《オーバーロード:前編》王都-3
6日に近いだけの時間が経ち、セバスは再び家の扉を開ける。本日も魔師ギルドによってスクロールを買い、冒険者ギルドに行って依頼したい場合の契約ごと等を聞いて戻ってくるという、報収集の一日だ。
扉を潛り、館の中にる。數日前ならソリュシャンが出迎えてくれた。しかし――
「おか……りなさ……、せばす……ま」
現在その役目は、ぼそぼそと喋る素足の全然でない長いスカートのメイド服を著たの仕事となっていた。
ツアレを拾った翌日、相談した結果。ツアレをこの館で働かせることとなったのだ。
客として館に滯在しても良かったのだが、それはツアレが拒否したのだ。助けてもらい、それでなおかつ客として扱われるのは遠慮したい。お禮にもならないだろうが、せめて何か働かせてしい、と。
その考えの裏にあるのは、不安だろうとセバスは見ている。
つまりは自分の不安定な立場――この館にとっては厄介ごとの種であると理解しているからこそ、役に立つことで捨てられないようにしようというのだ。
勿論、セバスは捨てたりはしないとツアレには言っている。行く場のまるで無い人間をぽんと捨てられるのなら、元々拾ったりしなかった。
だが、心に出來た傷から出ている考えを変えるだけの、説得力を持っていないのは事実だった。
「ただいまです、ツアレ。仕事の方は問題なく?」
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こくりとツアレの頭が縦にく。
それほど長くない髪は綺麗に切り揃っており、その上にちょこんと乗った白のホワイトブリムも揺れた。
「もんだいはな……ったです」
「そうですか。それは良かった」
雰囲気は思いっきり暗いものだし、表も滅多なことでは笑わないが、人間としての生活を続けることでしはそのを苛むものが薄れたのか、聲も大きくなってきたようだった。
セバスが歩き出すと、その橫をツアレも歩き出す。
本來であればランドステュワードであるセバス――上位者の橫を歩くというのは、メイドとして正しくない行為である。しかし、元々メイドとしての訓練をまるでけたことの無いツアレでは分からない作法だし、セバスもメイドとしての心構えを叩き込もうという気持ちは無い。
「本日の食事は何になるのですか?」
「はい。じゃがいも……つかっ……シチューです」
「そうですか。それは楽しみです。ツアレの料理は味しいですから」
セバスの微笑と一緒に告げた言葉をけ、ツアレは顔を真っ赤にすると下を向く。メイド服のエプロンの部分を恥ずかしそうに両手で摑みながら。
「そ、そんな……と、な……です」
「いえ、いえ。本當ですとも。私は料理が全然出來ないので助かりましたよ」
「そんなこ……」
テレながらぶつぶつと言葉をこぼすツアレ。だが、実際セバスはツアレに謝している。
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あるマジックアイテムを嵌めているため、セバスもソリュシャンも実のところ食事は取らなくても良いのだが、演技の関係上食事は取っていたのだ。ただ、セバスもソリュシャンも料理が出來ないため、調理されたものを館まで持ち帰って食べるというのが基本であった。
それが調理されたものを持って帰らなくても、館で食事が食べられるようになったというのは面倒ごとが一つ減って楽になったといっても良いことなのだ。
「食材の方は大丈夫ですか? 足りないものとか買ってきてほしいがあったらおっしゃってください」
「はい。あ……でしらべておね……いしにいきます」
ツアレは館の中では、そしてセバスの前では普通に行できるが、今だ外の世界には拒否を抱いている。そのため外に行く仕事は任せられないため、食材の調達等はセバスの仕事だ。
ツアレの料理は豪華なものではない。それよりは家庭料理という雰囲気の素樸なものだ。そのため高価な食材は必要ないので市場に行けば即座に揃うものばかり。セバスとしても市場で様々な食材を知ることで、この世界の食に関する知識を得ることが出來るので一石二鳥だと考えている。
ふとセバスはあることにひらめく。
「……あとで一緒に買いに行きますか」
ぎょっとした表をツアレは浮かべる。それから怯えたように首を振った。
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「いえ、い……です」
やはりかという言葉はセバスは呟かない。
