《オーバーロード:前編》侵者-2
早朝。
未だ太が昇らぬ時間に、伯爵の敷地には無數の者たちが集まっていた。戦士、魔法使い、神、盜賊。ほぼ全員がそのどれかの分野に屬している者ばかりだ。
最後に到著したヘッケランたち『フォーサイト』をれて、その數は18名。
この場にいるその人數こそ、伯爵に今回の仕事のために集められた、帝都でも腕に自信のあるワーカーたちだった。
雇われただろうワーカー・チームがお互いにしばかりの距離をとって、チームメンバーだけで集っている。そして互いを値踏みするように観察しあっていた。最後に登場したフォーサイトの面々に視線が一気に集まる様はある意味、壯観なものをじさせた。
互いに群れているその中央では、3人の者たちが集まって、互いに報を換しているのか何事かを話し合っている。あれらがチームの代表者たちなのだろう。
ヘッケランたちは薄闇がまだ立ち込める中、目を凝らし誰がいるのかを確認する。帝都での商売敵ぐらいは大抵調べているため、外見を見ればどのチームが雇われたのか予測はつくというものだ。
「うげぇ、あいつもいるのか」
3人のワーカー。
その中にある男がいるのを確認したイミーナは、吐き捨てんばかりのそんな強烈な嫌悪むき出しの聲をあげる。一応は低い聲で言っているとはいえ、ヘッケランたちが周囲の反応を伺ってしまうほどの敵意を込めて。
「イミーナさん」
「わかってるって、ロバーデイク。一応は今回の仕事仲間だしね。……でもあいつの顔を見ていたくないね」
「――私も好きでは無い」
「まぁ、好きか嫌いかではいうなら、私も嫌いですが」
「……おいおい、これから挨拶するのに、嫌なこと言うなよ。顔に現れちまうだろ?」
「頑張ってください、リーダー」
ロバーデイクの気楽そうな聲に、他人事だと思いやがってと顔を顰めると、ヘッケランはその3人のワーカーの下に歩み寄っていく。
近づいていくヘッケランに最初に聲をかけたのは、黒に染め上げられたフルプレートを著用しているワーカーだ。鎧が変な丸みを持っているために、人というよりも直立するカブトムシのような甲蟲に近いような外見だ。腰には両手持ち用の巨大な戦斧。
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顔を完全に覆う兜の隙間から男の低い聲がれ出る。
「やはりお前のところも來たのか、ヘッケラン」
「おう、グリンガム。なかなか良い話だと思ってな」
気楽そうにヘッケランは手を挙げ、それを殘る2人に対する挨拶とする。
「おまえさんのところは……」鎧を著た男のチームに首を向け、人數を數えると再び尋ねる「5人ってことは他のメンバーはどうしたんだよ」
「のんびり休憩中だよ。まぁ、この前の仕事で々と壊れたものの修理とかもしなくてはならなかったしな」
この男――グリンガムがリーダーを務めるチーム、『ヘビーマッシャー』は全メンバーで9人という大所帯ワーカー・チームだ。人數が多いということは仕事に対して様々なアプローチが取れるということであり、非常に応用に富んだ行を取ることが出來るというとだ。その反面、意志の決定までに時間が掛かるということでもあり、きが鈍くなりやすいということ。
し考えればこのように一長一短であり、2つに別れてもおかしくないチームを、完全に掌握しているのだからこの男の管理運営能力の高さを語っている。
「ふーん。大変だな。しかし……がっぽり稼いだりして殘った仲間に恨まれたりしないように、俺達のサポートに回るなんてどうよ?」
「馬鹿をいうな。帰ったらたらふく奢ると約束してるんだ。お前達には悪いが、俺達が最も稼がせてもらうぞ」
「おいおい、勘弁してくれよ」
互いに笑いあうとヘッケランは別の男に向き直る。
「そちらさんと正面から顔を合わせるのは初めてだな」
よろしくと手をばすと、その男も握り返してくる。
眉目秀麗。その言葉がまさに相応しい青年だ。その非常に整った顔の、口元だけが微笑みの形を伴っていた。當てと皮鎧を纏い、腰にははるか南方の都市より流れるとされる刀。
そんな人の切れ長の目がき、ヘッケランを見據える。
「――『フォーサイト』。噂はかねがね」
鈴の音を思わせる涼しい聲だ。その外見に非常に相応しいと稱するのが正解か。
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「そっちもな、『天武』」
この帝都において剣の腕においては並ぶものがいない。闘技場でも不敗の天才剣士。彼を知らないものはワーカーにはいないだろう。
そんな『天武』はある意味彼1人で構されるワーカー・チームのようなものだ。
「王國最強といわれる、かのガゼフ・ストロノーフに匹敵されるといわれる剣の天才と一緒に組めて嬉しいぜ」
「ありがとうございます。ですが、そろそろかの仁が私――エルヤー・ウズルスに匹敵すると言われるべきでしょうね」
「おー。言うねー」
エルヤーが薄く笑い、傲慢とも取れるような表を浮かべた。それをけ、ヘッケランは目の中に浮かびそうになったを隠す意味で、瞬きを繰り返す。
「じゃ、跡ではあんたの剣の腕に期待してるぜ」
「はい。お任せください。今から行く跡に苦戦するようなモンスターがいればよいのですが」
「……どんなモンスターがいるかは未知數だぜ? ドラゴンとか出るかもよ?」
「それは恐ろしい。ドラゴンぐらいであれば苦戦はしそうですね」
そうかい、そうかいと顔だけで笑いながら、ヘッケランはを殺す。
エルヤーが剣の腕だけなら、A+の冒険者にすら勝てる可能があるということを考えると、大言壯語とも言い切れないけ答えだ。それに己の腕に自信を持つことは良い事だし、能力をアピールすることはワーカーとして重要なことだ。
しかしながらそれも度を過ぎなければ、だ。
世界最強の種族たるドラゴン。
天空を舞い、口からは種別に屬した様々なブレスを吐く。鱗はく、その能力は群を抜く。年齢を重ねたものにいたっては魔法をも使いこなす。人間とは比較にならない壽命を誇り、蓄えた英知は賢者ですら平伏すという。個人主義ということが無ければ、この世界はドラゴンによって支配されていたことは間違いないだろう。
