《オーバーロード:前編》初依頼-5
ようやく帰り著いた街は徐々に夜の顔を見せ始めていた。
大通りには魔法の明かりが白を周囲に投げかけ、通りを歩く者の雰囲気もだんだんと変わりつつある。若いや子供といった存在は姿を消し、歩いているのは仕事帰りの男が多い。左右に立ち並ぶ店からは気な聲が明かりと一緒にれてきていた。
そんな中、4頭立ての豪華な馬車が一臺、モモンたちの橫手を走り去っていった。こんな時間なのに門の方へ向かう馬車を幾人かが訝しげに見送るが、すぐに忘れて思い思いの方向へと足を進める。
馬車が通り過ぎたのを合図にしたように、モモンたち一行は立ち止まった。
後ろを歩いていた幾人かが迷そうな顔をするが、冒険者である彼らに面と向かって文句を言うほど勇敢な人間はいなかったようだ。
「お疲れ様でした」
「お疲れ様でした」
ペテルにあわせてモモンも頭を下げる。
「とりあえず今回はここまでで結構です。お疲れでしょうから、ここで解散としましょう。後のギルドでの処理はこちらの方で済ませておきますよ」
「そうですか? それはありがとうございます」
「それで報酬なんですが……」
モモンの手に一枚の金貨が乗せられた。それをモモンは訝しげに見つめる。約束の金額とはまるで違う。
「多くありません?」
「モモンさんが倒されたゴブリンの討伐報酬が1で銀貨1枚。それにポーターの報酬が銀貨6枚。それと初めての冒険をくりぬけられた方へのご祝儀も含んでいます」
モモンは僅かに迷い、それから金貨を自らの財布にしまいこむ。
「……分かりました。そういうことならもらいます」
それと引き換えに、殆ど空となり軽くなった背負子をペテルに渡した。チラリとニニャを軽く見――
「では、私はここで」
――頭を垂れ、歩き出すモモン。
その背が人影に重なりながらゆっくりと離れていくのを只黙って見送る旋風の斧一同。やがて姿がほとんど人に隠れて見えなくなってきた頃、最初に口を開いたのはペテルだ。
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「いや、それにしても意外にやるな」
「全くだ。今回が始めて冒険に出た村人には思えん」
それに答え、ダインが重々しく頷く。それは単純に優秀な駆け出し冒険者に対する賛辭の表れだ。
ニニャが僅かに顔をゆがめたことにルクルットは悟るが、それを口には出さない。だが、別の意味合いのことを口に出した。
「だれか彼に渡したいものを忘れてはいないか?」
不思議そうなに眉を顰めるペテルとダイン。その意図が読めたニニャは頭を橫に振った。
「誰も忘れてないよ。それに止めた方が良いと思うけど」
「やっぱり? なんていうかあいつの後姿ってあんまりにも隙が無いんだよな」
ようやく2人の會話の中が理解できたペテルとダインは渋い顔を浮かべた。冒険者であればれられたくない過去を持っている者もいる。巣を突いて毒蜂を呼び出すことも無い。
「やめておけ。それにそういう訓練をけてるんじゃないのか?」
「ペテルー。しは々と考えようぜ。々と聞かれただろう? 何かの訓練をけてるのに、當たり前のことを知らないなんてあると思うか?」
「隙……レンジャーやシーフのような捜査系のすさまじい才能を持った村人というのはどうだ?」
「あー、可能はあるだろうけど……」
顔をぽりぽりとかきながら、納得のできない聲を上げるルクルット。同じレンジャーとして何か思うところがあるのだろう。
「ペテルもそう思ったから、報酬を多めに払ったのだろう?」
「まぁ、優秀そうですし、できればよい関係を築きたいですからね」
「だったらやっぱりよ。しは調べておくか? 々とコネを使えばしは分かるだろうよ」
「――止めておいた方がいいよ」
ばっさりとルクルットの提案を一刀両斷するニニャ。その姿に違和をじた一行は疑問を口にしようとするが、何も言わずにの奧に飲み込む。
ニニャの知識が一行を救ったことは多くある。
そんなときに浮かべる表が今、ニニャの上に現れていることに皆、理解できたからだ。
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「そうだね――本當に止めておいた方がいいよ」
