《オーバーロード:前編》真祖-2
騒音が彼の耳に飛び込んできた。與えられた個室で自らの武の手れをしていた手を止め、耳をそばだてる。
喧騒、複數の走るどたどたという音。微かな悲鳴。
襲撃なのだろうが錯しているというか、相手の人數やどの程度の腕前のものなのか。そういったものがまるで摑めない。通常、そういった大切な報は大聲でぶよう、しっかりと訓練しているにもかかわらず。
音が聞こえないということは無い。個室といっても窟だ。しっかりとしたドアの替わりに、橫のり口にカーテンで仕切りを作って二つに分けたようなもの。厚手とはいえ布を通り越し、聲は充分聞こえる。
傭兵団『死を撒く剣団』の総員は70人弱。中には彼ほどの腕は持たないまでも、戦場を駆け生き殘った古強者はいる。
數による奇襲ではこれほど混するとは思えない。とするとそれなりの數がいる場合が考えられるが、そうなると敵だと思われる音が聞こえてこないのが理解できない。
「冒険者か」
極數かつ戦闘力のある存在だとしたら、それが妥當だろう。
彼はゆっくりと立ち上がり、自らの武を腰に下げる。鎧はチェインシャツ程度。著るのに時間は必要ない。陶でできた數本のポーション瓶がった皮のベルトポーチをベルトに引っ掛け、紐で固定する。防魔法の込められたネックレスと指は既にしているので、これで準備は終わりだ。
カーテンを引きちぎるような勢いでブレインは捲り、窟の本道ともいうべき場所に出る。
窟は奪ってきた魔法の――《コンティニュアル・ライト/永続》が掛けられたランタンが、幾つも壁にある一定の間を空けて吊らされ、窟とは思えない明るさを生み出している。
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たまたま通りかかった傭兵の1人が、勝ったといわんばかりに顔をほころばせた。
「何事だよ」
「敵襲です、ブレインさん」
苦笑して、彼は口を開く。
「そいつは分かるさ。人數とどんな奴らなんだ?」
「はい! 敵は2人、両方、です」
「? しかも2人ねぇ」
小首を傾げると彼――ブレインは今だ喧騒の聞こえる窟のり口へと歩き出す。
と聞いても侮らないのはだから弱いというのは、男主義者の妄言にしか過ぎないと彼が知っているからだ。事実、王國最強と名高い冒険者パーティーは5人からなるものだし、ブレインが遭遇し痛み分けに終わった相手は魔法使いの老婆だった。そして帝國での最高とされる暗殺者はという噂を聞く。
基礎の能力で差がついたとしても、魔法はそれを簡単に凌駕できるのだ。無論、最高の能力に最高の魔法が重なればそれこそ無敵なのだが。
ブレインは沸き立つような高揚、人數で襲撃をかけたことに対する敬意、そして強者と対峙する飢にも似た戦闘意が心中を支配していた。
「ああ、來なくていいぞ。それより奧でも固めておけよ」
言われた傭兵は首を縦に振ると窟の奧へと走り去る。
彼――ブレイン・アングラウス。
中中背。だが、服の下のは鋼鉄ごとく引き締まり、筋トレーニングではなく実戦で鍛えられたをしている。
黒髪は適當に切られているために長さは整ってない。そのためぼさぼさに四方にびていた。黒眼は鋭く前を睨み、口元は冷笑のようなものを浮かべている。
人というよりも野生の獣――それも獣王を思わせる、そんな男である。
元はよくある単なる村人であった。だが、彼にはまさに天から授けられたとしかいえない才能があったのだ。武を取って不敗。戦場においてかすり傷以上はけないという戦闘における天凜の才。
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敗北無く常勝の道を行く。
誰もがそう思い、彼自疑わなかった。そんな彼の人生が変わったのは王國の前試合でだ。
最初から優勝を狙って參加したわけではない。単純に自らの腕を王國中に知らしめたかったのだ。だが、その結果、信じられないような自に直面する。
敗北――。
そう、生まれて以來、いや武を握って以來の敗北である。
破った相手の名はガゼフ・ストロノーフ。
その試合は見事の一言。
そこまでは両者ほぼ瞬時に勝利を重ね続けた。だが、最後の決勝戦においては、今まで溜め込んだ時間を放出するような長い時間での試合だった。出階級の低いガゼフが現在も戦士長にあることが、その試合のすべてを語っているだろう。
