《オーバーロード:前編》戦火-2
モモンガは豪華な椅子に座りながら1メートルほどの鏡を見ていた。そこに映っているのは自らの姿ではない。
草原だ。まるでその鏡がテレビであるかのように別の景が映っていたのだ。
手をばし、右にかす。
カメラがくように鏡に映っている景も橫にスライドしていった。スタッフは邪魔になるので先ほどアイテムボックスに突っ込んだ。
遠隔視の鏡<ミラー・オブ・リモート・ビューイング>。
ユグドラシルではこのアイテムは城や街という人が混む特定の場所を覗いて、買いがしやすい時間帯を見計らう程度の魔法のアイテムだ。しかし今では外の風景をたやすく映し出すことを可能とするアイテムへと変化していた。
映畫に出てきそうな草原を俯瞰するように、景は流れていく。
すでに映る景は朝。朝で濡れた草々が朝日を反し綺麗に輝いている。
「ふむ」
モモンガは空中で円を描いたりしながら、景を々と変化させてみる。
このマジックアイテムの効力が変わったのに気づいてから1時間。々と試行錯誤を繰り返しながらかしているものの、人間を1人も今だ発見できていない。
正直、飽きてきた。
このになってから睡眠をこれぽっちもじない。そのため黙々とウォーリーを探すような作業を繰り返してきたのだが、映るのが殆ど代わり映えの無い草原ではやる気も萎えてしまう。
どうにかして俯瞰の高さをより高くしなくては。説明書があればと思いながら作業を繰り返す。
「おっ!」
煮詰まって適當にいじったらなんだか上手くきました、という殘業8時間目に突したプログラマーの喜びの聲に似たものをモモンガはあげた。それから何度か同じようなきを繰り返し、ようやく俯瞰の高さ調節をやっと発見する。
「はー、疲れた」
喜びついでに別にこっているわけではないが、頭を回してみたりする。
「さてさて」
新しいおもちゃを手にしたモモンガは一気に俯瞰を拡大。かなりの範囲を捕らえようとする。
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まずは自らの本拠地、ナザリック大地下墳墓を映し出してみる。
ユグドラシル上では毒の沼地の真っ只中にあったそれは、セバスが言っていたとおり周囲を草原に囲まれていた。
ナザリック大地下墳墓の地表部分は300メートル四方の広さを持つ。
周囲は6メートルもの高さの厚い壁に守られ、正門と後門の2つのり口を持つ。
下ばえは短く刈り込まれ、綺麗なイメージを持つが、その一方で墓地の巨木はその枝をたらし、鬱とした雰囲気をかもしだしていた。
墓石も整列してなく、雑さが下ばえの刈り込み合と相まって強烈な違和を生み出している。その一方で天使や神といった細かな彫刻の施されたものも多く見られ、一つの蕓品として評価しても良い箇所もところどころある。
そして墓所には東西南北の4箇所にそこそこの大きさの霊廟を構え、中央に巨大な霊廟があった。
ナザリック大地下墳墓のり口たる、中央の巨大な霊廟の周囲は、10メートルほどの鎧を著た戦士像が8取り囲んでいた。
良く見慣れた景である。それでも俯瞰してみるとまた新鮮なものをじる。
本來なら隊列を組んで墓場を警戒しているスケルトン・ソルジャーにも似た、オールド・ガーダー達がいるはずだが、現在は後退させているのか姿が見えない。
そんな景に満足したモモンガは本腰をれて人のいる場所を探すことに著手した。
ほんのしの時間が流れて、村のような景が鏡に映った。
ナザリック大地下墳墓からおよそ南西に2キロほどだろうか。近くには森があり、村の周囲を麥畑が広がる。まさに牧歌的という言葉が似合うそんな村だ。
モモンガは村の風景を拡大しようとして、違和を抱いた。
「……祭りか?」
朝早くから人が家にったり出たり、走ったり。なんだかあわただしい。
俯瞰図を拡大し、モモンガは眉を顰めた。