また、かの13英雄の最後の冒険ともなった――敗北した相手『神竜』もドラゴンだとされている。
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話のネタだからといって、そんなドラゴンを対象に上げられてなお、あれだけ傲慢に振舞えるのだからもはや驚くしかない。どれだけ自意識が大しているというのか。
これから向かう跡にどれだけのモンスターがいるか知れないのに、エルヤーの思考パターンは全の足を引っ張りかねない危険なものだと判斷して間違いは無いだろう。
あまり近寄らない方がいいか。
倒れるのは勝手だが、寄りかかられたりしたら面倒だ。ヘッケランはわずかな微笑を浮かべたまま、そう判斷し、エルヤーの扱い方について修正を加える。利用してポイ、という方向に。
「あちらがフォーサイトの方々ですね」
イミーナを目にし、エルヤーの視線が鋭いものへと変わっている。エルヤーはスレイン法國の出とされている。スレイン法國は人間こそ最も尊いと考える宗教國家だ。そんな出地の者からすると、人間以外のが混じるイミーナは一等低い存在だ。そんなが自分と同じ位置にいるのが不快なのだろう。そんな雰囲気がその目の中には宿っていた。
「……おいおい、俺の仲間になんかするなよ?」
「勿論ですとも。今回の仕事に関しては仲間です。協力し合いますとも」
一応は仲間ということになっているのに、何かしでかすようなことはしないとは思うが、ヘッケランは釘を刺すことは忘れない。エルヤーという男はなんというか力を持った子供がそのまま大きくなったような恐ろしさというか、神的なアンバランスさをじさせるのだ。釘をさしておいても安心できないような、そんな嫌なものをじる。
警戒しておくか。ヘッケランは心中でそう決定する。
「とりあえず、野営の順番等に関してはそちらで決めていただいて結構です。よほどのことが無い限りは全を統括される方の指示に従います」
「了解した」
「では一先ず私は戻ってますので、何かありましたら聲をかけてください」
グリンガムが答えるとエルヤーはヘッケランたちに一禮をし、歩き出す。
エルヤーが向かう先。そこに立っている複數のを見て、ヘッケランの顔が一瞬だけ歪みそうになる。しかしながらを表に出すわけには行かない。どういうを持っているか知られることが不利益になる場合だってある。チームのリーダーがそのようなことでは失格だ。
ヘッケランは鉄面皮を作ると、汚から目を離すように視線をかし、殘る最後の1人の方に向ける。
「よう、パルパトラ」
「よう、ヘッケラン」
金髪、碧眼。白いは日に焼け、健康的なとなっている。ヘッケランと同じ帝國では珍しくない人種だ。顔立ちも凡庸。取り立てて評価すべきところが無い。
年齢は20臺半ばにりかかったところか。
著ているものフルプレートメイル。背中にはスピアとかなり大きなシールドを背負っている。攻撃よりは防を重視した構。そのことから『鉄壁』とも稱される男だ。
「ヘッケランも思っただろうけど、アレは危なすぎるよな」
他者に聞こえないほどの大きさでパルパトラが困ったように言う。それに対してヘッケランも頭を振る。
「――だな。潰れるのは仕方ないにしても、共倒れで潰れるのはごめんだよなぁ」
「あれが強いのは事実なんだろうが、強さに自信を持ちすぎてるのは危険だな」
橫からグリンガムが口を出す。グリンガムもそう思っていたのだろう。いや、エルヤーの態度を見て、そう思わないワーカーはいないだろう。
「大、あいつってどれぐらいの強さなんだ? 戦っているところ見たことあるか?」
「あー、ヘッケランも知らないか。俺も実は見たことは無いんだ。闘技場なんか行かないし、組んで仕事をしたこともないし。グリンガムは?」
グリンガムの兜がフルフルと左右にく。
「強い奴なんか々いるからな。やっぱ、筆頭は王國最強のガゼフ・ストロノーフ。対抗馬としては帝國ならば4騎士かな?」
「『重』『不』『雷』『激風』か。アーグランド評議國のドラゴンロードは?」
「おいおい、人間の剣士のみにしようぜ。流石にマジもののドラゴンは除外だろう」
「それじゃアーグランド評議國の大抵が駄目か。あそこは亜人ばっかりだしな。亜人も強い奴がいるんだがなぁ……竜騎士とか良い線いくと思うし……。えっと、それなら闘技場の『鬼王』も駄目だろ……ローブル王國の聖騎士様は?」
「ああ、いたなぁ。聖剣を使うだっけ? でも単純な剣の腕のみだとどうだろ?」
會話がエキサイトする。ワーカーとして強敵についての報を集めるのは當然なのだが、やはり戦士として同業他社の報というものは最も興してしまうものだ。
「スレイン法國は平均が高いけど、突出した奴がいないし、いても神系だからな」
「王國のA+の冒険者は?」
「あぁ、『ではなくあれは大筋です』な。あれは強いよなぁ」
「……その勝手につけた二つ名呼んで半殺しにあったAクラス冒険者いるぞ……」
「剣の腕のみとすると……厳しいな。冒険者やワーカーなら『勇者さま』とか『ダークロード』。『クリスタル』のセラブレイト、『豪炎紅蓮』のオプティクス、それとブレイン・アングラウスなんてどうだ?」
初めて會話が止まった。
「誰、それ?」
パルパトラが不思議そうにグリンガムに尋ねる。
「知らないのか。王國では結構有名だと思うんだけどな」
お前は知らないかと、ヘッケランは尋ねられ、首を橫に振る。
「そうか知らないか……」
しばかりがっかりとしたじでグリンガムは、昔の記憶を掘り起こしながらブレインという男について話す。
「俺が昔王國で開かれた闘技大會に出たとき、準々決勝で當たった相手だ。無茶苦茶、強かったぞ」
「それってガゼフ・ストロノーフが優勝した時の大會だろ?」
