《【書籍化】白の平民魔法使い【第十部前編更新開始】》20.不穏な影

「お疲れさま」

「どうも」

巡回する兵士にアルムは會釈する。

アルムが帰路につく頃にはすっかりと夜になってしまっていた。すれ違った兵士も帽子を被っているのもあって顔はよく見えない。

それでも今の短いやり取りが立するのは制服という立場のわかりやすいトレードマークがあるからだ。

この街は朝は早く、晝には賑わうが、夜はぱったりと靜まり返る。

夜に活する店は街の一角にまとまっており、學院付近にはそういった店はほとんどない。開いているのは食事処くらいだ。

しかし、今のアルムは食事をする気分でもない。

「……また怒らせてしまった」

皆と別れてから何度目かのため息を吐く。

あれから実技棟に戻ったアルムにはエルミラからの鉄槌が待っていた。

まずは頭に手刀を一発。

それから説教だ。

何も言わず出ていったこと、そして魔法儀式(リチュア)の途中で険しい顔をしていた事も聞いていたようで、ミスティを恐がらせたという理由でその事についてもエルミラは怒っていた。

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ただリニスもアルムの友人という事は事前のやり取りで理解してくれていたようで、怒ってはいたものの出ていった事についてはアルムの謝罪ですぐに許してくれた。

話をややこしくしたのは次の魔法儀式(リチュア)の途中にミスティを怖がらせた事だ。

むしろこちらのほうが本題だったらしく、魔法儀式(リチュア)の間、様子がおかしかった事についてアルムは々と聞かれた。

不調だったのか、何か気付いたのか、知人に火が當たった事に何か思うことがあったのか、それともつまらなかっただけなのか。

それら全てに対してアルムは、

"それは言えない"

と一點張りだった。

魔法儀式(リチュア)の時の様子だけでなく、リニスと何を話していたかについてもそれしか言わない。

何でもない、では無く、それは言えない。

何か隠していますと言っているようなものだ。

ここに來て顔に出ると言われ続けたアルムからすれば、何を言ってもばれてしまうから何も言わない、というだけの事だったのだが他からすれば話は別だ。

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そんな頑なに見えるアルムの態度がエルミラの怒りを逆でした。

あまつさえ、友達思いなんだな、と求めていない一言が決め手となってエルミラの口からは罵詈雑言。

ルクスとミスティも間を持とうとしてはくれたものの、仲良く帰宅というわけにはいかなかった。

同じ寮であるエルミラはアルムと帰りたくないとミスティと一緒に行ってしまった。

ミスティはこの街に家を買っている為、寮にっていない。

使用人と二人暮らしらしく、是非泊まっていってくれとエルミラに提案していた。

「言うわけにもいかないしな……」

アルムは仕方ないと自分に言い聞かせる。

リニスの真意はわからなかったが、噓を吐くという事は知られたくないという事だ。

納得はしてないものの、言わないでくれと頼まれたのもあってアルムは口を開く気にはならなかった。

「明日もう一度話そう」

しかし、後ろめたさが消えるわけではない。

何も言うことはできないが明日エルミラには改めて謝ろうと、アルムは油を注ぐような決心をする。

実際はというと、エルミラは何も言わなかった事そのものに怒っているのではなく、調やトラウマがあったのか、答えられるような心配する質問にすらそれは言えないで突き通した事に怒っていたのだが、アルムはそんな事知る由も無い。

