《【書籍化】白の平民魔法使い【第十部前編更新開始】》幕間 -とある貴族の聞いた聲-

ずっと覚えている聲がある。

生まれたばかりの時に聞いた聲だ。

「ルホル――いつか私を呼ぶ人の名前」

両親のものでもない。

使用人のものでもない。

鳥でもない。

獣でもない。

自分に魔法を教える教師にこの事を話してみた。

魔法使いとして生まれた者にはそうした出來事があるのかもと。

「私はそのような話を初めて聞きました。ですが、魔法使いは自然からの影響を過敏にじ取ります。自立した魔法という存在があるように、魔法には予期せぬ出來事がつきもの……そういった現象があってもおかしくはありません。

これはプラホン家に雇われた私の贔屓目もあるかもしれませんが、あなたはもしかすれば神に選ばれた子かもしれませんよ」

教師はそう言って大いに喜んだ。

違う。

そう僕は確信した。

あの聲は神なんかではない。

あれが聲だと理解したばかりの頃はわからなかったが、あの聲は確かに人間と寄り添った者の聲だった。

天上で引きこもっているような存在の聲ではない。

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溫かい土の匂いのする聲だ。

決して、神の聲などではない。

そんな時、スクリル・ウートルザの存在を知った。

魔法を勉強する際、嫌でも目にってきた名前。

地屬魔法を確立させた魔法の世界で最も偉大な魔法使いの一人。

父上の治めるこの土地は元はその偉大な男の家の領地だったという。

「私はそんな偉大な方の後を継いでこの地を統治しているのだ。まぁ、ウートルザ家の衰退もあってけ継いだ時にはもう土地は狹かったがね、それでもここは偉大な地だ。特にドラーナから見える二つの山があるだろう?」

自分が十になる時。

父上はそんな話をしてくれた。

季節は冬。ぱちぱちと音のする暖爐の前だ。

「はい、あの山を見る為に來る貴族もいるとか」

「ああ、よく勉強してるねルホル。あの山はね、スクリル・ウートルザが作ったものなんだ」

「本當ですか!?」

「ああ、そうだ。昔からこの地にある伝説でね。

それによればウートルザの統魔法は空にも屆く巨人だそうだ、それが主人と共に眠り、山となって今でもこの地に住む民を見守っている。そして目覚めるべき時を待っているのだそうだ。

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ただの客寄せの創作だと言うものもいるが、私はこれが本當だと思っている」

