《【書籍化】語完結後の世界線で「やっぱり君を聖にする」と神様から告げられた悪役令嬢の華麗なる大逆転劇》牢獄の最奧
ミーナとれ替わりに牢獄から出されたイリスは、を清め、綺麗なドレスを纏い、丁寧に整えられた部屋へと通された。
悪として処刑されるはずだったイリスが優雅に宮殿を歩く姿を目撃した使用人達が、一様に驚愕の表でイリスを見る。
そんな視線を気にすることなく歩くイリスは、目を瞠る程だった貌こそ痩せ細って幾分か失われてしまったものの、変わらずに背筋をばす凜とした気品は健在だった。
「イリス様、陛下がお越しになりたいそうですが、いかが致しましょうか」
部屋を訪れた大神の問いにイリスは億劫そうに顔を上げた。
「申し訳ございませんが、ずっと牢獄にいたせいで疲れが溜まっているようです。一休みした後からでも宜しいでしょうか?」
これはイリスの本音だった。無論、皇帝を待たせることで己の優位を示したいという意図もあったが、それよりもずっと狹く汚い牢獄の中に居たイリスは、歩いて浴するだけで力を使い果たしてしまっていた。とてもこれから皇帝と會う気力はなかった。
疲れた様子のイリスを見て、大神が慌てて頭を下げる。
「これは、思い至らず失禮致しました。陛下には延期して頂くようお伝え致します。どうぞごゆるりとお休み下さい」
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大神が退室し、限界だったイリスはふかふかのベッドにを投げ出す。そしてが沈み込むのと同時に深い眠りに落ちたのだった。
『なかなか順調ではないか』
イリスは再び夢の中に現れたウサギにギョッとした。
『び、びっくりさせないで下さい……』
『すまない。一つ言い忘れていたことがあってな。君が眠るのを待ち構えていたのだ』
ウサギは、ヒクヒクく鼻先をイリスに向けると、長い耳をあちこちにかした。
『ふむふむ。なるほど。あの牢獄だな』
『あの、何の話でしょうか?』
『実はな、君の他にもう一人、救済したい者がいるのだ』
『救済ですか……?』
のしのしとイリスの膝の上に乗ったウサギは、でろとでもいうかのように額をイリスの手に押し付ける。イリスがらかならかいモフモフを存分にでてあげると、ウサギは話の続きを喋り出した。
『本來であれば……ミーナが真っ當なヒロインでさえあったなら、君もその者も、最後には救われたはずなのだ。しかし、現実はどちらも所謂バッドエンドを迎えてしまった。まったく。あのの所為で何もかもが臺無しだ。おで我はこのような姿にを落とし、語を改変させなければならなくなった。実にいい迷だ』
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『はあ……』
ミーナに対する愚癡を言いながら、ウサギはイリスの手にでられ心地好さそうにをばしていく。とうとう完全に橫になり四肢を投げ出してダランとしたところで我に返ったのか、本題にった。
『そういうわけで、その者を救ってやってしいのだ。聖の力があれば造作もないこと。我の授けた加護を存分に発揮してくれ給え』
『それは構いませんが……いったいその方はどなたなのです?』
『會えば分かろう。君が囚われていたあの牢獄の最奧に居るはずだ。今の段階で我が言えるのはここまで。これ以上の介は難しい。それよりも、これからどのように復讐をすつもりだ?』
『どうしてそんなに楽しそうなのですか?』
耳をピンと立てるウサギに、イリスは苦笑しながら問い掛けた。
『ミーナの所為で隨分と鬱憤が溜まっておってな。ここまでの狀況だけでもそれなりに楽しませてもらったが、まだまだこんなものではないのであろう?』
ふごふごと鼻と口をかして齧歯類特有の前歯を覗かせながら、ウサギはイリスを期待のこもった目で見上げた。
『勿論です。こういうのは、より高い所から一気に落とすのが効果的ですわ。若しくは……私がされたように、ジワジワと絶を與え続けるのもいいですわね。どちらにしろ、ただ処刑されるだけといった楽な死に方はさせません』
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『ふむふむ。それでこそ私が見込んだ真の聖だ。楽しみにしておるぞ。しかし、己の役割を忘れるでない。復讐にを焦がすのは結構だが、君は聖なのだ。この意味をよく考えるように。ああ……今はここまでか、眠くなってきた』
『ウサギ様?』
イリスの呼び掛けに応えることはなく。イリスの手にり寄りながら、ウサギは心地好さそうに眠ってしまった。そしてイリスの意識もまた、暗闇へと溶けていった。