そして勝利は幸運が味方したガゼフの上に輝いた。
惜敗とはいえ、ブレインの今まで培ったすべてを破壊されたようなものだった。幾人もの貴族のいを斷り、一ヶ月自らの世界に篭った彼は、初めて力を求めた。
武を求め、を鍛える。
魔法を求め、知識を高める。
天才が秀才の努力をする。敗北がブレインを1つ上の存在へと持ち上げたのだ。
傭兵団に所屬したのは金を稼ぐためだ。貴族に仕えなかったのは、自らの腕を腐らせないため。學んだ武を追求するには、対象が必要である。お座敷剣はんでいないのだ。実戦に頻繁にれられる職業かつ金払いが良い。それは傭兵以外の選択肢が無い。
そしてそんなブレインに聲をかけた無數の傭兵団の中で選んだのはここ、死を撒く剣団。どんな傭兵団だろうと問題は無かった。ブレインのする武のためなら、すべてを嘲笑できた。
魔法の武は高い。だが、彼が本當にしたものは、単なる魔法の武ではない。
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ブレインは用の武――それは刀は60センチ以上の『刀』と呼ばれる武。
王國よりかなり南方にある都市國家。そこから時折流れる、剣としては破格の能を持つ武。魔法の掛かっていない狀態で下手な魔法の武を凌駕する武。そのぶん金額も非常に高額であり、目の玉が飛び出るをまさに地でいくもの。それを求めたのだ。
時間と金が掛かったものの、ついには刀――屬『神刀』を得たのだ。
そして今、ブレインは強い。彼自は今ではガゼフすらも容易く勝利できると確信するほど。
さらに、それだけでなくより強さを追い求め、強者との戦闘を待ちける獣王としてここにいた。
窟り口に歩を進めるブレインの鼻に微かに漂ってくるの臭い。既に悲鳴は聞こえないということを考えると、り口付近の15人は皆殺しにあったということだ。時間的には2、3分。
り口に詰める者達に與えられた使命は防に徹し、時間を稼ぐこと。そういう命令をけている者たちを、不意を撃ったとしても々早すぎる。
「つまりは俺なみの強さは持ってるっていうことね」
ブレインはニヤリと笑う。
そのまま足取り軽く歩きながら、ベルトポーチより取り出したポーションをぐいっと呷る。苦味の強いがをり落ち、胃に収まる。続けてもう1本――。
胃からカッとした熱が膨れ上がり、全の隅々まで流れ込んでいくように広がっていく。その熱に反応し、ぎしぎしと音を立てるように筋が増強される。
この急激な強化は、瓶の中にっていた魔法の薬が作用しているのだ。
魔法の薬の名前は先が《レッサー・ストレングス/下級筋力増大》、筋力をおおよそ20%増大させるもの。次が《レッサー・デクスタリティ/下級敏捷力増大》、敏捷力や反応力を20%増大させるものだ。
ポーションは別に飲まなくても一定以上の量をに降りかけるだけでも効果を発揮する。だが、ブレインとしては振りかけるよりは、飲み干した方がより効果が出る気がするのだ。勿論、プラシーボ効果なのかもしれないが、思いは時には信じられない力を発揮するものだ。
次に取り出したオイルを抜き放った刀の刀に垂らす。オイルはほのかな青白いを刀に殘し、吸い込まれるように消えていく。
かけたオイルの名前は《マジック・ウェポン/武魔化》。一時的にだが魔法の力を刀に宿すことで切れ味を増大させるものだ。
「作1及び2」
キーワードに反応し、指とネックレスから微かな魔力がほとばしり、ブレインの全を包む。
ネックレス・オブ・アイ。発中は目の保護をしてくれるネックレスだ。盲目化耐、暗視、量補正等々。戦士の武も當たらなければ意味が無い。視界を効かなくして離れたところから飛び道なんて冒険者なら基本的な戦闘方法である。事実ブレインはこのネックレスを手にれる前、冒険者達にその戦法をやられたことがある。
そして指――《リング・オブ・マジックバインド/魔法注の指》。低階級の魔法を1つ指に込め、好きなときに発させることが出來るという遅延用アイテムというべきものだ。込められていたのは屬ダメージの軽減効果を持つ《レッサー・プロテクションエナジー/下位屬防》。當然一度発してしまえば再び魔法をかけてもらえるまでは単なる指になってしまうが、本當に人數で攻めてきてると考えるなら、今回は準備萬端で挑むべき相手だろう。
