《オーバーロード:前編》戦-10

アインズたちの本陣となるべき場所は、コキュートスが昨日いた――アウラが木で作り上げた住居だ。

要塞を建造する目的で其処は作られてはいるのだが、現在は時間的な意味で足りていないため、そこまでは進んでいない。コキュートスがいた大きな部屋を中心に、いくつかの部屋が建築されている程度だ。それも外から見れば、なんとか住居の形を取りました程度の酷いものである。

現在も耳を澄まさなくても、建築中の音が聞こえてくる。

アインズは部屋にり見渡すと、後ろで顔を伏せるアウラに視線をかす。

一応、アインズを迎えるということで、部屋の裝は何とか整っている。所々に涙ぐましい努力の後をじさせる。そしてやはりナザリックの第9階層等と比べてしまうと非常に見劣りしてしまう。

アウラはそれを恥じているのだろう。

まぁ、元々一般人であるアインズからすると、さほど気になることではないのだが。

「ここに留まると無理に言って悪かったな、アウラ。気にすることは何も無い。お前の働きは高く評価しているし、お前が私のために作っているものなのだから、この場はナザリックにも匹敵しよう」

「……はい」

すこしばかり大きく目を開いたアウラ。これでめはなっただろうか、とアインズは考え。これ以上上手い言葉が浮かばないために、誤魔化すように周囲を再び見渡す。

木の匂いがまだまだ殘る部屋である。

本來であれば防衛力がほぼ皆無なこの場所よりは、ナザリックまで帰還するほうが安全面では當然優れている。ここは防魔法等が一切掛かっていない、ある意味紙のような場所なのだから。しかし、何故ここに殘っているかというと、アインズは自らを囮にして、大魚を釣ろうという目的を持っていたためだ。

湖からここまではかなり離れているために、追ってこられるのは――いるとしたらユグドラシルプレイヤーのみだろう。つまりこの場所への襲撃はプレイヤーの発見に繋がるという寸法だ。

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無論、危険ではある。しかしながらアインズの中に、虎らずんばという気持ちがあったため、こういう手に出たということだ。

アインズの視線は部屋の奧に1つだけ置かれた白い椅子に止まる。非常に綺麗な白いものでつくられたそれは、蕓品としても優れていそうな作りだ。背もたれの部分が高く、どっしりとした作りである。あまりの見事な出來栄えに、この部屋ではしばかり浮いてさえいる。

「……あれは?」

に置かれたイスはアレだけだ。とすると聞くまでも無く――

「簡素ですが、玉座を用意させていただきました」

後方に付き従う部下――デミウルゴスの自信満々な聲が答える。だろうな、と思ったアインズは更に質問を投げかける。

「……何の骨だ?」

「様々なのものです。グリフォンやワイバーン等です」

「……そうか」

そう。

その玉座は無數の骨で出來ているのだ。ナザリックの調度品としては存在しないものだから、これはデミウルゴスが出向いた先で作ったモノだろう。しかも、その玉座はどう見ても人間種族の骨にしか思えない頭蓋骨等が無數に使われていた。

あれに座るのか、とアインズは僅かに逡巡する。しかし、部下が用意したものに座らないというのもあれだろう。何か正當な斷り文句でもあれば別なのだが――。

々と考えたアインズはぽんと手を打った。

「……シャルティア。そういえばお前には冒険者を殺したという罰を與えるという約束だったな。今この場で與える。屈辱を、な」

「はっ」

突然自分に話を振られたシャルティアは、しばかり驚きながらも答える。

「そこに膝を折って頭垂れるんだ」

「はい」

不思議そうな顔をしたシャルティアは、アインズの指差した場所――部屋の中央まで進むと言われたとおりの格好をする。

「ふむ」

アインズはシャルティアのすぐ傍まで近寄ると、そのほっそりとした背中に腰を下ろす。

「――あ、あいんずさま!」

発音としては『はいんずさま』としか聞こえないようなシャルティアの素っ頓狂な驚きの聲が上がる。かなり揺しながらも、ピクリともかないのはアインズを自らの背中に乗せているためだ。

