《オーバーロード:前編》戦-6

負ける。

それがコキュートスが現狀で思ったことだ。

を持つアンデッドがいないこと。それがここまで弱いとは。

コキュートスは自らの考えの淺はかさに頭を悩ます。この狀況下から逆転の一手。あることはあるが、それはあまり良い手ではない。なぜなら、それがくということはほぼ敗北と同意語だ。

だが、自らの主人に負けますと言えるだろうか。コキュートスはスクロールを手にする。この場合送るべき相手は――

「……デミウルゴスカ?」

『ふむ、そうだとも友よ。君が私に《メッセージ/伝言》を飛ばしてくるとは、一何事だね?』

非常に落ち著いた深みのある聲がコキュートスの脳裏に響く。そう、ナザリックの守護者のまとめ役でもあり、侵者に対する防衛の責任者でもあるデミウルゴスならば良い考えが浮かぶだろうと判斷してだ。

ある意味ライバルでもある存在に助けを求めるなんて、悔しい思いが無いのか、と聞かれれば々あると答えるだろう。しかしながら敗北は最も認めるべきではない事態だ。そのためであればどれだけ頭を下げても惜しくは無い。

「実ハ――」

現狀の説明。

數枚のスクロールを費やして行われたそれを、黙って聞いていたデミウルゴスは、困ったようなため息をついた。

『それで私にどうしてしいのかね?』

「力ヲ貸シテシイ。コノママデハ敗北シテシマウ。私ノ敗北ナラ別ニ構ワナイガ、ナザリック大地下墳墓ヒイテハ至高ノ方々ニ泥ヲ塗ルヨウナマネハデキン」

『……アインズ様は本當に勝利をおみなのかね?』

「何? ソレハドウイウ意味ダ?」

『それはアインズ様が何故、そんな下等なシモベで軍を構したのかという疑問さ」

「フム……」

それは確かにコキュートスも思った疑問だ。ナザリック大地下墳墓最低クラスのシモベで、軍を構しなくてはならない理由があるとは思えない。しかし、それで構したからには……

「……何カノ狙イアッテノコトダト?」いや、それしか考え付かない。「デハ、一、ドンナ狙イガ?」

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『……幾つか推測が立つが、ね』

流石はデミウルゴスか。

コキュートスは口には出さずに、守護者のまとめ役たる悪魔に敬意の念を持つ。

『さて……コキュートス。君はその場所に何日かいたわけだ。ならば攻める前にリザードマンの報を集めるべきではなかったのかね?』

「ムゥ……」

確かに當然だろう。しかし――

「シカシ、アインズ様ハアノ軍隊デ落トスヨウニト命令サレタ」

『そうだね。しかしし考えてしいのだよ、コキュートス。そこで最も重要なのはアインズ様の狙いではないかね? もし村を落とすことが最重要な任務なら、落とせるよう頭を使って考えるべきではないかね?』

「ムゥ」

コキュートスは言葉を紡げない。デミウルゴスの話はまさに的をているから。

『そこを考えて、君にシモベが與えられたのだろうね」

「……ワザト勝テナイ兵力ヲ與エラレタ?」

『可能は非常に高いとも。もし君が報を収集していれば、村を落とす兵力がそれでは足りないことを知ったかもしれない。そうすれば前もってアインズ様にご報告できただろう。それがアインズ様の狙いではないかな? つまりはアインズ様はこうおっしゃっているのだよ。自らの命令を絶対視するのは正しいが、もし命令の遂行が難しい場合はすぐに判斷を仰げとね』

つまりはアインズの真意を確かめ、それに対して行すること。

デミウルゴスが言いたいのはそういうことだ。

『意識改善の一環だろうね。他にも狙いはお持ちのようだが……』

「他ニモ?」

コキュートスは慌てたようにデミウルゴスに問いかける。既に1つにミスを犯しているのだ。これ以上のミスをしたくは無いという必死の思いで。

『メッセンジャーを村に送ったようだが、ナザリックの名前は一切出してない。そして君にも前に出るなと言われている。とすると――』

コキュートスは固唾を飲んで、デミウルゴスの言葉を待つ。しかし、その言葉はデミウルゴスの口から話されることは無かった。

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『っ! コキュートス、申し訳ないが、急ぎの用事がったようだ。申し訳ないがこれで終わりだ。君の勝利を祈っているよ』

