《オーバーロード:前編》王都-15

突如したセバスに全員の目が集まる。

警戒のが強く、そして嘲りのもあった。ここまで潛してきたのだから、只者では無いという考えはあっても、単なる品の良い老人にしか見えない者にそこまで警戒することができなかったのだ。

特にゼロとルベリナという強者である2者にはそのが強い。

「おじいさん、來る場所間違えてるんじゃないの?」

「これは申し訳ありませんでした。ここで皆さん集まられて何をしているのかと思いまして、ちょっと興味を引かれたものでして」

「ここじゃは抱けないからお部屋に帰ったら?」

ルベリナがからかう様に言うと、それを遮るようにゼロがいた。

「ルベリナくだらんお喋りは止せ。お前が侵者だな」

「そうですね。そういうことになっていると思います」

「愚かな。そこの小僧と同じく、俺がいる時に侵した己の不幸を嘆くが良い」

僅かにセバスが苦笑いを浮かべる。

その笑い方はゼロを不快に思わせた。圧倒的余裕をじさせる笑いだったのだ。

それはゼロという男を前にして良い笑いではない。

だからこそ、ゼロは一撃で決めることを決心する。

「ふん。死ね、じじい」

ゼロの3つの刺青がほのかなを放った。

ゼロの付いているクラスであるシャーマニック・アデプトは、的能力を自らに憑依させ、行使を可能とする。ゼロの場合は足のパンサー、背中のファルコン、腕のライナサラスだ。これらは1日での使用回數が決まっているため、通常はそのどれかを選択して起させるのだが、ゼロはそれはしない。

1度に使用するのだ。

これら3つのの能力を同時に行使して放たれる、ゼロの一撃はもはや桁が外れている。

「――あぶ!」

報でそれを知っていたクライムはを震わせ、必死にぼうとする。

ゼロの必殺技だ。

それは単純に拳で毆りつけるだけだが、そのスピード、そしてそこに込められた特殊な力より生まれる破壊力の桁は違う。數トンのライナサラスが時速80キロ近い速度で、軽やかに突撃してくるにも匹敵する一撃。まともに食らえば即死は間違いない。

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一気にゼロはセバスに迫る。

それに対して、あまりの速度のためか。セバスはこうとしない。それどころか、防が遅れていた。

ゼロの拳が繰り出される。

そして一撃がセバスの無防備な腹部に突き刺さった。完璧な決まり方で。

セバスが大きく吹き飛ぶ。

當たり前だ。フォートレスなど戦技を使用していれば吹き飛ばないかもしれないが、セバスにそれを使った形跡は無い。

つまりは致命傷だ。

そうなるはずだった。

そう――

誰もがそれを予測し、そして――外れる。

セバスは――ピクリともかなかったのだ。

ゼロの全ての力を込めた拳、それを真正面から腹部のみ――己の筋のみでけ止めたということになる。

それは誰が目にしても信じられない景だった。もはや常識の範疇には無い景といっても過言では無いだろう。

両者のの差は明白。にも係わらず、それとはまるで反対の結果が出ているのだから。

その場にいる全員の中で最も信じられなかったのは無論、ゼロ本人である。己の最大の自信の一撃。それをけて平然としてられる生なんかいるわけが無い。そして今までそうだった。そう思っていたのにも係わらず、現在の結果があるのだから。だからこそ、目の前を黒いものが通り過ぎてなお、行することが出來なかった。

セバスの足が中空高く上がる。ゼロの鼻先を潛り抜けた――飛燕のきで。

高く、高く上がった足は勢いを込めて落ちてくる。

踵落とし。

そう言われる技である。ただ、速度と込められた力は尋常ではない。

「……なんなんだ、お前は」

ゼロが呟き、セバスがを僅かに吊り上げた。

ゴキリともゴジャリとも聞こえるようなおぞましい音が響く。何百キロにもなる重量に人が潰されるように、頭を砕かれ、首や背骨を容易くへし折られたゼロが床に伏せる。

が靜まり返った。

その部屋に満ちる空気を一言で表現するなら『ポカーン』である。ジクジクとゼロのひしゃげた頭部がある場所から流れ出すを避けるようにきつつ、セバスはゼロの拳が突き刺さった辺りをパンパンと払った。

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「ふぅ、危ないところでした。もし警告が遅れたら死んでいたでしょうな」

絶対、噓だ! 警告なんかなかったぞ!

