《オーバーロード:前編》出立
村はずれの共同墓地で葬儀が始まる。墓石は無い。丸石に名前を刻んだものがあるだけだ。
村長が葬儀の言葉を述べている。聞いたことも無い神の名を告げ、その魂に安息が訪れるように、と。
すべてのを葬るのは手が足りないようなので、まずは第一回とのことだ。
アインズは村人から離れたところからそれを眺めていた。村民の中に助けた姉妹――エンリ・エモットとネム・エモットの姿もある。何でも両親が殺されたそうだ。何故か安堵したような表を最後に浮かべていた、その父親の顔は記憶にあった。
あの男か――。
アインズはローブの下で30センチほどの一本のワンドをで回す。象牙でできており先端部分に黃金をかぶせ、握り手にルーンを彫った神聖な雰囲気を持つものだ。
――<蘇生の短杖/ワンド・オブ・リザレクション>。
死者復活の魔法を宿したアイテム。無論アインズが持つものはこの1本だけではない。この村の死者全員を蘇らしてお釣りがたっぷり來るだろうほど持っている。
この世界に存在する魔法に死者の復活は無いという話だ。とすると奇跡とも呼ぶべき可能がこの村にはあるということになる。
だが、祈りの儀式が終わり、葬儀が終盤にかかり始めた頃、アインズはゆっくりとワンドをアイテムボックスに仕舞った。
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復活させることはできる。だが、そんなことはしない。死者がどうの、なんていう宗教的なことを言い出す気はしない。ただ、単純に利益が無いからだ。
近寄ったら死を與える魔法使いと、近寄ったら死を與えるが死者を蘇らす事ができる魔法使い。どちらが厄介ごとに巻き込まれるかは想像に難しくない。蘇らせたことを黙っておくという條件をつけたとしても、それが守られる可能は低い。
死というものに抗いうる力。誰もが涎をたらすほどしがる力だろう。
狀況が変化すれば行使しても良いかもしれないが、今はまだ報が不足している。
つまり己のために助けられる命を見捨てる。
アインズは薄く仮面の下で皮げな笑みを浮かべた。見ている先でエンリとネムが泣き崩れる。
その姿を記憶にとどめ、アインズはゆっくりと村への道を歩き出した。その後ろをデス・ナイトが続いた。
葬儀に中斷され、アインズが周辺のことやある程度の常識を學んだ頃には結構な時間がたち、日が傾きだす頃だった。
「では、私はこれで」
「アインズ様。またこの村に來てください。今度は村を上げて歓迎させてもらいます」
「いや、それには及びません。村長殿も何かありましたら私のところまで來ていただければ、々とお手伝いさせてもらいます。もちろん次回は費用をいただきますよ?」
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「分かりました。そのときは」
微笑む村長とアインズはガントレット越しに握手をわす。ほぼ打ち解けたといっても良いだろう。その好に満足を得つつ、歩き出す。
村長の家から外に出ると、そこに1人の村人が決意にひめた顔で立っていた。アインズは仮面の下でかすかに目を見開いた。まさか彼が來るとは思ってなかったのだ。
いたのはエンリ・エモットだったのだ。
「……よろしいのかな」
「はい」
「馬に乗ったことは?」
「あります」
広場の隅にいる騎士から奪った2頭の馬。そのうちの1頭の馬の後ろに荷が積まれている。その中に全鎧が一著あった。
「……しかし、なんでこの村に馬に乗ったことのある経験者が富なんですか?」
「昔、この村から戦爭に行ったものがおりまして。見事な働きをしたとのことで結構な褒をもらって帰ってきたのですが、その中に馬がいたのです。彼が乗り方を子供達に教えましてね。ですので村の中でも子供達は乗れる子が多いんです」
村長に問いかけると、すぐに答えが返ってくる。
なるほど。アインズは幾人もいるであろう人の中から、彼が選ばれたことに納得する。