突如としてデミウルゴスが急に話を打ち切ったのだ。そして《メッセージ/伝言》の魔法は消える。コキュートスは慌て、この部屋にいるある人に視線をかす。そこではエントマがボロボロになったスクロールを、手から無造作に落とすところだった。

それは使用した形跡を示すもの。つまりそれは――。

デミウルゴスが慌てて、魔法を打ち切った理由を悟り、コキュートスは深く考え込む。切り札を出すべきだろう。敗北しかけるまで出すなと自らの主人にいわれた切り札を。しかし、それは本當にアインズの目的にそぐう行なのか。

コキュートスは恐らく初めて、アインズの目的に対して深く考えをめぐらす。しかしながら、結論はやはり1つしかない。

コキュートスは《メッセージ/伝言》の魔法を発させる。

「――指揮タル、リッチニ命令ヲ下ス。進メ。リザードマンニ力ヲ見セツケロ」

豪華な――しかしながら古びたローブで、その骨と皮からなる肢を包み、片手には捻じくれた杖。骨に皮が僅かに張り付いたような腐敗し始めた顔に邪悪な英知のを宿す。からは負のエネルギーが立ちこめ、靄のように全を包んでいた。

そんな死者の魔法使い。

それこそ――リッチ。

邪悪な魔法使いが死んだ後、その死に負の生命が宿って生まれるという最悪のモンスターだ。今までの知の無いアンデッドモンスターとは違い、宿した英知は常人を凌ぐほど。

コキュートスからの命令をけ、地を一瞥する。そして直ぐ後ろに控えていた、自らと同じように生み出されたアンデッド――の大男<ブラッドミート・ハルク>に命令を下す。

『あの3人のリザードマンを殺せ』

指し示した場所にいるはずの3人のリザードマンに向けて、2のブラッドミート・ハルクが歩き出す。スケルトンライダーを屠ったようだが、ブラッドミート・ハルクはより強い。

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ブラッドミート・ハルクとは、真っ赤なをした贅だらけの大男のアンデッドだ。

汗の代わりにのような赤い粘が、を流れている。一歩一歩と歩くたびに、だぶだぶのがブルンブルンと揺れる。

単純な腕力で毆ることしか出來ない下級のアンデッドだが、再生能力を保有し、単なる理攻撃では同レベル帯であれば、非常に倒すまでに時間の掛かる存在でもある。

スペルキャスターであるリッチは近接戦ではさほど強いわけではない。そのためブラッドミート・ハルクを自らの橫に控えさせておく方が、本來であれば正しい考えだろう。

しかしそれではいけないのだ。

與えられた命令は力を見せ付けてやれだ。それを行うのに最も適した行はたった1人で、リザードマンの本拠地を陥落させることだ。

リッチは歩みながら薄く笑う。

容易いことだと。

アンデッドビーストを掃討し終わったリザードマンたちは疲労に肩を落としながら、安堵の息を吐く。なくない負傷者が出た。これは早急に村まで運んで休ませなくてはならないだろう。

今だ戦える者たちも実のところ、座ってしまいたいほどの疲労がある。全がだるく、武を持ち上げるのも億劫だ。だが、それにまだゾンビを片付けなくてはならない。

戦士頭が指揮を執る。

今だ戦えるものはゾンビを相手にしに行くぞと。

その時――

――業炎が上がる。その炎は2霊をたった一撃で半壊狀態まで持っていく。そしてもう一発。

その2発目の炎によって、霊は崩れるように消え去った。

何が起こったのか。

に周囲を見渡すリザードマンが、たった1つのアンデッドの存在を視認した瞬間、再び火球がそのアンデッドの手より放たれる。

頭ほどの大きさの火球は、一直線に中空を駆け、先頭に立っていたリザードマンたちの中に突き刺さる。

通常、火を水にぶつければ消えるだろう。しかしながら魔法という理によってり立つ現象は、そんな當たり前の現象も変化させてしまう。火球が水面にぶつかった瞬間、そこがまるで固い床であるかのように、そこを中心に炎が巻き上がったのだ。