「そうだ。まぁ、結局ブレインも決勝でガゼフには負けていたな。だが、あれは凄い戦いだったぞ。まさに剣士として見る価値のある戦いだった。……あの攻撃をどうして弾けるんだとか、あそこでこうやって剣を曲げるかと……ほんと心したな」
グリンガムほどの男がそれほど言う。そしてかの近隣國家最強とされる戦士、ガゼフとそれほどまでに互角に戦いあったというなら、その実力は超一級だろう。
知らないだけで世の中には強い奴も々といるのだなと、ヘッケランは心する。
「その……ブレインというのとエルヤー、どっちが強い?」
「ブレインだな」即答するグリンガム。「今はどうなったのか知らないが、まさに剣の天才だったな。俺なんかほんの2撃で剣を落とされたものだ。無論、今はあのときよりも強くなったから、そう簡単にはいかない自信があるが……。まぁ、エルヤーよりも上だと思うぞ」
を叩くような重い音との押し殺したような悲鳴が上がる。
この場にいるワーカー全ての視線が一箇所に集まる。幾人かは腰を微かに落としつつ、戦闘にれるような勢だ。
そこではエルヤーの前に仲間――疑問が付くが――のが倒れている。毆り飛ばしたのだろうと、想像に難しくない。
不快に襲われたヘッケランはあることに気づき、自らの仲間――イミーナの方を慌てて目を向ける。そこではイミーナが能面の表で、いまだ戦闘勢を維持しつつあった。その姿勢は抜き放たれようとしている剣だ。もうし何かがあれば、即座に攻撃に移るだろうというギリギリを放っている。
慌てて、ヘッケランは抑えるように手で指示をする。
個人的にはヘッケランもイミーナと同じ思いだ。しかしながら、他のチームのことに首を突っ込むことは出來ない。無論、やろうと思えば出來ないことは無い。ただ、その場合は全てを背負い込む覚悟が必要だ。事実、他のチームの者も幾人かが不快気に顔を歪めるだけで、実際に行しようとはしないのだから。
イミーナはエルヤーの背中に卑猥な手つきを突きつけると、舌打ちを1つ。
「……さて、おしゃべりはこの辺にしないか?」
空気を変える様に、ヘッケランは他の2人に言う。
「……そうだな、ヘッケランも來たことだし、最も重要なことを決めようじゃないか」
「エルヤーは辭退したが、チーム全の指揮権は誰が持つ?」
グリンガムの言葉に沈黙が落ちる。
ワーカー・チーム4つ。確かに戦闘力としてはかなりのものだが、それらを統括して指揮を執るものがいなければ上手くくことは出來ないだろう。腕が何本あっても無駄になるだけだ。
そして個かなチームを上手く運用するとなると、なかなか難しいものがある。特に文句の出ないようにとなると困難極まりない。
ここで自分がとリーダーシップを取ろうとしないのは、下手すると他の3チームに恨まれかねない結果になるからだ。
「正直、全の指揮は選別しなくても良いんじゃないか?」
「それは問題の先送りだ。戦闘を開始したときに厄介ごとになるぞ?」
「……一番いいのは1日代じゃないか?」
「あー」
「だなー」
「なら、ここに來た順に指揮権を持っていくか」
「エルヤーのところ、『天武』は如何する?」
「エルヤーが指揮を投げたし、飛ばしで構わないだろう」
「なら、まずはうち『ヘビーマッシャー』の番だな」
「よろしく、グリンガム」
「了解した。まぁ、帝國に関してはさほど兇悪なモンスターも出ないだろうし、問題ないだろう。問題になるのは王國、それも大森林近くなってからだな」
「あー、順番逆にすればよかったか」
ヘッケランがワザとらしく頭を抱えると、2人が靜かに笑う。そしてすぐに表を引き締めると、ようやく明るくなってきた庭のある方向を向く。既に周囲のワーカー殆どがそちらの方に向き直っていた。
そこでは1人の執事が歩いてくるところだった。背筋をばした歩き方。それは伯爵に仕える者に相応しい、そんな態度だった。
執事はワーカーたちの前まで歩いてくると、一禮をする。それに答える者はいないが、それには意を介さずに口を開く。
「時間になりました。今回、我が伯爵家の依頼をけていただき、誠にありがとうございます」
「當家から同行する者は者2名。目的地は王國にありますナザリック大地下墳墓。調査のため滯在する期間は3日。追加報酬はご主人様がその報から何を得られたかによります。ですので、後日ということになります。問題が無い様であれば付いて來て下さい。準備しました馬車のところまでご案させていただきます」
何故、そんな墳墓の報を知っている。またはどんな報を優先的に持ち帰ればよい。
いろいろな疑問はあるだろうが、聞いて答えてくれることと答えてくれないことの區別ぐらい、経験からワーカーの誰もが理解できた。もし教えてくれるなら依頼してきた段階で教えてくれるのだろうから。
そのため何も言うことなく、全員が後ろについて黙々と歩き出す。
そんなワーカーの一番最後を歩くのは、ヘッケランたちフォーサイトの面々だ。
ヘッケランの橫に並んだイミーナが呟く。
「あの糞、死んだほうがいいと思うんだけど」
エルヤーに対して我慢しきれないイミーナが憎憎しげに吐き捨てる。かなり押し殺した聲なのは、怒りのためかそれとも自制が働いているからか。ヘッケランには読みきれないが、後者であることを祈るしかない。
「噂には聞いていましたが、下劣な男ですね」
「――最悪」
フォーサイトの誰もが不快を顕わにする。當たり前だ。イミーナというを仲間にしている以上、エルヤーのしていることは許しがたいことだ。
エルヤーのチームはエルヤーを除き、全員である。それもエルフの。単純にそれだけならばイミーナも他のメンバーも不快を表さなかっただろう。しかしながら先ほどのエルヤーの態度のように理由がある。
それはエルフのが全員、最低限の裝備はしているが、よく見れば服などさほど良い仕立てのものではない所にある。そして短く切られた髪から突き出している、エルフの長かっただろう耳は、中ほどからすっぱりと切り落とされていた。
それは奴隷の証。
彼達、エルヤーのチームメンバーは皆、スレイン法國から流れてきたエルフの奴隷だ。
