《オーバーロード:前編》殺-1

帝國の宣言からちょうど1カ月後。

麥畑は秋の実りを抱き、黃金のに輝く時期を迎えていた。爽やかな風が流れ、空の青さは抜けるような明さを抱く。白い雲はほんのし、それも薄く殘るばかりだ。

これからより寒さが増していくと過ごしにくい時期になるのだが、その間のこの時期は1年を通して最もに負擔がない。大きく息を吸い込めば涼しげな空気が、肺にり込んでくる。し前まであったもわっとした熱気を含んだ空気はもはや何処にも無かった。

そんな寢臺にって出たくなくなる季節なのだが、そんなことが出來る者は王國でも一握りの特権階級者だ。なんといってもこの時期こそ、下手すれば1年を通して最も忙しい季節なのだから。

農村では一年間の苦労によってなった実りの収穫に勵み、稅の回収に役人が走り回る。それに合わせて商人たちが村々や都市間を飛び回る。

誰もが忙しく走り回る。

それは城塞都市エ・ランテルでも同じことだった。

ただ、エ・ランテルの喧騒は王國の他の都市とは、多趣が異なっている。活気とは違う、もっと別のによって発散される熱気によって、都市全が熱されるようだった。

熱気の発生源は、エ・ランテル三重の城壁の最も外周部の城壁

そこには無數の人がいた。ほとんどがぱっとしない格好をした者ばかりだ。大半が平民なのだろう。ただ、その數は呆れるほど。おおよそ20萬はいるだろう。

別にこれだけの人間が常時エ・ランテルにいるわけではない。確かにエ・ランテルは3カ國の領土に面するところにあるために、通の便は激しく様々なものが行きう。資、人、金、本當に様々なものだ。そしてそういった都市は必然大きくなっていくもの。

しかしそれでも流石にこの區畫のみに、20萬もの人間はいない。

では、何故、これほどの人間が今ここにいるのか。

それを簡単に説明してくれるのが、一部の若者たちだ。

木と藁で形を作り、それにベコベコになった鋼鉄の盾と鎧を著せたマトめがけて、刃の付いてない槍で突く訓練をける若者たちが多いのだ。それが何をしているのかは一目でわかるだろう。それは戦闘訓練だ。

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そう――ここに集まった者たち王國の民20萬人は、帝國との戦爭のために集められた兵士たちなのだ。

威勢の良い掛け聲が飛びう。もちろん、正ので行っているものはない。ほとんどがこれから行かなくてはならない、命の奪い合いを行う場所への恐怖。訓練しなくては生きて帰れないという焦燥。そういったものに突きかされているだけだ。

ただ、真面目に訓練する者が全てでは無かった。

帝國との戦いは1年に1度というペースで起こる。そのため折れてしまう人間もまた多い。やる気が無さそうに石畳の上に――目立たないように端っこで橫なっている者。隣の人間と愚癡のようなものをこぼしている暗い者。膝を抱えて蹲る者などだ。

年行けば年いくほど、そういった傾向は強かった。

戦意はほぼ最悪であり、生きて帰れることのみをむ兵士たち。

それが王國の軍勢のだった。これは仕方が無いことだろう。強制的に連れてこられて、褒の無い命の奪い合いに本來の忙しい時間を奪われるのだから。生きて帰れたとしても、奪われた時間の負擔は徐々に首に紐のように絡み合っていく。

それは緩慢な死が近寄ってきているのと変わらない。

そんな兵士たちの橫を荷馬車が走り抜けていく。その荷臺は膨れ上がり、膨大な糧食を乗せていた。

常識的に考えれば王國全土の人口の2%以上にもなる人間を、ひとつの都市でれ生活させるには困難を極める。しかしながらエ・ランテルは帝國との戦いにおける前線基地的扱いをける都市であり、王國の兵力をれる場所だ。

幾度と無く繰り返される帝國との戦いのに、たかだか20萬程度と笑えるまでの準備をするに至っている。食料庫は巨大であり、おそらくはこの都市で最も大きい建だろう。

ならば何故、荷馬車でわかるように、ピストン輸送が繰り返されているのか。

答えはたった1つだ。それだけの食料をかす必要があるという事実はたった1つのことを指す。

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無気力なそぶりを見せていた者たちが、その荷馬車を恐怖の目で睨み付ける。自らの真橫に近寄ってきた死神を凝視するような眼差しで。

