《オーバーロード:前編》者-1

バハルス帝國、帝都アーウィンタール。

帝國國土のやや西方に位置するこの都市は、中央に鮮帝との異名を持つ皇帝――ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスの居城たる皇城を置き、放線狀に大學院や帝國魔法學院、各種の行政機関等の重要なものが広がった、まさに帝國の心臓部ともなっている都市だ。

現在、帝都アーウィンタールはここ數年の大改革によって生じた活気と混によって、帝國の歴史の中でも最も発展を遂げている最中であった。新しいものがどんどんと取りれられ、多くの資や人材の流がある。そしてその反面、古く淀んだものが破棄されていっていた。

そんなこれからの將來に対する希的な景に、ここで暮らす市民の顔も明るいものが多かった。

そんな帝國の力の結晶たるこの都市の驚くべき景というのは幾つもあるが、その中の1つ。帝都に來た者の大半が驚くもの。それは――ほぼ全ての道路が石畳に覆われているということだ。

これは周辺國家でも類を見ないものだ。無論、帝國國全ての都市が、そこまで行われているということは無い。ただ、それでも帝都を見れば帝國の潛在力が分かると、周辺國家の外が謳うだけのものはあった。

その中央道路。

線狀に走る道路の中でも、街道からそのまま乗りれており、帝都の主たる道路となっている道路の1つだ。

そこは道の真ん中を馬車や馬が通り、脇を人が歩く歩道となっている。それ自は一般的な道路となんら変わらないが、帝國の主たる道路だけあってそこらの都市のものとは違う。

歩道がしっかりとした作りとなっているのだ。

道路と歩道の境界線にはちょっとした防護柵が立てられており、歩くものの安全を確保している。さらに段差をつけることでより安全を確保していた。

道路脇には夜になれば魔法の明かりを放つ街燈が一定間隔ごとに立てられていた。そしてある一定間隔で騎士が立ち、周辺の安全に目を配る。

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これほど立派な道路は近隣諸國を見渡してもそうは無いだろう。それほどの道路である。

そんな道路脇の歩道を、歩く者の多くの中に、1人の男がいた。

長は170中ほど。年齢は20になるぐらいだろうか。

金髪、碧眼、日に焼けた健康的な白いという帝國ではまるで珍しくない特徴の男だ。

形ではない。だが、別に悪いという意味でもない。ただ、多くの人間がいればその中に埋沒してしまいそうな、十人並みという容貌だ。

しかし、どこと無く人を引き付ける魅力を持っている。それは顔に薄く浮かぶ朗らかな笑顔からのようにも、自信に満ち溢れた堂々たるきからのようにも思われた。

男は機敏に、だが、歩くものの邪魔にならない程度の速さで歩道を進む。

手足を振るたびに、シミ1つ無い綺麗で立派な服の下から聞こえるのは、鎖のり合う微かな音。鋭い者ならそれが薄いチェインシャツによるものだと察知しただろう。

さらに男は腰の左右には2本の剣を下げていた。長さとしてはショートソードよりも若干短め。長さにして刀部分が60センチあるかないかぐらいだろう。握りの部分はナックルガードで完全に覆われている。鞘は凝ったではないが、重厚のある安くはなさそうなものだ。そして腰の後ろには毆打武である、メイス。これは特別立派な作りではない。念のために持っているというのが分かるような一品だ。

そんな裝備から、男が単なる戦士では無いのは、一目瞭然だ。

を1つ、2つ持つというのは、この世界であれば當たり前といえば當たり前の景だ。道行く人間を見ていれば武裝したものを見るのは珍しく無いとわかるだろう。だが、刺突、斬撃、毆打と3種類の攻撃方法を備えているものはそうそういない。

つまりはそういった可能――様々な武を使わなければいけないような狀況、モンスターとの戦闘を考えた武裝だということだ。

つまりは男の正は冒険者というのが予測される答えの第一だ。

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しかし、実のところ、彼は冒険者ではない。冒険者はどちらかと言えば守りの仕事。それに対し彼の仕事はもっとアグレッシブなものだ。

冒険者というものはギルドが仕事を請負、調査し、適格だと思われるランクの冒険者に振り分けられる。つまりは適當な仕事なのかどうか、最初の段階でギルドが調査しているのだ。そのため、危ない仕事――市民の安全を揺るがすような仕事や犯罪に係わるような仕事は破棄される。

要は麻薬に使われる植の調達のような仕事は、ギルドが全力を挙げて阻止する方向に持っていくということだ。

さらにギルドは生態系のバランスを破壊するような仕事も破棄する。例えば、ある森での生態系の頂點に立つモンスターをこちらから出向いて殺したりはしないということだ。そのモンスターを殺すことで生態系が崩れ、その結果として森の外にモンスターが出始めることを忌避するためだ。當然、頂點のモンスターが森の外に出てきて、人の生活圏を犯すというなら話は別だが。

つまり、冒険者は正義の味方にも似たものだと考えると正しいのかもしれない。

ただ、そんな綺麗ごとばかりで話は回るわけが無い。何よりも金がしいという者もいるだろう。見返りを求めて危険な仕事を行う者もいるだろう。モンスターを殺すのが好きだというものもいる。

そんな者たち――冒険者としてのの面よりも、影の面を求めた者たち。冒険者のドロップアウト組み。そんな者たちを嘲笑と警戒を込めて『請負人(ワーカー)』という。

そして今、道行く彼もその請負人の一員だった。

ふと、彼は道を歩きながら何かに気付いたように顔上げる。周囲の人間達も彼と同じ方向を一瞬だけ伺い、すぐに興味をなくしたいように視線を戻す。中の幾人かは連れとその件を話のネタにしているようだったが。

再び遠くから、風に乗って微かな歓聲が聞こえる。そのに飢えた聲は、戦いのときに聞こえるものに似ている。

男の視線の先――かなり先だが、そこにあるのは闘技場。

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ワーカーである彼は別にそんなところに行かなくても、充分満足するだけのを見ている。それに金をかけるという行為にも興味が無い彼が、行くことは殆ど無い場所だ。

出てきた答えに興味をなくした男は視線をかす。しだけ、今日の闘技場で開催される試合を思い出しながら。

やがて彼は騎士が立って周囲を警戒している4大神の神殿を橫目に見ながら、角を曲がる。騎士達の視線が自らの腰に辺りに集まっているのは當然察知しているが、特別な行は一切取らない。

