《オーバーロード:前編》外伝:頑張れ、エンリさん-3

城塞都市エ・ランテルはその名に相応しい3重の城壁を持っている。その城壁に取り付けられた門は、外周部分にあるものが最も強固かつ巨大であり、その前に立てば圧し掛かってるような無骨な重厚に満ち満ちていた。

旅人が門の前で口をぽっかりと開けている景が、さほど珍しいものでもない。まさに帝國が攻めてきても跳ね返せると、稱される門である。

そんな門の橫手には検問所が設けられており、中では幾人もの兵士が日差しを避け、のんびりと寛いでいた。

前線にもりかねない都市の兵士にしては弛んだ空気ではあるが、検問所にいる彼らの役目は旅人のチェックである。違法な荷の運搬や、他國のスパイ等の発見を仕事としている以上、都市にる者がいなければ仕事は無いも同然だ。

確かにこの検問所に努めることとなる兵士は特別なセンスを持つ、ある意味兵士の中でもエリートではある。そんな人間を遊ばせておくなんて勿ないことがあるだろうか、という疑問は生じよう。しかし資料作は上の仕事であり、労働擔當の彼ら――一般の兵士の仕事はやはり相手がいなければ意味の無い単純な作業がメインだ。

都市にる者がいなければ暇を持て余してしまうのも、仕事上仕方が無いことなのだ。

では遊ばせないでせめてもの仕事として、周辺の警戒に當ててはどうかという疑問もあるだろうが、その仕事は城壁に立った歩哨が行っている。これは検問という仕事に熱中できるようにという寸法のためだ。

そんな訳で、仕事の一切無い彼ら一般の兵士は――流石にカードゲームといった暇つぶしの遊びをしている者まではいないが、口からもれ出る欠を隠そうともしていなかった。

勿論、現在は暇そうにしているが、忙しいときは非常に忙しい。特に早朝、門が開くぐらいの時間の忙しさは筆舌に盡くし難いほどなのだが。

日差しが天空の最も高いところに昇りつつある、しばかり暑くなってきた頃。

機の上に肘をつき、ぼんやりと何も填まっていない窓から外を眺めていた兵士の1人が、ポコポコという音が似合いそうな雰囲気で荷馬車が一臺、エ・ランテルに向かって進んでくるのを発見する。者臺には1人のの姿。幌の無いむき出しの荷馬車の上にも人が乗っている影は無かった。

Advertisement

は武裝をしているようには見えない。そこから推測される答えは――

どこぞの村娘か。

――兵士はそう考え、自らの考えに頭を傾げる。

近隣の村の人間が來ることはさほど珍しいことではない。しかし、1人となると話が変わる。エ・ランテル近郊といえども野盜やモンスターが絶対にいないということは保障できない。そんな中、1人で向わせるだろうか。

兵士は疑問を抱いたまま、視線をかし、馬を見據える。そしてそこで再び混した。

馬はやけに立派なもの。単なる村娘が持つことが出來るようなものではない。その軀や並みは軍馬を思わせる。

軍馬にもなれば購するとしても、非常に値が張る。そして手にれようとしても単なる一般人にはそう簡単には回されはしない。ワイバーンやグリフォンに代表されるモンスター系の騎乗を除けば、乗騎としては最高峰の存在を容易く手にれるのが困難なのは道理なのだ。

そんな軍馬を手にれられる存在、それは基本的に何らかのコネ等があるものだけだ。

奪えばという考えもあるかもしれないが、それだけの財産を奪った場合の報復は絶するもの。盜賊等も軍馬らしきものに乗っている人には手を出すのを控える事だってあるほどだ。