村人と思しきみすぼらしい人々に騎士風の格好をした者が手に持った剣を振るっていた。
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一方的な景。騎士達が剣を振るうたびに1人づつ村人が倒れていく。村人達は対抗手段がないのだろう。必死に逃げうだけだ。それを追いかけ殺していく騎士達。麥畑では騎士が乗っていたであろう馬が麥を食べている。
これは殺だ。
モモンガはその景にがむかつく気分を覚えた。
「ちっ!」
吐き捨て、景を変えようとする。もう、この村には価値は無い。行った所で死を見るだけだ。ならばいつまでも見ていることは無い。人の死を見するなんていう下種な趣味は、モモンガは持ってはいないのだから。
モモンガは正義の味方ではない。
レベルが100だが、それでもデミウルゴスに言ったようにこの世界の一般人のレベルは10000なのかもしれない。そんな危険な場所に飛び込むことはできない。セバスなりデミウルゴスなりがこの部屋にいたなら送っても良かっただろう。だが、今この部屋にいるのはモモンガ1人だ。
それに一方的に騎士が村人を殺しているが、これだって何らかの理由があるのかもしれない。病気、犯罪、見せしめ。々な理由が思いつく。これで橫から騎士を撃退したら、この騎士が仕えている國を敵にまわすかもしれない。
まだ報がなすぎるのだ。もしもっと報を得ていたら、助けに行く価値があったかもしれない。
だが、今の狀態ではこの村を救う価値は無いのだ。
命の価値は場所や時代によって違う。現代日本であれば命は高い価値があるだろう。だが、その一方アフリカまで行けば命の価値はぐっと落ちる。
命が平等なんて世界を知らない人間の発言にしか他ならない。自分の大切な人と見も知らない人、助けるならどっち、だ。
この世界の命はこれだけ簡単に奪われるものなんだ。それを記憶にとどめておくべきだろう。
そう――
――モモンガは正義の味方ではないのだ。
冷靜さを維持していると自分では思っていたものの、実際は揺していたのだろう。手がすべり、村の別の景が映る。
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そこには2人の騎士がもみ合う村人と騎士を引き離そうとしているところだった。無理矢理引き離され、両手をつかまれたまま立たされた村人。モモンガの見ている前で村人に剣が突き立つ。1度、2度、3度――。怒りをぶつけるかのようにしつこく繰り返される。
やがて騎士に蹴り飛ばされた村人は、を撒き散らしながら大地に転がった。
そのとき勿論、偶然だろう。
ユグドラシルではこの鏡を使っていても誰も気づかないようにできていたのだから。
――村人とモモンガの目が合った。合った気がしただけかもしれないが――。
村人は口の端からの泡をこぼしながら、口を必死にかす。もう、視線はぼやけ、どこを見ているかも分からない。それでも生にしがみつき、言葉を紡ぐ。
――娘達をお願いします――
繰り返すようだがモモンガは正義の味方ではない。己の利益がこれっぽちも無く、知人でもない人を助けるなんという行為は決してしない。利益がすべてとは言わないが、半分以上はそれが占めている。
だが、それは――
利益があるなら――人助けをするということだ。
「どちらにせよ、戦闘能力をいつかは調べなくてはならないわけだ」
誰に対しての言葉なのか。
呟くとモモンガは村の景を見渡す俯瞰まで拡大。鋭く視線を送り、生きている村人の居場所を見つけようとする。
ある箇所を映したとき、1人のが騎士を毆り飛ばす景を目にした。そして妹だろうか、より小さいの子を連れて逃げようとする。
即座にアイテムボックを開き、スタッフ・アインズ・ウール・ゴウンを取り出す。
その間にが背中を切られた。モモンガの顔が嫌悪に歪む。魔法は瞬時にモモンガの口からり落ちた。
