《オーバーロード:前編》王都-4
翌日。
誰かが扉を叩く音を聞きつけ、セバスは玄関に向かう。そして扉についた覗き戸の蓋を持ち上げた。
覗き戸から見えたのは恰幅の良い男とその左右の後ろに控える王國の兵士だ。
恰幅の良い男はそこそこ奇麗であり、仕立ての良い服を著ている。からは銅に輝く重そうな紋章をぶら下げている。の良い顔にもたっぷりとしたがつき、食べているのせいか脂ぎった沢が浮かんでいた。
そしてもう1人――異質な男がいた。
顔は悪いというより、にまるで當たっていないような青白い。目つきは鋭く、痩せこけた頬に相まって猛禽類のようだった。著ている黒い服はだぶつき、中に隠しているだろうものをじさせない。
セバスの第六を刺激するのは男から漂うのはと怨念。
――暗殺者か?
セバスはそう思い、この一行の正や目的がいまいち判斷できなかった。そのため當たり前の質問をおこなう。
「……どちら様でしょうか?」
「私はブルム・ヘーウィッシュという役人なんだがね」
先頭に立つ、太った男が多トーンの外れた甲高い聲で、自らの名前――ブルムと告げる。
役人が何故? 暗殺者ではないのか? セバスがそう困している間にブルムは続けた。
「王國には知っていると思うが人売買を止する法律がある。……ラナー王が先頭に立って立案し、押し通したやつなのだがね。今回はその法律をこの館の人間が違反をしているのではないかという話が飛び込んできてね。確認のために來させてもらったのだよ」
そしてれてもらえるかね。という言葉でブルムは話を終わらせる。セバスは困し、それと同時に厄介ごとが飛び込んできたことを強く認識する。
主人が留守である等の斷り文句は々と浮かぶが、実際におこなった場合、非常に厄介ごととなりうる可能がある。
ただ、問題はブルムが本當に役人であるかどうかの保証がないということだ。
王國の役人はブルムも下げている紋章を持ち歩くが、だからといって本當に役人であるという保障にはなりえない。もしかすると――大罪になるが――偽造している可能だって無いわけではないのだから。
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とはいっても人間を數人、館の中にれて何が問題だというのか。セバスであれば問題なく解決できるだろう。
そんな風にセバスが考えている間に生まれた沈黙をどのようにけ止めたのか、ブルムは再び口を開く。
「まずは申し訳ないが、この館の主人に合わせてもらうかね? 無論、いないというのならば仕方が無いが、調査に來た我々が帰ることは余り喜ばしいことにはならないと思うのだがね」
まるで申し訳なく思ってない顔でブルムは笑う。その裏にあるのは権力という力を駆使するぞという、恐喝じみたものだ。
「その前に後ろの男は?」
「ん? 彼はサキュロントという名の人でね。今回の件を我々に持ち込んだ店の代表のようなものだよ」
「サキュロントです。お初にお目にかかります」
薄く笑う暗殺者のようなサキュロント。
セバスはその笑みを見て、敗北を直した。その笑みに浮かんだものは罠に掛かった獲を嘲笑する殘忍な狩人のもの。完全に回しをされた上でこの場に來たとしか考えられない。そう考えるとブルムも恐らくは本當の役人である可能が高い。この場で偽役人を連れてきて、罪を発するような行為は避けるはずだから。
ならばここで斷った場合の対応も既に出來ているはず。であるならしでも相手の腹を見た方が良い。
セバスはそう判斷する。
「……畏まりました。お嬢様にお伝えしてきます。々この場でお待ちください」
「ええ、待ってますとも。待ってますとも」
「ただ、早急にお願いするよ。我々もそんなに暇ではないのだからね」
サキュロントが哂い、ブルムは肩をすくめる。
「畏まりました。では」
セバスは覗き窓の蓋を落とし、ソリュシャンに會いに踵を返す。だが、その前にツアレに奧で隠れているように言わないといけないだろう――。
部屋に案され、ソリュシャンの顔を見た2人に浮かんだのは驚愕の一言に盡きる。連れてきた兵士は扉の外で待っているため、部屋にったのは2人だけだ。
