《オーバーロード:前編》真祖-1
近くの森から出てきた10人の男達が1臺の馬車の周りを半円形に包囲する。それぞれバラバラの裝備をした男達だ。どれも作りが良いわけではないが、劣悪なものではないという、一応は武にも注意を払っているんだろうというのが分かる程度の品質だ。
それらの武が月明かりの下、ギラリとした輝きを放っていた。
著ている鎧はチェインシャツ程度の軽裝鎧がほとんどだ。
彼らは口々に獲にどうするか、とか順番がどうのといった會話をしている。その姿は、完全に油斷しきったものだった。実際何度も繰り返している行為だ。今回に限り張しているというのほうがおかしい。
ザックは者臺より飛び降りると小走りで、現れた男達の下に向かう。
無論、逃げられないように者臺から降りる際に、馬の手綱は既に切られている。そして片側のドアは開かないように小細工は済んでいる。男達側のドアしか開かないように。
中にいるであろう獲たちに見えるよう、男達は手に持った武をチラつかせ、無言の警告を発する。それは早く出てこないと大変なことになるぞ、という旨だろう。
そんな中、ゆっくりと馬車の扉が開く。
月の下、1人のが姿を見せた。集まった傭兵いや野盜達から下卑た笑い聲とに塗れた眼差しがそのに集中する。男達の顔には今から起こるイベントに対する嬉々としたが満ち満ちていた。
その中において驚愕した人間が1人。
ザックだ。
彼を驚きを一言で表すなら、だれ? である。知らない人。だが、知っている馬車。その食い違いがザックを完全に混の海に投げ込み、言葉を出させなかった。
そしてその後に再び同じような格好をしたが姿をみせたことで幾人かが怪訝そうな表を浮かべる。彼らは皆こう聞かされていたのだ。世界を知らないお嬢様と執事の爺の2人連れだと。
そして更に1人のとも言って良い年齢のが姿を見せたとき、彼らの疑問は空の彼方へと吹き飛んだ。
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銀の細い糸のような髪が月のを反し煌く。真紅の瞳が濡れたようなを放っている。
嘆の言葉すらでないような姫の登場をけて、賛者のため息がそこにいた野盜達、皆からもれた。シャルティアは靡な笑みを浮かべ、そのまま男達の前まで歩く。
「皆さん、わたしのために集まってくださってありがとうございんす。ところでこなたの中で一番偉い方はどなたでありんしょう。渉したいのでありんすがぬし?」
野盜の視線が1人に集まるのを確認し、必要な報は得たとシャルティアは判斷する。つまるところそれ以外の人間は不要ということだ。
「な、なんでぇ。渉って言うのは」
シャルティア――絶世のとの遭遇からようやく立ち直ったのか、リーダー格と思われる人が一歩前に出る。
「ああ、おゆるしなんし。渉といわすのは必要な報を手にれるためのお茶目な冗談。まことにおゆるしなんしね」
「あんたらは一……」
呟いたザックにシャルティアが向き直る。
「あなたがザックといわす人ぇ。あなたは約束どおりソリュシャンに渡すつもりよ、うし離れていてもらえんすか?」
幾人かが理解を求めるように互いの顔を見合わせるが、そのうち――
「へん。ガキにしちゃ良いもん持ってんじゃねぇか」
たまたまシャルティアの前にいた野盜の1人が、シャルティアの年齢の割には大きく盛り上がったに手をばす。そして――コロンと落ちた。
「汚い手でりんせんでくんなまし」
男は自らの無くなった手を呆けたような表で眺め、遅れて絶を上げた。
「ぁぁああ! て、手が、手がぁあああ!!」
「手がなくなりんしたぐらいでそんな大きな聲で喚かないでくんなまし。男何だぇら」
シャルティアは呟くと無造作に手を振るった。それにあわせ、どさりと頭がいとも簡単に地面に落ちた。
刃を持ってすらいない細く綺麗な手でどうやってそれを行ったのか。野盜の誰もが呆気に取られ、神的衝撃に朦朧とする。だが、次の景に引き起こされた恐怖が、意識を取り戻させた。
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切り落とされた首から吹き上がるは、まるで意志を持っているようにシャルティアの頭上に集まり、球を形作る。
