《【書籍化】白の平民魔法使い【第十部前編更新開始】》68.白の平民魔法使い2
オウグスから選択肢を迫られた時、アルムは思った。
"何故、選択肢が二つしか無いのだろうか?"
何故誰も、あの巨人を破壊するという選択肢を提示しないのかが謎だった。
本來……そんなものは謎でもなんでもない。
出來ないと理解しているから言うまでもないというだけの話。
當たり前の事柄をわざわざ説明するのは時間の無駄だ。
提示する意味のない選択肢とも呼べないものである。
「距離は充分……高さは仕方ない」
城壁から見える巨大な人型を見てアルムは呟く。
見上げて見えるその頭部はアルムなど見てすらいない。
そもそもこの巨人は人間の個の判別などできるのか?
神が創造したといっても信じられる最高峰の魔法は眼下の人間を認識しているのだろうか。
「どっちでもいいか……」
壁に登り、巨人の向を観察しながらアルムは一つ、深呼吸する。
本來、登るところではない場所だが、巨人に一番近い場所だった。
ベラルタの街に腕を屆かせるにはまだ距離がある。
勿論、逃げようというのなら手遅れだが、彼にその選択肢は元より無い。
だが、この深呼吸は恐怖を払おうというものではない。
恐怖があるのなら、こんな所にいるはずがないのだから。
「あの……自分だけでもよかったんですよ?」
振り向き、苦笑いを浮かべながら、後方にいる人間にアルムは話しかける。
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「はぁ……はぁ……! 馬鹿いうな! 生徒を置いて自分だけ逃げられるわけないだろう!」
その人間はエンケル。
アルムが一人城壁の屋上に行くと知ってほうっておけなかった憲兵だ。
止めようと追いかけたものの、強化を使って駆けあがるアルムに追いつけるわけもなく、アルムが屋上に著いた後に到著した。
「さぁ、今からでも遅くない! 逃げよう! あんなのは無理だ! 學院長のオウグス殿やあのヴァン殿でさえ諦めてたんだぞ!」
そう、見張りのエンケルだけは魔法の核の捜索に行く前の二人の會話を聞いていた。
どうやったって破壊できない、と。
だからこそあの巨人が消えるのをずっとここで待っていたのだ。
仲間達が魔法の核を見事破壊し、あの巨人が消えていくのをこの目で見ようとしていた。
確実な安心を得る為に。
「いや、今から逃げるのは無理ですよ。さっきからそうですけど、もう間に合わない」
「間に合わない!?」
わかっていたであろう事実を他人の口から聞かされ、エンケルは改めて絶する。
自分は死ぬのか、と。
必死に考えないようにしていた事実を聞かされてエンケルの膝は床につく。
「そんな……そんな……」
「あ、気付いてなかったんですね……すいません」
壁から降り、膝をつくエンケルを立ち上がらせようとアルムは手をばす。
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エンケルは震えながらその手をとった。
「えっと……そうだ、見ないようにすればいいんじゃないでしょうか? ずっと巨人を見ていたから恐いんですよ。目をつぶって夢だと思ってみてはどうでしょう?」
「……」
「……歌でも歌います?」
「何で君はそんな余裕かなぁ!?」
アルムのめにもならないよくわからない提案を一蹴し、エンケルは立ち上がる。
「自分は逃げる為にここに來たんじゃありません」
エンケルの手を放し、再びアルムは【原初の巨神(ベルグリシ)】と向き合う。
アルムは見上げるといったほうが正しいか。
背中越しに、エンケルの質問の答えを続ける。
「夢を葉える為に、ここに來たんです」
話はここまでだとアルムの目付きが変わる。
「いくぞ……でかぶつ――!」
アルムは閉じていた魔力を解放する。
故郷を出る前から閉じていた魔力の蓋。
自分の師匠から教わった魔力ある者の必須技巧。
自の魔力を外にらさないようにする為の魔力もこれから使う魔法に集結させる。
魔力の節約なぞしていられない。
対人では必要ない量の魔力も目の前の相手には必要だ。
「『準備(スタンバイ)』!」
無屬魔法の強化をするオリジナルの補助魔法。
これから使う魔法を強化する為の下準備。
それはつまり、目の前の敵への宣戦布告――!