酷い評価になってしまうが、村の中で死んでも最も惜しくない存在ということだろう。男ではこれから村を再建するなら役立つ、それに対し両親を失った小娘では価値が違う。
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「では報酬は約束どおり金貨200枚」
村長からもらった金貨のった皮袋をエンリに渡す。4キロある袋はずっしりと重い。それを両手でけ取り、口を僅かに開いて中を確認したエンリは皮袋を村長に手渡した。
「お願いします」
「分かった」
重々しく頷く村長に続けるようにアインズは口を開く。
「ご安心を。もし貴方が戻ってこなかった場合、私が一年に一度ぐらい妹さんの様子を見に來ることを約束します。村長殿――それでよろしいですね」
「はい。了解しました」
金貨200枚。金貨だと400枚に及ぶ額は村人の金銭覚からすれば桁外れなまでに高額であり、両親を失った姉妹がかなり長く生活していくには充分な額だ。もし仮に姉が亡くなったとしても妹1人人するには充分すぎる。無論だからといって心配がなくなるわけでは無いだろうが、アインズが聲をかけたことによって安堵したのか、エンリの肩の力が抜けるのが誰からも分かった。
そしてアインズは村長に書いてもらった羊皮紙をスクロールケースにれて渡す。
「これをよろしくお願いします」
「はい」
け取ったエンリはスクロールケースを腰につるした。
「では、私は」
「々とありがとうございました、村長殿」
「いえ、こちらこそ、ありがとうございました。アインズ様。この村の誰もが貴方様のご親切は忘れないでしょう」
深く頭を上げる村長に軽く手を上げ、それに答えるアインズ。その橫で慌てたようにエンリも頭を下げた。
エンリを共だって馬の方に歩く。
「それとまぁ、あまり必要ないかもしれませんが」
馬のところに2人で到著し、アインズはインフィニティ・ハヴァサックに手をれ、両手で隠せるぐらいの小さな角笛を2つ取り出す。葬儀から帰る途中に準備しておいたマジックアイテムだ。
取り立てて変わったところの無い、普通の角笛。
この中に込められた魔法の力はサモンニング・ゴブリン・トループ。
レベル8ゴブリンを12、レベル10ゴブリン・アーチャーを2、レベル10ゴブリン・メイジを1、レベル10ゴブリン・クレリックを1、レベル10ゴブリン・ライダー&ウルフを2、レベル12のゴブリンリーダーを1を召喚するアイテムデータを、店売りの角笛にくっつけただけのものだ。
弱いくせに召喚する數が多いという、狩場とかで使おうものならあちらこちらから邪魔だ、という聲が飛んでくる不人気アイテムの1つ。狩場荒しといわれ、2chに曬されかねない危険なものだ。
「これは吹くことでモンスターを一時的に召喚するアイテムです。もし何かあったら、この笛を吹いて出てきたモンスターに命令すると良いでしょう。もし仕事が終わっても使わなかったのなら、そのまま持っていただいても結構です」
「ありがとうございます」
エンリはもらったアイテムを何度も眺めてから、背負い袋に大切にれた。それから何か奇妙なものをみるようにアインズを見つめる。
「……何か?」
「あ、あのほんとうに助けてくれたかたですよね?」
「……どういう意味ですか?」
「あ、あの……」
「同じ仮面を付けているけど中は違う人かもしれないと?」
姉妹には記憶作をおこなった際、最初から仮面とガントレットを嵌めて現れたということにしてある。それ以外の記憶をいじった覚えはないのだが……。
アインズは魔法が変な発をしたり、何らかのミスをしたかと顔を顰める。だが、続く彼の言葉で力を覚えた。
「あの言葉使いが……」
「……はぁ。しゃべる相手で言葉使い程度変えるのが基本だ、普通はな」
あの時と同じように不機嫌そうに言うと、エンリのがビクリと跳ねる。
「も、もうしわけありません!」
「ああ、いいから。別に怒ってないから」