まぁ、當たり前である。そんな自分から怪しいですよという行を取るほど、彼は愚かではないのだから。

帝國の騎士とは専業兵士であり、警察機構も兼ね備えた者たちだ。

さらにはある一定以上の任期を努めたものには、軽量化の魔法が掛かった全鎧と、鋭さを上げた魔法の剣の貸與を許される帝國治安の要である。そんな者たちからすれば複數の武を所持した男というのは、充分警戒の対象になるのだから。

実際、道を歩けば騎士の多くが彼に注意を払っているのがじ取れる。時には聲をかけられたり、手配書と顔を見比べられたりする時だってあるぐらいだ。視線の1つや2つぐらい大した問題でもない。

彼が道なりに幾つもの店の前を通りながら進んでいくと、やがて見慣れた看板が姿を見せた。

看板には『歌う林檎亭』と書かれていた。

林檎の木から作り出した楽を使った、そんな遊詩人が集まったのが店の始まりとされる、酒場兼宿屋だ。外見は年季のったものだが、中は意外にしっかりとしている。隙間風なんかまるで無いし、床は綺麗に磨かれている。確かに宿泊代はそれなりの金額が掛かるが、それでも彼個人としてはオススメの店である。

そして――何より飯が味い。

そんなのが、彼と――彼の仲間達の滯在する宿屋であった。

彼は本日の夕食のことに思いを馳せながら扉をくぐる。彼の好みの豚のシチューが出れば最高だ、と。

宿屋にった彼の元に飛び込んできた聲は、仲間からの労を労う聲でもなく、帰還に対する聲でもなかった。

「――だから言ってるでしょ! 知らないって!」

「いえいえ、そんなことを言われましてもね」

「別にあの娘の世話人でもなければ、家族でもないんだ。あの娘がどこにいるかなんか知るわけ無いでしょ」

「お仲間じゃないですか。私も知らないと言われて、はいそうですかと引くわけにはいかないんですよ、仕事なもんで」

宿屋の一階部分。酒場兼食堂の真ん中でにらみ合う1組の男

は彼の非常に見知った顔だ。

くすんだ金のような髪は短くばっさりと切られている。目つきの悪い顔には化粧っけというものがまったく無い。そんな彼の最も目を引くところは、常人よりもはるかにびた耳。そう、彼はハーフエルフという種族である。

森の種族であるエルフは人間よりもほっそりとした生きだが、彼もそのを引いているのが一目瞭然な肢は、全的にほっそりとしており、にもにも特有のまろやかさというものがまるで無い。鉄板でもはめ込んだようだった。

著ているはぴっちりとした皮の鎧。腰には短刀を下げている。

近くから見ても、一瞬だけ男にも勘違いしてしまうような、そんなだ。

こそ、彼の仲間であるイミーナである。

イミーナに対し、向かい合っている男は彼も知らない人だ。

男はペコペコとに対し頭を下げてはいるが、目の中に謝罪のは一切無い。それどころか、嫌なが混じっている。ただ、一応は下手に出ているところから判斷すると、脳味噌無しではないようだ。

男の腕周りや周りにはみっちりと筋が詰まっており、前に立たれただけで威圧じさせる外見をしている。しかしそんな暴力を発散させている男だが、ワーカーの一員である彼に対し、そんな手段にでるほど愚かではない。

なぜならイミーナの外見は華奢だが、多腕に自がある程度の単なる男ならば、簡単に殺せるだけの戦闘能力を保有しているのだから。

「だからさっきから言ってるようにね!」

「何をやってるんだ、イミーナ」

彼の聲に初めて気付いたようにイミーナが顔を向ける。そして驚きの表を浮かべた。

イミーナほどの人が會話に我を忘れて、彼がってきたことに気付いてなかったようだった。それは彼がどれだけ激していたかを充分に語っている。

「……なんだい、あんた」

男がどすの効いた聲で彼に問いかける。目は鋭いもので、今にも毆りかかってきそうな雰囲気を放つ。無論、兇悪なモンスターと対峙する彼からすると、笑い話程度の雰囲気でしかないが。

「……うちのリーダーよ」

「おおお、これはこれは。ヘッケラン・ターマイトさんですね、噂はかねがね」

急激な変化で先ほどの表から一変して、想笑いを浮かべる男に、彼――ヘッケランはしばかり嫌悪を催す。

なんの理由で來たのかは知らないが、この宿屋まで男は來たのだ。ヘッケランのことを知らないはずが無いだろう。

恐らくは先ほどのどすの効いた聲や雰囲気は、ヘッケランがどの程度の人間か計る意味で行ったに違いない。もししでも男の雰囲気にヘッケランが引いたら、その雰囲気のまま――威圧的に話を展開させるつもりだったのだろう。

ヘッケランの好きでは無いタイプの男だ。

確かにビジネスの一環として、そうやった方が上手く話を持っていけるというのはヘッケランも知っている。ヘッケランの同業者であれば、當たり前の渉テクニックの1つだと判斷するだろう。

だが、ヘッケランはそういった渉は好きではない。裏表無く、直球でのやり取りが好きなのだ。別に面倒くさいとか関係なく。

「……騒がしいな。ここは宿屋なんだよ。他にもお客さんがいるからな、騒がしいことはよしてしいんだけどよ?」

周りには客の姿は一切見えない。それどころか店の人間もだ。

別に隠れているわけではないだろう。なぜなら、この店に泊まるのは大抵がヘッケランとの同業者。そんな彼らからすればこの程度の騒ぎは酒のつまみにしかならないのだから。姿が見えない理由は、単純に席を離れているだけだろう。

ヘッケランは睨むように男の顔を見つめる。冒険者で言うならAにも匹敵するヘッケランの眼は男のものとは比べにもならない。魔獣を前にしたように、先ほどとは逆に、男が一瞬だけひるんだような姿を取った。

「いや、申し訳ないですがね。そういうわけにも行かないもので」

男が若干聲を落としながら、話を続けようという意志を見せる。ヘッケランの眼を浴びてなお、それだけの行を取れるということは、確実に力を行使する仕事――特に暴力関係を生業とする仕事についている者だ。