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「この場で椅子となれ。理解したな」

「はい!」

やけに嬉しそうな聲を上げるシャルティアから、デミウルゴスに視線をかす。

「――すまんな、デミウルゴス。そんなわけだ」

「いえ。確かにアインズ様に相応しい最も高価な椅子です。流石はアインズ様。考えてもおりませんでした」

「そ、そうか……」

きらきらと輝きそうなデミウルゴスの尊敬の視線をけ、アインズは何でこんな良い笑顔なんだと不安から目を背ける。

むずむずとシャルティアのく。アインズのおを、座りやすい位置に微調節しているようなかし方だ。奇妙なむずしさに、アインズはシャルティアの後頭部を見下ろす。

――荒い息だ。

々重かっただろうか。アインズの腰の下にあるシャルティアの背中は14歳のに似合う、ほっそりとしたものだ。自分が非常に恥ずかしい命令を下したことを認識し、アインズは々調子に乗りすぎたかと考える。

――そうだ。シャルティアはかつての仲間が作ったNPC。ペロロンチーノもそんな風に使われると思ってはいなかっただろう。言うなら、かつての仲間を汚す行為ではないか。

「シャルティア、苦しいか?」

ならば、止めるとしよう。そう続けようとしたアインズを、シャルティアがぐるっと頭を回し見據える。その顔は真っ赤に紅し、瞳はに濡れたものだった。

「全然苦しくありません! それどころかご褒です!」

はぁはぁとの中に溜まった異様な熱気を吐き出し、とろんとした瞳の中にアインズの顔が映っていた。てらてらと輝く真っ赤な舌がを嘗め回し、妖艶な照り返しを殘した。僅かにをくねらせる様は蛇のようでもある。

どう見ても、完全にの炎が燃え上がっている。

「……うわぁ」

「――あっ」

おもむろにアインズは立ち上がる。今まであった心地良い重みがなくなったことに、シャルティアは驚きの表を浮かべた。

そしてズカズカと歩き出すアインズを、後ろから非常に殘念そうな聲が引っ張る。それを振り払いながらアインズが歩いた先にいるのはアウラだ。

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「アウラ。あの椅子に座っていいぞ」

「え? 良いんですか? やった」

ニヤリと殘酷そうな、それでいて無邪気な笑いを浮かべ、アウラは走る。そして驚愕するシャルティアの背中に、勢いを込めて座る。

「ぐっ!」

アウラのが小さいとはいえ、裝備品と重に速度を合わせれば、かなりの負擔となる。シャルティアが小さいながらもき聲を上げてしまう程度に。

もういいや。そんな空気を漂わせながら、アインズは白い玉座の元に向かった。

「……デミウルゴス。お前の椅子に座らせてもらおう」

「――畏まりました」

嬉しそうに笑うデミウルゴス。それと対照的に絶に染まった表をするシャルティア。

「……シャルティア、罰だと言ったはずだ。喜んでもらっては困るんだ」

「申し訳ありませんでした! ですので、もう一度チャンスを!」

アウラを乗せたまま、異常なほど必死に請願するシャルティア。そんな部下をアインズは心底困ったように見つめる。そして口の中で呟く。

おい、ペロロンチーノ、どんだけ変態設定つけたんだ、と。

「諦めろ、シャルティア。……さて、まじめに本題を始めよう。どうだったかな? いいじに彼らは驚いていたかな?」

「完璧だと思います、アインズ様」

「まったくでありんすぇ。 あのリザードマンたちの顔」

アウラを乗せたままの――絶濃く殘る――シャルティアの言葉に、アインズは心苦笑いを浮かべる。というのもリザードマンの表の変化は殆ど読み取れなかったのだ。爬蟲類よりは人間に似ていたが、人間とは表の変化がまるで違ったからだ。勿論、相手が渉に優れた人だったからという可能も當然あるのだが。