頭を下げかけたエンリをガシッと摑み、無理矢理上げさせる。今の大聲で村人の幾人かがこちらを伺っているのが分かる。このまま何事も無く村を出て行きたいアインズにしてみれば、勘弁してくれという行為だ。
ガントレットを嵌めた手で無理矢理に上げさせられたため、痛かったのだろう。アインズが摑んだ部分をエンリは痛そうにでている。
「おまえが生きて帰ってくることを祈っているよ」
「はい」
彼がこれから行くのは帝國の城塞都市の近くにあるという陣地だ。なんでも帝國は攻めてくるたびに同じ箇所に陣地を作っているという話を村長はしていた。帝國は馬鹿なのかと思うが、エンリにはまずはそこに向ってもらうこととなる。目的は村を襲ってきた騎士達を、アインズが掃討したという話を伝えてもらうためだ。
これはアインズという存在を帝國に宣伝するためのものである。
騎士達を逃がしたのもその行為の一環である。
これはアインズの報は遠くないうちに流れるだろうと判斷したためだ。ならば自分からある程度、報を流すことで導した方が良いと考えたのだ。ついでに幾人かの騎士を助けることで、多なりとも恩義を売ろうという姑息な行為もそれに含まれている。……どの國の騎士かは不明だが。
何故そんな考えに至ったか、それは報の洩は避けられないとの判斷からだ。
世界の報を集めきって無い狀態で、行するのは非常に危険である。そのため最も良い手は姿を隠して、報が集まるまで隠に行することだ。
だが、この村を救ったことで、それはできなくなった。
もし仮に騎士達を全滅させたとしても、その騎士達が所屬する國は、いったいどうしてそうなったのかを調べるだろう。我々の世界で科學調査が発達しているように、この世界では魔法調査が発達している可能はある。
仮に発達して無くても、生き殘った村人がいる以上、アインズの元まで調べがたどり著く可能は高い。その時のその國のアインズに対する評価はどうなっているだろうか。
報がれないように対処するには、ナザリック大地下墳墓に村人達を連れて行くという手が考える。だが、それは村人の所屬する王國サイドから見れば拉致と取られても過言ではない。
では流れの魔法使いが助けたということにしたらどうか。……つまりそれは騎士をたやすく殺せる放浪する魔法使いがいるということだ。各國はそれをどのように思うだろうか。
どちらにせよ、アインズの元まで調査の手がびるなら、早め早めに行しておいた方が後々便利だと思われる。出頭した方が罪が軽いように。
アインズはできれば王國、帝國、法國のどれかの國にそのを預けたいと考えている。
例えば他のプレイヤーがいた場合、必ず報は流れるはずだ。だが、アインズ個人ではその報を手にれるのに時間が掛かる。無論、街にこっそりってとか、商人をデミウルゴスの力を借りて洗脳して……という手も考えたが、リスクと手間が大きい。必要も無い相手を敵にする可能もある。報を手するという點だけ見ても、どこかの國に參加しているということは大きなメリットだ。
それにナザリック大地下墳墓の自治権を守るためにも、どこかの勢力を後ろ盾にしておいたほうが良いと考えられる。國としての力をアインズは舐めていないということだ。それにこの世界での個人の強さの最大値を理解できていないということもそれに拍車をかける。アインズを超える戦闘能力の持ち主が、この3カ國の中にいないとも限らないのだから。
しかし戦爭、爭いが続くということは両者の力がある程度拮抗しているからに他ならない。ならばもし仮にレベル10,000という存在がどちらかの國にいたとしても、もう片側の國にも同様の存在がいるということになる。
どこかの國の一員になっておけば、デメリットも々と考えられるがメリットも大きいとの判斷だ。問題はどのような立場で一員となるかである。
奴隷のような立場は正直ごめん被りたい。ブラック企業の一會社員もだ。
そのために々な勢力に自分という存在のアピールをする。立場や扱い等を考えた上で一番良いところに付く。
これは転職の基本だろう。