そんな者が一

確かにやくざな仕事をしているが、こんな男は全然知らないし、こんな態度に出られる記憶は無い。それに仕事の依頼のようにはまるで思えない。

したヘッケランは眼を弱め、最も簡単な男の正を確かめるを使う。

「……一、何事だ?」

簡単だ。男に聞けば良い。

「いえね。ターマイトさんのお知り合いのフルトさんにお會いしたいなと思いましてね」

フルトといわれてヘッケランの脳裏に思い浮かぶ人は1人だけだ。

アルシェ・イーブ・リリッツ・フルト。ヘッケランの仕事仲間であり、優秀なマジックキャスターである彼だけだ。

そして彼は、こんな男と縁のあるのようには思えない。幾つも死線を共に潛り抜けた仲間としてヘッケランはそう判斷する。ならば厄介ごとと考えても良いだろう。

「アルシェ? あいつがどうかしたのか?」

「アルシェ……。ああ、そうでしたね。フルトさんとしか私達は言ってないものですから、混しましたよ。えっとアルシェ・いーぶ・りりっつ・フルトさんですね」

「で?! アルシェがどうしたって?」

「いえいえ、ちょっとお話したいことがありまして……の話なんですけど、何時ごろお戻りになるかと――」

「知るか」

ばっさりと話をぶった切るヘッケラン。そのあまりの思いっきりのよさに男は目を白黒させる。

「で、話は終わりか」

「し、仕方ありませんね。この辺でし待って……」

「失せろ」

ヘッケランは顎でり口の方向をしゃくる。そんな姿に再び男は目を白黒させた。

「はっきり言う。お前はどうも好きになれねぇ。そんな奴が俺の目のるところにいるのはどうも我慢できねぇんだ」

「ここは酒場ですし、私が……」

「そうだな。酒場だな。酒を飲んだ奴が良く喧嘩をする場所でもあるもんな」ニヤリとヘッケランは男に笑いかける。「そう警戒しないで安心しろよ。あんたが喧嘩に巻き込まれて大怪我したとしても、こっちには治癒の魔法が使える神がいる。無料で直してやるよ」

しぐらいは金を取った方がいいんじゃない?」

イミーナがニヤニヤと悪い笑みを浮かべながら、橫から口を出す。

「ありがたみが違うってものよ」

「――だってよ」

「脅す気……」

男の言葉は途中で途切れる。目の前のヘッケランの表が急激に変化していくのをけて。

ずいっとヘッケランが一歩踏み出し、男との距離を詰める。互いの顔しか視界にりそうも無い距離だ。

「はぁ? 脅す? 誰が? 酒場で喧嘩ぐらい起こるのは珍しいことじゃねぇよな? おめぇ、親切に忠告してやってる俺に対して、脅すだぁ? 喧嘩……売ってんのかぁ?」

ビキビキと眉間に青筋を立てたヘッケランの形相はまさに、死線を無數に潛り抜けた男のものだった。

気圧された男は一歩後退すると聞こえるように舌打ちをつく。それから男はせかせかとり口の方に歩きだした。必死に取り繕うとはしているものの、その背景に恐怖があるのは一目瞭然だった。

そしてり口のところまで來ると顔だけで振り返る。そしてヘッケランとイミーナに吐き捨てるように怒鳴る。

「フルトんちの娘に伝えて置けよ! 期限は來てるんだからってな!」

「あぁ?」

ヘッケランの唸り聲じみた返答をけ、そのまま慌てるように男は宿屋の外に出て行く。

男が出ていくと、ヘッケランの表がころりと元に戻る。もはや顔蕓の一種だといわれても信じてしまうような変化だ。実際、イミーナがぱちぱちと軽い拍手を行っている。

「それで、何事だ?」

「不明。さっきあなたが聞いていた容と同じことしか聞いてなかったから」

「あちゃー。ならもうし話を聞いてからでも良かったか」

しまったと頭を抱える。

「アルシェが帰ってきたら聞けばいいじゃない」

「……だけどさ、あんま首突っ込みたくないんだよな。なんか嫌な話っぽくないか?」

「いや、そりゃ、分かりますけどね。あなたリーダーなんだし、頑張ってよ」

「リーダー権限で、同じであるイミーナが聞くってことで」

「勘弁してよ。私もヤダよ」

パタパタと手を振るイミーナも、ヘッケランも思いっきり苦い顔をしている。

冒険者やワーカーに共通認識として、やってはいけない行いというものは幾つもある。

最も有名というか當たり前なのが、互いの過去を調べることや聞き出そうとすること。これは言うまでも無く、何故してはいけないかは理解できるだろう。

次にを曬すこと。

これはを正直に表に出した場合、チームとして機能しなくなる可能があるからだ。例えば毎日金がしいといっている仲間は大金の掛かった仕事や、らしてはいけない重要な機の保持などでどれだけ信用できるのだろうか。異しいと言っている者と、同じ部屋で眠れるだろうか。別に聖人君子になれというわけではない。要は互いを信用できるように隠すべきところは隠せということだ。

そう意味では変な男が會いに來て、何かめ事を起こしている雰囲気がある。そんなアルシェは信頼がぐんと下がった狀況だということだ。これは決して、なぁなぁで済ませて良い問題ではない。

ほんのしでも不安を殘すことは、命をかけた仕事をしている彼らにとって許容出來ない。ただでさえヘッケランのチームは微妙なチームだ。これ以上弾を抱えることは無理な話だ。

それが充分理解できるヘッケランは頭をぼりぼりとかく。その際はっきりとイヤだという表を浮かべることを忘れない。

「仕方ないか。帰ってきたら聞くしかないな」

「よろしくー」

笑顔で手を振るイミーナに、ヘッケランは據わった目を向けた。

「何、逃げようとしてるんだ? お前も聞くんだよ」

「ええー」嫌な顔するイミーナだが、ヘッケランの表がまるで変わらないことに諦める。「仕方ないわね。あんまりどぎつい話にならないと良いんだけど……」

「それで、今どこに行ってるんだっけ?」

「え? ああ、あの仕事の裏を洗いに行ってるわ」

「依頼主のバックだったか?」

「それと目的地近郊の歴史や狀況もよ」

「ああ。じゃぁ、いないと思ったらロバーデイクと一緒ってことか」

「そう。2人で々回ってくるって。それで、あなたのほうはどうだったの?」

「変なところの無い話だな、幾つかのパーティーはけるという方向でいているみたいだ。どうもおれたちがこのままじゃ最後になりそうな雰囲気だな」

「ふーん。その前に厄介ごとも持ち上がると」

「……うむー。関係する話じゃないといいんだがなぁ」

2人がそんな話をしていると、扉が開く時にたてる、きしむような音が酒場に響く。大きく開いた扉から、2人分の人影が宿屋の中にってきた。

「――ただいま」

「調べてきましたよ」

の聲。

先にってきたのは金髪の痩せぎすな、まだという言葉が相応しいようなだ。年齢にして10臺中ごろから後半にかけてというところか。

艶やかな髪はやはり肩口ぐらいでざっくりと切られ、目鼻立ちは非常に整っている。人というよりは気品があるという雰囲気でのだ。ただ、表いというか人形のようなものがそこにはあった。

