《【書籍化】白の平民魔法使い【第十部前編更新開始】》58.侵攻二日目7
「……」
屋の上にエルミラは一人で立っている。
ベネッタと共に焦って家屋を片っ端から探していた姿は無く、ただ西のほうをじっと見ていた。
先程、山の巨人がもたらした西の區畫に降り注いだ木々の雨。
それが再びこの地に落ちないようにと見張っている。
エルミラの魔法をもってしても防げるのは周囲の一帯だけだが、やらないよりはましだとエルミラは立っていた。
「何をしているんだい?」
ここにエルミラが立ってから十分ほど経っただろうか。
エルミラに掛けられる聲が一つ。
その聲にエルミラは覚えがあった。
「リニス……アーベント……」
にしては長に切れ長の目が特徴のアルムの知人。
そしてエルミラと魔法儀式(リチュア)をした相手。
魔法儀式(リチュア)の時と同じように纏めた黒髪は、どういうつもりでエルミラに話しかけてきたかを嫌でも理解させる。
「おや、大して驚かないね。実地に行っているはずの私がここにいるのはしおかしい話だというのに」
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「あぁ……うん、悪い予はしてたから」
エルミラは制服のポケットからくしゃくしゃになった紙を取り出す。
風でやりにくそうにしながらもそれを開き、リニスに見えるように表を向けた。
「學院長の部屋にあってね……私達新生の名前が書いてある。ほとんどの名前は橫線で消されてるけど、殘ってた四つの名前……ボルドー・ダムンス、"トレーズ・アルキュロス"、"ネムリア・トルク"……そして、リニス・アーベント。
四人ともマナリルの西領地に土地を持つ貴族な上に、ベラルタに向かってくる巨人にダブラマがいたって話……ここまで揃ってれば私じゃなくても想像がつく。
この紙は新生の中に潛んでる通者を調べていたものだって」
「やはり學院長にはばれていたか……最後まで特定されなかったのは運が良かったな」
リニスの言葉にもう隠す気はじられない。
それはすでに通者だとばれたところで問題ないところまで來ているからだ。
「やっぱり、あなたがそうだったのね」
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「……ああ、そうなる。どこでわかったかな?」
「買い被らないで。変な人だとは思ってたけど、わかってなんかいなかったわ」
噓ではない。
エルミラはリニスが通者だと確信を持ったのはこの場にリニスが現れた時だ。
學院で出會った時の態度に違和はあったものの、そこから他國の通者だなんて発想に至るわけがない。
オウグスの部屋で新生の名前が書かれた紙を見つけた時にも予がしただけ。
唯一、エルミラの知っている人間の名前が目についたからだ。
「そうか、なら今日まで隠せていた私も捨てたものではないね」
「そうね、予定が狂ったからきたくてもけなかったんでしょう?」
「……どういう意味かな?」
挑発的な言にリニスの眉はぴくりとく。
エルミラは広げた紙をびりびりに破いて風に乗せた。
「私と魔法儀式(リチュア)したあの日……アルムはあなたの違和に気付いたんでしょうね。
それで魔法儀式(リチュア)の後、あんたを追いかけていった。追いかけてきたアルムと話したあなたは自分の正がばれる事を危懼してダブラマの刺客に指示したか、報告したか……どちらかはわからないけど、とにかくアルムの存在を伝えた。
それであの日、ダブラマの刺客が三人いた。通者の報を知っているかもしれないアルムを殺す為に」
リニスは黙ってエルミラの言葉を聞く。
靜かに怒りを含んだその聲を。