「お疲れさま」

「どうも」

また兵士とすれ違う。

この街に來てから兵士の巡回などという治安維持の仕事を知った時は心したものだ。

誰かを守ろうとする人間が常にいるなんて素晴らしいと。

しかし、いまだにその姿に慣れてはいない。

ベラルタを警備する兵士は完全裝備というわけではないものの、當然武は持ち歩いている。

警備という仕事に心はしてはいるものの、生活圏に武裝した人間がいることがアルムは何となく落ち著かなかった。

勿論、武裝せずとも人を害することができる自分や自分の通う學院の人間を棚上げしている事に気付いていない。

ふと故郷を思い出す。

アルムの住んでいたカレッラには當然警備なんてものは無い。

自然が多いのもあって魔の數は多いが、わざわざ村に襲いに來るもの好きな魔なかった。

姿を見せれば狩猟の対象になる。それがあの場所の人間と魔の関係だ。

村を襲いに來るのは決まって過剰魔力によって暴走した魔のみ。

懐かしい。村に襲いに來た魔を討伐した時はそのを――

「いかんな」

そこまで考えて、何かを振り払うかのようにアルムは首を橫に振った。

ここに來て二週間だというのについ故郷を懐かしんでしまう。

故郷との差異を見つける度に比較してしまうのは、きっと自分がまだ馴染んでいないからなのだろう。

いくら故郷を思い出そうとも、魔法使いになる、という決意が揺らぐことは無い。

しかし、違いを見つける度に故郷を思い出すのはこの場所に失禮な気がする。

何よりその度に故郷のほうがよかったと言ってるようで、自分の居心地を悪くしているみたいだ。

「ん?」

出來るだけやめようと、そんな弱々しく自信の無い決意をした直後。

アルムは気付く。

後ろから何かが近付いてくる音に。

「!!」

咄嗟に顔を橫にずらす。

近付いてきた風切り音は髪をかすめて顔の橫を通り過ぎる。

飛來してきた何かを目視する事はできない。

「かわしたか」

そして聲は後ろから。

肩越しに後ろを見ると、そこにいたのは今しがたすれ違った兵士だった。

よく考えれば、この短い時間に二回も別の兵士が巡回しているのはおかしいのだが、アルムは警備のことをよく知らない。

アルムは二人目とすれ違った時も夜だと巡回する人數も増えるんだなぁ、くらいの想しか持っていなかった。

「警備の兵士じゃないな」

「無論」

流石に警備じゃないことに気付くアルム。

兵士の変裝をした聲の主は短く答えて、どこからか出した黒い外套を纏って闇に紛れる。

そこにいるのはわかるが、手足は隠れて挙が読めなくなる。顔にも仮面のようなものをつけているようで瞳しかわからない。

無防備に背中を向けているのは危険。

振り向いて注視したいところだが、それは出來なかった。

「それで、前のやつも仲間か?」

「……よく気付いたな」

前の暗闇から別の男の聲。

布ずれの音とともに前の方で二つの瞳が現れる。

後ろのは月明りでかろうじて見えるが、前のは建の影のせいで全像がわからない。

恐らくは後ろにいるやつと同じ格好だろう。

本來ならば、二回目にすれ違った兵士に違和を持って振り向いたところを前の男が仕留めるという計畫だったのだが、アルムは意に介さなかった。

予定を変更してすれ違った男のほうが仕掛けたが、結果は失敗。

前にいる男の賛辭はアルムが自分達の意図を見破ったと勘違いしてのものだった。

「どうやら思ったよりも出來る様子」

「考えを改めよう」

挾まれている形になり、アルムは迂闊にけない。

しかし、考える事はできる。

"今のは何だ……?"

警戒しながら先程の音の正を推理する。

風屬の魔法かと思ったが、唱えたような聲は聞こえなかった。風切り音から矢でもない。

それで見えないという事は投げられたのは小さな刃だと推測できる。

だが、道は石で舗裝されている。刃が落ちれば音がするはずだが、聞こえないという事は前の男がけ止めたか。

「見えないのは何か塗ってるのか?」

「……ほう」

心したような聲が前の暗闇からアルムに屆く。

見抜いた事への報酬のつもりか、前にいる聲の主は月明りのところまで姿を現した。

「まさか見抜くとは」

「まだ學生だというのに見事」

黒い外套に黒塗りの仮面。

前後とも同じ格好であり、夜闇に紛れる為の格好だということが一目でわかる。

月明りの下でなければ全が隠れ、建の影は全て彼らを援護する迷彩だ。

「その格好……」

アルムの表が変わる。

「まさか、我らが何者かも心當たりがあるのか?」

「報告の通りただ者ではなさそうだ」

「た……」

「た?」

黒い外套の男の予想は全くのはずれでアルムが知ってるはずもない。

アルムの驚愕は実技の途中にってきたヴァンの言葉を思い出していたからだった。

「た、確かにこれは怪しいな……」

怪しいやつを見なかったか、というヴァンの質問。

どんな人が怪しいのかとあの時のアルムは疑問を抱いた。街の様子は自分の住んでいた村とは余りにも違うから差異がわからないと。

しかし、実際にその怪しい奴らと対峙してみたらどうだ。

街というものを知ってから日の淺い自分でもこの二人が街に溶け込んでいないという事が一目でわかる。

怪しいやつとは自分みたいな田舎者でも一目でわかるのだと、アルムは腑に落ちたように納得した。

ヴァン先生は自分に聞いたのは間違いだと言っていたが、決して間違いでは無かったのだと。

「よくわからぬが貴様を始末するか連れてこいとの命だ」

「我々は未ゆえ生け捕りは不得手。その命頂こう」

「同時にだ、"ニコ"」

「わかっている、"トイ"」

ずれた著地點で納得しているが、アルムの前に現れたのが怪しいやつだという事に変わりはない。

前と後ろから小さく刃を抜くような音が聞こえる。

相手が何者かわからないが、自分に害を為す奴らだという事をアルムは十分に理解できた。

「さて、お前らみたいな怪しいやつらと関わった覚えがないんだがな……」

仕方ないとアルムは鞄を放って構える。

明日ヴァン先生に怪しいやつを見かけたと報告しようと頭の中で予定を建てながら。

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