「そうか。ならば、示威行為の第一段階としては功というところかな」

アインズはほっと息を吐く。

流石に通常であれば1日に3度しか使えない超位魔法。その中の、アインズが習している30種類のの1つたる、《ザ・クリエイション/天地改変》をわざわざ発させたのだ。全然驚いてなかったら目も當てられないところだった。

「さて、デミウルゴス。湖の氷結範囲の詳細なデータの集計はいつ頃になりそうだ?」

「現在行っておりますが、想定以上の広範囲に渡っているため、々難航しているようです。よろしければ今しばらくお時間をいただければと思います」

「そうだな……。早急すぎたな、許せ」

「滅相もない」

膝を突こうとするデミウルゴスを手で押し止め、アインズは骨の手を口にあて考える。予想以上に広い範囲で発されたようだが、まぁ、魔法実験としては功とするか、と。

《ザ・クリエイション/天地改変》はフィールドエフェクトの変更を可能とする超位魔法だ。ユグドラシルであれば火山地帯の熱気を防いだり、氷結地帯の冷気を押さえたりという目的で使われるものだ。勿論、今回のアインズのようにダメージを與える用途でも使える、が。

別に超位魔法を用いなくても示威行為は出來た。

それにも関わらずに、今回発させたのはどの程度の規模――範囲で効果を発揮するのかという実験もかねての行使だったのだ。《ザ・クリエイション/天地改変》はユグドラシルでは、かなり大規模の範囲を覆う魔法である。アインズがナザリックで行った実験では8階層全てを覆うことも出來た。ただ、外の世界ではどのように結果をもたらすのか不明だったのだ。

ユグドラシルであれば1つのエリアだが、この世界ではそのエリアがどれだけの領域を占めるのかを知りたかったのだ。下手に平野にかけて、1つの平野を完全に覆ったとかなるとオーバーすぎるからだ。

しかし湖1つともなると効果範囲が広すぎる。やはり超位魔法の行使には充分な注意が必要か。アインズはそう決定し、心に刻み込む。

「では、アウラ。警戒網はどうなっている?」

「はい! 4キロ範囲で警戒を行っていますが、現在のところ特別なものが引っかかったという報告はけていません」

「そうか……完全不可知化を行って接近してくる可能があるが、その辺はどうなっている?」

「問題ありません。それを見破れるものをシャルティアの協力を得て、使用しております」

「見事だ」

アインズに褒められ、シャルティアに座ったまま、にっこりと笑うアウラ。先ほどの暗かった雰囲気はもはや無かった。

そんなアウラから視線をかし、中空に固定するとアインズは軽く安堵のため息をつく。

これだけ警戒しておけば、突然超位魔法を打ち込まれるという、奇襲はけないだろう。

無論、遠距離からの超位魔法を打ち込まれても、一撃は耐え切れるものしかこの場には連れて來てはいないのだが。

そこまで考えたアインズは死ぬのが一人いたと思って、そちらを見る。その視線のいた先にいるのは、吸鬼となったブレインだ。最後に部屋にってきて、所在なさげに目立たないよう端っこの方に立っている。

そんなブレインの事を、守護者の誰も気にしていない。ブレインという存在を、視野にれている気配もまるで無い――アウラは微妙だが。

つまりは彼の存在価値は守護者からすればその程度だということだ。無禮な行さえ取らなければ、どうでも良いと考える程度の。

そんなブレインを逃がした方が良いだろうか。そう考えたアインズは、面倒になって考えることを止める。

「……まぁ、いいか」

得るべき報は大半聞き出したはずだ。そのため現在のブレインの価値としては、いてもらう方が役に立つと考えられるが、どうしてもというほどではない。今回連れてきたのも、この世界の住人特有の知識に期待した程度。死んだら死んだで、諦めがつく。

