに使われる魔法であり、GMに屆くかどうかは分からないということだ。
「……しかし……」
さらにこの非常事態時に魔法は普通に働くのかどうか。とはいえ、どちらにせよ確認をする必要がある。モモンガは基本的には魔法職。魔法が使えなければ戦闘能力は1/3ぐらいに落ち込んでしまうこととなる。
今がどのような狀況なのかは不明だが、魔法がつかえるのかどうか調べる必要がある。
そうなると広い場所が必要になるが、お誂え向きの場所が1つある。そこで々と調べればよいだろう。
そしてもう1手。自らの力の確認とあわせてやらなければならないことがある。
それは自らの権力の確認だ。
アインズ・ウール・ゴウンのギルド長という権力はいまだ維持されているのかということだ。
現在までに會っているNPCは皆、忠誠を持っているようだった。だが、ナザリック大地下墳墓にはモモンガに匹敵するだけのNPCはあと5いる。その忠誠心を確認する必要がある。
まずはレメゲトンのゴーレムがちゃんと自分1人だけの命令を聞くかどうかを確認し、安全な場所の確保。
そして他の強力なNPCの忠誠心を確かめるといったところか。
しかしながら――。
モモンガはひざまずいているセバスとメイドたちを見下ろす。
今現在ある忠誠は不可侵にして不変のものなんだろうか。人であれば馬鹿な行ばかりを取る上司への忠誠心なんか直ぐに消えてしまうだろう。彼らもそれと同じなんだろうか。それとも1度忠誠心を力されたなら、裏切らなくなるのだろうか。
もし仮に忠誠が変するなら、どうすれば彼らの忠誠心を維持できるのだろうか。
褒だろうか? 莫大な財寶が寶殿にはある。ユグドラシルの金がまだ価値を持つなら充分だろう。無論、彼らの月給までは分からないが。
それとも上に立つものとしての優秀さだろうか。しかし何を持って優秀というかは不明だ。このダンジョンを維持する事だというならなんとかなりそうな気がするが。
それとも――。
「――力か?」
広げた左手にスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンが自的に飛んで納まる。
「圧倒的な力か?」
スタッフに組み込まれた7つの寶石が輝きだす。まるで込められた莫大な魔力を行使せよと訴えるかのように。
「……まぁ、その辺は後で考えるか」
スタッフを手放す。スタッフはふらりと揺らぎ、不貞寢をするようにごろんと床に転がった。
とりあえずは上位者として行しておけば、即座に敵意を見せることは無いだろう。弱いところを見せないのはのみならず人間でも通用する當たり前のことだ。
モモンガは玉座から立ち上がる。そして聲を張り上げた。
「セバスについていく1人を除き、他のメイドたちは各階層の守護者に連絡を取れ。そしてここまで――いや第6階層、アンフィテアトルムまで來るように伝言を伝えよ。時間は今から1時間後。それが終わり次第、お前達は9階層の警戒にれ。それとアウラに関しては私から伝えるので必要は無い」
「「「「「「はっ」」」」」」
メイドたちが頭を下げる中、1人だけ頭を下げないでおどおどとこちらを伺っているメイドがいた。玉座の間に來る前、最初に會ったメイドだ。記憶ではハウスメイドとして設定されているこのメイドのレベルは1。戦闘能力は無い。
「ああ、お前か」
「あ、あのご主人様、わ、私はどうすればいいのでしょう」
「お前は……ここに殘ってろ、あとで別の指示を出す。――行け!」
セバスと戦闘メイドたちが一斉に立ち上がり、歩き出す。
後姿を見送りながらモモンガは倒れていたスタッフを拾い上げ、階段を下る。
そしてひざまづいているメイドの前に立つ。
メイドが視線のみでこちらを伺っているのがじられた。
「立て」
「はい」
恐る恐るというじで立ち上がったメイドの腕に手をばす。
細い手だ。その手を取ろうとして――。
「……っ」
「ん?」
痛みをこらえるような顔をするメイド。モモンガは慌てて一歩離れた。
一何があったというのか。それとも気持ち悪いとかそういうによるものか。
々と考え、そして思い至った。
オーバーロードの前前職、リッチはレベルアップで得られる特殊能力の中に、接した相手――通常、攻撃した相手に負のエネルギーダメージを與えるというものがある。
それではないかということだ。
ただ、その場合はやはり疑問が殘る。
ユグドラシルというゲームでは、ナザリック大地下墳墓に出現するモンスターとNPCは、アインズ・ウール・ゴウン所屬という判定がシステム上、行われている。そして同じギルドの所屬していれば味方からのダメージ――フレンドリィ・ファイアはけないと設定されているはずだ。
ではギルドに所屬して無いということか?
それとも、フレンドリィ・ファイアの止が解除されている?