これから始まることを理解している者たちは大抵そうだった。

食料の大規模輸送。

それは帝國との戦いが迫っていると言うことを示していたからだ。

三重の城壁の最も週部の城壁

その中央に位置する場所にエ・ランテルの都市長、パナソレイ・グルーゼ・ヴァウナー・レッテンマイアの館がある。都市長という地位に相応しいだけの立派な屋敷ではあったが、そのすぐ橫に建築された建と比べてしまうと幾段か見劣りしてしまった。

その館こそ、この都市で最も立派に作られた建。ではその建で誰が住んでいるのかと考えれば、答えは1つしかないだろう。この都市での最高指導者の屋敷に比べて、より優れた地位に座る人間のための建

それは貴賓館。

王やそれに順ずる地位の人間が來た場合のみ、開かれることとなる館である。

そして現在、その館の一室。そこには幾人もの男たちの姿があった。

簡易式の玉座に座っているのは當然、リ・エスティーゼ王國國王であるランポッサⅢ世だ。

その斜め後ろに影のごとくつき従うのは、王國最強と言われる戦士――ガゼフ・ストロノーフ。

その2者の前にはテーブルが置かれており、それを挾むような形で左右に6人の男たちがイスに座っている。全員なり良く、その顔には品と言うものがある。それは決して一代では宿るようなものではなく、歴史によって大家のみが宿せるようなものだ。

全員の前のテーブルの上には無數の紙が広げられ、さらには大きな羊皮紙なども散している。さらには空になった水差しが隅に幾つか置かれ、各員の前に置かれたコップには中がほとんどっていない。

それらはこの部屋の中でどのような激論が繰り広げられたかを語るようであり、この部屋での時間の経過を充分に語っていた。

実際、男たちの顔にも濃い疲労のが見える者が多くいる。

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そんな中、最も疲労のが見えない者が口を開く。

「帝國からの例年通り、宣戦布告および戦場の指定が屆きました」それは蛇のような男であり、レェブン侯として名の知られる王國6大貴族の1人だ。「場所は――」

「――ふん。いつもどおりの場所だろう。カッツェ平野だろう?」

レェブン侯の言葉を橫から奪った男。それは年齢にして40歳半ばだろうか。若かったころは屈強なを誇ったのだろうが、年という時間の経過による衰えが見える。それでもその聲には力的な張りがあった。

貴族派の盟主であり、今回の戦爭の兵士の1/5を準備したボウロロープ侯だ。

「その通りです。おっしゃられるとおり例年の場所です」

「……例年と同じ場所を指定してくるとは、帝國の侵攻も例年通りということかな?」

であり、溫和な顔立ちの貴族が口を開く。聲にわずかばかりの安堵のがある。それは決して侵攻されている側が出して良いではない。王國の領土が犯されていると言う事実を前にして。

そのためだろう。その部屋にいた貴族の幾人かの目に冷たいものが一瞬だけ宿ったのは。

「殘念ですがブルムラシュー侯。そうは行かないでしょう。帝國は今回、かなりの兵力を員してきました。おそらくは何らかの目的があるのだと思われます。油斷すれば命を奪われかねませんよ?」

「それだがね、レェブン侯。ヘンテコ貴族に対する見栄という奴ではないかね? 土地をあげますよ、とまで宣言したのだ。最低限、兵は充分な數だけ員せねばなるまい? ヘンテコ貴族……なんと言ったか――」

ピンピンと尖った髭を指で弾きながら、痩せぎすの貴族が口を開く。

「――アインズ・ウール・ゴウン辺境侯ですよ。ペスペア侯」

「それだ! 魔法使いで貴族だったか?」

「ここの都市長殿といい、ガゼフ殿といい警戒すべき魔法使いだとか?」

この場に集まった誰よりも若いだろう人が口を開く。若く整った顔立ちをしているのだが、その顔に浮かべている冷笑が

好意をまったくじさせない。

「その通りです。リットン伯」王の背後に控えていたガゼフが口を開く「アインズ・ウール・ゴウンは警戒すべき魔法使いです。おそらくは帝國主席魔法使いのフールーダに匹敵する……いえ、帝國の対応を考えればより上位の魔法使いとみなすべきでしょう」