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これほどの人がいるとは思ってもいなかったという顔だ。徐々にブルムの表はだらしなく緩み、その視線は顔との間を行ったり來たりする。目にはのようなものが浮かび、唾を數度飲み込む。
それに対してサキュロントの表は逆に徐々に引き締まっていく。警戒すべきかどちらか。分かりきっていた答えを得ると、セバスは2人に、ソリュシャンの対面のソファーに座るよう促した。
座っていたソリュシャンと、座ったブルムとサキュロントの両者は、互いの名を換しあう。
「それで一何かあったんですか?」
ブルムがわざとらしい咳払いをすると
「ある店から報告があってね。ある人が自らの店の従業員を連れ出したと。その際には不當な金銭を別の従業員に渡したと聞いてね。先も聞いたのだが、法律では金銭での人の売買をずるのだが……まるでそれに違反しているようではないかね?」
「そうですか」
ソリュシャンのつまらなそうなの言い方に2人は目を白黒させる。今この場から犯罪者が出ると脅しをかけているのにもかかわらず、そんな態度を取るとは思ってもいなかったのだ。
「面倒なことはセバスに任せてます。セバス、後をよろしく」
「良いのかね? 今、君が犯罪者になるかもしれないのだよ」
「まぁ、怖いですわ。ではセバス、私が犯罪者になりそうだったら知らせに來なさい」
では機嫌ようというとソリュシャンは満面の笑顔を見せ、立ち上がる。部屋を出て行く彼に誰も聲をかけない。の笑みがどれだけ力を持っているかを示した良い例だ。
パタンと扉が閉まる音がする前、外にいた兵士がソリュシャンの貌に驚いたのか、驚愕の聲が聞こえた。
「――ではお嬢様にかわり私がお話を聞かせていただこうと思います」
セバスは微笑みながら、2人の前に腰を下ろす。その笑顔を見て不思議なことにブルムは鼻白んだようだった。しかしそれを庇うようにサキュロントが口を挾む。
「そうですね。ではセバスさんに聞いてもらいましょうか。ヘーウィッシュ様が玄関でおっしゃっていたように、うちの従業員が行方不明になってね。ある男を締め上げたら金を貰って渡したというじゃないか。これは王國では違法となっている人売買だと気づいてね。うちの店で働く人間がそんなことをしているとは思いたくも無かったんだが、仕方く訴えでたというわけなんですよ」
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「そのとおり。人売買なんていう犯罪はラナー様がおっしゃったとおり許されるものではない。だからこそ、自らの店で働いていたものがそんなことをしてしまったと訴えでるサキュロント君は非常に偉いとしか言えないな!」
「ありがとうございます、ヘーウィッシュ様」
なんだこの茶番は。セバスはそう思いながら頭を働かせる。目の前の2人がグルなのは確実だ。そしてかなり準備しているだろう以上、敗北は確定した事項だろう。だが、どうすれば多は有利に話を持っていけるか。
セバスの勝利條件はなんなのだろうか。
そこまで考え、セバスは眉を顰めようとするのを、必死に抑える。
ナザリックのランドステュワードたるセバスの勝利條件はこれ以上騒ぎが大きくならないように、靜かに問題を解決することだ。決してツアレを守ることではない。
だが――。
「まず聞きたいのは、金を貰ったというその男の偽証という可能があるかと思われますが、その男は今どこに?」
「彼は人売買の容疑で捕縛され、留置所だよ。そして彼の話を聞き、詳しく調べた結果――」
「――男からうちの従業員を買った人が、あなたセバスさんだろうという調査結果が出たんだよ」
セバスは白を切るべきか。噓をつくべきか。はたまたはちゃんとした反論すべきかを迷う。
館にいないといったらどうか。死んでしまったといったらどうか。無數の考えが生まれるが、向こうも簡単に引く気はないだろう。
「しかしどうやって私と判斷されたんでしょう。証拠となるものは?」
それはセバスをして不明だった。自らの名前や正になるものを殘してないあの場に殘していない以上、証拠となるものは一切無いはずだ。それなのにどうやってこの場所まで調べたというのか。外出中はいつでも尾行等が無いか警戒してたつもりだ。セバスにじ取られず尾行が出來る者がこの都市にいるとは思えない。
「スクロールですよ」
