《オーバーロード:前編》大殺-4
アインズはその景を數度、頷きながら眺めていた。
これなら充分に食べさせることが出來るという満足と共に。
「さて、出番だ」
アインズはその黒い小手を嵌めた手を、地獄へと変わり、崩壊しつつある王國の軍勢に突き出した。
「起きろ、強。そしてそのに喰らうがいい」
アインズの行に答えるように、無數の青いけるようなの塊が王國から尾を引きながら飛んで來る。その小さな――握りこぶしよりも小さなの塊は、アインズの黒い小手に吸い込まれるように消えていった。
13萬を超えるの玉が吸い込まれていく様は、まるで幻想のようにも見えた。
アインズの嵌めた小手こそ、ユグドラシルで200しかないワールドアイテムの1つであり、その名を『強と無』とよばれるものだ。
強の名を付けられた小手は、著用者が本來であれば手にれることが出來た経験値を、橫取りし貯蔵するという能力を持つ。そして無の名を付けられた小手は、強が溜め込んだ分を吐き出して、経験値の消費を必要とする様々なときに、代わりとなってくれるという代だ。
青いはその経験値回収のエフェクトにしか過ぎない。
アインズは既に100レベルを超えた余剰経験値まで溜まっており、これ以上る余裕は無い。そうなれば當然、経験値は無駄に消えるということになる。ただ、それではあまりに勿無さ過ぎる。
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超位魔法『ウィッシュ・アポン・ア・スター/星に願いを』に代表される経験値を消費する魔法やスキル、特殊能力は幾つかもあり、そういったものは得てして同程度のものと比べれば、當然強いものだ。そして何よりアインズが保有するワールドアイテムの究極の能力は、5レベルドレインに匹敵するだけの経験値を消費する。
些ならまだしも、かなりの量の経験値を無駄にすることは、プレイヤーとして絶対に許せるものではない。そのためにプレイヤーがいるかもという可能を考えながらもワールドアイテムを持ち出して、現在強に吸わせているのだ。
まぁ、アインズとしてもゲームの世界と同じように、実際にこのように経験値を回収できたというのは、驚きだったりするのだが。
ただ、その景を橫で見ているものからすれば、それはどのような景に映るか。
経験値ではなく、アインズが集めているものはたった1つにしか見えなかった。
それが何か。
それは――魂である。
今目の前で殘酷に死んでいった王國の兵士達の魂をアインズが回収している。そうとしか見えない景だったのだ。それも綺麗なガントレットで吸収していれば、まだ救いある死が與えられるような気がしただろう。しかし吸い込まれるのは漆黒の、邪悪をイメージするようなガントレット。
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ならば、アインズという人を表現する言葉は1つしかない。
「――魔王」
ポツリと騎士の誰かが呟く。
その言葉は近くの者たちの心にすっとり込んだ。何故なら、それ以上に辺境侯という謎の貴族、20萬もの兵士達を躙する魔法を使う魔法使い、そして魂を収穫する存在を的確に表している言葉は無かったから。
あの地獄のような景。そして耳に殘るような斷末魔の悲鳴。
それらを踏まえた上で、それ以上に相応しい呼び名はあるだろうか?
「――魔王だ」
「――魔王だ」
ざわめきが広がり、口々に魔王と呟く。
アインズ・ウール・ゴウン辺境侯。またの名を魔王と言われ、軍部に絶大な恐怖をもたらせる存在の異名が付けられた瞬間である。
當然、魔王という言葉はアインズにだって聞こえる。
最初は魔王なる人が登場したのかと、正直思ったほどだ。しかし、それを指すのが自分だと知り、アインズは仮面の下の表を歪ませる。
アインズの計畫では、今回の戦いで圧倒的な凄さを見せつけ、高い評価を得るのが1つ。そしてその後、良い奴らしいところをアピールすることで、帝國の英雄という地位を得、將來的に起こるであろうデミウルゴス演出の魔王と戦うという予定だったのだ。
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つまりアインズがしていたのは英雄という地位だ。
――それが何故?
