《【書籍化】白の平民魔法使い【第十部前編更新開始】》62.侵攻二日目11

「外れたよー? あんま上手くない人かなー?」

ベネッタはわざと煽るような言葉を投げかけるが、視界に映る人型の魔力から返答は無い。

今の回避を偶然と判斷したのか、音を立てずにゆっくりと移している。

それでも焦りは決して隠せるわけではない。

あちらにとってアドバンテージである暗闇にも関わらずそのきは慎重だ。

狀況をひっくり返したと思った明かりを消す策、そして暗闇の中で放った短刀を回避された事に関して疑念を抱いているのだろう。

"時間がない……!"

だが、余裕そうな臺詞とは裏腹に心で焦っているのはベネッタも同じだった。

初めての戦闘で心臓の音が大きく聞こえる。

今の數手は上手くいったが、これからどうなるかはわからない。

周りが暗闇になった事で最初ほど狀況の有利はない。

ベネッタはトゴの姿が見えているといってもあくまでトゴの姿だけ。

魔法の核がっているであろう棺の場所はもう正確にはわからない。

"片手が塞がってる……"

するトゴに視線を向けないようにベネッタはトゴの勢を確認した。

最初に短刀を抜いた時の形で右手は固まっている。新しい短刀を抜き、隙を伺っているに違いない。

だが、左手は何かをしっかり摑んだままく気配がない。

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最後に明るい中で見た時のように棺を擔いだままだとベネッタは確信する。

そうであるという前提でかなければ短期決著は難しいとも考えた。

魔法の核を狙っていないとわかれば向こうは出來るだけ時間を引き延ばそうとする可能が高い。

なにせ向こう側にはベネッタを倒す必要がない。

【原初の巨神(ベルグリシ)】が到著さえすれば結果的にベネッタは敗北と同じ。

ならば魔法の核を狙い、守ろうとした所を撃破する。

相手が疑心暗鬼になっている今が最大の好機。

張も恐怖も今は別ので抑えられている。

エルミラに任された事をにベネッタは機を窺う。

「さーて……」

ベネッタは目線をトゴから外したまま、わざと辺りを見回す。

短期決著にしたい理由はもう一つある。

ベネッタは統魔法を発させた際に一つ気付いていたことがあった。

"上にもう一つ……!"

ベネッタの【魔握の銀瞳(パレイドリア)】は目の前のトゴの魔力は勿論、北の區畫にいるオウグスとヴァンの魔力も捉えている。

どっちがどっちの魔力かベネッタにはわからないが、確かに大きい魔力を二つ捉えていた。

そして出口にいる一番近いエルミラの位置も當然捉えている。

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問題は、そのエルミラの近くにもう一つ魔力があることだ。

"アルムくんじゃない……"

可能として一番に挙がるのは何処に行ったかわからないアルムだ。

だが、ベネッタは一度アルムの魔力を山でしっかり見ている。

今まで見たことの無い巨大な魔力であり、忘れるはずがない。

エルミラの近くにいる魔力はエルミラと同じくらいでアルムほど巨大ではない事がはっきりわかる。

まず間違いなくベネッタの知らない人間だ。

今ベラルタにいて魔力を持っている人間ならば敵の可能が高い。

エルミラがその魔力に気付いている事を祈り、すぐにでも助けに向かいたいとベネッタもし焦っている。

"早く……"

早く上に戻らないと。

目の前の任された役目を放棄して早く上に行きたい。

こんなのに構ってる時間が惜しい。

ベネッタは覚悟し、決意する。

視界に映るトゴが短刀を投げる勢にった。

「うっ……」

トゴの投げた短刀はベネッタの足をかすめる。

どこを狙ってくるかまではわからない。

その場に留まらないようにし移を繰り返す。

しかし、トゴからは離れないように。

トゴが短刀を投げる勢になったとわかってもあえて大きくかわさない。

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最初の短刀がかわされた疑心暗鬼から、こちらが攻撃が見えてないと改めて判斷させて隙を作る。

早く上に戻る為に、ベネッタは捨ての策を選んだ。

「今回は當たったなぁ!?」

トゴは大聲でぶ。

ここはベラルタの地下。聲が反響して音で正確な位置を把握することはできない。

それでもんだ直後、トゴは聲で位置を把握されない為に素早く移する。

「どうした!? 上手くない俺の短刀はよぉ!!」

一本。また一本ベネッタのを短刀が刺さり、かすめ、傷を作っていく。

しながら短刀を投げ続けるトゴは余裕を取り戻した。

魔法は魔力ので位置がばれやすい。

ベネッタが自分の短刀をかわせていないのを見て、トゴは短刀を投げ続けてなぶり殺しにすると決める。

また一本、ベネッタの腕を短刀がかすめる。

「ううっ……」

「どうした!? 苦しそうだな!?」

トゴはわざと聲量を上げる。

ベネッタはトゴのいない方向にを向ける。

「『聖撃(ホーリー)』!」

手を向けて魔法を唱える。

しかし、ベネッタが向いたのはトゴからすれば見當違いの方向だ。

魔力のはトゴを照らす事もなく見當違いの壁に當たった音が響く。

「どうした!? そっちも魔法がうまくないなぁ!?」

トゴはこれで確信する。

このは見えていない。

最初にかわしたのは偶然か、まだ床に殘っていた火の明かりが刀に反して見えていただけだろうと。

挑発も見えない事を誤魔化す為の強がりだとトゴは嗜的な笑みを浮かべた。

"油斷してる"