紅蓮の烈火が數人のリザードマンたちを包み込む。

半徑5メートルを包み込む炎が吹き上がり、そして消える。

幻、そんな風に思っても仕方が無い、急激な消失だ。だが、しかし――漂う、焼けるような匂い。そしてそこに崩れ落ちたリザードマンたちは幻ではない。

ゆっくりとアンデッドが向かってくる。先のスケルトンアーチャーを潰したように、突撃を敢行すべきだろうか。リザードマンが迷っている間に再び火球が飛來。

発し、周辺のリザードマンの命を瞬時に奪う。

それはまさに圧倒的な力だった。祖霊が降りているはずの、リザードマンの幾人もが恐怖に怯えるほどの。

幾人かが突撃しようとして、機先を打ってきた火球によって焼き払われる。

「逃げよ!」

ビリビリと震えるような気迫の篭った怒鳴り聲がする。それは戦士頭の1人。

「あれはおそらくは強敵。今までの戦いとは違う!」

そうだろう。たった1人で進んでくるその姿。

それは圧倒的な威圧をリザードマンの誰にでもじさせた。

「お前達は戻って族長に、そしてザリュースに伝えよ」

「俺達が時間を稼ぐ!」

再び飛んできた火球が炸裂し、幾人ものリザードマンが倒れる。

「逃げよ! そして伝えよ!」

5人の戦士頭はリザードマンたちを村に逃がしながら、互いの距離を取る。先ほどの火球が破裂した際に生じる効果範囲を計算しての距離だ。つまりは誰か1人到達させる。それが目的の決死の陣だ。

離れた互いの顔を見合わせ、全力で駆け出す。

距離にして200メートル。絶的な距離だが、それでも行かないわけにはいかない。そしてもし倒れても後ろで見えているだろう族長。そしてザリュースがどうにかしてくれると信じて。

今まで押していたリザードマンたちが逃げてくる。

その景をザリュースは冷靜に睨んでいた。いや、ザリュースはその強大な敵が姿を見せた頃からずっと注意を払っていたのだが。

1のアンデッドが炎より來る死を撒き散らしていた。そのきは今までの知の無いものとは違う。

おそらくは敵の司令に當たる存在だろう。

そのアンデッドはリザードマンがある一定の距離にった瞬間、《ファイヤーボール/火球》による範囲攻撃で迎撃してくるのだ。その炎の一撃をけてなお立っている者はいない。既に5人に分かれて突撃を試みた戦士頭たちは、途中で皆、死んでしまった。

距離にして200メートル。それだけしかない。しかしながら何も無い地という場所を考えると、その距離は地獄へと変わる。

リザードマンの飛び道はスリング。これで200メートル離れた目標にぶつけるのは至難の業だ。それに高位のアンデッドは魔法を込めた武でなければダメージに行かない存在がいる。もし仮に向かってきているアンデッドがそうであった場合、怒らせるだけだろう。

今、向こうは余裕を見せてのんびり進んできているのだ。下手に突っつくのはバカのすることだ。

そして數で攻め込まなかったのは賢いとザリュースは思う。

範囲攻撃を行う存在に、有象無象が挑んだとしても死ぬのは目に見えているのだから。つまりはここは鋭が行くべき舞臺だろう。

ただ、それが問題だ。

確かにザリュースたちなら、《ファイヤーボール/火球》の1撃や2撃ぐらいなら余裕を持って耐えきれる。しかしながら敵の元にたどり著くまでに、1撃や2撃という數ではすまないだろうし、到著してからが本番だ。正面から《ファイヤーボール/火球》を食らいながら進むのでは、結局は負けてしまうのは予測に難しくない。

5人の戦士頭のように、途中で地に倒れる可能の方が高い。

ザリュースの見る中、最後の戦士頭が炎に包まれ、そして地に倒れこんだ。

「絶的な距離じゃねぇか」

「ああ……」

ザリュースたちはアンデッドの元まで、無傷――もしくは多の負傷でたどり著く手段について議論を重ねる。

地にもぐって潛むというのは?」

「祭司の力を持っても……かなり難しいです。不可視化の魔法が使えれば……」

不可視化の魔法をかけ、飛行の魔法による移を行えば一気に接近は出來るだろう。ただ、祭司の魔法にはそのようなものはない。

「ならよぉ。盾を作って構えながら進むというのはどうだ?」

「盾を作るのに時間がかかりすぎる」

「家をぶっ壊して……とかどうよ?」

自分で言っておきながら駄目だなとゼンベルは苦笑いを浮かべる。炎の発だ。ある一面を防いだとしても熱量は回って流れ込んできるだろう。熱がり込まないように、完全に覆った盾を作るには時間が無い。

