《オーバーロード:前編》戦-4
「ほう。見えてきたじゃねぇか」
ロロロの一番後ろに乗ったゼンベルが前方を見據えながら、にやりと笑う。
數百メートル先に、1番目に指定された部族――鋭き尾<レイザー・テール>族の村が見え始めた。村はグリーン・クローと同程度の大きさだが、あふれ出したリザードマンたちが力的に走り回っている様が見て取れた。
戦士階級のもの達が幾つもの組を作って、互いの武を振るう訓練したりしている。オスのリザードマンたちは木の杭を村の周囲に立てるように忙しそうに働いていた。メスのリザードマンたちは何かを村の中に運び込んだりしている。
それはまさに戦爭準備である。
「この雰囲気。たまらねぇものがあるな」
ゼンベルが鼻をスンスン鳴らせ、空気中に漂う匂いを嗅ぐ。ザリュースもこの雰囲気は嗅いだことがある。かつての戦いのときに。
が沸き立つような、そんな興をわれる匂いだ。
ある意味そんな匂いをかいだことが無いのであろうか、クルシュはそんな2人とは違った想を述べる。
「この子に乗ったままだと危なくない?」
離れていてもじ取れるようなピリピリとした空気に、現在、植系モンスターと化しているクルシュは不安を口にした。ロロロというヒドラが接近することで、に飢えたリザードマンたちが殺到することを恐れたのだ。
ザリュースは顔を知られているかもしれないが、クルシュとゼンベルは違う。さらにレイザー・テール部族の全てがザリュースを知ってるとも限らない。
もしかすると攻撃されるのではないかという不安が生じるのも當然だろう。そんなクルシュに安心させるように優しくザリュースは答える。
「いや、逆だ。ロロロに乗ってきているからこそ危険が無いんだ」
不思議そうな顔――は見えないが、雰囲気を漂わすクルシュにザリュースは簡単に説明する。
「兄が先に來ているはずだし、兄なら俺がロロロに乗ってくることを絶対に教えてるはずだ。だからロロロの姿が見えたという報は兄の元にもう行ってるはずだ」
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事実、ロロロがゆっくりと地を歩く中、村から1人の黒いリザードマンが幾人もの戦士達と共に姿を見せる。ザリュースはその見慣れたリザードマンに見えるよう、手を大きく振った。
黒いリザードマンは周囲を囲むリザードマンたちに何かを話し、解散させた。それから腕を組むと、ロロロが來るのを待ちけるように門からし歩いたところで、仁王立ちの姿勢をとる。
「あれが兄だ」
「へぇ」
「ほぉ」
2人の聲が重なった。クルシュは純粋な気持ちで、ゼンベルは強者を発見した獣のような気持ちで。
ロロロが進むに連れ、両者――ザリュースとシャースーリュー――の距離は當然まる。やがては互いの顔がはっきりと見える距離まで近づき、ザリュースとシャースーリューは互いに顔を見つめあう。
顔を見合わせていないのは4日足らず。しかしながら互いに二度と會えないかもという可能があった分、慨深いものがある。
やがてシャースーリューがニヤリと笑う。同じような表をザリュースも浮かべていた。そして今だ距離があるにも係わらず、聲を張り上げ言葉をわす。これ以上に我慢をすることを互いにできなかったのだ。
「良く帰ってきたな、弟よ!」
「ああ、良い知らせを持って帰ってきたぞ、兄者!」
そこでシャースーリューの視線がザリュースの後ろに座る2人にく。腰に回ったクルシュの手が、張から多こわばるのをザリュースはじ取れた。
完全に2者の距離は無くなり、ロロロはシャースーリューの前まで來ると、慣れたように歩みを止める。そしてシャースーリューに甘えるように4本の頭をばした。
「すまんが、食べは持ってきてないぞ」
その一言を聞いた瞬間、ロロロの4本の首はふてくされたようにシャースーリューから離れる。無論、ヒドラにはリザードマンの言葉を理解する能力は無い。しかしながらペットによくある主人の家族との共能力とも言うべきものでじ取ったのだろう。もしくは単純にシャースーリューから餌の匂いがしてなかったからか。
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「さて、降りよう」
ザリュースは後ろに座る2人に聲をかけるとロロロの上から軽に飛び降りる。そして手をばすとクルシュの手を取る。そうやって降りてきたクルシュに目を止め、シャースーリューは訝しげに顔を歪めた。