「魔法使い1人程度に大変なことだ。1人で何ができると言うのか」

侮蔑ともわかる微笑を浮かべ、リットン伯はガゼフの警戒心を笑う。

フールーダという魔法使いの名は遠く、周辺諸國に知られている。しかし、その実力がどれほどかと言うのを詳しく知っているものはいない。というのも実際に魔法使いであるフールーダが王國との戦爭に出てきたためしは無く、その魔法で軍を壊滅させたなどと言うことはないからだ。

そのために王國の貴族の中にはフールーダなど大した事無しと判斷する者も多かった。つまりは帝國の箔つけのためだと言う考えだ。この考えを持つ者は、冒険者など魔法を使う職との関係を滅多に持たない高位の貴族に多く見られた。

リットン伯もその1人だ。

彼の知識にある魔法使いは手品師の一種のような存在だ。無論、神だけは別だが。

「……そうはいえないだろう。飛行の魔法を使って範囲攻撃を行われれば非常に厄介だ。遠距離から攻撃魔法を撃たれても痛いな。とはいえ、専門職である魔法使いをそのような勿無い使い方しないだろうがな。ただ、帝國のアインズ・ウール・ゴウンへの待遇は異常すぎる。単なる魔法使いなら、そこまでのことはしないだろう。警戒はしてしかるべきだと思うが?」

6大貴族最後の1人であるウロヴァーナ伯が重々しく呟く。髪は真っ白であり皺だらけの顔には、しっかりと年を積み重ねた人間特有の威厳が宿っていた。リットン伯とは対照に、最も年齢が上だということもあり、その一言は重みを持った話し方だ。流石のリットン伯も不承不承うなづく程度は。しかしそれに対して意見を述べるものがいる。

「ふん。何がアインズウールゴウンだ。リットンが言っていたように、たった1人で何が出來る。空を飛んできたなら弓矢で殺せばよい。遠距離からでも同じこと。単なる魔法使い1人に何が出來るか! 魔法使い1人で戦況が変えられたことがあろうか! ウロヴァーナ伯はそのような話は知っておられるのか?!」

「……聞いたことは無いな」

実際、そのような話があったということは聞いたことが無い。語は例外として。

「それが答えではないか。どれほど強大な力を持とうと、1人で戦場を左右させることなぞできるはずが無い」

「……ドラゴンなどはどうですかな?」

「ブルムラシュー侯……」何をこいつは言っているんだという苛烈な視線を向ける「その魔法使いは人間であろうが、何故ドラゴンなどの話が出てくる」

「い、いえ。個人で軍に匹敵する……」

「人間の話をしている時に、ドラゴンの話をしても意味が無かろう。前提條件が間違っているわ! 何を考えているのか。魔法使い1人に警戒し――」ギロリとガゼフをボウロロープ侯は睨み「――影に怯えるなど、王國貴族として恥ずかしいと思わんのか?!」