以上の件から、それだけの価値がある軍馬を所持する者が村娘であるはずが無い。となると考えられるのは、村娘の格好をしているが中はまるで違うという予測が立つ。

ここでヒントとなるのは、1人で旅をしてきたという點だ。つまりは自分の腕に自信があり、裝備品に左右される存在では無いということだ。

即ち、魔法使いに代表される、武裝に左右される職業で無い存在。

これは納得のいく答えだ。なぜなら魔法使いが良くなる職業である、冒険者等であればコネや金銭的な面もクリアでき、軍馬を手にいれることも用意だろうから。

「ありゃ、魔法使いかなんかか?」

隣に來た同僚が、兵士も思っていた同じ疑問を口に話しかけてくる。

Advertisement

「かもしれないなぁ」

僅かに眉を寄せて兵士は返答する。

スペルキャスターは魔法こそが武であり、場合によって武裝した戦士よりも危険な存在だ。そして検問するには難しい相手でもある。

まず第1に武が魔法という――面にあるもので発見することができない。つまりはどれだけの武を所持しているか不明であること。

次に魔法によって何らかのものを持ち込もうとしている可能があり、それを発見するのが困難なこと。

第3に専門的な持ちが多く、かなり面倒な手続きを必要とすることなどが上げられる。

正直に言ってしまえば、検問として持ちを検査するには最も嫌な相手だといえよう。だからこそ魔師ギルドから人員を借りてきて、協力を仰いでいるのだが……。

「アイツ呼ぶのか? いやだなぁ」

「仕方ないだろ? 魔法使いじゃないと判斷して、通した後で問題になったら厄介なんだからな」

「魔法使いも魔法使いって格好してくれればいいのにな」

「怪しげな杖を持って、怪しげなローブで全を包む?」

「そうだな。そりゃ見るからに魔法使いだ」

互いに笑うと、今まで座っていた兵士は立ち上がる。それは今から來る魔法使いらしきを迎えるためだ。

兵士達が見守る中、馬車は門の前まで進み、きを止める。

者臺からはが降りる。額には汗が僅かに滲み、日下を旅してきたのが一目瞭然だった。日差しを避けるためだろう、長袖長ズボン。そのどれもあまり良い仕立てではない。どう見ても単なる村娘だ。

しかしながら中は違うかもしれないし、何かを隠しているかもしれない。

兵士は油斷無くに近づく。

「まずは々と聞きたいことがあるので、向こうで構わないかね?」

「はい。構いません」

兵士はを連れ立って詰め所に歩く。

魅了等に代表される作系魔法を警戒し、後ろから數メートル以上離れたところから別の兵士が2人を追いかけ、他の兵士達もが変な行を取らないか、さりげなく橫目で様子を伺う。

Advertisement

そんな強いが漂っているのをじ取ったのか、が首を數度かしげた。

「……どうかしたかね?」

「え? あ、いえなんでもないです」

この微妙な空気をじ取ったとすると、やはり只者ではないのか。そんなことを考えながら兵士はを連れ、詰め所にる。

下で無い詰め所は、外に比べて若干涼しい。

ひんやりまではいかないが、涼しい空気にれ、がふぅとため息のようなものをらした。

「ではそこに座ってもらえるかな?」

「はい」

部屋に置かれていたイスの1つにが座る。

「まずは名前と出発した場所の名前を聞こう」

「はい。エンリ・エモット。トムの大森林近郊にあるカルネ村から來ました」

兵士達が目配せを行い、1人が部屋の外に歩いていく。臺帳に記載されているかどうかを確認しに行ったのだ。

王國では一応は住民を管理するために臺帳を付けている。

一応というのはかなり大雑把なもので、生死に関する報の更新が遅かったり、抜けていたりする場合が多いためだ。そのため、死んだ人間が生きていると思われたりというのはある意味日常茶飯事の出來事なのだ。それにかなり離れた都市にもなれば、報が流れるのが非常に遅かったりもし、抜け落ちている部分が非常に多いとされている。

王國の人口はその臺帳で管理しているのだが、およそ數萬単位で狂っているという試算もでているほどだ。

そのため信頼しすぎるのは非常に不味いが、ある程度の役には立つという類のものとり果てていた。

そんな信用の無い臺帳の癖に、量だけはしっかりとある。その結果、調べ終わるまでにある程度の時間が掛かる。それを充分理解している兵士は、別の件から先に済ませていこうと、口を開く。

「まずは都市への通行料として足代を支払っていただきたい。人間が2銅貨、馬が4銀貨だ」

「はい」

は懐からみすぼらしい皮袋を取り出し、口を緩める。その中からちょうど6枚の貨を取り出した。日差しを浴び、鈍く輝く貨を兵士に手渡す。

皮製の手袋の上に置かれた貨を、しげしげと確認し、兵士は頷くと貨を自らの隣に置いた。

「確かに。次はエ・ランテルに來た理由なのだが」

「はい。私のとった薬草を売りに來ました」

兵士は窓の外、荷馬車の方に目を送る。そこでは壷をかしたりと幾人もの兵士がいている最中だった。

「その薬草は名前と、壷の數を教えてもらえるかな?」

「はい。ニュクリが4壷、アジーナが4壷、それとエリエリシュが6壷です」

「エリエリシュが6?」

「はい」

自慢げにエンリの顔が緩む。それを目にし、當然かと兵士は納得した。

検問所に努める以上、當然として薬草に関する知識はある程度この兵士も持っている。エンリの言ったエリエリシュに関しても當然、知識にある。

エリエリシュはこの時期の非常に短期間しか取れない薬草だが、治癒系のポーション作には欠かせない薬草だ。そのため、非常に高額の値がつくものである。

それを6壷ともなれば、容量の多さにも當然よるだろうが、金貨100枚はくだらないはずだ。

「で、何処にもって行くつもりなんだ?」

「いつも卸している方がいますので」

「そうか……」

ここから先に踏み込む必要もないかと兵士は判斷する。実際、彼らの仕事は危険なものが中にることを阻止するのが仕事であり、中にったものの先を追うのは管轄外だ。今回の薬草には無かったが、興剤等に使用される薬草の場合、聞く方が拙いだろうということもあるのだから。