「その植モンスターはなんだ?」
クルシュは肩を多落とすが、特別な反応はもはやしない。ゼンベルのおであろう。だが次の弾には流石の彼も直する。
「俺の惚れたメスだ」
「ほう」
嘆のため息をシャースーリューは上げた。そして自らの弟と今で手を繋いだままのクルシュに遠慮の無い視線を向ける。
「なるほど……まぁ、聞きたいことは1つだな。人か?」
「ああ、結婚も考え――っ!」
突如、手に走った痛みにザリュースは口を閉ざす。手を繋いだ相手が、ザリュースの手に爪を立てたのだ。それもおもいっきり。そんな2人を憮然とした顔でシャースーリューは観察する。それからたった一言、思いの篭った言葉を口にした。
「なるほど……面食いめ。何が……『俺に結婚は出來ないさ』だ。かっこつけおって。単に惚れた相手がいなかっただけではないか。……さて、グリーン・クロー族族長シャースーリュー・シャシャだ。同盟を組んでもらって謝する」
確認というよりも遙に強い口調でのシャースーリューの発言だが、今更揺するクルシュとゼンベルではない。
「こちらこそ。レッドアイ部族、族長代理のクルシュ・ルールーです」
クルシュの次はゼンベルが答えるだろうと皆が思ったのだが、予想に反してゼンベルから挨拶は聞こえない。その場の皆が不審がっている中、ゼンベルはシャースーリューの上から下まで數度、無遠慮に観察する。
満足したのか頷きつつ、ゼンベルは口を開く。
「ほぉ、お前がか。かの祭司の力を使いながら戦うことのできる戦士。噂には聞いたことがあるぞ?」
「ドラゴン・タスクまで知られているとは驚きだな」
挨拶ではない挨拶。そんなゼンベルの食獣を思わせる笑みに、同等のもので返すシャースーリュー。
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「あんたの弟が良いって言うまでは、ドラゴン・タスク族の族長をやっているゼンベル・ググーだ」
「それはそれは良く來られた」
「でよぉ、ちっと戦わねぇか? やっぱ、どっちらが上かしっかりと話つけねぇとならねぇだろ?」
「……悪くは無いな」
ザリュースに止める気はない。リザードマン的な考えからすると、強いものが強い言葉を持つのは當然なのだから。もし2人が戦いあうことでこれから先の話がうまく進むとするなら、満足いくまでやるべきだろう。
しかしながら2人の爭いまでには話は進まなかった。シャースーリューが軽く手を上げ、ゼンベルの戦闘意を削いだからだ。
「――と思ったのだが、今は々時間が悪いな」
「なんでだよぉ?」
ゼンベルの不満げな顔に、シャースーリューはニヤリと笑う。
「……そろそろ斥候に出た者たちが戻る。敵の詳しい報が分かるという予定だ。それを聞いてからでも遅くはあるまい?」
◆
1つの小屋が各族長たちの會議室として使われることとなった。
その小屋に集まったのは各部族の族長、そしてザリュースの計6人である。
無論ザリュースからすれば旅人である自らが出席するということには、異議を唱えた。しかしながらシャースーリューの自らの弟と呼ぶという意見に反論した族長は誰もいなかった。そのために無理に押し切られ參加することとなったのだ。
シャースーリュー、クルシュ、ゼンベルは當然にしても、他の2人の族長が反対しなかったのは、かつての戦いにおいてフロスト・ペインを持っていた前シャープ・エッジ族族長を屠ったオスだと知っていたからだ。
更にはレッド・アイ部族にドラゴン・タスク部族との同盟を功させたほどの勇者の意見も聞いてみたい、というのは上に立つものとして當然だろう。
さほど広くない小屋に6人は円陣を組むように座る。クルシュが白いを見せたとき、3人の族長達は驚きのを隠せなかったが、今では冷靜そのものだ。
まずは互いの挨拶を終え、最初に口火を切ったのは小さき牙<スモール・ファング>の族長である。リザードマンとしては小柄は肢だが、その四肢は鋼のように研ぎ澄まされている。元々は狩猟班に所屬していたらしく、飛び道の腕であれば恐らくはこの湖のリザードマン全ての中で、最も優れた腕を持っているだろう。事実、族長を決める際も、全て投石の一撃で終わらせただけの能力を持つ。
そんな彼が敵の軍隊の場所を知るべく、全ての狩猟班を員して探していたのだ。
