《【書籍化】勝手に勇者パーティの暗部を擔っていたけど不要だと追放されたので、本當に不要だったのか見極めます》02 裏組織ギフティア

ある程度まで投稿後、毎日更新予定。完済みなので、一気にラストまで投稿するかも。

そんなにも舐められていたのか――と、ヒドゥンは憤るより、あきれていた。

追ってきた使い魔を瞬時に始末し、その足で馬車の停留所に向かう。

「高速馬車を頼む、王都までだ」

いくつかの停留所、あるいは宿場で馬を替え、ほぼ休みなしで目的地まで向かってくれる高速馬車。

王都まではかなりの距離があるが、これを使えば三日とかからない。

もちろん、その分だけ値段も高くはあるが、パーティの資金とは別に路銀を確保していたヒドゥンには、それほど痛い出費ではなかった。

ヒドゥンは辺境の村出の、覚が鋭いだけの年だった。

親はなく、村での暮らしも厳しかったため、生きるを求めて王都にやってきたのが、五年ほど前のことである。

その上京に、村で世話になっていた夫婦の娘、なじみでもあるティアナがついてきたのは意外だったが、さらに意外なことに、彼には魔法の才能があった。

そんな彼とヒドゥンは冒険者となり、いくつもの依頼をこなし、王都では知らぬ者のいないスカウトと魔士のコンビとして、名を馳せることになる。

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そうした生活の中、二人が想いを通わせたのは、自然な流れだろう。

しかし、有名稅というものか――。

噂を聞きつけた勇者アシュラムが、二人にも魔王討伐に協力してほしいと、旅の仲間に勧してきたのだ。

もともと王からの命をけたのは、勇者アシュラムと聖ミラの二人のみ。

そこへ、王に取りろうとする新興の貴族がひとり、娘でもある騎士のリネアを送り込んだことで、パーティの強さは厚みを増していた。

だが、旅や戦闘の経験不足は否めない。

それを補う人員として、有力な冒険者を選抜することにしたという。

正直に言って、ヒドゥンは協力する義理などないと思っていた。

そもそも、魔王國との戦い――魔王討伐自、こころよく思ったことはない。

各地で頻発する魔被害を発端に、その全責任を魔族、そして魔王に押しつけ、人の世の平穏を守ろうなどというプロパガンダは、あまりに胡散臭かった。

しかし、心優しいティアナは、そうした気持ちを持たなかったらしい。

人々の、國の、そして故郷の平穏を願い、自分の力が役立てられるならと、勇者の申し出を聞きれたのである。

いまにして思えば、別の理由があったのかもしれないが――過ぎたことだ。

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ティアナひとりを危機に向かわせるわけにもいかず、ヒドゥンもやむなく、彼らについていくことになる。

(その結末が、これか……こんなことなら、あの日に決別すべきだったな)

まどろみの中、そんな過去を振り返っていたヒドゥンは、三日ほどをかけて、王都に帰りついた。

もちろん、今回の件を王に報告するため――ではない。

そもそも自分でけた依頼でもない、抜けた報告など不要だ。

王都に帰った理由はひとえに、新たな生活基盤を築くためである。

冒険者に戻るという道も考えはしたが、リスクと稼ぎを考え、ヒドゥンはそれを選択肢から除外した。

これまでの実績もあり、ティアナが抜けたとはいえ、ヒドゥンの力を必要とする冒険者は多いだろう。

ただ、新たな仲間を迎えるというのは、いまのヒドゥンにはし気が重い。

まったく知らない相手と一から絆を結んでいくよりは、世話になった顔なじみに恩を返すほうが、よほど有意義で、気苦労もないというものだ。

そうした考えからヒドゥンは、王都の隅に広がるスラムに足を踏みれる。

被害は相変わらず多いようだが、それを除いても、王都にはまだまだ生活に苦労する者が多く、スラムはそうした人々で溢れ返っていた。

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魔王討伐という王の方針は、そんな不満を國ではなく、魔族や魔に向けさせるためのものだったのかもしれない。