その場にいた3人。口には出さないが全員が同じび聲を心の中で上げる。

「助かりましたよ。弟子」

「あ、え……えぇ」

クライムに言葉は無い。當たり前だ。なんといえばよいのか。これだけの常識はずれな景を前に。

「なに? なに? というか、なに?」

ルベリナが今目の前で起こった景を信じられないように、惚けた顔で床に伏せたゼロと無傷のセバスを互に見る。

「なにがあったのよぉ!」

見ていたがそれでも信じられない。ゼロの強さを最も知っていたルベリナの絶は當然のものだ。

「大したことではありません。私のほうがしだけ強かったということです」

しじゃないだろう。

その場にいた全員が先ほどと同じように、思いを1つとする。

「さて、あとはおふた方ですか」

セバスがルベリナとサキュロントに視線を向ける。サキュロントは怯え、ルベリナは前に踏み出す。この両者の違いは、己の腕にどこまでの自信があるかだろう。ゼロという人を除けば最強であるルベリナと、ゼロに遠く及ばないことを知っているサキュロントの。

相手はこちらを殺しに來ている。ならば前に踏み出すしかない。ルベリナはそう考える。目の前で起こった信じられないようなことを頭から捨て去って。

あんなのはまぐれであり。偶然。そう信じるしか無かったのだ。

王國にはガゼフ・ストロノーフといわれる周辺國家最強の戦士がいる。あれと比べられれば確かにルベリナもゼロも負けるだろう。ただ、それでも多は善戦するはずだ。勝てないにしても、傷のいくつかは負わせる自信がある。そんな自分が、こんな見たことも聞いたことも無いような老人に負けるはずが無い。

そう考えれば、なんらかのトリックを使っている可能がある。例えば、毆打による攻撃を無効とするマジックアイテムなどを。

ゼロの攻撃も避けなかったのではなく、避けれなかったということだってありえるではないか。

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だからこそルベリナは踏み込む。己の技に全てを託し。

「はっ!」

ルベリナの手に持ったハート・ペネトレートが白銀の殘を殘しながら、セバス目掛けてびる。クライムと戦った時の遊びじりのものではない。己の放たれる最高の速度の一撃だ。狙うのは

外から見るクライムとサキュロント、両者の目に止まらない閃の一撃。

そして金屬のへし折れるような甲高い音が響いた。

いやそれだけではない。もう1つ。骨が砕ける音。

「……さて、あと1人ですね」

セバスの指から、へし折られたハート・ペネトレートの先端が床に落ちる。そして270度首を回転させたルベリナもまた崩れ落ちた。

「なんだ……」

サキュロントの呟き。そしてクライムの驚愕の顔がセバスに向けられる。たった數分、いや、それすらたっていないというのにあまりにも狀況が変化している。いや変化しすぎているといっても良い。

「お、いや、あんた」

サキュロントが思わず後ずさりをする。あの館で會ったとき、これほどの人だとは思わなかった。いや、もはやどこからか夢の世界に突しているような、そんな奇想天外な予測が出來るはずが無い。

セバスが歩を進めるのにあわせ、サキュロントは下がる。

「まってくれないか! 降伏する! あんたがしがるすべてのものをやる。おれはこれでも組織ではそこそこの地位にいたんだ。あんたが喜びそうなものだって渡せるはずだ! 本當に待ってくれ!」

「興味がありません」

後退を続けていたサキュロントの背中が壁に當たり、どんと音を立てる。それ以上後ろに下がれなくなったサキュロントの顔が青を通り越し、紙のようなとなった。

「――待ってください!」

サキュロントとの間合いを拳の屆く距離まで詰めたところで、ぴたりとセバスの足が止まり、顔がクライムのほうにいた。空になったポーション瓶を懐にしまいつつ、クライムは再びセバスに聲をかける。

「彼の処罰はこちらに任せてはいただけないでしょうか?」

「……」

「すべて話すというなら、元から一気に刈り取れる可能があります。今後このようなことが起こらないようなシステムを作るきっかけになるかもしれません」

「……」

僅かなセバスの雰囲気の変化に、自らの生きる道を見つけたサキュロントが慌てて約束をする。隙だらけに見えるセバスを前にしても攻撃を仕掛けようという気は一切起こらない。いや、なにより隙だらけに見えるのが怖い。