「敵はおよそ5500強」
全リザードマンの數を足したよりもはるかに大きい數字。
それに対して驚きの聲は上がらない。この場に合って驚くような者はいない。
「……それで敵の首魁は?」
「私の確認したところでは良く分からなかった。中に赤い巨大なの塊のようなモンスターがいたが、その辺まで近寄ることは流石に困難でね」
「どのような構なのですか?」
「ふーむ。アンデッドモンスターの群れだったよ。スケルトンとゾンビの群れさ」
「リザードマンの死を利用しているのか?」
「あれは人間という種族のものだと思うがね。尾は無かったからね」
「先手をうって攻撃をかけれねぇのか?」
「難しいだろうね。場所は森の一角を切り開いて作った広場だ。一どれぐらいの時間をかけたんだろうかね。切り出しただろう木材が無いこと等も考えるとちょっと目的がつかめないが、何を考えてのことやら。――おっと話がそれた。とりあえずは森の中だ。我々なら兎も角、戦士まで連れては難しいね」
「では狩猟班のみでのは?」
「勘弁してくれよ、クルシュ君。現狀25名程度の人數でどうやって5000を超えるアンデッドに損害を出せと? つかまって潰されて終わりさ」
「ふむ……祭司の力を員してはどうだ?」
シャースーリューの意見に數人が頷き、クルシュに視線が集まる。しかしそれに答えたのはザリュースだ。
「いや、辭めておいた方が良いな」
「なんでだよ?」
「向こうは今のところ約束を守っている。しかし攻撃されてまで約束を守るとは思えん」
「確かにそうですね。最低でも全部族が集まるまではこちらから攻撃を仕掛けないほうがよさそうですね」
「ならば篭城戦ですかね?」
「まもるのむずかしい」
たどたどしい言葉がリザードマンの1人から出る。それは鋭き尾<レイザー・テール>の族長だ。
金屬のものとは違う沢を持つ白い鎧で、全を包んでいる。
ほのかな――魔法の力を発した鎧。それこそ4至寶の1つ『ホワイト・ドラゴン・ボーン』である。
それはアゼルリシア山脈に棲息するとされる、冷気の力を持つホワイト・ドラゴンの骨から削りだして作られた鎧である。無論、単なる骨から削りだしたものに――元がたとえこの世界の強者的存在であるドラゴンとはいえ――魔法が宿るはずが無い。しかしながら、その鎧はいつの間にか魔法の力を保有していたのだ。
ただ、その力は呪いによるものかもしれないが。
なぜなら、ホワイト・ドラゴン・ボーンは喪失される知力の分だけ、裝甲を強固にするからだ。賢いものが著れば鋼鉄どころか、魔法銀たるミスラルや伝説ともされるアダマンティンにも匹敵する。
ただ、一度奪われた知力は決して戻っては來ない。この辺りが力の源が呪いともされる所以だ。
元々はリザードマンの中では、聡明で名が知れた彼がこの鎧を著たことによって、その鎧の強度はリザードマンたちが持つ武の中で最も鋭い、フロスト・ペインを持ってしても弾かれる可能が高いほど。しかも普通であれば知力を殆ど奪われ白癡化する例が大半にもかかわらず、彼は今だ回転力のある頭を保持している。
その辺りが族長として選ばれた理由なのだが。
「こ、ここしっち、あしばわるい。かんたん……かべこわされる」
「なら打って出ますか?」
「はん、いいじゃねぇか。守るより攻めたほうが気持ちが良いってもんだ。1人で相手を5倒せばいいんだろう? 楽勝だって」
ゼンベルの発言に互いの顔を見合わせる他の參加者。結果、クルシュがそれを流すように話し始める。
「とりあえず、今の狀態だと壁が簡単に破られると思います。ですので私達レッド・アイが補強等をさせてもらいますので協力をお願いします」
他の族長達が同意として頭を縦に振る。寂しそうなゼンベルも含めて。
「とりあえずは篭城の準備をするとしよう。あとは指揮等の運営機能の構築だな」
「まず祭司たちのまとめはクルシュ殿に任せましょうか。そのついでに戦爭時も指揮権を持ってもらいましょう」
それが良いと答える聲に1人異論を発するものがいた。
「族長たちで別働隊を作るべきだ」
発言者であるザリュースに全員の視線が集まる。
「なるほど……」
「ああ、なるほーど、せいえいつくる?」
「そうです。敵の數は多い。首魁を討たなくては負けてしまうかもしれない。それにあのアンデッドモンスターのような存在が出てきた場合、數ではなく數鋭で討つ必要がある」