人ならざる技。知識としてさほど知らない人間は最初にこう考える。
「スペルキャスターだ!」
魔法使い。
それは広義の意味で魔法を使う存在。
神の奇跡を行う聖職者や神も、異界法則を行う魔師や使い、大自然の神を行使する森祭司等々全てをひっくるめた言葉だ。
しかしながら各職によって行使される魔法の種類は當然違う。そして向き不向きも。
知識ある人間であればより細かな警告が発せられるだろう。それが無かったということは、つまるところ魔法に関する知識は皆無に等しいと判斷しても良い。
それを理解したシャルティアは、周囲で慌てて一斉に剣を構える野盜たちにつまらなそうに視線をくれる。
「おもしろうありんせん。あとはあなたたちが片付けなんし。それと彼とザックだけは……分かっていんすね?」
「はい、シャルティア様」
左右後方に控えていたヴァンパイアが前に出ると、シャルティアに剣を振り下ろそうとした野盜の1人を毆り飛ばす。中の詰まった風船が弾けるように容とを撒き散らしながら、その野盜は大きく中空を舞った。
それは野盜には恐怖と苦痛を、シャルティアには喜悅を與える戦闘の始まりの鐘だった。
引きつるような笑いを浮かべ、ザックはその景を眺めていた。
あまりにもひどい景だ。
殘忍な殺し方はの臭いで気持ちが悪くなるほど。
人間の手足が紙のように引きちぎられ、両手で摑まれた頭部が柘榴のように弾ける。
野盜の1人が両手で抱擁され、部が圧迫されたのだろう。口から中を吐き出しながら悶絶している。あれで死ねないのだから人間というのは頑丈なものだ。
地面に転がっているのは逃げようとして両足を砕かれた奴だ。白いもの――骨がと皮を突き破って僅かに見えている。今も両手で必死に地面を掻きながらしでも恐怖から離れようと、しでも生きようともがいている。
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足元に平伏し命乞いをする男を見下す、絶世のの音程が外れたような笑い聲が、妙に耳に障る。
何でこんなことに……。
ザックは必死に考える。こんな酷いことがあっていいのだろうか、と。
良いわけが無い。あんな酷い殺し方を認めるわけにはいかない。ではどうすれば良いか。たまたまザックには攻撃を仕掛けてこないが、逃げ出そうとすれば二度とそんなことができないよう何らかの手段を取るだろう。
ザックは懐に隠し持っている短剣を、服の上からる。
なんてちっぽけなんだろうか。こんなもので人の腕を簡単にもぎ取る存在と戦えるわけが無い。
自分が何をしたというのか。あんな化けに何かしようなんて考えてもいなかった。
ザックは自らのをしでも隠そうとするかのうように、両腕で自分のを抱きしめる。リズミカルに鳴る自分の歯が五月蝿い。この音を聞きつけてあの化けたちがこちらを向いたらどうする。必死に堪えようとするが、意志に反し、歯は鳴り続ける。
大なんだ、あいつらは。あんな奴らなんか知らない。
そう考えたとき――
「ザックさん。こちらに」
――突如、この殘酷な風景には合わないような涼しげな聲がザックの後ろから聞こえた。
恐怖に怯えながら振り返った先に立っていたのは、自らの雇い主だ。
普段高慢な聲で騒ぎ立てている雇い主とは思えない表を浮かべている。もし冷靜な頭なら警戒が先にたったかもしれない。だが、この異様な世界との臭いに混していたザックには違和は何一つとして思わなかった。
「なんなんだよ、あいつらは!」
ザックは音程が外れたような甲高い聲でソリュシャンに怒鳴りつける。
「あんな奴らがいるなら、いるっていえば良かっただろ!!」
じろりとザックの後姿を睨み付けるシャルティアに、我慢してもらうようソリュシャンは合図を送る。それをけ不承不承と頷くシャルティア。
「黙ってないで、なんとか言えよ。全部おまえのせいだろうがぁ!」
ザックは手をばしソリュシャンの元を摑むと、激しく前後に揺する。
「……了解しました。こちらへどうぞ」
「た、助けてくれるのか!」
「いえ。最後に楽しませてもらおうかと」
「は?」