「でも、失敗した。一人はアルムに殺され、他の二人も捕縛されて自決した。それがあんたが見つからなかった遠因よ」
あの夜の出來事をエルミラは全て見たわけではない。
けれどわかる。彼らは力量を見誤った。
エルミラが戦いの場に著いたのはほとんど戦闘が終わった後だ。
それでも刺客の武裝を見れば暗殺に慣れた連中だというのは想像がつく。
普通の貴族ならば易々と暗殺できるであろう三人をあの時に失った。
「本來、今日魔法の核の捜索にく人間を抑える役目があの日死んだ三人だった。違う?」
「……」
リニスに言葉が無い。エルミラは構わず続ける。
「翌日、ピンピンしてるアルムを見てあんたの顔が真っ青になるのも頷けるわ。
殺されたと思ってたはずの人間が何事も無いように學院に來ている上に昨日連絡をとった刺客とは連絡がつかない……あんたはそれでじっと今日まで潛むことにしたんでしょう? 自分の正がばれる事を恐れて今日までけなかった。それで結果的に學院長にばれなかっただけよ」
ただの結果論だとエルミラはリニスに突きつける。
あの日、ダブラマの刺客が返り討ちに合い、計畫が狂ったがゆえの結果論だと。
「その通りだ」
リニスはその言葉をけ止める。
エルミラの言う通りだったからだ。
ダブラマの刺客三人にアルムの事を報告した次の日、アルムは普通に話しかけてきた。
それが通者のリニスにとってどれほど恐ろしい事か。
アルムが気付いた事をしでも學院長に話されたらと。
だからこそリニスは今日までいつも通りを振舞い続けた。
山の巨人がベラルタに向かうこの日まで。
「ま、だからってあんたを馬鹿にする気はないわ。結局最後まであんたが通者だなんてわからなかったし、そもそもアルムが襲われた夜にはこんな事になるなんて思わなかったしね」
エルミラは視線を西の方に戻す。
素直にけ止めるリニスにエルミラはし拍子抜けしたが、こんな事を言い當てたからといって特に有利になるわけではない。
すでにベラルタは覆せないほどの不利な狀況に陥れられている。
今こんな事がわかったところで後の祭りだ。
計畫は確かに狂ったかもしれないが、それでもベラルタは危機に曬されている。
山の巨人がベラルタに向かっている限り、魔法の核がある限り、戦況が傾くことはない。
「意外だな。私のような人間にはもうし冷たいと思っていた」
「溫かく接した覚えはないわ。でも、國を裏切るってことはそれ相応の理由があるんでしょうよ。もう沒落しちゃってる私んとことは違って、ぎりぎりで面目を保ってるそっちは大変よね」
「私の家の事を知っているのか?」
「平民に甘々でお金無いって噂が耳にるくらいよ。詳しい事は一切知らないわ」
「そういえば、ロードピスの家は比較的近かったな……なるほど、知っていて當然か」
「コーヒー好きなのはアルムから知ったけどね」
「あれは外から仕れたのを父上がいたく気にってね……子供の頃は何でも真似したくなるものだ。最初は苦い苦いと吐き出していたのに、いつの間にか習慣となっていたよ」
「ま、好きなものって大抵きっかけはそんなもんよね」
エルミラは話しながら西のほうを見続ける。
時折、橫目でリニスの事を確認してはいるが、大きなきは無い。
雑談の容もすでに他ないものに変わっている。
く必要はないと言わんばかりにエルミラはそのままだ。
「どういう事だい?」
「何が?」
「何故こうとしない?」
目の前に立つエルミラはこんな事をしている場合ではないはずだ。
早く魔法の核を見つけなければベラルタを救う可能すら潰える。
今エルミラがやるべき事は街を駆けずり回る事。
屋の上に立ち、西を見るエルミラのその姿をリニスは奇妙にすら思う。
「【原初の巨神(ベルグリシ)】が迫ってきてるというのに、ずいぶん余裕だな?