兵士はふむ、と頷き、エンリの表から目をそらす。

今聞いた薬草は全て常用等の危険の無い薬草だ。

そして聞いた話に怪しいところは無い。エンリの表にも噓をついている気配は無かった。

壷の中に壷を隠したりしていないか、本當に言った薬草のものなのか、のチェックさえ終わってしまえば、彼の仕事は一先ずは終了だろう。次に任せる相手は決まっている。

そんな時、ちょうど良く戻ってきた兵士が一度だけ頭を縦に振った。

それはエンリというの登録があるということ。

兵士は返答として頷く。

ただ、これはカルネ村でエンリというが生まれたという記録にしか過ぎない。目の前にいるをエンリという人だと保証するものでもなければ、エンリというがどのような人生を歩んできたかを保証するものでもない。

もしかするとエンリという名前を使っているだけの人かもしれないし、もしかすると生まれて直ぐに殺し合いの道に進んだ結果、塗れのエンリといわれるような人へと長したかもしれないのだから。

だからこそ最後にもう一つだけ調べる必要がある。

「了解した。ではあの方を呼んできてくれないか?」

兵士は頷き、再び部屋を出て行く。

「これから荷のチェックを行いたいのだが、良いかね?」

「え?」

エンリは不思議そうに顔を歪めた。兵士は慌てて、自らの言葉に補足をれる。

「あっと、別に何か問題があったわけではない。すまないがこれも規則でね。大したことをするわけではないから、安心してしいんだ」

「……そういうことなら、了解しました」

エンリが納得したのを見て、兵士は心で安堵の息を吐く。魔法使いかもしれない人を好き好んで怒らせたくはないのは當然の考えだ。

エンリと兵士。互いに何も話さず、沈黙が部屋を覆う。両者がそのあまりの空気に耐えかね、話題を探し始めた頃、先ほどの兵士がもう1人、男を連れて戻ってきた。

それはまさに魔法使いだ。

突き出したような鷲鼻、げっそりとした顔の悪い顔にはびっしりと汗が噴いている。その鶏がらを思わせる手でねじくれた杖を握り締めていた。服裝は怪しげな三角帽子を被り、熱そうな黒いローブを纏っている。

兵士の個人的な想ではそんなに熱いなら服をげば良いじゃないかとも思うのだが、個人的にその格好には思いれがあるのか、魔法使いは頑なに格好を止めようとはしない。その所為か、魔法使いがってきた直後から、部屋の溫度が數度上がったような気分さえする。

「その娘かね?」

魔法使いの靜かに語る聲は、非常に違和じさせた。

外見年齢は推測するに20代後半だろうと思われるのだが、非常にしわがれた聲で年齢の推測すらできないものなのだ。外見年齢が噓なのか、それとも聲が枯れているだけなのか。

「えっと……」

エンリは驚いたように現れた魔法使いと、兵士を見比べる。兵士は驚くのも仕方が無いだろうと、心頷いた。兵士も、魔法使いの聲を初めて聞いた時驚いたものなのだから。

「こちらは魔師ギルドから來ていただいている魔法使いの方です。簡単に調べていただきますので、々お待ちください」兵士はエンリにそのまま座ったままでという合図を送ると、そこで魔法使いに軽く頭を下げる。「ではお願いしても?」

「當然」

魔法使いは1歩前に出ると、エンリに正面から向き直る。そして魔法を詠唱した。

「《ディテクト・マジック/魔法探知》」

そして魔法使いの目が細くなった。それはまるで獲を狙う獣のようでもあった。そんな兵士ですら構えたくなるようなものを向けられても、エンリに驚きは無い。

それを見た兵士の心にやはりか、という思いが強まる。

これだけの強烈な視線を向けられてなお、平然としてられる者が単なる村娘のはずが無い。最低でもモンスターと対峙したりしてきたものでなければ、この視線をけてどうどうと出來るわけがないだろう。

