《【書籍化】白の平民魔法使い【第十部前編更新開始】》47.侵攻3

慣れない山道をルクスは全速力で駆け降りる。

恐怖などじてはいられない。

自分は任された。

後を任された。

その期待に応えなければいけない。

「どこまで逃げる?」

追ってくる老人の聲。

ゆっくり登ってきた山を強化を使ってがむしゃらに下りる。

山を下りるというよりは、落ちていると言ったほうが正しいか。

下山のセオリーを無視しているであろう全速力の落下。

登ってきた時と同じ距離とは思えないほどの勢いで下り、麓へと向かっていた。

「下までだ!」

やけくそ気味にルクスは聲に応える。

老人は強化を使った気配が無いにも関わらず、強化を使っているルクスについてくる。

木と木を跳ねながら上からルクスに狙いを定めていた。

「『闇襲(ダークレイド)』」

老人の周りに無數の小さな黒い玉が展開する。

魔法を唱えたことに気付いてルクスは肩越しに背後を確認した。

「闇屬か!」

話に聞いていただけだが、ベラルタの街でアルムを襲った三人も闇屬の魔法を使っていたらしい。

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ミスティもこの老人が投げた黒い短刀を見て反応していたところを見ると、この老人もアルムを襲った連中と同じなのは間違いない。

「行きなさい」

老人の合図とともに無數の黒い玉は針のように形を変えて、地面を走るルクス目掛けて放たれる。

「舐めないでもらいたいね」

にやり、と口角を上げ、肩越しに確認しながら老人の魔法をルクスはかわす。

前に、橫に、時には跳んで、自に向かって飛んでくる黒い針を最小限の移で回避する。

あまりにも簡単にかわすルクスを見て老人はし違和を覚えた。

もしや、予測されている?

「いや……」

老人はすぐに自の考えを否定する。

あの敵は今魔法を目視で確認していた。つまり、単純にかわしていただけなのだ。

闇屬の魔法は速度が無い。対して、相手は速度で風と並ぶ雷屬

行き場所が限定でもされていない限りあの速度にこの魔法は當たらない。それだけの話だ。

自分には目の前の敵と違って才能が無いことを自覚している。

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魔法使いの卵が使う魔法と自分が使う魔法では現実への影響力も段違いだろう。

「魔法使いの卵、か」

自分の魔法がいとも簡単に攻略されている様子を見て老人は思う。

――あれで卵だというのならば一自分は何なのか?

「……私としたことが」

脳裏によぎった自嘲を鼻で笑う。

何を思い上がっているのかと。

今のはそう、歳とったせいでし耄碌していたのだ。

でなければ、"本の魔法使い"になりうる者を相手どって勘違いをしてしまったのだろう。

今更何を魔法使いを気取っているのか。

自分は魔法使いなどではない。ただのガラクタだ。

「ならばこの戦いこそ栄譽である!」

老人は黒い短刀を投げる。

老人と老人の所屬する部隊の主要武だ。

夜闇ほどではないが、を遮る森と、巨人の影でその軌跡は見えにくい。

闇屬の魔法もは黒だが、魔力を利用する特有の輝きがある。

これならば目視で回避する事もできまいと、時間差で數本をルクス目掛けて投擲する。

速度は先程の魔法とは段違い。魔法と違ってわかりやすい合図も無い。

ルクスが肩越しに確認した時には背中に黒い短刀が――。

「甘いよ」

突き刺さらない。

火花が散り、黒い短刀はルクスに刺さる直前に弾かれて森の彼方へ飛んでいく。

「……なるほど」

あの強化はただの強化ではない。

能力を上げる補助魔法である強化と迎撃に雷屬の魔力を纏って防魔法の役割も果たしている魔法なのだ。

あれでは魔力の流れていない武では突破も難しい。

しかしそんな魔法が雷屬にあっただろうか?

老人は自らの記憶を探る。

だが、思い當たる記憶はない。

この歳だ。雷屬る魔法使いとの戦闘経験も多々ある。

あれだけ便利な魔法があるのならこぞって習得しそうなものだが……。

考えながらも何度か黒い短刀を投げるが結果は同じ。

全てルクスの纏う雷屬の魔力に阻まれ、黒い短刀は服すら傷つけることはできなかった。

「む……!」

「おっと……!」

突如、大きな音が隣から響く。

音とともにこの山にも訪れた揺れでルクスは勢を崩して速度を落とし、老人は揺れで木から地面へと降りた。

「この音は……!」

森で見えずとも予想がつく。

音は山のような巨人がいた方向から。

目覚めたばかりで止まっていた巨人がついにき出したのだと。

「思ったよりも早かったな、これなら一日でベラルタに著くだろう」

……そして、これがき出したという事は自分の役割が終わった事を示す。

國から賜った命令は、

"通者と共に【原初の巨神(ベルグリシ)】を目覚めさせ、その魔法がくまでマナリルを妨害せよ"