あーだ、こーだ、とアイデアを出し合うクルシュとゼンベルは、ザリュースが冷たい顔でぶつぶつと呟いているのに気づく。

「どうしたの、ザリュース?」

しばかり怯んだクルシュは恐る恐る問いかける。ザリュースというオスがしそうもない顔をしていたのに不安を覚えて。

「いや……盾があると思ってな」

順調に事は進んでいる。2のブラッドミート・ハルクは今だ戦闘中。そしてその間に自らは村に向かって問題なく進んでいる。

幾度か、突撃を仕掛けてくる気配があったが、間合いにった瞬間の《ファイヤーボール/火球》の力を見せ付けてからは無駄な抵抗だと悟ったらしい。5人組が分かれて突撃してきたのが、間合いにられた最長記録だろうか。

それでも100メートルが限界だった。

リッチは無人の荒野を行くが如く、黙々と歩く。しかし油斷はしない。不可視化の魔法による隠や、沼地に隠れているのもがいないか。奇妙なところは無いか、注意を払うことを忘れてはいない。

目的の村までもはやそれほど距離は無い。

しかし、リザードマンも村に到著されるのは遠慮したいはず。ならばそろそろ反撃が來るだろう。

そう思ったリッチは村を眺める。

『ふむ』

どうやら向こうの切り札だろう。1匹のヒドラの姿が見えた。それがゆっくりとリッチに向かって歩き出す。

あれが切り札だとするなら、圧倒的な能力で切り伏せてしまえばリザードマンの戦意も喪失するだろう。そうすればより簡単に村を破壊できるはずだ。

リッチはヒドラが自らの間合いにるのをのんびりと待ち構えることとする。

そして間合いにるかどうかと言うところで、ヒドラは走り始める。そう、リッチに向かって。

『愚か。200メートルを踏破できると思ったか。所詮は獣か』

リッチは嘲笑を浮かべつつ、自らの手の中に《ファイヤーボール/火球》を作り出す。

そしてそれをヒドラに向けて放つ。

《ファイヤーボール/火球》は一直線に飛び、目標を外すことなく、ヒドラに直撃する。真紅の業火が上がり、ヒドラの全を嘗め回す。ヒドラの全が松明であるかのような、そんな炎上の仕方だ。

そんな中、よろめきはするもの、ヒドラの足は止まらない。炎に包まれながらも走ってくるのだ。いや、瞬時に炎は消えるのだから、それは目の錯覚だろう。ただ、そんな景はヒドラの並々ならぬ意志をリッチにじさせた。

リッチは不快げに顔を歪める。

己の魔法を一撃耐えた。そんな行いによって、自尊心を激しく傷つけられたのだ。確かにヒドラのにはエネルギーダメージを軽減する類の防魔法がかかってはいるようだ。しかしながら高位でもないそれに、己の魔法を完全に打ち消す働きは無い。

ヒドラという魔獣であれば、生命力にも溢れているだろう。ならば一撃ぐらいは耐えても當然か。

そう、リッチは判斷し、自らをめる。

そうして、なおこちらを向かってくるヒドラに冷たい視線を送った。まるで自らの魔法を軽視されているような気がするのだ。

一撃食らって、この痛みが分かってないとみえる。死ぬためにこちらに向かってくるとは。

『……わずらわしい、死ね』

再び火球が放たれ、ヒドラにぶつかる。業火がヒドラの全を焼き、これだけ離れていてもの焼ける匂いが漂ってくる気さえする。死なないまでも、こちらに向かってくることをためらうだけの負傷は充分に與えただろう。

しかし――

『――何故、止まらん? 何故、向かってくる?』

ロロロは走る。巨ではあるが、地ということもあり、その疾走はリザードマンとほぼ同等の速度だ。地にバシャンバシャンという大きな水音が激しく立つ。

琥珀の瞳は熱で白濁し、4本あるうちの2本の頭は既に力を失っていた。

それでもなお走る。

再び火球が飛び、ロロロのに當たる。火球の中に詰まっていたであろう熱量が一気に膨れ上がり、ロロロの全を嘗め回す。ガンガンと叩かれるような痛みが全を包み、目は乾燥し、熱せられた空気が肺を焼く。

が焼けただれ、激痛は先ほどから収まることなくロロロに警告を発する。これ以上食らったら死んでしまう、と。

それでも――走る。

走る。

走る。

足は止まることなく、前へ前へと送り出される。それはまさに信じられないような行いだ。

熱量によって鱗が剝がれ、その下の皮が捲れ上がり、が噴出している。それでもなお止まろうとしないのだから。

――ロロロはヒドラという魔獣である。

魔獣は人を超えたような知力を持つものから、そうではない――と何ら変わらないものまでいる。ロロロはどちらかといえば後者の存在だ。

程度の知恵しか持たないロロロ。それが死に瀕して、それでもなお前――苦痛を與えてくるリッチにめがけ走ることは不思議だろうか? 後ろを見せずにただ、ひたすら前に進む姿は不可解であろうか?