つまりこのエンリというは最低でも命の奪い合いに生きたことがあるということ。そこからの答えは、やはり魔法使いの可能が高いということだ。

「我が目は誤魔化されん。そなた、魔法の道を隠し持っているな。腰の辺りにな」

エンリが初めて驚き、腰の辺りに目を落とす。

兵士は僅かに構える。剣とかの武なら理解の範疇だが、マジックアイテムとかになれば兵士の知識の中には無いもの。人が未知を恐れるように、兵士も未知を恐れたのだ。

「これのことですか?」

エンリが服の下からすっと出したのは、両手で隠せる程度の小さな角笛だ。みすぼらしい外見であり、兵士からすればチラ見で流してしまいかねないものだ。

「……これがマジックアイテムなんですか?」

「左様。外見に騙されてはいかぬ。これはなかなかの魔力をもっておるわ」

兵士は瞠目する。この魔法使いがなかなかというほどのアイテムだ。どれだけの力を包しているというのか。

兵士はまるでみすぼらしい外見をわざと取っているようにも思え、刃を突きつけられたような寒気をじさせた。

「あ、それは――」

「無用。我が魔法は全てを見抜く」

何か話そうとしたエンリを黙らせると魔法使いは再び魔法を発させる。

「《アプレーザル・マジックアイテム/道鑑定》。――むぅ」

そして靜けさが室を支配した。

魔法使いは黙り、その答えを待とうと兵士も黙り、エンリの結果を待って黙る。

30秒ほどだろうか。やけに長くじる空白の時間が過ぎ去り、魔法使いは口を開いた。

「これはゴブリンの群れを召喚するマジックアイテムだな?」

「そうです」

エンリが僅かに驚いたように口を開く。

「なるほど。……都市で使用する気……」

「ありません!」

「ふむ……。兵士よ」

「なんですか?」

「これはゴブリンを召喚し、使役するタイプのアイテムだ。どれだけの數を召喚するかまでは不明だが、即座に危険なものではない。ただ、突如として都市でゴブリンが暴れるようなことがあれば、この者を重要參考人として捕縛すればよかろう」

「そうですか」

「とりあえずは即座に危険を発するものは持ってはいないし、持ち込もうとする気配はない。わが意見としては通しても問題はなかろうというものだ」

マジックアイテムの知識としては魔法使いの方がはるかに上である。その人がそれが良いと言うなら、無理に反対意見を押し出す要因もないし、れるのが一番だろう。

「了解しました。お疲れ様です。エンリさん。これで全て終わりです」

「しかし……」

何かを言おうとした魔法使いに兵士は尋ねる。

「何か?」

「いや、良い。別に大した話ではない。後はお前の仕事だ」

「……そうですか?」

釈然とはしないが、兵士は問題が無いと判斷されたを、このまま留める理由も思いつかない。窓の外に目をやれば、荷のチェックも思っているようで、なんら問題を発見できなかったようだ。

「ではエンリさん。エ・ランテルにようこそ」

エンリが門を通り、都市の中にっていく景を見ながら、兵士は魔法使いに尋ねる。

「……凄いアイテムだったんですか?」

「ふむ……ゴブリンの群れがどれだけの數で、どれだけの強さを持つものかによって評価が変わるが……弱いものではないな」

軍馬を持ち、凄いかもしれないマジックアイテムを所持する

兵士は興味を引かれた顔で、魔法使いに尋ねる。

「彼は一何者なんでしょうか?」

魔法使いはローブの下からハンカチを取り出すと、額の汗を拭う。ハンカチが汗を吸ってを変える中、深く思案していた魔法使いはようやく口を開く。

「2つだ」

「は?」

分りの悪い生徒に教師が向ける視線をすると、魔法使いは更に先を続ける。

「ここまで1人で旅をしてきたということから推測するなら、まずは1つ目。彼が自らの腕にある程度の自信がある――まぁ、魔法使いであるから一人旅をしてきた可能

「そして2つ目。あのマジックアイテムがあるから一人旅をしてきた可能。前者なら単純だ。単なる魔法使いだと納得がいく」

「しかし若すぎますが?」

魔法使いは々と學ばなければならないことがあるために、初級をマスターするのでも人を過ぎてからというのも珍しくないと兵士は聞いている。それからするとエンリは若すぎるのだ。

「……そこまでの力は無いと思うが、覚えておけ。魔法使いの場合、外見年齢と中が一致しないことはあり得るのだと。かの偉大なる魔法使い、帝國最高の主席魔法使い。人類最高の魔法使いたるフールーダ・パラダイン老は200を超える年齢の持ち主だが、今だ初老とか聞く」

「つまりは彼も――!」

「慌てるな」

した兵士に対し、やれやれと魔法使いは頭を振る。

「先も言っただろう。そこまでの力は無いと思うとな。若くとも才能を持つ魔法使いはいない訳ではない。特に帝國はしっかりとした學院を持っているからな。持っている才をしっかりとばされた、若い魔法使いが帝國には多いと聞く」

「そうなんですか……」

兵士はこれは記憶にとどめておく必要があると判斷する。これからは若い人でも魔法使いという可能に関して考える必要があると。

「単なる魔法使いであればまるで簡単に納得がいくわけだ。しかしながら、2つめ。単なる村娘だとすると面倒だな」

「何故ですか? 単なる村娘の方が納得がいくと思うのですが? あのマジックアイテムがあるから一人旅をしてきたと」

兵士の當然の疑問に、魔法使いはわざとらしいため息を1つつく。愚者を相手にしているような魔法使いの視線を浴び、兵士は一瞬だけ、ムカッとしたものが心中にこみ上げるが直ぐに押し殺す。相手からすれば自分は愚者なのだろうと納得し、次にこんな格だったなと思い出して。