ベラルタに向かった本隊とは違い、自分の役目は巨人がき出すまでマナリルを妨害することだ。

予定通りベラルタに運ばれた核に向かってき出しているのならばすでに自分は命令を終えている。

老人には上で戦うルホルのように巨人に特別思う所があるわけでもない。

「……」

老人の任務は今を持って完了した。

「よし……!」

ししてルクスは山を抜けて麓の平原に辿り著く。地響きはあれ以降まだ無い。

「はぁ……はぁ……」

山を抜けたルクスは息をし、肩で呼吸をしていた。いずれ追いついてくるであろう老人を迎え撃つために息を整える。

強化は本人の力までも強化できるわけではない。

全速力で山を下りたのだから、當然その分の疲労がに蓄積する。

立っていられるのはかけ続けている強化と日頃の鍛錬によるものだ。

上の視界を遮っていた森を抜け、見上げると山の巨人が確認できる。

麓からだとなお大きくじる。

の【雷の巨人(アルビオン)】の何倍あるのだろうか。

先程の音はやはり巨人が一歩進んだ音だったようでその足は前へと踏み出していた。

方向は頭部が向いていたのと同じベラルタに向けて。

巨人の一歩は大きく、ここから見える平原の向こうへとその足がびていた。

「逃げるのは終わりか?」

「ええ」

そして追いついてきた老人とルクスは真正面から対峙する。

周りは山とは違って木も數本見えるだけの平原だ。

「今度はそちらが逃げる番では?」

ルクスの言う通りだ。

ルクスにとって障害であり、老人にとって縦橫無盡に駆け回れる木はもう周りにはない。

老人と老人の所屬する部隊の戦法は、ベラルタでアルムが襲われた時のように影から奇襲し、闇夜に紛れ、複數で相手を囲む。

そのいずれもないこの狀況は老人の優位を完全に失っていた。

森の中ですらルクスに有効打を與えられなかった老人側としては仕切り直しに撤退してもいい狀況だ。

「笑止。私の役目は貴様の足止めである」

「……そうですか」

老人の言葉は噓だ。

この対峙は不必要なもの。

何の合図も無く、二人は自然と臨戦態勢にる。

老人は魔法の間合いにれる為に徐々にルクスに近寄っていく。森で放った魔法のように見てからかわせない距離にまで。

対するルクスは老人の言葉をけて口のきに注視した。

じりじりと近寄る老人。

ただ口を注視してかないルクス。

「あなた、お名前は?」

そんなルクスから老人に向けて投げかけられる。

老人は普段ならば、魔法以外の言葉を喋らせて魔法を唱えさせない罠と疑うだろう。

だが、目の前の男はそんなことはしない。

そんな拠のない確信を持って老人は問いに答えた。

「"トナ"と」

「僕はルクス・オルリック」

そんな事は當然トナは知っている。

東部に巨大な領地を持つオルリック家の長男。通者からの報告にあった要注意人の一人の名だ。

今更名乗られたところで何か目新しさがあるわけでもない。

それでも今、名乗り合っただけで互いは対等なのだという実がトナの中にこみ上げた。

會話はそれが最後。

じりじりとトナは接近する。

そしてトナが自分の魔法の程距離にまでルクスに近づいた瞬間、狀況はいた。

「『闇刃(ダークエッジ)』!」

「『鳴神ノ爪(なるかみのつめ)』」

トナが放つは一振りの黒い刃。対してルクスが出現させるは五本の雷の爪。

五本の雷の爪は黒い刃をいとも簡単に砕き、老人へと振り下ろされた。

「が……ぐぁ……!」

一撃。

雷の爪はトナのを地面に叩きつけ、そのに雷屬の魔力を流す。

放った攻撃魔法はその爪の一瞬の食い止めをする事も出來ず、防も『抵抗』(レジスト)もかけていないトナのに魔法の威力がそのまま注がれる。

トナは立ち上がれるはずもなく、そのままこの戦いは決著した。

「は……はは……この歳になっ、って……馬鹿な、ものだ……」

満足そうに、トナはそう言い殘して気絶する。

複數による連攜でもなく、時は夜でもなく、そして森のような障害があるわけでもない。

才の無い自分が真正面からの戦闘をするなど愚行だと理解している。

それでも、それでも最後に一対一で戦いたくなってしまったのだ。

すでに自分は命令を遂行している。自分の生還は命令に含まれていない。

――それならば。それならば最後くらいはと。

今まで數と奇襲でその命を奪ってきた相手が本當はどれほどのものだったのかを知りたくなったのだ。

自分達とは違う本當の"魔法使い"と真正面からぶつかってみたくなった。そんなひと時の気まぐれだった。

気絶するトナを見てルクスは呟く。

「はぁ……はぁ……名前を聞けてよかった」

先までは國を陥れた名も無き刺客。

今は対等に戦った魔法使い。

その名をルクスは決して忘れる事は無い。

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