それに後で発させて置けばよかったなんて思ってもしょうがないのだから。
これでブレインの取れる準備は全て終わり。
の中から噴出するような激しい熱を深呼吸を繰り返し、排出する。
現在のブレインは強化も相まって恐らくは人間としては最高峰の剣士だろう。自らの能力に絶対の自信を持つ人間特有の、獰猛なものを浮かべるとゆっくりと歩を進める。
これだけ準備をしたのだ。たっぷり楽しませてもらおうと。
歩を進めるごとにの臭いが僅かに強まり――。
そこに2人の人影あった。
「おい、おい。楽しそうだな」
「あんまり楽しくないでありんすぇ。 大した強さでないせいか、さらさらプールが溜まりんせん」
のっそりと姿を見せたブレインに対し、警戒も無く返答がある。それは彼が向かってきているというのを既に認識していたからだろう。彼自も隠すつもりでなかったのだから當然といえば當然だが。
侵者を目にし、ブレインは僅かに眉を寄せる。
2人と聞いていたが、1人はガキじゃないかと。だが、瞬時にその考えを破棄する。それは絶世といっても良いの頭の上にで作ったような球が浮かんでいたからだ。
「魔法使いかよ、厄介じゃねぇか」
「神――プリーステスでありんすがぇ。始まりの統、神祖カインアベルを信仰する」
「しんそかいんあべる? 聞いたことのねぇ神だな。邪神とか魔神とかか?」
「そっち系でありんすぇ。 まぁ、至高の方々によって倒されたらしいでありんすが。ザコいいべんと・ぼすでありんしたそうでありんすぇ」
流石は至高の方々と呟いているから目を逸らし、従者のごとく付き従うを観察する。これまた人なだ。が大きく盛り上がって能的な雰囲気を撒き散らしている。
ドレスのあちらこちらにが跳ねている。とするとこちらが前衛なんだろうか。
ブレインは肩をすくめると腰から刀を抜き払う。
「まぁいい。こっちの準備は終わってるぜ。そっちがまだなら時間をやるけど、どうする?」
は驚いたようにブレインを眺め、それから口元を隠すとかすかな笑い聲を立てる。
「勇敢でありんすね。まことにお1人でいいんでありんすか? お友達の皆さんをお呼びされても構いんせんよ?」
「はん。雑魚が何人いてもおめぇらには屆かねぇだろ? なら俺だけでいいさ」
「星空の高さが理解できんせんのは仕方が無いのでありんすかね? 星に手をばせば屆くと思うのはアウラみたいな趣味な子供衆だけで充分。いい大人がやっていても気持ち悪いだけでありんす」
ブレインは何もいわずに刀を正眼に構える。それをけ、はつまらなそうに天井を見上げてから視線を戻す。そして――
「いきなんし」
が顎をしゃくると、が飛び掛ってきた。
そのきはまさに疾風。だが――風如きならブレインで斷ち切るのは容易。
「ちぇすと!」
咆哮と同時に全の力を使って、刀を振り上げ、大上段から一気に振り下ろす。鎧を著た戦士を容易く両斷するその一撃の勢いや、豪風が舞うほど。
「ぐっ!」
「ふん。淺いか」
飛び込みざまに迎撃され、は肩口を押さえ飛びのく。左鎖骨からった刀は部に切り裂きながら抜けた。
ブレインは眉を寄せ、睨む。
一撃で屠れなかったことから強敵と判斷しても良い相手だが、納得がいかないことが1つある。それは大量のが噴出しても可笑しくないのに、の肩からは一滴もが出ていないことだ。
魔法か。
そう考え、すぐさまその考えを破棄する。
押さえた手の下で、ゆるりゆるりと傷口が回復していっている。高速治癒の魔法は存在すると噂で聞くが、それではない雰囲気。ならば答えは1つ。
つまりは人間ではなくモンスター。そして自己再生能力を持つモンスターで人間とほぼ同じ外見。むき出しにされる鋭く尖った犬歯。敵意に満ち満ちた真紅の瞳。
そこまで考えたブレインはそのモンスターの正に行き著く。
「ヴァンパイア……か」
軽く舌打ち。
ヴァンパイアはかなり高位の化けだ。レッサーヴァンパイアならランクC以上なら勝てるが、ヴァンパイアにもなればランクB以上の冒険者たちで勝算が出てくる、確実な勝利を得ようとするならA以上の冒険者が必要とされる怪。1で小さな町であれば容易く壊滅させる、そんなモンスターだ。
だが――彼なら勝てる敵でもある。
「ヴァンパイアの特殊能力……高速治癒、魅の魔眼、生命力吸収、吸による下位種の創造、武耐、冷気ダメージに耐だったか? まだあったような気がするが……まぁいい」