「もし仮に村娘であれば、その背後にはあれほどのアイテムを容易く渡せる存在がいるということ」

「……それは早計では? もしかすると彼の家に代々伝わっているものとか、貰ったものとか……」

「どうやってあれほどのものを手にれるのだ? それにあれは使いきりのアイテムだ。持って歩くのではなく、溫存しようとするのが當然だろう?」

「確かに……そう考えると、彼の後ろに何者かがいるというのが納得がいきますね」

それなら全て理解できる。しかしそうなると、先ほどの魔法使いの面倒だというのは後ろにいる人に向けた言葉なのだろうか。

「後ろに何者かがいるとすると……やはりあの娘は只者では無いかもしれんな」

「……何故ですか?」

「……最低でも金貨數千枚にも及ぶマジックアイテムを、単なる村娘にそなたなら貸し出せるか?」

「數千?!」

驚愕のびが兵士の口から思わずこぼれる。

マジックアイテムの金額が張るのは當然、兵士だって知っている。ただ、この詰め所に置かれたポーション系のアイテムは最高でも金貨150枚。比べるのが馬鹿みたいな金額の差だ。

冒険者であればそれだけのアイテムを持っているものもいるだろう。しかし、それでもかなり上位か、幸運に恵まれたもの、バックにそれだけのパトロンがいる場合に限られるだろう。

「つまりはそれだけのアイテムを渡しても惜しくは無い存在だということか、はたまたはそれだけしても守りたいと思われるような存在か」

「…………」

兵士は言葉無く、エンリの背中を捜し、都市を見る。無論、そこにはもはや姿はない。

「尾行させた方が良いでしょうか?」

「それは……われに聞く質問ではないな。そなたらが決めるべきだろう。ただ、怒らせない方がいいと思うぞ」

「ですか……」

その言葉を聞き、兵士は再びエンリの背中を捜す。無論、結果は先ほどと同じだ。

兵士はエンリの顔を思い出し、しっかりと心に刻み込んでおく。外に出ていくときは問題が無いだろうが、再びこの都市に來たとき、何かが起こるのではという予を覚えながら。

エンリはポクポクと馬車に揺られながら、通りを進んでいく。

エ・ランテルは大きく3つの區畫に分かれている。その中央區畫は都市に住む様々な者のための區畫だ。街という名前を聞いて一般的に想像される映像こそ、この區畫である。

その通りの一本のある店――村長に教えられた場所を目指しているのだ。

目的地。それはエ・ランテルでも最も知られた薬師兼ポーション職人である、リィジー・バレアレの家だ。

基本的に職人はギルドというものに所屬するのが一般的ではある。これは仕事の奪い合いを避けるためや、品の販売価格を調整するために組まれるものだ。しかしながら薬師の場合は、數がないためにギルドが作られることはない。

しかしエ・ランテルのように前線基地にもなる都市となると、薬師の數は通常の都市に比べて數が多くなる。その結果、薬師のギルドのようなものも出來上がるのだ。

エンリがリィジー・バレアレの家を目指すのも、薬師たちの小さなギルドの長のような仕事を行っており、ポーションや薬草の流通を管理している面があるからだ。

どこかの薬師と深い繋がりがあれば、別にリィジー・バレアレの元に行かなくても良いだろうが、カルネ村には殘念ながらそういったコネが無い。そのため取れた薬草は、リィジー・バレアレの元に降ろすのが基本となっている。