サキュロントの答えを聞き、セバスの頭に最初に浮かんだのは疑問だ。それから直ぐに理解する。
――魔師ギルドで買ったスクロール。
あれは確かに通常の巻とは違った、しっかりとした作りとなっている。外見を知っている人間であれば、持っていたスクロールが魔師ギルドで購したものだというのは理解できただろう。あとはそこからどんな人間なのかを調べる等、足で稼げばある程度は調べが付くだろう。
特にセバスのような執事の格好をした人間がスクロールを持っていれば目立つだろうし。
ただ、それでもツアレがここにいるということの証明にはならない。たまたまよく似た別人という可能だってあるはずだ。
しかしもしこの中を調べられたら厄介なこととなる。そう、こんな広い館にツアレを含めてもたった3人で生活しているということを。
観念し、その部分は認めるしかないだろう。セバスはそう判斷する。
「……私は確かに彼を連れ出しました。それは事実です。ですがそのときの彼は的にも非常に酷い傷を負っており、命の危険に曬されていたからこそ、そういう手段を使うしかなかったのです」
「つまりは金銭で彼の柄を引き取ったという事実を認めるのかね」
「その前にその男と話させてはもらえませんか?」
「それは殘念だが出來ないな。口裏を合わせるられては困るからな」
「その際は――」
――橫で話を聞かれても構いません。そういいかけセバスは口を閉ざす。
結局これはできレースだ。普通の手段ではその男の所まで屆かないだろうし、屆いたとしても有利に持っていける可能は低い。つまりこの線から攻撃することは時間の無駄ということだ。
「……その前に彼の全にあれほどの酷い傷をつけるような仕事。それが行われていることを認める方が國として不味いのでは――」
「うちの仕事は結構厳しいものでしてね。怪我を負うのは仕方が無いことなんですよ。ほら鉱山とかでも々あるでしょ。それと同じですよ」
「……あれはそういう怪我では無いと思うのですがね」
「ハハハ。接客業ですが、お客さんの中には々な人がいますからね。こっちもなるたけ怪我をさせないようにしてるんですが。まぁセバスさんの話は理解できました。次回からはしは――そうしは注意しますよ」
「しですか?」
「まぁそうですね。それ以上は金が掛かってしまいますし、々とね」
サキュロントはの端のみを吊り上げるような哂いを浮かべる。それに対してセバスも微笑を浮かべた。
「――そこまでだ」セバスの反論を途中で遮るとブルムはふぅとため息を1つ付く。それは愚か者を相手にした人間がしそうなものだ。そしてブルムは己の考えをセバスに説明する。「私の仕事は奴隷として売買されてないかの確認であって、その従業員のの安全等の確認は別のものがすべき仕事だ。今回の件に関しては関係が無いとしか言えないね」
「……ではそういったことを専門に行っている役人の方を教えてはくれないでしょうか?」
「……ふむ、教えてあげたいのは山々だが、々と難しい面があってね。殘念だが他人の仕事にまで首を突っ込む人間は嫌われるのでね」
「……ではそれまで待っていただきたい」
ニヤニヤとブルムは笑う。その言葉を待っていたといわんばかりの態度で。
そして同じようにサキュロントも哂った。
「……全く、待ちたいのは山々なんだが、相手の店から既に書面として提出されている以上、強制的にでも君たちの柄を押さえ、早急にでも調査しなくてはならないのだよ。我々としても」
つまりは時間もないということ。
「今のまま、狀況証拠的には君が犯罪を犯したということは確実だが、サキュロント君は寛大な処置で済ませてもかまわないと言っているんだよ。勿論、示談における謝料の発生はあるがね。それに人売買に関する犯罪が起こりそうだということで書面を起こしてしまった。それの破棄にもお金が多掛かるんだよ」
「それは一どのような」
「それはですね。まずはうちの従業員を返してしいんですよね」
予測された答えにセバスは心で頷く。そしてそれだけではないだろといわんばかり態度で、一度頭を振った。
「それと従業員を連れ出された期間、本來であれば稼げたであろう金銭的出費を埋めしてしいんですよ」
「なるほど。その金額とは?」
「金貨で……そうですね」サキュロントは室をぐるっと見渡し、「300枚」