ニニャの本當に小さな呟きが、一行のの奧に重たい何かをじさせた。そして僅かに震えるニニャのを前に、一行の背筋に冷たい空気が流れ込んできた。
■
モモンが進んだ先は宿屋ではない。路地を一本り、その先でまた細い路地にり込む。だんだんと周囲の雰囲気は暗く、靜かになっていく。
そこは貧民街。
廃棄されたような背の低い空き家が左右に立ち並ぶ。雑に立てられた襤褸屋が道幅を狹くし、それと同時にどこを歩いているのか迷わせるほど込みっている。道はでこぼこなものであり、腐ったような水溜りが時折できている。
襤褸屋も家と呼べるような、ちゃんとした作りのものではない。木で大雑把に作った骨組みのみだ。恐らくはこれに布を巻きつけて家とするのだろう。今では布が無く、骨組みしか殘っていないのだが。
長い間掃除されて無い犬小屋のような匂いが空気中を漂っている中を、モモンは進む。
明かりなんていう立派なものは無い。ただ、遠くの方で幾人かが路上に焚き火を焚いていたりするのが、目にる程度だ。ほとんど真っ暗な狹い道をモモンは迷うことも、足をとられることも無く歩く。
草原では星明りがあったのだが、この地では時折立っている背の高い建に隠れて、大地まで屆かない。
かなり後ろ、大通りからは華やかな聲がここまで聞こえる。それはどれだけこの周囲が靜かなのか。
モモンは無言で歩く。
やがて何度目かの路地を曲がった際、僅かにモモンの歩運びがれ、歩調がゆっくりとしたものへとなる。
それは曲がろうとした路地からが投げかけられていたからだ。赤い揺らめくような。それは魔法的なものではなく、一般的な松明や焚き火によるものだ。
路地を曲がって、モモンはひょいっと顔を覗かせる。
今までと同じ、狹く薄汚い路地だ。背の低い建が左右に並び、すえたような臭いが僅かに空中を漂う。路地の中ほど、片隅でぽつんと焚かれた、火が周囲の路地に明暗を浮かばせていた。
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パチッと炎の中で木がはぜ、火のが舞い上がった。
周囲に人の姿は見えない。
「そう」
ワザとらしく周囲を伺い、モモンは冷たく笑う。
人の姿は見えない。そうだ、視界にはってこない。だが、気配はある。そしてモモンの魔法にも反応がある。
1、2、全部で4……。
まるで待ち伏せのようだ。いや待ち伏せなのだろう。では、待ち伏せているのは誰の手のものか。
モモンの脳裏を先ほど分かれた冒険者達が浮かぶが、正を気取られるような行為は取ってないはずである。
報がなすぎる。早急な判斷は不味い。つまるところ1人の命は助ける必要がある。
僅かに眉を顰め、思案したのは一瞬。モモンはすぐにそのまま歩を進める。その歩運びにはれは無く、自然なものだ。
路地を歩き、焚き火に近づいていく。
やがて、かなり近づいた際に闇にを伏せるようにしていた気配がき、頭上から投網が大きく広がりながら、モモンめがけ降ってきた。
絡みつかれればきをとる事は當然できなくなる。同時に通りの影から棒のようなものを持った男が焚き火の明かりに照らしだされるように出てくる。それも3人ほど。
つまり投網でけなくして毆打、しかる後に持ちを奪うというところか。
モモンは納得し、微笑む。
一番警戒していたのは理解できない狀況へとくことだ。だが、これは非常に分かりやすい狀況だ。一応、最低でも1人は捕まえて詳しい話を聞かなくてはならないだろうが。それでも対処は簡単だ。
投網は十分に広がりながらモモンのを覆う。
しかしながら、まるでモモンのをるかのように、投網は捕らえることなく地面に落ちた――。
「殘念」
ガントレットの上から、モモンははめている指を押さえる。
リング・オブ・フリーダム。束縛や麻痺といった行を阻害する一切に対して無効化能力を與えてくれる指である。モモンが捕らわれることを最も警戒したアインズが、彼に與えたものだ。それに守られたモモンに投網の効果はない。
投網が目標に絡みつかなかったことを驚く、3人の男達。當たり前だ。彼らの小さな常識では考えることすらできない狀況が眼前で起こったのだから。
そのためこのような事態は想定外だった彼らは直し、次の行に移ることができない。
それはあまりにも遅すぎる。いや、モモンを襲うという段階で全てが手遅れだったともいえるが。
