《【書籍化】白の平民魔法使い【第十部前編更新開始】》28.呼び出し
「誰だ?」
「うわーお、ひどいね!」
アルムの悪気は無いが失禮な問いには両手を広げ、芝居がかったリアクションをする。
その表に覚えられていなかった事への不快があるわけではなかった。
「君そろそろ同じクラスの名前くらい覚えた方がいいよ……」
「すまない。話した事のある相手は覚えられるんだが、見かけただけではどうも顔と名前が一致しなくてな」
頭を下げ、素直に謝罪するアルム。
は面白がりながらしゃがんで目線を合わせた。
「いいよいいよ。ボクなんてここの二人に比べれば名前なんて無名もいいとこだしね!」
の言う二人が誰を指すのかわかっているエルミラは面白くなさそうに突っ伏していたを起こす。
「で、怪我してるから何なの? "ベネッタ・ニードロス"」
ベネッタと呼ばれたは名前を呼ばれてにこっと笑う。
その笑みはエルミラに向けられた。
「あ、ボクの事知ってたの? ありがとー!」
そして嬉しそうに、ベネッタは機の向かい側から乗り出してエルミラに抱き著いた。
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「ちょ、何してんの!?」
「ありがとうのハグー」
「そういうのいいから!」
「けちー」
エルミラは抱き著いてくるベネッタを無理矢理引き離す。
ちょっといい匂いがしたなんて事は口が裂けても言いたくない。
「ていうか、ニードロスってミスティのとこの貴族じゃなかったっけ?」
「ええ、けれどお會いした事がないのです」
「初めましてー! ベネッタ・ニードロスです!」
「ご丁寧にどうも。ミスティ・トランス・カエシウスです」
二人は今更な自己紹介を終える。
この國の貴族は広い領地を持つ貴族に限り、下でその仕事を補佐する貴族がつく。
領主の手の屆かない地方や小都市を管理する役割であり、領主の力が落ちた時に領主の座を狙えるポジションでもあるので虎視眈々と領主の座を狙う家も多い。
ミスティの家はこの國の北方で最も領地を持つ貴族であり、下にいくつかの貴族が補佐についている。ニードロス家はその一つだった。
「アルムです」
「……エルミラ・ロードピス」
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「ルクス・オルリック……って言っても僕はもう挨拶していたね」
他の三人も自己紹介を終えるが、心なしかエルミラはし嫌そうだ。
「それにしても自分のとこの貴族と會った事が無いって珍しいね」
「珍しいのか?」
不思議そうに聞くアルム。
本人はそもそも自分のところの貴族とはどういう意味だろう、という所から疑問ではあったが、とりあえず話の流れに任せる。
まだアルムに貴族社會の事を把握するのは難しい。
「ああ、なくとも僕は顔合わせしてない家はないな」
「いえ、今の當主様とはお會いした事があるのですが、ご子息やご息の話をされなかったのでまだいらっしゃらないのかと……」
「あー、私お父様に嫌われてるから」
ベネッタの言葉に貴族の三人は微妙に雰囲気が変わる。
自分の家の事をぺらぺら話す事こそ珍しいが、両親との不仲など貴族に限らずありふれている。
貴族の場合は當主を引き継ぐ際にごたごたするのが面倒だからと、表面上は問題ないように接している事は多いが、お腹の中には黒いを持つ者もなくない。
実際この三人の中にもそういった事を抱えている者もいるわけで。
だからこそ貴族である三人はその事には踏み込もうとしなかった。
「何故だ?」
貴族である三人は、という話だが。
遠慮や躊躇なんてものはそこには無く。
アルムは特に何か考えがあるわけでもなく、気になったという理由で聞き返していた。
「お父様の方針に従う気いっさい無いからー」
「なるほど、そういう事もあるのか」
躊躇う様子もなく、ベネッタは普通に答えてくれる。
本人にとっては本當にたいしたことのない話題のようで、ベネッタの表に不快や嫌悪といったものはない。
「君という人は……」
「アルム……」
呆れるルクスとミスティに加え、エルミラはアルムの頭を小突く。
「何をする?」
「本人の口から説明させんじゃないわよ!」
「いいっていいって。ボクは隠す気ないからさ」
気遣いか本音か、ベネッタは気にしていない様子を見せる。
そして、いつの間にか逸れに逸れた話をルクスが元に戻した。
「それで、ベネッタくん。怪我があるからどうしたんだい?」
「あ、そうそう! 話逸れちゃってたね。どこ怪我してるの?」
「足だ」
「どこどこー?」
アルムはし椅子を引き、怪我の位置を指で示す。
ベネッタは向かい側の機から乗り出し、アルムの指差す場所を見る為に機の下を覗いた。
それを隣で見ていたエルミラが呟く。
「構図が危なくない?」
「何がです?」
「なんでもありません」
ミスティの疑問に答えられるはずもなく。
自分の考えが邪だったことを認めながらエルミラは黙ってり行きを見守る。
「ここね?」
「ああ」
「オッケー」
ベネッタは傷の場所を確認して首元から十字架を取り出す。
そしてアルムの示すその場所に右手と一緒に押し當てた。
「……『治癒の加護(ヒール)』」
ベネッタが口にすると共に十字架と手を中心に魔力が広がり、球上に白く輝いた。
「痛みが消えた……」
「おお」
「まぁ」
「へー……」
それを見た四人から素直な嘆の聲が上がる。
実際に魔法をけたアルムの表は驚愕に染まっていく。
「はい終わり。傷は小さいけどちょっと深かったね」
「まさか……"信仰屬"か?」
「正解ー」
「しまった……! 傷跡を見ながらやってもらうべきだった……!