そんな中、ベネッタも自分の作戦が上手くいっている事を確信する。

自分との遭遇は、作戦の功の為に地下にずっといた人間が功直前で遭遇したトラブルだ。

早めに処理しようと思うに違いないとベネッタは読んでいた。

だからこそ挑発し、短絡的な思考に導した。

見えなくてもわかる。

大聲を出しならがきまわるこの魔力の塊はさぞ余裕の笑みを浮かべてるに違いない。

ベネッタは覚悟を決める。

油斷している相手に與えるとどめを刺す為に。

「うっ……」

のあちこちが痛む。

ベネッタには見えないが、傷口から流れるは制服を赤く染めている。

すでに短刀によって出來た傷は六ケ所。二本は肩と腕に刺さったままだ。

早期決著の為とはいえ何でこんな捨ての作戦をとったのか、自分でもしわからない。

こんなに苦労しなくても普通に戦えばなくとも魔法の核は破壊できるのではないか?

そんな疑問がベネッタの頭をよぎった。

"何で、そんなあっさり……"

同時に、自分がここにると決めた際にエルミラが口にした言葉を思い出す。

「何でってー……」

何でだなんて決まってる。

友達の為だ。

友達を助ける為だ。

ここで魔法の核を破壊し、友達に迫る危機にも駆け付ける為だ。

それが遠くからでも自分はわかってしまうから。

さっきエルミラと話した記憶がベネッタの頭に浮かぶ。

次に口にしたのはエルミラに対する謝罪だった。

「ごめんね」

ごめんね、エルミラ。

醫務室で友達がいないって言ってくれた時にボクも話すべきだった事があるの。

でも打ち明ける勇気が無かった。

みんな知らないでしょ?

ボクね……ボクもね、友達がいなかったの。

心ついた時からお父様に反抗してたから、貴族同士の集まりやパーティなんかも置いてけぼり。

ベラルタ魔法學院にも試験をクリアしさえすればれるから來ただけなの。

立派な理由なんて無い。

治癒魔導士になりたいから。ただそれだけの理由でここに來た。

「うっ……」

「どうした!? かわさないのか!?」

あの朝アルムくんが痛がっているのにすぐ気付けたのもね。

四人が話してるのを見てたからなの。

楽しそうで、憧れてた景があったから。

それに惹かれて見てしまったの。

「……ボク、蛾みたい」

「ははっ!? どうした聞こえんぞ! 命乞いか!? 次で終わりだ!」

あの朝抱き著いちゃってごめんね、エルミラ。

仲良くなりたかっただけなんだけど、てんぱってて距離なんてわからなかったの。

ドンマイ、って肩叩いたのも馴れ馴れしかったかな、ルクスくん?

よく知らないのに一緒になってからかっちゃってごめんね、ミスティ。

それと……あなたに一番謝らないといけないことがある。

治癒魔導士を目指してるボクが絶対に思っちゃいけない事だし、人としても最低で、だから絶対に直接口に出來ないことなんだけど。

あの時……あの時、怪我してきてくれてありがとうアルムくん――!

「ああああああああああ!!」

突如、ベネッタはトゴに向かって走り出した。

友人への謝罪と謝をにその足を突きかす。

見えていないはずのベネッタが一直線にトゴの下へ。

不意を突かれたトゴのきは思考の混で一瞬、止まる。

「なっ――!」

音を立てずにき回っていたトゴは今、宣言通りにとどめを刺す為接近した。

走ってくるベネッタを見てようやくトゴは気付く。

目の前のは見えない振りをしながら攻撃をけ続け、自分が油斷するその時を待っていたのだと。

自分が罠にかけられていた事に。

「ぐっ……!」

ベネッタの突進に驚き、ふらつく足をこらえて、すでに抜いていた短刀を二本投げる。

きを見ていたベネッタは顔を守るように腕を出す。

かわす気はない。

狙いの一つは首辺りだったようで短刀は腕と腹部に淺く刺さる。

だが、今のベネッタはそんな事では怯まない。

「ああああああああ!!」

「まずい……!」

ベネッタはそのままトゴに突進して飛びついた。

ベネッタが走った勢いのまま二人は勢を崩す。

トゴは魔法の核を守りたい一心で咄嗟に棺を放った。

「げほ……!」

結果、トゴの背中から棺という邪魔なものは消えて床に叩きつけられる。

叩きつけられた衝撃でトゴの口から苦し気に息がれる。

そして気付いた時には――

「しまっ――!」

床に叩きつけられたトゴにベネッタは馬乗りになっていた。

「このおおおおおおおお!!」

毆る。毆る。毆る――!