「そ、そうだ。本當にそうだ。俺は全てを話す。約束する。噓偽り無く話すと」

「ふむ……」

セバスの手がく。いや、その場にセバスのきを捉えるほどの視力を持っているものはいない。そのため何が起こったか2人とも理解できなかった。ただ、意識を失ったサキュロントが崩れ落ち、そしてそのが無事にいていることを確認して、ようやくセバスがサキュロントの意識を刈り取ったと分かったのだ。

「……了解しました。このようなことが二度と起こらないようにと言われてしまっては、私も弱いですから」

「ありがとうございます」

毆打された痛むを震わせながら、クライムは頭を下げる。

「気にしないでください。彼を生かして渡すということは、より良い報の拡散が狙えますので」

「?」

「こちらの話です。しかし酷い傷ですね」

セバスがクライムの近くによると、すっと手をばす。

普通の手に見えるがその恐ろしさは桁が違う。一瞬だけ直し、それからクライムは逃げかけるが、それがどれだけ失禮なことか知っているために、その場に踏みとどまる。そんなクライムのきを理解したのか、セバスは僅かに微笑んだ。

「傷を治すだけですよ」

セバスの手が鎧にれる。その瞬間、鎧を通して何か暖かいものが全に流れ込んだ。

「気による傷の回復です。古傷等は治せないみたいですが、あなたがけた傷ならあらかた治ると思いますよ」

傷が熱を持ち、瞬時に冷える。その時には、クライムのからは殘っていたあらゆる痛みが綺麗に抜け落ちていた。

「ありがとうございます!」

再び深々と頭を下げるクライムに、セバスは大したことがないと手を振った。

「それよりあなたに……ん? なんですか?」まるで聲が信するかのように、セバスは額に手を當てる。「……そうですか。分かりました、早急に撤退……。しかしまだ意識が無く、意志の確認が……。無論です、わが主をこれ以上……分かってます。意識があったのは8人ですね。ええ、ええ。分かりました」はぁ、と軽くセバスはため息を1つ。「申し訳ありません。本來であれば全員連れて行きたいところなのですが、幾人かは意識が無く、意志を確認することが出來ませんでしたので置いていきたいと思っております」

「考えを確認というのは?」

「こちらの話ですので、お気にされず。ちなみにここに來られたのは、特定人の救出とかで?」

「いえ。誰というわけではないですが、苦しんでいる人を救出するという目的もあってです」

「ほう」

セバスが初めて心したように聲を上げた。

「やはりそういう方もいらっしゃるようですね。私が會ってきた方は、碌でもない者しかいなかったもので。では殘していく人はお任せします。他の方々は私のほうで預かって傷を癒しますので」

クライムは一瞬だけ迷うが、セバスという人を考え、それが最も良い手だろうと判斷する。確かに正の知れない謎の人だが、その格は優しく、決して人を苦しめる人ではないとクライムは確信している。そのセバスが連れて行くといっているのだ、下手にこちらで預かるよりも良い結果が待っているのではないか。

「分かりました。よろしくお願いします。それとこの瞬間まで助けられず、申し訳ありませんでした」

「いえいえ。あなたと會った時の話を思い出せば、今回ここに來られたのは並々ならぬ覚悟あっての事だと分かっております。あなたを責めるようなことは決してありません」

「ありがとうございます。ではやはりお助けになられた方々を一緒にどこかに離れるのですか?」

「そのつもりです」

セバスが助けたという人と一緒にこの辺りから逃げるつもりなのだろう。だからこそ行きがけの駄賃としてここに乗り込んできた、そういうことなのだ。そう、クライムは納得する。

「ではもう會うことは?」

「恐らく無いのではないでしょうか?」

「そうですか……また訓練をしていただければ……なんて思っていたのですが……殘念です」

セバスが微笑む。

「もし機會が會った時はして差し上げますよ。……さて、私は早急に撤退させていただきます。あなたはここで々とやっておくべきでしょう」

「ご苦労様でした、クライム」一通りの説明をけたラナーは微笑を浮かべる。「あなたが無事でよかったと思っています」

「ありがとうございます」

深々とクライムは頭を下げる。

こみ上げてきた欠を、顔を下に向けたその一瞬を狙ってかみ殺す。

ラナーの元に戻ってきて、々と報告をしていたら朝日が間も無く昇ろうという時間になってしまった。クライムは兵士として鍛えられているため、1日ぐらいなら睡眠を取らずに行できる。しかしながら死に直面した戦闘を乗り越えただけあって、神的な疲労が激しい。油斷すれば立ったまま眠れるほど、睡眠に対する求を抱え込んでいる。