手には自らの長ほどもある長い鉄の棒。そこには無數の文字とも記號とも知れないようなものが掘り込まれていた。

著ているはゆったりとしたローブ。その下には多の防効果のある厚手の服。魔法使いとわかる格好だ。

そんなに続いてってくるのは、こちらはがっしりと著込んだ男だ。

鎧を纏い――流石にフルフェイス・ヘルムまでは被ってないが――、その上に聖印の描かれたサーコートを著ている。腰からはモーニングスターを吊るし、首からはサーコートのものと同じ聖印を下げていた。

の髪は刈り上げられ、僅かな髭をたたえたがっしりとした顔立ちには爽やかなもの。外見的な年齢では、30臺ぐらいだろうか。この場にいる誰よりも年のいった、年長者としての振る舞いがそこにはあった。

前者のがヘッケランの仲間、アルシェ・イーブ・リリッツ・フルト。

後者の男がロバーデイク・ゴルトロンである。

ヘッケランのチームは男が2人にが2人で構されている。これこそがヘッケランのチームが、微妙なチームだという所以だ。

基本的にワーカーのみならず、冒険者のパーティーは別がどちらか一方で固まるものである。

というのも冒険者として一つ屋の下で長期に渡って生活したり、危険を潛り抜けていく中で、に結びつく場合が多いからだ。

関係の生まれたチームは解散する可能が高い。それは冷靜な判斷への信頼が薄れることが1つの要因だ。

例えば戦士と盜賊が関係になっているとする。モンスターが現れ、後方にいる盜賊と魔師が襲われた。その際にその戦士は冷靜に、場合によっては人である盜賊を見捨てて、魔師を助けるだろうかという疑問が浮かび上がってくるからだ。

冒険者は仲間を信じなくてはならない。それは當然だ。自らよりも強大なモンスターと対峙するのだから。もしそんな不安が生まれて、冒険者の武の1つであるチームプレイが出來なければ、その冒険者は次の冒険で命を失うだろう。

そのため、基本的には男別々で構するか、止。もしカップルが生まれたら解散とするチームは多い。

ヘッケランのチームもそんな弾を抱いているのだ。

「おお、お帰り」

あまりにもグッドタイミングというかバッドタイミングというべきか。帰ってきた2人にヘッケランは固い口調で答える。

「どうしました、2人とも?」

ロバーデイクが年長者とは思えないような、丁寧な口調で2人に話しかける。これは彼自格もそうだが、ワーカーとして対等であるというところからも來ている。歳を取っているからえらいというものでは無いということだ。

「アア、イヤ、ナンデモナイヨ」

「マッタク、マッタク」

ヘッケランとイミーナのばたばたと手を振る仕草を、じと目で観察する2人。

「えっと、とりあえずはここで話すのはなんだ。あっちで話すか」

ヘッケランが指差したのは店の奧の丸テーブルだ。その意見に反論が無い、殘り3人は即座に頷く。そちらにきつつも、ヘッケランはアルシェとロバーデイクに視線を送る。

2人でかなりの時間、外を歩き回っただろうと予測されるのだ。特にロバーデイクの格好。せめて飲みぐらいは用意してやるか。

そう考えたヘッケランは、初めてあることに気付いた。

「おい、イミーナ。そーいや主人は?」

「買い。で、私が留守番役ってわけ」

「まじかよ……なら適當に飲むか?」

「――私は大丈夫」

「ああ、私も大丈夫です」

「……そうかい?」

2人がそう言うなら構わないが、遠慮はするなよと言わんばかりのヘッケランの問いかけに、アルシェもロバーデイクも頷くことで答える。ならば良いけど、といいながらテーブルまで來た一行は席に座る。

「うんじゃ、俺達『フォーサイト』の打ち合わせを始めるか」

全員がそれと同時に浮かんでいた表をかき消す。僅かにテーブルにを預けつつ、顔を多寄せる。人がいない酒場でも、どうしてもこんな話し方をしてしまうのは職業病のようなものだ。

「まずは依頼容の確認だ」

全員の視線が集まったことを確認してから、ヘッケランは言葉を続ける。口調は今までとはころりと変わり、非常にまじめなものとなっている。締めるときはしっかり締める。それはリーダーとして當たり前のことだ。

「今回の依頼者はフェメール伯爵。依頼容は王國國土にある跡――ナザリック大地下墳墓の調査。報酬金額は前1000、後800。さらに調査結果による追加報酬有り。ただしあまり期待するなとのこと。それと今回の依頼においては他のワーカーの參加も予測されている。調査日數は最大で3日。調査の中としてはどういった跡なのかを多角的に調べること。最も重要なものはモンスターがいると思われるが、どのようなものが生息しているか等。まぁ、一般的な跡調査だな」

廃棄されたかつての都市跡や跡にモンスターが巣くう場合は非常に高い。そのためワーカーの調査といったらほぼ強行偵察と呼ばれる類のものだ。

「発見されたものは金額換算で2割が伯爵の、殘りが発見したワーカーチームのものだ。ただ、最優先権は伯爵が有する。この辺も當たり前だな。それで行き帰りの足と滯在中の食料は伯爵側の負擔。以上だな。さて、アルシェ、ロバーデイク。調べた容の発言を」

「――ではまず私。フェメール伯爵の宮廷の狀況はそれほどよくは無い。鮮帝に無下に扱われているという噂があった。ただ、彼自無能ではないし、子供も愚かではないとされている。この狀況下で犯罪に絡んだ仕事はありえないと思う。それと金銭的に追い詰められていないという報もあった」

「王國國土にある跡の調査ということですが、私とアルシェさんで調べましたがその辺りに跡があるという噂も、歴史も確認されませんでした。ナザリック大地下墳墓というからには墓地なんでしょうけど、そんな場所に墓地があるというのが解せないぐらいです。周辺地理的には小さな村がある程度ですね。その村で報を収集すればしは何か摑めるかも知れませんが?」

