《【書籍化】白の平民魔法使い【第十部前編更新開始】》8.雷の巨人

統魔法だ!」

「見に來た甲斐があったな……」

「本當に使ったぞ!」

雷の巨人の登場にギャラリーも沸く。

これを見れるかもしれないと付いてきた者も中にはいた。

それに対してルクスの表は不満気だった。

「……し小さいが、仕方ない」

不意に零れる恐ろしい呟き。

それはすでに突出している脅威がこの魔法にとっての総力では無いことを語っている。

「これが"統魔法"か……」

一人の師匠の下、魔法について學んできたアルムには見た事の無い魔法が多くある。

だが、アルムはこの歳にして魔法に関しての膨大な知識は持ち合わせてはいた。

それも自の特ゆえ。

無屬魔法しか使えないアルムは魔法に飢えており、師匠とその師匠が持ってきた書によって齎される知識を水を吸収するスポンジのように蓄えていった。

使えない魔法も知っておいたほうがいいと當時師匠に後押しされていたのも大きい。

無論、書に載っている程度の知識だけなので事前に対応できたりすることはないのだが。

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しかし、見ることも、知ることも出來なかった魔法がある。

それが統魔法。魔法使いが代々伝えていく一族だけの魔法である。

によって後世に伝えれられた數多の魔法とは違い、後継にのみ伝えられる一族の証。

魔法使いの切り札であり、筋のみがその発を可能にする。

どれだけ魔法の知識を積み重ねようとも類似品しか作り出すことしか出來ず、他の者が真にその魔法に辿り著くことは無い。

統魔法は継承される。

魔法使いが今唱えて作り出す魔法とは違い、先祖が唱えた時から一族にとって世にあり続けるものとして記録される。

風や雨、そして文明や技、人間や、そういった當たり前の存在であるかのように。

一人の幻想から生まれたそれは、魔法であって魔法に在らず。魔法という枠を飛び越えて一つの存在として現実に現れる。

「やれ」

主人の聲に応えるように、巨人は右腕を持ち上げる。

それはルクスが掲げた右腕よりも力強く。

そのまま実技棟の床にその巨腕が叩きつけられた。

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「くっ……!」

先程の魔法ではびくともしなかった床が砕される。

魔法の威力はすなわち現実への影響力。

オルリック家の統魔法が最初に唱えられたのは六百年前。

六百年前から唱え続けられた魔法は數多の魔法使いの変換を経て、今ここに確固たる存在として在り続ける。

その巨腕は古來からある災害に等しく、當たり前のように振るわれた。

これこそが統魔法に真に辿り著けない理由。

この雷の巨人を模した魔法を作り、唱えることは出來るだろう。

しかし、六百年の記録を作ることは出來ない。

時によって積み重ねられた現実への影響力こそ統魔法の脅威。それを同じ形で再現することなど一代の魔法使いに出來はしない。

「思ったよりすごいなあれは……!」

から自分に當てる気は無かったとアルムは察していた。

しかし、あの巨腕を前に飛び退くことを我慢することなど出來ようはずもない。

「早めに降參してくれると助かるね。長引くとここを壊してしまいかねない」

「もう手遅れな気がするが……」

強化された腳でアルムは二階のギャラリーに跳ぶ。

どこを攻撃すればいいのか皆目見當もつかない。

ならば、と使い手を狙う。

「『魔弾(バレット)』」

見せるのは三度目だが、『準備(スタンバイ)』の効果で威力は上がったままだ。

アルムの右腕に五つの魔弾が展開される。

「行け!」

魔弾の展開された右腕を振るった瞬間、自分に來るとルクスは理解した。

「……無駄だよ」

その魔弾がルクスに屆くことはない。

巨人が一歩踏み出しただけでそれはルクスを守る盾となる。

その一歩は砕された床を鳴らし、魔弾はしゃぼん玉のようにその巨大な腳の前に消え去った。

巨人にダメージなどあるはずもない。

「こちらの番だ」

ルクスは非に指を鳴らす。

まだアルムと巨人との距離は離れている。

先程右腕を振り下ろした時にこの巨人がどんなスピードかはわかっている、巨人の手足に注視していればとりあえず蟲のように潰されることはない。

"ゴオオオオオオオ!!"