《――グレーター・テレポーテーション/上位転移》
視界が変わり、予定通り先ほどのまで俯瞰していた場所に出る。
そこにいたのは2人の。
姉なんだろうか、年上のほうは栗の髪をみつあみにして元ぐらいの長さにばしている。日に焼けて健康的なは恐怖のためか白い。黒い瞳には涙を浮かべ、恐怖に引きつっているのでなければ可いだろう顔立ちをしている。
妹の方は姉の腰に顔をうずめ、怯えが全の震えとなって現れていた。よほど怖かったのだろう。――いや、當たり前だ。怖くない方が変だ。
2人のを越え、後ろにいる騎士に視線を送る。
突然転移してきたモモンガに驚いているのだろう。揺が手に取るように分かる。
モモンガは暴力とは無縁な生活をしてきた。せいぜいユグドラシルでの戦闘ぐらいか。
本當の生と死にれたことなんかほぼ無いのに、今は非常に落ち著いている。
何も持っていない手を広げ――ばす。
《――グラスプ・ハート/心臓掌握》
魔法の1~10の位階で言うところの9位という高位に屬する魔法。心臓を握りつぶし即死させる魔法だ。抵抗した場合はダメージを與え、一時的に朦朧狀態にして行不能とする。
即死魔法に長けたモモンガが良く使う攻撃魔法の1つだ。特に綺麗な死――データが殘るため。
騎士が崩れ落ちる。抵抗に失敗したのだろう。なら即死だ。
モモンガは大地に転がる騎士を冷たく見下ろした。
意外に――人を殺してもなんとも思わないな。
死が綺麗だからか。それとも騎士達がやっている行いに腹を立てているからか。
――いや、もっとべつの何かのような気がする。それが何かモモンガには分からない。ここまで出ているのに最後の一歩が出てこないような、そんな苛立ちをかすかに覚える。
モモンガは歩き出す。騎士が死んだことに怯えているのだろう、2人のの橫を通り過ぎる。そのとき姉のほうからかすかな困の聲がれた。それがどういう意味を持ってのことかはモモンガには分からないし、理解する必要をじない。とりあえずは今はこの場の安全の確保が先決だ。
姉の方のみすぼらしい服が裂け、背中の辺りがでにじんでいるの軽く確認しながら、モモンガは2人のを自らの後ろに隠す。そして近くの家の脇から出てきた新たな騎士を鋭く睨む。
騎士もモモンガに気がついたのだろう。おびえたように1歩、後退した。
「……子供は追い回せるのに、が変わった相手は無理なのかな?」
口の中でつぶやくと、モモンガは次に放つべき魔法の選択にる。
先ほどのはかなり高位の魔法だ。それではこの騎士達がどれほどの強さなのか、計る事ができない。自らの魔法がどの程度騎士達に効果的なのか。
この世界の強さを――ひいては自分の強さを確かめる良いチャンスだ。
「――せっかく來たんだ、実験に無理矢理で悪いがつきあってもらうぞ?」
《マジック・アロー/魔法の矢》
10の球が生まれ、殘を引きながら騎士に殺到する。一撃で大きく吹き飛び、2撃目で軽く中空に持ち上がる。殘った球が持ち上がった騎士に群がった。それはまるで格闘ゲームで上空に上げた相手にコンボを決めるような景だった。
ガラクタ人形のように四肢を投げ出し、騎士は大地に落ちる。當然ピクリともかない。
追撃の一手を準備しようとしていたモモンガは呆気に取られた。
マジック・アローは1位――最下位の無屬攻撃魔法だ。確かにレベルに応じて球の數を増やすため、使い勝手は悪く無い魔法だが、それでもレベル10以上のモンスターを一回で殺すことは難しい。
では騎士はユグドラシルで言うところのレベル10以下なんだろうか……。
……そうとしか考えられない。
力が抜けていく。弱すぎる。
無論、先の2人が弱いという可能はある。それでも抜けた張を取り戻すのは難しい。
とはいえ、危険と分かれば直ぐに転移魔法で撤退するつもりではあるが。それに防力と力は無いが攻撃力は非常に高いとか、モモンガ自の力が一撃で殺される程度しかない、ということが充分に考えられる。
