《【書籍化】語完結後の世界線で「やっぱり君を聖にする」と神様から告げられた悪役令嬢の華麗なる大逆転劇》語の結末

「神の名代である大神として、ここに新たな帝の誕生を宣言致します」

あの未明まで、日も差さない皇宮の地下に広がる牢獄で処刑を待つだけだったイリス・タランチュランはその日、誰よりも輝かしいを浴びていた。

大神ベンジャミンから王冠を授かったイリスは、王笏と寶珠を手に背筋をばした。

凜とした立ち姿と、どこまでも見渡すようなルビー眼。そして彼の隣には、盛裝にを包みイリスと並び立っても引けを取らない貌を持つ、メフィスト・サタンフォード……帝となったイリスの皇配となることが決まっている、サタンフォード大公が寄り添っていた。

輝くような二人のしさ、暴君から帝國を守り、二人の婚姻と同時に二つの國の統合を宣言したその勇姿を目に焼き付けた國民は、熱狂的にこの語を語り継いだ。

稀代の悪として無実の罪で牢獄に囚われ、処刑寸前だったイリス・タランチュランは、神のお告げにより聖となり、運命的な出逢いを果たした伴と共に暴君を敗して、自らの高潔さと筋の正當を証明し帝となった。この華麗なる大逆転劇は、こうして後世に語り継がれることとなる。

華やかなイリスの即位式の中、処刑臺の上でその姿を見つめている男がいた。廃帝エイドリアンである。

あの日、その思を打ち砕かれた廃帝は、すぐに護衛に捕まり牢獄へれられた。そしてイリスが戴冠式を迎えるこの日まで、暗くった汚い牢獄の中で処刑を待っていた。

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イリスの采配により、帝國を破滅させようとした廃帝の処刑はイリスの戴冠直後に行うこととなったいた。

しい帝と大公の姿に見惚れていた民衆は、ギロチンの運ばれる音がすると、即位式が見える場所にわざわざ設けられた処刑臺へと目を向けた。

ギロチンに掛けられる瞬間、廃帝は、並び立つイリスとメフィスト……その背後にある帝國とサタンフォードを見據えた。どちらも手にれようと足掻いた結果、手のにあったはずの帝國も、渇したはずのサタンフォードも、何もかもを二人に奪われたのだ。

最後の最後で息子の命まで犠牲にしたどんでん返しの奧の手ですら、二人の"真実の"の前に砕け散った。全てを手にれたと錯覚した一瞬の栄は、ただの幻想に過ぎなかった。王冠に王笏、寶珠だけでなく。妻も息子も側近達も。自業自得で失った廃帝の、その手のに殘ったものは何もない。

する伴と人々に囲まれ賞賛をけるイリスの華麗な戴冠式を見せられて、そのことをまざまざと突き付けられた廃帝は、自らの愚かしさを初めて後悔した。しかし全てが時既に遅く、計り知れぬ憎悪と後悔の中で、民衆に石と罵倒を投げつけられながら、廃帝エイドリアンは呆気なくその首を落とされたのだった。

帝イリスとサタンフォード大公メフィストの婚姻式は、華やかに執り行われた。國中が二人の婚姻を祝福し、平和的に統合されたサタンフォードを快く出迎えた。し前にあった皇太子と聖の婚姻式など忘れ去られる程に、しい二人の姿は人々の話題となった。

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イリスの婚姻式を祝う祭は一週間続いたが、その裏でもまた一つ、とある慶(・)事(・)があった。離宮に幽閉されていたミーナが、出産したのだ。

