《オーバーロード:前編》諸國-2

豪華という言葉がある。

それを現するにはどうすればよいかと問われたなら、ちょうど良いと紹介できる部屋があった。

部屋一面に張られた真紅の絨毯はらかく、まるで足首まで埋まりそうなじを抱かせる。

部屋に置かれた無數の調度品は、豪華さを表現したものばかり。

そんな中に置かれた2人掛けの長椅子は、上質の天然木にフレンチロココ調の彫刻が細かく掘られており、座面は黒本革が張られ皮特有の沢を放っていた。

その長椅子に1人の男がすらりとびた長い足を放り出し、深々とかけていた。

眉目秀麗。その言葉以上にその人を稱する言葉は無い。容姿に欠點が無いのだ。

銀の髪は周囲のともる魔法の明かりを反し、星々の輝きを浮かべているようだった。切れ長の紫の瞳に苛烈ともいって良い激しいが浮かんでいる。

そして何より外見以上に漂わせる雰囲気。それは生まれながらにして絶対的上位に立つもののものだ。

彼こそジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。

齢、22にしてバハルス帝國現皇帝であり、貴族からは畏怖され臣民からは尊敬の念をあびる、歴代最高と稱される皇帝である。

にはその青年を除き、4人の男の姿があったが、その誰も席に座ったりなどはして無い。直立不の姿勢のまま、彫刻と間違えんばかりにかない。それは下位者が最上位者を相手にした際、最も正しい姿だ。

従者だろう。

皆、鋼のごとき細かつしなやかな肢を、豪華だが派手では無い服で包んでいる。

見た目は若い。年にして20代前半だろう。それに対しどれだけの年を修行にあてたのか。手は巖くれのようにくなっており、腰に吊るした剣の握りの部分は手の形に磨り減っているようだった。

ジルクニフはしばらくの間眺めていた羊皮紙から眼を離し、視線を空中に固定する。まるでそこに黒板でもあり、考えを書き込みだしたかのようだ。

「……で、その村娘は?」

「はっ」直立不を維持しながら従者の1人が口を開く。靜かだが重みのある聲が響く「そのまま去ったそうです」

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ふん、と鼻息を1つジルクニフは吹かした。嘲笑とも興味を惹かれたとも取れるそんな鼻息だ。そして長椅子に無造作に放り出された、そのが持ってきたという羊皮紙を拾い上げ、再び眼を通してから放る。再び中空に視線が固定された。

しばらくの沈黙が続き、先ほど聲を上げた従者がそれに耐えかね、口を開く。

「……探して捕らえますか?」

「よせ」

ジルクニフは一言で切って捨てた。空中に固定された視線はこうともしない。

丸めた手を持ち上げ、を隠すようにあてる。その紫の瞳が様々なを湛えながら煌く。そしての端が緩やかに上がった。

「面白いじゃないか」

どのような結論がジルクニフの中で生まれたのか。クツクツという靜かな笑い聲がれた。

従者達に変化は無い。皇帝は自らの考えをまとめる際、中空に紙を浮かべ、そこに無數の考えを書き込み、選択する。側近中の側近であれば知ってることだし、それを邪魔されることを皇帝が非常に嫌うことも知っている。

その時――

――ノックもしないでドアが開かれる。

そのあまりに無禮な態度に、従者達は一斉に僅かに腰を下げつつ、敵意ある眼をドアに向けた。だが、ってきた人間を確認した従者達は、先と同じように一斉に警戒の構えを解いた。

ってきたのは、自らの長の半分ほどの長さを持つ白髭をたたえた老人だ。髪も雪のように白いが、薄くはなっていない。

顔には生きてきた年齢が皺となって現れ、瞳には見て取れるような叡智の輝きが宿る。

首からは小さな水晶球を無數に繋げたネックレスを下げており、枯れた指には幾つもの無骨な指をしている。纏っている純白のローブはゆったりとしており、非常にらかい布でできている。

老人がると、室に僅かに薬草の思わせる青い匂いが漂った。

「――厄介ごとですな」

ゆっくりと部屋にってきた老人が開口一番、外見とは似つかわしくない若さの殘る聲でそんな臺詞を吐き出した。興味を湛えたジルクニフの視線が、顔をかさないで眼球の移だけでく。