スレイン法國では人間以外の種族の奴隷を許している。そしてエルフの場合は奴隷の証として、焼け印ではなく、耳を真ん中から切り落とすのだ。
確かに帝國では基本的に奴隷制は導していない。
しかしながら、闘技場で戦っている亜人等、暗黙の了解として認められている場合がある。エルヤーの連れているエルフの奴隷もその関係だ。
バハルス帝國、リ・エスティーゼ王國、スレイン法國の三ヶ國は國民の中の人間の割合がほぼ100%であり、周辺諸國と比べると異種族に対する排他的な空気がある。そのため亜人――実のところイミーナも――には々暮らしにくい國なのだ。
ただ、ドワーフだけは別だ。
バハルス帝國とリ・エスティーゼ王國の中央を走る境界線たるアゼルリシア山脈。その山中にドワーフの王國があり、帝國はそこと貿易をしている関係上、ドワーフの人権はしっかりと守られているからだ。
「エルフが可哀想なのは理解できる。だが、今俺達がやらなければならないことはあのエルフを助けることではない」
イミーナは何も答えずに深いため息をつく。
納得は出來ないが我慢する。そんな不機嫌さ100%の了承の合図をけ取り、ロバーデイクもアルシェも不快を押し殺す。最も苛立っている者が我慢しているのに、自分が表に出すことはよろしく無いという考えだ。
ワーカー全員で向かった先にはあったのは、かなり大き目の幌馬車が2臺。それを引く馬は通常のものとは違った。その馬を見たワーカーの誰かが呟く。
「――スレイプニール」
そう。
その馬車を引く馬の足の數は8本。その馬の種類こそ、スレイプニールといわれる魔獣の一種だ。
通常の馬よりも軀は大きく、筋力、持久力、移力に優れている。そのため人が飼いならしている、陸を走る獣の中では最高とされる生きだ。無論、その分金額もかなり高い。軍馬10頭以上にも匹敵する価格で取引される馬で、貴族でも滅多なことでは保有できない馬だ。
それを2頭立ての馬車2臺なので計4頭。もしかすると冒険の最中失われることも考えると、良く出したとしか言えない。
いや、違う――ヘッケランは思い、その場にいる多は見通すことの出來る者も思う。それほどの急ぎの仕事なのかと。
「こちらの馬車をお使いください。食料等は中に積み込んであります」
「――ロバーデイク」
「了解しました」
各チームから最低1人、代表になる者が歩み出ると、幌馬車の中を覗き込み、執事の話を肯定する聲を上げた。
幌馬車にはかなり大量の保存食が積み込まれ、水を生み出す魔法の道も置かれている。目的地までの距離を考えるなら、充分すぎる量だ。今回の件は隠行を主に行ってしいためという依頼容のため、これからは資の補給が出來ない。しかしそれを考えても問題は無いだろう。
念をれて各チームの資等の管理を行っている代表達が話し合い、問題が無いことの確認を取っている。
ヘッケランはグリンガムの元による。話しておかなくてはならないことがあるためだ。
「すまない、グリンガム」
「どうした?」
「馬車の分け方なんだが、『天武』とうちを別にしてくれるか?」
グリンガムの兜がイミーナを確認するようにく。それから頷いた。
「了解した。なら俺達が天武と一緒の馬車になろう」
「すまない。謝する」
「まぁ、気にするな。今回の件では仲間だ。著く前から問題を起こされるのは真っ平ごめんだ。――では、行くか」
管理を行っていた者たちが充分、納得をしたような姿勢を見せ、それに合わせグリンガムが聲を上げた。
■
目的地であるナザリック大地下墳墓までの行程の4/5、問題になることは一切起こらずに到著できたのは帝國の治安の良さのためであろう。
帝國領は騎士たちが巡回することで平穏は守られており、モンスターが徒黨を組んで彷徨っているということはほぼ稀であるし、野盜が出沒することも稀だ。そのため、問題は殘る1/5――王國領にってからとなる。
王國領にればその仕事の容上、街道上の移ではなく、人の通らない平野等を移することになるからだ。人の通らない地を踏破するともなれば、モンスターとの遭遇率は急激に上昇する。
確かにこれだけのワーカーが揃っていれば、大抵のモンスターに対処は効くだろうが、それでも油斷をするわけにはいかない。バジリスクやコカトリスのような石化を行うようなモンスターや、チンのような致命的な猛毒を持っているモンスターがいるのだ。ちょっとした攻撃が命取りになる可能があるのだから。
しかし、王國領にっても幸運なことにモンスター等と一回も遭遇することなく、目的地――ナザリック大地下墳墓に到著したのは、ヘッケランたちワーカーに幸運の神が微笑んだからだろう。もしくはその大所帯にモンスターが怯えたのか。
ナザリック大地下墳墓。
周囲は6メートルもの高さの厚い壁に守られ、正門と後門の2つのり口を持つ。正門橫にはまだ新しそうなログハウスのような家が建っている。
部の下生えは短く刈り込まれ、綺麗なイメージを持つが、その一方で墓地の巨木はその枝をたらし、鬱とした雰囲気をかもしだしていた。
墓石も整列してなく、魔の歯のように突き出した雑さが、下生えの刈り込み合と相まって強烈な違和を生み出している。その一方で天使や神といった細かな彫刻の施されたものも多く見られ、一つの蕓品として評価しても良い箇所もところどころある。
そして墓所には東西南北の4箇所にそこそこの大きさの霊廟を構え、中央に巨大な霊廟があった。
中央の巨大な霊廟の周囲は、10メートルほどの鎧を著た戦士像が8取り囲んでいた。
敷地にく者の影は一切無し。
それが飛行の魔法を使って上空から眺めてきた、ナザリック大地下墳墓の地上部分の景である。
今回の仕事を請けたワーカーたち18名は、ナザリック大地下墳墓後門から300メートル離れたところで、遠目に観察を行いながら、もたらされた報に眉を顰める。
その中でも最も眉を顰めた者――スペルキャスターに代表される、ワーカーの中でも知恵のある者たちが頭を抱えて、相談しあっていた。
生じた疑問は、何でこんなところに地下墳墓があるのだろうかである。
確かに書面上の調査でも奇怪なものはじていた。
