《オーバーロード:前編》闘技場
リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン。
モモンガの右手薬指にはめられた指であり、アインズ・ウール・ゴウンのメンバーすべてが保有していたマジック・アイテム。
その指が保有する能力は強大なものではない。モモンガの裝備している他の7つの指の力を考えれば、非常に見劣りする。即死した瞬間、ペナルティ無しかつ力完全回復した狀態で本拠地に復活できる指とかと比べる方が悪いかもしれない。
しかしながらそんな指を何故しているかというと、特定狀況下での使用頻度が群を抜いているからだ。
込められた力はナザリック大地下墳墓の名前のついている部屋であれば、回數無制限に自在に転移することを可能とするというもの。特定箇所間どうし以外の転移魔法を阻害しているこの大墳墓においてはこれほど便利なものは無いだろう。
名前がついているにもかかわらず転移できないのは玉座の間のみ。
そしてこの指無しで寶殿にることは不可能となっている。
レメゲトンのゴーレムへの命令権の確認が終わったあと、危険を覚悟でアイテム起の確認に踏み込む。
一瞬視界がブラックアウトし、畫面が切り替わるように景が変化する。結果、その力を利用しての転移は功したようだ。
それはユグドラシルでよく見慣れた転移の効果なのだから。
モモンガが転移した場所は薄暗い通路であり、そのびた先には落ちた格子戸がある。そこから白にも似た明かりがり込んでいた。
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モモンガは広く高い通路を歩く。通路に掲げられた松明の炎の揺らめきが影を作り、影が踴るように揺らめく。
格子戸に近づくと勢い良く上に持ち上がった。それを潛り抜けたモモンガの視界に映るものは、何層にもなっている客席が中央の空間を取り囲む場所。
それは円形闘技場〈コロッセウム〉。
長徑188メートル、短徑156メートルの楕円形で、高さは48メートル。ローマ帝政期に造られたそのものである。
無數の客席に座った、無數の土くれにく気配は無い。
様々な箇所に《コンティニュアル・ライト/永続》の魔法が掛かり、その白いを周囲に放っていた。そのため真晝のごとく周囲が見渡せる。
この場所につけられた名前は円形劇場〈アンフィテアトルム〉。俳優は侵者であり、観客はゴーレムであり、貴賓席に座るのはアインズ・ウール・ゴウンのメンバーである。無論、演劇容は殺戮。事実、1500人という大軍での攻略以外のすべての侵者の最後はこの場所である。
中央に進みながら、モモンガは空を眺める。そこには夜のために真っ黒な空が映っていた。もちろん、時間の経過とともに変化するようには作られているが、偽りの空だ。それでもなんとなくほっとするのはモモンガが外裝とは違い、中は人間だからか。
とはいえ、このまま時間が流れていくのを黙認するわけにはいかない。
さて、どうするかとモモンガは周囲を見渡し、視線を貴賓席に向ける。
「とあ!」
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その視線に反応したように、掛け聲と共に貴賓席から跳躍する影。
6階だての建に匹敵する高さから飛び降りた影は、中空で一回転をすると羽でもはえているように軽やかに大地に舞い降りる。そこに魔法の働きは無い。単純な能力での技巧だ。
足を軽く曲げるだけで衝撃を完全にけ殺したその影は、自慢げな表を見せた。
「ぶぃ!」
両手にピースを作る。
飛び降りてきたのはだ。10歳ぐらいだろうか。
太のような、という形容詞が相応しい笑顔をその可らしい顔に浮かべている。
金の絹のような髪は肩口で切りそろえられており、を浴び、煌かんばかりだ。金と紫という左右違う瞳が子犬のように煌いている。
耳は長く尖っており、薄黒い。エルフの近親種、ダークエルフと言われる人種だ。
上下共に皮鎧の上から漆黒と真紅の竜鱗をり付けたぴっちりとした軽裝鎧を纏い、そらにその上に白地に金糸のったベスト。地にはアインズ・ウール・ゴウンのギルドサイン。