それに何よりアインズに忠誠を盡くしてない存在だ。アインズが心配する必要じないのもまた事実だった。

そこまで考え、アインズはブレインを眺める視線に、不思議そうなものを混ぜ込む。

大人しい、のだ。

忠誠を向ける先であるシャルティアが椅子扱いされているのに、特別なんら行をしようとはしない。

何を考えているのか。

アインズはしだけそう思い、直ぐに頭から忘れ去る。どうでも良い事だと判斷して。

「それで行方針としては、リザードマンの掃討でよろしいのですか?」

「いや、そこまでする必要は無かろう」

デミウルゴスの問いかけに、アインズは手を左右に振る。

別にアインズは人を苦しめるのが好きだとか、殺すのが好きということは無い。結果として命が失われることは仕方が無い、必要な犠牲だと割り切っているだけだ。

そんなアインズからすると、別にリザードマンを皆殺しにしなくてはならない理由も考え付かない以上、そこまでする必要じない。

「しかし……まぁ、支配しやすいよう、強者は殺しておいた方がいいな」

「じゃぁ、アインズ様。あの時リッチとかブラッドミート・ハルクと戦っていた奴らを殺すというところですか?」

「……そうだな。あれらが強者っぽかったしな」

アインズは鏡に映っていた景を思い出す。

「そういえば、あの中に白いのがいただろ? 白蛇は縁起が良いというし、白いリザードマンはレアっぽかった。あれぐらいは生かして捕まえよう」

「畏まりました。コキュートスにはその旨を」

「頼む。それと死は回収できると良いな。死を使用して作ったモノと使わなかったモノ。同じデス・ナイトでも死を使って作った方が強いような気がする。それにリザードマンの死だともっと別の変化が出るかもしれないからな」

「畏まりました。死を回収する者たちを用意しておきましょう」

「ではその役目、わたしのアンデッドたちに」

アウラの椅子であるシャルティアが立候補する。

「ふむ。ではその件はシャルティアに頼もう。ただ、回収は一応、最後だぞ。死を奪われるぐらいなら……とかの厄介ごとはごめんだ」

「はっ。では準備だけしておきんす」

「よし。とりあえずは以上だな。――さて、攻め込ませる前に一応様子を見ておくか」

アインズはブレインに壁に掛かっている鏡を持ってくるように命令する。

やけに素直に命令を聞くブレインを不思議に思いながら、シャルティアの命令かと自分で納得し、アインズは鏡に注意を向けた。

遠隔視の鏡<ミラー・オブ・リモート・ビューイング>に、ゆっくりとリザードマンの村の俯瞰図が浮かび上がる。その中に粒のようなものが、うろちょろとき回っているのが分かった。

アインズは鏡に手を向け、それをかすことで映る景を変化させていく。

まずは當然、拡大だ。

それによってリザードマンたちが、必死に戦爭準備をしている姿が赤々に映し出された。

「無駄な努力を」

アウラを背中に乗せたまま眺めるシャルティアが、そんな景に嘲笑を込めた聲で呟く。デミウルゴスは優しげな眼差しでそんなリザードマンたちを眺めていた。

「さてさて、どこにいるやら。リザードマンの違いって微妙なんだよなぁ」

アインズはあのときの6人を探そうとし、顔を顰める。

外見が大きく違うならすぐに分かるのだが、微妙な差だとまるで同じリザードマンのように見えてしまうのだ。特にほんのししか見ていない場合は特にそうだ。

「おっと――これは鎧発見。これが投げていた奴か? で、グレートソード持ちはここと。やはり違いが微妙だな。片腕……発見」

そこまで観察していたアインズは、困したようにせわしなく鏡に映る景をかす。

「……白いのと、魔法のシミターを持っていた奴がいないぞ?」

「魔法のシミター……ザリュースとか言っていましたっけ?」

「ああ、そうだ。そんな名前だったな」

アウラの発言に、渉の場に來たリザードマンを思い出す。

「家の中にいるんじゃないですか?」

「かもしれんな」

流石に家の中までは、遠隔視の鏡<ミラー・オブ・リモート・ビューイング>で見通す事はできない。通常であればだ。

「デミウルゴス。無限の背負い袋<インフィニティ・ハヴァサック>を」

「畏まりました」

一禮したデミウルゴスが、部屋の隅に移されたテーブルの上に乗っている背負い袋を手にすると、アインズにそれを丁寧に手渡す。アインズはその背負い袋の中から一枚のスクロールを取り出した。