足と自分の重でトゴのを抑えつけ、その拳からトゴを逃がさない。

馬乗りの狀態で下にいるトゴに向けて拳をめちゃくちゃに振り下ろす。

「ごっ……! がっ……!」

「うああああああ!!」

目に涙を浮かべて絶しながら。

何度も、何度も拳を振り下ろす。

ベネッタは戦った事も無ければ、人を毆ったことも無い。

振り下ろす拳に出來る傷だけが彼の本気の証明だ。

拳の當て方などわからないベネッタは、ただ力任せにグーにした拳を振り下ろし続ける。

トゴの顔を毆ってむけた手の皮、むけた場所から出る、どちらも気にせずただひたすらに。

「っ!!」

トゴもそれに歯を食いしばって耐える。

普段であれば振りほどけるような力。

いや、普段であればこんな狀態にすらさせなかった。

棺を放った際に足に挾まれなかった片手で拳をし防ぐのが一杯。

三週間近い地下での生活はトゴの神を耗させており、本來ある二人の差を極端にめていた。

「だ、『闇(ダーク)――」

「やらせるもんかあああ!!」

ベネッタは魔法を唱えて反撃しようとしたトゴの口に、容赦なくその拳を振り下ろす。

魔法使いから魔法を封じる方法は、喋らせない事が最も単純な効果をもたらす。

喋らせなければ魔法はどれだけ変換しても放出の過程には至らない。

トゴに反撃の機を與えない為、ベネッタは口を狙ってただただ叩きつける。

歯に當たって裂けた拳の傷など痛がってはいられない。

ボロボロの拳を振るいながら

最後の魔法で勝負を決める――!

「『鉄槌の十字架(スクワッシュクロス)』!」

馬乗りになって相手を毆り続けるベネッタの姿は決して優雅とはいえない。

だが、その戦い方は相手の魔法は口を毆って放出を防ぎ、自分は魔法を唱えるという効果的な方法。

結果だけ見れば魔法使いに対する理想の勝ち方だった。

「ま――!」

トゴの頭上に表れる巨大な魔力の十字架。

目の前に現れた巨大な十字架を見てトゴはこれから何が起きるかを理解する。

だが、聲を出す間も無く、その十字架はトゴの顔面へと落とされる。

ベネッタが持つ二つの攻撃魔法のうちの一つ。

その威力を持ってトゴの意識にとどめを刺した。

「あ……が……!」

床と魔法に挾まれてトゴの顔は鈍い音を立てる。

顔を守ろうと出していた手はどれだけの役割を果たしたのか。

トゴの片手は顔ごと魔法で潰され、十字架が消えるとそのまま力無く床へと落ちた。

「はぁ……はぁ……」

ベネッタの下に瞳に映っている魔力の塊は弱々しくく気配もない。

消えていないところを見るとまだ生きてはいるが、トゴは完全に気絶していた。

「『聖撃(ホーリー)』!」

馬乗りになった際にトゴが近くに棺を放った事はベネッタもわかっていた。

明かりの為に一回、魔法をてきとうな場所向けて唱える。

近くの壁に一直線で向かった魔法は銀に輝く魔力ので辺りを照らし、ベネッタは傍にあった棺を発見する。

「『聖撃(ホーリー)』!」

見つけた棺目掛けてもう一回魔法を唱える。

のびているトゴの邪魔は當然無く、ベネッタの魔法は棺へと命中した。

「あ……」

魔法で棺が壊れる音とともに、茶の魔力のをベネッタは見た。

自分のものではない魔力の殘滓。

それが風に吹かれる砂のように崩れ、消えていく。

ベネッタに自立した魔法の核を破壊した経験はない、経験は無いが、何か大きな力がこの場から消えたことがそのじ取る事が出來た。

「や……った……ボク……やったんだ……!」

暗闇の中、ベネッタは役割を果たせたことにガッツポーズをとる。

狙い通りの短期決著。

その犠牲は外に出て自分のを見れば実するだろうが、今のベネッタにはどうでもよかった。

ベネッタはすぐに、余韻に浸っている暇はないとふらつきながら立ち上がる。

「いてて……『治癒の加護(ヒール)』」

していたせいか、今まで痛みをじていなかった足の怪我だけをベネッタは魔法で治す。

今の戦闘で出來た傷を全て治してる時間はない。

ベネッタの瞳は依然として上にある二つの魔力を捉えている。

エルミラともう一人は未だどちらも健在。

山の巨人が消えた事を願いながら、ベネッタはそのまま出口へと走り始めた。

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