《マス・ターゲティング/集団標的》
《マキシマイズマジック・マジック・アロー/最強化・魔法の矢》
立て続けの魔法発にあわせ、モモンの手から放たれた6本の弾が中空を舞う。
2本が投網の落ちてきた背の低い家の屋へ、そして殘りの4本が2本づつに分かれて2人の人影に突き立つ。頭上で袋を激しく叩く重々しい音と、騒がしく転倒音が聞こえた。そしてし遅れ潰れる音が響く。
通りの奧でも2人の人影が、枯れ木を數本以上同時にへし折ったような乾いた音を立てた腹部を押さえながら、ゆっくりと崩れ落ちた。
たった數瞬で最後の1人になったしまった人影は戸い、それから背中をモモンに見せながら走り出そうとする。ようやく狀況を理解したというところか。
「はぁ」
モモンは哀れな男にため息をらす。
逃げられるわけないのに、面倒なことをするなぁ。そういう系統の、無駄な労力に対するため息だ。
《――エクステンドマジック・チャームパーソン/時間延長化・人間魅了》
モモンは男に向かって強化された魔法を発させる。それから聲を投げかけた。
「待って、友達」
必死に逃げ出していた男の足が、ピタリと止まった。そして恐る恐るモモンへと振り返る。
「待ってよ、友達」
モモンは再び同じ問いかけを繰り返すと、のんびりと男の方に歩き出す。振り返り、モモンを確認した男の顔にはまるで地獄で親しい友人に會ったかのような、安堵のがあった。
「なんだ、おまえだったのか――」
「そうだよ」
眼に見えて男の肩から力が抜けていく。それを薄く笑いながらモモンはのんびり歩く。その嘲りとも侮蔑とも知れないものを多分に含んだ笑顔を前にしても男に反応の変化はない。
本當に心の底から親しい人間を前にしたゆとりを持って、男は立っている。
モモンはのんびりと男に向かって歩き出す。
モモンと魅了された男の間に、2人の男が口からはやけに綺麗な鮮を吐き出して倒れている。僅かな異臭のする貧しい服を著ている。こぼした食事のシミのようにその服に鮮が所々付いている。口から吐き出したものが付著したのだろう。
傍らには無骨な木の棒が転がっている。
2人ともすさまじい激痛に襲われたと一目瞭然な、信じられないような苦悶の表を浮かべたまま、ピクリともく気配はじられない。
幻系の魔法に《フォックス・スリープ/擬死》という魔法もあるが、それを使用した形跡もない。《ディテクト・ライフ/生命知》にも反応は無い。ならばこの2人は確実に死んでいる。それは即ち屋にいた生命も反応が無いのだから、この2人と同じように死んだということだ。
近づくと男がモモンに不満を述べた。
「ひどいぜ、こいつらが死んじまったじゃないか」
「あなた達が私を襲ってきたんだよ?」
「まぁ、そうなんだけどよ、殺すことも……」
天を仰いで、ぶつぶつ呟く男。納得はしかねるが、仕方が無い――不満がある程度というところか。
魔法によって魅了された男にとっての最高の友人は現在モモンだ。ならばそのモモンの言葉はある程度は納得するしかない。勿論、これは低位の魅了の魔法によるものだから、男の本來の考えを大きく歪めることはできない。つまり人殺しが大罪だと思ってる者なら友人となったモモンを自首するように説得するだろう。
つまるところ、この男の反応は友人が人殺しをした際の考えを表したものだ。ある程度は罪悪を覚えるが、それほど強いものではないという。
モモンは周囲を見渡す。何時までもこんなところにいることはできない。それに死も処分しなければならない。貧民街までは夜警も見回りには來ないだろうが、それでも死を放置するのは厄介ごとを引き起こす可能がある。
それに通常より倍の時間、魅了の効果は続くが永続的効果というわけではない。効果時間に一応の背後関係も洗っておく必要がある。
「ここは危ないから、私についてきて。……友達」
「ああ、わかった」
打てば響くような反応を示す男と連れ立って、モモンは歩く。橫にいた男が絶え間なく話しかけてくるが、それを話半分に流す。どれだけ冷たい返事をしても気にすることの無い男の様は、完全に魅了の効果によるものだ。
1分もかからずに目的地の襤褸屋が見えてきた。
かなり大きい家だ。
だが、打ち捨てられてから結構な時間が経っているのだろう。
