《【書籍化】語完結後の世界線で「やっぱり君を聖にする」と神様から告げられた悪役令嬢の華麗なる大逆転劇》宰相の帰還

「宰相、何故そなたがここにいるのだ!? そなたは蟄居中のはずであろう!」

皇帝が聲を震わせると、宰相はゆったりとした所作で懐から書狀を取り出した。

「皇后陛下が崩され、皇太子殿下は執務を投げ出し、侍従長が失腳した……これらの事由により皇宮の管理及び政務の停滯を危懼した帝國議會から、正式に私を宰相職に復帰させるとの命を頂きました」

「何だと!? 私はそのようなことを許可した覚えはない!」

激怒した皇帝へと、宰相は告げた。

「確かにこの書狀にあるのは、皇帝陛下ではなく聖イリス様の署名でございます」

最初が掲げた書狀を見て、皇帝がワナワナと震え出す。

「皇帝である私を無視し、勝手に議會をかしたと言うのか!?」

唾を飛ばす皇帝へ、イリスはただただ微笑んだ。

「帝國法には、皇帝の他に聖にも議會の決定権を與える、とありますわ。私は自らの権利を行使したまでです」

サタンフォードを失った百年前から、國力が急激に減し衰退の一途を辿る帝國では、権威を失いつつある皇室とは裏腹に、唯一國の衰退を防いでくれる救國の聖への過度な信仰が増大した。その過程で聖が様々な特権を持つようになり、実際には歴代の聖の中で行使する者が殆どいなかったとは言え、気付けば聖は皇帝と同等の権力を有するまでになっていた。

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皇室、取り分け直系の皇族が聖との婚姻をむのは、聖を味方につければ政権が安定する一方で、聖を敵に回せば政権が二分し、ともすれば國民に絶大な人気を誇る聖に最高権力者の座を取って代わられてしまう可能があったからだった。

そして現在の帝國は、かつてない程に國力の低下が激化し、西部から始まった砂漠化は帝都のすぐ近郊まで広がっていた。

を排除すれば國が滅びる危険まである中で、皇帝が聖であったミーナと皇太子エドガーの婚姻を通して実質的にも政治的にも、聖の力を皇室の手に収めようとしたのは必然のことだった。

それが、ミーナとエドガーの婚姻直後にイリスが聖になったことで、全ての計畫は水の泡と消えてしまった。皇帝に殘された道は、何としても聖イリスを自分側につけることだけだった。しかし、エドガーを使いイリスに皇室の子種を押し付け無理矢理皇太子妃にしようとした企みが今正に失敗に終わり、聖との真っ向からの対立という絶的な狀況に追い込まれていた。

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そんな中で、帝國では誰もが一目置く存在であり、人とその政治的手腕によって議會をかすような、皇帝にとっては目障りで仕方ない相手だった宰相が復帰するとなれば、皇帝側は更に不利な狀況になる。

「して、話を戻しましょう、陛下。いくら皇太子殿下と言えど、聖様を辱めようとするなどエドガー殿下には高貴なるを引く者の自覚がおありなのか甚だ疑問です。」

ズバリ言い切った宰相は、更に続けた。

「真相を追及し、場合によっては皇太子殿下の廃太子を求めたいところですが、皇太子殿下があのような狀態では尋問も難しいでしょう。よって、殿下の回復までにその柄を一時的に拘束するのが宜しいかと」

「何をっ、」

「どちらにしろ殿下には治療が必要です。お連れしろ」

言い淀む皇帝を押し切る形で、宰相は気絶したエドガーを連行させた。

「それにしても陛下。聖様の異変に真っ先に駆け付けるとは、それだけ聖様を気に掛けておいでなのですな。陛下の居室と聖様のお部屋は隨分と距離があるはずですが。まるで待ち構えていたようではありませんか。よもや、気掛かりなことでもあり偶然こちらに居合わせたのですかな?」