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「どうした、じい」

「調査しましたが、我が不肖の弟子の幾人かが神衝撃をけ、しばらくは魔法の行使に支障が出るという結果に終わりました」

「つまりそれはどういうことだ?」

「……皇帝陛下。魔法もまたこの世界の理。知識を修めること――」

「ああ、分かった。分かった」ジルクニフは興味無げに片手をヒラヒラと振る。「お前の説教は長い。それより単刀直に言ってくれ」

「……推測するならば私と同等。もしくはそれ以上の魔法を行使する者か、と」

皇帝と老人を除き、室が生じる。

帝國歴史上最高位の魔法使い。主席宮廷魔師である、かの大賢者フールーダ・パラダイン老に匹敵する存在という言葉に耳を疑ってだ。

「なるほどな。嬉しそうだな、じい」

「當然です。私と同等、もしくは以上の力を保有する魔法使いとは、この200年以上出あったことがありませぬ」

「200年前は會ったのか?」

好奇心に駆られたように言葉をつむぐ皇帝に、主席宮廷魔師は遙かかつてを思い出す。

「そうですな。伽噺の13英雄。そのうちの1人、死者使いのリグリット・ベルスー・カウラウ。かの仁1人ですな。まぁ、恐らくは13英雄の他の魔法使いの方も優れていたのでしょうが。とはいっても殘りの魔法使いは暗黒邪道師、魔法剣士、大神、聖魔師の4者ですが」

「なら今はどうなんだ?」

フールーダの目が遠くを見るように彷徨う。

「不明ですな。五分のような気がしますが……」

ゆっくりと長い髭をしごきながら紡がれた言葉とは裏腹に、含まれていたは確かな自信をじさせるものだった。

それに気が付いたジルクニフはニンマリと笑みを浮かべると、長椅子に転がっている幾つかの巻から1つを選び出し、それを自らの足元に投げた。

「読め」

従者の1人が進みだし、拾い上げる。

「これは」

「王國からの報だ」

読み進めた従者の表が険しくなる。ジルクニフは空中に描かれた黒板のイメージから、そこに書き込まれた容を引き出す。

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「ふん。王國戦士長がその魔法使いのシモベと一騎打ちをおこなったそうだ」続いて発せられた言葉は他の従者達に揺を與えた「そして勝ちを譲られただと」

ざわりと空気がく。王國戦士長ガゼフは帝國に最も知られた王國の人間の1人だ。その剣の腕は帝國でも互角の勝負をすることができる人間が幾人かいる程度。間違いなく勝利を収めることの可能な人はいない。それとの戦闘で勝ちを譲るとは。

それほどのシモベを使役する相手はどれほどの存在なんだという驚愕が、押し殺そうとしても各員の顔に浮かび上がってしまっていた。

「そしてシモベはアンデッドだと」

「ほう」

初めてフールーダが興味を引かれたような聲をあげる。死者の使役はかなり上位の者でなければできない技。魔法的調査の際にも思っていたが、相手は本當に自らを上回りかねない魔法使いということだ。

従者達にしても先ほどのジルクニフとフールーダの言葉を思い出さない者はいない。

「さてさて伽噺の13英雄。死者使いのリグリット・ベルスー・カウラウは死者を使役したというが、ガゼフほどの男を抑えられる死者を使役したのか、じい?」

「……さて。伽噺ではかなり高位の存在を生み出し、使役したといいますが……真偽は不明ですな。會ったときはさほど高位のアンデッドを連れてはおりませんでしたが」

「ならじいはそれほどの死者をれるか?」

「……アンデッドやデーモン等魔法的に創造や召喚した存在はその強さ――魔法的容量の大きさによって支配制の難易度が変化します。伝え聞くガゼフ殿と同等程度のアンデッドの使役なら、1は容易ですな」

髭をりながらの発言に周囲の従者達は流石は、と心のどよめきを起こす。

「なら2目は難しいか?」

「ふむ……難しいと判斷すべきでしょうな。魔法的に何らかの手段を組み込んで行えば……複數の使役も可能かもしれません。2目以降は難易度は膨れ上がりますからな。かの仁、リグリット殿はそれが非常に上手かった。上位喰鬼<ガスト>を20以上同時に行使するとか、一流の魔法使いにも不可能な技ですので」

なんらかの手段を開発したのだろうと、続けるフールーダ。

己の生み出した魔法的理論や魔法の形式をにしたり、一子相伝にするのは魔法使いの世界では珍しいことではない。フールーダ自、リグリットの生み出した魔法理論さえ手にれれば、同じだけのアンデッドを使役することは可能だと思っている。悔しいかな、今はガストの使役なら10が限界だ。