取り上げられた赤子は別も告げられず、すぐにミーナから引き離されたが、母子共に健康な出産だった。

見舞いに訪れたイリスが、出産直後のミーナを気遣う。

「滋養にいいお茶を持って來たの。ほら、飲んで?」

起き上がったミーナは、イリスの持って來た溫かいお茶を飲むと、ホッと息を吐いた。

「無事に出産できたのは、あなたのおよ」

今日までイリスは、しずつミーナと和解し、盡力してミーナの出産を萬全の態勢に整えた。謝を込めてミーナがそう言うと、イリスはうっそりと微笑んだ。

「気にしなくて大丈夫よ。あなたの処刑は一旦保留にするわ。今はゆっくり産後のを休めてね」

「ありがとう、イリス」

「いいのよ。だって私達、本當は親友になっていたはずなんですもの」

「えぇ? 何よそれ」

突拍子もないイリスの言葉にミーナが笑えば、イリスがいつかのウサギの言葉を思い出して答える。

「私を聖にした神様が言ってたの。まあ、あの神様ちょっといい加減だから」

ふふふ、と笑うイリスへ。しだけ考えてから、ミーナは口を開いた。

「ねぇ、イリス。もしあなたが良ければ、今からでも私達、親友に……」

そこまで言って、ミーナのきが止まる。

「ミーナ?」

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「……ゴフッ」

ミーナは、自分の口から飛び出したを、信じられない思いで見下ろした。

「あらあら。ミーナったら。あんまり汚しちゃダメじゃない。後片付けが大変でしょう?」

ふふふ、と。優しく笑うイリスを見て。ミーナは、震える手で己の飲んだお茶のカップを持ち上げた。

「な、何をれたの……?」

「別に変なものじゃないわ。あなたが皇后陛下に盛ったのと同じものだもの」

「……!?」

イリスの言葉に目を見開いて何かを口にしようとしたミーナは、迫り上がって來たのせいで咳込み、何も言うことができなかった。側が燃えるように熱く、知らず涙目になる。

「この毒、一定量を超えれば即死みたいなんだけど、薄めて使うと即死にはならないのよ」

「ア、アンタ……ッ!」

「苦しいでしょう? 薄めた毒は、側からじわじわと臓を破壊して死に至らしめるそうよ。でも、致死量のギリギリ手前にしてあげたから、運が良ければ生き殘れるかもしれないわ」

出産直後のミーナに、毒に耐え得るだけの力がないことは、明白だった。

「このっ、悪魔……!」

を吐きながらイリスを罵倒するミーナへと、イリスは優しい微笑を絶やさなかった。

「悪魔はどちらかしら。悪いけど、私の夫はとても耳がいいの。だからね、あなたが監視役の青年を誑し込んで、ここから逃げるつもりだったってことはよく知っているのよ」

「なっ……!」

「罪を償うと言ったあなたの言葉を、一度は汲んであげたわ。けど、刑が執行される前にここから逃げて、あなたの子供が長したら実母として名乗りを上げ、父親の正を明かして地位を取り戻す算段だったんでしょう?」

「ち、違うわ! そんなこと、ゴホッ、グフッ」

「それまではを潛めながら、二人で靜かに生きる予定だったのよね? 離宮にある調度品を盜んで海辺に家を買って、子供を産んで楽しく過ごす計畫も立てていたんでしょう?」

ミーナは必死に言い訳をしようとするも、口の中に粘著くのせいで上手く喋れなかった。

「もう聲を出すこともままならないのね。ねぇ、ミーナ。最後にいいことを教えてあげるわ。あなたが誑し込んだつもりでいた、あの監視役のジェイだけど。彼、來月結婚するのよ。お相手は私の侍のナタリー。二人とも宰相に紹介されたんだけど、とっても優秀なの。演技だって上手だったでしょう?」

「っ……!」

を吐きながらワナワナと震えるミーナは、信じられないものを見るようにイリスを見た。その見開かれたブラウンの瞳に向かって、イリスは尚も続ける。

「あなたが改心するなんて。そんな馬鹿げたことを、私が信じると本気で思っていたの?」

優しく微笑み続けるイリスは、穏やかにミーナへと告げた。

「あなたは帝である私の慈悲を踏み躙り、淺はかにも逃亡を企てた。それを知った私は落膽し、慈悲深い心を鬼にしてあなたに毒杯を與えた。國民にはこの事実を公表するわ。誰もがあなたの悪行に眉を寄せ、私の決斷を支持するでしょうね。だから安心して己の罪を悔やみ、無様に苦しんで、潔く死になさい」