やがて通りに奇怪な匂いが付き始める區畫に差し掛かる。

僅かに軍馬がこの先に進むことを嫌がる気配を見せるが、エンリの手綱によって不承不承進みだす。

空気に付けられた匂いは何らかの薬品や潰した植のもの。それはこの辺りが、薬師たちの並ぶ區畫だということの証明だ。

エンリはそのまま左右をきょろきょろしながら、ゆっくりと進む。やがてこの區畫でも最も大きな家の前で、馬車を止めた。

その家屋は周囲に並ぶものが、前に店舗を後ろに工房を、というじで立てられたものに対し、工房に工房に工房というじで建てられていた。

「ここ?」

僅かに不安げになりながらエンリは馬車を前に寄せると、者臺から降りる。

扉の橫に文字が書かれているのだが、エンリは読むことが出來ない。そのため不安をじながらも、數度ノックを繰り返す。

返事は無い。

再び數度のノック。

やはり返事は無い。

これで返答が無かったら、また時間を置いて來るしかない。エンリはそう判斷し、再びノックを行う。

ドタドタと言う音が扉の向こうから聞こえた。そして勢いを込めて、ドアが開かれる。

「――あぁん?」

やたらとどすの効いた聲と共に姿を見せたのは、潰した植が所々付著し、つーんとした匂いを放つ、ボロボロの作業著を著ただ。

びた赤い髪はぼさぼさにれ、顔を半分ほど隠してしまっている。その髪の隙間からどんよりと濁りきった目が見える。目の下には凄いクマがあった。

ぎょろっと半分以上すわった目が、エンリを確認しようとく。

顔立ちは非常に整っている。だが、目つきがやたら険しいために、人というより怖いという雰囲気が先に立ってしまう。いうならに飢えた食獣系の雰囲気をかもし出している。

さらにそんな外見であるために數歳は年齢を取っているようにも見えた。全てを差し引いて考えればエンリと同じぐらいか、もしくは若干上だろうという程度だ。

そんな彼は口を開く。そこらもれ出た言葉に友好というものは皆無だった。あるのは純度100%の敵意だ。

「あんた誰よ?」

「えっと――」

「今、すっげぇ、忙しいの。後にしてくれる?」

「あの――」

「あぁん? 話聞こえてなかったのか? あ?」

「あ、いや――」

「とっとと終わらせて、眠いんだよぉお! いま、何時間起きてるか聞きたいか、こらぁ! あ?」

「えっと――」

駄目だこれ。話を聞く気はまるで無い。

エンリはそう判斷し、どこかで時間を潰そうかと頭の中で半分以上考える。

「それぐらいにしたら?」

家の中から別の人の聲が掛かる。男のものだ。

それを聞いたの雰囲気が一転する。正面で向かい合っているエンリからすればその変化は、目を見開くようだった。そう、まるでが無數の化粧道で顔を整えるような変化だった。

まず目が見開かれる。そして濁りきっての無かった瞳に、キラキラと輝く星々が浮かんだ。死を思わせるだったには、頬を中心に薔薇沢が浮かび上がる。

そこにいたのはエンリよりも年下かもと思わせる。それもしいもの。

「あ!」

パタパタとれた髪を手で必死に整えつつ、は振り返る。

「いたんですね」

口調も完全に違う。さきほどの人が幻だったようだ。特にバックに花が咲くような演出効果があってもいいような雰囲気が漂っている。

「うん。疲れてるのは分かるんだけどお客さんみたいだしね」

「そうですね。ちょっと、興しちゃいました」

てへっとが頭に軽く手を當てながら、中の男に対して笑う。後ろでそのエンリが思わず、呆気に取られるほどの変化だ。

ってください。さぁ、どうぞどうぞ」

非常に友好的になったに肩を抱かれるようにして、エンリは家の中に連れ込まれそうになる。しかし、まだるわけには行かない。エンリは慌てて、の家に招こうとする力に抵抗する。

「――馬車に荷が」

「荷?」

ぴたりと力を止めると、はエンリの馬車に乗せられた荷を確認する。

「あれは壷だけど、中にっているのは薬草?」

「ええ。そうです」

「なら大丈夫。持って行かれても、うちが周りの職人に言えば買い取る人はいないから。その辺は商人も知ってるでしょうしね」

それって問題の解決になって無いような気がする。

エンリはそう思いながらも、再び肩にりだした力に抵抗する気を無くし、家屋の中にる。

は薄暗く、外の日差しの中を進んできたエンリの目では中を見通すことはできない。數回、瞬きを繰り替えしたエンリの視界に広がったのは、店舗という雰囲気ではない部屋構えだった。

さほど部屋自は大きくは無い。

どちらかと言えば客と話すための応接間だろうか。部屋の中央には向かい合った長椅子が置かれ、壁沿いには書類らしきものが並んだ本棚が置かれている。部屋の隅には観葉植が置かれていた。

そんな部屋の奧。そこには扉があり、そこから1人の男が姿を見せていた。平々凡々とした特別な魅力はじさせない男だ。

ただ室にはそれ以外に男はいないのだから、彼の雰囲気が変わった相手は間違いなく彼だろう。室だというのに、無骨なガントレットを填めている。どこかで見たようなガントレットだが、あまりそういったを知らないエンリからすれば良くあるもののようにも見えた。

「フェイ。私が荷を中にれておこうか」

「え? 良いんですか?」

「構わないから。リィジーにはお世話になっているし」

「じゃぁ、お願いしちゃいますね」

微笑んだ――フェイに対し軽く頭を振ると、男は2人の橫をすり抜け、外に出て行く。その後姿をフェイのキラキラとした目が追うようにいていた。

エンリは男の口調に違和じていた。それは年齢や別が一致しないような、奇怪な異のようなものだ。しかしながら男に対して何か行を取る理由も無い。それに元々そういう口調であり、気にしているようだった場合、非常に厄介ごとになる。エンリはを売りに來た立場、自分から不利益になるような行を取るべきではないだろう。