そしてそのスクロールから魔法を発させる。

不可視かつ非実の作だ。魔法的な障壁があると侵する事はできないのだが、通常の壁であればどれだけの厚さでも通り抜ける事ができる。もし、仮に侵できなければ、そこには何らかの強者がいるという証明にもなる。

遠隔視の鏡<ミラー・オブ・リモート・ビューイング>と連結させることで、目に景を守護者にも伝わるようにすると、アインズは空中に浮かぶ目玉にも似たかす。

「まずは、この家にってみるか」

適當に最も近くにあるみすぼらしい家を選ぶと、アインズはをその中に侵させる。室は暗いのだが、このを通せば真晝のごとくだ。

その家の中では、白いのが組み伏せられ、尾を持ち上げる様な形で、その上から黒いのが乗っていた。

最初の一瞬、何をしているのか分からなくて。

次の瞬間、何でこんなことをしているのかと理解できなくて。

それから、アインズは無言でを外にかす。

「……」

遣る瀬無さに満ち満ちたアインズは、無表に頭を抑える。控える守護者たちはなんというべきか困った顔で互いを伺っていた。

「――まったく不快な奴らです。これからコキュートスが攻め込むというのに!」

「そうです。その通りです!」

「デミウルゴスの言うとおりでありんすぇ。 奴らには罰を與えるべきです!」

アインズが軽く手を上げると、守護者達の言葉は止む。

「……まぁ、これから死ぬんだとか分かれば、そういうのもありだろう」

うん、と自分の意見を肯定するようにアインズは頷く。

「おっしゃるとおりです!」

「あれぐらい、許すべきですよね」

「全く、全く!」

「……お前ら黙れ」

守護者は全員、口を閉じる。そんな3人を見て、アインズは1つため息をついた。

「……なんだか力が抜けたな。まぁ、リザードマンの村には警戒すべき相手はいないと、もはや思っていいだろう。しかし油斷はするな。こちらに向かって來ているかもしれないのだからな。アウラの警戒網にひっかかる者がいたら、私を含む守護者全員に出てもらうぞ」

「畏まりました。ナザリックで大の打ち合わせをしたように、數がない場合は打って出る。こちらよりも同數または多い場合はシモベをぶつけることで敵の力を確かめると同時に、私達は全員撤退ということで」

「うむ、そうだ。相手の実力が分からない段階で、お前達をぶつけたくは無いからな」

腰が引けた計畫だが、重要な手駒を使う場合は、絶対に勝てる戦いしかしたくないというのが、アインズの行方針だ。コキュートスにも実のところ勝ち得ないほどの強者を相手にした場合は、逃げるように命令しているのも、その一環だ。守護者をこんなところで失うなんて馬鹿すぎるから。

仮にユグドラシルプレイヤーがいた場合は、リザードマンの村から手を引くなんて約束なんか守る気はない。味方に出來なかった場合は全力を持って滅ぼす。その場合は8階層を用いても。

アインズは約束ごとを破ることに対する罪悪を振り払う。

最も重要なことのためならば、多の噓も方便だと自分をごまかして。

「……さて、後は上映時間になったら、コキュートスの戦闘風景でも楽しませてもらおう。ブレイン。全員分のイスをもってこい。戦闘景はイスに座って眺めた方が楽しめるというものだ」