この數日でツアレはけるようになり、神も安定したようなそぶりを見せている。ただ、それはあまりにも早い回復だ。セバスは捨てられる不安から、無理にいているのかと予測していたのだが、それもあるだろうが本質は若干違うのでは予想を修正する。
ツアレは働き出してから、外に出るような仕事は絶対に行おうとはしない。
ツアレはこの館という世界を自分を守ってくれる絶対の壁とみなすことで、自らの恐怖を押さえ込んでいるのだ。つまりは外の世界――ツアレを傷つけた世界とは違うんだという線引きをしているのだ。それによってツアレはけるようになった。
しかし、それではいつまでもツアレは外に出ることは出來ない。
ほんの數日で外に出ろというのは、ツアレの神を考えれば酷なものだろうとセバスにも分かっている。もっと時間をかけてゆっくりとならして行く方が安全だろう。ただ、それは時間がある場合だ。
セバスはここでを落ち著ける気も、一生涯すごす気も無い。あくまでも報収集の任務として潛り込んでいる來訪人にしか過ぎない。
もしアインズより撤収の命令が出れば――。
ツアレがその時どうなるかは不明だが、出來る限り様々な可能を與えられるように、しでも前倒しで何かをしておくべきである。
セバスは歩くのを止め、ツアレを正面から見つめる。照れたように、顔を赤くしたツアレが顔を俯かせるが、セバスはその頬に手を挾むようにして顔を持ち上げる。
「ツアレ。あなたの恐怖は分かってます。ですが安心してください。この私、セバスが守ってみせます。あなたにどのような危険が迫ろうと、その全てを打ち砕き、守りきってみせます」
「…………」
「ツアレ。踏み出してください。あなたが怖いなら目を瞑っていてもかまいません」
「…………」
今だ迷うツアレの手をセバスは握る。そして卑怯だと思われる言葉を口にした。
「私を信じてはくれませんか、ツアレ」
沈黙の帳が廊下に下り、ゆっくりとした時間が経過する。それからツアレは瞳を僅かに濡らしながら、の良くなったを割る。真珠を思わせる前歯が覗いた。
「……せばすさまはずる……です。そんなこ……いわれたらむりな……ていえません」
そして投げ出すようにセバスのの中にを寄せる。セバスはツアレの震える肩を片手で優しく抱いた。
「安心してください。これでも私は充分強いので……そうですね。私より強い方は41人ぐらいしかいませんよ」
「おおい……ですか?」
その微妙な數字に、自分をめる意味で冗談を込めて言ったのだろうと判斷し、ツアレは微笑む。それにセバスは笑うだけで答えたりはしない。
セバスはツアレを抱きしめていた手を離すと、再び歩き出す。
隣でツアレがしばかり寂しそうな表と、セバスの手が回った肩をっているが、それは見ない振りをする。
ツアレがセバスに対して淡い心まで行かない程度の微妙なを懐いているのは知っている。ただそれは、地獄から助けられたことによる洗脳じみたものだし、頼れる人に対する依存心にも似たものであるとセバスは推測している。
それにセバスは老人であるため、ツアレがもしかすると家族にも似たものと、男のを間違えている可能だってあるのだから。
そしてツアレが本當の意味でセバスをしたとしても、それに答えられる気がしない。
これほど隠し事をし、立場が違っている今では。
「ではお嬢様にいくつかお話をしたら、あなたを迎えに行きますので」
「そりゅ……ゃんおじょう……ま」
しばかり暗い顔をするツアレ。セバスはその理由を知っているが何も言わない。
ソリュシャンはツアレとは顔を合わせていないし、合わせても一瞥するだけで何も言わずに立ち去る。流石にそこまで相手にされて無いと不安が生じるし、ツアレの立場からすると非常に恐怖を懐くのだろう。
「大丈夫ですよ。お嬢様は昔から誰に対してもああです。あなただから特別ということではないですよ。……ここだけの話、お嬢様は格の悪い方でしてね」
微笑を浮かべ冗談めいた口調でセバスが言うと、ツアレの顔に浮かんでいたものが若干薄れる。
「可いらしい子を見ると、むすっとするんですよ」
「……わた……そんな。おじょう……まほど……」
慌ててツアレは手をパタパタと振る。
同が見ても見惚れるような貌を持つソリュシャンとでは、比較にもならないと思ってだ。ツアレは確かに整った顔立ちをしているが、それでもソリュシャンと比べれば太刀打ちできない。
ただ、外見の醜の判斷には個人差というものがある。
「私はお嬢様よりツアレのほうが外見的な容姿で言うなら好きですよ」
「そ! そん……!」