路上生活者たちの間をすり抜け、ヒドゥンが向かった先は、スラムにしては小綺麗に見える、石材を使った建だ。

この二階建ての家屋を『彼』は、『事務所』と呼んでいただろうか。

「邪魔をする――ルナはいるか?」

り、開口一番にそう告げると、付嬢の面倒そうな視線が出迎える。

「どういったご用件でしょう」

「取り急ぎ、頼みたいことがある。ヒドゥンがきたと、取り次いでくれ」

の視線が今度は、値踏みするようなものに変わり、ヒドゥンの頭の上からつま先までをじっくりと舐め回した。

やがて彼は小さくため息を吐き、首を振る。

「あいにくですが、いまは出払っており――」

「名前を伝えるだけでもいい、頼む」

黒ずくめのレザースーツという簡易な裝備、武は短刀が二本。

見るからに怪しく、しかも金になりそうにないと思われたのだろう。

そんな人間を取り次ごうとしたら、どんなお叱りをけるか――という、彼の危懼もわからないではない。

だからこそ、彼の手間を最小限で済むようにしたのだが。

「……わかりました、々お待ちください」

舌打ちせんばかりの表でつぶやき、彼はゆっくりと二階へ向かうと、ほどなくして戻ってくる。

「お會いにならないそうです」

「……本當か?」

あの足取りのわりに、戻ってくるのがあまりに早い。

念を押してヒドゥンがたずねると、彼は手元のベルを軽く鳴らした。

「あまりしつこくされますと、痛い目を見てもらいますが?」

その音が合図だったのか、カウンターの奧からぞろぞろと、大柄な男たちが姿を見せる。

「どうぞ、お引き取りを」

「……わかった、出直してこよう」

ここで彼らを相手にして、恩人の抱える人材にケガをさせたくはない。

そう考え、仕方なく踵を返した、そのとき――。

「……おいコラ、さっきから呼んでんだろーが。てめーらの耳は飾りか、あぁ?」

先ほど付嬢の向かった二階の奧から、そんな聲が聞こえた。

俺を含めた全員が振り返ると、階段を軋ませ、ひとりのが下りてくる。

艶やかな黒髪を腰までばし、黒いワンピースにを包む、こういった『事務所』やスラムには、あまりに似つかわしくないだ。

青白いにスレンダーな型、四肢も細長く、どこか病的に見える彼

けれど、わずかに吊り気味なその赤い瞳は、人間の元來持ちうる暴力、生への渇といったものをたたえるように、ギラギラと力的に輝いていた。

「オレが呼んだら二秒でこい、じゃねーとクビだって言ったよなぁ、なぁ?」

寢起きですよと言わんばかりの不機嫌なオーラをあらわにし、を竦ませる面々を睨みつけていた彼は、やがてヒドゥンのほうにも目を向ける。

その瞬間、彼の不機嫌さは一瞬で霧散し、年相応のらしく、パァッと満面の笑みを浮かべた。

「ヒドゥンじゃねーかっ! オレに會いにきてくれたのかよ、うれしいぜ~」

そののどこにそんな力があるのか、階段の途中からダイブした彼は、數メートルは離れたヒドゥンの首筋に抱きつき、スリスリと頬を寄せる。

「何ヶ月ぶりだよぉ、ヒドゥン~……はぁっ、本のヒドゥンだぁ~」

「偽がいるのかよ」

「あぁ、さっきも見た……夢ン中で、あのクソムカつくと結婚してやがった……久々に泣きそうだったぜ」

「安心しろ、それは完全に夢だ」

甘い香りを漂わせる彼の髪を梳きでながら、しっかりとを支えてやり、そっと床に立たせる。

「久しぶりだな、ルナ」

「ああ……會いたかったぜ、ヒドゥン」

うっとりと瞳を潤ませ、こちらを見上げる――ルナ。

この事務所の主にして、スラム一帯を含めた暗黒街のボス、王都の暗部を一手に擔う裏組織『ギフティア』のドンだ。

そんな彼のこんな姿を、いままで一度たりとも見たことがなかったのだろう。

「ボ、ボスの……お知り合い、でしょうか?」

青い顔をした付嬢が、恐るおそる聲をもらす。

「ああ、こいつはヒドゥン。オレのしのダーリンだぜいっ」

満面の笑みで彼らを振り返り、そう紹介するルナだったが、強面の男たちがズラリと並んでいる様子にようやく気づいたらしく、瞳を鋭く尖らせた。

「……まさかとは思うが、追い返そうとしたんじゃねーだろうな? それどころか、危害を加えようとした――なんてこたぁ、ねーよなぁ?」

その迫力に怯え、大柄な男たちは小貓のようにめ、付嬢の顔は湖面のように青白く染まっていた。

