《【書籍化】男不信の元令嬢は、好殿下を助けることにした。(本編完結・番外編更新中)》02.いきなりの投獄
本日2話目です。
コツーン、コツーン
石畳の上を固い靴で歩くような音が聞こえてくる。
(……どこから聞こえてくるのかしら)
クレアがボーっとしながら目を開けると、目の前には、揺れるランプのに照らされた、無骨な石の天井が広がっていた。
(ここは一?)
ゆっくりと起き上がるクレア。
見回すと、そこは、まあまあの広さの部屋。
ベッドやテーブル、ソファなどの調度品が置かれている。
一見すると、やや質素な、普通の部屋。
しかし、四方を囲む石の壁と、鉄格子の嵌められた窓が、そこが人を閉じ込めるための部屋であることを語っていた。
(なぜ私がこんなところにいるの!?)
クレアは、頭を抱えた。
卒業生謝恩パーティで、オリバーに婚約破棄を宣言され、間違いを訂正して、會場を出ようとしたところまでは覚えている。
しかし、その後の記憶が曖昧だ。
(確か、ダニエルに腕を暴に摑まれて、振り払おうとしたら急に魔力が溢れ出てきて…)
ダニエルの手のを思い出し、思わず震いするクレア。
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――すると、突然。
ガチャリッ
固く閉ざされていた扉が開いて、見慣れない制服を著た中年のがってきた。
はクレアが起き上がっているのを見ると、にっこり笑った。
「お目覚めになられて、ようございました」
そのわざとらしくも見える笑みを見ながら、クレアは用心深く尋ねた。
「なぜ私はここにいるの? ここはどこ?」
「急にお倒れになったと聞きました。隨分と長い間寢ておられたのですよ」
の言葉を聞いて、窓の外を見るクレア。
鉄格子越しに見えるのは、夜の闇。
どうやら半日近く気を失っていたらしい。
クレアが、父親が心配しているだろうから連絡を取りたい、と言うと、はニコニコ笑いながら頷いた。
「ええ。かしこまりましたわ。上の者に伝えますので、お食事でもしながらお待ちいただけますか。隨分長いこと寢ておられましたから、お腹が空いていらっしゃるでしょう?」
「分かりました。食事と一緒に何か飲みを持ってきて頂けるかしら」
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「はい。しばらくお待ちください」
ここがどこかを答えずに、微笑みながらお辭儀をして出ていく。
開いたドアのすき間から見えるのは、見張りらしき兵士。
ドアが再び、ガチャリ、と、閉まると、クレアは小さく呟いた。
「…どうやら、かなり厄介なことになっているようだわ」
あのは、明らかに「閉じ込められた貴族への対応」に、慣れている。
このまま笑顔で、のらりくらりと言い逃れて、閉じ込めておくつもりだろう。
せめてここがどこだか確かめようと窓の外を覗くと、鉄格子越しに見えるのは、ほの暗い月明かりに照らされた城壁。
ここが王宮だと分かり、クレアはげんなりした。
(これは、どう考えても、オリバー様が私を閉じ込めたということよね)
(オリバー様の婚約者になってからロクなことがなかったけど、これは流石に酷すぎるわ。あんまりよ)
恐らく、國王と王妃が視察で王宮を不在にしているのも、騒ぎが大きくなっている原因だろう。
二人が帰ってくれば解放されるだろうが……。
(王妃様のことだもの。オリバー様の失態を誤魔化すために、私やお父様に何らかの罪を被せようとするに決まっているわ)
自分への被害だけならまだしも、大切な家族に被害が及ぶのは避けたい。
(そうなる前に、何とかここを抜け出して、お父様に相談しないと)
落ち込みそうになる自分を勵ましながら、著ていた紺のドレスの皺をばすクレア。
ばしながら、逃げ出す方法を考える。
(病気のふりをする? ――だめね。醫者が呼ばれて終わるわ)
(食事を持ってきた時に逃げ出す? ――外の兵士に捕まってしまうわ)
そして、皺をばし終わり、顔を上げると。
彼は、ベッドの上に何か小さなものがいることに気が付いた。
「え?」
「にゃあ」
「貓…、じゃなくて、ケットッシー? いつの間に?」
それは、赤茶のケットッシーだった。
ケットッシーとは、ぱっと見は小さめの貓だが、よく見ると尾がふさふさなのが特徴の魔獣だ。
質がとても大人しく、魔法強化のが使えることから、魔導士が好んで従魔にする。
犬貓と並んでよく見る(魔獣)だ。
クレアは驚かさないようにそっとケットッシーに近づくと、その正面にしゃがみこんだ。
丸いつぶらな瞳で、クレアをじっと見るケットッシー。
首にるのは従魔の証。
きっと、窓から誰かの従魔が迷い込んできたのね、と、可い珍客に喜びながら、クレアは口を開いた。
「あなたはどこから來たのかしら」
丸い目でクレアをじっと見つめるケットッシー。
従魔ならある程度言葉が分かるはずなのだけど、と、考えながら、クレアは言葉を続けた。
「私はクレアよ。ついさっき目を覚ましたら、ここにいたの。…一ここはどこなのかしらね」
最後の部分は獨り言、返事を期待しての言葉ではない。
しかし、返事は意外なところからあった。
「ここは北門からし離れたところにある牢獄さ」
