《【書籍化】男不信の元令嬢は、好殿下を助けることにした。(本編完結・番外編更新中)》09.初潛
本日2話目です。
冷たい風が落ち葉をカサカサと鳴らす、靜かな夜。
闇夜に紛れ、一匹のしい並みをしたグレーのケットッシーが、王宮に隣接する騎士団施設に忍び込んだ。
(ふう。何とか無事にはれたわ)
このケットッシーの正はクレア。
使っているのは、師匠ラーム直伝の変魔法だ。
練度が足りないため、きが妙に人っぽいのが玉に瑕だが、首にる従魔のしるしを含め、どこをどう見ても立派なケットッシーだ。
トコトコ、と、騎士団施設の敷地を走るクレア。
騎士団寮からし離れた、緑の蔦が壁一面に絡まっている建に到著すると、上を見上げた。
(確か、ここよね)
クレアが王都から離れるし前。
それまで騎士団寮に住んでいたジルベルトが、ここ、招待研究員寮の最上階に引っ越した。
理由は、度重なるの夜這い。
ジルベルト狙いのが相次いで捕まり、ちょっとした騒ぎになったのだ。
引っ越し先の建は、騎士団施設に隣接している、三階建て。
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丁度研究者が帰國して部屋が空いたことから、ここに引っ越しが決まったらしい。
クレアは、建の周りをぐるりと回った。
り口は1つで、騎士らしき男が立っている。
壁の蔦はそこまで丈夫ではなく、人が登れる強度はない。
でも、ケットッシーであれば余裕だ。
クレアは、恐らくジルベルトの部屋のものであろう突き出したバルコニーの下に立つと、壁に飛びついて、蔦を這い上がり始めた。
落ちないように、下を見ないように、ゆっくりゆっくり上がる。
そして、バルコニーに飛び移り、一息つくと、そおっと明るい部屋の中を覗いた。
(壁に騎士服がかかってるから、ここで間違いないわね)
(帰ってはいるみたいだけど、いないのかしら…)
今がチャンス、と、こっそり忍び込もうとするクレア。
しかし、なかなか足が前に進まない。
そもそも男の部屋にるのはいかがなものか、等と、今更なことを考え始める。
(……でも、らないと魔法はかけれないわ)
(今の私はケットッシーだし、部屋にるのはジルベルト様を助けるため。気にしちゃだめよ、私)
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自分を鼓舞して、窓に付いている『従魔専用出口』から、用心しいしい部屋の中にるクレア。
大きな部屋に、ベッド、ソファ、クローゼットなどの基本家。
ソファの前には魔法ストーブが置いてあり、上にやかんがのせられている。
そして、意外なことに。部屋はきれいに整頓されていた。
(…もしかして、ジルベルト様の方が私より片付けが上手なのかしら)
謎の敗北をじるクレア。
――と、その時。
「珍客だな」
「…っ!」
後ろから突然聲をかけられ、クレアは飛び上がった。
慌てて聲の方向を振り返ると、そこに立っていたのは、部屋の主であるジルベルト。
ラフな白いシャツに、黒のパンツ、彫刻のような整った顔。
紫の瞳が驚いたようにクレアを見ている。
(み、見つかった!)
素早くに隠れるクレア。
急に現れた大柄な男に足が震える。
その様子を見たジルベルトは、その場に靜かにしゃがみ込むと、クレアの首元をそっとのぞきこんだ。
「…首付きか。もしかして、お前の主人は、前の住人か?」
言っている意味が分からず、思わず首を傾げるクレア。
ジルベルトが、軽く息を吐いた。
「そこまでは分からないか。…それにしても、どうするか。こういう時は、食べか」
ちょっと待っていろ、と、そっと立ち上がるジルベルト。
部屋の中央のテーブルにのっていた箱から何か取り出すと、皿の上にのせてクレアの前に差し出した。
「これはどうだ?」
クレアの目がキラリと輝いた。
(ク、クロノスのマカロン!)
それは久々に見る、クレアが頻繁に通っていた貴族専用菓子店のマカロン。
サクサクなが好きで、よく買ってきてもらっては食べていた。
見たことのないは、新味か季節限定品だろうか。
久々の好を前に、怖さを忘れて、ごくり、と、唾を飲み込むクレア。
(い、いいのかしら、食べても。でも、男に餌付けされるだなんて、の名折れじゃないかしら……、って、も何も、今はケットッシーだけど)
よだれをたらさんばかりの表をしながらも、なかなかかないクレアを見て、ジルベルトは皿を置いて立ち上がった。
「俺は向こうに行くから、好きなだけ食べていいぞ」
宣言通り、ストーブの前にある3人掛けのソファに座って本を読み始めるジルベルト。
クレアは、あくまでこれはジルベルトを油斷させるためだ、と自分に言い聞かせて。
皿に近づいて両手でマカロンを摑むと、思い切って食べ始めた。
(おいしい!)