ほぼ確信はしていたが、やはり名前を伝えてすらいなかったらしい。

というより、彼が寢ているのを知っていたから、そして寢起きの悪さを知っているから、起こすという愚行を犯さなかったのだろう。

ヒドゥンとしては、彼の有能さをこそ褒めてやりたかった。

「……落ち著け、ルナ。俺はきたとこだ、警戒されてただけだよ」

空気を読み、ルナの頭をでてそう伝えてやると、彼ははにかんだように微笑み、うっとりと目を細める。

付嬢が視線で謝を示しているのを見て、ヒドゥンは黙ってうなずいた。

「ん~……まぁ、ヒドゥンがそう言うならぁ、信じるしかねーよなぁ~」

そう返事しながらもルナは、視線だけをわずかに振り向かせ、聲をひそめる。

「――次に同じことしたら、全員ミンチにするけどな」

「しなくていいから、し話をしよう」

「うん、する♪」

そうしてヒドゥンはルナをともない、平低頭でペコペコと頭を下げる社員たちに見送られ、ひとまず彼の部屋に向かうことにした。

部屋に通され、ヒドゥンはここへきた経緯を明かす。

自分の汚れ仕事が勇者たちに知られてしまい、やめなければ追放だと言われ、パーティを離れたこと。

行く當てもないので、ここで雇ってもらえないかと考え、訪ねてきたこと。

おおまかに言えば、その二點だ。

「――ということで、ここに置いてもらえないか?」

「オッケーに決まってんだろ~。前からってたじゃねーか、冒険者なんてやめちまって、オレんとこにこいってさぁ~」

「そうだけど、もう何ヶ月も前のことだからな……」

最後にわれたのは確か、魔王討伐に出る前日だったろうか。

「気持ちが変わってないか、しは心配するさ」

「変わるわけねーじゃん、そんなのさぁ~……ヒドゥンが一緒にいてくれんなら、なんだってしてやるつもりなんだぜ?」

テーブルを挾んで並ぶ大きなソファが二つ、本來なら主人であるルナが奧に、客であるヒドゥンが手前に座るべきだろう。

しかしヒドゥンは奧のソファに案されており、その隣にはぴったりと、彼が寄り添っていた。

お前は自分と同じ、組織側の人間だぞ――と、言い聞かせるように。

「ずっと斷られてたけど、やーっときてくれたんだ……めっちゃ嬉しいぜ~」

「……そう言ってくれると助かるよ、ルナ」

冒険者時代から、彼からの依頼をいくつかこなしていたヒドゥンは、仕事の質が高いということで、いたく気にられていた。

そのおかげか、割のいい仕事を斡旋してもらったこともあるし、流れで熱烈な勧けたこともある。

冒険者より、組織の仕事のほうがよっぽど合ってるだろ――と。

それとは別に、男としてのアプローチもされ続けていたが、それらは當時、丁重に斷っていた。

理由は言うまでもない、ティアナがいたからだ。

「……さすがに、蟲のいい話だな」

いまさらながら、ヒドゥンは自嘲気味にポツリともらす。

「んー? なんのことだよ~」

「ああ――なんというか、ルナにはかなり失禮なことをしてると思ってな」

ヒドゥンにはもちろん、そんなつもりはない。

けれど狀況だけを見れば、ティアナとだめになったからと、自分に気のあるルナの元に転がり込んだようなものだ。

個人的なとしては、ただ純粋に、どうせ働くなら世話になった恩人の元で――と思っただけなのだが。

そう思い、葛藤を明かしたところ、ルナは満面の笑みを浮かべる。

「え――じゃあ、旅をやめただけじゃなくて、あいつとも終わったのかっ?」

「ああ……ティアナの気持ちはもう、俺に向いていなかった」

実際はそうでなかったとしても、あれだけ訴えても信じてもらえず、理解してもらえなかったのなら、もはや二人の信頼関係は終わっている。

どのみち、人でいることなど不可能だろう。

「ただ、それが理由でここにきたわけじゃ――」

「いよっしゃぁぁ――――っっっ!」

弁解しようとするヒドゥンの言葉を、ルナの魂の雄びが遮った。

「ど、どうした急に……」

「あいつと終わったんなら、オレと付き合えんだよな! っていうかもう、通り越して結婚できるよなっ、なっ?」

著して見上げてくるルナの瞳は希に満ち、キラキラと輝いている。

「まぁ、それは……間違ってはいないが、いいのか?」

「ったりめーじゃんっ! オレがどんだけ、この日を待ってたか……ほかの誰でもない、ヒドゥンが一番わかってんだろ?」

