《【書籍化】白の平民魔法使い【第十部前編更新開始】》67.白の平民魔法使い

「もう無理だ! もう無理だ!」

エルミラとリニスが戦闘を始めた頃。

西の城壁でもきがあった。

西の城壁にいた男が呼吸を荒くしながらその場を駆けだしたのである。

「頑張った! 俺は頑張った! はぁ……はぁ……! 俺は頑張った!」

西の城壁に殘った憲兵で名をエンケル。

ただ一人、【原初の巨神(ベルグリシ)】の向を見張る為に殘った憲兵だ。

ベラルタに木々の雨が降り注ぐ際も、怯えながらも警笛を鳴らし、攻撃が來る事を知らせた男である。

そんな勇気ある男が続けていた【原初の巨神(ベルグリシ)】の監視はここで終わる。

見張りである彼の視線からは生きた心地がしない景が続いていた。

王都にいた頃に見た王城よりもでかい魔法がどんどん近付いてくる様に彼はずっと耐えていた。

【原初の巨神(ベルグリシ)】が敵意のある攻撃を一度したにも関わらず、彼はそれでも殘った。

だが、それも限界が訪れる。

ここ一時間ずっと【原初の巨神(ベルグリシ)】を見続けていたからこそエンケルはわかってしまった。

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あの巨人はもう後數歩も歩けば、その腕をこの城壁に屆かせると。

恐怖に耐え、見張りを続けた彼の神は、それを理解した時に限界を迎えた。

「はっ……! はっ……!」

ずっと留まっていたにも関わらず、すでに息は荒かった。

いや、ずっとここにいたからこそか。

恐怖はずっと彼につきまとい、その力を奪い、上手く呼吸をさせなかった。

首から下がる警笛の金屬音を鳴らしながらエンケルは階段へと走った。

「ふざけるな! なんだあれなんだあれ! くそ! くそ! 夢なら覚めてくれよちくしょう!!」

エンケルは泣きべそをかきながら文句をぶつくさ言いながら階段へと向かう。

だが、ぎりぎりまで巨人の向を監視していたせいか、もう遅い事に気付いていない。

西の城壁を今更急いで逃げ出した所で、ベラルタの街から逃げる時間の余裕はもう無い。

ベラルタにいる馬は全て避難に使われており、西の區畫から即座に離できる手段はない。

彼は憲兵で、魔法使いなどではないのだ。

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強化の補助魔法で能力を上げられるエルミラやオウグスなどとは事が違う。

