《【書籍化】白の平民魔法使い【第十部前編更新開始】》32.注目の中
「お晝時だし、どっかにいるんじゃない?」
四人が食堂を見渡し始めると、何人かが視線を逸らす。
四人の話を窺っていた生徒達である。
食堂は特定の人を見つけられないほど混雑しているわけでもない。
普段より賑やかではあるが、それは學式のすぐ後に実地に出ていた上級生が帰ってきたためである。
「あ、さっきはどもー」
そして四人の目的は近くにいた。
顔を外に向けた事で気付いたのか、食堂の出り口付近でひらひらと手を振るベネッタの姿。
四人の座る席からは近い。裝飾の施されたバラストレードで區切られたその先に彼はいた。
お晝は大が食堂のカフェテリアに集まるのでいて當然と言えるが、余りに近い距離と唐突な発見に四人の思考が一瞬凍る。
そして思考が凍った中、本能だけでく男がいた。
「逃がすかぁ!」
「え!? いや、別に逃がす逃がさないの話じゃあ――」
アルムは一目散にベネッタへと文字通り跳んだ。
通り道とカフェテリアを區切るバラストレードを軽々と跳び越えたのである。
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三人もその行は予想外のようでその非常識な行を止める余裕も無く、かろうじて口にできたルクスの制止の言葉も間に合わない。
「軽ですわ……」
「すっご」
ミスティとエルミラは目の當たりにした今の出來事に呑気な想しか出てこない。
そして後先考えずに飛び出したアルムは出り口の前へと華麗に著地した。
「な、なな、何? 何!? ボク何か悪いことした!?」
突如出口に立ち塞がったアルムにベネッタは揺する。怯えていると言ったほうが正しいか。
その様子は當然、食堂にいる他の生徒に見られていた。
そして注目が集まる中、アルムは怯えるベネッタに手を差し出して言い放つ。
「俺と一緒に來てくれないか?」
「はえ……?」
しん、と食堂の空気が止まる。
アルムの顔は真剣そのもの。対するベネッタは困のを浮かべている。
見人からすると、シチュエーションは謎なものの、その臺詞のような言葉と構図も相まって告白だととる者もいた。
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ベネッタに手を差し出すアルムのその姿は駆け落ちを決意した伽噺の主人公のようだ。
靜まり返った食堂の時間がしの間だけアルムのものになったところで、
「プロポーズか!」
「いでっ」
返事を待つアルムの頭にツッコミという名の手刀が振り下ろされた。
そのツッコミは周りが息を呑む中、出り口へとまわり込んだエルミラのもの。
次の展開を待っていた見人としては殘念な結末だが、元よりそんなロマンチックなものではないのも事実。
食堂の時間がき出す。
後先を考えないアルムが作り出した非日常の景は終わりを迎えた。
「何で怖がらせてんのよ」
「つ、つい逃がすまいと……」
「な、何? 結局何?」
結局今の流れが何によるものなのか、ベネッタには理解できない。
朝に話した四人に気軽に聲をかけたと思ったら急に人間が跳んできたのだ。
「ベネッタさん」
「は、はい?」
そんなベネッタにこんな狀態でも落ち著いたミスティが聲をかける。
「し、お話したいことがございまして……同席して頂いてもよろしいですか?」
そのミスティの笑顔には有無を言わせない圧があった。
それは未だ注目を集めるこの狀況をただの友人とのおふざけにしようという気遣いからくるもの。
ここで別れては何があったのかと詮索の波が押し寄せるだろう。
「え……う、うん……」
戸いながらもベネッタは頷く。
アルムとは違ってスマートにったミスティにアルムは心する。
「なるほど、ああいえばよかったのか……」
「ほんと馬鹿なんだから!」
「すまない……」
アルムのせいでややこしくはなったものの、ベネッタと話をする機會は整った。
ベネッタは朝とは違ってしこまってはいるが、それは視線のせいもあるだろう。
