《【書籍化】男不信の元令嬢は、好殿下を助けることにした。(本編完結・番外編更新中)》12.アップルパイか、それとも紅茶か

(わ、わわっ! 高い!)

クレアは、思わずジルベルトの肩にしがみついた。

人間の自分よりもずっと高い視點に恐怖を覚える。

「大丈夫か?」

心配そうに手を添えてくれるジルベルト。

「降りた方がいいんじゃないか?」と、提案されるが、クレアはツンと橫を向いて無視した。

下に降りたら、誰がジルベルトの食事に毒をれるかが見えないではないか。

(とりあえず、こういうのは慣れよね)

ゆっくり歩いてくれる彼に謝しつつ、何とか慣れようと、必死に肩にしがみつくクレア。

で、すぐそばに顔があることも全く気にならない。

ジルベルトは、塔の階段をゆっくり下りて、外に出た。

朝のひんやりとした空気の中、歩くこと數分。

前方に、朝日に照らされたレンガ造りの大きな建が見えてきた。

中からにぎやかな人の聲が聞こえてくる。

「騎士団施設だ」

クレアに教えるように、ボソッと呟いて、中にっていくジルベルト。

ってすぐ、り口近くで談笑していた格の良い若者數名が、ガバっと頭を下げた。

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「お、おはようございます! 団長!」

「ああ。おはよう。早いな」

「おはようございます! 後で手合わせお願いします!」

「ああ。こちらこそよろしく頼む」

一人一人に、無表ながらもきちんと挨拶を返すジルベルト。

その禮儀正しさに、クレアは心した。

(すぐに人を見下すオリバー様とは大違いだわ)

挨拶をされたり、返したりしながら、廊下を進むジルベルト。

突き當りを曲がって、吹き抜けの広い食堂に出た。

(わー! 広い! あと、すごい人!)

長いテーブルに座っているのは、騎士や魔法士。

意外とも多く、皆、楽しそうに食事をしている。

ジルベルトがっていくと、料理人らしき太った中年の男と、二人の給仕姿の若者が出てきて、お辭儀をした。

「おはようございます。ジルベルト様」

「ああ、おはよう。今日もよろしく頼む」

皆が食事をしている場所からし離れた、誰もいない広いテーブルに座るジルベルト。

料理人と給仕二人が、大皿に盛られた料理が複數並んだワゴンと、皿を10枚ほど持ってきた。

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「どちらを召し上がりますか?」

「では、これと、これと、あと、これを頂こう」

パンケーキと、果の盛り合わせ、クリームシチューの三つと、皿を三枚選ぶジルベルト。

「おや。今日はいつもと違うものをお選びですね」

「ああ、こいつがいるからな」

肩のクレアの頭を人差し指ででるジルベルト。

クレアの存在に気が付き、目を丸くする料理人と給仕。

「このケットッシーにも、俺と同じ食事を出してやってくれ」

クレアは驚いてジルベルトの橫顔を見た。

まさか、自分の好きそうなものを選んでくれるとは思わなかった。

(しかも、好きなものがバレてるし!)

嬉しいようなくすぐったいような気持ちになるクレア。

ジルベルトが選んだ料理を、同じく選んだ皿に取り分け、スプーンで食べ始める若者二人。

クレアは心した。

(なるほどね。皿も料理も自分で選んで、使っているのは毒に反応する特殊スプーン。ちゃんと毒見もいる。素晴らしいわ。――となると、毒の混は食堂じゃなさそうね)

毒見が終わり、大きなテーブルで一緒に朝食を食べるジルベルトとケットッシー姿のクレア。

珍しい景に、周囲の騎士や魔導士が、ちらちらと一人と一匹を見る。

ジルベルトが、ひょい、と、クレアの後ろを指さした。

「ほら、あそこにお前の仲間がいるぞ」

指さす方向に視線を向けると、そこにいるのはクレアより一回り以上大きい茶のケットッシー。

魔法士のローブを著ている男の橫で、夢中でにかぶりついている。

「こうやって見ると、お前は上品だな」

クレアは、ツーっと目をそらした。

実のところ、普通のケットッシーの食事風景を見たことがなかったので、適當に食べていたのだが、どうやらあまりそれらしくなかったらしい。

(でも、今更、にかぶりつくのも、ね…)

ジルベルトは疑っていないようなので、(そもそも変など普通の魔法概念ではありえない)、このままの上品路線でいこう、と、心に決めるクレア。

そして、無事食事が終わって、クレアを肩に乗せたジルベルトが呟いた。

「…たまには、誰かと一緒に食事をとるのも悪くないな」

その響きがし寂し気で。

クレアは、そっとジルベルトの頬をしっぽでなでた。

朝食が終わると、ジルベルトは、クレアを肩に乗せて鍛錬場に向かった。

広い土の鍛錬場では、たくさんの騎士が、木刀を振ったり走ったり、思い思いの鍛錬をしている。

(見事に男だらけね……)

クレアは、を固くした。

やっぱり男は苦手だし、ちょっと怖い。

そんな彼に気が付き、ジルベルトがその背中を優しくなでた。

「大丈夫だ。皆ガタイは良いが、いい奴ばかりだ」

そう言われて、クレアは思い直した。

(そうだよね、みんなダニエルみたいな暴力男じゃないよね。最初から決めつけるのも良くないよね)

クレアの頭を軽く指でなで、鍛錬場にっていくジルベルト。

団長の登場に、皆手を止め、一斉に挨拶した。

「おはようございます! 団長!」

「本日はよろしくお願いします!」

そして、ジルベルトの肩のクレアを見て、ポカンとした顔をした。

クールな団長の肩に、小さくて可らしいケットッシー。

なんか、ものすごーく、似合わない。

そう言いたげな視線だ。

副団長らしき、やや頭が寂しい騎士が近寄ってきて、小聲で尋ねた。

「だ、団長。そのケットッシーは従魔ですか?」

「ああ。誰のか分からないので保護している。持ち主が分かるかもしれないと思って連れてきた」

「な、なるほど。では、今日は魔法ありの鍛錬ではないということですね」

明らかにホッとしたような顔をする副団長らしき騎士。

ざわざわしている騎士たちの方を向くと、大聲を張り上げた。

「本日は、予定通り、団長と木刀での模擬戦を行う!」

了解、と、大きく返事をする騎士達。

そのうち一人を見て、クレアは思わずを逆立てた。

(あれは、ダニエル!)