漆喰で塗られただろう壁は経年劣化によってボロボロと剝がれ落ちている。風雨に耐えかねたのか、鎧戸は半分腐り落ちかかっていた。屋はより悪い。屋を作っていた木材は腐り落ち、家の部に崩れこんでいた。
無論、屋に明かりは無い。いや、僅かな月明かりがり込んでいるため、狹かった通りよりは明るいともいえる。
そんな家の中にモモンは橫手に空いたからり込んだ。
廃墟と化した家屋の中で元気にびつつあった雑草を前に、モモンはしの時間だけ考え込む。踏みしめることで足跡を殘すことを考えてだ。しかし、直ぐ後ろの男を思い出したモモンは、堂々と足跡を殘しながら家屋の中にっていく。
腐りきった木材がモモンの重をそのにけ、耐えることを諦めてもろくも崩れる。天井が抜けていることによって僅かな星明りがってきている。スポットライトに照らされる俳優のようにモモンはその明かりの下に立つ。周囲にわだかまる闇を見據えながら。
モモンの後ろから男が家の中におっかなびっくりってきた。
「おいおい、大丈夫なのかよ」
「大丈夫よ、友達。ここなら安全」
「そうか? まぁ、お前が言うならそうなんだろうけどよ」
「さて、さて」
モモンは後ろを振り返り、先ほどから持続している魔法による生命反応を知する。
いる。
男を除いて周囲に3つ。全てこの家屋の中だ。モモンの鋭敏な覚も同じだけの気配を知している。
「えっと、ここから1分ぐらい行った所に3人の人間の死がある。持ってきて」
ザワリと周囲の闇がき、モモンの指差した方角にき出す。比喩的な表現ではない。二次元的な影が、本當にいたのだ。
「ひっ!」
男から掠れた悲鳴がれる。小を思わせるきで周囲の闇を見渡し始める。無論、もういないのだからどれだけ目を皿にしても見つかるわけが無い。
「さてと。時間はあるし聞かせてもらおうかな」
「な、何をだ?」
「簡単。何で私を襲ったの? 誰かに頼まれた?」
誰かに頼まれたのだとすると非常に厄介なことになる。しかしながら、男の返答にモモンは安堵の息をらした。
「いや、単に金目當てだ。もちろん、あんただと知っていたなら、あんなことをしなかったぜ、ほんとうだよ。俺は友達には優しい男なんだ」
「ふーん」
なら聞くことは聞いた。
モモンは微笑むと、雑草に跡が殘らないような軽やかなきで、男と互いの呼吸がれ合うほどの近さまで寄った。そしてガントレットを外すと、指をばした。男の板に指を突きつけ、魔法を発させる。
《ドラウンド/溺死》
男が目を大きく開き、口元を押さえる。口元から僅かに水がこぼれた。
《ドラウンド/溺死》は肺を水で満たし、死へのカウントダウンを行う魔法である。水中呼吸を行える存在には無意味だし、死亡するまでに呼吸ゲージの長さだけ時間がかかるためにユグドラシルではさほど怖がられない魔法だが、それは対策があるからである。
攻撃をけたことによって魅了の魔法が解けた男はまさに魔法が解けたことに対する驚愕、そして自らが呼吸できないことに対する恐怖によってを掻き毟りだす。必死に水を吐き出そうとする男。それに優しいとも言って良い響きでモモンが話しかける。
「無理。水は吐き出せないし、吐けたとしてもすぐに肺にたまるから」
その言葉が分かった男は背を見せ、モモンから逃げようと走り出そうとする。無論、そんな行為を許すはずが無い。モモンの足が男の足を払った。ドスンと音を立てて男のが廃屋の床に転がった。
そのままモモンは男のの下につま先をれると、無造作にひっくり返す。そして無様に転がった男の腹部に足を下ろし、力を込める。
何をされているのか、直的に理解した男はモモンの足を跳ね除けようとするが、これっぽちもかない。をくねらせてもまるでびくともしない。
圧倒的な筋力の差を認識したのだろう。泣きそうな顔で男が元で手を組み合わせる。
恐怖、哀願、苦痛。
ころころと変わる男の表。それをただ黙って見つめるモモンの足を、男が必死の顔で摑む。呼吸できない真っ赤な顔で必死に力を込め、しでもかそうとする。恐らくは男が生きてきたどの瞬間よりも強い力だろう。だが、そんな火事場の力だろうと決して覆せない力の差はある。
ばたばたと暴れる男の、紅した顔を殆ど無表にモモンは見下ろす。
僅かにモモンの口元はつりあがっていた。