「はい。畏まりました」

「……イスのある場所は知っているのか?」

「外にいる者に聞こうと思います」

「……そうだな、では頼んだ」

深くお辭儀をすると出て行くブレインを、僅かに頭を傾げながら見送り、興味をなくしたようにアインズは鏡に映る景を眺める。

必死に準備をしているリザードマンたち。

アインズは微笑む。無駄な抵抗を必死で行おうとするその姿に、哀れみとも慈とも判別がつかないような思いが浮かんだのだ。

ブレインは扉を注意深く靜かに閉める。人生で一番注意して、中の者達を刺激しないように。

扉が閉まり、空間が隔てられたところで、ブレインは深く息を吐き出す。それと同時にに奇妙に溜まっていた力が抜けていく。

「ふぅー」

ブレインが己が全てを捧げるべき対象――シャルティアがイスにされても何もいわない理由。それは単純で明快だ。

恐怖である。

より正確に言うなら生存本能を強力に刺激されてと言うべきか。アンデッドに恐怖等の、負の神作用効果はほぼ発揮しないはずなのだから。

ナザリックという巨大なダンジョンを支配する存在が弱いわけではないのは理解していた。自らの主人であるシャルティアが今なお――ヴァンパイアという、能力的に人間を軽く超越する存在になってなお、太刀打ち出來ない存在であると直できるのだから。そのシャルティアの主人であるアインズが弱いはずは無いと。

だが、あれほどの広大かつ、巨大な魔法を見せ付けられて怯えない者はいない。

あれは化け過ぎる。

いや化けという言葉では生易しすぎる。

あれは神とか言われる存在だ。

ブレインは、アインズという存在をもはやそうとしか思えなかった。

正直に言おう。

ブレイン・アングラウスは自らの幸運に安堵していたのだ。人間という陣営から、ナザリックという陣営に移ることが出來て。そしてそれと同等の哀れみをじる。この世界の全ての生き――搾取されるだけの哀れな存在へ。

4時間という時間は瞬く間に過ぎ去る。

今では氷の融け去った地――リザードマンの村正門には戦士階級のリザードマンが集まっていた。前日の激戦を生き殘り、今回の戦いに參加する戦士階級のリザードマンの數はさほど多くは無い。

全員で316名。

オスやメスのリザードマンが戦いに參加しない理由は、シャースーリューの『敵の數がないということを考えると、多くでかかると邪魔になる可能がある』という理由によるものだ。

一見すると正當な理由のようにも思えるが、実際は勿論違う。

ザリュースはリザードマンからし離れたところで、集まってきた戦士階級のリザードマンたちを眺めていた。

皆、全に祖霊を降ろしている証でもある紋様を描き、鋭い刃のような意志を顔の上に浮かべている。誰も敗北するだろうとは考えていない。

そして周囲には戦いに挑む戦士達に聲援を送るリザードマンたちがいた。こちらは負けるとは思ってない者もいれば、不安を隠せない者もいる。

そんな景を目にし、ザリュースは心の淀みは一切表に出さないよう苦労して表を作る。この戦いは敵の――アインズに対する供だということを、他のリザードマンたちに悟られないように。

そう。この戦いに恐らく勝算は無い。先のシャースーリューの発言の後ろにある意味は『勝算は無い。だから最低限の犠牲で済ませたい』という気持ちだ。

そんな意味を知っているのは族長たちのみ。

この戦いでアインズが、リザードマンに決定的な敗北を示したいと思っているのは事実だろう。そのためにリザードマンは完全な敗北を演じなくてはならない。もしそうしなかったら、本當に皆殺しに合うかもしれないのだから。つまりこれは止む得ない犠牲だ。ただそれでも、族長達は戦士階級のリザードマンたちを裏切っていると言われても、それを否定する言葉を持たないのも事実だ。

ここに集めたときから多くのリザードマンは死ぬと思っていた。それからすれば犠牲はない方だと、ザリュースは自らをめることは出來る。しかし、それでも心に溜まった淀みが晴れることは無い。

ザリュースはリザードマンから目を離し、敵の陣地を鋭く睨む。

スケルトンたちは先と同じ位置のまま一歩もいていない。そして全鎧を纏った騎士のような者たちの姿は何処にも無かった。恐らくは森の中で待機しているのだろうか。

コキュートスという存在らしき姿は見えない。そしてあの魔法使い――アインズの姿もまた見えない。しかしながら、どこかで観察しているだろうと間違えようの無い予測が立つ。