「無理だ。出來る限り隠裏の行を要求されている。目撃者に対して何かする必要はないし、しないでしいというのが依頼者側の要だ」

「――ちなみにその周囲は王國の直轄領。下手な行は王國、ヴァイセルフ王家を敵に回す」

「つまりは一般的な汚れ仕事ってことだろ?」

「そうですね。ただ、微妙な問題もあるでしょうね」

「まぁね。帝國で働いているワーカーが、王國で暴れたら々と問題になるでしょうし、下手したら伯爵にまで飛び火するかもしれないんだから」

「――でもその割には発見したものは持って帰っても良いといっている」

うーんと全員で頭を悩ます。

冒険者なら絶対に回ってこないような仕事だ。こんな他國の跡調査なんていうほぼ犯罪に近い仕事は。

「大、どうやってその跡の報を伯爵は手にれたんでしょうね? 私達の調査では調べがつかなかったということはあまり知られてなかった墳墓なんでしょうけど……」

「――トブの大森林近くなんでしょ? 森を切り開いた時に発見されたとかはどう?」

「――変。小さな村しかないのに、そんなに森を切り開くとは思えない」

「王國が何か軍事的な意味で行した結果という可能が無くもないですが、小さな村しかないそんな場所に立地的な面でのメリットがあるようには思えません」

4人はふむと頭を悩ませる。今回の仕事は本當にけても良いものかと。

冒険者ギルドという後ろ盾になるものが無いために、仕事に対する詳細な調査は當然必要になってくる。最初にしっかりと依頼人の背後関係を洗い、仕事をする場所を調べる。さらには依頼容まで調べてようやく仕事を引きけるのだ。ここまでしても厄介ごとに引っかかる時は多々ある。

仕事には命が掛かっているのだ。それだけ調べてもまだ足りないと思うぐらいでなければ、ワーカーはやっていける仕事ではない。自分達の手に負えないような危険の匂いがするなら、どれだけ好條件でも降りる必要があるのだ。

「……金銭的な面の確認をしたが、前金として渡された――」

ヘッケランはテーブルの上に一枚の金屬板を置いた。そこには々な文字が細かく掘り込まれている。

「――金券板を帝國銀行で確認したが全額払い込み済み。いつでも現金化可能だ」

金券板は帝國が運営している銀行が保証する、小切手のようなものだ。

かなり細かな作りをしているのは偽造されないためである。

手続きに時間が掛かるということと、手數料が取られるというデメリットはあるものの、メリットは計り知れないほどある。

例えば金貨は1枚10g。1000枚にもなれば10kg。かなり嵩張るためにこういったものを使って、取引を楽に済ませるものは多い。特に貴族や商人、そして冒険者のような高額な取引を行う存在たちが。

諸國では通常は冒険者ギルドがこういった業務を行う場合があるのだが、帝國の場合は帝國自が保証して行っているのだ。

「罠っていうことも無いんだ……。まぁ、この金券板を渡してきた時點で本気だとは思ったけど」

イミーナは手をばし、テーブルに置かれた金券板を取ると、外からり込む明かりにかすように見る。金券板に細かな文字が浮かぶ。

裏切るつもりのある相手は大抵が前金を払わないパターンだ。

イミーナからすると金貨1000枚を支払ってまで罠にはめるなんてことをされるほど、聞いたことも無い貴族に恨まれた記憶は無い。ならば信頼しても良いのではという思いが浮かぶ。

「私は――」

「ストップ。イミーナ、まだ終わってないんだ。もうし頭をらかくしておいてほしい」

「はいはい。じゃぁ聞かせて。何で急ぎの仕事だと思う?」

「――不明。伯爵の関係者等になにか非常事態が起きているという話は無い。數日に何かイベントがあるという話も無かった。部から何かを持ち出せという依頼でも無い」

「王國の方でも特別いているという話は無いみたいです。まぁ、ちょっと前の報になるとは思いますが」

今回の仕事は本日の早朝依頼容を聞かされたと思ったら、出発は明日早朝。その時間までに返事が無かった場合は斷ったと考える、というものだ。

確かに急ぎの仕事というのは珍しいものではない。フォーサイトの一行だってそんな仕事をしたことだってある。ただ、問題は今回の仕事は1パーティーでのものではなく、複數のパーティーを雇っての仕事だということだ。

「――他のパーティーは?」

けるという方向が3つ。斷るのが1つ」

「そちらから特別な報は手にらなかったので?」

「隠していたのか。それとも何も手にらなかったのか。何も」

お手上げという風にヘッケランは肩をすくめる。

「――なら可能は対立する者がいる」

「ありえますね。そうなら急ぐ理由も多くの者を雇う理由も出てきます」

「もしそうだと仮定するなら……私達レベルのチームのうち3つが雇われたということは……ワーカーはさほど問題ないとして、冒険者のきをチェックしないと不味いみたいね」

「それよりは注意すべきは、埋伏だな。目的を果たしたと思ったら寢首をかかれるなんてゴメンだ」

「埋伏か冒険者。確かにまだ冒険者の方が良いですね。彼らならまともな渉が効くし、酷いことにはならない」

「ワーカーの場合はマジで殺し合いになるからね」

「――リーダーどうするの?」

意見は出し盡くした。あとは推測とか予測の類の話だ。

「決める前に1つ言っておく必要がある事があった」

隣に座るイミーナが僅かに息を呑む。

「アルシェ。お前に會いに変な男が來たんだ」

アルシェの作りのようにも思えるの乏しい表。その眉がぴくりといた。その反応を見て、知っている人かとヘッケランは了解する。

「そいつは最後にこう言った。……なんだったっけ?」

ヘッケランはイミーナに問いかけると、何を言ってんの、という視線が迎え撃った。やがて本気で覚えてないということを理解すると、疲れきった聲で答える。

「『フルトんちの娘に伝えて置けよ。期限は來てるんだからってな』」

「だ、そうだ」

皆の視線はアルシェに向けられる。

一呼吸。大きく息を吐き出し、アルシェは口を開く。

「――借金がある」

「借金?!」

ヘッケランは思わず驚きの聲を上げてしまう。無論、ヘッケランだけではない。イミーナもロバーデイクも驚きの表を浮かべていた。ワーカーとしてどれだけの報酬を得たかは、等割にしている関係上、互いに知っているのだ。自分の懐にった金額を考えれば、借金なんてありえないような話だ。