イリスが目を覚ますと、すぐさま準備が整えられて皇帝が自らイリスの元を訪れた。
「イリス……」
話に聞いてはいても、実際に目の當たりにしたイリスのルビー眼の煌めきに、皇帝は一瞬だけ怯んだ。しかし、すぐに気を取り直し、まるでしい我が子に向けるかのような笑顔を見せた。
「改めて詫びさせてくれ。偽者に騙されていたとはいえ、長年エドガーに盡くしてくれたそなたを疑うなど、どうかしていた。全てを公表し、悪ミーナを処刑する予定だ。だからどうか、聖としてこれからも我々に力を貸してしい」
いっそ気持ちが良い程の掌返しにイリスは心で軽蔑のを皇帝へ向けながら、外面は"聖"の微笑を絶やさなかった。
「お気持ちはよく理解できます。陛下を責めるつもりなど、頭ございませんわ」
「そうか! 思慮深いそなたであれば、そう言ってくれると信じておったぞ! では、エドガーとミーナの離縁が立次第、エドガーとそなたの縁談を進めよう」
喜満面な皇帝へ、イリスは笑顔のまま突き付けた。
「それはいけません」
「そうだな、では早速! ……な、なに?」
「それはいけませんわ、陛下。エドガー様とミーナはし合って婚姻したのですもの。今更引き離すのは、人道に背く行為です。お二人には末長く幸せでいてもらいませんと」
ニコニコと微笑みながら、イリスは歌うようにそう告げた。
「イリス……? そなたは、エドガーを慕っておったのではなかったか?」
皇帝のこの言葉に、イリスは途轍もない不快を覚えた。
イリスはい頃に婚約者を決められてからというもの、一度たりとも他の異に想いを寄せたことはなかった。しかし、だからといってエドガーへを抱いていたわけではない。ただ決められた婚約者として、未來の伴として、心を込めて支えになるよう誠心誠意努力していただけだ。
それを、この皇帝も、そして恐らくエドガーも。イリスがエドガーにい慕う想いを募らせていたが故に盡くしていたと思い上がっているのであれば、それはイリスにとって屈辱以外の何でもなかった。
唯一、イリスの思いを理解し味方してくれた皇后は、イリスの目の前でを吐き殺されてしまった。イリスは改めて、自分の大切な人達が次々と奪われていった憎しみを己の脳裏に刻みながらも表だけは微笑んだままかさなかった。
「重要なのは、お二人が既に婚姻を済ませたということですわ。私は聖として、想い合う二人の間にるような蠻行は致しません。どうか、お二人の離縁は中止して下さいませ」
「し、しかし……、それではミーナは皇太子妃のままだ。既にミーナが偽者であったことは帝國中に公表している。早くエドガーとの関係を斷たなければ、皇室の威信が保てぬ上に処刑などもできぬ」
「ミーナの処刑はお取りやめ下さい。ミーナは陛下を欺き、皇后陛下を弒しましたが、ミーナがこれまで聖として行ってきた善行により、帝國が救われてきたのは確かです。その功績をもって、どうかミーナの刑を軽くして下さいませ」
イリスの思いもよらない嘆願に、皇帝は目を丸くした。
「そなた、本當にそれで良いのか? ミーナの所為でそなたは地獄のような苦しみを味わったはずではないか。何を考えているのだ?」
「私はただ、神が加護を與えて下さった己の役割を果たしたいのです。聖として、己のや憎しみは捨て、帝國の為により善い行いをしたいだけですわ」
微笑を浮かべ続けるイリスにどこか畏怖の念を抱きながらも、皇帝は食い下がった。
「そなたの心掛けは素晴らしい。だがな、イリス。このままでは、皇室は罪を犯した悪を皇太子の正妃としたままになるのだ。やはりあの二人には離縁してもらわなければ……」
「でしたらせめて、エドガー様のお心が決まるまでお待ち下さい。お優しいあのお方のこと、一度はしたミーナをすぐに切り捨てられるわけがございませんわ」
イリスの言葉に、腑抜けた息子の姿を思い出した皇帝は唸った。何もかもをお見通しのイリスは、ダメ押しのように続けた。
「エドガー様にも立ち直る時間が必要ですわ。時間はいくらでもありますもの。つい昨日婚姻式を挙げたばかりのお二人のお気持ちも汲んであげて下さいませ」
「……そなたは本當に繊細な心を持っておるのだな。確かにエドガーには酷か。そなたの言う通り、暫しの間はミーナの離縁と処刑を延期しよう」
皇帝の言葉に謝を述べながら、イリスは自分の思い通りにことが進んでほくそ笑んだ。そしてもう一つ。やるべきことが殘っているのを思い出す。
「ところで、帝國で聖が立ちりを許されない場所はない、というのは本當でしょうか?」
「ああ。聖は帝國中を回る義務があるからな。なんだ、何処か行きたい所があるのか?」