それをラナーもじ取ったのだろう。クライムに対して優しく微笑みかけた。

「今晩はお疲れ様でした。戻ってゆっくり休んでください」

「はっ」

クライムの視線がラナーの近くにいるレェブン候の元へとく。その視線に含まれた思考をラナーは瞬時に読み取る。これはクライムが相手だから出來ることだ。

「候とはもうし話をしておくつもりです」

「では、私も殘りますか?」

ラナーが今だ眠らないのに自分が眠ってよいのかという思いと、睡眠をしっかりとらなければラナーの役には立てないという思いの2つがクライムの中でぶつかり合う。それにもう1つの理由もあるが。

その戦いに終止符を打ったのはやはり自らの主人の意向だ。

「いえ。それにはおよびません。クライムは睡眠をとってきてください。普段より遅い時間での來室を許します。疲労を後に殘さないように」

「畏まりました」

主人の命令に従わないわけには行かない。

クライムが深々と頭を下げ、そして部屋を出て行く。扉が閉まる音を聞きながら、ラナーは顔を僅かに高揚させ、レェブン候に微笑みかける。

「嫉妬ですよね、あれ」

「……全くその通りだと思います」

「……乗ってくださってありがとうございます」

しばかり寂しげにラナーは言う。クライムはレェブン候とラナーが一緒に夜を明かすということで変な噂が立つのを心配して、自分も殘るという雰囲気を匂わせたのだろう。不要な心配だが、それでもクライムの気持ちは嬉しく思う。

今晩無數の報を得た。それをある程度は噛み砕き、統一した意見にしなくてはならないだろう。

特に謎の人の出現というのは早急にある程度の目安をつけておくべき、重要な案件だ。

「さて、どう思われますか?」

「あまりにも報がないですが……セバスという人と屋の上の人――未確認者としておきましょう。2者はなんらかの関係を持っているのは間違いがありません」

「目的が一致していたからですね。しかし、だからといって友好的な関係と斷言することも出來ない」

イビルアイが遭遇した謎の存在――未確認者。そしてクライムが遭遇したセバスという老人。両者共に『人助け』のためにその場に來たらしいが、それをどこまで信用してよいのかという問題だ。

確かにセバスという人の行は発言と一致している。しかし未確認者はあくまでも言葉だけであり、それが真実であるという証拠は一切無いのだ。

「敵対的である場合は……監視という線は消えますね。イビルアイの話から推測すると、そういう類のスキルを保有しているようには思えなかったそうですから。そうなるとセバスに攻撃を仕掛けるために來たと考えるべきでしょうけど、大規模な戦闘行為が行われた形跡は発見されませんでした」

「イビルアイとの遭遇によって方針を変更したという可能もありえますね」

「どうにせよ、敵対関係である場合、セバスと未確認者が戦闘を行わなかった段階で、強さ的な意味合いでは同格でしょうね」

「それは飛躍があるのでは? 確かに未確認者はイビルアイ殿が、セバスに関してはクライム君が強さを認めていますが、イビルアイ殿とクライム君の強さが違う以上、両者が同じぐらい強いということは難しいかと」

王國最強の冒険者集団の1つ『蒼の薔薇』。それに所屬する魔法使いと、単なる兵士では格があまりにも違いすぎる。

「セバスに未確認者が戦いを挑まなかった理由が不明です。セバスは數人の人間を運び出したとのこと。同格でないのであれば、そこを襲えばよかったではないですか」

「ふむ」

同格ではなく、セバスが上であれば襲えなかった理由は分かる。しかしそうなると何で來たの?という疑問が殘るわけだ。

「個人的には未確認者は、セバスが運びだした人間の運搬協力にいたのではと思ってますがね」

「それであれば確かに納得が出來るような気もします。では2者の関係は友好的なもので?」

「じゃないかと。まぁ、想像の範疇を超えませんが」

「ではこの2人の関係は?」

「何者かの部下と仮定するのが最も正解でしょう」

クライムが遭遇したセバスの話では商人の主人に仕えているということだが、それは噓だろう。しかしその姿格好、そして立ち振る舞い。それは優秀な執事のものだ。これはラナーに長く仕え、そういう世界を見てきたクライムが保障することだから間違いが無い。