「……非常に高額ですが、どのような訳なんですか? 1日辺りどの程度で、どういう科目からなっているんですか?」
「ま、待ってくれたまえ」ブルムが話を遮るように口を挾む。「それで終わりではないだろ、サキュロント君」
「おっとそうでした。それに被害屆けを出してしまった以上、で片をつけたとしても、破棄費用がかかるんでしたね」
「そうだとも。サキュロント君、忘れてしまっては困るよ」
ニヤニヤと笑うブルム。
「……たが」
「ん?」
「いえ何でもないです」
セバスは呟き、微笑む。
「えっと、申し訳ありませんね、ヘーウィッシュ様」サキュロントはブルムに頭を下げると「書面の破棄には謝料の1/3が妥當とされてますので金貨100枚。合計として400枚ですかね」
「私は彼を連れて來る時、金銭を支払っていますがそれも含めるのですか?」
「まさかだよ、君。いいかね。先方との示談が済んだ場合は君は奴隷を買わなかった。そういうこととなるわけだ。つまりそこで発生した金銭は無かったということになる。君がどこかで落としたということだね」
金貨100枚を丸々落としたとしろというのか。まぁ、既に半分に分けて懐に収めているのだろう。そうセバスは判斷し、事実セバスの知らないことだが、その予想は正しくもあった。
「……しかし、彼のはまだ完治してません。今連れ出せば再び再発する可能があります。それにこれからの治療で彼は死んでいるかもしれません。全て金銭で片を付けることは?」
サキュロントの目が異様なきらめきを持つ。
その変化をじ取り、セバスは自らのミスを強く実する。ツアレに執著しているのがばれたと認識したのだ。
「……金では片をつけるのは難しいですな。金ではなく、うちは従業員を取り戻したいのですから」
その発言をけ、ブルムがどうしたんだという顔でサキュロントを見つめている。しいのは金なのに、なんで突然という顔だ。
「そうですな。死亡した場合は彼に掛かった金銭を補填していただくのは當然のことですが、彼の治療が終わるまでの間、おたくのお嬢さんを貸していただくというのはどうでしょうかね?」
「おお! それは確かにそうだ。を開けるならその分誰かを提示するのは當然だな!」
セバスは微笑をなくし、無表になる。
サキュロントは本気で言っているのではないだろうが、こちらに隙があれば強行する気ではあるだろう。ツアレに執著したのがばれた所為で、厄介ごとが大きくなる可能を目の前に突きつけられてしまった。
「……を掻きすぎるのは問題では?」
「馬鹿を言うな!」
ブルムが顔を真っ赤にし、大聲を出す。
殺される前の豚のようなびだ。そんなことを思いながら、セバスは何も言わずにブルムを見つめる。
「とは何だ! これはラナー王の意志によってできた法律を守ろうという気持ちから出た行為だ! それをとは! 無禮にもほどがあるだろう!」
「まぁまぁ落ち著いてください。ヘーウィッシュ様」
ブルムはサキュロントが口を挾むと即座に怒りを沈靜化させる。その急な収まり方は、先の怒りが本気で無かったことを示唆している。
酷い演技だ。セバスは心の中で呟いた。
「しかしだね、サキュロント君……」
「ヘーウィッシュ様、とりあえずはこちらの言うべきところは終わりました。明後日、その結果、どうされるか聞きに來たいと思います、よろしいですよねぇ、セバスさん」
「畏まりました」
話が終わり、セバスは外にいた兵士を連れ、4人を玄関まで案する。そして送り出し、最後に殘ったサキュロントはセバスに笑いながら言葉を投げかけた。
「しかし妾下りの彼には謝しないとね。廃棄処分品がここまで金の卵を産んでくれるとは思いませんでしたよ」
その言葉を最後に殘し、扉がパタンと音を立てて閉まる。
セバスは黙って扉をしばらく見つめる。セバスの表には特別なは一切浮かんでいない。冷靜な表のままだ。しかしながらはっきりとした何かが浮かんでいた。
それは怒りである。
――いや、怒りなんていう生易しい言葉でそのを表現は出來ない。憤怒、激怒。そういった言葉の方が正しいだろう。
「ソリュシャン。出てきたらどうですか?」
そのセバスの聲に反応し、ぬるりというじで影からにじみ出るようにソリュシャンが姿を見せる。ソリュシャンが収めているアサシン系のクラスの能力で影に溶け込んでいたのだ。