「つまりはじいでも今はできないということか。アインズ・ウール・ゴウンか……。まさか13英雄の1人なぞというオチが待ってるなど無いだろうな」

それに対する返答は誰も持たない。フールーダのみが僅かに眉をかすだけだ。

「ふふ。ほんとうに面白いではないか。で、ナザリックという場所の確認はしているのだな」

「はっ」1人の従者が一歩前に踏み出す。「既に調べております」

「どのようなところだ」

「はい。ナザリック大地下墳墓なる場所だとかで、300メートル四方の敷地を草原の中央に占有しています。そして周囲は4メートルの壁。かなり度が高いと思われます。格子戸から覗いた雰囲気は墓地。現在いつ頃からあるものなのかに付いて調べている最中ですが、中央報省からの報はまだ上がってません」

「……」

ジルクニフが続けるようにいわんばかりに顎をしゃくると、他の従者が一歩前に出た。

「騎士數名からなる調査隊を送り込むように準備を行っている最中です」

「――よせ。敵意をもたれるような行為を行うな」

「申し訳ありません」

「じい。相手に気づかれずに魔法で報を得れるか? 相手が上位者だと仮定して」

「無理でしょうな」

「そうか……」

はっきりと言い切るフールーダに気圧され、しばしの靜寂が流れてからジルクニフは口を開く。

「……確か冒険者という存在がいるな」

「はい。帝都にもいるかとも思われますが……」

従者が困したように返答をする。

「最高の冒険達にナザリック大地下墳墓なる場所を調べさせろ。無論、帝國が依頼したと気づかれるな。知らない報ならアインズ・ウール・ゴウンなる魔法使いも簡単には引き出せないだろうからな」

「了解しました」

「それにあわせて中央報省のを蹴り上げろ。じい、無理を承知でできる限り魔法という面から協力してもらうぞ」

「何人か死にますぞ」

「それで?」

不思議そうな表を浮かべる皇帝に、フールーダは頭を下げる。

「――承りました」

「さぁ、忙しくなるぞ」ジルクニフは手を1つ叩く。そしてにんまりと笑みを浮かべた。「これから王國を飲み干す以上の難題退治だ」

スレイン法國は6大神を信仰する。この宗教形式は近隣各國のものとはそこそこ異なる。

基本的に近隣各國が信仰する宗教は4大神信仰だ。

これは地、水、火、風をそれぞれ統べる神がこの世界を作り出し、統治しているという信仰である。そしてそれに従屬する小神がいるということとなっている。

それに対しスレイン法國はこの4大神に加えて、さらにその上位神として――生と、闇――死の神を信仰の対象としている。

最初にと闇があって、それから4大神が生まれたという形だ。そのため、生と死の神を信仰せずにそれより劣る神を最上位神として信仰する、4大神信仰とは非常に教義的に仲が悪い。

宗教的な違いというものはどの世界でも諍いを生むものではある。だが、周辺各國との法國の関係は水面下での抗爭を除けば悪いものではない。正面きっての爭いごとは數十年起こったためしが無いのだ。

この理由を端的に語るなら、一言で表せる。

基本的な國力の圧倒的な差があるためである。

法國の國力は周辺國家群の中では群を抜いて強い。そしてなによりある一種の考えである程度上層部が纏まっているということは、かなり強い意味合いを持つ。

では逆に周辺國家に攻め込まないかというなら、近隣各國と宗教的な違いがあるということによって逆に周囲を仮想敵國に囲まれているというのにも等しい狀況だからだ。これもまた法國を一枚板としている理由の1つでもある。

そして法國は人間以外の人種を基本認めてない。これは宗教的な考えからきている非常に深いものだ。そのため人間種以外の亜人によってなっている、近隣のエルフの王國や亜人の部族連合そしてドワーフ王國とは時折諍いを生じている。

それらの理由により法國では人間が主の國家とは基本敵対せずに――亜人討伐が終わった次の目標ではあるだろうが、直接ではなく水面下での工作を主として行っていた。

そんな法國。

それほど狹くは無いが、大きいともいえないような微妙な大きさの部屋があった。

の音は外にれないようなしっかりとした作りでありながらも、むっとした室の熱気をどこからか排出している。それは非常に高度な作りの部屋であり、使用することを許可された人間の位の高さを語っていた。

そこに複數の男達がいた。

白地に金の文様のった神を纏うものが3名。黒地に銀の文様のった神を纏うものが2名。真紅の神を纏い、腰に魔力を放する剣を下げた男が2人だ。その誰もが著る神は質素ではあるが、決して貧しい作りではない。いや、質素である分、より繊細に仕立てられているというべきか。