そうエンリは判斷し、商談を済ませるべく行を開始した。

「あのー」

「ん? 何?」

いまだ男の後姿から視線をかさずにフェイは尋ねる。

「薬草を売りに來たんですけど……」

「うん? あー、薬草ね。うん。あー」

初めてフェイはエンリに向き直り、考え込むように頭を傾げる。視線をかした理由は扉の外へと消えていった男とも関係があるだろう。

「薬草……困ったなぁ」

エンリは眉を寄せる。もしかしてどこと大口の取引でもして、薬草が余っている狀態なんだろうかと考えてだ。

「実は……」

「いいんじゃない?」

いつの間にか戻ったのか、両手に壷を軽々と持った男が口を開く。

「買ってあげれば? これから當分使うんだろうからね」

それだけ言うと壷を置き、再び出て行く。フェイは一瞬、奧の方に視線をやってから、一度だけ大きく頷いた。

「そうね。うん、確かに。まだその領域には到達できないしね。うん、えっとどなただっけ?」

「カルネ村のエンリと言います」

「ああ、カルネ村の人!」

フェイは微笑み、部屋の中央に置かれた長椅子に座るように指を指す。そして2人で向かい合って席に座る。

「えっと今回持ってきた貰ったものは何かしら?」

「ニュクリが4壷、アジーナが4壷、それとエリエリシュが6壷です」

「エリエリシュが6壷!」フェイが驚いたような聲を上げる。「それは凄い……。よく集められたね。カルネ村の人なら品質は保障できるだろうし……全部あの壷のサイズでしょ?」

フェイの指差した先にあるのは男が持ってきた壷だ。既に6つまでに増えている。

「はい。そうです」

「なら……カルネ村の人だし……多をつけて金貨126枚、銀貨7枚ぐらいでどう?」

「ええ! それで構いません!」

エンリの前に提示された金額は今まで聞いたことも無いような額だ。いやアインズという偉大な魔法使いに提示されたものを除けばという意味でもあるが。

「なら、それでいいわね」

「はい。……ところであの人は人とかですか?」

「え?」

商談も終わったという安堵から生じた好奇心に負けたエンリの質問に、フェイは一瞬だけ口ごもり、誰を指した言葉か理解し、顔を真っ赤にする。

「え? えへへへへ。そう見えちゃう? えへへへへ。お世辭言ってもこれ以上上乗せはしないからね。えへへへへ」

いやお世辭というより単なる疑問です。

そんな思いは口には出さない。流石にエンリといえども空気を読むことぐらいは出來る。いや、完全にでれでれに溶け切ったフェイを前にそんなことを口に出來る人間がいるはずが無い。

そしてエンリは心安堵した。店の従業員ですかと聞かなくて。

フェイは顔をぐいっとエンリに近づけ、聲を落とす。

「まだそこまでは行って無いけどね。思いっきり狙ってるんだ」

「そうなんですか……」

「確かにそんなに格好良くは無いよ。でも凄く強いの。こう、ぐぃっと助けられて……えへへへへ」

「そ、そうなんですか……」

エンリもとして他人の話には興味がある。しかし、なんというかフェイの涎を垂らさんばかりの行しばかり引くものがある。というよりも最初に出會ったときとは表がまるで違うが、目の下のくまは健在だ。その所為もあって病人か狂人のようにも思える。

「……商談中、申し訳ないんだけど?」

「え?! あ、はひぃ!」

唐突に話しかけられ、脳天から突き抜けたような奇怪な聲がフェイから上がる。男も、そしてエンリも目を一瞬だけ丸くした。しかし、その件にはれないように、無視するように話を続ける。

「……えっと壷は全部持ち込んだよ」

「あ、ありがとうございます!」

恥の赤に顔を染めながらフェイは答える。

「さっきも言った様に構わないよ、フェイ」

「あ、あのえっとほんと、凄い力ですよね。私、憧れちゃいます」

「……そう?」

フェイの言葉を聞き、一瞬だけ男は視線をガントレットを填めた手に送る。そして肩をすくめた。

「まぁいいや。リィジーも不眠不休で々とやってるようだし、そろそろ2人とも休んだ方が良いんじゃない?」

「心配してくれてありがとうございます。この商談が終わったらおばあちゃんにもそう伝えます」

「……壷は買い取ることにしたのなら、薬草置き場まで運んでおくよ」

「お願いしてもいいんですか?」

「まぁね」

キラキラとした視線、キラキラとした表で言葉を紡ぐフェイに対し、淡々と処理するように行する男。

なんというか、全然脈がなさそうだな。

まるで対極な2人を見て生じた想を、エンリは決して表には出さないよう頑張る。

男の背中がドアから出て行くと、フェイは視線をエンリに戻して尋ねた。

「とりあえず、支払いは金貨で大丈夫?」

「あ、構いません」

金貨での支払いになると非常に重くなるが、この際は仕方が無い。今回得た金貨の殆どの使い道は決まっている関係上、寶石でも問題は無いと思われるが、支払いは貨が基本だ。

「なら直ぐに持ってくるから」

フェイはそう言うと立ち上がった。なんとなく弾むような足取りだったのは、エンリの気のせいで無い。なぜなら、フェイは男を追うように、ドアから出て行こうとするのだから。しかし――