「はい。牢獄に」
「牢獄だと!? そなた、今朝方そこから出てきたばかりではないか! 何をしに行くというのだ!?」
驚く皇帝に、イリスは笑みを絶やさず慈のこもった目を向けた。
「ミーナはきっと、ひもじい思いをしているはずです。あそこに長く閉じ込められていた私にはよく分かります。しでもめたいのです」
イリスのそのあまりの清らかさに、皇帝は唖然とした。
「なんと。なんと慈悲深いのだ。そなたこそ、真の聖であるな……」
嘆の言葉を溢した皇帝へ、イリスはただただ微笑むのみだった。
「久しぶりね」
宮殿の地下の地下、のが一切屆かないその場所に舞い戻って來たイリスは、地べたに座り込むミーナへ聲を掛けた。
「アンタ……!! これで満足!?」
イリスの姿を見た途端、ミーナは檻越しに怒鳴った。そんなミーナを気にも留めず、イリスは格子の前に籠を置く。
「陛下にあなたの減刑を嘆願したわ。この中では食事も碌に與えて貰えないでしょう? だからパンも持ってきたの。ほら、好きなだけ食べて」
「いらないわよっ! 何なのよアンタ、私を馬鹿にしに來たのね!?」
走った目でイリスを睨み付けるミーナは、しさの欠片もなかった。
「私はただ、その牢獄の中にいる苦しみを知っているからあなたを助けたいと思っただけよ。……また來るわ」
イリスが寂しげな顔を見せると、ミーナは一瞬だけきを止めた。しかし、すぐにまた聲を荒げる。
「な、何よ……そんな、清いフリなんかしちゃって! 私は騙されないわっ!」
ミーナの絶は、イリスの鉄壁の微笑みに何一つ響くことはなかった。
「さてと。ウサギ様の言っていたお方はどこにいるのかしら」
ミーナの牢獄から離れ、イリスは夢の中でウサギとわした約束を果たすため、り組んだ地下の薄暗がりを見た。すると、床に何かがっているのを見付けた。目を凝らせばそれはまるで、ウサギの足跡のような不思議な模様だった。
イリスが進めば消えていき、イリスの行く先を照らすかのように新たに燈る淡い。ウサギの導きだと気付いたイリスは、その足跡を辿って進んだ。
そして牢獄の奧の奧、迷路のようにり組んだ通路を進むと、より頑丈な格子が見えてきた。太い鉄でできた格子の間隔も狹い檻の中で何かが蠢く。
目を凝らしたイリスがランタンを翳せば、そこに居たのは一人の青年だった。
イリスの気配に気付いたのか、青年が顔を上げ視線をイリスに向ける。目が合った瞬間、イリスは不思議な覚に陥った。
まるで、ずっと探していた自分の欠けた部分に、やっと出逢えたかのような。
「君は誰?」
警戒しているわけでもない、真っ直ぐな聲がイリスの耳に屆く。どこかで聞いたことがあるような、しい聲だった。
「私は、イリス・タランチュランです」
イリスが自己紹介をすると、ルビー眼を見た青年が手を叩いた。
「あぁ。看守が噂してるのを聞いたよ。一夜にして悪から聖になり己の冤罪を払拭したと。おで処刑されずに済んだようだね。良かった。でも、どうしてここに?」
にこりと笑う青年の表は優しげで、牢獄の中の汚れた環境にあってもしいその顔には気品が漂っていた。何よりも青年の緑の瞳が、エメラルドのように煌めいて綺麗だった。
「あなたを救いに來た、と言ったら。信じてくれますか?」
「……それは、なかなか興味深い話だ」
牢獄の中で立ち上がった青年が、檻越しにイリスへと近寄る。
「奇遇にも僕がこの國に來たのは、聖に話があったからなんだ。ミーナは失腳し、君が真の聖だと聞いたのだけれど、間違いないかい?」
「左様でございますわ。間違いありません。私は神の意志により真の聖となりました」
「これは僕にとってもかなり喜ばしい狀況だ。ミーナは僕の話に聞く耳を持たなかったからね。話の分かりそうな君が聖になってくれてホッとしたよ」
「ミーナに會ったことが?」
「ああ。その所為でこんな牢獄にれられる羽目になった。あのはなかなか狡猾だね。そろそろこんな場所から出たいと思っていたところだったんだ。僕を救いに來たということは、ここから出してくれるんだろう?」
青年はイリスヘらかな笑みを向けた。
「そのつもりです。ただ、私は神の意志に従いここに來たまで。あなたのことを知っているわけではありません。あなたは何者なんですか?」
イリスが問えば、眉目秀麗なその青年は、溫かな眼差しと共に格子の間から黒い手袋に覆われた手を差し出したのだった。
「僕の名前はメフィスト・サタンフォード。サタンフォード大公國の大公子だ。宜しく頼むよ、聖様」
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