最初の白の神を纏っているものは生の神――アーラ・アラフを強く信仰する一派のものである。それに対し黒の神を纏うものは死の神――スルシャーナを。

そして最後の神を纏うものは法國の神殿上位衛兵――他國でいう近衛兵とか軍団長とかに屬する立場のものである。

その部屋の中央に置かれたテーブル。その上に置かれた一枚の巨大な羊皮紙のかかれた絵は、この法國に暮らす誰もが知っているものである。

死の神――スルシャーナ。

命あるものに永遠の安らぎ、そして久遠の絶を與える神。

生の神よりも他の4大神よりも力が強いと経典に書かれているのは、人は死という楔から抜けることができないからである。それは命がある以上、絶対に存在しなくてはならない神だ。

恐怖や死、病気といったものを支配するこの神は、本來であれば悪神という分類に屬するものだろう。事実従屬する小神はほぼ邪悪な権能を持つとされる。ただ、不思議なことに地上に下落し、邪悪を振りまく魔神となる存在はいない。どちらかというと魔神になるのはそれ以外の神に従屬する小神だ。

この國の人間がそんな悪神ともいえるこの神を信仰するのは、稱えることで邪悪な力を自らに振り下ろすのを避けてしい、と願うのだ。

そしてその神の像が今回の問題であり、この部屋に幾人もが集まった理由である。

「で、まさにこれだと言うわけか」

「はい……」

「しかしながらそれを見たというのは1人だけなのだろ?」

「數が問題なのではない。この方だというのが問題なのだ」

「まったくその通りだが……」

集まった神を著た者達は互いに様々な意見をし合う。同じ宗教を信仰するという共通があるために、話し合いはスムーズに進む。各員の利益を求めてではなく、全の利益を求めてという方向で統一されているのだ。

そしてなにより今回の打ち合わせ容は、個人の利益なんかを求めていて良い問題ではないと全員が認識しているからだ。

しばらくの時が過ぎ、やがて一端の決著が付いたのか。白熱した會議に冷靜さが戻ってくる。

「……慌てる必要は無かろう。我らを混させるために神の似姿を使ったという可能がある」

「可能は高いな。不快な奴らだ」

「ではひとまずは報を収集するということで構わないのだな」

「うむ、構わない」

全員の頭が縦にいた。

「それと城塞都市周辺に工作員をこれ以上送り込むのは――」

「愚策だな。これ以上下手な尾を殘すべきではない」

「ならすべてに撤退するように指令を送ろう」

「しかし……帝國側は既にこちらのきを把握済みだろう? ならばこのまま騒ぎを起こすのも悪くないのでは?」

「王國は一部だけだろうしな」

「いや、下手に荒らすと城塞都市周辺での報収集が上手くいかなくなる可能がある。帝國の諜報機関と我らの報局での抗爭が既に王都で頻発しているのだ、これ以上、報局に重みをかけるもの失禮だろう」

「占星局や神託局の巫殿たちに協力を要請するか?」

「悪くないが、そうなると我らだけの問題ではなくなる。一応上を通してということになるな」

「ふむ。ではまずは今回の工作に関する仮決定案を上に上げる必要があるな」

「では、それは私が――」

再び細部の詰め合わせにりだす。

テーブルの上にポツリと置かれたスルシャーナの絵。

死を現した姿は髑髏を基本として書かれる。それに僅かな皮をり付けた姿。漆黒のローブは闇と一化するほど大きく、り輝く杖を手にする。

それが法國の誰もが知る最も強き神の姿だった。

諸國がき出すまでに掛かる日數は、アインズが村を離れてから時から數えて50日。

時を巻き戻し、その間の話を語ろう――。

先日降った雨によって、ぐちゃぐちゃになった大通りをその男は歩いていた。

石畳がほとんど無いこの街においては、雨が降れば道路は泥で汚れ、ところどころに大きな水溜りを作ることとなる。

男は水溜りをよけ、大通りを黙々と歩く。水溜りを飛び越えたとき、背中に背負った薄汚れた皮袋が大きく跳ね、ガショリと金屬の音が響いた。

幾つもの店の前を通り過ぎ、男が立ち止まったのはかなり巨大な造りの店だった。

男は店の前の數段ある階段を昇り、木で出來た扉を押し開いた。

ギルドの付というものは暇なときがある。

得てしてそんな時は厄介ごとが起こるものだ。――ただ、そんなこと今までに一回も無いけど。

最後にそう呟き、ギルドの付嬢――イシュペン・ロンブルは欠をかみ殺しながら、カウンターに座ったままぼんやりと視線を中空に舞わせた。

暇である。

依頼も新しいのは來ない。冒険者も來ない。依頼書のまとめは2時間も前に終わった。席を離れることは仕事の放棄と同じ、出來るわけがない。トイレだって30分前に行ったばかりだ。