しかし、もうし隠してあったり、木の伐採跡があったりしたなら理解できたのだ。しかし到著し周囲を見渡せば平野しかない場所だ。墳墓を築くのはあまりにも不向きな場所過ぎる。
まず単純な墓としての利用を考えるなら、人里から離れたこんな場所にこれほど立派なものを築くのは奇妙な話だ。あまりにも不便すぎるのだから。
では死者を祀る場ではなく、故人の為した業績を後世に伝えるモニュメントとしての目的となると理解できなくも無いが、ナザリックという名前に関してまるで伝わっていないことが違和を覚えさせた。さらにモニュメントとしてなら、地表部分に墓石が無數にあるというのが理解できない。
さらには各チームが調べても報が無かった。それは即ち今まで発見されてない、もしくはることを許されなかったというどちらかを意味するはずだ。しかし外見的にあまりにも立派であるのに、まるで報が無い。
ログハウスがあるということは誰かが管理しているのだろうが、その辺の報もやはり一切無かった。この近辺が直轄領ということも考慮すれば、王國の兵士が管理しているのだろうが、その割には念のった警戒をしているようには見えない。
結局、あまりもチグハグしているのだ。
そんなに引っかかったような奇妙な異が、眉を顰めさせる原因となっていた。
正直に言ってしまえば、罠と考えるのが妥當すぎる風景なのだ。ただ、罠だと考えると不明な點が無數に殘る。帝國の領ではなく王國の領、ワーカーたちを送り込む目的等だ。
つまりワーカーたちは頭を悩ませつつも、まるで見當がつかなかったのだ。
「で、どうするんだって?」
疲れた顔で戻ってきたアルシェに、ヘッケランは軽く聲をかけた。
「――とりあえずは夜になったら3チームが隠裏に行を開始する。殘った1チームは冒険者の振りをして、ログハウスの中の人と友好的に渉しようという方針」
「なるほど。明るいと侵がばれやすいからね」
「――そう」
ナザリックの周囲を囲む壁は高く、誰も見張っている者がいない関係上、今から侵してもばれにくいとは思えるが、それでも不測の事態という奴は起こりえるものだ。せめて暗い中行した方が、多は安全が高まるだろう。
それにそれだけの時間、観察を続けていればナザリックできがあったりと、何らかの報を得られるかもしれない。
今回の仕事はタイムリミットがあるが、それでもここで時間を潰したとしても惜しくは無いと、知恵者たちは考えたのだろう。
「ですが《インヴィジビリティ/明化》の魔法などを使えば安全に偵察できるのではないですか?」
「――それも確かに考えた。でも、面倒になる可能があるなら、全てを一度にやってしまったほうが良い。最低でも多は調べられる」
《インヴィジビリティ/明化》の魔法だって、看破する手段が無數にあるように、完璧な魔法ではない。もし仮にワーカーが魔法を使って接近しているということを――何者かは知らないが――ナザリック大地下墳墓の警護に関わる者が理解したら、警戒レベルは當然上がるだろう。下手したら數日間、潛が一切出來ないほどに。
それを避けるため、全てを同時に行するという作戦を立てたというのだ。
「なら、しばらくは休憩時間みたいなものか」
「――そう。各チームが持ち回りで様子を伺おうということになった。順番は伯爵の家に著いた順。つまりはリーダーを取った順でもある」
「なるほど。つまりはおれたちが最後ってわけか」
「――そう。基本は2時間替。私達の番はまだまだ」
そこまで言うとアルシェはぐるりと首を回し、力無くため息をつく。
「お疲れですね」
ロバーデイクにこくんとアルシェは頷く。
「――疲れた。ここまで時間が掛かったのも、全てはあの最悪男が強行突を提案した所為。説得するのに非常に苦労した。あの男は協調という言葉を知らない」
「……ああ、エルヤー」
「最低の糞野郎で充分よ」
殺意すら篭っているイミーナに苦笑いを浮かべ、ヘッケランは話題を変えようと腐心する。
「なら、俺達の番まで宿泊地に帰ってのんびり待つか」
「賛です。雨はしばらくは振らないと思うんですが、念のためにそういった準備もしないと不味いですからね。イミーナさん、あなたの出番なんですからいつまでもそんな怖い顔をしてないでください」
「――あいよ。あー、本當にむかつくわー。し離れたところに建てるからね」
「予定している敷地なら構わないけどな?」
本當は良くは無いが、下手に近くに建てて喧嘩沙汰はごめんだ。
「じゃぁ、行くか。おい、グリンガム。俺達は先に帰ってるな」
「おう!」
最初の監視チームである『ヘビーマッシャー』のリーダー、グリンガムに手を振り、4人は歩き出す。
「――しかし考えれば考えるほど不可思議。伯爵が依頼したのも納得できる」
その聲に反応し振り返ると、アルシェが足を止めてナザリック大地下墳墓を凝視していた。
ヘッケランたち3人も立ち止まり、ナザリックの壁を眺める。かなり厚くしっかりとした作りの壁は、石を積み上げたものではなく、まるで巨大な一枚の巖盤から削りだしたかのようだった。300メートルもの石を持ってくることは不可能なので、何らかの手段で継ぎ目を巧妙に隠しているのだろうが、これほどの技は人のものでは無いだろう。
石の種族、ドワーフによるものか。はたまたは人を遙かに超える叡智を持つドラゴンのもの。もしかすると未だ知らない種族の可能だってある。
外の壁を観察するだけで、無數の想像が生まれる。
ヘッケランは浮かび上がるニヤニヤ笑いをかみ殺し、ワクワクとした気持ちを押し潰すのがやっとだった。
「……分厚いのは恐ろしいアンデッドを封じるためだったりして」
「――うわー怖いー」
「――ヘッケラン。私に似てない。というか気持ち悪い」
「はい。すいません」
「しかしなんでこんなところにあるんですかね? 墳墓が突然空間から沸いて出たとかなら話は通るんですけどね」
小聲で言ったロバーデイクに、3対の白い目が向けられる。
「バカいうなよ」
「――つまらない」
「無茶苦茶な……」