「しかし指揮の不在は不味いのでは?」
「せんしかしらから、せ……せんば……えらべばーいい」
「指揮なんか無くても前の敵毆るだけでいいじゃねぇか……」
「……別働隊は後方から指令を出して、敵の本陣の発見や戦況的に不味くなったらき出すというのは?」
「上手くいきますか?」
「いかないとなー」
「ならばザリュースも含めて、6人で1つでよいのか?」
「いや、更に分けて3人の2組にしましょう」
數を分散させるということは2箇所で戦えるということでもあるが、逆に言うなら脆くなるということでもある。その不利益さを認識した上で、何のメリットを考えてザリュースがそれを発言したのか。みなの視線がその答えをんでいると理解し、ザリュースは答える。
「敵の首魁を打つ隊と、首魁の守備を釘付けにする隊の2つだ」
「それは……敵の守備隊を食い止めるのは危険が大きいな」
「し、しかたなーい」
「ならば私達3人の族長と、ザリュース殿が呼んで來られた族長の2つに分けるのが賢いでしょう。隊の役目は臨機応変に変化させればいいでしょう」
「うむ。それがいい。問題ないな、ザリュース」
「ああ、了解した。クルシュにゼンベルも問題は無いか?」
「こっちは特別には無いわ」
「俺もだ。好き勝手毆れねぇのは殘念だがな。勝者には従うぜ」
「では、向こうの襲撃まであと4日か?」
「だなー」
「ならばしなくてはならないことは?」
「投石の準備をしなくてはならないし、壁の強化。それと各部族の流を図り、それぞれがちゃんとくように組織立て無くてはならないだろう」
「その辺りの仕事の割り振りはシャースーリューに任せたいとスモール・ファング族としては思っている」
「おれたちもーそれでいいー」
クルシュとゼンベルもそれに同意するように頷いた。
「では、俺が指揮を執らせてもらう」
シャースーリューは再び見渡し、反対意見が無いかの最終的な確認を行う。誰一人、反論ない。それをけ、シャースーリューは頷く。
「ではこれから4日間で行うべきことを細かく決めていこう」
◆
一通り仕事を終えたザリュースは騒がしい村の中を抜けるように歩く。幾人ものリザードマンがザリュースのに押された焼印と腰に下げたフロスト・ペインを見て、敬意の挨拶を送ってくる。
多わずらわしくもあるが、士気を上げるという意味でも答えないわけにはいかない。自信に満ち満ちた、そんな余所行きの表を作ると、往々しくザリュースは答える。
そんな態度を取りながらザリュースが向かった先は、村の外壁の部分である。そこでは急ピッチにクルシュの知識にある壁を製作しているところだった。
幾人ものリザードマンたちが作業を行っていた。
木でできた杭と杭の間に植で下地を作る。そしてその上から水気のないような泥を塗っているのだ。そしてそこに祭司達が何かの魔法をかけると、水気が飛んだのか、ひび割れた壁のようなものが出來上がった。そして今度は裏から同じような作業を繰り返しだす。
ザリュースは何をしているのか理解できず、周囲を見渡し、それを説明してくれるような人を探す。それはすぐに見つかった。
「クルシュ!」
植モンスターの格好をしたリザードマンが、ザリュースの聲に反応し振り返る。
「ああ、ザリュース。どうしたの?」
「いや、何をしているのかと思ってな」
地をバシャバシャと歩きながらザリュースはクルシュの橫に並ぶ。それから目の前で繰り返される作業を指差した。
「あれは一?」
「泥壁よ」
頭部にあたる部分を掻き分けて、その顔を出させたクルシュが一言で答える。
「一どんな敵が來るのか不明だから、簡単には村にり込まれないように作りたかったんだけど……時間が無くて半分も終わらないわ」
「そうか……しかし泥なんかでは簡単に砕かれるのではないか?」
「…………」
クルシュの黙ったままの視線をけ、何か間違ったことを言ったかとザリュースは心で慌てる。
「はぁ。大丈夫。確かに薄い泥では簡単に打ち砕かれるけど、分厚い泥壁は簡単には壊れないわ。急ピッチだし充分な材料が集まらなかったから、雨をけたりするとしばかり弱くなるけど、そう簡単には破壊されないから」
確かに考えてもみれば、分厚くなったものは何でも壊すのに大変だ。
そう納得したザリュースの前で何十人ものリザードマンたちが必死に作業をしているが、その壁ができているのはほんの一部だ。あと3日頑張ったとしてもさほど進まないだろう。しかしながらあるのと無いのではまるで違う。