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その瞬間、【原初の巨神(ベルグリシ)】の頭部にきがあった。
視界はベラルタから一つの個へ。
急に出現した魔力の出処へと向けられた。
「"充填開始"」
本來は口に出す必要のない魔法の工程、その一段階。
解放された魔力が燃料となるべく集結する。
口に出したのは現実への影響力を上げる為。
目の前の敵に屆かせるために、魔法の威力を工程から底上げしていく。
「"変換"」
燃料を集結させながら次の工程へと進む。
アルムの右腕からびる白い線。
制服で隠れたその右腕の下には変換の魔法式が刻まれていた。
右腕からびた変換の魔法式はやがて両足に到達し、やがて城壁の床にその魔法式の線をばして魔法陣のように描いていく。
「エンケルさん、離れてください」
「え……?」
ぼーっと、魔法の工程を見ていたエンケルがアルムの聲で我に返る。
「は、はい……」
もう逃げようなどという提案もせず、大人しく返事をしてエンケルは下がる。
アルムの聲はさっきと違う。
年らしさを殘しつつも迫力のあるその聲でエンケルは理解した。
このアルムという年は本気であの巨人を打倒しようとしているのだと。
「ふぅー……!」
アルムは大きく息を吐く。
その額には汗。
恐怖に駆られたからではない。
今、燃料となって駆け巡っている魔力がアルムのを蝕んでいる。
その魔力の量はルクスを相手にした時の比ではない。
魔力は現実には影響を及ぼしにくいエネルギーである。
そんなエネルギーが影響を及ぼしてしまう例外が過剰魔力による魔獣の暴走だ。
魔獣の暴走は、個ごとに決まっているにめぐらせられる魔力量の上限を超えた時に起きる。
そして、アルムはその上限をとっくに超えた魔力を中に駆け巡らせていた。
「く……ぐ……!」
以前、ダブラマの刺客に襲われた際に使った『幻獣刻印(エピゾクティノス)』は意図的に過剰魔力の暴走を再現させる魔法だった。
実在しない獣の爪や牙を再現し、その爪や牙に無屬魔法でなければあり得ない魔法になりきれていない魔力を流し込んでを強化し、過剰魔力を再現するというもの。
しかし、今回は違う。
普段、奧底にめている魔力を、何も使っていないそのままのアルムのに流し込んでいるのである。
人間でこの痛みを知っているものはごくわずかだ。
今、アルムのの中にある魔力の川は氾濫を起こし、痛覚となって脳にシグナルを送り続ける。
自のを痛めつけるこの暴挙をやめさせるために。
「こう……なるのか……! 貴重な経験だ……!」
痛みを誤魔化す為にアルムは笑う。
魔力を限界以上にに巡らせると痛むのかと。
この痛みは何らおかしなことではない。
人間のには狀態に応じたシグナルがある。
疲労だったり、眠気だったりと様々だ。
魔力ある者にとっては魔力に関するシグナルが痛みであったというだけの事。
「やってよかった――!」
普段得られない痛みにアルムは喜びすら覚える。
魔法に飢えた探究心が自の選択に対する確信を改めて実させた。
「"変換式固定"!」
城壁の床にまでばした変換式を固定する。
変換式とともに固定された今のアルムはさながら砲臺だ。
逃げるという選択肢はとっくの昔に無くなっている。
ならば、この場からけなくなっても支障はない。
砲臺となったアルムは砲である右腕に魔力を集める。
目の前の巨人を貫くために――!
「っ……!」
いたのはアルムだけではない。
四百メートルを超える巨人にもきが見える。
目の前にそびえる山をそのまま人型にした規格外の魔法。
歩き回るだけでもマナリルの街を潰して回れる災害だ。
だが、それだけではないと思っていた。
災害とは違い、人間の手で作られるのが魔法。
そこには魔法であるが由縁の力が必ずある。
「やはりすんなりとはいかないな――!」
淡く輝く茶の魔力は輝きを増す。
同時に。
穏やかな大地や山を彷彿とさせるなだらかな表面はその下から隆起した何かによってその姿を変えていった。
巨大な棘を思わせる鉱が【原初の巨神(ベルグリシ)】の表面に次々と現れていく。
山である時に生えた木々のを地に落とし、土だった表面は鉱へと変化する。
ばきばき、ばきばき、と城壁にまで聞こえる音でその姿を変えていった。
ただ先の丸い棒のようだった手はそこから五本の鉱の爪を生やし、足から五本の指が。
【原初の巨神(ベルグリシ)】に生えていた草木はやがて、その全てが平野に落ちた。
その姿に友好の意図は微塵もじられない。
最後に、何も無かった頭部には、隆起した鉱で吊り上がった目と裂けるように出來上がった口。
【原初の巨神(ベルグリシ)】はそこで変化を終えた。
"オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!"
「それがお前の正か――!」
口が出來上がり、ひたすら足音だけで復活を告げていた【原初の巨神(ベルグリシ)】が咆哮する。
目の前の巨人も矮小な存在からの宣戦布告をけ取り、戦闘の意思を見せる。
変化した【原初の巨神(ベルグリシ)】には人間のような顔と手足に爪。
その姿はまるで悪魔。
咆哮はベラルタ中に轟く。
目の前のアルムには突きつけた宣戦布告への答えであるかのように聞こえた。
「"放出用意"!」
三工程の最後にる。
ただベラルタを目指していた魔法は、戦う魔法へと姿を変えた。
ならば撃つしかない。
魔力を変換式にひたすら注ぎ込み、放出する魔法の力にする。
痛みは今の比ではない。
ただ魔力をにめぐらせるだけで痛みを伴っていたというのに、放出によって放たれる魔力はその発口である右腕にどれだけの負荷を齎すだろうか?
