《【書籍化】白の平民魔法使い【第十部前編更新開始】》21.純粋な関係

「『強化(ブースト)』」

アルムは即座に補助魔法を唱える。

白いは足と手に。

前後の二人は魔法を唱えずにアルムへと斬りかかった。

「む」

「上」

空を切る黒の二振り。

斬りかかった場所にアルムはいない。

唱えた直後、アルムは強化された足で屋へと飛んだ。

「なるほど」

「考えている」

すでに挾まれている上に二人とも闇に紛れる為の黒の外套。

そんな狀況に加えて、そのまま戦っては建の影全てがあちらの味方になると踏んでアルムは屋に飛んだ。

の上は影になる場所もない月明りの獨壇場だ。あちらの服裝のアドバンテージはなくなる。

だが――

「やっぱいるか!」

「やるな」

に飛んだ直後に向かってくる刃をを捻ってかわす。

予想していなかったらかわせなかったであろう斬撃。

の上には當然のように同じ恰好をした三人目がいた。

狩猟と同じだ。自分は今獲で狩る側は自分を包囲して確実に仕留めようとしている。

となれば狩る側が前後を挾んだだけで萬全と考えるわけがない。

「すまない、ベラルタの人達」

強化された足で屋を踏んで逃亡する。

脆い屋だった場合、強化された足の著地に耐えられないだろうと、事前にアルムは聲に出して謝罪した。

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その間に下にいた二人も上がってくる。

「散開。ニコは右。"サニ"は左」

「了解」「了解」

後ろの聲から察するに三人は別れた。

名前を呼び合っているが、今は頭の隅に追いやる。

肩越しに追いかけてくるのは一人だけ。恐らく他二人に指示を出していたトイと呼ばれていた男だ。

やはり三方向から自分を追い詰める気らしい。目の端に他の二人も微かに映る。

完全に姿を消さないのが逆にいやらしいと舌打ちする。

「どこかに……」

夜といっても眼下にはまだ明かりがついている場所もある。

追われる自分に気付けば助けを呼んでくれるかもしれないが、命を貰うなんて事を言う連中が目撃者を見逃すとは考えにくい。

「魔法使い志としてそれは無しだな」

「む」

「『魔弾(バレット)』」

アルムは自分を鼓舞するように笑ってを反転させる。

同時に、展開させた魔力の弾を自分を追ってくるトイへと放った。

「無屬?」

訝しむような聲とともに放たれた魔法をトイはかわす。

しかし、アルムの狙いは魔法を當てることではない。

「見えた」

アルムの視線はトイの手元。月明りの助けを借りてようやく男達の武の正を暴く。

その手には刀が黒く塗られた短刀のようなものが握られていた。

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魔法が當たるに越したことはないが、この狀況でそれは贅沢だ。狙いは攻撃に乗じて武を見ること。

不意打ちで投げられた時も含めてアルムは相手の武を今まで見ることができなかった。

リーチがわからなくては接近戦になった時に致命的だ。

事前に確認し、どの距離まで詰められていいかを確認した。

「はっ!」

かわすと同時にトイはその手に握る短刀をアルムに投げた。

黒塗りの短刀も月明りの下なら幾分ましだ。

「見えていれば……!」

トイとはまだ距離もある。

飛來してくる短刀をかわしながらアルムは再び反転する。

「な――!」

しかし、飛來した短刀の行く先にはいつの間にか回り込んでいたニコかサニ。

右のほうにまだ見えているところを見るとサニか。

「覚悟」

飛來する短刀をサニは軽やかにけ止める。

そして打ち返すように再びアルムへと投擲した。

「そういう事か!」

今度はトイの時ほど距離が無い。

アルムは強化のかかった足で暴に屋を蹴って左にかわす。

そして今のを見せられて気になるのはその短刀の行く先だ。

「よい反応だ」

「全く」

當然のように短刀は再びトイの手に。

予想は確信に変わる。

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最初の不意打ちの際に音がしなかったのは、やはり短刀を落とさずにけ止めていたから。

そしてそれは目撃者を考慮してのことではなく、この三人の戦法だということに。

"あちらは何故見えている……?"