「…え?」
突然聞こえてきたの聲に、クレアはピシりと固まった。
(え? 誰? ……まさか)
目の前のケットッシーをジッと見るクレア。
ケットッシーは、つぶらな瞳でクレアの目を見上げると、口を開けた。
「そうだよ。私だよ」
「ええええええー-!!!!」
思わず立ち上がって大聲を上げるクレア。
ケットッシーが慌てたように可らしい球がついた手を振り回した。
「しー! 騒ぐんじゃないよ! 気が付かれるじゃないか!」
「ご、ごめんなさい。びっくりして、つい…」
慌てて口元を押さえてしゃがみ込むクレア。
ケットッシーはドアの方を見て、気が付かれていないことを確認すると、再びクレアに視線を戻した。
「々説明してやりたいが、時間がない。手短に言うよ。まず、あんたの今の立場はかなりマズい」
「…それは、なぜなのかしら」
「あんたが、私と同じ魔だからさ」
「…っ」
思わず息を飲むクレア。
魔とは、『火水風土』以外の屬魔法が使える者のこと。
十年に一人とも言われている、珍しい存在だ。
ケットッシーの話では、晝過ぎ頃に、王都の方角から、魔の魔力が発するのをじ、気になって來てみたらしい。
「この不安定なじから察するに、あんた、覚醒したてだね」
「待って下さい。私は魔法が使えない劣等生ですよ」
「魔は普通の魔法は使えないから、劣等生でもおかしくないさ」
「じゃあ、私が魔法を使えなかったのは…」
「あんたが魔だったからさ」
クレアは黙り込んだ。
以前から、おかしいとは思っていたのだ。
なぜ魔力量が多いのに、魔法が使えないのか、と。
実は魔だった、と、言われれば、納得できる。
そして、気が付いた。
ケットッシーの言う通り、自分の狀況が非常にマズイことを。
「……もしかして、私、ものすごくピンチじゃないかしら」
「ああ、そうだろうね。この國での魔の扱いを知っているだろう? しかも、あんたは貴族だ」
黙って頷くクレア。
昔ほどの迫害はないが、基本的に魔は忌み嫌われる存在。
貴族の家から魔が生まれれば、家そのものが忌諱される。
しかも、クレアは王族の婚約者。
もしも魔だったと分かれば、辺境伯である父親が責められるだろう。
何より、オリバーが鬼の首を取ったように騒ぎ立てるに決まってる。
ケットッシーが、ピンクの球のついた前足を上げた。
「あんたには選択肢が二つある。このままここにいるか、私と一緒に逃げ出すか」
「…助けてくれるの?」
「ああ。同じ魔同士、助け合わないとね。…それに、あんたにゃ借りがある」
最後の一言を小さな聲でボソッと言うと、ケットッシーが立ち上がった。
「さあ。じゃあ、逃げる準備だ」
「分かりましたわ。私はどうしたら良いのでしょうか」
「まずは、ベッドの中に布を丸めてれて、寢ているように見せかけな」
言われた通り、置いてあった布を丸め、ベッドの中にれるクレア。
「私を抱き上げておくれ。私には不可視の魔法がかかっていて、宮廷魔師レベルの人間じゃないと認識できないようになっている。私を抱き上げればあんたにも同じ効果がある」
まあ、便利なのね、と、思いながら、らかいを抱え上げるクレア。
暖かくてふわふわな並みに、不安でざわついていた心が落ち著いていく。
――そして、數分後。
ガチャリとドアが開いて、先ほど來た中年のが、食事をのせたワゴンを押してってきた。
ドアの近くに立っているクレアには全く気付かない。
そして、ベッドのふくらみを見ると、靜かにテーブルの上に食事を並べ始めた。
その隙に、ケットッシーを抱えて半開きの扉から部屋を抜け出すクレア。
息を潛めて兵士の目の前を通り抜け、足音を立てないようにゆっくりと石の廊下を歩く。
り口にも兵士が立っているが、同じように前を通り過ぎる。
そして、り口のアーチをくぐり抜けて外に出て。
クレアは安堵の息を吐きながら、夜空を仰いだ。
(良かった! 無事出れたわ!)
「とりあえず、第一関門突破だね。このまま北門に向かうよ」
かろうじて聞き取れるくらいの聲でささやくケットッシー。
軽く頷いて、気合をれ直すクレア。
(そうよね。きっとここからが本番だわ)
ケットッシーを抱え直し、クレアが北門に向かって歩き始めた――、
その時。
「そこの。止まれ」
突然、後ろから低い男の聲が聞こえてきた。
ビクリと肩を震わすクレア。
「運がないね。宮廷魔導士かい」と、小さく呟くケットッシー。
じゃりっ、じゃりっ、と、歩く音が近づいて、クレアの後ろでピタリと止まった。
「今、牢獄から出てきたな。こっちを向け」
よく通る聲に、指示し慣れていることを伺わせる、有無を言わせぬ口調。
どうしようとは思うものの、逃げるもなく。
彼は、ギュッと目をつぶって、男の方を向いた。
「…っ!」
男の息を飲む聲が聞こえ、恐る恐る目を開けるクレア。
そして、
(え! うそっ!?)
彼は思わずポカンと口を開けそうになった。
長に悍な顔立ち。黒髪にしい紫の瞳。
月明かりに照らされてそこに立っていたのは、王都一の好きとして有名な、ジルベルト第一王子であった。
後ほど、もう1話投稿します。
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