ボウロロープ侯の言うことも確かである。

そう6大貴族の幾人かは同意のサインとして頷いた。実際、たった1人の魔法使いに何ができるというのか。

しかしながら殘る幾人かはその言葉には頷かない。単なる魔法使いでは出來ないことでも、その魔法使いならしでかすのではないだろうかという不安が殘るために。

「第一、その魔法使いに送った使者はいまだ帰らないところを見ると、元々そいつには敵対する意図があったのだろう。恐らくは使者は既に殺されていよう」

「だと、思われます」

レェブン候は頷く。使者は行方不明と宮廷に発表しているが、実のところ既に使者の死は回収済みである。

「例え何があっても、一國の使者を殺害するような、品位の全く無い下劣な行いをするような奴に怯えてどうするというのか」

「……そうとは言い切れないのでは?」

「どういう意味かな?」

僅かに聲のトーンが落ち、ボウロロープ侯はレェブン侯に問いかける。今までの対応からすれば丁寧といっても差支えが無いだろう。

これはボウロロープ侯がレェブン侯に対して、対等に近いと見なしているからである。

「帝國の人間が使者を殺したという可能もあるわけです。自分たちに側に引き込むつもりで」

と、レェブン侯は口にしながらも、可能は低いと見なしている。これはラナーも同意見だ。

使者の死因は獣の噛み跡と判明しているが、かなり巨大な獣によるもので、召喚したモンスターであってもこれほど巨大な獣はいないというイビルアイからのお墨付きも出ている。そうなると帝國による工作の可能はかなり低くなる。

もっとありえるのは、逆鱗にれたというところか。

「ふん。そうかもしれないが、その魔法使いが帝國の側に回り、良い駒として利用されているという現狀は変えようがあるまい?」

「その魔法使いを王國に招きれることは――」

「ストロノーフ! 帝國で高い地位をもらいながら、裏切ると? 誇りがあるならばそのようなことをするわけが無かろう。裏切るなぞ最低のカスのすることだ!」

レェブン侯は視線をかさずに、視界の隅にかすかに浮かぶ1人の貴族を眺める。

最低のカスはここにいますよ、と言えたら気持ちがよいだろう。そんな暗いを呼び起こしながら。

「王國に住居を持ちながら、王國を裏切る厚顔無恥なものには痛い目を與えてやりたいものです」

「まったくですな」

「まぁそんな話はどうでも良い。それよりは現在は帝國との戦爭について考えねばならんだろう。話を戻そうではないか」ボウロロープ侯が大きな聲を上げる。「たとえ、帝國が何かを企んでいようと、例年通り平野に赴くのであろう?」

「そうなるかと思いますが――」

黙っていたランポッサⅢ世がレェブン侯の視線をけ、口を開く。

「そのつもりだ。その理由は言うまでも無く、皆わかるだろう」

6大貴族の全員が頷く。若干、1名ほどわかって無さそうな者がいたが。

帝國の騎士は重裝であり、馬に乗った戦いを主とする。そんな敵國に対して、カッツェ平野という地の利を與えるという行為は愚策だろう。エ・ランテルに引きこもり、攻城戦に引き釣り込んだ方が王國の死者はなくなり、勝率も跳ね上がるだろう。

しかし王國にしてもそれが許せる狀況には無いのだ。

まず大量に民を員していることが問題だ。本來であれば収穫の時期を迎え、貴重な時間であるはずなのに、戦場に駆り立てられているのだ。出來れば早急に兵たちを元の職場に戻さなければ、王國の財力はより一層悪くなるばかりだ。

次に20萬の兵を長期間食べさせると言うのは、流石にエ・ランテルをしても厳しい。

そしてもし攻城戦になれば、大量の魔法使いを有する帝國の戦略は今までとは違ったきになるだろう。それはどのようなきになるのか不明なために、結果として予測できないということになる。

20萬もの兵を員するからだという考えもあるかもしれないが、帝國の騎士は強く、錬度武裝共に王國を遙かに凌ぐ。20萬もの兵を員しなくては危険なのだ。

だからこそ、王國側としても選択肢は無い。今までと同じ、正面からぶつかれる平野を戦場に選ぶ方が、王國にとっても有利に運ぶために。

「畏まりました。ちなみに陛下、帝國の軍は既に平野に展開しているようです」

「そうか……」

「ここで平民たちに食事を食べさせているだけではなく、そろそろ働いてもらう必要があるようですね」

「リットン伯の言うとおりですな。我々も軍をかせるように準備いたしましょう。ボウロロープ侯の方の準備はどうなのですかな?」

「問題ないとも、ペスペア侯。俺の軍はすぐにでもかせられる。では、陛下」

「……ならば全軍をかす準備を頼む」

「では陛下。誰が全軍の指揮権を? 俺であれば問題はありませんが?」

質問の形でランポッサⅢ世に問いかけているが、実際の中はまるで違う。そこにあるのは全軍の指揮権をよこせという目には見えない圧力だ。

ランポッサⅢ世とボウロロープ侯。どちらの方が軍隊の指揮として優秀かと問われたなら、ボウロロープ侯の方が優秀だと答える貴族は多いだろう。そして今回のボウロロープ侯の準備した王國軍の1/5――4萬もの兵は斷とつ首位だ。