ユグドラシルなら首を切りつけられてもクリティカルヒット扱いで、ダメージ量が大幅に増えるだけだが、現実世界なら即死だ。
モモンガは抜けた張の代わりに警戒心を働かせる。油斷による死なんか馬鹿のすることだ。
まずはもっと力を試してみるべきだ。
モモンガは自らの特殊能力を解放する。
――上位アンデッド作 デス・ナイト――
モモンガの得てきている特殊能力の1つにアンデッドを作するというものがある。それほど強くないアンデッドを生み出す能力だが、壁としての使い勝手はいいのでよくソロで冒険するときは使っていたものだ。
デス・ナイトはその中で壁として一番使ってきたアンデッドモンスターだ。
レベル的には35だが、防能力に長けておりレベル40のモンスターに匹敵する。その分攻撃能力は低くレベル25のモンスター級だ。モモンガが冒険する難度のモンスター相手では一撃で殺されてしまうが、それでも一撃耐えてくれるというのは魔法職にとっては充分ありがたい。
今から作しようとしているモンスターはその程度だ――モモンガからすれば。
ユグドラシルでは召還と同時に瞬時にモモンガの周りに空中から沸き立つように出てくる。
だが、この世界では違うようだ。
黒い靄のようなものが中空から滲み出、その靄は心臓を握りつぶされた騎士のに覆いかぶさるように重なった。
靄が膨れ上がり――騎士に溶け込んでいく。そして騎士が人間とは思えないギクシャクとしたきで、ふらりと立ち上がった。
ゴボリという音がし、騎士の兜の隙間から黒いが流れ出す。おそらくは口から噴きだしているのだろう。
流れだした粘質な闇は、盡きることなく全を覆いながら包み込んでいく。その景はスライムに捕食される人間を思わせた。
完全に闇が騎士を包み込み、形が歪みながら変わっていく。
ほんの瞬き數度の時間の経過後、闇が流れ落ちるように去っていき、そこに立っていたのは死霊の騎士とも呼ぶべき存在だった。
長は2.3メートル。長と同じように、の厚さも発的に増大している。人というよりは獣というほうが正しいほどだ。
左手にはを3/4は覆えそうな巨大な盾――タワーシールドを持ち、右手にはフランベルジェ。本來なら両手で持つべき1.3メートル近い刃が、この巨は片手で容易く持っている。波打つ刀には赤黒いおぞましいオーラがまとわりつき、心臓の鼓のように蠢く。
巨を包むのは黒の全鎧。管でも走ってるかのように真紅の文様があちらこちらを走っている。さらには先ほどの騎士のような機能を重視したものとは違い、棘を鎧の所々から突きたてたまさに暴力の現だ。
兜は悪魔の角を生やし、顔の部分は開いている。そこにあるのは腐り落ちかけた人のそれ。ぽっかりと空いた眼窩の中には生者への憎しみと殺戮への期待が煌々と赤く燈っていた。
ボロボロの漆黒のマントをたなびかせながら、デス・ナイトは命令を待つ。その姿勢はまさにアンデッドの騎士にふさわしい堂々としたものだ。
「この村の中のあのような騎士――」モモンガは先ほどマジック・アローを放った騎士の死を指差す。「――を殺せ」
「オオオァァァアアアアアア――!!」
咆哮――。
聞くもののがあわ立つようなび聲が響く。殺気が巻き散らかされ、ビリビリと空気が振する。
殺が別の殺へと変わる瞬間の號砲だった。
刈るものが反転――獲となったのだ。
デス・ナイトが駆け出す。そのきはまさに疾走。獲の場所を認識している猟犬のように迷いの無い走りだ。人では理解できない覚――死者の生者に対する憎悪という知覚能力が働いているのか。
モモンガは瞬く間に小さくなっていくデス・ナイトの後姿を見送りながら、まざまざとユグドラシルとの違いを見せ付けられていた。
違いを一言で述べるなら自由度の違いだ。