「一いくらなんです?」

「――金貨400枚」

そのアルシェの答えに、再び互いの顔を見合わせる。

安い金額ではない。それどころか通常の人間で考えるなら破格な額だ。一般職人の給料が1月3金貨。つまりは133か月分の給料に匹敵する額だ。

彼らクラスのワーカーでもこの金額は、1回では稼げるかどうか微妙なラインだ。

彼らのチームはワーカーでもかなり上位。冒険者ならAクラスに匹敵する能力を保有するパーティーだ。そんなクラスでも1回では稼げない可能があるほど大金。それほどの借金を一どうして作ったというのか。

その疑に満ちた目の含むところを察知したのだろう。アルシェは顔を暗いものとする。

本心からすると、當然言いたくは無い。しかし、言わないわけにもいかない。ここで話を打ち切ることはパーティーのを考えたら、追い出されてもおかしくは無い狀況だと理解できるからだ。

決意したアルシェは口を開く。

「――家の恥になるから言えなかった。――私の家は鮮帝に貴族位を奪われた家系」

帝――ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。

その異名の通り、己の両手をで染め上げた皇帝だ。

父である前皇帝を不慮の事故で失って即位。直後、當時5大貴族と呼ばれていた自らの母方の父――祖父が長をしていた貴族家を、皇帝暗殺の容疑で斷絶。さらには自らの兄弟も次々に葬った人だ。その中、母に當たる人も不慮の事故で亡くなっている。

無論、反旗を翻したものはいる。だが、既に前皇帝の頃から、騎士という力を握りつつあった鮮帝にとっては敵ではなかった。圧倒的軍事力で立て続けに有力貴族の掃討を開始。數年で自らに忠誠を盡くすものだけが殘るという結果となったのだ。

さらには無能はいらない、という発言と共に、多くの貴族の位を剝奪していった。

そして有能であれば平民でも取り立てるという行為が、一気に皇帝の権力を絶大なものとしていったのだ。大きな反となる前――國土が荒れないように行っていった、敵対貴族の掃討はまさに見事としかいえないものだった。そしてそれが當時、10代前半の年が行ったものだと信じられる者がいないほどに。

そんな人のおかげで沒落した貴族は珍しくは無い。ただ――。

「――でも両親は今だ、貴族のような生活をしている。無論、そんなお金があるわけが無い。だから質の悪いところから金を借りて、そんなことに當てている」

3人は互いの顔を見比べる。

うまく隠してはいるが、互いに苛立ち、不機嫌、怒りのけて見えた。

アルシェが最初に仲間になったときの発言『――魔法の腕に自信がある。仲間にれてしい』。ほっそりとした子供が、自分の長よりも高い杖を両手で持って、そんなことを言ってきたのだ。そのときの互いの顔を思い出そうとすれば思い出せる。そんな驚きだった。そしてその後のアルシェの魔法の実力を知ったときの顔も。

それから2年以上、幾つもの冒険――1歩間違えれば死ぬようなものを超えて、かなりの金を得ても、アルシェの裝備が大きく変わったようには見えなかった。

その理由が今、ようやくわかって。

「マジかよ。いっちょガツンと言ってやろうか?」

「神の言葉を言ってきかすべきですね。いやいや、神の拳が先ですかね」

「耳に開いてないかもしれないから、まずはを開けるところからはじめない?」

いやいや、これはどうだと互いのアイデアを言い合う仲間達に、アルシェは聲を投げる。

「――まってしい。ここまで來た以上、私から言う。場合によっては妹達は連れ出す」

「妹がいるのか?」

こくりと頷くアルシェに、殘る3人は顔を見合わせる。言葉には出さないが、この仕事を辭めさせたほうがいいんじゃないかという思いからだ。

ワーカーは確かに金を稼げる仕事だ。それは冒険者よりも。しかし、その反面、非常に危険度の高い仕事でもある。安全を確認した上で仕事を選んでいるつもりだが、それでも予期せぬ出來事というのは珍しくは無い。

下手すれば妹を殘して死ぬ事だって考えられる。だが、ここから先は余計なお世話だというのが、皆の心にあった。

「そうか……。ならひとまずはアルシェの問題は了解したとしよう。で、その件の解決は任せるとして……今回の仕事を請けるかどうかだ」

ヘッケランはそこまで言うと、アルシェに冷たい視線を送る。

「アルシェ。悪いがお前の決定権は無い」

「――悪くなんか無い。問題ない。金銭に絡む問題を持っている私では、正しい答えは出せないとの判斷だということぐらい理解している」

金に目がくらんで、という奴である。

「――正直、このチームを追い出されないだけマシ」

「何を言ってるんだか。お前さんみたいな腕の立つスペルキャスターが仲間にってくれたことは、俺達にとってもラッキーなことだぜ」

素に返り、ヘッケランはアルシェに言う。これはお世辭でもなんでもない。事実だ。

特に彼の生まれ持った才能。奇跡的に與えられたその目は、ヘッケランたちフォーサイトにとって非常に役立つ働きをしたことが幾度と無くある。

魔法使いは魔法力と稱される魔法のオーラのようなものを、の周囲に張り巡らしている。魔法の使う腕が高まれば高まるほど、それを知する能力も高まる。しかしながらこれはなかなか知するのが難しく、する方が珍しいぐらいである。

しかし様々な才能を持って生まれてくる子供の中で、時折この魔法力の知に長け、ほぼぴたりと當てられる子が存在する。

アルシェ・イーブ・リリッツ・フルトは、まさにそんな力を持って生まれた者だ。そして同じ力を持つ者はヘッケランたちが知る中では、帝國にもう1人しかいないほどの貴重な。

「しかし魔法學院もこれほど優秀な子を良く外に出したわよね」

「全くです。この歳で私と同格の位階まで使いこなせるのですから。もしかすると第6位階まで到達できるかもしれませんよ」

「――それは難しいと思う。実のところこの目だけでも食べてはいけるとは思う。でもそんなに稼げないから」

しばかり砕けた空気が戻ってきた辺りで、ヘッケランは1つ手を叩く。その乾いた音が全員の視線を集めた。

「さて、今回の依頼はけるか、どうか? ――ロバーデイク」

「構わないと思います」

「イミーナは?」

「いいんじゃない? 久方ぶりの仕事だしね」

ワーカーの仕事だってそう頻繁にあるものでもない。特にこんな高額の仕事はそうだ。

基本的に安い仕事をこなしたり、2月ほど仕事が無かったりはざらなのだ。実際、この1月、まともな仕事は無かった。犯罪に関わる仕事はあったが、フォーサイトとしてはゴメン被るものばかりだ。そのため、ここらでドカンと稼ぎたい気持ちは十分に分かる。