確かに――あのころのルナからは、毎日のように口説かれ、デートにわれ、なんやかやと理由をつけては、贈りを屆けられた。

多忙なはずの彼が、そうして時間を作るのは、さぞ苦労したことだろう。

そこには純粋な好意だけがあり、何度斷られてもあきらめない彼の姿は、し困りはしたものの、けしていやな気はしなかった。

いま思えば、しずつほだされていた、ということだろうか。

「……なーんかわかってねーみたいだから、はっきり言っとくぜ?」

そう口にしたルナは、コホンと咳払いし、まっすぐに目を見つめてきた。

「オレはいまだって、変わらず――いいや。會えなかった分、あのころよりずっと……ヒドゥンのことを、好きになってんだ」

隙間だらけになった心に、彼の言葉と気持ちがすべり込んでくる。

綺麗になったんなら、今度こそ応えてくれよ――結婚はひとまず置いといても、オレの隣にいるって……それくらい、言ってくれてもいいだろ?」

キュゥッと心の奧が締めつけられ、熱い覚が膨らむ。

自分を縛りつけていたのひとつが消えた、それだけで、ここまで劇的にけ止め方が変わっていいものなのか。

「俺は――」

的に言葉が出そうになったが、それをすんでのところでこらえる。

勢いだけで、このまっすぐな想いに応えてはいけない――真摯に、この気持ちと向き合わなくては。

「……こんな乗り換えるような形、ルナにとっては不愉快じゃないか?」

「ぜんっぜん! 言ってるだろ――お前が応えてくれるんなら、なんだっていい。それ以外、なんにもいらねーんだよ、オレは」

どうして、そこまで――。

そんな無粋な言葉を呑み込み、ヒドゥンは黙って、彼の頬にれる。

くすぐったそうに肩をすくめながらも、ルナは離れることなくそれをれ、潤んだ瞳を上向かせた。

「ヒドゥン……オレのものになってくれよ、なぁ?」

我ながらの軽いことだ――そう思いつつも、ヒドゥンは力強くうなずく。

「……待たせてすまなかった、ルナ。お前がいいなら、隣にいさせてくれ」

「いいに決まってんだろっ……ヒドゥン、してるっ!」

久しく聞いていなかった、熱い想いを伝えるその言葉に、ヒドゥンの耳はしばらく、火照りを冷ますことはなかった。

「――で、あいつらには報復すんのか?」

そんな騒なことを彼が口にしたのは、十分以上も著していたが離れて、すぐのことだった。

「いや、そのつもりはないよ。ただ、俺がいなくて本當によかったのか、それだけは確認しておきたい」

この先も旅を続けるであろうアシュラムたちがどうなるのか、それを見屆けるのが自分の義務だとじていた。

「あっちにも支部はあるだろ? そこから報をもらえると助かる」

「ん、りょうかーい……ってことは、手ぇ回さなくていいってことだな?」

「ああ。それをしたら、俺が抜けた意味がないからな」

一行になんらかの危機が迫ったとしても、こちらが解決しては意味がない。

自分がよかれと思って擔っていた行為、それが正しかったのかどうか――まぁ十中八九、正しかったとは思っているが――それを確認しなくては。

「ちゃんと見極めてやるさ、俺が不要だったのかどうかをな」

「ははっ、不要なわけないってーの。ま、見てなって」

はしゃぐ彼の瞳に浮かぶ昏い愉悅のに、ヒドゥンは思わず苦笑する。

「あのお人好し連中じゃ、速攻で食いもんにされて、あっちゅーまにカツカツになんだろ。あ~、いまから楽しみだわ♪」

「まぁ、そのときはそのときだ――っと、それよりルナ?」

「おーう、どしたダーリン?」

キスか? キスなのか? その先か?

そんな風に瞳を潤ませる彼でながら抱き寄せ、囁く。

「抱えてる案件があるなら回してくれ。せっかく一緒にいることにしたんだ、俺だってお前の役に立ちたい」

その聲と吐息が耳朶を痺れさせたのか、ビクンッとを跳ねさせたルナは、即座にふにゃふにゃと力していった。

「ただ一緒にいてくれるだけでいいのによぉ……そういう義理堅いとこも、めっちゃ好きぃ~♪」

そんな甘えた聲とともにしがみつきながら、彼も囁いて返してくる。

「――リンゴットって貴族だ。できれば三日以に頼む」

「了解。下調べと実行で、二日ってとこだな」

任せておけと伝えるように、ヒドゥンはやさしく、頬に口づけるのだった。

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