"やってみなきゃわかんねえよ……!"
アルムは笑い飛ばし、名も知らぬ巨人を見上げる。
余計なことは放ってから考えればいい。
狙いは部。
この巨大さでは當てやすさなど関係ないが、貫けば最もダメージを與えられそうな場所に狙いを定めて……
「"魔力堆積"! 『芒魔砲(パイルシャフト)』!」
魔法の名を唱える。
三工程を終え、今、魔法としてその右腕から魔力の砲撃が撃ち出された!
「いっけえええええ!」
空気を裂き、音を立てながらその砲撃は巨人へと向かう。
【原初の巨神(ベルグリシ)】は抵抗しない。
放ってきた砲撃手の狙いをそのままけれる。
部の鉱は普通の魔法使いではありえない魔力を乗せた砲撃を悠々とけ止める。
その裂けた笑顔が変わることは無かった。
「ふざ……けんな……!」
人間のには荷が重い魔力が激痛となってアルムを襲う。
常識外の魔力をつぎ込んだ魔法は右腕に焼けるような痛みを殘しながら巨人へと放たれていた。
「あ……ぐ……! はっ……!」
口にはの味が、そしてただでさえ自分の魔法で狹くなった視界は白んでいく。
右腕は、腕がそのまま火にくべられているのではないかと思うほどの激痛だ。
しかし、その痛みの果は全くない。
普通ならば、どんな魔法でも貫けるであろうその砲撃を巨人は意にも介さず。
まるで砲撃など無いかのように、また再びその足を一歩進めた。
再度ベラルタの街に伝わる地響きはこの砲撃の無意味さを伝えている。
「はっ、この……! 化け……もの……!」
わかっていた。
その魔法がどれほどのものか、知識ではわかっていたつもりだった。
驕っていたわけでもない。
自分の魔力量ならばなくとも後退させられるであろうとは思っていた。
だが、実際はどうだ。
自分の砲撃をけながらも歩を進めている。
どれだけ魔力を上乗せしても無駄だったという事か。
相手は千五百年前に唱えられた地屬の魔法の頂點。
その現実への影響力の前では魔法の法則すら無に帰すのかと。
"魔力が、足り、ない……のか?"
腕を中心に、全を走る激痛がアルムに迷いを抱かせる。
あの巨人を打倒できないなどとは思っていない。
しかし、もしかすれば自分の魔力が足りないのだとすれば?
人間である自分には限界まで魔力を絞り出すことなんてできないのではないかと、アルムをし揺れさせる。
神の揺れは魔法に影響する。
アルムの無屬魔法の真価は、膨大な魔力量を変換し続け、威力を底上げし続けることにある。
唱えて終わりの魔法ではない。その魔法を放出し続けている間、その神を強く持たなければ意味をさない。
芽生えた迷いは、その変換の度を損なわせ……砲撃は最初の勢いを失っていった。
「修復してるぞ……!」
「っ!?」
勢いの失いつつある砲撃をし続けるアルムに聲が屆く。
「大丈夫なのか!? 魔法が當たって砕けてるところがどんどん元に戻っていってるぞ!
ひび割れたところから修復してるみたいだ!」
それはこの場にいる唯一の観客であるエンケルの聲。
魔法がわからないエンケルでも見える事態はわかる。
見張りとしてずっと【原初の巨神(ベルグリシ)】を見ていたその目は、砲撃をけている【原初の巨神(ベルグリシ)】の部が、アルムの砲撃をけた先から修復しているという事実を捉えていた。
「修……復……?」
ならば、この魔法が通用していないわけではない。
あの巨人に傷をつけられる段階にまで至っているということ。
「っ!」
アルムは放ち続けた魔法を解除する。
無理に放った砲撃はアルムのに痛覚というシグナルを殘し続けていた。
"オオオオオオオオオオオオオオ!!"
【原初の巨神(ベルグリシ)】は再び咆哮する。
それはそのを弁えない攻撃を仕掛けた魔法の使い手への勝利宣言か。
「ありがとう、エンケルさん!」
アルムの雙眸は再び巨人を見據える。
小さいながらも、自の魔法が眼前の巨人に通用しているという確信を得て、激痛がもたらした迷いを拭いさる。
そしてその迷いが無いのなら――
「『準備(スタンバイ)』!」
再びその激痛に飛び込むことなど、この平民はいとわない!
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