腰、右肩にそれぞれ鞭を束ね、背中には巨大な弓――ハンドル、リム、グリップ部に異様な裝飾がつけられたものだ――を背負っている。
こそ、ナザリック大地下墳墓第6階層の守護者であり、幻獣、魔獣等を使役するビーストテイマー――アウラ・ディベイ・フィオーラ。
は小走りにモモンガに近づいてくる。小走りとはいえ、獣の全速力に近い、とてつもないスピードだ。
瞬時に二者の距離は近づく。
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足で急ブレーキ。
運靴にミスリル合金板を上面にはめ込んだ靴が、ザザザと大地を削り土煙を起こす。モモンガまでその土煙が屆かないように計算しておこなっているなら見事なものだ。
「ふぅ」
汗もかいていないのに、額を拭う振りをする。そして子犬がじゃれついてくるような笑顔を浮かべた。
「いらっしゃい、モモンガ様。あたしの守護階層までようこそ」
ニコニコと満面に浮かべる笑顔に敵意はじられない。《センス・エネミー/敵知》にも反応は無し。
モモンガは右手首に巻いたバンドから目を離し、スタッフを握る手に込めていた力を抜く。
場合によって全力での攻撃を仕掛け、即座に撤退しようかと思っていたのだがその必要は無いようだ。
「元気そうだな」
「元気ですよ~。ただ、このごろ暇でしょうがないですけどね。侵者も久々に來てくれても良いのに」
えへへ、と笑う彼を前にモモンガは僅かに目を細める。
かつて1500人もの大軍が攻めてきたとき、8階層まで侵された。つまりすべての守護者が全滅したのだが、そのときの記憶はどうなっているのか。
死が怖く無いという考え方もできるが、それより死という概念が彼にとってどのような意味合いを持つのか。
ユグドラシルでの死は基本的にはレベルダウンでしか過ぎない。確かにゲーム設定では喪失したレベルが、現在の自分のレベルを下回った場合キャラクター喪失と決まってはいる。ただ、プレイヤーキャラクターは10レベルまでは死んでもレベルダウンが起こらない所為で、ベータテストの頃とは違い、もはや死に設定である。
それに《リザレクション/蘇生》や《レイズ・デット/死者復活》に代表される復活魔法であればそれのレベルダウンも緩和される。さらに高額の課金アイテムを使えば経験値が多ダウンする程度で復活できるのだ。
そしてNPCの場合はもっと手軽だ。ギルドが復活の資金、それもレベルに応じたものを支払えばペナルティ無く復活する。
こうして死というレベルダウンは、キャラクターを作り直したい人間が用する手段の1つにり下がっているのである。
確かに膨大な経験値を必要とするゲームであれば、1レベルでもダウンすることは桁外れなペナルティだろう。しかしユグドラシルはレベルはある程度――90レベル後半まではかなりの速度で上がっていく。そのためにレベルダウンがさほど恐ろしくない使用となっているのだ。
これはレベルダウンを怯えて未開地を開拓しないのではなく、勇気を持って飛び込んで新たな発見をすべしという製作サイドの願いがあったためだ。
だが、現実の世界なら死んでしまえば終わりだ。
今ここにいるアウラは大戦で死亡したアウラとは別人なのか、それとも死んで蘇ったアウラなのか。
確かめたい気持ちがあるが、無理に藪をつつく必要も無い。敵意が無いだろうアウラを、己の実験のためにどうこうするのもどうかと思われる。そして何よりアインズ・ウール・ゴウンのメンバーが作った元NPCだ。
彼自の考え方等は懸案事項が全て終わってから聞いても良いだろう。
それに現狀と過去では死という概念が大きく違っている可能がある。
その実験した方が良いとは思うが、他の様々な報を得ないことには優先順位を決めることはできない。ひとまずは凍結事案の1つという程度に留めておくのが一番正解だろう。
結局のところ、モモンガが知っているユグドラシルと、今現在がどれだけの変貌を遂げているのか。それが分からないが故の疑問が大量にあるということだ。
「侵者が來ないと暇か?」
「――あ、いえ。あの、その」
「いや、叱らんよ。正直なところを教えてくれ」