「現在、覆えない部分は塀の作り方を変更して、引き倒されないような構造に作り変えてるわ」
クルシュの指差す方角。
そこでは杭を抜き取り、三角形の足場の上に突き出すように組まれている。そして杭と杭の間には、草で編んだ紐が何本も弛みながらも連なっていた。ザリュースが思い出してみると、レッド・アイ族の塀もそのようにできていた気がする。あの時は質問することができなかったが、今回は問題ないだろう。
「アレは一?」
「あの足場の上に重りを載せて、引き倒されたり、押し倒されたりしないようにするの。そしてあの紐が間をすり抜けてくるものを止めるためのものね。ぴんと張ってると刃で切り裂かれちゃうから、わざと弛ませてるわけ」
ザリュースの質問に、聲を弾ませ答えるクルシュ。それはザリュースに教えられるのが嬉しいのだ。今まで教えられていた立場だったというのも1つだし、あるから來るものでもあった。
「なるほど……あれなら確かに簡単には壊されないな」
心した聲のザリュースに、自慢げな呼吸音を立てるクルシュ。
ザリュースは深く頷く。
かなり急ピッチではあるが、充分な要塞化が進んでいるといえよう。確かに人やドワーフたちが作るようなものには非常に遠い。しかしながら足場の悪い地という場所を考え、これ以上は現狀ないだろう。
「ところでザリュースは戦士達に――」
クルシュがそこまで口にした時、2人の元に風に乗って戦士達の騒ぎ聲が聞こえてくる。熱気に満ち満ちた激しいものだ。
「一何事?」
クルシュは聲の流れてきた方角に顔を向けるが、殘念ながら家に隠れて何が原因かまでは分からない。しかしどこかで聞いたことのある歓聲だ。
そんな風にクルシュがどこかで聞いたのか、と自らの記憶を手繰っている中、ザリュースには答えを述べる。
「ああ。これはゼンベルが戦っているのではないかな? 今頃、兄と遣り合っているのだろ」
「そうだわ。ザリュースが戦ったときの歓聲にそっくりなんだ」
納得いったクルシュの中に新しい不安が浮かび上がる。
「でも勝てるの? あなたのお兄さんが負けると面倒なことにならない?」
一応はこの同盟の最高指揮はシャースーリューだ。そんな命令を下す人が敗北を喫したりした場合、非常に厄介なことになるだろう。
というのもリザードマンは強さに1つの重みを置く。弱い奴では信頼できないという種族的な考えのためだ。そのため勝者が敗者に従うというのを納得できるものはないだろう。結果、命令が上手く通らなくなる可能は非常に高い。特にゼンベルを族長とするドラゴン・タクスの者はシャースーリューの命令を聞かなくなるだろう。
そんなゼンベルの強さを目の前で見せられたクルシュの不安も當然だ。しかしながらザリュースはさほど心配していなかった。
「さぁな。しかし兄も強いぞ。特に祭司の力を使用させる時間があればあるほど強くなる。下手すれば俺でも負ける」
自らに強化魔法をかけまくったシャースーリューは半端じゃ無く強い。さらに模擬戦では使わないだろうが、攻撃魔法まで使い始めたら、フロストペインを持っていなかった頃のザリュースでは相手にならなかったほどだ。
かつてザリュースが前の持ち主を倒したとき、フロスト・ペインの1日に3回までしか仕えない必殺技とも言っても良い特殊能力を、3度使わせた相手こそシャースーリューなのだから。
「ならば良いけど……」
今だ不安を隠しきれないクルシュに兄の戦う姿を見せてやるべきかと思い出したザリュース。そんな2人の前をぐったりした戦士達が數人、橫切って歩いていく。
「……あれは? 何かの病気かしら?」
「……ああ、ゼンベルが酒を飲ませた結果」
「な! 皆、急がしい時期に!」
「そういわないでくれ。各部族の意志をまとめるという意味での苦の策でもあるんだ」
そういいながらゼンベルはそんなことを考えている気配は無かったのをザリュースは思い出す。しかしクルシュはなるほどと納得の意志を示した。
彼の記憶にあったのはドラゴン・タスク族での酒盛りの景だ。あれによって急激に仲が深まったような記憶が、彼のイメージをより良いものとしている。
「それなら仕方ないわね」
「……そうだな。仕方ないな」
ふと、クルシュが黙る。
ザリュースは聞き出そうとはしない。ただ、黙って待つだけだ。やがて、クルシュはポツリと呟いた。
「避難の方は進んでいる?」