宰相が不思議そうに問うと、苦々しげな皇帝を庇うように大神が前に立った。

「皇帝陛下は常に聖様の安寧に気を配られております。ご心配なさり有事の時に駆け付けるのは當然のこと」

「これはこれは、大神猊下。神殿にいるはずの貴方が、このような夜分遅くに皇宮に何用でいらしたのでしょうか」

「そ、それはっ」

目敏く指摘した宰相は、聲を詰まらせた大神と皇帝を互に見ながら更に追及する。

「そもそもが、聖様のお部屋に不屆き者が侵できた狀況が異常です。護衛は何をしていたのか」

宰相に目を向けられた衛兵は、互いに目を見合わせて気まずげに俯いた。

「どうやら、皇宮の管理が行き屆いていないようだ。侍従長の不在が原因とあらば、今後は侍従長の行っていた職務を擔う者が必要になりましょうな。私の息子でしたらまだまだ未ですが、充分に努めを果たせます」

「な、何を言う! 宰相、先程から勝手に話を進めてもらっては困る! 侍従長の後釜はこちらで用意をする予定だ!」

「ほう。それは大変結構でございます。しかしながら、聖様が襲われるような事態を放置するわけには參りません。後任が決まるまで、一時的にでも代理を立てるべきでしょう」

「くっ……先程から我らのことをとやかく言う前に、そなたは何故このような夜更けに皇宮へ來たのだ!?」

苦し紛れながらも突然登場した宰相へ皇帝が指を刺すと、宰相は淡々と経緯を語った。

「実は私宛に告発がありました。皇太子殿下のご様子がおかしく、聖様に危害を加える危険があると。まさか本當にそのような事態になるとは思いもよりませんでしたが、知らせをけすぐにでも駆け付け正解でございましたな」

「な、なんどと? 誰がそのような……」

「詳細は皇太子殿下の調査と共にご報告致します。それとも、陛下にも何かお心當たりがお有りでしたか?」

「……っ、そういうわけではない! 私は何も知らん。夜分も遅い。聖が無事なら何よりだ」

そうして逃げるように去って行った皇帝と大神の差を見送り、宰相が改めてイリスへと向き直った。

「イリス」

「おじ様……」

宰相として長年國の為にを盡くしてきたルフランチェ侯爵は、イリスの父であるタランチュラン公爵の師でもあった。剣も學問も、その全てを弟子であるタランチュラン公爵に授けた剣豪にして博識な強者。そんな宰相がイリスを見て目を潤ませる。

「すまなかった。イリス、そなたを救ってやれず……」

「いいのです。宰相の立場では、反逆者の娘にして皇后毒殺の犯人とされた私を助けることなどできるはずがありませんわ」

弟子であるタランチュラン公爵が反を起こした責任を取り、師であった宰相は蟄居を命じられ、ずっと領地の屋敷の一室に閉じこもり続けていたのだ。

「久しぶりだな、ルフランチェ侯爵」

「大公子殿下。ご無沙汰しております」

イリスの隣にいたメフィストが聲を掛けると、宰相は嬉しそうに頭を下げた。宰相の家門であるルフランチェ家は、その昔サタンフォード大公國の初代大公妃を輩出した家門であり、現在の帝國において、サタンフォードとの外の要でもあった。それもまた、皇帝が宰相を疎ましく思いつつも排除しきれない理由の一つだった。

一頻り再開の挨拶をわしたところで、宰相は聲を落としてイリスに告げた。

「実は私は、蟄居中ただただジッと閉じこもっていたわけではない。皇宮や神殿、あらゆる所にいる私の協力者を使い、不肖の弟子アーノルド……そなたの父、タランチュラン公爵の反逆の真相について調べていた」

「お父様の反逆について、ですか?」

「……実はな、イリス。あやつの反やタランチュラン家の処刑については非常に不可解な點が多いのだ」

「…………!?」

宰相の言葉を聞いてルビー眼を見開いたイリスは、そっと隣にあったメフィストの手を握り締めた。

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