最初からアルム達をじろじろと見る者もいれば、こっそり橫目で窺う者もいたのだが、騒ぎによってその視線に遠慮は無くなった。
「あの……それであれは何だったの?」
ベネッタはエルミラの座っていた席に座っている。
代わりにエルミラはアルムの座っていた席にいた。
「あー……君に話があったから食堂にいるかな、と探してたら思いのほか近くにいてね……それでアルムが慌ててしまったんだ」
「驚かせてしまってごめんなさい」
「すいませんでした」
そして騒ぎを無駄に大きくした張本人であるアルムは今機の脇に立たされている。
そのせいもあってか注目は継続中だ。
見られるのはいつもの事だが、騒ぎの中心がこの面子では尚更と言える。
今でこそけなく立たされており、見た目も素樸で特徴的なものはないが、平民でありながらベラルタ魔法學院に學し、かの有名なオルリック家のルクスに勝った謎の平民アルムはある意味この學院で最も注目されている。
所詮平民だと表面では気にしていない素振りを見せている者もいるが、彗星のように現れた平民を無視できる者などほとんどいない。
昨夜の出來事こそ公にはなっていないものの、學式の出來事で特に警戒されていた。
そして一緒にいるミスティ・トランス・カエシウスは北の領地を支配するカエシウス家の次。
魔法使いの卵なら聞いたことの無い者はいない名門であり、本人も小柄ながらしさと可らしさが同居していて、その姿はそれだけで注目を集める。
エルミラもミスティの橫で話題にはなりにくいが、衰退したとはいえロードピスの末裔であり、のだ。
ルクスはいわずもがな、オルリック家が大したことなければアルムもここまでの注目を浴びることはない。
學式のアルムとの決闘では自の統魔法の破壊力を見せつけた実力者であり、本人の容姿もがたいがよく、整った顔立ちの完璧貴族だ。
あの日床を々に破壊された実技棟は直接決闘を見ていない者にもその強さを知らしめている。
そんな四人が騒ぎの中心とあれば注目を集めても仕方がない。
尤も……そもそも騒ぎを起こすほうが悪いとも言える。
つまり、今この狀況を作ったのは立たされているこの男のせいなのである。
「びっくりしたよ……今朝治したアルムくんが急に跳んでくるんだもん……」
「はい、もう一回謝る」
「本當にすいませんでした」
躾けられた犬のように言われるがままアルムはもう一度謝罪する。
自分が完全に悪いとわかっているので今回は完全服従である。
「でも、その調子なら足はもう完全にいいみたいだね」
「ああ、それはおかげ様で。痛みもきにくさも全くない、ベネッタのおかげだ」
「まぁ、さっきのはそれを目の前で見せられたと思う事にするよ……でも、驚かされるの苦手だからこれっきりにして……」
「が勝手にいてしまって……本當にすまない」
「うん、もういいっていいって」
ベネッタはアルムからの謝罪を快くけ止め、自分を落ち著かせる為か紅茶を一口飲む。
そして自分が引き止められた件について切り出した。
「それでボクに話っていうのはー?」
「二週間後の実地についてなんだ。知ってるかい?」
「実地? そりゃまぁ知ってるけど……リストが出てから考えようかなーって」
「やっぱ知ってるのか……」
ぼそっ、とつぶやくアルム。自分だけ実地について全く知らなかった事実を改めてけ止める。
それを無視してベネッタが続ける。
「実地が何?」
「とある理由でアルムは依頼を指定されているのです」
「え、何で? アルムくん何かやったの?」
「まぁ……そうだな……」
興味の視線にアルムは詳細は話さずに頷く。
朝はルクスに話してしまったが、今となっては昨夜の出來事について説明するわけにもいかない。
オウグスとヴァンの話で昨夜の出來事がまだ完全に終わっていないという事は流石のアルムも理解できている。
昨日襲われてその仲間がまだ一人潛んでいる、などと下手に広めて混させるのは得策ではない。
「それで、ベネッタにもその依頼に同行してほしいというおいで引き止めたんです」
「え、ボク?」
ミスティの言葉にベネッタは自分を指差し驚きをにする。