「ああ、あっちも順調だ」
各部族の選別されたものたちは現在一箇所に集められている。そこで出発の時を待っている狀態だ。
「あっちは問題なく進むかしら」
「そればかりは分からないな。もしかしたらこの湖からリザードマンは全て滅びるかもしれない」
ザリュースは今まで言わなかった1つの不安を口に出そうと決心する。全てが決まったこの狀況下で故意的に話さなかった容を告げるのは、あまりにも卑怯な行為だ。無論、そんなことザリュースだって理解している。それでも惚れたメスに隠し事はしたくないという、単純だが強い意志は抑えきれない。
「1つだけ不安があるんだ――」
ザリュースの隠し切れない不安を込めた聲をけ、クルシュが笑った。その笑いはしてやったりというものだ。あまりにもクルシュらしくない――場違いな表に、ザリュースはそれ以上の言葉を紡げない。そんなザリュースの代わりに口を開いたのは當然、クルシュだ。
「――あの時、言わなかった奴かしら? ならば敵がこのきを読んでいた場合。同盟を組むことを待っていた場合でしょ?」
ザリュースは黙る。その通りだと。
向こうが時間を與えたのも、価値を見せろといったのも、纏めあげた全部族を一気に潰したいという狙いを持っていた場合だ。そうだとすると逃げ出したリザードマンを追うだけの能力はないかもしれないという予測が立つ。しかしその場合もまた問題を含んでいるのだ。
既にその案に気づいていたクルシュは、その場合の結果、生まれる問題を述べる。
「それでも、結局、食料問題はいずれはでてくる問題でしょ?」
「……ああ」
結局、避難の方向で考えると、食糧問題はどうしても生まれてしまうのだ。
「不安は々あるわ。ザリュースみたいに々考える人はそうでしょうね。でもなんだかんだは1回勝って、それから考えましょう?」
「向こうが一回で諦めるとは思えないぞ?」
結局、敵の戦力や目的、そして正に至るまで全てが不明だというのが問題なのだ。報があればそれに応じた行が取れただろう。しかしながら皆目検討の付かない現狀では、最悪を予測した上で、最も安全だと思われる策を取るしかない。
それには答えずにクルシュは――
「見て――」
クルシュは手をあげる。その先には何もないが、指し示したいのはこの村の全てなのだろうとザリュースは理解できた。
「全てのリザードマンの部族が1つの目的に向かって努力している姿よ」
確かに様々な部族のリザードマンたちが同じ目的に向かって進んでいる。
ザリュースの脳裏に昨晩の一部の戦士たちでの宴會が浮かんだ。そこにはどの部族もなかった。確かにかつての滅ぼされた2つの部族の生き殘りにわだかまりがなかったといえば噓にはなる。しかしながら、その恨みすらも飲み込んで今回の一件に當たるというのだ。
皮なことだ。
ザリュースは口の中で呟く。外敵が出來ることで団結するその景を目の當たりにするとは。
「守るべきは可能よ、ザリュース。今回のこの全部族の同盟が、私達を発展させてくれるはずだわ」
クルシュの頭が壁にく。
ザリュースも見たことの無い技。しかし、これは他の部族の知るところとなった。ならばこの壁はいずれ、全てのリザードマンの部族で使われるだろう。このしっかりとした壁があればモンスターが中までってくることは無くなるだろう。
「ね、勝ちましょう、ザリュース。後のことなんか分かるはずもない。もしかしたら倒してしまえば敵はいないかもしれない。そうしたら私達は発展できるわ。もう、食糧問題なんかで同族殺しをしないでいい世界が來るかもしれない」
微笑むクルシュ。ザリュースはからこみ上げる気持ちを抑える。もし開放したらとんでもないことになりそうで。ただ、これだけは――
「やはりお前は良いメスだ。――初めて會ったときのことを、今回の戦いが終わったら聞かせてくれ」
クルシュは微笑をより明るいものとした。
「分かったわ、ザリュース。終わったとき答えは言わせて貰うわ――」
◆
準備の時間というものは非常に速く流れるものである。
そして――約束の日が來る。
太がじりじりと亀のようなきで天に昇り、澄み切った青いを見せる。
風はいつもどおりの涼しげなものだが、音というものを一切運んでこない。痛いほどの沈黙が世界を包んでいる。
刺せば破裂するような張。
誰かがごくりと唾を飲み、誰かが荒い息で呼吸を繰り返す。