外はサクッと、中はしっとり。
クリームの甘さが絶妙だ。
一般庶民用の菓子にはない洗練された優な味に、彼はうっとりした。
(ああ、ずっとこういうの食べたかった!)
はぐはぐと夢中で食べるクレア。
その様子を見て、ジルベルトが言った。
「口に合ったようだな」
クレアは目を丸くした。
(この人、こんな優しい聲を出せるのね)
いつもの冷たい無な聲の主とは、別人のようだ。
(こんな高くて味しいお菓子をくれるなんて、結構いいところあるじゃない)
全て味しく食べ終わり、ジルベルトの評価を上方修正するクレア。
ジルベルトが彼に向かって、ぽんぽん、と、座っているソファの隣を叩いた。
「そこは寒い。こちらに來ないか?」
躊躇するクレア。
お菓子は味しかったが、だからと言って近寄るのは怖い。
(でも、いずれにせよれなければ魔法は発できないわよね)
(害意もなさそうだし、とりあえず近づいてみましょう)
用心しながらソファに近づくクレア。
そして、ソファを見上げると、ジルベルトが座っている反対側の端に、タオルが折って置いてあるのが目にった。
どうやら、クレアの居場所を準備してくれたらしい。
(いつの間に)
ソファの端と端であることに安心し、タオルの上に飛び乗るクレア。
ジルベルトが目を細めた。
「…懐かしいな」
その言葉で、クレアは思い出した。
そういえば、七年前に亡くなったジルベルトのお母様は、ケットッシーを肩にのせていたわ、と。
どう反応して良いか分からず、とりあえずタオルの上に丸まるクレア。
ジルベルトは、しばらくクレアをながめた後、再び本を読み始めた。
部屋はとても靜かで、聞こえてくるのは、ストーブの上のやかんが沸騰する、しゅんしゅんという音と、ジルベルトがページをめくる、ぱらりぱらり、という音のみ。
最初は張していたクレアも、穏やかな空気に警戒を解いていく。
(お腹もいっぱいだし、暖かくて気持ちがいいわ……)
お腹の皮が張ると、目の皮が弛(たる)む。
うとうとし始めるクレア。
そして、軽くソファが揺れて。
気が付くと、ジルベルトが、かがんでクレアの顔を覗き込んでいた。
(わわっ!)
びっくりして、飛びのくクレア。
ジルベルトは、両手を上げて一歩後ろに下がった。
「寢ているかと思ったんだ。驚かせてすまない」
見ると、いつのまにかジルベルトの服が寢巻に変わっている。
どうやらそこそこ長い間寢ていたらしい。
ジルベルトがしゃがみ込んで、クレアに視線を合わせた。
「俺はそろそろ寢るが、好きにしていいぞ」
とりあえず、こくこくと頷くクレア。
ジルベルトは、優しい目で、「おやすみ」と、言って立ち上がると、部屋の隅にある大きなベッドにった。
しばらくすると、ふくらみが上下し始める。
(どうやら、寢たみたいね)
クレアは、ソファの上で、ぐぐーっとびをした。
よく寢たおかげか調が良い。
(……ちょっと油斷しすぎよね、私)
クレアは苦笑した。
の姿だからって、だらけすぎだ。
これ以上醜態をさらす前に、やることをやってしまおう。
(ジルベルト様も寢たみたいだし、始めましょうか)
クレアは、そっとベッドに近づくと、上下するふくらみの橫に靜かに飛び乗った。
一瞬きが止まるものの、また上下し始めるふくらみ。
彼は、軽くふくらみにれて息を小さく吐くと、気が付かれないように細く細く魔力を出し始めた。
ジルベルトのを探り、毒がないことを確認する。
そして、しだけ魔力を高めると、心の中で呪文を唱えた。
「<解毒能力強化>」
ジルベルトのが、分からないくらいほんのりる。
(うん、これでよし)
クレアは、そっと床に飛び降りた。
これで毒を飲んでも、しばらくは大丈夫なはずだ。
(じゃあ、仕事も終わったし、帰りましょう)
ぴょん、と、窓枠の上に飛び乗るクレア。
そして、窓についている『従魔用出口』から外に出て、ちらりとジルベルトを振り返ると、「またね」と口の中で呟いて、夜の闇へと消えていった。
今日はこれで終わりです。
また明日投稿します。
※いつも誤字字報告ありがとうございます。(*'▽')
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