――その可能が高い。
モモンガはそう判斷する。
では、どうやって常時発の能力を一時的にでも切ればいいのか。
思案し――
――唐突にモモンガはその切り方に気づく。
やり方の説明なんて不可能に近い。これは當たり前の行為の一環だ。
目の前にあるコップを取るのに手をばしたとしよう。その行為をどうやって説明しろというのか。脳から命令が神経系を通って、としか説明できない。そういうことなら負のエネルギーダメージの切り方も同じだ。脳から命令が神経系を通ってだ、恐らく。
オーバーロードとして保有していた様々な能力の行使。これは今のモモンガからすれば、人が呼吸するのと同じように自然に使える能力なのだ。
「ふっ」
思わず今の自分が置かれている異常な狀況に、もはやモモンガは笑うことしかできない。これだけ異常事態が続けばこの程度は驚くには値しない。慣れというものは本當に恐ろしい。
「るぞ」
「あっ」
手をばし、メイドの細い手をる。知りたかったのは手首の脈だ。
――ある。トクントクンと繰り返される鼓。それは生なら當たり前のものである。
そう、生なら。
手を離し、自らの手首を見る。
それは骨だ。かすかに皮が張り付いた。鼓なんてじない。そう、オーバーロードはアンデッド。死を超越した存在。あるわけが無い。
視線を逸らし、目の前のメイドを見つめる。視線に反応し、メイドは照れたようにおどおどと目を伏せた。
「……なんだこれは」
これはNPC、単なるデーターではないのか? 本當に生きてるかのようだ。どんなAIがこんなことを可能にするというのだ。それよりはまるでこの世界が現実になったような……。
そこまで考え、モモンガはありえないと頭を振る。そんなファンタジーがあるわけが無い。しかしどれだけ払ってもこびり付いたものは簡単には落ちない。
「……スカートをめくれ」
「……ぇ?」
場が凍りついた。
彼はモモンガが何を言ったのか理解できてないようだった。當たり前だ。そんな命令誰がすると思うのか。
恥心に苛まれるが、もう一度言わなくてはならないようだ。モモンガは決心し、再び口を開く。
「スカートをめくれ」
「……ぇ~!」
「どうした」
「そ、そんな」
なきそうな顔をするメイド。その反応はデーターではなく、緒を持った――まるで人間だ。
外道なことをしている、モモンガは自己嫌悪で潰れそうになる。だが、必要な行為だ。その言葉で必死に自分を誤魔化す。
「……命令だ」
「……わ、わかりました」
がたがたと震えながらスカートを捲し上げるメイド。その小が怯えたような姿に反応し、嗜心ともいえる異様な興がモモンガを襲うが苦心して押さえ込む。そういう意図で行っているのではないから。
純白。
そんな言葉が脳裏から離れない。モモンガはそこから目を逸らし、周囲の狀況を伺う。
何も変化は無い。この程度では効果が無いということなのだろうか? この先まで進むべきだろうか?
モモンガ逡巡し、止めることを決定する。
メイドの目が涙で滲んでいたのだ。
「もう下ろしていい」
「――!」
勢い良くスカートが降りた。
今現在の狀況をモモンガなりに考えて出た答えは2つ。
1つは新しいDMMORPGの可能。つまりユグドラシルが終了すると同時に、ユグドラシル2ともいうべき新しいゲームが始まった可能だ。
しかしながら可能は今回の一件で非常に薄くなったといえよう。
ユグドラシルでは18にれるような行為は厳とされている。下手したら15もだ。違反すれば公式ホームページ上に違反者の名前を公開した上で、アカウントの停止という非常に厳しい裁定を下す。
なぜなら18行為をとったというログを公表すれば風営法に引っかかる可能があるからだ。
もし、今でもゲームの――ユグドラシルの世界ならこのような行為はできないよう、何らかの手段がとられているはずだ。第一、製作會社が監視しているなら、モモンガの行為を止めるだろう。だがその気配は無かった。
さらにはDMMORPGの基本法律、電脳法において相手の同意無く、強制的にゲームに參加させることは営利拐と認定されている。無理にテストプレイヤーとして參加させることは直ぐに摘発される行為だ。特に強制終了ができないなんて監と取られてもおかしくないだろう。
その場合、専用コンソールで1週間分のログは取るよう法律により義務付けられているため、摘発自は簡単に進むだろう。モモンガが會社に來なければ誰かが様子を見に來るだろうし、警察が専用コンソールを調べれば問題は解決だ。
犯罪行為を、それも完全に記録を取られている狀態で行うだろうか?
確かにユグドラシル2や、パッチを當てただけですといえばグレーかもしれないが、そんな危険なことをするメリットが製作會社にあるとは思えない。
ならばこのような事態が起こっているということは――
――製作會社側の意図は無く、別の何らかの事態が進行していると考える他ならない。とすると考え方の本を切り替えないと足を掬われる結果になりかねない。
問題は何に切り替えれば良いのかが不明だということだ。あるとしたらもう1つの可能の方なのだが……。
……仮想現実が現実になったという可能。
ありえない。
モモンガはそう思う。そんな無茶苦茶な、そして理不盡なことがあるわけが無いと。
だが、その反面それこそが正しいのではという考えは時間が経過するごとに強くなっていく。
そして――
「すまなかった」
「……」
モモンガは頭を下げる。
これは人間だ。何が起こったかはわからないが、1つだけ理解できたことがある。NPCが緒を持ったということだ。
限りなく人間の近いといえばいいのか。それともこれは――人間なのか。
「……い、いえ。なにかモモンガ様にも理由が……ひく」
涙がこぼれ出す。當たり前だ。
もし自が圧倒的上位者にこんな命令されたらどうなるのだろうか。自己嫌悪で潰れそうだ。
しかし、どうやって泣き止ませればいいのか。自らの上位者としての演技を解いて、より必死に謝ることは簡単だ。個人的にも土下座をしても良いと思っている。
だが、それはできない。自らの立ち位置を理解できるまでは弱みを見せるわけには行かない。先ほど頭を下げたとき、メイドがすこし驚いているのが理解できた。これ以上は不味いだろう。
「泣くな、下がれ」
「――はい」
メイドは頭を下げると、すこし早足で玉座の間を後とする。
その後姿を見ながらモモンガは疲れたようなため息を1つらした。
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