お酒を飲んでいる父上の隣で白湯を飲める自分を誇らしく思った記憶がある。

そして思った。

僕が聞いた聲はそのウートルザ家の巨人のものなのではないかと。

『プラホン様、お持ちしました』

「僕の名前はルホルだ。何度言えばわかる?」

『申し訳ございません』

「そう言って毎回間違えるじゃないか君……」

空いた時間を使ってシンシアにスクリル・ウートルザの資料を持ってこさせた。

シンシアは普段からプラホン家の周りの世話をしてくれる使用人だ。

その正はプラホン家の統魔法【永遠の令嬢(アヴェクトワ)】。

生まれた時から自分の世話をしてくれているので、正直魔法だとは思えない。

「これで全部か?」

『はい、それにしても驚きましたプラホン様』

「だからルホル……何にだい?」

『まさかお勉強の時間外にも関わらずスクリル・ウートルザについて調べようとは素晴らしい事です』

「……そんなんじゃないさ」

本當にそんな事じゃないのに照れくさい。

どうもこのシンシアの前だと調子が狂う。

他の使用人は一線を引いた接し方だからだろうか。

人造人形(ゴーレム)に褒められて嬉しいだなんて自分でもおかしいと思う。

そこから空き時間はシンシアに資料を探してもらいながらスクリル・ウートルザとその統魔法について調べるのが日課になった。

十四の時に、自立した魔法に付いて知った。

スクリル・ウートルザについて調べていただけでは手にらなかった話だ。

これから本格的に魔法使いになる為に魔法使いの仕事に付いて調べていた時だった。

「自立した魔法とはなんだい?」

『一般的には使い手を失った魔法が自我を持ったり、現象となったりして現実に在り続けることを指します』

「へぇ……」

間違いないと思った。

伝説通りスクリル・ウートルザの統魔法は今山となっているのだ。

僕はその聲を生まれる時に聞いた。

見知らぬ巨人は僕に起こされるのを待っているとメッセージを殘したのだ。

次にこの地を治める僕に。

「シンシアもそれなのかい?」

『私は違います。ありがたい事にプラホン家の統魔法として在り続けていますから』

「でも、シンシアは人造人形(ゴーレム)なのに意思があるだろう?」

『そのように……作られただけでございます』

シンシアはそう言って悲しそうな表をした気がした。

「すまない」

『何故謝るのでしょう?』

「言いたくない事を言わせたようだったから」

『私にそのような気遣いは無用でございます』

シンシアは禮を言うようにぺこりと頭を下げて、顔を上げると何かを考え始めたようだった。

いつも思っていた事だが、シンシアは表かだ。

『ですが――そうですね、プラホン家が無くなったのなら私は逆にこの意識を手放すでしょう』

話の続きかとこの時僕はほっとした。

「何故だい?」

『仕える方がいなくなるわけですから、人造人形(ゴーレム)としている意味がありません』

「ううん……それはし寂しい考えじゃないか?」

『そうでしょうか?』

「そうさ」

まるで自分をそういう役割なだけと言っているようで寂しいだろう。

それにプラホン家をずっと見てきた者がいなくなるのは何となく嫌な気持ちだ。

とはいえそんな心配はない。

自分はかのスクリル・ウートルザの統魔法に選ばれた者だ。

家の衰退などありえない。

そして自分が當主になってしばらく経った頃。

「手を組まないか。スクリル・ウートルザの魔法を起こしたい」

ダブラマからの使者がそう提案してきた。

あの山を目覚めさせる手段もわからず、どうすればいいのか行き詰っていた頃だった。

周りに魔法が不得手の魔法使いと言われていたが、そんな事は自分にはどうでもよかった。

あの山をどう目覚めさせるか。

その時の僕はそれだけを考えていた。

「僕を選ぶとはお目が高いね。話を聞こうじゃないか」

マナリルに忠誠があったわけじゃない。

役目だと思っていた事はいつしか自分の興味に変わっていた。

他の國と手を組んでも、あの山が巨人としてくところを僕は見たかった。

何よりこの地を狙う他の貴族どもがうっとうしかった。

この地さえあれば僕はいらないというのに、他の土地を狙ってるとか狙っていないとか下らない話が付き纏う。

そんな現狀に嫌気が差したのもあるかもしれない。

ダブラマは侵略したとしても、通する貴族にはそれなりの立場を用意すると言った。

自分が要求したのは勿論貴族としての地位、プラホン家の存続とこの地だ。

巨人さえかせばダブラマはこの地には興味が無いようで、二つ返事で了承した。

他にも通者がいるようだが、それも僕には関係ない。

名前を聞いても特に思うところは無かった。

そして遂に、僕はその巨人と會うことが出來た。

カエシウス家とオルリック家が來たのは驚いたが問題はない。

ドラーナに下手にくなと命令し、國への報告も些細なことだと報告し続けた甲斐あってもう手遅れのところまで來ていたのだ。

スクリル・ウートルザのはすでに運ばれた後、今ここに來たところで意味はない。

僕は目覚めたばかりの巨人を見上げた。

しい、と思った。

生まれた時から焦がれていたその存在は雄大な自然そのもの。

ついに會えた。あの聲の主に――!

いつくか楽しみにそれを待った……だが、いても巨人は自分には目もくれない。

きっと核が近くに無いからだと思った。

誤算だった。

だが、考えてみれば當然だ。自立した魔法にとって核は大事だと知っている。

自分の存在を支えるものがそりゃ優先になるだろう。

ならばこの巨人を僕は見続けなければいけない。この巨人が僕という男に気付くまで。

やれやれと思いながらも、僕は目の前に立ちはだかると戦った。

"生き……てる……?"

だが、僕は敗北した。

カエシウス家の次。ミスティ・トランス・カエシウスに。

にして一般的な魔法使いと遜ない魔力。

息をするように繰り出される魔法。

実戦など皆無であろう歳で僕という魔法使い相手に怖じしない膽力。

そして、圧倒的な力。

最悪だ。

もうしだったのに。

もうしで、あの時の聲がどういう意味だったのかわかると思ったのに。

最後の最後にこんな障害が待っていようとは思わなかった。

子供だからと甘く見ていた油斷か。

それとも國を裏切った天罰か。

どっちでもいい。

もう、どっちでもいい。

僕は死ぬんだろう。

恐怖はあったが痛みはなかった。

それがしの救いだ。

「――に」

「――さん……」

誰かが喋っている聲が聞こえる。

「――でしたね」

……溫かい?

僕は氷漬けにされたはずなのに、何故溫かいのだ?

何かが僕を支えてくれている。

何があったのか。

意識が朦朧とする中、僕の耳にはっきりと聲が屆いた。

「――ルホル様。どうかこの聲がお耳にらぬよう、願っております」

……なんだそれ。

なんだそれ。

なんだそれ。

この聲は、この聲はこの聲は――!

今までの苦労は何だというのだ。

いつから僕は巨人の聲だと思い込んでいた?

それしかないと決めつけていた?

いや、でもね、仕方ないと思うのだよ。

だって、こんな綺麗な聲をした人はいなかった。

両親も、使用人も、パーティで出會ったしいもみんな、この聲のしさには及ばなかった。

だからこの聲は人ならざるものの聲だと思っていた。

いや、ある意味當たっていたけども。

こんな綺麗な聲を聞いたのは、生まれて二回目だ。

ああ、なんだよ―――君の聲だったのか。

読んでくださってありがとうございます。

ここで一區切りとなります。

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