アルムの予想を裏切るように、巨人の行は咆哮だった。

そして咆哮とともに、その巨からアルムに向けて魔力が放たれる。

「なっ……!」

予想だにしていなかった巨人の攻撃。

本來の魔法使いの戦いであれば當たることは無かっただろう。

巨人の存在がアルムの脳裏に他の攻撃手段を失念させた。

「ぐ……っ……!」

雷屬の魔力がアルムに容赦なく襲い掛かり、電流が流れたような痛みがに走る。

事前に『抵抗(レジスト)』を使っていなければは痺れてすでに勝負は決まっていただろう。

"その巨で遠距離もあるとは……!"

位置を変えながらアルムは心で心してしまう。

その巨を駆使すれば距離など関係ないだろうにと。

「すっご……」

「アルム、降參してください! このままでは……!」

下から聞こえるミスティの聲。

このままでは、そう未來は見えている。

先程かわした爪の魔法に潰されるのとは訳が違う。

學どうこうの話ではない傷を負うのはアルムにも予想できた。

「これが魔法使いだ。魔法使いの強さは先人の伝統と歴史を研鑽することにある。

君のような平民が、そんな魔法を引っ提げて敵うと思ったか? 伝統も歴史も無い君がここで敗北するのは必然だ」

ルクスにはアルムをここで痛めつけようという黒い思いは無い。

だが、葉わない夢を持つことが辛いと彼は理解している。を張るだけではどうにもならない現実があることも。

そんな現実を突きつけるのは彼なりの良心だった。

諦めるのは早いほうがいい。別の道を踏み出すのもまた勇気なのだと。

しかし、これだけの力を見せつけてもアルムは降參する気配も無く、その言葉で瞳に諦めが宿る様子もない。

仕方ない、とルクスはさらにアルムに切り込む。

「師がいるといったかな?」

「それが?」

「君は悪くない。悪いのは君の師だ」

「……なに?」

「君に魔法使いになれないと言わなかった師が悪い。中途半端に希を持たせて夢を追わせた。君の師は君が魔法使いには向いていないと言うべきだったんだ、そして何も教えるべきでは無かった」

「……」

「こんなのはたちの悪い悪戯だ、その師とやらが何を考えていたかはわからないが、先生気取りで何かしたくなったのだろう。魔法使いならば変換もできない者が魔法使いになれないなんて事はわかっているだろうに」

そう、本來ならば先程耳にしたアルムを送り出した師匠とやらが言うべきなのだ。

無屬魔法は場所によっては魔法にすら數えられておらず、魔力遊び(・・・・)とする場所もある。

師だというなら何故言わなかった?

時には不可能だという殘酷さは必要だ。

師であるというのなら、アルムに宣告する責任があったはずだとルクスは憤ってさえいた。

「うるさい」

だが、それは大きな間違い。

「ん?」

「五月蠅いと言った……そして、撤回しろ」

アルムにしてよかったのは現実を突きつけるまで。

師が悪い。その言葉を向けるべきは彼の師匠に対してであり、アルムにではない。

ルクスは言葉を向けるべき相手を間違えた。

「俺はいい、実際出來損ないだ。だが、師匠を馬鹿にするのは許さない」

初めて明確な怒気がルクスに向けられる。

ルクスは理解した。門の前でのアルムの言葉はこちらを煽る意図でも、自らの腕に自信があってのものなどでは無かったことに。

自分が平民で學院に來れたのが幸運で、格下だと思われているなら腕を証明すればいいと。

彼はただ彼なりに事実を語っていただけなのだ。

でなければ、自を今出來損ないなどと言うはずがない。

「お前らにそんな権利はありはしない!」

そして同時に、自分は彼の領域に土足で踏み込んでしまったのだと理解した。

「そうか、なら謝罪しよう」

「いや、まだするな」

おかしな事をいう。

あろう事か、アルムはルクスの謝罪をけ取らない。そして、

「謝罪するのは俺っていう出來損ないが使う魔法で、そのデカブツを倒したらだ」

もっとおかしな事を言い出した。

「何を言っている。君は無屬魔法しか使えないんだろう? なら――」

「倒したらだ」

了解以外の言葉は聞きたくないとアルムは遮る。

「……まぁ、いいだろう。その時は君と君の師に向けて謝罪をしよう」

「言ったな?」

「ああ」

アルムとルクスの視線が差する。

アルムはルクスの出來るわけがないという呆れた視線を、ルクスはアルムが本気であることをそれぞれの瞳にけ取った。

アルムは二階のギャラリー席から一階に降りる。

「『準備(スタンバイ)』」

目標はそびえ立つ巨軀の怪

文字通り"準備"が始まる。

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