イシュペンはカウンターに置かれた羊皮紙を手持ち無沙汰をめるために、広げて中を読む。これを読むのは既に6度目。ほとんど覚えてしまっている。イシュペンのいる席の後ろに並んだ、書棚に収められた本――冒険者の記録でも読んで時間を潰そうか、それとも別の何かをしようかと々と頭を働かせてみる。

やがて何も決まらずに暇が最頂點に達しようとしたとき、扉がきしみ、ゆっくりと開いた。外と中の量の差も有り、イシュペンは目を細める。逆行の中、1人の男がギルドの中に踏み込んで來た。

男は被っていたフードをゆっくりと上げた。そして背中に背負った薄汚れた皮袋を下ろした。何がそんなに一杯ってるか不明だが、皮袋はパンパンに膨らんでいた。

降ろした際、金屬音がイシュペンまで屆いた。

20點。

そう、心の中で呟く。人になるには60點ばかり足りない。ちなみに100點満點だ。

そこにいたのは平凡以下としかいえない男だ。

中背。容貌は3枚目半から4枚目だろうか。黒髪黒目。年齢は20臺にりかかったところぐらいだろうか。

服はさほど良いつくりではない。村人とかが著るような野暮ったい綿の服だ。決して冒険者が著るような切り合いを想定して作られたものとは違う。皮でできた靴は泥で汚れ、昨日降った雨のことを思い出させる。

依頼か。はたまたは冒険者志願か。

ただ、黙って観察をするイシュペンはわずかに眼を見開いた。

男の元から僅かに覗く、銀の輝き。そして男がじろぎするたびに微かに起こる鎖のすり合わせるような音。それはチェイン系の防を著ている証拠だ。

そして腰に下げた剣――ブロードソードはかなり良い一品だ。もしかすると魔法すらかかっている一品かもしれない。

そうなると商売という線もある。

「ようこそ、冒険者ギルドへ」

男と視線が會うとイシュペンは営業スマイルを浮かべ、いつもどおりの挨拶を行う。

イシュペンを認識したのだろう。男は近寄ってき、イシュペンの前に立つ。

よくある田舎の臭い――臭や料の臭いはしない。意外に清潔じゃん。+5點。そんなことを考えながらイシュペンは男を眺める。全的につきはよくは無い。剣を振るうもの特有の作りには思えない。

「冒険者になりに來たんだが」

「はい。こちらで承ってます」

微笑む、イシュペン。

珍しいことではない。平民が戦場で拾った剣や防で武裝して、冒険者を目指すというのは良くあることなのだ。平凡な村の暮らしからすれば剣を振るってモンスターを倒し、金と栄を手にする冒険者は憧れの職業だろう。そして大半が最初の冒険で人生に終止符を打つこととなるのだが。

「まずギルドに加するのに必要書類料として5銀貨をいただきますがよろしいですか」

「問題ないです」

男は懐を漁り、小さな皮袋を取り出す。その中に手をれると5枚の銀貨をカウンターにおいた。イシュペンはその1枚を取り、両面を見る。磨り減ってはいるが、ちゃんと貨の印は浮き出ている。これなら問題は無い。

「はい、確認しました。ではまず々と書いていただきたいものがあるのですが……代筆にしますか? それともご自分でお書きになりますか? 代筆の場合は銅貨5枚をいただきます」

「代筆でお願いします」

再びカウンターに銀貨を1枚置く男。これも珍しいことではない。識字率50%以下の王國にあっては文字を書けるのはある程度の階級や知識人だ。イシュペンは銅貨5枚を男に返すと、インクつぼから羽ペンを取り出し、羊皮紙を広げる。

「ではまずは最初に登録する名前を教えていただけますか?」

「そうですね……」

そこで男は止まり、中空を見上げながらぶつぶつと呟く。

異様な景だが、イシュペンは別になんとも思わない。冒険者になる際に自分のもともとの名前を隠す人間はそれほど珍しいことではない。どんな名前に変えようが、冒険者としてしっかり働いてくれるなら別に問題は無いのだ。

もちろん、これから犯罪暦等、手配書が回って無いか調べるのだが。しかし獨り言は止めてしいものだ。々怖い。

やはて男は満足のいく名前が浮かんだのか、口を開いた。

「では、モモンでお願いします」

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