《【書籍化】男不信の元令嬢は、好殿下を助けることにした。(本編完結・番外編更新中)》16.珍客と夕焼け

ジルベルトの部屋でお別れを告げて、十日後。

の家の雑然とした作業場にて。

クレアは、椅子に座って、ボーっと、窓の外の曇り空をながめていた。

「はあ。なんか、気が抜けちゃったわ…」

思えば、ここ一か月半ほど。

三日に一回はジルベルトの部屋に通っていた。

その時間を捻出するために、製薬も計畫的に行っていたし、食事も街でするなど、メリハリのある生活を送っていた。

しかし、行かないとなると、森の奧にずっと一人。

どうしても生活はダラけるし、獨り言も増える。

「通うのはし大変だったけど、楽しかったわ。ジルベルト様、いつも優しかったし」

そして、気づけば、考えているのはジルベルトのことばかり。

クレアは溜息をついた。

「私って、本當に男運がないわね。婚約者がアレで、初めて好きになった人が、この國の第一王子なんだから。しかも、私自は魔だし」

王族と魔など、関りがあることすら許されない、一番ありえない組み合わせだ。

好きになったら間違いなく失する相手。

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「…でも、悪いことばかりじゃなかったわよね」

ジルベルトのおで、家族以外にも信用できる男がいると分かったし、自分が男を好きになれるということも分かった。

「何事も悪いことばかりじゃないわよね。……だから、前を向かなくちゃ」

クレアは椅子から立ち上がりながら考えた。

熱心に製薬しているおで、かなりお金が溜まってきている。

もうし貯まったら、旅に出よう。

本で読んだ街や村に行って、味しいものを満喫しよう。

そうすれば、きっと、忘れられる。

「さあ、がんばるわよ!」

ワンピースの袖をまくり直して、鍋に向かうクレア。

そして、薬を完させて、火から鍋を下した、その時。

カツ、カツ、カツ

玄関のドアをノックする音が聞こえてきた。

「ふふ、また來てくれたのね」

爪を使ってドアを叩く、ノア特有の音に、思わずくすりと笑うクレア。

小走りで作業場を出ると、満面の笑みでドアを開けた。

「いらっしゃい、ノア」

そして、ピシリと固まった。

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「なっ! なっ! なっ!」

玄関先に立っていたのは、黒いメイド服にを包んだノア。

そして、その後ろには、目を見開いて立っている長のジルベルト。

「え、えええええ!!!!!!」

クレアの令嬢らしからぬ聲が、森に響いた。

「――これ、良かったらお飲みください。毒見は私が済ませてあります」

「ああ。ありがとう」

森の奧の魔の家。

低い石垣に囲まれた、野菜と薬草があちこちに植えられている、広い庭。

その端の、大きな木の元にある東屋に、クレアはジルベルトと向かい合って座っていた。

(いったい何が起きているのかしら)

未だに狀況を理解できないクレア。

冷靜なすまし顔をしているが、頭の中はパニック狀態だ。

ノアによると、今日突然、ジルベルトが隣國の王子の紹介狀を持って店に現れたらしい。

「呪いと解毒の薬がしい、って言われた」

しかし、呪いの薬など聞いたことがないノアには、何を売ったら良いか判斷が付かなかった。

ジュレミに聞けば分かるだろうが、帰ってくるのは2週間後だ。

さあ、どうしよう、と、途方に暮れている時。

ジルベルトが、クレアのにおいがする手紙を持っていることに気が付いたという。

「クレアの字だったから、知り合いだと思った。クレアだったらきっと解毒薬を作れると思った。――あと、連れて來た方が、クレアが喜ぶ気がした」

――とまあ、そんな訳で、ノアは転移魔法陣を使って、ジルベルトを魔の家に連れてきた、ということらしい。

連れてきて満足したのか、早々に店に戻っていくノア。

殘されたクレアは、驚くジルベルトを庭の東屋に案

とりあえず、獄を助けてもらったお禮を言った後、お茶をれてもてなすことにした、という訳だ。

冷靜な顔でお茶を淹れながら、クレアは思った。

(今日が暖かい日で良かった。家の中なんてとてもじゃないけど見せられない)

ラームが旅に出てから初めて、「家を片付けなければ」と、本気で思うクレア。

今までは、心のどこかで、「散らかっていても死にはしない」と思っている節があったが、さすがにこの狀況は想定していなかった。

木のテーブルに向かい合わせに座り、黙ってお茶を飲む二人。

(い、一、何を言われるのかしら……)