やがて口から水を吐き出しながら、男の眼球がぐるっとひっくり返る。が糸が切れたようにぐにゃりと崩れた。もはやピクリとも反応はしない。
「ふん」
鼻でかすかに笑うと、興味も無くなった玩をうち捨てる眼差しを男の死に投げかけ、腹部に置いていた足を上げる。
それからモモンは戻ってきた気配に向き直った。
「さてと、ご苦労様」
片手で軽々と持った荷を放るような気軽さで、どさりと3つの死が転がった。その死を放った存在は闇に溶け込み、姿を確認することはできない。モモンの先ほどから続いている生命知の魔法には反応があるのだが、
「さて、姿を見せてくれるかな、シャドウデーモン達」
闇の中の厚みの無い影がゆっくりと膨らんだ。まさに二次元から三次元だ。
痩せこけた人型、背中にはこうもりのような羽。途中から鋭利な爪と化している指。
そのすべてが闇をくりぬいた様に漆黒の一。唯一、目のみが病的な黃の輝きを持つ。まさにシャドウデーモンの名に相応しい悪魔である。
『そちらの本當の姿を見せてしい』
「?」
『我らが偉大な主より貴方に仕えろと命をけてはいるが、確認がしたい』
「はぁ。まぁ、そういうことなら……その前にあなた方の主人の名を告げてよ」
『我らが偉大なる主の名はアインズ・ウール・ゴウン。至高のお方よ』
「了解」
モモンの姿が歪む。
それはナザリック大地下墳墓での姿と何も変わらない。ただ、服裝は変わらないために、の部分がぱっつんぱっつんである。
「これでいいのかな?」
『……それでは完全な確認が取れない。重ねて言う。本當の姿を見せてしい』
「……しょうがないか」
頭をかきながら一瞬逡巡したモモンは能面の冷たさで頷く。そしてどろりと顔の郭が歪んだ。
そのあとの姿を一言で形容するなら、化けだ。
ピンクの卵を髣髴とさせる頭部はつるりと輝いており、産の一本も生えていない。
顔に當たるところは鼻等の隆起を完全にり下ろした、のっぺりとしたものだ。目に當たるところと、口に該當するところにぽっかりとしたが開いている。眼球もも歯も舌も何も無い。子供がペンで塗りつぶしたような黒々としたのみだ。つきもひょろりとしたものに変わり、の膨らみは針でも刺して空気を抜いたかのように萎んでいた。
麻でできた手袋が地面に落ち、先ほどまでは綺麗に整えられた5本の指があった場所は、現在では4本の異様に長い指が奪っていた。第四間接まである指が尺取蟲のように蠢く。そのうちの一本に銀の指がはまっていた。
ドッペルゲンガー。
それがモモン――ナーベラル・ガンマの正である。
ドッペルゲンガーは種族クラスの上昇に応じ、1個ずつ外裝を得ることが出來るのだが、ナーベラルはドッペルゲンガーの種族レベルを1で止め、魔法職に57レベルつぎ込むという長のさせ方をしている。そのため変できる外裝はメイドの1種類しかないが、幻影魔法を使うことによって多彩な変化が可能なのだ。それが彼が冒険者として街に潛するように命令された所以だ。
ナザリック大地下墳墓のNPCで人間種や亜人種はたったの2人しかいない。
メイドたちはホムンクルスという異形種であり、ナーベラル達、戦闘能力を與えられたメイドたちもそうだ。ビートル系の擬態種、捕食型スライム、ライカンスロープ、デュラハン、自人形<オートマトン>となっている。
空気が窟を抜けるような音。
それに混じってとも男ともいえない奇妙な音程の言葉が聞こえる。
「確認した?」
『アインズ様の命令にあるナーベラル・ガンマと確認した。これより我々は貴の配下にる』
ナーベラルは何も言わずに姿を歪める。おぞましいドッペルゲンガーの姿が消え、そこに立つのはしいだ。先ほどの姿が噓のような貌が戻ってくる。地面に落ちた手袋を拾い、再びはめる。
「姿を見せて、シャドウデーモン」
先ほどと変わらないある意味平坦な口調だが、そこには先ほどには無かった雷雲ごとき覆いがあった。それに気づいてか気づかずか、影から他の2が姿を現し3揃ってナーベラルの前に膝づく。ナーベラルはその1、最初っから姿を見せていたシャドウデーモンに近づいた。
「ねぇ、なんで私がお前達ごときに本當の姿を見せなくてはならないの?」
足が上げられ、シャドウデーモンの腹を強く蹴り上げる。旋風の斧のメンバーであれば、下手すれば臓破裂につながる驚異的な腳力によるものだ。