――突如、外との扉が無造作に開けられる。そして2人のってきた。

「はーい」

舐めてくるようなヌルリとした、けだるい聲。

そんな聲を上げたを見たエンリの視線が、ある一點で釘付けになる。

その満なはまさに突き出すようだった。そしてそんなを充分にアピールする服は薄く、の線がはっきりと見える。そのはまさにボンキュボンだ。

肩口より長い茶の髪をソバージュにしている。目の若干垂れた顔だちは非常に溫和でいて、整っている。20代中ごろの、綺麗に化粧をしたくだびに香水の良い香りが漂ってきた。

「……なんの用よ、売

極寒の聲がおどろおどろと響く。

「うわーひどいなー、ふぇいちゃん。えっと、かれにあいにきたんだ」

語尾にハートマークが浮かんでいた。いや、そんなものを幻視したエンリだ。フェイに至っては空中に飛んでいるものを叩き落すような手振りさえしている。

それからやたらと鋭い視線を向けた。

「彼は仕事が忙しいの。邪魔しないで帰れ。今なら病に効く薬プレゼントしてやるから」

「……ひどいなぁ、フェイちゃん」

の口調はまるで変わらないもの、目の奧にゆっくりと奇妙なが浮かび上がっているのそばで見ているエンリにも分かった。

「え、何? この狀況……」

「あのー」

一緒にってきていながら、今まで何も喋っていなかったが口を開く。

こちらのは同時にってきたとはまるで違う。

一言で言えば戦士だ。

年齢は20いくかいかないか。赤の髪をきやすいぐらいの長さで雑に切っている。どう贔屓目に見ても切りそろえているわけではない。どちらかというなら鳥の巣だ。

顔立ちはさほど悪いわけではないが、目つきは鋭く、化粧っけはこれっぽちもじられない。日差しに焼けたは健康的な小麥に変わっている。

そんながエンリにこっち來いと軽く手を振る。

「うん、巻き込まれないほうがいいよ」

「あ、はい」

小走りに駆け寄り、戦士の橫で振り返ってみると、フェイとのにらみ合う距離はだんだんと狹まる一方だ。

「師匠は店の奧?」

「あ、はい」

一瞬だけ師匠というのが誰か分からず困するエンリだが、即座にあの男を指しているのだろうと判斷し、答える。

「そっか、參ったなぁ」

「不味いんですか?」

「非常に不味い。あの2人は平手打ちとか、そんな可いことで終わらせないから」そして戦士はエンリを見據え、呟く「マジで毆りあう」

「え……。ちょ、止めてくださいよ!」

「嫌だよ……2人とも下手に権力者とのコネがあるんだから。あの2人だから毆り合いで止まるんだから」

エンリと戦士が怯えながら見ている間に、フェイとの距離は完全につまり、互いの額がゴリゴリとぶつかり合っていた。

「やるか」

「私はかまわないよ」

そして2人が拳を握り締めた瞬間――

――ガチャリと音を立てて男がってくる。

「だーりん!」

「ちょ……」

ハートマークを浮かべたが男に向かって小走りに走り出し、すかされたフェイが一瞬だけ踏鞴を踏む。

が飛びつき、強くを押し付けているため、むにりとの形が大きく変わっている。

しかしそんな中にあって彼の表に変化は無い。

「凄い……」

エンリも男というものがどういうものか多は知っている。あれだけの攻撃をけて、エンリの知っている人間で、平然とできる者はいないだろう。

まるで煩わしい同に飛びつかれたような無表さだ。

「もう、そんなくーるなところがす、き」

男のに指を當てると、そこに何か文字を書いている。

「何しにき――」

「――ちょ、離れなさいよ!」

フェイの怒鳴り聲が響き、に詰め寄る。そんな景を見ながらエンリは戦士とため息を付き合う。

「何んですか、これ?」

「いや、これが日常」

「苦労してるんですね」

「もう、めちゃくちゃ」

そして2人で再びため息を付き合うのだった。

    人が読んでいる<オーバーロード:前編>
      クローズメッセージ
      あなたも好きかも
      以下のインストール済みアプリから「楽しむ小説」にアクセスできます
      サインアップのための5800コイン、毎日580コイン。
      最もホットな小説を時間内に更新してください! プッシュして読むために購読してください! 大規模な図書館からの正確な推薦!
      2 次にタップします【ホーム画面に追加】
      1クリックしてください