「そこまでいうこと無いでしょう。ちょっと思っただけなんですから」
ショックをけた顔で、ロバーデイクがく。
「でも――しだけ楽しみ」
「そうね。この墳墓がなんのためにあるのか。どういう者が葬られてきたのか。知的好奇心が思いっきり刺激されるわよね」
「だな。未知を知るってしばかりワクワクするものな」
◆
夜空の下、13名のワーカーは一斉に行を開始した。
最初の目的は、ナザリックの壁への接近だ。
全鎧を著ている者が多くいる中、隠行は不可能のように思われるが、それはあくまでも常識の範疇での考えでしかない。魔法という常識を打破する技を使いこなす者が多くいる中、この程度は不可能でもなんでもないのだ。
まず使用するのは《サイレンス/靜寂》。周辺の音を完全に殺す魔法をもってすれば、鎧の軋む音も大地を駆ける音も響かない。
次に《インヴィジビリティ/明化》。これによって不可視となれば、通常視野での目視による発見はほぼ困難だ。
念をれ、上空には《インヴィジビリティ/明化》と《フライ/飛行》、さらには《ホーク・アイ/鷹の目》の魔法が掛かったレンジャーが、一行が問題なく壁まで接近できるように周辺の監視を行う。何かあれば即座に対応するため、手には麻痺の効果のある特殊な矢を準備している。
全員が問題なく壁に到著する。ここまでは予測の通りだ。
監視している最中、ナザリック大地下墳墓は夜にもなっても、何かが警戒している雰囲気は無かった。警備兵どころか、墓守の姿すら確認できなかったのだ。大、ログハウスから外に出る影すらなかった。
そんな警備のザルな墳墓外壁への到著に、これほど魔法を使っての警戒はオーバーすぎるほどだ。これは単純に依頼者への――隠裏に行してしいという――義理を果たしているにしか過ぎない。
それと王國から犯罪者として指名手配をけるのはこりごりだという。
ただ、ここから先は問題でもある。壁を乗り越え、地表部分の捜索。及び地下墓地の侵だ。
《インヴィジビリティ/明化》の魔法効果時間が持続している間に、次の手に移る。
次はナザリック大地下墳墓の部侵だ。
手は2つ。壁を乗り込める方法と、門を開けてり込む方法である。
門は格子戸のような隙間のあるタイプである。問題は隙間があるとはいえ、流石に人が潛るには幅が狹すぎるということだ。大きさは4メートル近く。無理に押し開けることは困難だ。さらに壁は一枚の石で出來たかのようなつるりとしたもの。登攀は非常に難度が高い。登攀用を持ち出し、昇るともなるとそれなりの時間が掛かるというものだ。
ただ、歴戦のワーカーたるもの、既に計畫済みである。
30センチほどの奇妙な棒が突然、中空に浮かぶとそれが地面に落ちる。それは姿の消えた人間が持ち上げたかのように中空に浮かび、歪んだと思うと突然淡いを放つ。この特殊な棒――蛍棒は歪められることで中にっている錬金で作られた特殊なが混合し、明かりを燈す仕組みになっているのだ。一度落とされたのは《インヴィジビリティ/明化》の魔法は、発時に所持しているもの全てに掛かるもののためである。見えるようにするには、一度所持品から手放さなければならなかったのだ。
數度、は左右にくと、役目を終えたといわんばかりに棒は破壊される。る錬金溶は地面に振り掛けられ、土をかけられることで完全に痕跡を隠されてしまう。
しばらくの時間が経過し、ロープが3本、壁から垂らされた。ちょうど良い間隔に結び目ができた登攀用のロープだ。これは上空にいたレンジャーが、ナザリック大地下墳墓部から垂らしているのだ。
そんなロープがギシリギシリと揺れる。
明化を見通す目を持つ者がこの場にいれば、ロープを登っていく者の姿を確認できただろう。
アルシェのような筋よりは魔法に長けたスペルキャスターでも、単純な腕力でこの程度の登攀はできる。というよりは出來るように筋トレーニングを要求される。
先頭を行く者が、登りきったところで魔法の詠唱。
それに続き、ロープが3本、中に向かって垂らされた。その先端は誰が持つでもなく、空中にアンカーでも打たれたように、ピクリともかず固定されていた。それだけ見れば非常に脆そうなイメージだが、誰も心配することなく、空中から垂らされたロープを伝って部に下りていく。
全員が下りきった段階でロープにかけられた魔法の力は失われ、力なく落ちてくる。そんなロープは纏められると代表となる者が擔ぐ。中空に丸められたロープが浮かぶ姿は異様だが、こればかりは仕方が無いことだ。
こうして13名のワーカーは全員ナザリックへの侵を果たした。彼らが歴戦たる証拠は、この一連の作からも判別できる。なぜなら、この間の全ての行は、互いの姿を見ることが出來ない、音が聞こえないという過酷な狀況下で行っているからだ。
詳細な打ち合わせ、チームでの互いの行パターンの把握、信頼。そういったものが無ければ決して行えないような見事なきだった。無論、1つのチームに関しては支配者と被支配者の関係によって上手くいているのだが。
そして、ここで一旦、団行は解散となる。
最初の目的は4箇所ある小型の霊廟である。ナザリックに侵を果たしたチームは3チームなので、一箇所は調査しないということで決定されている。
《インヴィジビリティ/明化》の効果時間が切れ、全員の姿が浮かび上がる。互い互いに軽い挨拶を行うと、全チームは打ち合わせにある自分達の擔當する霊廟を目指し、走り出す。
を屈め、しは墓石や木々、または彫刻に姿を隠すように薄暗い墓地を走る。この間も《サイレンス/靜寂》の持続時間は続いているので音は立たない。
◆
『ヘビーマッシャー』のリーダーであるグリンガムは霊廟に近づくにつれ、僅かに目を見開く。
予想以上に立派なものだからだ。
霊廟はかなりの大きさの建で、石を積み上げて作られていた。側面の石壁は削ったようにつるつるとしている。建てられてかなりの時間が経過しただろうにもかかわらず、霊廟に雨とかの染みはまるで無いし、風雪による欠けも無い。