「セバス様はこういうことはあまりお好きではないですから、許可はもらっていますがせめてこちらで」
何を言われたのか理解できない。だが、自分だけ別に連れて行かれるという自にほんの微かな生存の糸が見えたのか、ザックの困した顔に希のが浮かんだ。それを知ってか知らずか、ソリュシャンの笑顔に変化は無い。
「あまり激しくは辭めてくださいね」
馬車のまでザックを招いたソリュシャンはそう呟きながら、ドレスを緩めようと背中に手をばした。その景を見て呆気に取られたのはザックだ。何をこのはしてるんだと奇妙な生きを見るような目でソリュシャンを見続ける。
「な、何してんだ?」
「なんでしょうね」
ソリュシャンは中に著ていたビスチェもそのまま緩める。
その瞬間を待っていたかのように、窮屈そうに押し込められていた雙丘が転び出た。ツンと尖った円錐の形をおり、白いは月をに照らされき通るようだった。
その景にザックのが我知らずごくりと唾を飲み込む。
「どうぞ」
ザックにれとばかりにのを突き出す。
「何を……」
考えたのはザックに惚れたという線だ。考えられる中では一番ありそうな答え。
「立ってるとあれですか?」
ソリュシャンは形の良いを曬したまま、大地に橫になった。
しい。今までザックが見たどんなのよりもしい。
ザックが抱いてきた中で一番しかったのは、やはり襲ったたび馬車に乗っていた娘だ。ただ、ザックに順番が回ってきたときはぐったりとし、き1つせず蛙のようにを開くだけだったが。それでもしさは失われては無かった。
だが、今目の前にいるはそれ以上にしく、あのときのように反応が無いわけではない。
がザックのに火をつけた。間を中心に熱くなり、荒い息で覆いかぶさるようにザックも大地に橫になる。大地の冷たさが心地よいほど。
犬のような息をらしながら、ソリュシャンのに手をらす。
絹でできた布――そんなだ。
我慢しきれなくなったザックは、ソリュシャンの形の良いを鷲づかみにした。
ずぶりと手が沈む。
らかさのあまり手が沈んだようながしたのか、ザックが最初に考えたのはそんなことだ。だが、手に視線をやり、自らの考えが甘いことに一泊の呼吸を置いてから理解した。
手が文字通りの意味で、ソリュシャンのの中に沈んでいるのだ。
「な、なんだよ、これは!」
理解できない事態に直面し、絶を上げ、手を引き戻そうとする。だが、ビクリともかない。それどころか、より引き釣りこまれる。ソリュシャンの中に無數の手があり、それが手に巻きつき、引きずり込むように。
ソリュシャンの表に変化は無い。ただ、靜かにザックを観察するだけだ。
「おい、やめろ! 離しやがれ!」
ザックは空いた手で握り拳を作ると、全力を込めてソリュシャンの顔に叩き込む。
一度、二度、三度。上から重を込めた一撃。骨が砕けても可笑しくない一撃をけても、ソリュシャンは平然とした顔をしている。それどころか、ザックは毆ったが異様なことに背筋を震わす。
水のったらかい皮袋を叩くようななのだ。それは決して人間のものではない。興して忘れていた後方で起こっている地獄の景が頭をよぎる。
ザックは悲鳴をかみ殺す。
ようやく完全に気づいたのだ。目の前でを曬しているが化けだということが。
「ご理解いただけました? ではそろそろ始めますね?」
何が。そう問い返す前に、數百本の針が同時に突き刺さるような激痛が飲み込まれた手から上ってくる。
「あああああ!」
「溶かしてるんです」
激痛の中聞こえてくる非常に冷靜な言葉。その意味するところを理解はできなかった。あまりにザックの知る世界から逸することが起こりすぎていて。一時的な脳の処理容量のオーバーフロー狀態に陥っていたのだ。
「私、実は何かが溶けていくのを観察するのが好きなんです。ザックさんは私の中にりたがっていましたし、ちょうど良いかと思って」
「ぎぃいいい! 糞ッ垂れのモンスターが! 死にやがれ!」
激痛を抑え殺し、ザックは吐き捨てながら懐から短剣を抜き払う。そしてそのまま一気にソリュシャンの顔面に深々とつき立てた。びくんとソリュシャンのが跳ねる。
「ざまぁみやがれ!!」
さて、湖面に短剣を突き立て何か変わるだろうか?