どうにせよ、切り捨てる。
そう吐き捨て、刀を強く握り締める。
は目を大きく見開く。真紅の瞳が異様に大きく見える。
その瞬間、ブレインの脳裏に一瞬靄のようなものがかかった。親しみすら沸くような覚。だが、軽く頭を振るだけでその靄を容易く追い払った。
「はん。魔眼か? 心弱い奴にやるんだな」
刀を抜いている最中のブレインの心はまさに刀の如し。並みの神支配なぞ容易く追い払う。
ヴァンパイアは憎憎しげに牙をむき出しに威嚇するが、それは怯えを含んだ示威行。もし自分の方が強いと認識してるなら、何もせずに襲い掛かれば良い。つまり迎撃されたことによって警戒、もしくは強敵と認識したのだろう。
「賢いじゃねぇか。まぁ、獣でもその辺は分かるのが道理なんだがな」
じりじりと足をかし、ブレインからヴァンパイアへと迫る。それにあわせ、ヴァンパイアが微かに後退する。
ふん。
つまらないとブレインは鼻で笑う。それを挑発と理解したのだろう。後退を止め、僅かに前進するヴァンパイア。
両者の距離は3メートルほど。ヴァンパイアからすれば一瞬に詰められる距離だ。だが、踏み出せないのはブレインの技量を警戒して。そして――微かな笑みを浮かべたヴァンパイアが突如、手を突き出す。
《ショック・ウェーブ/衝撃波》
魔法の発にあわせ、衝撃波がブレインに迫る。フルプレートメイルを大きく凹ますことすら容易い魔法をまともに食らえば、チャインシャツ程度の鎧しか著てないブレインにとっては致命傷にならないでもかなりのダメージには間違いない。
そして一撃でもければ大きく戦況は傾くだろう。ベースとなる能力が大きく違うのだから。
だが――ヴァンパイアは驚き、眥を大きく見開く。
「當ててから笑えよ。そうじゃなかったら今から何かしますよ、ってもろバレだぞ」
――無傷。
不可視の衝撃波の線上から容易く避け、ブレインは野獣の笑みを浮かべた。驚き慌てるヴァンパイアは大きく後退してしまう。自らよりも格下と侮っていた存在が、上かもしれないと完全に理解した顔で。
ブレインも表には出さずに、戦い方の練り直しが必要だと認識しなおしていた。まさか魔法まで使用できるとは思ってなかったのだ。魔法が使えるということは打ってくる手が一気に広がるということ。
結果、両者油斷無くにらみ合いという形になった。
それを不快に思ったのはそんな景を見ていただ。
「はぁ、代」
がぱちんと指を鳴らす。ビクリとヴァンパイアのが震える。慌てて、自らの主人へと視線をかす。
対峙しているブレインを完全に無視した行為だ。つまるところ絶好の攻撃チャンスだが、ブレインは攻めようとはしない。ブレインも対峙しているヴァンパイアから視線を逸らし、を観察する。
細いだ。
どちらかといえば弾戦に長けたクレリックとは異なり、魔法行使能力に長けたプリーステスという話だが、それにしても神のではない。魔法行使能力に特化した司祭こそ相応しい。しかしながら代わって戦おうとするということは、前衛がいなくても戦えるという自信があるということ。だとすると――そこまで考えブレインは軽く笑う。
何を考えているんだと。
単純にモンスターならば外見と中は一致しない。ヴァンパイアの主人が人間だなんて、誰が聞いてもそんなわけが無いと笑う話だ。
はヴァンパイアよりも上位者のように見けられる。
ならば伝説にあるヴァンパイア・ロードという奴だろうか。國1つを滅ぼしたことより『國墮とし』といわれた存在がかつていたそうだが、結局13英雄に滅ぼされたといわれている。つまりは倒せない相手ではないということだ。
ブレインは刀を持つ手に力を込める。
「ブレイン・アングラウスだ」
「?」
不思議そうな顔をする。ブレインは理解してないに問いかける。
「……そっちの名前は?」
は小首をかしげ、それから楽しそうに言葉をつむぐ。
「ああ、そうでありんしたぇ。名前を聞きたかったんでありんすね。コキュートスならするでありんしょうけど、わたしはそういった目で人を見てなかったから気づくことに遅れんした。申し訳ありんせん」
はドレスを摘むと、舞踏會で踴りをわれたような禮をみせる。
「シャルティア・ブラッドフォールン。一方的に楽しみませてくんなましな」
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