「……はい、ちょっと暇です。この辺りで五分に戦える相手なんていませんし」
ちょんちょんと指を突っつきながら、上目がちに答えるアウラ。守護者であるアウラのレベルは當然100。それに匹敵する者なんてこのダンジョンには殆どいない。
「なら遊んでいても構わんが?」
「うわー。モモンガ様、あたしはこれでも守護者なんですからね。ちゃんとこの層を守ってるんですから、遊んでなんかいられませんよ」
頬を膨らませながら、怒ってるんですというポーズを取る。
本當にころころ表が変わる。
「そうか……。大森林の中に畑でも作ったらどうだ? 食人植系のモンスターの畑とかな」
「うーん、あたしのペットにそういうことできるのいないんですよね」
ナザリック大地下墳墓は各層にそれぞれの特がある。
その中で第5層は大森林。敷地面積はおおよそ羽田空港の全面積に匹敵するほど広い。このダンジョン最大の大きさだ。
「それに私はここでがっしりガードしたいんですよね」
「役目をしっかりと果たしてくれて嬉しいのだが、多はここから下にも行かせてやらねばな。下の奴らはもっと暇でしょうがないだろ?」
「まぁ、そういうものですかー」
はぁーとため息をつくアウラ。
それにあわせ、やけに甘い香りが周囲立ち込めた。そこで彼の能力を思い出したモモンガは、その空気から下がるよう一歩、後退した。
「あ、すみません、モモンガ様!」
それに気がついたアウラはパタパタと空気を拡散しようと手を振る。
アウラの吐息にはと思考を作する神作用効果を持つ。吐かれた息は空気中に拡散し、半徑數メートル、場合によっては數十メートルまでもその効果範囲にする。これで自らの連れた魔獣達に支援効果や、敵に不利益な効果を與えたりするのだ。
「えっと、もう大丈夫ですよ、切っておきましたから」
「そうか」
「……でもモモンガ様はアンデッドですから、神作用の効果は意味が無いんじゃないですか?」
確かにユグドラシルではそうだ。
アンデッドは神作用効果は良い効果も悪い効果もけない。
「……今の私はその効果範囲にっていたか?」
「え」
叱られるのかと思ったのか、アウラが首をめる。
「怒りはしない、範囲だったか?」
「……はい」
「どのような効果を與えるものだ?」
「……恐怖です」
「ふむ」
恐怖というものはじなかった。
モモンガの裝備するマジックアイテムも、ユグドラシルでは神作用効果をうけないため、その手の耐を持つ裝備は除外している。つまり素で抵抗したのか、ユグドラシルのシステム――神作用効果無効が発揮しているのか。
「他の効果を試してくれないか?」
「え?」
おどおどと叱られた子犬のような聲。思わずモモンガは頭をでる。
絹糸のようなさらさらとしたが心地よい。でられるたびにアウラの表に輝きが戻ってくる。
「頼む。幾つかいま実験中でな、お前の協力を仰ぎたいのだ」
「はい、分かりました! モモンガ様、お任せください」
では、と腕まくりしそうなアウラを止める。
「その前に――」
スタッフを握り締める。先ほどと同じだ。指の力を使用したときと同じように、スタッフに意識を集中。無數の力が使えとモモンガに語りかけてくるが、今回使用するのはスタッフにはめ込まれた寶石の1つ。その中に封じられている力の弱き1つ。
――サモン・ムーンウルフ
召喚系魔法の発にあわせ、空中からにじみ出るように3匹の獣が姿を見せた。それはほのかな銀を放っているシベリアオオカミだ。
召還魔法の発によるモンスターの登場はユグドラシルとまるっきり同じエフェクトだ。そのためモモンガに驚きは無い。
このウルフは移速度が半端じゃなく速いために、奇襲要員として使われるレベル20クラスのモンスター。特別強い能力を保有しているわけではないが、今回の目的に対してはこの程度で充分。逆に弱いということが必要なのだ。
「ムーンウルフですか?」
「そうだ。私ごと吐息の効果にれてくれ」
「え? いいんですか?」
「構わない」
今だ納得のしていないアウラに強引に推し進める。
範囲にれてくれなければ、実験が正確なものかどうかの保障にならないからだ。
今回の実験の問題點はアウラの能力が起していない場合だ。それを避けるためには第三者と同時に影響をける必要がある。そのためのムーンウルフである。