顔を真っ赤にし、俯かせるツアレに微笑ましいものを見つめる視線を送り、その表の変化に眉を寄せる。
「それ……きたな……から……」
先ほどとは一転し、真っ暗な表になったツアレに対し、はぁとセバスはため息をつく。そして前を見據えながら話しかけた。コツコツという足音とそれより小さな足音が廊下に響く中、それほど大きくは無いがセバスの言葉はツアレの耳にはっきりと飛び込む。
「寶石はそうですね。傷が無い方が価値は高く、綺麗とされる」その一言を聞き、ツアレの表が一気に暗いものと変わる。「しかし――人間は寶石ではありません」
ふっとツアレは顔を上げ、セバスの橫顔を見る。その真剣な橫顔を。
「ツアレは汚いと言おうとされたようですが、人間の綺麗さというものはどこにあるのでしょう? 寶石であればしっかりとした鑑定基準があります。ですが人間の綺麗さ――それの基準というのはどこなんでしょうか。平均ですか? 一般的な意見ですか? ではそれに屬さぬ數の意見は意味の無いものですか?」一呼吸置き、セバスは更に続ける。「というものの評価が人それぞれであるように、人間の綺麗さ。それが外見以外にあるとするなら、歴史ではなく面にこそあると『私』は思います。歴史は結局面や外見に影響を與え、過ぎていくものでしかないのですから。私はあなたの過去を全て知ったわけではないですが、あなたと數日過ごして得た面から評価するなら、汚いとはこれっぽちも思ってません」
セバスは口を閉ざし、廊下は足音のみが響く世界へと変わる。そんな中、ツアレが決意したように口を開いた。
「……きれいだ……おっしゃってくれるな……、わたしをだ――」
コツリと音を立ててセバスの足音が止まる。セバスの前にはこの館で最も豪華な作りである扉がある。ツアレも言いかけていた言葉を止め、その扉の奧に誰がいるかを思い出す。
「ツアレ。ではまたあとで」
僅かに寂しげにお辭儀をしたツアレを殘し、セバスは扉を叩く。そして返事を聞かずに扉を開いた。ゆっくりと扉を閉める中、セバスはツアレが最後に言いかけた言葉にしばかり頭を悩ませる。
あの後に続く言葉はセバスの予測が正しければ『抱く』そういった系統のものだっただろう。
「本當に困った」
「何が困ったの?」
この館は借りけているという関係もあって、部屋數は多いものの室の調度品は殆ど無い。しかしこの部屋に客を招いたとしても恥ずかしくないだけの調度品が揃っていた。ただ、見るものが見れば歴史をじさせるものが無い、薄っぺらい部屋だと見切れただろう。
「獨り言を失禮しました。お嬢様、ただいま戻りました」
「……ご苦労様、セバス」
ツアレの知る館の主人、ソリュシャンがつまらなそうな表を浮かべたまま、部屋の中央に置かれた長いソファーに腰掛けていた。実際その表は演技でしかすぎない。ツアレというソリュシャンからすれば部外者が館にいるため、高慢なお嬢様という馬鹿な仮面を被っているのだ。
ソリュシャンの視線がセバスから離れ、扉に向かう。
「……行きましたね」
「そのようですね」
互いに互いの表を伺い、ソリュシャンがいつもどおり先に口を開く。
「いつ、彼を追い出すのですか?」
顔を見合わせるたびにソリュシャンが発する言葉をけ、セバスも同じように返す。
「ちょうど良いときが來たらです」
普段であれば話はそこで終わりだ。ソリュシャンがわざとらしいため息をついてそれで終わりになる。しかし今日はそれで終わりにする気は無いようで、ソリュシャンは返答する。
「……そのちょうど良いというのはいつなのですか? あの人間を抱え込むことで迷な事態になるとも限りません。それはアインズ様の意志にそむくことでは?」
「今のところ何も起こっておりません。……単なる人間が起こす事態に恐れ、弱いものを捨てるというのがアインズ様に仕えるもののすることとは思えません」
セバスとソリュシャン、2人の間に靜寂が落ちる。
セバスは軽く息を吐く。
非常に不味い狀況だ。
ソリュシャンの表には何のも浮かんでいないが、セバスに対して苛立ちをじているのは実していた。それも徐々に強まっていっている。
セバスが強く言っているためにソリュシャンがツアレを害するようなことは無いが、それでも絶対の保証にはならなくなりつつある。
あまり時間が無い。セバスはそれを強く噛み締める。
「……セバス様。あの人間の存在がアインズ様の指令に対する害になった場合――」
「――処分します」
それ以上は言わさず、セバスは言い切る。ソリュシャンは黙り、セバスをの読めない目で見つめてから、頭を下げた。