3段ほどの大理石で作られた昇り階段の先には、厚そうな鉄の扉が嵌っていた。扉も錆が無いほど見事なまでに磨き上げられ、黒い鋼の輝きを宿していた。
どれだけしっかりとした手れがされてきたかを髣髴とさせる建だ。
――つまりは何者かが手れをしているのは確実か。
グリンガムはそう判斷し、視線をログハウスのほうに向ける。
仲間の盜賊が前に進み出ると、ゆっくりと階段から調べ始める。まだ《サイレンス/靜寂》が掛かっているために、ハンドサインによる後ろに下がれという合図をけ、ゆっくりと後退することは忘れない。範囲型の罠に掛かるのを避けるためだ。
盜賊は非常に念りに調べている。多じれったいがこれは仕方が無いだろう。
なぜなら、人の魂はに宿る。そしてその魂はが腐り落ち始めた時に、神の許に召されるという。そのため死者は直ぐに墓地――大地に葬られるのが基本なのだが、貴族等の一部の力を持った特権階級の場合はしだけ違う。
すぐに地面に埋めると、死は隠されてしまい、本當に腐敗したのかを確認するには掘り返さなくてはならなくなる。そのため、死者が確実に腐りはじめたという目で見える証拠がしいため、直ぐには埋めずにある一定時間安置するのだ。この安置場所は流石に自分の家を選ぶものはいない。
このとき選ばれるのが、墓地の霊廟である。ここに一定時間安置し、腐敗しはじめたところで魂が確実に神の許に送られたと、神立會いの下、判斷するのだ。
この安置する場所は基本は霊廟の共有スペースだ。広い場所に幾つも石の臺座が置かれており、その上に安置することとなる。幾つもの腐敗し始めた死が並ぶ景は、一見するとすさまじいもののようにも思われるが、この世界の一般的な常識からするとごくごく當たり前の景である。
ただ、大貴族のような権力と金を持つ者になると、さらにしばかり話が変わる。このとき使用される霊廟は共有のものではなく、家が所有するもの先祖伝來の場所が使われるのだ。そんな亡くなった権力者が神の許に召されるまでの間、休む場所――そういったところであるが故に、家系所有の霊廟はある意味、力の象徴である。
調度品や寶で飾られることが全然珍しくないほどに。
つまりは霊廟はある意味、寶室にも似ている。ただ、それは逆に當たり前なのだが、侵者除けとして危険な罠が仕掛けられているということ考えられる。いや、これだけ立派な霊廟なら、あるのが普通だろう。それも危険極まりないものが。
そのためいつも以上に、仲間の盜賊が慎重に調べているのだ。
階段を調べ終わり、次は扉に取り掛かろうと盜賊がきだそうとしたころ、突然、周囲の音が戻ってくる。
《サイレンス/靜寂》の効果時間が切れたのだ。ちょうど良いタイミングといえばタイミングだ。盜賊は音を立てずに扉の前まで寄ると、再び念りに調べ始める。そして最後にコップのようなものを當て、中の音を聞き取ろうとした。
何秒間かして、盜賊はグリンガムたち仲間の方に頭を數度左右に振ってみせた。
そこに込められた意味は『何もなし』。
ヘビーマッシャーの全員が納得の行かない顔をするが、盜賊はやはり頭を左右に振る。盜賊自、不可思議なのか怪訝そうに幾度も首をひねっていた。
これほど立派な霊廟が『何もなし』というのは考えにくいということだ。
しかも鍵すら掛かってないことは謎だが、盜賊がこれ以上不明だというなら、ここからは前衛の仕事だ。
グリンガムは前に出ると、盜賊が油を垂らした扉に手をかける。その直ぐ後ろには盾を構えた戦士が控える。
グリンガムは、扉を一気にかす。ゆっくりと重い扉がき出す。油を前もってかけていてくれたおかげでか、はたまたはここを管理している者が幾帳面なのかは不明だが、重さの割りにスムーズに開いていく。橫に控えていた戦士が、開いた扉とグリンガムの間の線上に立って、盾を突き出し突如の奇襲や罠の作から庇ってくれる。
何かが飛んでくることも無く、鉄の扉は完全に開かれ、ぽっかりとした暗闇がヘビーマッシャーの前に姿を見せた。
「《コンティニュアル・ライト/永続》」
魔法使いによって戦士が構えていたメイスに魔法の明かりが燈される。量をある程度は自在に作できる魔法の明かりによって、霊廟の中が顕になった。
そこは豪華な一室と見間違いそうな場所だった。
部屋の中央には神殿の祭壇にも使われそうな白い石製の棺。2.5メートル以上はあるそれは、繊細だが派手ではないような彫刻が掘り込まれている。四隅には鎧を纏い、剣と盾を持つ戦士らしき白亜の像。そして――
「――あの紋章知ってるか?」
「いや、知らないな」
見たことの無い紋章が金糸で描かれた旗が、壁から垂れ下がっていた。王國の大抵の貴族の紋章を暗記している魔法使いが記憶にないということは、王國の貴族のものではないと考えるのが妥當だ。
「王國が出來る前の貴族のものか?」
「200年ものか」
200年前の魔神によって滅ぼされた國は多く、この大陸で200年以上歴史を持っている國というのは意外にない。ワーカーや冒険者達が漁る跡というのは、この辺の時代で生まれたのが多いのだ。
「もしそうだとすると、あれほど綺麗な形で殘るって、どんな材質のもので編まれているんだ?」
「魔法による保存がされているのでは?」
互いに疑問を口にする中、盜賊が注意深く中にり込み、室を捜索する。
殘った一行は扉には太い鉄の棒を挾み、何かが作しても簡単には閉まらないようにした。それから部の明かりがれないように、半分以上閉める。盜賊が注意深く部を伺う間、グリンガムたちも周囲の警戒は怠らない。仕方なしとはいえ明かりを使ったのだ。誰かに見られている可能だってある。
やがて、外にく気配なしと判斷する頃、盜賊は旗の下まで到著しており、しげしげと旗を眺めていた。
そしてり、驚いたように手を引く。
「……こいつはかなりの値打ちだろうな。これ金屬の糸を編んで作ったものだ」
「はぁああああ!?」
「んだ、そりゃ?」
「そんな旗あるのか?!」
驚愕の聲が面々かられる。そして慌てて全員で旗の下まで近寄ると互にる。その冷たいはまさに金屬のものだ。
「おいおいおいおい。こんなの聞いたこと無いぞ?」