君なら私が姿を見せた時點で即座に襲い掛かってくると思ったが……」
「へー……あれベルグリシって言う魔法なんだ」
ベラルタに【原初の巨神(ベルグリシ)】をぶつけ、その対処にマナリルがくタイミングでダブラマが攻め込む。
だが、この計畫は【原初の巨神(ベルグリシ)】がベラルタを破壊し、その脅威をマナリルに轟かさなければ立しない。
その為に事前にダブラマはマナリルに偵を送り続けて二、三年生の魔法を調査し、無名であり魔法の報が不明な新生をリニスが片っ端から魔法儀式(リチュア)を申し込んで調査した。
調査によって【原初の巨神(ベルグリシ)】を破壊できるほど圧倒的な才能を持つ魔法使いの卵はいないと判斷してこの計畫を実行したのだ。
さらに萬全を期して【原初の巨神(ベルグリシ)】が目覚める時期を計算し、ベラルタ魔法學院の生徒が実地でベラルタを離れる時期に合うように一月前に魔法の核を運び出した。
「もう三十分ほどで【原初の巨神(ベルグリシ)】はベラルタに著くぞ」
「じゃあ十分前くらいには逃げなきゃね」
その結果、ベラルタはこれ以上ないほどに追い詰められている。
今エルミラに伝えたタイムリミットは本當だ。
リニスの見立てでは【原初の巨神(ベルグリシ)】はもう三十分ほどでベラルタを直接攻撃できる位置に著く。
だからこそリニスは奇襲せずに話しかけた。戦わずに時間を稼げると踏んだからだ。
ベラルタを守るためにはこんな所で悠長に雑談をしている暇はないはず。屋の上でただ立っているだけなど以ての外だ。
オウグスとヴァン以外の魔法使いが介するのは出來れば避けたい事態だ。
オウグスとヴァンはダブラマでも名高い強力な魔法使いである。
だが、ヴァンは有名であるがゆえにその統魔法まで広まっており、計畫が上手くいけば魔法の核を破壊することができないとばれている。
オウグスは屬と統魔法が非公開になっているものの、十年以上前から活する魔法使いであり、ダブラマにその魔法が殺傷力のあるものでないという報はキャッチされていた。
だとすれば、警戒すべきは未知數の統魔法を持つ者。ベラルタ魔法學院の生徒のみだ。
リニスはその一人であるエルミラの捜索の足をしでも引っ張ろうと雑談に興じた。
だがどうだ?
目の前のエルミラは特に急ぐ様子もなく、それどころか敵と分かった自分に攻撃を仕掛けてこようともしていない。
「諦めたのかい? ならば私も助かるといえば助かるのだが……」
「いや、私の役目はもう待つだけ。だから急ぐ必要もないのよ」
どういう意味かとリニスは眉を顰める。
待つだけ?
ついに神頼みかと、リニスはし呆れる。
だが、その直後ある事に気付いた。
「待て、君……!」
リニスは先程、自分が手にかけた憲兵達の言葉を思い出す。
リニスを通者だと知らず、ただ魔法學院の生徒だと思っていたはずの憲兵二人はこう言っていた。
"ああ、なんだ。あんたさっきの子らが言ってたもう一人の生徒さんか"
"お二人なら今さっき東の區畫に行きましたよ、今から追えばすぐ追いつけます"
と。
"さっきの子ら"
"お二人なら"
と確かに言っていたのだ。
ならば、リニスには抱くべき一つの疑問がある。
その疑問を抱いた途端、リニスの表は一変した。
「もう一人は……どこに行った?」
リニスはエルミラに問いかける。
表の変わったリニスを見て、エルミラは満足そうに笑みを浮かべた。
「慌てなくても、すぐに帰ってくるわよ」
風邪をひいていました。
最近、に気を付けるよう溫かい言葉を貰ったというのに普通に調を崩しました。
調管理はやはりしっかりしたほうがいいですね……。
それはさておき、起きた時に気付いたのですが、初めて誤字報告というのをされていて驚きました。
こんな機能あったんだ!と。
こういう形でも作品を読んでくれている人がいると改めて実できて、し嬉しくなりました。
読んでくださる方々からすれば、そもそも誤字するなよ……というお話なのですが、許してやってください。
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