もしここに王がいないのであれば、當然指揮はボウロロープ侯のものだったに違いない。

しかし王はここにいる。そうなるとランポッサⅢ世が指揮権を持つのは當然だが、貴族派閥に所屬する貴族たちがそれを素直にれるはずが無いだろう。

威圧をかけるボウロロープ侯の問いかけに、ガゼフの眉が僅かにくが、それを目にしながらボウロロープ侯は相手にもしない。ボウロロープ侯からすればガゼフという人間は単なる剣の腕が立つだけの平民。本來であれば王と6大貴族以外がこの部屋にっていることすら我慢できないのだから。

「……レェブン侯」

「はっ」

「侯に任せる。全軍を無事、カッツェ平野まで進軍させよ。そして軍の展開、および陣地の作を任せる」

「畏まりました」

レェブン侯がランポッサⅢ世の命をけて、頭を下げる。ボウロロープ侯からすればしかった地位が橫から奪われた形になるが、レェブン侯では文句を言うわけにはいかない。彼の優秀さは知られており、強く批判することは難しい。そして何より、レェブン侯はどちらの派閥にも所屬する人間でもあるのだ。ボウロロープ侯の配下にもレェブン侯に恩義があるものもいる。

そういった者の前で強く批判をしていては、己のが疑われるようなもの。

だからこそ、ボウロロープ侯も同意の印を見せる。

「レェブン侯。俺の軍も任せるぞ。何かあったら言ってくれ」

「ありがとうございます、ボウロロープ侯。そのときはお願いします」

詰まらないやり取りだが、貴族として必要な行いでもあった。

「ではひとまずはこれで解散としよう。レェブン侯。後はよろしく頼むぞ」

「畏まりました、陛下」

6大貴族の全員が室から出て行き、殘ったのはランポッサⅢ世とガゼフのみになる。

ランポッサⅢ世がゆっくりと頭を回す。ゴリゴリという音がガゼフの耳にも屆く。よほど凝っていたのか、王はしばかり気持ちよさそうな顔をした。

「お疲れ様です、陛下」

「ああ。本當に疲れたとも」

ガゼフは苦笑を浮かべる。王派閥と貴族派閥の尺がここにあったのだ。その疲労はたまったものではないだろう。しかし、ランポッサⅢ世よりも苦労をしてきた人間だっているのだ。

「そろそろ來るかな?」

「彼はまだ厳しいのではないでしょうか?」

「そうだ――」

ランポッサⅢ世が言い出した辺りで、扉が數度ノックされる。それから扉がゆっくりと開かれ、目的の人の1人が部屋にってきた。

ってきたのは、冴えない満型ブルドックというのがぴったりの顔つきの男だった。髪はを反するほど薄くなっており、殘りの部分も白くを変えていた。

とも言って良いほど丸い。腹部にはたっぷり過ぎるほど脂肪がつき、顎の下にもこれでもかといわんばかりにがついている。

冴えない男だが、その瞳には深い英知の輝きがある。見掛けと面が大きく食い違っているような雰囲気を持った男だ。ランポッサⅢ世は深い好意的な笑みをその男に向けた。

「良くぞ來たな、パナソレイ」

「陛下」エ・ランテルの都市長、パナソレイが自らの主君に頭を下げる。それから視線をかす。「久方ぶりですな、ガゼフ殿」

「これは都市長。あの時はお世話になりました」

「いえいえ。そのようなことはありません。周辺の巡回に當たっていただき謝しております」

「今日はあの鼻息はやらないのか?」

「陛下……」苦笑いを浮かべる、パナソレイ。「私を軽んじない方にしても意味がございません。それに陛下にそういったことは」

「すまん、すまん。冗談だ。許せ、パナソレイ。さて、本來ならおしゃべりに時間を費やしたいことなのだが、余り時間が無い。だから悪いがおしゃべりは無しで頼むぞ?」

「畏まりました、陛下。その前に1つご質問が」

ランポッサⅢ世は続けるように顎をかす。

「扉のすぐ脇に白い鎧を著た騎士のような若者がいたのですが、彼は遠ざけないのでよろしいのでしょうか?」

一応、防音の作りとはなっているが、完全にれないようにするには々難しい。扉の前に立って耳を澄まされれば、もしかしたらこの重要な會談の中が聞き取られてしまう可能がある。