そんなことを考えるザリュースの後ろから、バシャバシャという重いものが地を歩く音がし、

「――おう、ザリュース」

ゼンベルの気楽そうな聲が掛かった。

「ゼンベルか」

「おうよ」ゼンベルはぐるっと周囲を見渡し、ザリュースに問いかける。「クルシュはここには來てないみたいだが、おめぇの表から推測するに何とか納得したみたいだな」

「……まぁな」

「どんな説得したんだ? ありゃ、ぜってぇ無理っぽかったのによ」

気楽な、軽い話題を振っただけというゼンベルだが、ザリュースはそれを答えるすべを持たない。せいぜい濁す程度だ。

々だ。……そう々だ」

「ふーん」

しばかり遠い目をするザリュースに、何かをじたのかゼンベルはそれ以上問いかけることなく、視線をかしリザードマンたちを見渡す。

「士気は最高ってじだな」

ザリュースも同じように戦士階級のリザードマンたちを眺める。

先ほどと変わらない、自信に溢れたリザードマンたちが戦いの時を待っている。これから戦う相手がどれだけのものかを知らないリザードマンたち、を。

「……だな。コキュートスという敵を前にしても、この士気を維持できれば良いのだが……」

その言葉にゼンベルはピクリと顔を歪ませる。

「……あとしでコキュートスとか言う奴に會えるんだがよぉ……どんなのだと思う?」

「それは姿格好という意味か? ……想像もできないな」

アインズという存在とその従えていた部下から考えても、まるでイメージが浮かばない。通常イメージするなら巨大とかが相応しい気がするのだが、アインズが連れていたものに巨大なものはいなかった。

「おれはよぉ、ドラゴンとか思ってんだけど、どうよ」

「……ああ、なるほど。それは確かに當たりそうだ」

最強の種であるドラゴンというのは確かに當たりかもしれないと、ザリュースは考える。

普通であればドラゴンを部下にするなんというのは英雄譚の領域だが、アインズという名の化けならば妥當と考えられる。

あの銀髪のが実は、ドラゴンが人間に変していましたとか言われても、納得してしまう気がする。

「だろ。ドラゴンなんか見たことなんかねぇからな。最後の相手にするなら悪くねぇ」

ゼンベルの発言にザリュースは軽口を返そうとして、あるリザードマンの姿を確認し、別の言葉にする。

「――兄だ」

「お? もう時間か?」

門にシャースーリューの姿があった。全てのリザードマンたちがシャースーリューと、その橫に立つ2地の霊<スワンプ・エレメンタル>に注目する。

クルシュが來ない理由。それはスワンプ・エレメンタルの召喚に魔力を流し込んでいるためだ。ザリュースに長時間効果の続く防魔法を幾つかかけ、さらに霊を召喚するともなれば、ほとんどきできないほど魔力を使うだろう。

事実、2人で家を出たときに、そうクルシュから告げられたのだ。魔力を注ぎこむため、意識を失うだろう、だから會えないと。

ザリュースは僅かに寂しさをじ、村の方を見る。その視線の先、そこにクルシュがいるだろうと思って。

「おい、そろそろ終わりだぞ」

ゼンベルがザリュースのわき腹を突っつく。その行為にザリュースは自分を取り戻す。

シャースーリューの戦意向上の言葉は終わりを迎え、周囲のリザードマンの戦意は最大限まで昇りつめ、熱気が満ち満ちていた。

「――そろそろ時間だ。戦士たちよ、進むぞ!」

先頭にシャースーリューと2のスワンプ・エレメンタルを擁き、リザードマンたちはゆっくりと歩き出す。

村から離れるのは、村を巻き込まないためである。

ザリュースとゼンベルはその最後を歩く。

ザリュースはふと振り返って村を眺めた。みすぼらしい泥の壁。そしてこちらを心配そうに、または無事に帰ってくるだろうと信じて見つめるリザードマンたち。

ザリュースは微かなため息をつく。もう二度と戻れないのだろうと思って。

そして歩き出す。コキュートスと戦うべく。

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