本來、デス・ナイトは召還者たるモモンガの周辺に待機し、襲ってきたモンスターを迎撃するためのものだ。あのように命令を諾し、自ら行を起こすようなものではない。AIがそのように組み込まれているから仕方が無いのだが。
違いが足を引っ張らなければ良いが……。知っていると思ったことがそうでなかった時、人は大きな失敗を犯す。先観からのミスだ。誰でも一度は犯したことがあるだろうミスは、今現在のモモンガの狀況を考えるなら致命的な危険になりかねない。
モモンガは眼を細め、右腕につけた腕に込められた魔力を解放する。
発する魔法は《センス・エネミー/敵知》。結果、周囲に敵意の影なし。
「さて……」
モモンガはくるりと振り返る。先にいた2人のがモモンガの無遠慮な視線にさらされ、をめ、そのをしでも隠そうとした。ガチガチとが震えているのは、デス・ナイトの姿をモモンガの橫から見てしまったためか。それともあの咆哮の所為か。
それにまぁ、目の前で騎士を殺した相手だ、恐怖を覚えるのも理解できる。
モモンガはそう納得し、姉に向けて手をばす。傷を治してやろう、そう思っての行だ。
……ユグドラシルというゲームに慣れたモモンガにとっては、オーバーロードという外裝はそれほど驚くようなものではない。他のプレイヤー達の前に立っても驚くような相手はいないだろう。
それは皆がゲームだと認識しているし、そういう外裝やモンスターがいると報として知っているからだ。
だが、だ。し想像してしい。もし仮にそんなことを知らない人間だったら? もし仮に現実世界だったら? 簡単に人を殺す化けが目の前で自分に手をばしてきたら?
その反応はたった1つだった。
姉の間が濡れていく。それにあわせ妹も――。
「…………」
周囲に立ち込めるアンモニアの臭い。怒濤のごとく押し寄せてくるじないはずの疲労。モモンガをして、どうすれば良いのか分からなかった。
「……怪我をしているようだな」
だが、社會人としてモモンガのスルー能力は鍛えられている。見なかった振りをして、アイテムボックスを開き、中から背負い袋を出した。無限の背負い袋<インフィニティ・ハヴァサック>――名前に反し、重量にして500キロまでる袋だ。
無限にがしまえるアイテムボックスがあるのに、何でこんなアイテムがあるのかというと、この袋にれてあるアイテムはショートカットに登録することができるのだ。逆にアイテムボックスのアイテムはショートカットに登録できない。
瞬時に使いたいアイテムをこの袋にれるのは、ユグドラシルに慣れていない素人でも知っている基本のことだ。
モモンガの持つインフィニティ・ハヴァサックの1つ。その中にポーション系アイテムを溜め込んでいたはずだ。
手をいれ、中から1本の赤いポーションを間違いなく一回で取り出す。
下級治癒薬<マイナー・ヒーリング・ポ-ション>。
ユグドラシルではHPを50ポイント回復させる、最初期に何度と無くお世話になる薬だ。しかしながらこれは、モモンガにとっては不要なアイテムだ。なぜなら正のエネルギーによって治癒するこの手のポーションは、アンデッドであるモモンガにとっては逆にダメージを與える毒薬となるからだ。
そんな毒薬をモモンガが持っていたのは、かつて仲間達と冒険をしていた頃のパーティーメンバーに使用していたものの殘りだからだ。
「飲め」
赤い薬を無造作に突き出す。姉の顔が恐怖に引きつった。
「の、飲みます。だから妹には――」
「お姉ちゃん!」
姉を止めようと泣きそうになる妹。妹に謝りながら取ろうとする姉。
もしや毒とか、人間のとかと勘違いしているのか。
「……なんだ、これは」
周囲ではまだ人が死んだり、殺したりしているはずなのに。ほとんどのことを理解しているモモンガからすればどういう喜劇だと、苛立ちが湧き上がる。
「とっとと飲め。ここで私が遊んでいる間に村人は殺されてるんだぞ」
その言葉に反応し、姉は目を見開くと、慌てて一息でそれを飲み干す。
そして驚きの表を浮かべた。