痛みと苦しみに手足をバタつかせてのたうち回り、聲も出せずイリスへと手をばすミーナを放置して、イリスは部屋を後にした。

扉越しに聞こえる、ドタバタと暴れて床を引っ掻くような激しい音は次第に弱まり、やがて完全に何も聞こえなくなった。

「イリス」

イリスが階下に降りて行くと、待っていたメフィストが心配そうにイリスの手を取る。イリスは、する夫の手を握り返して顔を上げた。

「言ったでしょう? ミーナが牢獄から出られるよう嘆願すると言った時、私に考えがあるって。強なミーナが大人しくしているわけないもの。あの牢獄から出て他者と接する機會を與えれば、いずれこうなると思っていたわ」

その顔はすっきりしているようにも、落膽しているようにも見えた。

メフィストは妻にを寄せると労わるようなキスをして、話題を変えるように言った。

「この子をどうする? 予定通りに始末するのか?」

メフィストに問われ、籠を覗き込んで産まれたての赤子を見たイリスは、次の瞬間、呆然ときを止めた。

「…………」

「イリス?」

「…………アドルフ…………」

「ん?」

イリスは、その震える手を赤子へとばした。

「不思議ね。あの二人の子なのに……驚くほど私の弟に似ているわ。弟のことは、産まれた瞬間からずっと見てきたもの。絶対に忘れたりしない。……まるであの子が生き返ったみたい……」

宿敵の子を泣きそうな顔で見つめ続ける妻の想いを汲み取ったメフィストは、視線を巡らせるとらかく微笑んだ。

「…………この子を生かす方法はある。ちょうど、適任者を探していたところじゃないか」

「それって……」

「ああ。この子には、あの役割を與えよう」

夫の言葉に、イリスは涙を流しながら頷いたのだった。

『イリスよ、よくぞやってくれた』

その夜、満足げなウサギが夢に出てきたイリスは、疲れた眼差しをウサギに向けた。

『ウサギ様。全てあなたの思い通りになりましたか?』

『ああ。我は大いに満足しておる。君を聖にして本當に良かった。我ながら、とても良い選択をしたものだ。ただ処刑されるだけの楽な死に方はさせない、と言い切った君を信じた甲斐があった』

ほくほくとルビーの瞳を輝かせるウサギは、楽しげに飛び跳ねるといつものようにイリスに額をり付けた。

サラサラの並みを仕方なくでながら、イリスは諦めたように溜息を吐く。

『最初から最後まで、ウサギ様に利用されたようですわ……』

『そう言うでない。聖が神に利用されこき使われるのは真理でもある。その真理に反したミーナに、最も屈辱的な方法で天罰を下すには君を利用するのが何よりだったのだ』

堂々とそう宣言したウサギは、イリスに向けてこの語の本來の顛末を話し始めた。

『どこまで話したか。そもそもこの語は、帝國とサタンフォードを再び繋ぐ為の語だったのだ。主要人はヒロインのミーナ、人のエドガー、悪役令嬢イリス、隣國の大公子メフィスト。協力して皇帝の思を阻止する中で、イリスとメフィストはに落ちていく。皇室のを引くイリスとサタンフォードのを引くメフィストが結ばれ、慎ましやかなミーナとエドガーに皇位を譲られた二人は帝と皇配になる。そして真の意味で帝國とサタンフォードは一となるのだ。これこそが、この語の結末だった』

これを聞いたイリスは、衝撃に目を見開いた。

『つまり……私達が結ばれた今のこの狀況も、私達の想いも、最初から決められていたと?』

震えるイリスとは裏腹に、ウサギはあっけらかんと言い放った。

『そういうわけではない。君達の気持ちは本だ。そうでなければ、メフィストのあの呪いは解けないからな。古より呪いを解く最も古典的で普遍的な方法は、真実のだ。それなくしてこの語の終結はない。我の思い通りにいてくれた君とメフィストは、神である我にとって祝福を贈るに値する善良な人間だ』

得意げなウサギは、ダン、と後ろ腳を踏み叩いた。

『だが、ミーナは思わぬ悪行を重ね、ヒロインとしての清らかさを失わせていった。仕舞いには君を処刑しようとし、メフィストを牢獄に閉じ込めた。これでは肝心要の君とメフィストが出逢わないではないか。それどころか向かう先はただのバッドエンドだ。我はこう思った。この結末において重要なのはイリスとメフィストの方である。邪悪なミーナと間抜けなエドガーは、寧ろ始めから必要なかったのではないかと』