飛來する短刀を互に利用している為、投擲する短刀が無くなるという狀況には期待できない。

不可解なことはどうやってそれを可能にしているかだ。

日中ならともかく、いくら屋の上で月明りがあるからといって目視で出來るとは思えない。

黒く塗られた武のせいでこちらはかわすくらいしかできないというのに、あちらは當然のようにキャッチしている。

「音……?」

違う気がする、とアルムは自の呟きをすぐさま否定する。

奇襲時ならともかく、戦している今そんな不確定な判斷材料でやるにはリスクが高い。

なくともこの三人は自分を行不能にしようとあの刃を投げている。

キャッチボールのように取りやすくとはいかないはず。こちらがいつ雑音を鳴らすかもわからない今の狀態で音に頼ってるとは考えにくい。

「なら暗視か」

消去法で導き出す。

今まで紙の上から手にれてきた魔法の知識を脳で回転させる。

暗視を可能にするのは闇屬魔法。

それなら納得が行く。暗視なら黒塗りの短刀はむしろ見えやすいだろう。

そうなると軽々とキャッチしているのは三人の練度か。

不覚にも、ありえない妄想をしてしまう。

……例えば自分が火やの魔法を使えることが出來ればすぐにでもこの狀況を打開できるだろうにと。

「馬鹿か俺は」

らしくない。とうに普通の魔法使いなど諦めたはずだ。

一瞬浮かんだ妄想を振り切ってアルムは走る。

目指すは一番近い周りよりも巨大な建。自分が住む第二寮だ。

「いつまで逃げる気だ?」

「油斷するなサニ。あれは貴族相手に勝利する魔法を持つと聞いた。平民と油斷すれば足を掬われるぞ」

トイがサニを諫める。

何故そんな報がれてるかはアルムの知るところではない。

そんな些細な引っ掛かりよりも、怒りのほうが前に出る。

こちらの気も知らないで言ってくれると。

"あんなの街中で撃てるわけないだろうが――!"