「なら――」

「――私に気を使ってるなら、それは遠慮したい。もし今回の仕事を請けなくても他にも手はある」

3人の視線がわり、そしてイミーナがニヤリと笑う。

「まっさかー。考えてもみなよ、悪い仕事じゃないって分かるでしょ?」

「そういうことです。あなたのためではないですよ」

「だってよ」

「――謝する」

ペコリと頭を下げたアルシェに、3人は互いに目配せをしあい笑いかける。

「じゃぁ、アルシェは俺と金券板を換金。殘る2人で冒険の道の準備にってくれ」

冒険に使うための道、ロープや油、魔法の道などのチェックを怠ることは出來ない。幾帳面なロバーデイクと盜賊としての技を持つイミーナに適した仕事だ。いや、ヘッケランが向いていないということもあるのだが。

「さて、行を開始するんだが……アルシェ」

何と言うように頭を傾げるアルシェに、ヘッケランは疑問に思ったことを口にする。

「なぁ、報酬は今のところ全額で1800枚。借金を返すには足りない額だぜ?」

確かに4人で割れば450枚。借金は返せる額だろう。しかしながらフォーサイトの場合は報酬を貰った場合は5で割ることとしている。この4が各員の報酬で、殘る1がパーティー管理の運営費用だ。この1からポーションやスクロール等の消耗品代及び宿代等の雑費が出されることとなるのだ。

つまりは今回の仕事の報酬は1人360金貨ということだ。

「――問題ない。それだけ支払えばまたし待ってもらえる」

「殘り40枚ぐらいなら貸してあげるよ」

「そうですね。この次の報酬で返してもらえればよいわけですから」

決して上げるとは言わないのがパーティーとして當然の行為である。お互いが対等なのだから、

「――それは遠慮する。もう、いい加減親が返すべき。せめてもの親孝行で時間だけあげる」

「そりゃ當然だわ」

4人で顔を見合わせ、笑い聲を上げると各自すべき仕事に取り掛かっていた。

帝都の一區畫。そこには無數の立派な邸宅が立ち並んでいた。高級住宅街。主に貴族達の邸宅が並ぶ、帝都でも最も治安の良い區畫の1つだ。

古いながらもしっかりかつ豪華な作りをした邸宅は、數十年以上、主人を変えることなく過ごしてきた。

しかしながら現在は鮮帝によって、中の住人が変わっていれば、空になった所もあった。

貴族──の邸宅というのは1つのステータスシンボルである。金が勿ないからといって、邸宅を飾らない存在というのは貴族階級では嘲笑の対象だ。これは貴族であるという力を外にアピールするためのであると同時に、相手を迎えれるための場所として使うからだ。

貧しい邸宅と豪華な邸宅。招かれたとき、力をじるのはどちらかと言えば理解しやすいだろう。

金を持ちながらも邸宅を飾らない存在というのは、自分を良く見せようとする意思を持たないと判斷されるのだ。

そのため邸宅に金をかけるのは正しい行為なのだが、それはそれに相応しい力を持つものの場合だ。

立ち並ぶ邸宅の1つ。そこは未だ住人をそのれた館であった。

そこの応接間。

い表で室ったアルシェを出迎えたのは彼の両親だ。貴族とはこういうものだという品の良い顔で、仕立ての良い服を著ている。

「おお、お帰りアルシェ」

「お帰りなさい」

2人の挨拶に答えるよりも、アルシェの視線が向けられた先になるのはテーブルの上に乗ったガラス細工だ。非常に細やかに彫刻の施された杯を形取ったもので、それなりの値段をじさせる。

アルシェが頬を引きつらせるのは、それが今まで家の中で見たことが無いものだからだ。

「──それは?」

「おお、これはかの蕓家ジャン──」

「──そんなことは聞いてない。それは今までうちに無かった。何故そんなものがある?」

「それはね、これを買ったからだよ」

気軽な──今日の天気を話すような口ぶりでの父親の言葉に、ぐらりとアルシェのが揺れる。

「──幾らで?」

「ふむ……確か金貨25枚だったかな? 安かろう?」

がっくりとアルシェが肩を落とす。今回の報酬で借金を返してきたら、更に借金が増える原因を見せられれば誰だってこうしたくもなるだろう。

「──何故買った?」

「貴族たるもの、こういったものに金をかけなければ笑われてしまうものだよ」

自慢げに笑う父親に、流石のアルシェも敵意をじる目で見てしまう。

「──もう、うちは貴族ではない」

父親の表くなり、赤くなる。

「違う!」父親はダンとテーブルを強く叩く。応接間の分厚いテーブルであったため、ガラス製の杯がまるでかなかったのは幸運か。「あの糞っ垂れな愚か者が死ねば、我が家はすぐに貴族として復活するのだ! 我が家は代々帝國の貴族として存在してきた歴史ある家。それを斷絶することが許されるだろうか!」

「これはそのための投資だ! それにこうやって力があることを見せることで、あの愚か者にも我が家は屈しないということを見せ付けるのだ!」

愚かだ。アルシェは興し鼻息の荒い父親をそう評価する。あの愚か者とは鮮帝のことだろうが、アルシェの家程度なんとも思ってもいないだろう。だいたい、そんなことを考えずに、もっと別の手段で見返させるべきではないだろうか。

世界が見えていない。アルシェはそう判斷し、力なく頭を振る。

「2人とも喧嘩はやめて頂戴」

のんびりとした母親の口調に、アルシェと父親の睨みあいは止む。無論確執を殘しつつも、第三者の顔を立てるという意味での一時中止でしかないが。

母親は立ち上がると、アルシェに小さな小瓶を差し出した。

「アルシェ。あなたに香水を買ったのよ」

「──幾ら?」

「金貨5枚よ」

「そう……ありがとう」

アルシェは母親に禮を言うと、大した量のってない小瓶をけ取り、それをしっかりとしたポケットの中にしまいこむ。

アルシェからすると、母は冷たい目で見ることが難しい。というのも化粧品のようなものは確かに賢い考え方だといえるからだ。

なりを整え、良いパーティーに出席し、力ある貴族に見初められる。の幸せは結婚にあるというそんな考えは、貴族の観點からするとかなり正しい考えだ。そのための投資として化粧品を買うことは間違ってはいない。