「セバスという人が、未確認者に仕えている可能は?」

「無いとは言い切れませんが、可能としては低いです。恐らくはこの地には來てない人がいると思われます」

未確認者のイビルアイに対する対応。セバスのクライムに対する対応。それはまるで違うものだ。確かにイビルアイとクライムでは最初の立ち位置が違う。しかしながら、あまりにもかけ離れている。もしセバスが未確認者に仕えていたら、クライムも殺されていた可能がある。

それよりはそれぞれ同じ主人に仕えていて、別々の指令をけ取ったという方がありえそうだ。そしてその主人がこの地に來ていないというのは、來ていれば2者がもっと協力した行をとるだろうからだ。

「その主人はどのようなものだと思われますか?」

「王國に敵意は持っていないでしょう。ですが、今はまだという線が濃厚です。主人は人の常識の範疇での思考を持っていますですので、どちらにも転ぶでしょう」

人を助けるということは、人をちゃんと認識しており、慈悲やその他のを持っているからと考えるのが妥當だ。例えば人間を遙かに凌駕するドラゴンであれば、人間が苦しんでいても興味を持たず通り過ぎる可能だってある。

人が道端でもがいている蟲を相手にしないのと同じ要領だ。ただ、犬や貓というになれば助ける者だって出てくるだろう。慈悲のを刺激されたりして。

つまりラナーはセバスや謎の存在の裏にいる者が、人間に対して慈悲を持てる存在だと判斷したのだ。そして人間にも似たを持つということは、敵にも味方にもなるということ。

ただしこの考えにもがあるとラナーは見ている。

セバスの言っていることに噓があった場合だ。

ただ、間違っていないと自信を持っていえることは、桁の違う存在を使役する以上は、その存在もまた桁が違うだろうということ。

ふと、何かを思い出したようにレェブン候は表を変える。

「そういえば、殿下。アインズ・ウール・ゴウンなる存在を知っていますか?」

「いえ、知りません」

いや噓だ。その名前は僅かに聞いた覚えがある。しかし、レェブン候から素直な話が聞きたいと考え、ラナーは知らない振りをする。

「そうですか。……つい最近、エ・ランテルに非常に腕の立つ魔法使いが現れたという話で、その師匠の名前がそうだと聞いております。今回の桁の違う人、そしてエ・ランテルに出現した腕の立つ人。何か関係があるのかと思いまして」

「可能は非常に高いですね」

名は知られないが桁の違う存在が一度に王國に出現する。ならば何らかの関係があると見てもおかしくは無い。友好的なものか、敵対的なものかまでは不明だが。

「なんでも第6位階クラスの魔法を使うとかですから、帝國の主席魔法使いと同格の力はあるか――」

「――1。そのアインズ・ウール・ゴウンという人はより上の力を保有している。……2。アインズ・ウール・ゴウンという人とセバス、そして未確認者は関係が無い。どちらが良いですか?」

レェブン候の言葉を遮り、ラナーは言う。

その言葉にレェブン候は頭を傾げた。後者はまだしも、問題は前者――1番だ。

帝國の主席魔法使い、フールーダは周辺國家最強といわれる魔法使いであり、彼を超える人は13英雄しかいないとされる。そんな人よりもぽっとでの人を、場合によっては上位に據える理由が浮かばなかったのだ。ただ、適當に言っているのではないのはラナーの自信に溢れた態度から読み取れる。

では知らないというのが噓なのだろうか。しかし、そんな噓をつく理由が無い。

「何故、そこまでアインズという人を上に評価しているのですか?」

「簡単です。セバスと未確認者。この2人と何らかの関係があるかもしれないと考えているからですよ」

レェブン候は困する。その2者との関係が、その強さ基準に繋がる理由が分からなかったのだ。

単純に考えればラナーはセバスと未確認者はフールーダよりも強いと言っているようなものだ。イビルアイより上だからといって、フールーダより上に位置づける意味が分からない。