聲に出したい気持ちを抑えて心の中でぶ。

あの時【雷の巨人(アルビオン)】に放ったような魔法を街中で撃てば、その線にいる家が吹っ飛ぶのは目に見えてる。

街中で襲われたその瞬間からアルムの切り札は無いも同然。

死ぬのはごめんだが、街を破壊する大罪人になるのもアルムはごめんだった。

「『防護壁(プロテクション)』」

アルムの周りに魔力の壁が展開される。

第二寮までもうし。念を込めて防を固める。

「あれは防魔法だが……」

「また無屬……」

それを見たトイとサニの攻撃の手がつい止まる。

アルムの使ったのは無屬の防魔法。使い手の周囲を魔力の壁が覆うもの。

確かに短刀くらいは防げるだろうが……。

「愚策」

それは短刀だけが攻撃方法だった場合の話。

「『闇襲(ダークレイド)』」

アルムの背中を追いかけながらトイは唱える。

の上を走りながらもトイの周囲に無數の小さな黒い玉が展開された。

アルムの『魔弾(バレット)』と似た魔法だが、その數は比べにならない。

「行け」

聲とともにそれは変化する。

黒い玉は針のように形を変え、アルムへと襲い掛かった。

「くそ……!」

固めたというには脆い防壁。

魔法に気付いたアルムはをかがめながら出鱈目に左右に跳ぶが、それでもこの數は避けきれない。

直撃こそしてないものの、展開された防魔法が割れるような音とともに壊されていく。

闇屬は決して威力の高い魔法ではない。

それでも無屬の防を破壊するには十分すぎる威力だ。

そしてこの魔法は先程から投げている短刀と同じでが黒。夜間では他の屬魔法とは全く別の強さを持つ魔法だった。

「『黒沼(レイト)』」

左右に飛んで速度が落ちたところにサニがアルムに手を向ける。

唱えたそれは攻撃魔法ではない。

「……!」

重い。

急な違和がアルムを襲う。

今までより明らかに自分の速度が落ちている。強化してるはずの自分のに重りがつけられているようだ。

「呪詛魔法……!」

補助魔法が使い手の能力を向上させるのに対し、呪詛魔法は対象の能力を低下させる。

サニが使ったのは間違いなくそれだ。

しかし、だからといってサニを注視するわけにはいかない。

右目の端にずっと映っていたもう一人の姿がいつの間にかいなくなっているのだから。

「終わりだ」

いつの間に跳んできたか、隣の家の屋には速度の落ちたアルムと並走するようにもう一人。

右でこちらの様子を窺い続けていたニコだ。その手には指で挾むようにして短刀が三本。

第二寮までもうしというところで、アルムは三人に三方向から囲まれる。

今が好機と言わんばかりにニコはその手に持つ短刀をアルムへと放った。

「『解呪(ディスペル)』!」

アルムのの重さが一瞬和らぎ速度が上がる。

速度を予測して放たれた短刀は加速したアルムには當たらない。

アルムのいた屋には三本の短刀がかかっと気持ちのいい音が立てて突き刺さった。

「っ!」

『解呪(ディスペル)』は呪詛魔法に対抗する魔法だが、無屬魔法では闇屬の呪詛を解除しきれない。

アルムには再び重さが戻る。

『解呪』(ディスペル)のおかげでかけられた時よりはましな狀態だ。

「著いた……!」

だが、アルムはようやく目的地だった第二寮へと著く。

の高さが同じ建がほとんどの中、多數の生徒が利用すると言う大義名分で巨大になったベラルタの數ない巨大な建築

周りの家より背が高く屋も平らで、夜に見るこの建はまるで墓標のようだ。

「逃走劇は終わりかな?」

「ああ」

舞臺は第二寮の隣の家の屋。壁を背にアルムは三人と対峙する。

第二寮に著いたからといって無事解決とは當然ならない。

元よりアルムに第二寮に著いた後の策があるわけではないのだ。

アルムがここを目指したのはただ単に他の家よりも背が高く、背中を守る壁の役割を果たしそうだったから。ただそれだけの理由である。

近くて、月明かりで影にならない壁ならどこでもよかった。たまたま自分の住む第二寮が近かっただけなのだ。

つまるところ、戦いやすそうだと思ったのがここだったというだけの話である。

「何故無屬魔法しか使わない?」

三人はアルムを逃がさないように包囲する。

冥土に送る前に、トニはこれだけは聞きたいとアルムに問いを投げる。

それはアルムの事を知らないトニの単純な疑問だった。

「無屬魔法しか使わないんじゃなくて、無屬魔法しか使えないんだ」

「何と……」

躊躇うことなく、アルムはその疑問に答える。

流石に面を食らったようで、トイも気の抜けたような聲が仮面の下でれていた。

「何だ、平民でベラルタにったと聞いてどんな凄腕かと思えば……」

「サニ。我らに彼を愚弄する資格は無い」

「……」

アルムを見下すようなサニをニコが諭す。

思う所があるのか、サニはすぐにその口を閉じた。三人の仮面の下にはアルムを見下すようなにやつきは無い。

「笑わないのか」

「當然だ。他人を笑えるほど我々は恵まれた才を持っていない」

それはきっと自分を卑下するような言葉などではなく、アルムに気を遣っての言葉でもない。

本人がけ止めた事実を言っているだけなのだと、アルムには痛いほどよくわかった。

きっと彼らは自分と同じ、才が無いなりに戦い方を模索した同志なのだと。

「……そうか」

傷は不要。ではその命頂く」

「どうかな?」

だが、そんな事は関係ない。

「……何?」

もしない。

彼らは自分を襲った。そして自分は抵抗する。

の知らないアルムにとっては、ここにあるのは自分のよく知る関係だ。

狩人と獲

襲われたから死ぬ。襲ってきたから排除する。

見知った自然なやりとりだ。

"食"という儀式は無いが、人間の事は時に別の形で糧となって生き殘った者の明日を照らす。

「"変換式固定"」

狩人と獲の関係はいとも簡単にひっくり返る。

狩人が常に狼を仕留められるとは限らない。

狼も狩人の笛をかみ切ることが出來る。

雙方に相手の命をとる意思があるのなら、どちらが狩人でどちらが獲なのか、それは決著までわからない。

どちらも狩人を名乗るなら、生き殘ったほうこそが狩人なのだ。

「『幻獣刻印(エピゾクティノス)』」

アルムは自分の手札の一つを唱える。

さて、どちらが狩人だと思う?

そんな問いが月に投げかけられた気がした。

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