「俺もだ……」
「なんだよ、この霊廟……。どこの大貴族のものだ? いや、大貴族とかじゃなくてもしかして王家のものか?」
どれだけ細くした金屬でこの旗を作り上げているのか。どれだけの値段がつくものなのか。想像もできない驚きに、ヘビーマッシャーの全員は絶句する。
「持って帰るか?」
盜賊がどうすると言いたげな顔で他の4人の様子を伺った。最初に驚きから立ち直ったのはやはりグリンガムだ。
「流石にそれは嵩張るだろう。かなりの重量だろうしな。後で取りに來ればいいんじゃないか?」
「了解」
他の意見が無いことを確認した盜賊は頷き答える。
「捜索した結果だが罠は無論無いし、隠し扉等も無い」
「……ならば、頼むぞ」
グリンガムが魔法使いに向かって頷く。こくりと了解の意を示した魔法使いは魔法を発させる。
「《ディテクト・マジック/魔法探知》。――魔法のアイテムはじられないな」
周囲の魔法の波を探知する魔法を使った魔法使いの発言に、僅かながっかりが霊廟に広がる。それも當然だ。最も高額な寶が無かったのだから。
魔法の道は高額である分、単なる強化魔法がかけられた剣でも結構な値段になるのだ。単なる軽量化の魔法の込められたフルプレートメイルだって、それだけでかなりの財産なのだ。
「ならば、後はこいつか」
目が集まったのは部屋の中央に置かれた石棺だ。
盜賊がしっかりと調べ上げ、何も無いという評価を下す。
グリンガムと戦士は頷きあうと石棺の蓋をずらし始める。かなり大きいため、それなりの重量があるかと思われたのだが、逆に想像よりも遙かに軽い。かし始めた當初、バランスを崩しかねなかったほどだ。
ゆっくりと石棺の蓋がき、その中からランタンの明かりを反し、無數の煌びやかな輝きが放たれた。
金や銀、とりどりの寶石といった、無數の沢を放つ裝の數々。無造作に散するように散らばった金貨の數々。
旗から予測はしていたとはいえ、グリンガムはその景に、鎧の下で思わず満面の笑みを浮かべてしまう。注意深く観察した盜賊が手をれ、無數にある輝きの1つ――黃金のネックレスを取り出す。
それはやはり見事な一品だった。黃金の鎖で作った単なるネックレスのように見えるが、鎖の部分に細かな彫刻が掘り込まれている。
「……安く見積もっても金貨100枚。場所によれば150枚はいく」
盜賊による価格鑑定の結果をけ、口笛による嘆の意志を示す者がいる。ニヤニヤ笑いを浮かべる者がいた。そこにあるのは歓喜だ。
「こいつは……この墓地は寶の山かもしれませんな」
「すげぇな。こいつはとてつもなくすげぇ」
「全くだ。しかしこんなところに寶置くなんて勿無いもんだぜ。大切に使ってやるからな」
そう言いながら、魔法使いが寶の山から大降りのルビーの嵌った指を取り出し、寶石の部分にキスをする。
「でっけぇー」
神が手をれ、大振りの金貨の山に手を突っ込む。そしてそれを掬い上げ、手からこぼす。
金貨同士がぶつかる澄んだ音が響く。
「見たことの無い金貨だな。どこの時代のどこの國のものだ?」
ナイフで軽く傷をつけた盜賊が嘆するように言う。
「こりゃ、かなり良い金貨だな。重さもなかなかあるし、金貨の2倍は価値があるな。品として見なすならもうしは行くと思うな」
「こいつは――くっくくく……」
笑いが止まらないというように幾人かが含み笑いをらす。これを全て集めればかなりの金になる。とんだ臨時報酬だ。これだけあれば、1人當たりの分け前は半端じゃないだろう。
誰もがこの金をどのように使うかについて、考えてしまうほど。
勿論、誰が所有するか、最低でも王國の管理地だろう場所の財寶を奪うことがどういうことなのか、それぐらいは分かっている。だが、ワーカーというものは冒険者と違い、平然と寶を奪う。そしてその行為に疑問を抱いたりはしない。
「さぁ、お前達。神様に謝するのは後回しにして、とっとと集めるぞ。これから本命に向かうんだ。遅いと他のチームに先を越される」
「――おう!」
グリンガムの言葉に威勢の良い返事が返る。それは大金を発見した興に満ち満ちたものだった。
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●見習い魔術師のエレナが、魔術の先生であるノムから魔術の理論を教わりながら魔術師として成長していく、RPG調ファンタジー小説です ●ノムから教わったことをエレナが書き記し、魔導書を作り上げていきます ●この魔導書の章と、小説の章を対応させています ●2人の対話形式で緩い感じで進行します 《本小説の楽しみ方》 ●魔術よりも、エレナとノムのやり取り(漫才)がメインです。できるだけスピード感がでるようにしたつもりですが・・・。ゆるっとした気持ちで読んでいただけるとありがたいです。 ●本小説の魔術の理論は、いろいろなゲームの魔術の理論を織り込み、混ぜ込みながら、オリジナルのシステムとして體系化したものです。できるだけ系統的に、各設定が矛盾しないように頑張った、つもりです。理論の矛盾點とか、この部分はこのゲームの理論に近いとか、イロイロ考えながら読んでいただけるとうれしいです。 ●本作は元々はRPGのゲームでした。この物語部を改変して小説にしています。それゆえにいろいろとゲーム的な要素や數値設定が出てきます。ゲーム好きな方は是非に小説を読んでやって下さい。 _______________________ ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 【★】創作ポータルサイト http://memorand.html.xdomain.jp/ キャラ紹介、世界観設定などの詳細情報はコチラへ _______________________ ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
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