そのことをパナソレイから聞いた、ランポッサⅢ世とガゼフはその人が誰か即座に思い至る。クライムという青年を。

「彼は大丈夫だ。私の娘の辺を警護する者であり、信頼できるものだからな」

ちらりとパナソレイはガゼフを伺い、頷くのを確認すると了承の印を見せる。

「なるほど。畏まりました。では……さっそく始めますか?」

「いや……」王は逡巡し、返答する。「いや、まだあと1人來ていない。彼が來るまで待とうではないか」

「左様ですか。では先に都市の糧食等の出費に関する話をしておきましょうか? それと侯から頂いた資料を基に計算した1年後の王國の國力等の話もございます。」

「うむ。頭が痛くなる話は先に済ませておきたいものだ」

こうして語られ始めたパナソレイからの話は、政全般に疎いガゼフですら、眉を歪めてしまうようなものだ。

そんな現狀でこの國は大丈夫なんだろうかという金銭の出費。糧食としてかき集めることへの王國への影響。特に大きい問題は、ここに集められた平民を帰還させたあとに起こる國力の衰退だ。

パナソレイからの推測という部分――好意的に見ているだろう推測ですら、引きつりたくなるような狀況だ。

ランポッサⅢ世はガゼフよりもわかったのか、完全にしかめっ面だ。

「なんということだ……」

「もし……これで來年も同じようなこと――帝國の侵攻があれば、王國は部からの崩壊が近づく結果になると思われます。稅収が今のまま行えば飢え死にしていく平民が多數出現するでしょうし、軽くすれば様々な箇所に回せる資金がなくなると思われます」

「…………」

ランポッサⅢ世が額に手を當て、顔を隠す。

數年間の帝國のちょっかいを場當たり的な対処で片をつけてきた結果だ。帝國の狙いがわかったときにはもはや遅かった。

「陛下……」

「困ったものだな。もっと早く行しておけば……せめて派閥が完全に二分される前、まだ私の側についてくれる者が力を持っているうちに対処しておけば……おろかな話だ」

そんな優しい話ではない。その頃に対処しようとしても、おそらくは王國を二分する戦爭が始まり、弱ったところを帝國に飲み込まれただけだっただろう。

ランポッサⅢ世の世になる以前よりの、王家が行してこなかったツケが回ってきたのだ。積み重なってきた汚れを一代で落とすことは不可能だったに違いない。

が暗い沈黙に支配される。そしてそんな雰囲気を斷ち切るように、部屋にノックがこだまする。

そしてってきたのはレェブン侯である。

「皆様、お待たせしました」

「レェブン侯。手間をかけてすまなかったな」

「いえいえ、お気にされず、陛下。あの場合は私に投げていただくのが最も正解だったでしょう。ただ、申し訳ありませんが、あまりこちらに長くもいられないので、手短に問題を解決させていきましょう」

いつもの蛇のような冷たい顔だが、ガゼフはそこに人間の。それも好ましいものが浮かんでいることに確認する。

――この人格を見通せなかった、俺は本當に愚か者だ。

ガゼフは口惜しい気持ちと共に、王都を離れる前に王の私室で行われた話し合いを思い出す。そこで集まった4者――ランポッサⅢ世、ガゼフ、ラナーとレェブン侯。後者の2名から話される話は、ガゼフの凝り固まった宮廷観をぶち壊すだけの驚きだった。

ガゼフが最も嫌っていた人こそ、最も王のために盡力を盡くしてという事実は、驚愕の一言では言い表せなかった。

「わが娘といい、レェブン侯といい、迷をかける」

イスに座ったレェブン侯に真摯な表を向けと、ランポッサⅢ世は深々と頭を下げた。

「へ、陛下。おやめください。私としても陛下に相談せずに々といた。もっと早く別の手段を取っていればという悔恨の念がございますがゆえ」

「レェブン侯。私からも謝罪をさせてください」ガゼフが深々と頭を下げる。「レェブン侯の真意を知らずに、上辺の態度に騙され、レェブン侯に対して不敬な念を抱いておりました。愚かなこのをお許しください」