せいぜい波紋が出來る程度だろう。つまるところ、そういうことだ。
短剣を顔につきたてたまま、ソリュシャンは目がぐるっとき見據えると、靜かにザックに話しかける。
「申し訳ありません。私――理攻撃に対する完全耐を保有してますので、それでは傷を付けることはできません。とりあえず溶かしますね」
刺激臭が立ち込め、ほんの數秒で刀を溶解された短剣がソリュシャンの顔からり落ちる。その下から現れたのは、宣言どおり傷一つ無い綺麗な顔だ。
「なんなんだよ、おまえはよぉ」
手から伝わる激痛と、目の前にある死からわきあがる恐怖によって、半分泣き出した顔でザックは呟く。それにソリュシャンは平然と答える。
「捕食型スライムです。あまり時間もかけられませんし、もう飲み込ませてもらいますね」
ずるりと一気にザックの腕がソリュシャンのに飲み込まれる。泣きわめき、び、命乞いをするザック。だが、ソリュシャンのに飲み込もうとする力は依然として強いまま。人では決して抗えないような強さで腕、肩と飲み込んでいく。
「アラーナ!」
最後にその名前をび、ザックの顔がソリュシャンのに飲み込まれた。そのままゆ蛇がえさを飲み込むようにザックのは飲み込まれていく――。
數分という短い時間で、その場にはくものは無い。ただ、と鼻を刺激するような異臭が漂うばかりとなっていた。頭を踏み潰した際にシャルティアのハイヒールについた脳漿を、舌で掃除させていた男1人があとは生き殘るばかり。
「殺したりはしないでありんす。約束したとおり」
恐怖で顔を歪めきった男が這い蹲った姿勢のまま、シャルティアに激した視線を送る。必死に頭を下げ、謝の意を表す。そんな犬のような男に、シャルティアは慈母の表を向ける。それから指を1つ鳴らした。
「吸いなんし」
その言葉がどういう意味なのか。男が知ったのは2人のヴァンパイアが傍に立ったときだった。
シャルティアは最後の男の生命が消え行く姿を橫目に見ながら、馬車のほうから1人で歩いてきたソリュシャンに聲をかける。
「おや、もういいんでありんすか?」
「はい。全てすみましたので。今回はありがとうございました」
ソリュシャンは元のれを隠す。
「いいんでありんす。同じナザリックの仲間でありんすから。ところでザックさん、良い気分味わったかしら」
「その最中ですよ。ご覧になりますか?」
「え? いいんでありんすか? では僅かだけ見せてもらえんすか?」
突如、ソリュシャンの顔から人男の腕が突き出した。それにあわせて刺激臭が満ちる。出所はその腕だ。強力な酸でも浴びたかのように爛れ、煙を上げている。
まるで湖面から突き出したような腕は、何かを摑むように必死にくねりながらもがく。その度ごとに溶け出したからじくじくとしたが周りに飛ぶ。
「申し訳ありません、ここまで元気だとは」
ソリュシャンは腕が突き出しているというのにまるで痛みをじて無い顔を、げっぷをしてしまったように恥ずかしげに赤らめる。それから無造作に突き出した腕を顔に押し込んだ。ばたばたと暴れる腕を構わずに完全に押し込むと再び微笑んだ。
「凄いでありんすね。人1人丸呑みにしてもさらさら外見には出ないんでありんすから」
「ありがとうございます。外見に出ないのは元々私の中が空だからだというのと、そういう生きだから特殊な魔法の効果によるものだと思います」
「へー、余計なお世話かも知んせんがいつ死んではうのかしら」
「そうですね。直ぐに殺せというならもっと強力な酸を分泌しますが、せっかく私の中にりたいと思われていたんですし、1日ぐらいは堪能させてもらおうかと」
「さらさら悲鳴とか聞こえないけど」
「はい。口元は完全に私がり込んでますから私しか聞こえません。臭いも完全に押さえ込んでますので」
「捕食型スライムって凄いんでありんすね ……。うん。こんど一緒に遊びんせんかぇ?」
「構いませんが……おもちゃはどうされるんですか?」