そのレェブン候の困を読んだように、ラナーは言葉を続けた。

「イビルアイ……正をご存知ですか?」

王國最強の魔法使い。それ以上の正があるというのだろうか。

もしかすると13英雄とかか。そんなレェブン候の予測は斜め上に裏切られた。

「彼の正は『國墮とし』ですから」

弾が靜かに発した。

レェブン候は驚愕に目を見開く。それから思わず、自らの耳のに指を差込み、捻る。あまりの報に己が耳を疑ったのだ。しかしながら何か異常は発見されない。

ぱっくりと口を開き、數度言いかけ、閉じる。ようやく口を開けるようになったのは、レェブン候という人からすれば信じられないような時間がたってからだった。

「なんですと!」

國墮とし。

1國を滅ぼした最悪のヴァンパイア・ロード。13英雄が滅ぼしたとされるそれであり、大陸の歴史にそのおぞましき名を殘す化け中の化けだ。誇張無しの伝説の通りであれば、國が全力を挙げて勝てるかどうか微妙な存在。1國を滅ぼし、アンデッド溢れる都に変えたと言われる、下手したら魔神より上位の化けだ。

もはや伽噺や伝説の中でしか名前を聞くことの出來ないはずだった。それが今なお生存し、さらに王國で生活している。

それを知ったレェブン候の腰が砕けなかったことを賞賛すべきだろう。

「馬鹿な……生きていたのですか?」

「そうですよ」

のんびりと答えるラナーに、一瞬だけレェブン候は腹を立てる。

そんな生易しい報じゃないだろうという思いだ。國墮としは伝説どおりであれば、下手したらこの王國が滅ぼされかねない存在だぞと。しかしレェブン候の煮えたぎった脳裏は瞬時にある1つの報を思い出し、一気に冷える。

「ちょっと……待ってください……」ごくりとレェブン候のが唾を飲み込む。そのあんまりにも信じられないことを思い出し。「……國……國墮としが……勝算無しと……判斷したというのですか? 屋にいる存在を見て」

「ですね」

「そんなにのんびりしていることですか!!!!」

イビルアイ。かの伝説の化けが、『蒼の薔薇』全メンバーと協力しても屋の存在には勝てない、そう判斷した。つまりそれは――。

「この國のどこかに國を滅ぼす……いえ、周辺國家を纏めて滅ぼせる存在がいるということですぞ!!」

「ですね。まぁ、敵意があるかは不明ですが」

「何をのんびりしているのですか!! あなたはあほですか!! どうにか対処を取るべきでしょう!!」

「どうやってですか?」

その靜かな聲にレェブン候の頭に冷靜さが戻ってくる。確かにどうしろというのか。下手にちょっかいを出せば、そちらの方が危ないではない。數度呼吸を繰り返し、興かられた息を整える。

「……殿下。私のさきほどの愚かな言葉をお許しください」

「構いませんよ。普通はそういう態度取ると思いますから」

「では……どうしますか?」

「未確認者ですか?」

「はっ。即座に王にご報告をして?」

「……止めた方が良いでしょう。どうしようもないんですから」

ピラピラとラナーは手を振る。

「しかし……」

「王のきには常時、貴族の目が集まってます。そして王が僅かにでもくとなると、説明を求める聲が起こるでしょう。結果はいうまでも無いことです」

「それは……」

レェブン候としてそれに異を唱えることは出來ない。

王のみに教えたとしても王がけば、それに対して々と煩い口を挾む者は絶対にいる。そうなると王は説明を余儀なくされるだろう。もし王國が2つに割れてなければ、王が絶対の権力を持っていれば問題はなかっただろうが、現在はそんな狀況ではない。最も力を持つ貴族の1人が、帝國に報を流している現狀なのだから。

そして王が説明を行わなければ、邪推が混を巻き起こすことは確定している。

説明しても大混は間違いが無いのだが。

「それにイビルアイの正については誰にもらすことは出來ません。だってイビルアイは私の友人の友人です。今の関係を壊したくは無いです。最大戦力を裏切るなんて馬鹿のすることでしょ? ではそれを除外してそういう存在がいる、そして王國に蠢いているという報を流します。それを知った貴族の方はどんな行をしますか?」

「……桁外れの大混。下手をすれば王國が壊れますね」

「ほら。どうしようもない」

「周辺國家に協力を要請してはどうでしょう?」

「信じますか? レェブン候だったら」

「……信じられるわけが無いです」レェブン候は頭を抱える。「……今日は殿下の元に來なければよかった……。これからは安眠できない日々が続きそうです」

取るべき手段が無い。せいぜい冒険者に報を流し、探してもらうぐらいだろう。しかしそれは敵ではない存在を敵に回す行為にも繋がりかねない。

結局は報が不足しすぎているのだ。

相手のスタンスが読めないために、踏み込むことが出來ない。そしてなにより相手の戦力分析も上手く行ってないことが問題だ。つまり頭を抱えて転げまわるぐらいしか手段が無い。