不思議だろう。

そして不可解だろう。

事実、敵であるリッチは理解できないものをじている。何らかの魔法でられているのか、そんな考えすらしている。

だが、違う。

そう、違うのだ。

リッチには理解できないだろう。

程度の知しかないロロロ――彼は自らの家族のために走っているのだ。

ロロロは自らの親とも言うべきヒドラの存在の顔を知らない。別にヒドラは生みっぱなしの存在というわけではない。そしてロロロが生まれる前に死んだわけでもない。

ロロロは未児だったのだ。通常のヒドラは8本の頭を持って生まれてくる。そして年を取るごとに數を増やし最大で12本まで増やすのだ。

しかしロロロは4本しか持たない。言葉は悪いが、そんな奇形といってもよい存在が、生きていける程、自然という場所は甘い世界ではない。そのため、ロロロの母に當たる存在はロロロを捨てたのだ。

これは別に母親が酷いわけではない。自然であれば當たり前の景なのだ。

生まれてすぐの、親の庇護下に無いヒドラ。たとえ、將來的に強大な存在になる可能めていようとも、い命が助かるわけが無い。事実、その命が盡きるのは時間の問題だと思われた。

そう、その場をオスのリザードマンが通りかからなければ。

そのリザードマンが、共にいたドワーフたちの危険だという聲を無視して拾い上げなければ。

必死に多くのドワーフを説得し、自らが飼う事を決めなければ。

――そしてロロロは母であり、父であり、馴染の友人である存在を手にれたのだ。

ロロロはなんとなく思っている。何で自分はこんなに大きいのだろうかと。なんで頭がたくさんあるんだろうか、と。自分の親でもある存在を見ながら時折思うことだ。

だからロロロはこうも思っているのだ。

多分、この頭のどれかが落ちて、自分の親のようになるんだと。

そうしたら――何をしてもらおうか。久しぶりに一緒に寢るのも良い――。

そんな思いを吹き飛ばすように、炎がロロロの視界を覆いつくし、再びガンガンと激痛が全を叩く。小さい聲で悲鳴のような鳴き聲を立てる。もはや激痛が走らない場所は無い。後ろから安らぎにも似た溫かな覚が伝わってくるが、炎によってあぶられたロロロのからすると、非常に弱弱しいものでしかなかった。

無數のハンマーで毆打するような激痛が、ロロロを苦しめる。

痛すぎて痛すぎて、考えが1つにならないほどだ。

足が必死になって、ロロロを止めようと痙攣という形で信號を送ってくる。

しかし――だ。

しかし――それでロロロの足は止まるのか?

――否。

足は止まらない。ロロロは進む。確かに歩みは遅くなった。炎がを焼き、筋を引っ張っているのだ。通常のときと同じようなスピードで走れるわけが無い。

1歩、足を踏み出すだけでも激痛が走る。

呼吸は苦しい。息を吸い込むだけでも一苦労だ。もしかすると肺まで焼けているのかもしれない。

それでも止まるような足は持っていない。

もはやく頭は一本しかない。あとの頭はピクリともかない単なる重しだ。そのロロロの白濁した視界の中、リッチが自らの手の中に、再び火球を作り出すのが僅かに寫る。

として直できる。

この一撃をければ死ぬと。だが、ロロロは恐れない。前へ前へ、ただひたすら前へ――。

ロロロが必死に――しかしもはや全ての力を使いきり――よろめくような速度で數歩歩いたとき、紅蓮の炎球はリッチの手より放たれ、ロロロめがけ中空を切って飛ぶ。

それはロロロの命を全て燃やし盡くすだろう。それは抗いようの無い事実だ。

即ち、それは死。

全ての終わりである――。

ただし――

そう――そのオスがいなければだ。

そのオスがそんなことを認めるだろうか?

そんな理不盡なことを?

そんなわけがあるはずがない!