みしみしというきしむ音、シャドウデーモンは九の字に大きくを歪ませた。押さえ込みきれなかった苦痛のうめき聲が低くもれ出る。
「至高の方々によって生み出された者の頼みや確認だったら、理解できる。でもお前達ごとき単なるシモベに何で私が本當の姿を見せなくちゃいけないわけ? このの姿は至高の方が私のために作ってくれた特別なものよ」
能面の表を維持しながら、何度も勢いを込めて踏みつける。
別に手を抜いているわけではない。ナーベラルは魔法職。流石にレベル30に近いシャドウデーモンを単純な能力だけで殺すのは時間が掛かるものである。それを理解しているのか、それとも理解していないのか。
繰り返し、蹴り続ける。
他のシャドウデーモンにそれを止めようとする気配は無い。
どす黒いが飛散し、シャドウデーモンのが痙攣し始める。そこでようやくナーベラルは蹴るのを止めた。
「――ふぅ。アインズ様に言われての言葉だと思うし、アインズ様からの援軍だから殺さないでおく」
かすかに額に滲んだ汗を軽く拭う。
「さて、死は片の欠片も殘さないように処分して。ゾンビとかスケルトンにして支配するにも置き場所が――」
折檻をけていない別の一に命令を下そうとし、ナーベラルは壁の一點――それを通り越したところにある場所を思い浮かべ、口を閉ざす。
――思案。
手ごまはあったほうが良いが、デメリットも當然ある。それに自らの主人が部下になるようシモベを送ってきたのに、思考力の皆無な手ごまをさらに個人的に増やそうとする行為は不快を起こしかねない行だろう。まるで手ごまが足りないと言わんばかりの行だからだ。
アインズの眉を潛めさせるような行はナーベラルにとっても喜ばしいものではない。
「――無いから、とっとと処分しなさい」
『了解いたしました』
折檻したのとは別のシャドウデーモンが深々と頭を下げる。
「それと後日、冒険者パーティーの幾つかを教えるからその行を監視して。強い冒険者達を観察した方が有益な報は手にるだろうから」
『はっ』
大した力の無い冒険者とともに行してももはや得るものはないだろう。ある程度の常識は既に手したと判斷しての行為だ。
「監視がばれたら適當に逃げなさい。何人か殺してもいいけど、冒険者を全滅させたりとかの報源を潰すような行為は厳。とりあえずはこんなもの。行を開始しなさい」
頭を垂れるシャドウデーモンから視線を外し、ナーベラルは頭上を見上げる。僅かに殘る桟のさらに上に、星の輝きが映っていた。
《――フライ/飛行》
ナーベラルのが中空に舞い上がった。重力から完全に切り離された、風船が浮かび上がるような軽やかさで。
《インヴィジビリティ/明化》
続けて発した魔法がナーベラルのを包み込み、不可視化の帳で覆い隠す。
壊れた天井を抜け、明化したナーベラルは上空に上がっていく。一応、家から外に出る際、うかがっている存在がいないかは確認済みだ。
300メートルも上昇しただろうか。
頭上には星々が輝き、大通りに面した場所には複數の源が連なっているためにの帯にも見える。
「はぁー」
誰もいない場所で、新鮮な空気を肺に取り込むようにナーベラルは大きく呼吸を繰り返す。
ナーベラルに與えられた仕事は、彼の予想以上に大変な仕事だった。
殺すとか、破壊せよといった仕事なら楽しいのだが、下等な存在にペコペコしたり笑顔を作ったりというのは彼の格からすれば非常に疲れるものだ。しかしその反面、上手く仕事をこなせばアインズに喜んでもらえるというのが理解できるからまだ頑張れる。
「あー。もう、ぱっーと殺したいなー」
肩がこった人がするように、ぐるっと頭を回し、ナーベラルは頭に浮かんだストレス解消方法を封印する。いずれ楽しめるときが來るだろう。それまでは我慢だ。
「はぁ」
最後に1つため息をつくと、飛行の効果を一時的に抑制し、落下を始める。
轟々と耳元を空気が流れていく。サイドテールと服が風によってばたばたとのたうった。
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「頑張ろっと――」
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