「ガゼフ殿、お気にされず」

「……とはいいましても」

ガゼフの後悔の念が非常に深いことを、レェブン侯はその言葉に込められたから悟る。ならば何かの罰を與えた方がガゼフにとっても心が休まるに違いない。

了解したようにレェブン侯は數度頭を振った。そしてガゼフに罰を與える。

「了解しました。……昔から私はガゼフ殿と呼んできました。ストロノーフ殿ではなく。今後も親しみを込めてガゼフ殿と言わせていただきたい。私はあなたに敬意を持っていましたので」

罰にならない罰。

この人の真価が見通せなかった、自分の目は節だったに違いない。そういう思いを抱きながら、ガゼフは心の奧底から謝の言葉をらす。

「ありがとうございます、レェブン侯」

ガゼフの呼び方に今まで以上のが篭っていることを悟りながら、レェブン侯は何も言わない。これ以上はガゼフの問題なのだから。

「さて早速ですが、陛下よろしいでしょうか?」

ランポッサⅢ世が1つ頭をかすのを確認し、再びレェブン侯は口を開く。

「最初は……アインズ・ウール・ゴウンの弟子たる、モモンという冒険者の件です。ラナー殿下の考えではアインズ・ウール・ゴウンが王國に接を行うために派遣したものの確率が高いとのことでした」

「その件ですが、モモンと連絡を取ったのですが、師の行いに関して自分は一切関係が無いと突っぱねられまして」

「なるほど。もはや接は不可能ですか」

「モモンという人に謝罪を行うことで、間接的にアインズ・ウール・ゴウンへの謝罪とはならないか?」

「不可能でしょう、陛下。都市長の話を聞く限り、王國に対しての秋波……ではないでしょうが、は途切れていると思われます。もはや完全に帝國の臣下でしょう」

そうかと言って、ランポッサⅢ世はイスにもたれかかる。

アインズ・ウール・ゴウンは単なる魔法使いとして考えてはいけない。おそらくはありえないような力を持つ者を臣下にした強大な魔法使い。國墮としという過去に滅んだ存在に匹敵すると考えた方が良いという存在だ。

「講和を結び、アインズ・ウール・ゴウンに領土を渡すことで見える敵とする。それがラナー様の計畫でしたか?」

「そうですね。帝國も臣下にしたとはいえ、いえあれだけ高い地位を與えたからこそ、強大さと危険度は充分に理解しているはずです。ですので包囲網を作れればそれに越したことは無いと考えるはず」

力の中でも権力というものは、強くなればなるほどそれに敵対する力も強くなる。アインズが領土を持ち、巨大な力を振るうようになれば、それに対して危機を持つものなどが敵に回るはずである。

「ではこの都市は譲り渡すのですか?」

パナソレイがじ取れない聲で問いかける。都市長である彼からすれば非常に複雑なところなのだろう。

「そうは流石にならないようにしたいところです。帝國との今回の戦いを上手くやり過ごし、講和の條件として帝國とエ・ランテルの間の領土を譲り渡す。そういったところでしょうか?」

「……問題は貴族たちが何を言うかだな」

「ある程度敗北をすればれるでしょうが、そうでなければ陛下が逃げたと思われるでしょう」

「つまりはレェブン侯。今回の戦いはある程度負ける必要があるということか」

「そのとおりです。ガゼフ殿。その際に上手く貴族派閥の力をそげればよいのですが」

が再び、沈黙に支配される。レェブン侯の言っていることは頭では理解できる。とても重要なことだ、と。しかしでは理解しがたいのだ。

敗北と言うのは王國から集めた平民が死ぬことを意味している。

何萬人、何千人、何百人の死亡。それは數字ではたいしたことが無いようなイメージを持つが、どれだけの縁のある人々の嘆きがあるかは、しでも想像力のある人間であれば容易いだろう。