「話は聞いていましたね」
セバスの言葉は確認にしか過ぎない。そしてソリュシャンは當然と頷く。
「それでどうされるんですか、セバス様」
そのソリュシャンの問いに即座にセバスは答えることが出來ない。そんなセバスにソリュシャンははっきりとした冷徹な視線を送った。
「……あの人間を渡して終わりにしますか?」
「それで問題が解決するとは思えません」
「…………」
「弱みを見せたら骨の髄までしゃぶろうとしてくるでしょう。そういう類の人間です、あれは。ツアレを渡して問題の解決には繋がるとは思えません」
「ではどうされるのですか?」
「分かりません。し外を出歩きながら考えたいと思います」
セバスは玄関の扉を押し開ける。そして日差しの中に消えていった。
ソリュシャンは背を向け出て行くセバスの後ろ姿をじっと見る。それから左手を持ち上げ、開いた。
こぽりと水面に何かが浮かび上がるように、手から突き出すように巻が姿を現した。今までで保管していたスクロールだ。本來であれば急事態の連絡用――現在ではデミウルゴスの働きによって低位スクロール作の目処は立っているが、ソリュシャンが出発する頃はその目処が立っていなかったため、この《メッセージ/伝言》のスクロールは急用だったのだ――として渡されたものではあるが、これは使うべき事態であるとソリュシャンは判斷したのだ。
スクロールを広げ、中に込められた魔法を解放する。使用済みとなったスクロールは脆く砕け散り、灰となって床に降り落ちるころには完全に消失して消え去った。
魔法の発にあわせ、何か糸のようなものが相手と繋がるような覚を覚え、ソリュシャンは聲を上げた。
「アインズ様でいらっしゃいますか?」
『ソリュシャン――か? 一、何事だ? お前の方から連絡をしてくるとは異常事態か?』
「はい」
一瞬だけソリュシャンは言葉をきる。これはセバスに対する忠誠、自らの考え違い等を思ったために生まれた時間だ。
だが何よりもアインズへの忠誠心は強く強固だ。
そしてナザリック、そして何より至高の41人の利益を最大に考え行すべきなのに、セバスの現狀はそれを無視した行だといえる。
そのため主人の判斷を仰ごうと口を開く。
「セバス様に裏切りの可能があります」
『はぁ! ……うぇ?! マジでか?! ……うん、ゴホン。……冗談はよせ、ソリュシャン。証拠も無くそういう発言は許されるものではないが……あるのか?』
「はい。証拠というほどではありませんが――」
◆
セバスは歩く。目的なんか特別に定めてはいない。足の進むままにだ。
やがて通りの1つ、そこに人だかりが出來ていた。
そこから怒聲とも笑い聲ともいえないものと、何かに対する毆打音。人だかりからは死んでしまうとか、兵士を呼びに行った方がという聲が聞こえてきた。
人の所為で見えないが、毆打音やそういった話からすると何らかの暴力行為が行われているのは確実だ。
セバスは面倒くさそうな顔をし、別に道を行こうかと考え、方向を変えようとする。
ほんの一瞬の時間だけ迷い――歩を進める。
足の向かう先は人だかりの中央である。
「失禮」
その一言だけ殘して、すり抜けるようにセバスは中にり込んでいく。老人が異様とも斷言しても良いきで、目の前をるように摺り抜けていく姿は驚きと畏怖の対象だった。セバス以外も中に向かって進んでいる者がいるようで、通してくれという聲も起こっているようだったが、セバスほど人ごみを用にすり抜けることが出來てないようだった。
セバスは背中に人ごみを構する者たちからの無數の驚愕の聲を浴びながら、人ごみを抜ける。
そしてその中央。そこでセバスは何が起こっているのかを確認した。
セバスが見た景、それは余りなりの良くない男達が複數で、ナニカを蹴りつけているものだった。
セバスは無言で更に歩を進める。男に手をばせば屆く、そんな距離まで接近する。
「なんだ、爺!」
その場にいた5人の男。そのうちの1人がセバスに気づき、誰何の聲を上げた。
「し騒がしいと思いまして」
「おめぇも痛い目を見てぇのか」
ずいっと男達がセバスを取り囲むようにき出す。それによって今まで蹴られていた存在の正が明かされた。男の子だろうか。ぐったりと橫になり、口からか鼻からかは不明だが、が流れている。