誰が見ても何故と聞きたそうな顔をしているベネッタにエルミラが答えた。
「あんた魔法儀式(リチュア)に興味無いんでしょ? 私達は互いにもう屬とか把握しちゃってるから、実地で魔法の屬がばれて魔法儀式(リチュア)が不利になるみたいな心配ないのよ。
だから最後の一人も今後の魔法儀式(リチュア)に影響無さそうなのおうって話になって、それなら魔法儀式(リチュア)に興味ないって言ってた上に屬ばらしてくれたあんたかなって」
エルミラの語る合理的な機をルクスがさらにフォローする。
「もちろんそれだけじゃない。初めての実地だから無傷というわけにもいかないはずだ。そんな中で即座に傷を癒せる君が控えてるとわかっていれば僕達の神的な負擔をかなり軽くすると思ったんだ。
朝にアルムの足を治してもらったのを間近で見たからなくとも傷を癒せる事に疑いは無いからね」
「……」
「どうでしょう?」
考えているのか、ベネッタは機に視線を落とし、無言で紅茶のティースプーンでくるくるとかき混ぜている。
しすると、顔を上げて口を開いた。
「えっと、ここにいる四人が一緒なんだよね?」
「ええ、アルムが最初の実地だから萬全で臨みたいと……実地は五人まで同行できますから最後の一人に悩んでいたのです」
「そっか……」
そこで結論を出したのか、四人が見守る中、ベネッタはかき混ぜる手を止めた。
「うん、そういう事ならいいよー」
「本當か? まだ他の実地のリストも出ていない上にどんな依頼かもわかっていない段階だが……」
考え込んでいた割にはあっさりとした返答だったせいか、アルムは不安げに確認する。
だが、その不安は杞憂のようでベネッタは躊躇うことなく頷いた。
「うん、リストが出た後に同じ依頼に向かう人と友を持つのは面倒だし……今ってもらえるなんてむしろラッキーってじ?
それにカエシウス家とオルリック家の二人がいるなんて好條件だしね。いやぁ、朝早く來てた甲斐あったね、それともアルムくんの傷を治した善行の報酬ってやつかな?」
おどけた様子で鼻高々になるベネッタにアルムもほっとする。
ベネッタに斷られた場合、自分の聲で快く同行をけいれてくれる人間を捕まえる自信が無かったのだ。
なお、ミスティとルクスの名前を出しさえすれば同行したいという人間はいくらでも集まるのだが、他人の名前を使うなどという発想はアルムには無かった。
「まぁ、実際今日の朝アルムの傷を治してくれなければわなかったろうからね」
「でも、本當にボクでいいのかな……? 屬は見せたけど、ボクの実力とかわかってないだろうし……大したことないよ……? 自分で言うのもなんだけど大丈夫?」
おどけた様子から一転して、意外にもベネッタは恐る恐る聞き返す弱気な一面を見せる。
「思ったより自信が無いね」
「いや、家柄的にね……ボクのとこはカエシウス家やオルリック家に及ばないのは勿論なんだけど、ロードピス家みたいに昔凄かったとかも無いし……しがない一貴族だからね?」
アルムは未だ理解していないが、貴族の家にも格差がある。
ミスティ達の家のように目に見えた功績や一時期の武勇すらベネッタの家には無い。
普通なら當然の不安と言えるが、この場においてはもっとも愚問だ。
「それを言うなら俺が一番相応しくないからその點については気にしなくていいと思うが」
間違いなくここにいる誰よりも地位の低い平民のアルム。
魔法學院にって無ければここにいる誰とも対等に話すことすらない人の言葉はこれ以上ない後押しだった。
「あ、それもそっか……」
「これで本當に気兼ねなくかな? よろしくベネッタくん」
「よろしくお願いしますね」
「ま、よろしく」
「よろしく、ベネッタ」
四人の聲に応えるようにベネッタはぺこりと頭を下げる。
「こちらこそよろしくお願いします!」
なんだかんだとわれたのが嬉しかったのか、顔を上げたベネッタの表にはやる気が現れていた。
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