そんな苦悩を見せるレェブン候に対して、ラナーはのんびりとした表のままだ。

レェブン候の脳裏に怒りが宿る。無論、これは八つ當たりだ。厭味でも言ってやろうかと考えた辺りで、ふと、あることを思い出す。

「そういえば……先ほどのアインズ・ウール・ゴウンという存在に関連する話に戻るのですが、カーミラという存在がイビルアイ殿の弟子にいるのでしょうか?」

「いえ、そこまでは知りませんが」

どうして? と尋ねるラナーにレェブン候は説明する。

「エ・ランテルにモモンというアインズ・ウール・ゴウンの弟子を名乗る人が來たのですが、彼の話ではカーミラという吸鬼を追っているとのことで、それが國墮としの弟子だとか――」

つい最近、エ・ランテルで起こった話を方聞いたラナーが大きく1つ頷いた。

「……聞いてみないと分かりませんが、噓じゃないですか?」

「何故、そんな噓を?」

「王國部に潛り込む狙いだからじゃないでしょうか? 危険な存在と敵対していると知れば、その存在が出現した時に頼りたくなります。恐らくはそのヴァンパイアもグルでしょう。自作自演という奴ですね。……とすると、セバスという人や未確認者とは別の口なのかしら? あまりにもチグハグしているし」

もしセバスはそうなら今回の救出劇にあわせて、こちらとパイプを持ったはずだ。それをしなかったということは別の狙いなのか、はたまたはエ・ランテルの件もラナーの予想とは外れているのか。

「不明ですが、できればアインズ・ウール・ゴウンという人とセバス、そして未確認者が協力関係で無いことを祈るだけですね。別口であればぶつけ合うというという可能だってありえますから」

もし協力関係があった場合は対処が取れなくなる。レェブン候もそれに同意するように頷いた。

「全くですな。しかしそう考えるとゴウンという人とは渉の余地は充分に――」

「とりあえずはちょっと本気で報がしくなりました。レェブン候、その辺りの詳細な報を全部いただけますか?」

ラナーは目を細める。自らの描くクライムとの幸せな生活に厄介な存在が姿を見せた、と。そこでレェブン候の表が固まっているのにようやく気づく。

「……その件で1つ厄介なことを先に言わせていただこうと」

「……なんでしょう」

厄介なことしか今日は無いな。そういうを2人とも正直に浮かべる。

「アインズ・ウール・ゴウンの元には既に使者が出立してしまいました」

「……今からどうにかなりませんか?」

今現在の手した報を考えれば、どれだけ友好的に渉してもおかしく無い存在だ。何よりセバス、未確認者との関係すらあるかもしれない人。それは単なる使者ではなく、王家の人間が直接出向いてご機嫌を取るべき相手だ。

「私の力では不可能です。既に私が遅れに遅れるように手段をとってしまいました。ですので、これ以上は不可能です。最低限、友好的に事が進むようにやったつもりですが……甘かったかもしれません」

「ならば野盜に襲われ、皆殺しというのはどうでしょう?」

ラナーが普段どおりの優しげな顔で、冷酷な言葉を紡ぐ。しかし、この場にいるのは、その手段が殘酷だとかいうような子供ではない。

「……悪い手ではないと思いますが、現在そこまでの手の者がおりません」

「『蒼の薔薇』の皆にお願いするとか……」そこまで言ってラナーは首を橫に振る。流石に全部話したからといって、そこまでの汚れ仕事をしてくれる可能は低いだろう。「ワーカーを使っては?」

「難しいです。王の名代の馬車を襲うということは、王國に弓を引く行為。騙したとしても、馬車の紋章を見て、直ぐに引くでしょう」

「そういう知識の無い方を探すとか」

「それだけで時間がかかりすぎます」

「私、自らが行きますか?」

「……悪く無い手ですが、無理でしょう。『黃金』と言われる方が外に出ただけで面倒なことが起こります。ちょっと考えるだけで4つは浮かびますね」

「……ならば使者には変な行を取らないことを祈るだけですね」

「それしかないでしょうな」

レェブン候は壁を見つめる。その向こう、遙か先にはかのアインズ・ウール・ゴウンと呼ばれる人のいる場所があるという。どのように事が進んでいくか。それによっては王國を揺るがしかねない問題となるだろう。

レェブン候の中を不安が過ぎるのだった。

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