クレアが冷や冷やしながら黙っていると、ジルベルトがおもむろに口を開いた。

「……クレアは、ここに住んでいたんだな」

「ええ。見てお分かりかと思いますが、私、魔だったんです」

「そのようだな。だから魔法がなかなかうまく使えなかったんだな」

ジルベルトは、ティーカップを置くと、ポケットから例の手紙を取り出した。

「これは、クレアが書いたもの、と考えても良いか」

「……はい。私が私が書いたものですわ」

「ここに書いてあることが、どうして分かったのか、聞いてもいいか」

クレアは息を吸い込んだ。

聞かれると思って、さっきちゃんと理由を考えておいた。

「あなたを街で見かけたのです。毒に関しては、それで気が付きました。呪いは、魔になってから思い當たりました。もしかして呪いなんじゃないかって」

「“青いティーカップ”、“一日一時間しか目を覚まさない”、については?」

「青いティーカップについては、調べさせてもらいました。一日一時間は、呪いの典型的な癥狀です」

なるほど、と、黙り込むジルベルト。

多分納得はしていないだろうが、それ以上は突っ込むつもりがなさそうな様子に、ホッとするクレア。

ジルベルトが深々と頭を下げた。

「まずはお禮を言わせてくれ。クレアの書いてくれた通り、毒も呪いも真実だった」

あの手紙を読んだジルベルトは、信用できる者に、メイド達の様子を探らせたらしい。

「騎士団施設には、二十人のメイドがいるのだが、そのうち半數近くが黒だった。手紙に書いてあった通り、俺専用の青いティーカップ全てに毎回毒を塗っていた」

「そのメイド達は今どうなっているのですか?」

「後ろの黒幕がはっきりしなかったので、泳がせている。もちろん、お茶と菓子については廃棄している」

クレアはをなでおろした。

さすがはジルベルト。適切な判斷だ。

「呪いについては、専屬の醫師に尋ねた。その醫師も、呪いの可能を薄々じていたらしい」

呪いの可能に気が付くとは、フィリップ様はかなり優秀ね、と、考えながら、クレアが尋ねた。

「それで、どうして解呪の薬を買いに行ったのですか? 王家が保管しているのでしょう?」

「保管はしているが、使うとなると々面倒でな。

信頼できる、引退した魔法師団長に相談したところ、隣國に魔の薬を売る店があると聞いて、伝手をたどって行った、という訳だ」

そういうことだったのね、と、納得するクレア。

確かに、國が管理している薬を使うより、買いに行った方がきっと早い。

ここまで來たら仕方ない、と、クレアが頷いた。

「分かりました。解呪薬は私が作ります。……ただ、殘念ながら、すぐという訳にはいきません。薬を作るには、希な材料が必要なのです」

クレアは、家に戻って魔の本を取ってきた。

「本によると、呪いを解く方法は三つ。一つは、呪いをかけた本人が解く方法。二つ目は、他の魔が解く方法。そして、三つ目が、薬による解呪」

一つ目については、誰がかけたか分からないため、難しい。

二つ目については、クレアが出來ないことはないが、彼はあまり良くないとじていた。

「他の魔が解くこともできなくはないですが、し強引なのです。長い間かかっている呪いを強引に解くと、後癥が出てしまう可能もあります」

「だから、薬による解呪、という訳か」

「ええ。薬といっても、お香のように鼻から吸い込むものですが」

クレアが、製薬に必要な12種類の材料を読み上げると、ジルベルトが難しい顔をした。

「なるほど。全て珍しいものばかりだな」

「ええ。これらを集める必要がありますし、品質にもこだわる必要もあります」

なるほどな、と、呟くジルベルト。

「材料の書いたリストをくれないか。こちらで手配する」

「お願いします。扱ったことのない素材も含まれているので、し多目に用意してもらえると助かります」

「了解した。――それで、この場合は、『魔の契約』をした方が良いのだろうか?」

『魔の契約』とは、ジュレミが作っている契約玉を契約書替わりに使う、魔特有の契約のことだ。

ジルベルトは知りね、と、心しつつも、クレアは言った。

「師匠曰く、契約玉は、換條件があるときに使うそうです。この場合発生するのは金銭のみだから、普通に約束だけで大丈夫ですわ」

「そういうものなのか」

ええ、そうよ、と、言いながら、ポケットからメモ用紙を取り出して、必要素材を書くクレア。

お禮を言ってメモをけ取り、上著の隠しにれるジルベルト。

そして、彼はしだけ口元を緩めると、クレアを見た。

「―――しかし、無事で本當に良かった。あれからずっと気になっていた」

クレアはティーカップに口をつけながら目を伏せた。

(心配してくれていたなんて。この人は本當に優しい人ね)

嬉しさで、心の中が溫かくなる。

ジルベルトは、椅子の背もたれによりかかると、目を細めて庭をながめた。

「…良いところだな」

「ええ、師匠の家なんです」

「その師匠は?」

「今、旅に出ていますわ」

秋の庭をながめながら、何気ない會話をする二人。

いなくなった後のことを知りたいか、と、問われ、彼が頷くと、ジルベルトはし呆れたような口調で言った。

「簡単に言うと、滅茶苦茶、だな。オリバーは生徒會長になったものの、上手くいっていないと評判だ。強引なやり口に、生徒からかなり反を買っているらしい」

さもありなん、と、苦笑いするクレア。

そのお相手であるキャロルの方はどうかと尋ねると、ジルベルトが渋い顔をした。

「要領は良いらしい。妃教育も最低限はこなしていると聞いた。しかし、悪い話もよく聞く」

「悪い話?」

「自分の派閥を作って、嫌がらせやいじめを繰り返しているらしい」

クレアは溜息をついた。

やはりそうなったか、という気持ちでいっぱいだ。

それと、と、ジルベルトが話を続けた。

「王妃は、クレアをに探させている。――まあ、こんなところに居るとも思わないだろうから、幾ら探しても見つからないだろうが」

しおかしそうに、口の端を緩めるジルベルト。

それに釣られて笑顔になるクレア。

その後、二人は世間話に花を咲かせた。

お茶をれ直し、庭のりんごを剝いて味しいと食べ、また話し。

気付けば、雲がしい薔薇に染まり始めていた。

「王都までそれなりにかかるから、そろそろ帰った方が良いと思いますわ」

名殘惜しそうに言うクレアに、

「ああ、そうだな。長い時間済まない。つい話し込んでしまった」

同じく名殘惜しそうに立ち上がるジルベルト。

その後、クレアは転移魔法陣にジルベルトの魔力を登録。

窟まで送り、街道までの帰り方を教えると、

「材料がそろったら、また來て下さい」

と、手を振って見送り。

彼が見えなくなると、

「これは、ノアから依頼された魔の仕事だから、仕方ないわよね」

と、呟き。

しい夕焼け空をながめながら、幸せなような、切ないような気持ちで魔の家に戻っていった。

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