『――氷結散<アイシー・バースト>!』

ロロロの後ろから飛び出、併走したザリュースが、手にした魔法の剣をび聲と共に振りきる。

まるで剣を振った先の大気が一気に凍りついたように、ロロロの前に白い靄の壁のようなものが立ちふさがった。それは極寒の冷気。フロスト・ペインによって生み出される冷気の本流だ。

それこそフロスト・ペインが持つ能力の1つ。

1日に3度しか使えない大技。『氷結散<アイシー・バースト>』。範囲の存在を一気に凍りつかせ、大きな損傷を與える技だ。

巻き起こった冷気の壁が理的な強度を持つように、飛來する火球を阻害する。炎を包した珠と冷気の壁――魔法という理が、2者がぶつかりあうに相応しいと判斷する。

著弾――。

豪炎が上がり、白の霧氷と熾烈な爭いを始める。

その2つは、まるで白の蛇と赤の蛇が共食いをするかのように食らいあった。一瞬の均衡の後、2つは同等の力であると評価され、互いにその力を失う。

《ファイヤーボール/火球》と『氷結散<アイシー・バースト>』。

両者は何も無かったかのように消えうせたのだ。

近くにはなったとはいえ、まだまだ遠く――そこでリッチが驚愕し、慌てるのが見える。自らの放った魔法が消されたことに対する態度として、最も正しい姿をしている。

そうだ。

確かにザリュースたちとリッチの距離はある。しかしながら、もはや顔の表を――きを充分に判別できる程度の距離でしかないのだ。

ロロロの必死の歩みは、不可能だと思われた道のりを踏破し、3人をここまで無傷で運んできたのだ。

「ロロロ……」

ザリュースは一瞬だけ言葉に詰まる。なんというべきか、ロロロの働きに最も適した言葉は何か。無數の言葉の中、ザリュースが選んだ言葉は非常に簡単なものだった。

「ありがとう!」

まるで馴染に向ける子供のような口ぶりでそう言い捨て、ロロロを振り返ることなくザリュースは走り出す。そしてザリュースのすぐ後をクルシュ、ゼンベルが続く。

白濁した視界の中、後姿を見送り、自らがすべきことを終えたことを悟ったロロロは最後に小さく鳴く。

それは自らの家族に送る応援の鳴き聲だった。

まさかという思い。

己の魔法が打ち消されたのだ。

何をしでかした。リッチはそう思う。

『ありえん!』

リッチは再び魔法を発させる。放つ魔法は當然《ファイヤーボール/火球》だ。己の魔法をかき消したのが、こちらに向かって走ってくるリザードマンのしたことだと認めたくなかったのだ。

放たれた火球が、3人のリザードマン目掛け、中空を駆ける。

そして先頭を立つリザードマンが剣を振った瞬間、生じた冷気の壁によって火球は弾かれ、両者は消えうせる。そう、それは先ほどと同じ姿で――。

「いくらでも撃って來い! 全てかき消してやる!」

聞こえてくるリザードマンの怒聲。

リッチは己の魔法を打ち消した存在が、そのリザードマンと認めるしかなく、不快な面持ちで舌打ちをする。

己の魔法である《ファイヤーボール/火球》は、もはや通じない可能が非常に高い。

ただ、リザードマンが言っているように、全てというのは不可能だろうと推測が立つ。流石に、そんなブラフにひっかかえるほど、リッチもそこまで愚かではない。

なぜなら、もし本當にそうならヒドラの後ろに隠れる必要は無かったはずだ。隠れながら接近してきたというからには、回數の限界はあるはずだ。

しかしながら――もしかするとあと10回は使えるかもしれないし、1回放つごとに力を消耗するだけで、回復さえすれば無數に放てられるのかもしれない。

《ファイヤーボール/火球》であれば、150発近く撃てるリッチとしては、ザリュースの発言がどこまでブラフなのかが判別できなかったのだ。

リッチとリザードマンたち。2者の距離はもはやさほど離れてはいない。

距離にして40メートル。

さらに見たところ向かってきているのは戦士だ。魔法使い系のアンデッドであるリッチにとって、接近戦はむところではない。

ゆえに《ファイヤーボール/火球》は使えない。流石にこの狀況下にあって、あと何発火球を防げるかを確かめてみるほど愚かではない。もし仮にヒドラの後ろにいて隠れてなければ――距離が迫ってなければ実験をしてみたかもしれない。しかし、もはやそんなことをしている機會は、あの忌々しいヒドラによって潰されてしまったのだ。

