《【書籍化】男不信の元令嬢は、好殿下を助けることにした。(本編完結・番外編更新中)》15.手紙

侯爵家に行った、二日後。

今にも小雨が降りだしそうな、薄曇りの午後。

薄暗い魔の家の居間にて。

薬を取りに來たノアが、お菓子を食べながら、耳をぴこぴこかした。

「クレア、なんか元気ない」

「そう? いつもと同じだと思うけど」

「ん。元気のなさそうな、においがする」

クレアは苦笑した。

においにまで元気のなさが出ているだなんて、重癥ね、と。

ノアが真面目な顔で言った。

「悩みなら聞く」

「相談にのってくれるの?」

「ん。まかせて」

しっぽがゆらゆらと揺れているのは、真剣な証拠。

クレアは微笑むと、そうねえ、と、ティーカップに目を落とした。

「……もしも、ノアが好きになった人に、別の好きな人がいたらどうする?」

數日前に気が付いてしまった、ジルベルトへの心と、コンスタンスの存在。

クレアは途方に暮れていた。

このが実るはずがないのは、クレアも分かっている。

と王族。

もともと、縁がない二人だ。

どうにかなりようがないのは、彼も分かっている。

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(……でも、私のこの気持ちは、どうしたらいいの?)

ジルベルトの存在が大きくなり過ぎて、彼は、「どう自分の心の整理をすればよいのか」が、分からなくなっていた。

もともとクレアはジルベルトのことが嫌いだった。

『好殿下』などと呼ばれる、とんでもない男だと思っていたからだ。

(でも、実際は、とても誠実な優しい人で……)

真面目で責任もあり、驚くほど優秀。

おまけに外見も良いのだから、普通に考えて好きにならないはずがない。

(失敗したわ。近づきすぎた)

お菓子に釣られすぎた、と、溜息をつくクレア。

一方、ノアは、クレアの質問に、ふむ、と考え込んでいた。

真面目に考えているらしく、しっぽがゆらゆらと揺れている。

そして、しばらくして。

決めた、という顔をすると、しっぽをパタパタさせながら口を開いた。

「戦う」

「え? 戦う?」

意外な言葉に目を丸くするクレア。

ノアが、當然、という風に頷いた。

「好きな相手なら、戦って奪い取る。これ當たり前。――でも」

「でも?」

「もしも、その相手が幸せそうなら、を引く」

「……そうなの?」

「ん。幸せになってしいから、仕方ないけど、引く」

シンプルなノアの言葉に、クレアは目の前が明るくなったような気持になった。

そうだ、その通りだ。何も難しく考える必要はない。

好きな人に幸せになってしい。

ただ、それだけだ。

は、手をばしてノアの頭をでた。

「そうよね。その通りだわ。せっかく好きになった相手だもの。幸せになってしいわよね」

「ん」

気持ちよさそうに頷くノア。

ノアのサラサラの髪のをなでながら、クレアは思った。

(彼の幸せを願うなら、選択肢は一つだわ)

「ありがとうね。ノア。無事解決できそうよ」

「ん。良かった」

「これからも悩んだら、話を聞いてくれる?」

ノアは、嬉しそうに耳をぴこぴこかしながら、「ん」と、小さく頷いた。

翌日。

天井が抜けたような空に太がまぶしい、秋の午後。

ケットッシーに姿を変えたクレアは、誰もいないジルベルトの部屋を訪れた。

従魔専用出口からり、床に置かれたマットで丁寧に足を拭く。

そして、念に誰もいないことと、ドアの鍵がきちんと閉まっていることを確認すると、クレアは小さく呟いた。

「<変解除>」

黒い魔力に包まれ、あっという間に、ケットッシーから人間の姿に戻るクレア。

部屋を見回して、クスリと笑った。

(ふふ。この姿になると、何もかもが小さく見えるわね)

そして、スカートのポケットから小さな封筒を取り出すと、ドアの下のすき間近くにそっと置いた。

(これで、誰かがドアのすき間から手紙をれたと思うわね)

手紙の中は、クレアが徹夜で書いたもの。

「親なるジルベルト様

わたくし、不思議な夢を見ましたの。

毎日違うメイドが、甘い香りのする青のティーカップでお茶を勧めてくる夢ですわ。

夢の中では、がどんどん弱っていって、最後は起きることも出來なくなってしまいますの。

本當に嫌な夢でしたわ。

最近眠りが淺いせいで、おかしな夢を見たのかもしれません。

眠れるように魔に魔法をかけてもらおうかしら。

でも、魔に魔法をかけられると、1日1時間しか起きていられなくなるらしいですし、その魔法を解くには、魔薬が必要とのこと。

殘念ですが、諦めることにしますわ。

最近寒くなってまいりました。

どうぞご自くださいませ。 あなたを想っているより」

誰かに見られることを考慮して、直接的な表現を出來るだけ避けている。

分かりにくいかとも思うが、ジルベルトの優秀さであれば、きっと大丈夫だろう。

「これで、私の仕事も終わりね」

小さく呟くクレア。

宮殿の寶庫には、魔が作った解呪の薬があると聞いたことがある。

ジルベルトであれば、手にれることが可能だろう。

それを使えば、恐らくコンスタンスは目を覚ます。

ふう、と、溜息をつくクレア。

もうジルベルトに會わないことを考えるとが張り裂けそうだが、これがきっと最善だ。

「<変化>」

再びケットッシーの姿になるクレア。

そして、いつもジルベルトが座っているソファに向かって、「ありがとう、さようなら」と、呟くと。

靜かに窓から出て行った。

この時の彼は知らなかった。

手紙のせいで、割と大事件が起きてしまうことを。

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