その場にいるリザードマンたちが言葉を発さなくなってから、どれだけの時間が経過した頃だろうか。
突如、天にが開くように、ぽつんと黒雲が生まれる。それは前に起こったような勢いで範囲を広げ、どんどんと青かった空を覆いつくしていく。
だが、その下にいるリザードマンたちに驚愕や畏敬。そういったものは無い。ただ、前方のみを見據えるのみだ。
やがて完全に黒雲が天を覆い、太を遮ったことによる薄闇が周辺を漂いだした頃――
リザードマンたちの視線の先。森と地の境界線からゆっくりと、しかしながら無數といっても良いほど何かが現れだす。木々によって隠れているためにどれだけいるのかは分からない。ただ、無限とも思えるように後から後から姿を見せはじめた。
攻め手はゾンビ2500、スケルトン2500、アンデッド・ビースト400、スケルトンアーチャー200、スケルトンライダー120。
総勢5720に、指揮および守護兵。
対する守り手はリザードマンの5部族同盟。
グリーン・クロー部族、戦士103名、祭司5名、狩猟班7名、オス124名、メス105名
スモール・ファング部族、戦士65名、祭司1名、狩猟班16名、オス111名、メス94名
レイザー・テール部族、重裝甲戦士89名、祭司3名、狩猟班6名、オス99名、メス81名
ドラゴン・タスク部族、戦士125名、祭司2名、狩猟班10名、オス98名、メス32名
レッド・アイ部族、戦士47名、祭司15名、狩猟班6名、オス59名、メス77名
計、戦士429名、祭司26名、狩猟班45名、オス491名、メス389名
総勢1380名に、部族の族長およびザリュース。
■
後の世にて超越者<オーバーロード>の名をもって知られる至高帝アインズ・ウール・ゴウン。神王長とも稱される偉大なる存在が、直轄のナザリックを員して戦爭を行ったのは、カッツェ平野の大殺が最初とされる。
2つの國家が軍事力を員してぶつかり合いながらも、戦爭ではなく大殺と呼ばれるのは、至高帝アインズ・ウール・ゴウンの圧倒的なまでの力によって、敵軍に膨大な死者を生み出したためとされる。その圧倒的で一方的な行いは、戦爭ではなく大殺と呼ぶのが最も正しい、と。
そしてそれ以降も、ナザリックがいた戦いで戦爭と名づけられた行いは歴史上數ない。
しかしながら歴史には語られない戦爭――カッツェ平野の大殺の前に、小さな1つの戦いがあった。
その歴史に殘らない、規模からすると非常に小さな戦爭。
――今その戦いがゆっくりと幕を開こうとしていた。
【1章完】脇役の公爵令嬢は回帰し、本物の悪女となり嗤い歩む【書籍化&コミカライズ】
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8 66【第二部完結】隠れ星は心を繋いで~婚約を解消した後の、美味しいご飯と戀のお話~【書籍化・コミカライズ】
Kラノベブックスf様より書籍化します*° コミカライズが『どこでもヤングチャンピオン11月號』で連載開始しました*° 7/20 コミックス1巻が発売します! (作畫もりのもみじ先生) 王家御用達の商品も取り扱い、近隣諸國とも取引を行う『ブルーム商會』、その末娘であるアリシアは、子爵家令息と婚約を結んでいた。 婚姻まであと半年と迫ったところで、婚約者はとある男爵家令嬢との間に真実の愛を見つけたとして、アリシアに対して婚約破棄を突きつける。 身分差はあれどこの婚約は様々な條件の元に、対等に結ばれた契約だった。それを反故にされ、平民であると蔑まれたアリシア。しかしそれを予感していたアリシアは怒りを隠した笑顔で婚約解消を受け入れる。 傷心(?)のアリシアが向かったのは行きつけの食事処。 ここで美味しいものを沢山食べて、お酒を飲んで、飲み友達に愚癡ったらすっきりする……はずなのに。 婚約解消をしてからというもの、飲み友達や騎士様との距離は近くなるし、更には元婚約者まで復縁を要請してくる事態に。 そんな中でもアリシアを癒してくれるのは、美味しい食事に甘いお菓子、たっぷりのお酒。 この美味しい時間を靜かに過ごせたら幸せなアリシアだったが、ひとつの戀心を自覚して── 異世界戀愛ランキング日間1位、総合ランキング日間1位になる事が出來ました。皆様のお陰です! 本當にありがとうございます*° *カクヨムにも掲載しています。 *2022/7/3 第二部完結しました!