これにはイリスも、呆れ果てた目をウサギに向けた。イリスの目を見て居心地の悪そうにしたウサギは、オホンと態とらしく咳払いをして話を続ける。

『それ故にミーナを見限り、我にできる唯一のタイミングで君を聖にしたのだ。優秀な君は我の思い通りに語を改変してくれた。しかし、一つだけ我には懸念があった。ミーナとエドガーの間に生まれる子には、最初から用意している役割があったのだ。ミーナが死ねば、子は生まれない。子が死ねば、その後の語に支障が出る。君が子を生かし、我の思い通りの配役を與える選択をしてくれて本當に助かった』

『そう仕向けたのも、ウサギ様ではありませんか』

罪なき者に罪を押し付ければ聖でなくなると脅すウサギを思い出したイリスは、低い聲でウサギを睨んだ。その視線にビクビクしながらも、ウサギは言い切った。

『だが、決斷したのは君であろう。我は語の設定は弄れても、登場人の心の機微まではかせない。ミーナに復讐したのも、メフィストをしたのも、赤子を殺さない選択をしたのも、全て君の意志だ』

ウサギの瞳とイリスのルビー眼が合わさり、息を吐いたウサギはピョンと跳ねて宙に浮いた。

『我はこの先も、君とメフィストが善良である限り祝福を與えよう』

偉そうに宣言するウサギへと、ほんのしの意趣返しのつもりでイリスは問い掛けた。

『…………ウサギ様、そう言うウサギ様は、善良であると言えるのですか?』

イリスの投げ掛けに、ウサギは紅い目をまん丸に見開くと、可笑しそうに笑い出した。

『くくく、イリスよ。我ら神は、善良な人間を好む。そして加護を與える。しかし、我らは神だ。神が必ずしも善良である必要はないのだ』

黃金のを殘し、ウサギはイリスの夢の中から消えたのだった。

ハッ、と飛び起きたイリスは、ウサギに化かされたような気分で寢起きの頭を抱えた。

「……イリス?」

隣に寢ていたメフィストが目を凝らしながら問い掛けると、薄闇の中で目が合ったイリスは申し訳なさそうに苦笑した。

「ごめんなさい。起こしちゃった? ちょっと、変な夢を見て……」

困ったようなイリスの聲音に、メフィストは妻のを抱き寄せた。

「どんな夢を見たんだ?」

「……あまり、いい夢ではなかったわ」

イリスもまた、夫のを寄せる。そして自分を気遣う彼の優しさに包まれていることを実すると、思い切って切り出した。

「ねえ、メフィスト。もし……もし、私達の選択や行、気持ちが、全て定められたものだったとしたら、あなたはどうする?」

一瞬だけ面喰らったメフィストは、妻のどこか切羽詰まったような様子を見て真剣に考えてみた。

「……そうだな。特にどうもしないよ」

「え?」

イリスの背をでながら、メフィストは薄闇の中でも分かるエメラルドの瞳を、優しく笑みの形に細めた。

「例え何かに決められていようと、導かれていようと。僕が今じている君へのや、不安そうな君をめたいと思うこの想いは間違いなく本だから」

額に落ちてきたキスをけ止めて、イリスはモヤモヤしていた自分が馬鹿らしくなった。

「ねえ、もう一つだけ。聞いてもいい?」

「ん?」

その短い返事でさえ蜂のように甘い夫へ、イリスは彼と初めて逢った日のことを思い出しながら問い掛けた。

「私が聖にならなくて、あのまま処刑の朝を迎えていたら。あなたは本當に、私を助けてくれた?」

興味津々の目を向けるイリスへと、メフィストは微笑みながら答えた。

「ああ。勿論。君を助け出して、牢獄を抜け出して、サタンフォードに連れて帰って……今頃は、今と同じように君の隣で眠っていたんじゃないかな」

その言葉を聞いて、イリスは笑い出した。その屈託のない笑顔は、メフィストが何よりもし、守りたいと思うものだった。

「ふふふ。そうよね。きっと、そうなっていたでしょうね」

に浮かぶ涙を拭いながら、イリスは心に決めた。

再びあのウサギに會う時が來れば、その時こそ言ってやるのだ。

ウサギ様の介がなくても、私はきっと、彼と幸せになっていましたよ、と。

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