《【書籍化】白の平民魔法使い【第十部前編更新開始】》55.侵攻二日目4

「焦る必要はありません! ゆっくりと進んでください!」

「馬車は老人や、子供を優先に!」

「東へ! 東の門へ!」

ベラルタの住民を憲兵が導する。

慣れているのか、それとも実がないのか住民に大きな揺はない。

ベラルタは學院の為に集まっている住人がほとんどだ。

未來を擔う魔法使いの卵が集まる街に住むとなればこういった事態があると覚悟を決めていたのかもしれない。

しかし、不安はあるようで普段は店で活気づいている街の中央路を住民達は明るいとは言えない面持ちで歩いている。

目指すは東の門。

ベラルタにある四つの門の近くにはそれぞれに馬車の待合所がある。

全ての馬車の待合所から馬と馬車が東の門へと集まっており、住民を逃がす準備をしていた。

すでに東の門に近い場所に住む住人は避難し始めている。

そんな街に、

「なんだ……?」

「何の音?」

「地震かしら……?」

小さいながらも地響きがベラルタの街にまで屆く。

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直後、ベラルタに警笛が鳴り響いた。

「心配いりません! ただの地震です!」

「止まらないで! 止まらないでください!」

「今の警笛はただの合図です! ご安心を!」

憲兵の心中に沸き上がる不安。

ゆっくりと東へと向かう住民達に気取られないように平靜を裝う。

今すぐ逃げ出したい衝に駆られながら憲兵達は導を続けた。

そんな役目を果たしている同僚を目の端に映しながら魔法の核を捜索している憲兵達は西門のほうへと走る。

今の警笛は見張りが巨人を見つけた合図だ。

街を捜索する憲兵は巨人がこちらに來ると聞かされている。

その魔法が巨人であるとも教えられていたが、どれだけ巨大なものなのか想像がつかなかった。

しして憲兵達は城壁へとたどり著く。

辿り著くとすぐさま見張りがいる場所まで息を切らしがら階段を上った。

「見えたのか!? あっと、オウグス殿にヴァン殿……流石魔法使いは早いですな」

「……」

「……」

到著した憲兵の一人がすでに到著していたオウグスとヴァンに聲を掛けるが、二人は小窓から視線を逸らそうとしない。

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すでに他の憲兵も何人か到著しているが、皆小窓の外を見たまま黙っている。

見張りでここに置いておいた見張りに至っては壁に背をつき、呆然としていた。

そんな狀況を不思議に思いながら、今來た憲兵達も見張り用の小窓から外を覗く。

「なんだ、あれは……!」

まだ遠くでし靄がかかっているような見え方だが、その姿ははっきりと人型だった。

西の城壁から見える景は平原だ。マナリルの西側には山がほとんどなく、本來ならば緑の地平線が広がっているはずだ。

だが、その平原に人の姿をした何かがそびえ立つように現れている。

周りに比較するものはないが、ここから頭部を見るには見上げなければいけないほどだ。

その頭部は空を突き、城のような足をこちらに進めている。

また一歩、巨人が進んだ。

再び地響きがベラルタまで屆く。

はゆっくりに見えるが、あの大きさの歩幅ならばこの距離もあっという間だろう。

「……この城壁がどのくらいだ?」

「十メートル以上はありますが……」

「はは……あれには意味ないな……」

乾いた笑いが憲兵の口から零れる。

普段はベラルタを守る頼もしい城壁も平原の先に見える巨人を見てからでは無いのも一緒だ。

巨人がベラルタに侵攻してくる、憲兵達が聞いたのはそれだけ。

巨人だとは言っていたが、あれだけ巨大なものだと誰が思っただろうか。

憲兵達には魔法ならばここには名高い魔法使いがいるのだからと、高を括っていたものもいた。

しかし、そんな考えが甘いという事を今思い知らされる。

あんなのは神話に出てくる存在だ。現実にあっていいサイズじゃない。

伽噺でもあんな滅茶苦茶な存在は出てこない。

「あれが……魔法……?」

同じように小窓から巨人を見ていた憲兵の一人が呟く。

魔法使いでない彼らにとっても、遠くに見えるその巨人が魔法の産だと思えなかった。

あまりに現実の無さすぎる大きさだ。

今ここに集まった憲兵は二十人ほど……全員が街の為にと捜索を志願した者達だ。

しかし、あんなのがベラルタに向かってくると知った今なら逃げ出したいと全員が思ったに違いない。

じっと巨人を見ていたオウグスは観察し終わったかのように小窓から離れた。

「どれぐらいでベラルタに著く?」

「恐らく二時間……いや、あと一時間くらいかと……!」

「ふむ……あの子たちには謝しなきゃいけないな。彼らが報告してくれたおかげで最悪、避難は間に合いそうだ」

「ですね、あれを見てからだったらギリギリだ」

ヴァンも巨人を確認し終わり、小窓から離れた。

オウグスは見張りから到著時間を聞くと、未だ巨人を見て呆然としている憲兵達の頭に聲をかける。

「引き続き街を捜索するぞ! あの巨人の核を探すんだ! 報を持ちかえった生徒によれば留品の可能が高い! 人間が隠せそうなスペースや古いものに気を配れ! あの巨人も法則には逆らえない! 核さえ壊せば止まる!」