アインズは『強』に経験値を吸わせながら、頭を捻る。
デミウルゴスやフールーダから、この作戦なら確実に英雄と呼ばれるようになると太鼓判を押されていたのだ。それが何故、魔王なのだろうか。
魔王とは魔法王の略ということはあまりなさそうな雰囲気である。
つまりはどこかで計畫が狂ったということだ。それがアインズには理解できない。しかし、正直自分の計畫は大抵失敗するという開き直りがある。だからもはやどこかで方向を転換すれば、何とかなるだろうという程度にしか考えてなかった。
「……意外に溜まったな。レベル差のため経験値がごくしになっても、數がいればそれなりになるということか。これは以外に役立つかも知れんな」
アインズは『強』に溜まった経験値を満足し、小手を見ながら肩を振るわせる。溜まったポイントを何と換しようかと喜ぶ主婦の姿である。ただ、そんな姿を騎士たちが恐怖の目で見つめているのには、まるで気がついていなかった。
「さて――」
くだらない行いだが、した方が良いとデミウルゴスに言われたことを思い出す。
今も鏡を通して守護者全員はこちらを見ているはずだ。急時の介に備えて。だからこそ、最後まで格好をつけなくてはならない。個人的にはいやなのだが、英雄としてデビューするには人々の心を握るのは當然必要な行為だ。
アインズは決心し、行しようとする。
ただ、その前にアインズは空を見上げる。太は燦燦と照っているのに、僅かに薄い雲がかかったような薄い靄のようなかかっているように見える。
「――戻れ、第8階層に」
アインズはここまで連れてきた最大戦力の1つをナザリックに撤収させる命令を送る。誰が気づいただろうか。太と重なるように、巨大な発があったのを。
命令を與えた、アインズは1つ息を吐くと、帝國の陣地を振り返る。
全に萬を遙かに超える人間の視線が集まったのをじた。押されるような圧力だ。アインズは単なる視線でも、これだけ集まれば充分な力を持つということを強く実する。
もしアンデッドでなければ、神攻撃無効でなければ、その圧力に押され、何も行が出來なかっただろう。しかし、アインズはさほどの苦とも思わずに行をする。
ゆっくりと手を広げたのだ。
友を抱くように――、悪魔が翼を広げるように。
靜寂の中、遠くから王國の兵の上げる悲鳴が聞こえる中、アインズの靜かな聲はやけに響く。
「――喝采せよ」
ただ、ひたすら全ての視線が集まる中、アインズは再び言葉を口にする。
「我が強大なる、至高なる力の行使に対し、喝采を送れ」
最初に拍手が送られたのは、アインズのすぐ橫に控えていたフールーダだ。その顔には十分な理解と、歓喜のがあった。それに揺り起こされるように、ぱらぱらと始まった拍手は、萬雷の喝采へと姿を変える。
無論、本気で喝采を送っているのではない。例え敵といえども、あれほどの殘な殺戮を見せる人に拍手を送りたいとは思わない。あれは戦爭ではなく、大殺だ。
ただ、それでもそう言える者がいるだろうか?
超越した存在に、そしていまだモンスターが存在している中、罵聲を飛ばしたり不満を口に出來るだろうか?
そんなことが出來る者は誰一人としていない。
萬という単位ですら出來そうも無いほどの萬雷の拍手は、全ての騎士たちの恐怖の表れなのだ。喝采がしいなら送るから、決して不満に思わないでください。そういう心の表れであった。
アインズは仮面の下で顔を歪める。自分の思うように進んでいる人間がしそうな、満足げなものだ。
「さぁ、一歩一歩踏み出していくぞ。この世界にな――」
この戦いにおいて王國の死傷者はおおよそ13萬人であり、帝國側の死者は0である。そんな圧倒的過ぎる結果は、周辺國家に激震となって伝った。
そしてこれ以降、アインズ・ウール・ゴウン辺境侯の名は一気に高まる結果となる。
ふわりという空気の流れの変化に、『プラチナム・ドラゴンロード』の二つ名を持つ、最強のドラゴン、ツァインドルクス=ヴァイシオンは淺い眠りから意識を取り戻す。
その意識の中を驚きが大部分を占めていた。
自らの広範囲に及ぶ、知覚領域を乗り越え、近に迫ったことに対する驚きだ。
通常はドラゴンの鋭敏な知覚を誤魔化すことは出來ない。不可視だろうが、ドラゴンが眠っていようが、ある程度の範囲にり込んだ段階でドラゴンはそれを即座に知覚する。そんなドラゴンの魔法的覚を潛り抜けることが出來る存在がどの程度いるだろうか。
長き時を生きたツアーですら、そんな能力を持つ者はほんの幾人も知らない。例えば既に亡くなってはいるが13英雄の1人、暗殺者イジャニーヤ。あの老人であれば技をもってそれを行えるだろう。それ以外にいるとしたら――。
親しい人間の雰囲気をツアーはじ取り、その目をゆっくりと見開いた。
ドラゴンの目は闇を見通す。
真晝のごとく見える視界の中、ツアーの知覚領域に引っかからずに接近できる數ない――見知った人がいた。
ドラゴンの鋭敏な知覚を誤魔化して、ここまで來たということに対する――無邪気な悪戯に功した人間特有の、笑みがそこには広がっていた。
「久方ぶりじゃな」
その人は、腰には立派な剣を下げた人間の老婆だ。