「では私の言うべきことは何もありません。セバス様。今の言葉を忘れないようにお願いします」
「勿論です、ソリュシャン」
「……ただ」
ソリュシャンの呟き程度の大きさの聲に含まれた強いは、ぴたりとセバスは足を止めるだけの力を有していた。
「……ただ、セバス様。アインズ様にご報告はしなくてもよろしいのでか? あの人間のことを」
「……」セバスは沈黙し、幾秒か経過してから答える。「問題ないでしょう。あの程度の人間のことでアインズ様のお時間を割くのは申し訳ないと思いますし」
「……アインズ様はセバス様に毎日決まった時間に《メッセージ/伝言》の魔法で連絡を取られているはずです。その時にいくつか言うだけではないでしょうか?」
「…………」
「故意的に隠されているのですか?」
「まさかそのようなことはありません。アインズ様に対してそのようなことは――」
「ならば……」そこまで言ってソリュシャンは先ほどと同じ展開になると判斷し、別の言葉――弾を投ずることとする。「……まさか利己的な判斷で、アインズ様にご報告をしてないとかではないですよね?」
迫した空気が流れる。
ソリュシャンが僅かに構えたのが、セバスには理解でき、自らの立場の危険に強い実を覚えた。
ナザリックに存在する全ての者は『アインズ・ウール・ゴウン』――至高の41人に絶対の忠誠を捧げなくてはならない。守護者のシャルティア、デミウルゴスを筆頭にそう考えるものしかいないと斷言しても良いだろう。セバスだってその1人だ。
ただ、だからといってそうなるかもしれないという可能だけで、哀れな存在を見捨てるというのは若干間違っているのではとセバスは思う。
そんなセバスの考え、それに対して他のナザリックに存在する者の大半が、賛同しないことも理解できていた。
ただ、そんなセバスの認識がどれだけ甘いものかは、數秒前のソリュシャンの対応ではっきりと示されてしまった。
場合によっては至高の41人によってナザリック部の管理という面では最高責任者たる地位を與えられたセバスと事を構えても、問題の抹消を図るというまでソリュシャンが考えているとは思ってもいなかったのだ。
――セバスは微笑む。
その微笑を見て、ソリュシャンの表に怪訝そうなものが混じった。
「……勿論です。アインズ様にご報告してないのは利己的なものではありません」
「拠を提示してはいただけますか?」
「拠というほどのものではないですが、私は彼の料理に関する能力に対して非常に高く買っています」
「料理ですか?」
ソリュシャンの頭の上にクエスチョンマークが浮かんだようだった。
「そうです。それにこの大きな館に住んでいるのがたった2人では々奇異の目で見られるのではないですか?」
「……かもしれません」
それにはソリュシャンも同意するしかない。館の大きさや金持ち振りに対して、働いてるものがないというのは絶対に変だ。
「では最低限の人數はいてしかるべきだと思います。もし何かあって館に招いたとしても、料理が一品も出せない狀況は不味くは無いですか?」
「……つまりはアンダーカバーの一環であの人間を使っているというのですか?」
「その通りです」
「しかしあの人間である必要は……」
「ツアレは私に謝をしています。ならばしは変なところがあっても、決して外にはらしたりはしないでしょう。もしこれが口の軽い人間を雇った場合、この館に住んでいる者の異常さを大聲で語られていたかもしれませんよ?」
「…………」しばかりソリュシャンは考え込み、そして頷く。「確かに」
「そういうことです。アンダーカバーの一環までアインズ様に許可を求めなくてはならないということもないでしょ。それどころか、それぐらい自分で考えろと怒られてしまいますよ」
「…………」
「そういうことです。ご納得いただけましたか?」
「……了解しました」
納得できないところは多々あるが、とりあえずはこの辺で勘弁してやろうという態度でソリュシャンは頷く。
「では、一先ずはこれぐらいでよろしいでしょうか?」セバスはソリュシャンが頷くのを確認してから先を続ける。「これから私は食事が終わったらツアレと外に出ようと思ってます。留守の管理をお願いします」
「承りました、セバス様」
セバスは部屋を出て行く。ソリュシャンの視線が背中に突き刺さっているのをじながらも、振り返ることはできずに、逃げるように部屋から立ち去った。
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