『おのれ……ヒドラ風が』

リッチはそう判斷し、次の手を打つ事とする。

ユグドラシルというゲームにおいて、魔法を使用することのできるモンスターは最大で6つまで有している。無論、ボスモンスターといった特定のモンスターを除いてだ。

そしてリッチも同じように複數の魔法を発する能力を有している。

『――ならば、これはどうかな?』

ちょうど好都合なことに殆ど一直線だ。ならば――

駆けてくる――もはや距離のかなり迫った3人のリザードマンたちに対し、リッチは指を突きつけた。その指には雷撃が纏わり付いていた。

けよ、我が雷を! 《ライトニング/電撃》!』

白い電撃が走る。そして――

離れていても確認できる。リッチの指に宿った白い――雷撃を。フロスト・ペインの『氷結散<アイシー・バースト>』は冷気系及び火炎系の攻撃を防ぐことは知っている。しかし雷撃は防げる自信はない。しかし、かけるしかないのか。それとも散會し、的を減らすのが上策か。

一か八かの可能にかけるか、最小の被害で抑えるべきか。

ザリュースはフロスト・ペインを持つ手に力を込める。

空気中がピリピリとした電気を含んだ気がした。それは雷撃が飛んでくる証だ。

「おれに任せろっぉ!」

び聲とともに、ザリュースの肩が抑えられ、ゼンベルが前に躍り出た。それと同じくリッチの魔法の発

『――《ライトニング/電撃》!』

「うぉおおおお! 『――レジスタンス・マッシブ!』」

電撃がゼンベルのを貫通するように流れ込むその一瞬、ゼンベルのがパンプアップした。

瞬き1つにすらならない時間の経過後、本來ゼンベルのを貫き、後ろを走るザリュースとクルシュに流れるはずだった電撃が、ゼンベルのに弾かれるように飛散したのだ。

『抵抗する屈強な<レジスタンス・マッシブ>』。

それはモンクたちが使う気の力を、一瞬だけ全より放することによって魔法による損傷を減らす戦技である。これこそフロスト・ペインの切り札『氷結散<アイシー・バースト>』によって敗北したゼンベルが、旅の間で學んだものである。範囲魔法だろうが、ダメージを與える魔法であれば効果を発揮する。

揺の聲がリッチ、そしてザリュースたちから上がる。しかし、リッチに比べて、仲間を信頼していたザリュースたちの驚きは非常に小さい。そのためリッチが驚愕している間に、なお一層距離を詰めることを可能とする。

駆けながら、なるほどとザリュースは思う。

あのときの一騎打ちにおいて、もし『氷結散<アイシー・バースト>』を使っていたらこの技で防がれていただろうし、使った一瞬の隙を付いて敗北を喫していただろうと理解して。

「はは! 楽勝だぜ!」

ゼンベルの余裕をじさせる聲にザリュースは顔を緩ませる。しかしながら直ぐにその表を引き締めた。なぜなら、ザリュースの耳に――非常に小さかったが――苦痛のを含んだ聲が微かに聞こえたからだ。

ゼンベルほどのオスが苦痛をかみ殺せなかったのだ。ならばそのダメージは小さくはないはずだ。それに、もしその戦技が完璧なら、ロロロを前に出して走るなんていう作戦に同意するオスではない。

ザリュースは前を睨む。もはや彼我の距離はさほどない。25メートルあるだろうか。

200メートルという距離。あれだけ長かった距離がもう、これだけだ。

距離が迫り、リッチは目の前まで來た一行を強敵と判斷する。自らの放った魔法を防いだ能力は見事と評価すべきだろう。無論、まだ他の攻撃手段は有しているが、防に関しても考える必要がある。

リッチはリザードマンを今なお下に見ている。しかし、それが油斷に繋がるかというとそうではない。

リッチは愚か者ではないのだから。

リッチはニヤリと笑い、魔法を発させる。

《サモン・アンデッド・4th/第4位階死者召喚》

地にゴボリと泡が立ち、円形の盾とシミターを持った4のスケルトンたちが、リッチを守るために立ち上がる。それはスケルトン・ウォリアー。スケルトンとは比較にならないだけの強さを持ったアンデッドだ。

他にも召喚できるアンドッドはいるが、スケルトン・ウォリアーを召喚したのは冷気攻撃を避けるためだ。リッチと、骨でできたスケルトン系のモンスターは冷気に対する完全耐を持っているから。