「ある程度の死者が出ることはもはや避けられない以上、仕方が無いことです。そうすることで王國は帝國と講和を結び、その後にアインズ・ウール・ゴウンと帝國の不和を狙う。それが今後の王國の未來を守る手段となっていくのですから」

王國の方針はそれしかない。不和を狙って行していく間に、王國の力を取り戻す。そして2者のどちらかを敵とすることで、どちらかを味方に引きれるのだ。出來るなら帝國と。

この考えは戦爭が終わった後、友好関係を結んでいくということを前提に考えているが、これは変なことではない。

戦爭と言うのは國と國の渉手段の1つである。毆り合って強いほうが弱い方に言うことを聞かせる喧嘩と考えるともっとも近いだろう。

當然、人間しかいない世界であればそうはならないかもしれない。人種の違いや宗教の違い、言葉の違いによって互いを殲滅するまでの殺し合いが始まるかもしれない。

しかし、この世界は人間だけのものではなく、モンスターが存在し、亜人たちが自らの國を作る世界だ。アンデッドは生きるものを憎み、人を凌駕する存在が幾らでもいる。

そんな世界の中で、最も似た価値観を持つ同族である種族を、殲滅まで追い込むというのが馬鹿馬鹿しいというは即座に理解できるだろう。

種というクラスで考えれば、共存していければそれが最も賢いのだ。ただ、同じ種であるがゆえに生存圏が重なり、同じ価値観を持つがゆえに戦爭が生まれるのも、仕方が無いことであった。

だからこそ帝國と同盟を結びたいのだ。

ラナーの話を聞いた者たちは、アインズ・ウール・ゴウンは國墮としを超える、単騎で國を滅ぼせる存在と推測している。そんな者が人間という種であるはずが無いのだから。いや人間だったかもしれないが、逸した存在は人という種ではない。

同盟を結ぶなら、まだ価値観が同じ種の方が良い。別の種と同盟を結ぶのは最後の手段にしておきたい。

ほぼ全員が仕方ないと、苦蟲をかみ殺した頃、レェブン候が思い出したように口を開く。

「そしてもう一件。お話しておきたいことがございまして、そのアインズ・ウール・ゴウンに関連しているとされる人で、塗れという人がいるのですが」

「おお。私からも陛下にしようかと思っていた話です」

「それは一?」

「はい。カルネ村には『塗れ』エンリという傭兵団長がいるそうです」

「カルネ村?」

ガゼフは自らが出向き、初めてアインズと遭遇した村だとすぐさま記憶を蘇らす。襲撃をかけられた村であり、決してそんな塗れなどと呼ばれるような人がいる雰囲気は無かった。

「はい。塗れのエンリは、ゴブリンやオーガなどのモンスターを指揮するという人だそうで」

亜人との関係に、即座にガゼフは塗れのエンリとアインズが、なんらかの繋がりがあると理解する。

「なるほど。エンリというとアインズ・ウール・ゴウンの関係か」

「そこで問題が。一部の貴族が塗れのエンリがアインズ・ウール・ゴウンと何らかの関係があるという報を手にれたようで。捕縛せよと言っているものが幾人かおりまして」

「それは厄介だな。これ以上怒らせたくはないのだが……私から何らかの理由を作って認めない方が良いか?」

「いえ。送り出しましょう」

3人の視線がレェブン侯に集まる。

これ以上アインズ・ウール・ゴウンを怒らせた場合、この戦いでの後の友好関係に問題が出ると判斷しているのだ。もし帝國が対アインズ・ウール・ゴウンに協力してこないなら、アインズと同盟を結び、帝國を揺さぶる計畫となっている。

その仮初の同盟を結ぶのに、アインズをこれ以上怒らせるのは危険すぎる。

「モモンなる人報を流した上で、です」

「なるほど。送り出さなければ貴族派閥の人間が煩い。送り出した後、辺境侯と禍が殘るような事態になられるのも困る。だから報を流すことで、謝罪とするということですね」

「ええ。その通りです。出來れば貴族派閥の中でも気さかんな人達を送り出すよう、ボウロロープ侯に言っておきましょう」

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