エンケルが逃げ出したタイミングは、今ここから魔法使いが強化を使ってもギリギリ離できるかどうかというタイミング。

健康で屈強な憲兵の足だったとしても、いずれ【原初の巨神(ベルグリシ)】に追いつかれるのは明白だった。

「東! 東東東!」

うわ言のように自分の目指す方角を聲に出す。

そんな時、再びあの音が鳴った。

「ひっ!」

ずしーーーーん、と地響きが鳴る。

【原初の巨神(ベルグリシ)】がまた一歩進んだ音だ。

エンケルが何度も聞いた恐怖の音。

この音が鳴る度に、あの砦のような足が進む景が目に浮かぶ。

これからは地震がある度にどんな深い眠りでも飛び起きそうだ。

それこそ棺桶にっていても生き返りそうな音だった。

「うげぇ!」

エンケルは恐怖で転ぶ。

勢いよく転んでは痛むが、そんな事は目の前にいる巨人の脅威からすれば無いも同じだ。

もつれた足は震えているが、エンケルの理は即座に立ち上がるように命令する。

「大丈夫……転んだだけ転んだだけ……」

エンケルは自分を落ち著かせようと、立ち上がりながらも自分に言い聞かせる。

即座に平靜を保とうとすることができるのは憲兵ゆえか。

一つ深呼吸をして駆けだそうとしたその時、

「あのう……」

「ひいいいい!!」

不意に階段から顔を覗かせる者がいた。

再びエンケルは転んでしまう。

今度は後ろにひっくり返るようにして。

転んですぐ、階段から逃げるように後ずさる。

「驚かせてしまってすいません」

「ひっ! え? あ? え? 生徒……?」

エンケルの前に現れたのはベラルタ魔法學院の制服を著た男だった。

ベラルタに數年いるエンケルから見ても制服は似合っていない。

素樸で特徴の無い男の子で、制服のほうが目立ってしまっている印象だ。

著られているというのはこういう事を言うんだろうな、とエンケルは思った。

「アルムといいます。しここに用があってきました」

「あ、こりゃご丁寧にどうも……じゃない! 君! 逃げるんだ! ここはもうじき壊される! ここにいたら危険だ!」

ベラルタ魔法學院の生徒はこの國の將來を擔う貴族の子である場合がほとんどだ。

平民の使えない魔法の存在を考えると強さで言えば目の前の生徒であろうが、ベラルタで働く憲兵である以上、エンケルにとって生徒は全て守るべき人間だ。

そんな守らなければいけない相手が目の前に現れたことで、エンケルの神は本當の意味で平靜を取り戻す。

先程までのびびっていた大の男はどこにもいない。

迷い込んだであろう目の前の生徒を保護しようとする一人の憲兵の目に戻っていた。

「あ、いえ、危険なのはわかっていますが、やらなければいけない事があるんです」

「目の前に巨人が迫っているというのに何を悠長な事を言ってる!」

「あ、いえ、その、ここに用があるんです」

エンケルはここでオウグスの言葉を思い出す。

生徒があの巨人魔法の核の捜索に協力してくれていると言っていたことを。

「いや、ここには核は無い! 普段から憲兵がいる場所だ!」

なんてことだと、エンケルは不幸を呪った。

ここを探していないかもしれないという用心さがこのアルムという生徒の足を運ばせてしまったのかと。

「あ、いや、核はいいんです」

「わかってる! そういう場所だからこそっていう話だろう!? だが、念の為城壁は真っ先に捜索……ん?」

聞き間違いかと、エンケルは首を捻る。

核はいい?

それならここに來た理由が全くわからない。

魔法の核を探す以外にここに來るのは自殺志願者くらいなものだろう。

「なんだって?」

「だから、核はいいんです」

「まさか、見つかったのか!?」

「いや、それはわかりません」

アルムの言葉にエンケルはしいらつく。

一瞬、朗報かと期待したが、時間を無駄にしただけだ。

「もういい! いいから逃げるぞ!」

「いや、だから自分はまだやる事があるんです」

「やる事!? 今やるべきは逃げる! ただそれだけだ!」

「自分は違います。あの、上ってどう行くんですか?」

「上?」

エンケルは首を傾げる。

アルムと名乗ったこの生徒が一何故そんな事を聞いているかわからなかったからだ。

この上には何も無い。

ただ屋上が広がってるだけ。

その屋上からの眺めは確かに最高だが、あの巨人がベラルタに向かってきている今は最低に違いない。

「何故かここで階段が途切れてて、どうやって上に行くのかなと」

アルムはそう言って途切れた階段の先にある壁を見た。

ベラルタの城壁は占拠されにくいように階段があちこちにわかれている。

階段が途切れているのはその為だ。

「階段ならこの先だ……上ったらまた突き當たりまで走ってまた階段があるからそれをまた上って、今度は道の途中に階段があるから、そっから上に行ける」

「そうでしたか、ご丁寧にどうも。ありがとうございます」

そう言ってアルムは頭を下げると走り出す。

エンケルとは逆のほうへと。

つまりは上に行く階段へと。

「ちょ、ちょっと待て君!」

「え? はい、なんでしょう?」

あまりに自然に去っていったアルムをそのまま見送りそうになるエンケルは慌てて止める。

エンケルが聲をかけると、急いでるんですと言いたげにその場で足をかしながらアルムは止まった。

それはこっちの臺詞だと言いたくなるが、エンケルが止めた理由はそういうことではない。

「何故上に行く!? 上には何もない! 逃げないと死ぬ!」

「はぁ……でも行かないと」

はぁ、はこっちの臺詞だと言いたくなる。

このアルムという年は一何がしたいのか。

「だから! 上に行って何をするつもりだ!?」

エンケルがぶように聞くと、もう一度地響きが鳴る。

ベラルタ全に伝わるこの揺れはカウントダウン。

今すぐ逃げ出さなければいけないこの狀況で、二人は向かい合っていた。

足を止め、アルムは視線を壁に向けた。

その視線の先は灰で無機質な。強固だが、今日はその強固さも意味をなさないであろうベラルタの城壁だ。

だが、アルムの視線は壁ではなく、その壁の先にいる巨大な敵へと向けられていた。

「その……あのでかいのを、ぶっ壊しに」

「……は……?」

その聲には特別な何かも無く。

散歩に行くような聲のアルム。

「このままだと、ベラルタ壊されちゃいますしね」

天気がいいからもったいないしと、そんな世間話を想起するような答えだった。

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