チラリとソリュシャンの視線が後ろのヴァンパイアに向かう。それに気づいたシャルティアは楽しげに笑う。
「あの娘達も悪くは無いんけれど、侵者とかがいたら捕まえてアインズ様におねだりしようと思っていんす」
「了解しました。そのときはお呼びください。まで飲み込んでそれ以外を外に出すなんて面白そうかと」
「いいわぇ。あの拷問とかと話、あうんではない?」
「あの方の蕓には私では殘念ですが付いていけません」
さらに続けて口を開こうとしたシャルティアを、後ろから掛かった聲が止める。
「ソリュシャン。こちらの準備は終わりました。そろそろ出発しましょう」
馬の手綱を換し終えたセバスが者臺から聲をかける。
「はい。今、參ります」
パタパタと馬車の中にっていくソリュシャンの後姿を見ながら、者臺に座るセバスを見上げる。
「では、セバスとはここでお別れでありんすね 」
「そうですか。そうしますと野盜の塒が見つかったようですね」
「ええ。これから襲撃をかけて、アインズ様が気にられるような報を持ってる奴を探すつもりでありんすぇ。 今回のは外れでありんしたみたいでありんすから」
「そうですか。ここまでご一緒できて楽しかったです、シャルティア様」
「それはありがとう。またナザリックで會いんしょう」
「ええ、では失禮します――」
■
森の中を疾走する。その影は2つ。シャルティアのシモベ且つ妾のヴァンパイアたちだ。
先を走るヴァンパイアはその両手に大切そうにシャルティアを抱き、後を走るヴァンパイアは人間大の枯れ枝のようなものを引きずっていた。
森の中に一本だけ作られた獣道は足場は悪く、時折、細い枝が飛び出している。
だが、闇の中、2人ともその服に1つもほつれを作らず、その悪路をハイヒールを履いたまま噓のようなスピードで進む。
突如、先行するヴァンパイアがまるで何かに足を取られたように急にきを止めた。それにあわせ、後ろのヴァンパイアもきを止める。
もぞりとその手に抱いたシャルティアがく。それからゆっくりと地面に降り立った。ハイヒールを履いたほっそりとした足が地面にれ、ドレスがそれを覆い隠すようにり落ちる。
長い銀髪を煩わしげにかきあげ、首を軽く回す。それから見下すように自らを今まで運んできていたヴァンパイアを見る。
「いったい、どうしたんでありんすか?」
シャルティアがきを止めた理由を自らのシモベのヴァンパイアに尋ねる。
森の中、シャルティア自が走らないのは単純に面倒なだけである。それと靴が汚れるのを避けるためでもあるが。
その自分を運んでいた者が、シャルティアの意思無く歩を止めることは許されない。場合においては折檻ね。そんな意志が質問にはこめられていた。
「お許しください。ベアトラップにかかりました」
見ればヴァンパイアの細い足に無骨で強力な金屬製の罠がしっかりと食い込んでいた。通常は人間対策ではなく野生のそれこそ――熊に使用するものだ。足甲を著用していてもその衝撃で簡単に人間の足首ぐらいはへし折るだろう。
だが――しかしながらヴァンパイアは普通の人間とは違う。
噛み砕くための歯はその足にしも突き刺さってはいない。かすり傷すら付けることなくで食い止っている。
ヴァンパイアは銀やそれに順ずる特殊金屬や、ある程度の魔力的な強さを持つ、もしくはアンデッド対策された魔法の武以外のほとんどの理攻撃を軽減する能力を保有している。それを持ってすれば単なる鉄でできたベアトラップでは傷を與えることは不可能である。
ただベアトラップのもう1つの効果。
行を阻害するという働きは十分に発揮している。見ればトラップにつけられた太い鎖が上手く隠すように地面を通って近くの木に結ばれていた。
相手を殺す意図がないのは毒を塗られて無い時點で一目瞭然だ。単純に足止めの意図だろう、荷を作ることで相手のきを鈍らせる目的の。
「……はぁ」仕方ないといわんばかりにシャルティアは首を振る「とっとと外しなんし」
「はい」