8 145[書籍化]最低ランクの冒険者、勇者少女を育てる 〜俺って數合わせのおっさんじゃなかったか?〜【舊題】おい勇者、さっさと俺を解雇しろ!
ホビージャパン様より書籍化することになりました。 書籍化作業にあたりタイトルを変更することになりました。 3月1日にhj文庫より発売されます。 —————— 「俺は冒険者なんてさっさと辭めたいんだ。最初の約束どおり、俺は辭めるぞ」 「そんなこと言わないでください。後少し……後少しだけで良いですから、お願いします! 私たちを捨てないでください!」 「人聞きの悪いこと言ってんじゃねえよ! 俺は辭めるからな!」 「……でも実際のところ、チームリーダーの許可がないと抜けられませんよね? 絶対に許可なんてしませんから」 「くそっ! さっさと俺を解雇しろ! このクソ勇者!」 今より少し先の未來。エネルギー資源の枯渇をどうにかしようとある実験をしていた國があった。 だがその実験は失敗し、だがある意味では成功した。當初の目的どおり新たなエネルギーを見つけることに成功したのだ──望んだ形ではなかったが。 実験の失敗の結果、地球は異世界と繋がった。 異世界と繋がったことで魔力というエネルギーと出會うことができたが、代わりにその異世界と繋がった場所からモンスターと呼ばれる化け物達が地球側へと侵攻し始めた。 それを食い止めるべく魔力を扱う才に目覚めた冒険者。主人公はそんな冒険者の一人であるが、冒険者の中でも最低位の才能しかないと判斷された者の一人だった。 そんな主人公が、冒険者を育てるための學校に通う少女達と同じチームを組むこととなり、嫌々ながらも協力していく。そんな物語。
8 59Duty
「このクラスはおかしい」 鮮明なスクールカーストが存在するクラスから、一人また一人と生徒が死んでいく。 他人に迷惑行為を犯した人物は『罪人』に選ばれ、そして奇怪な放送が『審判』の時を告げる。 クラスに巻き起こる『呪い』とは。 そして、呪いの元兇とはいったい『誰』なのか。 ※現在ほぼ毎日更新中。 ※この作品はフィクションです。多少グロテスクな表現があります。苦手な方はご注意ください。
8 180山育ちの冒険者 この都會(まち)が快適なので旅には出ません
エルキャスト王國北部、その山中で狩人を生業としている少年、ステル。 十五歳のある日、彼は母から旅立ちを命じられる。 「この家を出て、冒険者となるのです」 息子の人生のため、まだ見ぬ世界で人生経験を積んでほしいとのことだった。 母の態度に真剣なものを感じたステルは、生まれ育った山からの旅立ちを決意する。 その胸に、未知なる體験への不安と希望を抱いて。 行く先はアコーラ市。人口五十萬人を超える、この國一番の大都會。 そこでステルを待っていたのは進歩した文明による快適な生活だった。 基本まったり、たまにシリアス。 山から出て來た少年(見た目は少女)が冒険者となって無雙する。 これは、そんな冒険譚。 ※おかげさまで書籍化が決まりました。MBブックス様から2019年2月25日です。2巻は4月25日の予定です。 ※當作品はメートル法を採用しています。 ※當作品は地球由來の言葉が出てきます。
8 169外れスキルのお陰で最強へ 〜戦闘スキル皆無!?どうやって魔王を倒せと!?〜
異世界に転移した主人公に與えられたスキルは、ただ永遠と生きる事が出來る『不老不死』。ステータスは村人レベルであり、他にマトモなスキルといえば、算術やら禮節やらの、現代日本で培ってきたものばかり。 しかし、主人公を異世界に召喚した先が特殊で…。 ___________________________________________ 夜中に思いつきで投稿しました!後悔も反省もしてません! 現在好評(?)連載中の『転生王子は何をする?』もお願いします。
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