髪は白一に染まり、生きてきた時間の長さを表していた。ただ、その顔には完全に皺に覆われてはいたが、それでもその下には活発さをじさせるものが轟々と流れていた。
見た目とは違うものをじさせる人だ。
ツアーが記憶の中にある彼と見比べていると、老婆の眉が危険な角度で釣りあがる。
「なんじゃ? わしの友は挨拶すら忘れてしまったのか? やれやれ、ドラゴンもボケるということかのぉ」
ツアーは牙をむき出しに低い笑い聲をあげる。友人の格を思い出し、こういう奴だったと。
「すまないな。かつての友に會えて嬉しく思っていたんだよ」
その答えに対する老婆の返答は、ツアーが予測したとおりのものだった。
「友ねぇ? わしの友はあそこにいた中が空っぽの鎧なんだがのぉ。……まぁ、今は中がっているみたいだがの?」
「そのとおりだとも。昔とは違い、私の騎士がっているよ」
昔、ツアーは老婆や仲間たちと共に旅をしていたとき、遠くからがらんどうの鎧をっていたころがあった。そのため、正を明かしたとき騙したと憤慨されたものだ。そのときの恨みを――正を明かすとき、當然ヘルムを取り外して驚かしたという行為を、いまでもこう形を変えながら、チクリチクリ言われるのは勘弁してしいものだ。
しかし、その反面、こういった何度も繰り返すやり取りが楽しいのもまた事実。特に懐かしい友とのこういったやり取りは。
ツアーは充分ににやけると、老婆の指に目をやる。
「……ところで指はどうしたんだね? 人の域を超える至寶は?」
「話をかえるつもりかのぉ。しかし目ざといの、ドラゴンの財寶に対する知覚力かねぇ。……まぁ良いて、あれは若いのにやったよ」
やるとか簡単に言ってよいアイテムではない。あれは『始原の魔法』によって作り出された、いまでは同じものの製作は困難に等しいだけのアイテムだ。しかし、老婆という友人であれば、変な人には渡していないだろうと、ツアーは納得する。それが信頼というものだ。
「そうか、君がそれでよいというなら、それで良いのだろう。……ところで君は噂を聞いてはいたが、冒険者をやっていたのではないかね? その一環でここに來たのか?」
「まさかじゃ。ここには友人として遊びに來たんじゃよ。冒険者なんかは引退じゃよ。もうこんな婆を働かせるのは勘弁してしいものじゃ。後釜は泣き蟲に譲らしてもらったよ」
「泣き蟲?」ツアーは考え込み、閃きを覚える。「……もしかして彼のことかね?」
そのツアーの口調に含まれた微妙なに、正解を読み取った老婆はにやりと笑う。
「そうさ、インベルンの嬢ちゃんさ」
「あー」呆れたような聲をツアーは上げた。「彼を嬢ちゃんといえるのは、君ぐらいだな」
「そうかい? あんたの方が言えるだろうよ。わしはあの娘とほぼ同じぐらいの年じゃからなぁ。それに対してあんたはもっと行ってるじゃろ?」
「まぁそうだがね。でもよくあの娘が冒険者をやることに納得したね? どんなトリックを使ったのかな?」
「はん。あの泣き蟲が愚癡愚癡言っておるから、わしが勝ったら言う事聞けといってな、ぼこってやったわ!」
カカカと老婆は心底楽しそうな笑い聲を上げる。
「……あの娘に勝てる人間は君ぐらいだよ」
「まぁ、仲間たちも協力してくれたしの。それにアンデッドを知るということは、アンデッドを倒すすべも知るということ。地の力では勝てんとしても有利不利の関係があればそれも覆せるわい。それに泣き蟲が強いといっても、より強きものはおる。例えばおぬしであればあの嬢ちゃんも容易く倒せよう。己に縛りさえかけてなければ、おぬしはこの世界でも最強の存在なんじゃから」
「……かもしれないが。まぁ、とりあえずは流石は人間最高位の魔法使いだけはあると素直に心するよ。……そういえば先に1つ質問をしても良いかな?」
「なんじゃい? わしに答えられることであればかまわないが?」
「あの武だが、ギルティ武で良かったかね?」
ツアーが送った視線の先にある武を目にし、老婆は頭を橫に振った。
「ギルティ武? 違うのぉ。確かあれはギルド武じゃ」
「ああ!」 ツアーは頭にかかっていた靄が消えて行ったような、そんな気分を抱く。「そうだ、そうだ。彼がそう言っていたな。8王の保有していた最高位の武、ギルド武の1つだと! そうか、そうか。ギルド武だったか」
ツアーはから骨が取れたような開放を抱く。それと同時にそのときの思い出が波のごとく押し寄せてきた。それを懐かしく思い出しつつ、老婆に本題を問いかける。
「さて、ではではリグリット。今日ここに來た理由を聞こうか?」
老婆はふむと頷くと、真面目な顔をした。
「うむ。ツアー。つい最近――三週間ほど前、ある平野で強大な魔法を行使したというアインズ・ウール・ゴウンという魔法使いを知っておるか?」
ここまでお読みいただきありがとうございました。
ここからはオーバーロード:後編に続きます。こちらです。
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お疲れさまでした。
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