そうすればもうしじっくり見れたのに……!」
はすぐさま驚愕から後悔へ。
後悔は初めて見る魔法をじっくり見れなかった事に対するものだった。
「薄々思ってたけど、変わってるねアルムくん」
「ああ、付き合ってると慣れるよ。それにしても、ばらしてしまっていいのか? 僕らも含めて君の屬がここにいる人にばれてしまったが……」
雑談の間にも続々とクラスメイトは教室へとってきている。
ここにはアルム達を除いても十人ほど。その全員にベネッタは自分の屬を明かしてしまったことになる。
これは魔法儀式(リチュア)になった際にかなり不利になるが……。
「ああ、全然だいじょーぶ。ボクは魔法儀式(リチュア)で負けてもあんま関係ないから」
関係ないとベネッタは言い切った。
ベラルタ魔法學院の生徒である以上関係ないはずなのだが、そんな當然の疑問を聞かれる前にベネッタは続ける。
「ボクは"治癒魔法師"志だからね、魔法儀式(リチュア)の戦績は大して影響しないから」
「ああ、そうなんだね」
"治癒魔法師"とは、魔法使いの中でも治癒を専門とする魔法使いの事である。
信仰屬を選んだ者の大半が治癒魔法師となり、萬能ではないものの自や他者を問わず、即座に癒せる彼らは重寶される。
しかし、信仰屬になる者がなく、今は人手不足がし問題となっている。
「何はともあれ、ありがとう。全く痛みがなくなった」
「いやいや、こっちも練習だから。練習。気にしないで」
「それでも、ありがとう。そちらから聲をかけてくれて助かった」
「ストレートだねー、照れる照れる」
「わかります……とてもわかりますよ……」
頬をかいて照れるベネッタにうんうんとミスティは深く頷いた。
エルミラは何かを考え込んでいるのか無言だった。
「おい、アルム」
「あ、ヴァン先生」
そんな集まりの後ろから聲がかかる。
いつの間に教室にってきたのか、後ろにはヴァンが立っていた。ベネッタは機の向かい側にいたので気付いていたみたいだが。
朝は教室の出りは多いが、この時間に教師が直接來るのは珍しい。
「うわ、いつの間に」
「學院長の呼び出しだ。ついてこい」
「學院長……」
「何だその顔は。ほら來い」
學院長というワードにし抵抗があったが、アルムは渋々立ち上がる。
どちらにせよ呼び出しを斷るなんて選択肢は設けられていない。
アルムが立ち上がると、ヴァンは隣にも目を向けた。
「あとお前らもだ。ミスティとエルミラ。二人もついてこい」
「わかりました」
「まぁ、私達が呼ばれるって事はそういうことだよね」
ミスティとエルミラは予想していたようで特に驚きはない。
用件は昨日の夜の出來事だろう。憲兵から學院に連絡がいくことくらいは予想できていた。
三人は言われた通り、ヴァンについていく。
「……何か今日はこんなのばっかだな」
「ドンマイ!」
気付けばこの機に座ってるのはルクス一人。
めるように、ベネッタがルクスの肩をぽんぽんと叩いた。
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