自らの魔法によって生み出された親衛隊に守られながら、リッチは一行があとしの距離を詰めるのを、見下すように見守る。それは挑戦者を迎えれる王者の態度だ。

やがて両者の距離は迫る。

たった――10メートル。

それだけしかもはや無い。そう、それだけしかもはや無いのだ。ザリュースはリッチが直ぐに攻撃してくる気配が無いのを確認し、後ろを振り返る。

190メートルという踏破した距離を。

200メートルの何も隠れるところの無い死地。ロロロ、フロスト・ペイン、ゼンベル、クルシュ。どれか1つ欠けただけでも不可能だった距離。絶対的難攻不落の距離。それはもはや無い。手をばせば屆くような距離を殘すだけ。

それは乗り越えられたのだ。

後ろでロロロが運ばれていくのが、しばかりの安堵を生み出し、ザリュースはその心を押し殺す。その殘る10メートル。それが最大の難関だということを理解しているからだ。ザリュースは浮つきそうな心にカツをれ、リッチを睨んだ。

恐ろしい存在だ。ザリュースはそれを正直認める。

目の前のモンスターは本當に恐ろしい。炎で薙ぎ払う魔法、雷で貫く魔法、アンデッドを召喚する魔法。それだけではなく、あと幾つ魔法を持っているか不明なのが、さらに恐怖に拍車をかける。

もしこんな場所で遭遇するのでなければ、遠目で確認した瞬間、全力で逃げることを考えるだろう。それほどの敵だ。

対峙するだけで、尾はピンと張り、本能が逃げることを要求してくる。ザリュースの左右に並ぶ、ゼンベルもクルシュも同じように尾がピンと張っているのが、橫目で伺えた。

2人とも今のザリュースと同じ思いなんだろう。そう――直ぐに逃げたい気持ちを押し殺して、リッチの前に立っているのだ。

ザリュースは尾をかし、2人の背中を叩く。

2人が揃って度肝を抜かれたような顔でザリュースを覗き込む。

「俺達ならやれる」

ザリュースはそれだけ呟く。

「そうね。ザリュース。私達ならやれるわね」

クルシュは尾をかし、ザリュースに叩かれた部分をでながら答える。

「ふん。楽しいじゃねぇかよ!」

傲慢な顔で、ゼンベルは笑う。

そして3人は最後の距離を詰める。

――彼我の距離8メートル。

ここまでの疾走で荒い息を繰り返すザリュースたちと、呼吸をしないリッチ。

両者の瞳がわった。口を開いたのはリッチが先だ。

『我は偉大なる方に仕えし、不死なる魔法使い――リッチ。頭を垂れるなら、汝らの命は保障しよう』

ザリュースは思わず笑ってしまった。このリッチは何も分かっていないと知って。

頭を垂れる? 馬鹿を言うな。ここまでザリュースがどのような思いを抱いて來たと言うのだ。

そんなザリュースの態度にリッチは不快を示すことなく、言葉を続ける。

『ここまで來たのだ。汝らの命は助かるだけの価値を示したと我は思う。選抜はなった。ゆえに頭を垂れよ』

「――ならば1つ聞かせてくれ。皆はどうなる? 後ろにいる部族の仲間達は?」

『――知らぬ。価値の無いものが存在を許されるとは思えんがな』

「そうか――なら答えは1つだな」

ザリュースは心底楽しそうに笑う。ゼンベル、クルシュの笑い聲が唱和した。

その笑い聲を不審そうにリッチは眺める。何故、目の前のリザードマンが笑っているのか、それが理解できないのだ。恐怖で狂ったにしてはおかしい。その程度しか思わない。

『――答えを聞こう』

「くく。答えが必要だとは……」

ザリュースはフロスト・ペインを持ち上げ、握りを確かめる。拳を持ち上げ、変わった構えを取るゼンベル。クルシュは特別な行為は起こさない。ただ、深く自らの中にある魔力に手をばす。いつ、魔法を発しても良いように。

「答えは――斷る、だ!」

その返答を充分な敵対的作と判斷し、スケルトン・ウォリアーたちはラウンドシールドでを隠しつつ、シミターを構える。

『ならば――死を諾せよ!』

「お前こそ――死者は死の世界に返れ! リッチ!」

この瞬間、この戦いの行く末を決める最後の戦いの幕が開く――。

    人が読んでいる<オーバーロード:前編>
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