シャルティアの命をけ、ヴァンパイアはほっそりとした手をばし、両方の歯を摑むと無造作にこじ開けた。圧倒的な筋力にベアトラップは耐え切れず、その歯に掛かった獲を解放する。
単なるがベアトラップをこじ開ける。それはまるで噓のような景ではあるが、ヴァンパイアの筋力を知る者からすれば驚くほどのものではない。ヴァンパイアの筋力を持ってすればたやすいことだ。トゥルーヴァンパイアのシャルティアの筋力は更にそれををかけているのだが。
「しかしこな罠があるなんて、どうやら予定の場所まであと僅かといわすところかしら」
「はい。々、お待ちください」
後ろに付き従っていたヴァンパイアがその手に持った枯れ枝のようなものを投げ捨てる。
それは枯れ枝なんかではない。全の水分を失い、完全にミイラ化した人間の死だ。
乾燥した死は放り出され、地面を転がると、やがてギクシャクとき出す。
枯れ枝の腕の先には鋭くとがった爪がび、空虛な眼窩には赤い――ヴァンパイアと同じが燈っていた。微かに開いた口からは異様に鋭く尖った犬歯が突き出している。
下位吸鬼<レッサーヴァンパイア>。それがそのモンスターの名前である。
ヴァンパイアにを吸い盡くされた者はこのモンスターにる。先ほどの野盜のれの果ての1つだ。
「聞きます。あなた方の塒まではあとしですか?」
レッサーヴァンパイアは自らの主人に深々と頷き、うなり聲とも悲鳴とも取れるような聲をらす。
「とのことです、シャルティア様」
「そう。連式の罠が無いのはどうしてなんでありんしょうか」
これだけではなく、更に鳴子や次の罠を仕掛けた方が利としては適っている。だが、それに類する罠は見つからない。しばし考え、シャルティアは周囲を見渡す。
何者かが隠れている気配は無い。ならば――
「まぁ、いいでありんしょう」
無理に頭を悩ませても仕方が無い。分からないことは分からないのだ。解除スキルの無いシャルティアでは罠の捜索は不可能。魔法を使えばどうにかなるがそんなことをするのは面倒だ。ならそういうものだと納得するのがもっとも簡単だ。
「あの娘借りてきたほうがよかったでありんしょうか」
先ほど分かれたばかりのソリュシャンをシャルティアは思い出す。ソリュシャンはアサシンとして能力を高めている。彼であれば罠の発見等はお手のだっただろう。一緒に楽しめるし、という言葉は飲み込む。
やがて野盜の塒の近くまでシャルティア一行は到著する。森の中だというのに段々と木々がまばらになり、そこを抜けると木々が完全に無くなり草原が広がる。
そこはカルスト地形と呼ばれるものだった。
そのすり鉢型の窪地の中央部。その地面にぽっかりと開いたがあった。僅かな源が窟部かられ出ている。のじからすると、恐らく部は緩やかな傾斜を描きながら下へと降りているのだろう。
その窟り口の両脇には、人が手をれたと一目瞭然で分かるものが據え付けられていた。
それは人の腹部ほどの高さまである丸太でできたバリケードだ。といっても大したものではない。丸太を數本でできたちゃちなものだ。ただ、そこに1人づつ、計2名の見張りが立っていた。
丸太で下半を隠す遮蔽とし、弓で撃たれたならそれでを隠しながら敵襲を知らせるつもりだろう。地形が傾斜を描いているため弓の飛距離が増すとはいえ、バリケードを抜けての一というのは命中度的になかなかに難しいものがある。山なりに撃ったとしても、盾を頭上に構えればほぼ無効化されるだろう。
更には大きな鈴を肩からつるしている。もし見張りを不意打ちで倒したとしても、鈴が音を立て、中の人間に敵襲を知らせるだろう。
なかなか考えて防しているといっても良い。
普通に戦闘――この距離から突撃をすれば確実に中から増援が出てくるだろうし、相手に武等を準備させる時間を與えてしまうだろう。
姿を隠して接近しようにも、周囲にある巖石の中でを隠せられそうな大きさを持つものは、全て撤去されていた。
だが、理的にどうしようもない狀況を打破する手段がひとつある。