自らの右手をり、続けて背中をる。痛みが無いことに驚いているのだろう。
「うそ……」
信じれないのか、何度か自分の右腕をったり叩いたりしている。
治癒のポーションは飲んだ場合は効果がある。モモンガはその報を記憶に留めておく。次に生まれた疑問。傷口にかけたらどうなるのか、も調べる必要があるだろう。
「痛みは無くなったな?」
「は、はい」
ポカーンという顔が表現として最も近い顔でうなづく姉。
あの程度の傷ならマイナー・ヒーリング・ポ-ションで充分ということか。納得したモモンガは続けて質問をする。これは絶対に避けることのできない質問だ。この答え如何ではこれからの行のすべてが変化してしまう。
「お前達は魔法というものを知っているか?」
「え?」
「魔法を使う人間を見たことがあるかと、聞いているんだ」
「いえ、見たことは無いです……」
舌打ちを我慢して押し殺すモモンガ。魔法が匿されているならまだ良い。だが、この世界で魔法を使う存在がモモンガとその部下だけだったら々な面で厄介ごとが押し寄せてくるのは間違いが無い。
そうなるとできる限り魔法の使用は制限しないといけなくなる。自分の持つアドヴァンテージが抑圧されるというのは嬉しいことではない。
姉が何か言いたそうに口をもごもごしているを見て、モモンガは顎で続けるように指示する。
「……でも」
「なんだ?」
「そんな力を持っている人が街とかにはいるって聞いたことが……」
「……そうか、なら話が早いな。私は魔法使いだ」
多の安堵を込め、モモンガは魔法を唱える。
《アンティライフ・コクーン/生命拒否の繭》
《ウォール・オブ・プロテクションフロムアローズ/矢守りの障壁》
き通った蜘蛛の糸のような細い糸が、姉妹を中心に半徑2メートルのドームを作り出す。続けて唱えた魔法は目に見える効果は現れないが、空気の流れがかすかに変化した。本來であればここに対魔法用の魔法を唱えれば完璧だろうが、この世界にどのような魔法があるか不明なため、唱えたりはしない。もし魔法使いが來たら不幸だったと思ってもらおう。
「生命を通さない守りの魔法と、矢を防ぐ魔法だ。相手が毒ガスか魔法でも使ってこない限りはそこにいれば安全だ。――それと、そこから出ることは容易だ。だが、勝手なことをするのなら私は2度と助けないと知れ」
驚く姉妹に簡単に魔法の効果を説明するとモモンガは歩き出す。記憶にある村の全像を思い出しながら。
「あ、あの――」
「――なんだ」
――歩き出そうとして姉に呼び止められる。モモンガは怒鳴りつけたくなる気持ちをの奧に飲み込んだ。あの姉妹も恐らくは犠牲者だ。もしかしたら家族を失っているかもしれないし、知り合いだって亡くしているだろう。そんな子供に自らの苛立ちをぶつけるには々酷過ぎる。
「お、お名……」ごくりとを鳴らし、は聞いた。「お名前はなんとおっしゃるんですか――」
名前を名乗ろうとして口を閉ざす。
なんと名乗るべきか。モモンガはアインズ・ウール・ゴウンのかつてのギルド長の名前。では今の自分はなんだ。ナザリック大地下墳墓の主人たる自分の名は……。
モモンガは思う。
友達たちよ――。
あの誇りある名前をたった1人が獨占することを皆はどう思うだろうか。喜ぶだろうか。それとも眉を顰めるだろうか。
ならばここまで來て、言ってしい。その名前はお前1人の名では無いと。そのときは快くモモンガに戻ろう。
それまではこの名において最高峰の存在を維持してみせる。スカスカになったならば、中を詰めて再び伝説とする。
この世界においても俺達のギルドを伝説のものとする。
「――我こそがナザリック大地下墳墓が主、アインズ・ウール・ゴウンだ」
【書籍化・コミカライズ】三食晝寢付き生活を約束してください、公爵様
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