「りょ、了解です!」

「あの巨人が近付くのを見るのは恐怖だろうが、見張りは一人殘ってくれ! あの巨人に何か変化あればまた知らせろ!」

「ひ、引き続き自分が!」

「頼むよ」

最初に巨人を見つけた憲兵が聲を震わせながら志願する。城壁に殘る者は真っ先に巻き込まれる可能が高いとわかっているが為の恐怖だ。

「この事態を知らせてくれた生徒も捜索に參加してくれている! 出會ったものは捜索した箇所を共有するんだ! 急ぐぞ!」

「了解です!」

他の憲兵もオウグスの指示をうけて再びき出した。捜索で殘る憲兵たちも決して安全ではない。城壁に殘るよりはましというだけだ。

ここにいる憲兵はどれもマナリルの為にく勇気ある者達。

そんな憲兵達が小窓から離れ、再び街へと散っていく。

憲兵達に聞かれないように、ヴァンは小聲で呟いた。

「止まるかも、ですがね」

「言わないでおくれよ。それしか今のところ希が無い」

だが、勇気だけでは救えない。

力を持っている自分達ですらベラルタを救えないのだから。

「どう見る?」

「無理です、俺達がどうやったって破壊できない。いくら俺達の魔力が高いからって普通の魔法じゃびくともしないでしょうよあれは。現実への影響力が違いすぎる」

統魔法じゃないと無理だろうねぇ」

「アルベールの統魔法はあんなデカブツには効きません」

「僕のは攻撃魔法ですらないからねぇ」

二人はその目で山の巨人を見て確信した。

あれはどうやっても自分達で破壊することはできないものだと。

あんなのは魔法ではなく山だ。意思を持った山そのもの。

自分達がいかに強い魔法使いとはいえ、二人で山を破壊する事などできはしない。

魔法というものをよく知っているからこそわかってしまう壁がそこにはあった。

「んふふふ! つまり、僕達は役立たずってわけだ」

「そんな事言われるの久しぶりですわ」

いくら人間に対して強くとも、あの巨人には関係ない。

同じ間隔で街を揺らす地響きをそのじながら、オウグスとヴァンもベラルタの街へと駆けていく。

どうか核を破壊して止まる魔法である事を祈って。

山の巨人の地響きできだす人は學院にもいる。

「學院長!」

エルミラは學院長の部屋に飛び込む。

しかし、そこに學院長の姿は無い。

「いないねー」

「そりゃいないか……」

地響きで短い眠りから目覚めたエルミラとベネッタは急いで學院長の部屋へと向かった。

地響きは紛れも無く山の巨人の襲來だ。

現時點での捜索の進捗などを聞きたかったが、ここにいないとなれば探すことになる。

だが、そんな余裕はもうない。

「仕方ない。私達は私達で探しましょ」

「別れて探すー?」

「ううん、核の近くにダブラマの刺客がいるかもしれない。確実に壊す為にも二人で行きましょう」

「言っておくけど、ボク戦闘には自信無いからね?」

「わかってるわよ、戦闘になったらエルミラ様に任せなさいって……ん?」

部屋から出ようとする際、エルミラは學院長の機に一枚の紙を見つける。

「なにこれ……」

目に止まったその紙には自分達の名前が書かれている。見覚えのある名前ばかりですぐに今年った新生の名前だとわかった。

しかし自分達の名前は上から線が引かれて消されている。

殘っているのは四人の名前だけだ。

その四人の名前もエルミラは覚えがある。

自分と同じ西の領地に住む貴族達の名前ばかりだった。

「……」

その消されていない四人の名前の中に見つけた一つの名前。

特に覚えのあるその名前をエルミラはじっと見る。

「エルミラー?」

「ごめん、行きましょうか」

ベネッタの聲にその紙をぐしゃぐしゃに握りつぶしてエルミラはポケットに突っ込んだ。

「うわ、エルミラ目こわ……いたっ」

ベネッタはすぐさま頭に手刀をもらった。

しかしベネッタの見間違いでも悪口でもない。

確かにエルミラの目付きは先程と違って鋭く変わっていた。

「寢起きだからよ」

そう、この紙に記された名前が何を示すのか理解したがゆえに、エルミラは覚悟を決めたのだ。

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