それは魔法。
その手段を考えるなら様々な方法が取れる。
《サイレンス/靜寂》の魔法をかけてから一気に殺す。《インヴィジビリティ/明化》で接近する。《チャームパーソン/人間魅了》でシャルティアの近くまでおびき寄せても良い。《アイテム・デストロイ/品破壊》で鈴を破壊する手段だってある。
何の手段が最も楽しいか。そこまで考えたシャルティアは重要な報を1つ手してないことに気づいた。
「り口は1つだけでありんすか?」
シャルティアの質問にレッサーヴァンパイアは頭を振ることで答える。
「なんでありんすぇ。 ならここまで來んしたし、もう隠れて行く必要も無いでありんすね。どうにもコソコソとした行――隠といわすやつは苦手でありんすぇ」
「シャルティア様はそこにいられるだけで輝いてしまいますから」
「當たり前のことはお世辭にはなりんせんのよ。お世辭を言いたいのならもう僅か考えなんし」
お許しくださいと頭を下げるヴァンパイアを無視し、シャルティアは手をばすと、レッサーヴァンパイアのを摑む。
「貴方に一番槍をいう大役を命じんす。さぁ、行きなんし」
ほっそりした腕が振われ、大気を抉るような音を立てながらレッサーヴァンパイアが見張りの1人に投げつけられる。両者は激突し、信じられないような吹き飛び方をした。激突した見張りの頭部が吹き飛び、鮮が周囲にまき散らかされる。目の前で起こったことに理解ができて無いのか、もう一人の見張りは呆けたような表で同僚の死を見つめていた。
「すとらーいく」
「お見事です、シャルティア様」
ぱちぱちと2人のヴァンパイアが拍手する。
「えっと、もう1人と」
シャルティアの視線がヴァンパイアの間で左右にき、慌てた2人のヴァンパイアが手ごろな大きさの石をシャルティアに手渡す。
「よいっしょ」
シャルティアの手からすると微妙に大きい石を摑むと、ほっそりとした手がすさまじい速度で振り降ろされる。結果はいうまでも無い。シャルティアは嬉しげに戦果を発表した。
「2すとらーいく」
再び拍手が起こる。
鈴が鳴ったのを聞きつけた中の見張りが、敵襲とんでいる。徐々に窟部が騒がしくなっていく。
「さぁ、いきんすよ。あなたは近くの木に登って逃げる奴がいないか見張ってくんなまし。雑魚では知りんせん、隠し通路があるかもしれんせん」もう1人のヴァンパイアに向き直る「そいであなたは払いでありんすぇ。ただ強い奴がいたらわたしのお楽しみの時間、何だぇら知らせてくんなまし」
「はい、シャルティア様」
「いってらっしゃいませ」
シモベのヴァンパイアがシャルティアに先立って大きく踏み出し、窟のり口付近までゆっくりと歩を進め――
――そして姿が消えた。
大地が陥沒している。いや、陥沒したのではない。落としだ。
シャルティアなら陥沒する前に避けられたかもしれないが、ヴァンパイアの瞬発力では足元がなくなるという罠までは回避仕切れなかったのだろう。
「えー」
シャルティアが思わずがっかりした聲をらす。それからニンマリと笑みを浮かべた。
優しげなものでも、好意に溢れたものでも、照れたようなものでもない。
確かに考えてみればの前に落としを作るというのは當然予測してしかるべき罠だ。それを見破れなかった己の愚かさ、そして自らを嵌めたという怒り。そういったものが湧き上がり、笑みという形で現れていた。
「ぶちころすぞ。とっとと出て來い」
大きく跳躍し、縁にヴァンパイアが姿を現す。著ていた服が土で汚れている以外の傷は見當たらない。
「わたしをあまり失させるなよ」
「申し訳ありませ――」
「いいから行けよ。それともわたしが放り込んでやろうかぁ?」
悲鳴にも取れる了解の意を示すとヴァンパイアは小走りで窟の中にり込んでいく。シャルティアはその後を追う形でのんびりと中にっていった。
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