長く蹴られた所為でだろう。意識を喪失しておりいてはいないが、それでもセバスが傍から見たじでは命はまだあるようだった。
それからセバスは男達を眺める。周囲を取り囲む男達のや口から漂う酒の匂い。そして運とは別の意味で紅した顔。
酔っているからこそ暴力を制できていないのか。
それを理解したセバスは無表に尋ねる。
「何が原因かは分かりませんが、それぐらいで終わりにされてはどうでしょうか?」
「はぁ? こいつが持っていた食いもんで俺の服を汚したんだぞ、許せるかよ」
男の1人が指差すところ。確かに僅かに何かが付著している。しかしながら、服といっても男達の服は皆薄汚れている。それを考えればさほど目立つ汚れではない。確かに服を汚されたことは不快だろう。しかしここまですることほどのことではない。そう思える程度の汚れだ。
セバスは5人の若者の中で最も強くじられる人に視線を送った。守護者クラスからすれば人間にとっての働きアリと兵隊アリのような微妙な違いも、セバスならばなんとかじ取ることが出來る。
「しかし……治安が悪い都市です」
「あ?」
まるで遠くの何かを確認するようなセバスの発言に男の1人から不快気な聲がれた。自分たちを無視していると思ったのだろう。
「……失せなさい」
「あ?」
「もう一度言います。失せなさい」
「てめぇ!」
セバスが最も強いと判斷した男は顔を真っ赤にし、握りこぶしを作り――そして崩れ落ちる。
驚きがあちらこちらから起こる。そして殘った4人の男達からも。
セバスがしたことは簡単だ。ピンポイントで顎を高速で揺らしただけだ。ただ、その際視認すらできない速度で毆り飛ばすことは可能だった。だが、それでは他の者たちに恐怖を與えることは出來ない。だからこそ早いと思わせる程度の速度で毆ったのだが。
「まだやりますか?」
靜かに呟くセバス。
その冷靜さと異様さは男達の頭から酒気を抜くのは容易いことだった。そして仲間の1人、最も腕っ節が立つ男が容易く倒される。それは恐怖にもつながった。もはや人數が多いからという余裕は無い。
「あ、ああ。お、おれたちが悪かった」
數歩後ろに下がりながら、男達は口々に詫びをれる。セバスは侘びをいれる対象が違うだろうと思いながらも、口には出さない。
男達が気を失った仲間を連れて逃げていく姿から視線を逸らし、セバスは年の方に踏み出そうとする。しかし途中でその足をとめた。
自分は何をしているのかと、頭の冷靜な部分が語りかけてくる。今しなくてはならないのはツアレをどうするかである。そんな自分が他の厄介ごとを背負うことは無い。元々こうやって厄介ごとを背負ったからこそ、今こうなったのではないか。
セバスは首を振ると、年から目を逸らし、歩き出す。たまたま視線があった人を指差した。
「……その子を神殿に。の骨が折れている場合もあります。それを注意して運ぶ際は、板に載せて余り揺らさないように」
それだけ言うとセバスは歩き出す。人ごみを掻き分ける必要は無かった。セバスが歩くと一気に割れたのだから。
セバスは再び歩き出し、そして気づく。
そのを尾行する気配に。無論、たまたま同じ方向に歩いているだけの人というものもいるだろう。しかし數度道を曲がりながらも、セバスの後ろを歩いてくる人をどのように判斷すればよいのか。
「さて……」
セバスは迷う。この尾行しているものが一何者なのかと。
ツアレやソリュシャンではない。足音や歩幅は人男のもの。それも1人。
セバスが思い出そうとしても尾行してくような人男に心當たりは無い。あるとすれば先ほどあった不快な男達か、ブルムとサキュロントの関係者辺りだろう。
「では捕まえますか」
セバスは道を曲がり、薄暗い方、薄暗い方と歩き出す。それでも尾行は続く。
「……しかし本気で隠す気があるんでしょうかね?」
足音は隠しているものではない。それだけの能力が無いのか、はたまたはもっと別の理由によるものか。セバスは頭を傾げ、それも確認すれば良いかと簡単に考える。そろそろ人の気配が無くなりかかった頃、そしてセバスが行を開始しようとし始めた頃、しわがれた――それでいながらまだ若い男の聲が後ろの尾行者から投じられた。
「――すみません」
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