しかし、それでも今のこの家の狀態で香水は無いだろうという思いも浮かぶ。

「──何度も言ってる通り無駄使いはするべきではない。最低限の生活に必要な分だけ消費すべき」

「だから、言っているだろう! これは必要な消費だと!」

憤怒のため顔がまだらに染まっている父親を疲れたようにアルシェは見る。幾度となく繰り返し、なぁなぁで終わってきた問題だ。こうまでなってしまったのはアルシェの所為でもある。もっと早く、何らかの力技を使っていればこうはならなかったかもしれない。そして『フォーサイト』の面々に迷をかけることも無かっただろう。

「──私はもう家にお金をれない。妹達と家を出て暮らす」

その靜かな聲に激昂したのは父親だ。事実この家に金をれている人がいなくなるのはまずいという程度の考えは浮かぶ。

「今の今まで暮らして來れたのは誰のおだと思っている!」

「──もう恩は返した」

アルシェは言い切る。この數年で渡した金額は安い額ではない。そしてこの金は冒険で得た、仲間と共に強くなるための費用だ。確かに報酬の個人の取り分の使い道は各員それぞれだ。

ただ、暗黙の了解として、大半が自らを強化することに使われるのが當然だ。いつまでも武裝をより良いものにしない仲間を見て、どう思うだろうか。

武裝を強化しないということは、下手すると1人だけ弱い狀態でいる可能だってあるのだ。

だが、ヘッケランたちフォーサイトの面々は決してアルシェに対し、何か言おうとはしなかった。それに甘えすぎていたのだ。

アルシェは強く睨む。その強靭な意志をじさせる視線をけ、父親はひるんだように目をそらした。當たり前だ。死線を潛り抜けてきているアルシェが、単なる愚かな貴族に負けるはずが無い。

何も言わなくなった父親を一瞥するとアルシェは部屋を出た。

「お嬢様」

部屋を出たアルシェに、見慣れた顔が恐る恐るというじで聲をかけてくる。

「──ジャイムスどうした?」

長年仕えた執事のジャイムスだ。その皺の多い顔はを漂わせたいものだ。即座にその理由に思い至る。それは父親が貴族でなくなった頃から時折見る顔だからだ。

「このようなことをお嬢様に言うのは心苦しいのですが……」

アルシェは手を上げることで、これ以上言わせまいと言葉を遮る。応接室の前で行うべき會話ではないと判斷し、2人でしばかり離れる。

アルシェは懐から小さな皮袋を取り出し、それを開いた。中かには様々な種類の輝きがあった。最も多いのは銀の輝きだ。ついで銅。最もないのが金だ。

「──これでどうにかなるだろうか?」

皮袋をけ取り、中を覗き込んだジャイムスの顔がわずかばかりに緩む。

「給金、および商人への返済……何とかなると思います、お嬢様」

「──良かった」

アルシェも安堵の息をらす。自転車業だが、まだ何とかなると知って。

「──父に買わせない様に出來なかった?」

「無理です。お知り合いの貴族の方を伴って來られました。途中幾度か旦那様には言ったのですが……」

「──そう」

2人で揃ってため息をつく。

「──し聞きたい。もし今雇っている者たちを全員解雇した場合、最低限どれだけの金額を用意したほうが良い?」

ジャイムスの目がしばかり開き、寂しそうに微笑む。

「畏まりました。おおよその金額を計算し、お持ちしたいと思います」

「──宜しく頼む」

そのときタッタッタっという軽いものがそこそこの速さで移してくる音が響く。それもアルシェに向かって。避けることは簡単だが、流石に避けるわけにはいかないだろう。

振り向いたアルシェに向かって走ってくる影が1つ。そして速度を緩めることなくアルシェにぶつかってきた。重の軽いアルシェよりももっと軽い軀だ。正面からけとけることは容易いが、そういうわけにも行かない。けると同時に、後ろに下がり、その勢いを殺そうとする。

の辺りに飛び込んできたのは、長は110センチほどのだ。年齢は5歳ぐらいだろうか。目元の辺りが非常にアルシェに似ている。そんなはぶぅと不満げにピンクの頬を膨らませた

「かたーい」

これは飛び込んだアルシェのが平坦だといっているのではない。

冒険者用の皮を多分に使った服は防能力にも長けている。それはつまり部から腹部にかけては、質な皮を使ったりしていること。そこに飛び込んだのだ。潰れるような思いだったことだろう。

「──大丈夫だった?」

の顔をり、頭をでる。

「うん、大丈夫。お姉さま!」

ニコリとは楽しげに笑う。自らの妹にアルシェも笑いかける。

「……では私はこれで」

2人の邪魔をしまいと離れていく執事に目禮を送ると、アルシェは自らの妹の頭をで回す。

「ウレイ……走るのは……」

そこまで言おうとして、アルシェは口ごもる。貴族の令嬢が廊下を走るというのは不味い行為だ。しかし、父親に言ったようにもはやアルシェたちは貴族ではない。ならば走っても良いのではないか。そんな考えが浮かぶ。

その間もアルシェの手は止まらず、結果、頭がぐしゃぐしゃにで回され、は屈託も無い笑い聲を上げる。アルシェは周囲を見渡し、もう1人がいないのを確認する。

「──クーデは?」

「お部屋!」

「そうなの……し話したいことがあるの。一緒に行きましょ」

「うん」

妹の朗らかな笑顔。これを守るのは自分だ。そう強くじ、アルシェは妹の小さな手を握る。

アルシェの小さな手でもすっぽり収まるより小さな手から、暖かな溫が伝わってくる。

「お姉さまのおてていよね」

アルシャは空いている手を見る。冒険によって幾度となく切れ、くなった手はもはや貴族の令嬢の手ではない。だが、それに後悔は無い。この手は當たり前の手だ。いや、この手だからこそ、友──フォーサイトの仲間たちと共に生きた証なのだから。

「でも大好き!」

妹の両手でぎゅっとアルシェの手が握られる。アルシャは微笑んだ。

「ありがと」

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