それからしばらくアウラが息を何度も吐き出すが、モモンガは何か影響をけた気がしなかった。途中、後ろを向いたり、神を弛緩させたりしたがやはり効果は無し。同じように範囲にったムーンウルフには影響があったようなので、アウラの力が発して無いわけではない。
したがっておそらくモモンガには神作用効果は無効だろう。それはつまり――
ユグドラシルでは異形種が規定のモンスターレベルに到達した際、モンスター的な特殊能力を得られる。オーバーロードまで極めたモモンガがモンスター的に保有しているのは――
上位アンデッド作/1日8、下位アンデッド作/1日12、ネガティブエナジー・タッチ、絶のオーラ、冷気・酸・電気攻撃無効、上位・ダメージ無効、上位・魔法ダメージ軽減、即死の波、不浄なる加護、黒の叡智、上位・退散耐、能力値ダメージ、魔法強化軽減。
これに他のクラスレベルから來るもの――モモンガであれば例えばマスター・オブ・デスの即死魔法強化や、トゥルーネクロマンサーのアンデッド支配やアンデッド強化等が加わる。
そしてアンデッドの基本的な特殊能力。クリティカルヒット無効、神作用無効、飲食不要、毒・病気・睡眠・麻痺・即死無効、死霊魔法に耐、酸素不要、能力値ダメージ無効、エナジードレイン無効、ネガティブエナジーでの回復、暗視。これらもだ。
無論、弱點もある。・神聖ダメージ脆弱、炎ダメージ倍加等だ。當然、裝備品で消してはいるが。
――これらアンデッドが基本的に持っている能力や、レベルアップの途中で得た特殊能力等も保持している可能が非常に高いことの確認が取れたのだ。
これは現狀ではかなりの報だ。
「……禮をいう」
「はい、全然大ジョブです」
「――帰還」
3匹のムーンウルフの姿が現れた時を巻き戻すように消えていく。
「昔はアウラの力は同じギルドに所屬するものにはネガティブな効果は無かったと思ったがな」
「え?」
きょとんとするアウラの顔を見て、モモンガはそうではなかったという事を理解した。
「気のせいだったか?」
「はい。ただ、効果範囲は自分で自在に変化させられますから、それと勘違いされたんじゃないでしょうか?」
なるほど、フレンドリィ・ファイアは解か。範囲魔法の使用方法を間違えると痛い目を見ることになるな。
ぶつぶつと呟きながら考えているモモンガを黙って眺めていたアウラが、じれたのか口を開く。
「えっと今日、私の守護階層に來られたのは、今の目的ですか?」
「ん? ああ、そうか、いや違う。今日來たのは訓練をしようとおもってな」
「訓練ですか?」
アウラは目が転がり落ちんばかりに開く。
最高位の魔法使いであり、このナザリック大地下墳墓を支配する、そしてアウラの上位者である存在が何を言っているんだ。そういうを込めてだ。
「そうだ」
モモンガが返事と共にスタッフを地面に軽く叩きつけるのを見て、アウラの表に理解のが浮かぶ。それを観察していたモモンガは自分の予想通りに思考を導できたことに喜びを覚えていた。
「了解しました。そのスタッフって伝説のアレですよね? 本當にあたしも見て良いんですか?」
「ああ、構わない。私しか持つことを許されない、最高の魔法の武の力を見るが良い」
やったーと喜んでいるアウラ。
伝説のアレというのはどんな風な意味なんだろう、とモモンガは疑問に思うが良い意味だろうと自分をごまかす。
あまり互いの認識に誤差があると厄介ごとになるのでは、と警戒をしてしまい々な質問ができないのが殘念でたまらない。
「……それとアウラ。全守護者をここに呼んでるのであと1時間もしないうちに集まるぞ」
「え? な、なら歓迎の準備を――」
「いや、その必要は無い。時間が來るまでここで待っていれば良い」
「そうですか? ん? 全守護者? ――あのも來るんですか!?」
「全守護者だ」
「……はぁ」
一気にしょんぼりとするアウラ。確か設定ではあんまり仲がよろしくないということになっていたが。一どんなことになるやら。
前途多難だ。モモンガは小さく呟いた。
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