本來であれば帝國の駐屯地までアインズが自ら行った方が早いだろう。
だが、どのように話が転がるか不明だ。それに帝國の戦力も。
とすれば危険を承知で行ってもらえる誰かを送ったほうが良い。死ぬことを覚悟の上で。
それがエンリの役目というわけだ。
ようは200の金貨でエンリの命を買ったのだ。
「アインズ様、助けてくれてほんとうにありがとうございました」
「……っ」
ぺこりと頭を下げるエンリ。
アインズは自らのの可さに、ともいって良い子供の命を博打に投じる自分に反吐が出そうだった。アインズなら転移の魔法で逃げられるかもしれない、その他の魔法の力を使っても良いだろう。それにナザリック大地下墳墓に帰ってモンスターを出しても良い。
しかし、それらよりも相手が警戒しないから。相手の本音が読みやすいからという理由だけでを送り込むのだ。
「……おまえは……本當にいいのか?」
「?」
「行けば生きては帰って來れないかもしれない。それは分かっているんだろ?」
「…………」
「……誰も行かないという選択肢もあった。別に強制されたわけではないだろうに、何故だ?」
「お金が無いと生きていけませんから」
たんたんと告げるエンリに、そのき通ったような瞳に一瞬アインズは飲み込まれそうになる。
「…………っ」
「両親が死んじゃいましたから、それに村はこんな狀態です。私達を面倒見るのも大変だと思います。だからアインズ様のお話は私達……私にとっては渡りに船だったんです」
「こんな賭けにかけなくても、ご両親の殘したものとかを使っていけばなんとか生活できるかも……」
「そうかもしれません。そしてそうじゃないかもしれません」
莫大な財産を持っているなら金貨200枚ぐらいくれてやればいいじゃないかと、第三者なら言うだろう。アインズだって部外者なら言うだろう。だが、このの瞳を見てしまって、そんな言葉を言える人間はいない。
自らの持つ金の価値をしっかりとけ止める必要があるとアインズは理解した。ここはゲームではない。ゲームの金と思ってはいけない。持っている金のほんのしでも人は命を投げ出せるんだと。
揺し、ぐらつきそうになる足に力をれる。
命は軽いと理解していたでは無いか。
アインズは自らを叱咤する。何を揺していると。自らが最も可い人間の、最も友好的な手だ。やっている行いは正しい。
視線をかす。広場に隣した家の影に妹――ネムがいた。
別れはすんでいるだろうが、それでも寂しげな瞳で自らの姉を見ている。これが場合によっては最後の別れになるかもしれない。そんな必死さが姉を見る視線に込められている気がした。
泣き出さないのは何故か。もっと近くで別れを惜しまないのは何故か。姉を死地に追いやるアインズを憎むように見ないのは何故か。
それはアインズには分からない。
だが――
「……これも持って行くと良い」
インフィニティ・ハヴァサックの中から1枚のスクロールを取り出す。
「これは?」
「本拠地への転移を可能とするスクロールだ。おまえが使用した場合、本拠地がここなら良いが、どのように発するか不確かなものだ。もしかすると何の効果も無いかもしれない。だが、もし角笛でも対処のできない危険にあったなら、そのスクロールを開くんだな」
「ありがとうございます!」
「……仕事が終わったらその足で私の住んでいるところまで來るがいい。味しいものでもご馳走しよう」
「はい。そのときは妹も連れて行っても構いませんよね」
「ああ。待っているとも」
友も許してくれるだろう。
ナザリック大地下墳墓。決して部外者をれたことの無い地。その最初の人に彼がなることを、馬に乗って去っていく姿を見送りながらアインズは願った。
それと同じぐらい強く――なんと自らの愚かなことか、と心の中で思いながら。
大切なものが何かを間違えるな――と強く、強く思った。
それはまるで呪いだった。
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