謝恩パーティの會場から出て行こうとしたクレアの腕を、跡がつくほど強く摑んで転ばせた、第二騎士団長の息子。

気絶したのは魔力の暴走のせいだが、男から暴されたことがなかったクレアは深く傷ついた。

クレアにトラウマを植え付けた人と言っても過言ではない。

(令嬢に暴を働いておきながら、騎士団にいるなんて、信じられない!)

鋭い眼…のつもりで、ダニエルを睨みつけるクレア。

ジルベルトは、副団長らしき騎士と軽く打ち合わせをした後、クレアをそっと騎士達が待機している場所と反対のベンチの上に置いた。

「これから模擬戦だ。危ないから、ここに居てくれ」

こくこく、と、頷くクレア。

上著をいで、木刀を手に素振りを始めるジルベルト。

半袖から見える腕が、思ったよりもたくましいなと思いつつ、クレアはし心配になった。

(あんなに大勢を一人で相手して、大丈夫なのかしら)

――しかし、開始から十分。

その心配は杞憂であることが分かった。

(えっ! こんなに強いのっ!)

圧倒的とは、正にこのこと。

ほとんどの騎士は、相手にすらなっていない。

たまに打ち合うこともあるが、大抵の場合は、木刀を飛ばされて終わり。

剣に関してど素人のクレアにも、ジルベルトが群を抜いて強いのが分かった。

(かっこいいー! がんばってー!)

毒の犯人を見つける役など、どこへやら。

目を輝かせてジルベルトを応援するクレア。

そして、ついに模擬戦の相手は、にっくきダニエルに。

(がんばれー! ジルベルト様ー! そんな奴、殺(や)っつけてー!)

心の中で絶するクレア。

そして、クレアの期待に応えるように、ジルベルトが木刀でダニエルの背を容赦なく打ち據えた。

「くっ」

がっくりと膝をつくダニエル。

「やったわ! やったわ!」と、ぴょんぴょんと跳ねるクレア。

その後も、ジルベルトは勝ち続け、何度もダニエルを撃破。

模擬戦は、クレア大興のまま、幕を閉じた。

――その後。

はしゃぎすぎてぐったりしているクレアを肩に乗せ、ジルベルトは忙しく過ごした。

副団長と打ち合わせをし、會議に出席し、合間に書類仕事を片付ける。

その無駄の無さと優秀さに、クレアは舌を巻いた。

(オリバー様の百倍は優秀だわ)

しかし、一方で、疑問に思うこともあった。

(どうも人を遠ざけるのよね)

執務室に誰か來ても、最低限の會話だけで、すぐ下がらせてしまう。

雑談もしないし、自分から話しかけない。

いつもクールで表を変えず。

集団の中にいるのに、まるで一人でいるかのようだ。

クレアは首を傾げた。

(ジルベルト様って、昔からこういう人だったかしら)

彼とは、七年ほど前に、辺境伯領で會ったことがある。

その時は、本の話をした程度だったが、もうし表があった気がする。

(それに、実際接してみると、とても優しい人よね)

ジルベルトは、晝食もクレアが好きそうな食事を選択。

執務室には、わざわざらかい布とカゴで、ベッドを作ってくれた。

(たかが部屋によく來るケットッシーなのに、ここまでしてくれるのだもの。冷たいように見えるけど、本質的にはすごく優しい人だと思うのよね)

ちなみに、ジルベルトが飲食するたびにを調べているが、今のところ毒が混された形跡はない。

ただ単に、クレアが味しく食堂のご飯を食べて終わっている様相だ。

(もしかして、街で買っている何かに毒をれられているのかしら)

クレアがそんなことを考えていると、2人のメイドがお茶を運んできた。

ジルベルトが顔を上げた。

「もうそんな時間か。今日の菓子はなんだ」

「アップルパイです」

ちらりとクレアを見るジルベルト。

こくこく、と、頷くクレア。

「このケットッシーにも、切り分けてやってくれ」

ジルベルトの言葉に、かしこまりました、と、メイドがアップルパイを切り始める。

もう一人のメイドが、ジルベルトが選んだ青いコップに紅茶を注ぐと、パイと合わせて毒見する。

その完璧な毒対策の様子を見ながら、クレアは首をひねった。

(うーん。このタイミングでもなさそうね…)

そして、メイドが出て行って、二人はお菓子を堪能。

あとは夕食チェックだけね。と、思っていた時に、事件が起きた。

(え、待って、これって、毒?)

念のため、と、ジルベルトの肩に乗ったところ、なんとから毒が検出されたのだ。

クレアは愕然とした。

アップルパイはクレアも食べたが、毒をじなかった。

(ということは、まさか紅茶? でも、ちゃんと毒見をしていたよね?)

――どうやら、一筋縄ではいかないらしい。

今日はバタバタしており、2話投稿の余裕がなかった……orz

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