巨人は笑う。

今のが迎撃？

今のが魔法？

今のは知っている。

その様式は間違いなく無屬魔法。

魔法であって魔法でないもの。

人類の魔法は後退したのかと巨人は落膽する。

眠る前にもあった懐かしい魔力遊び。魔法を使えないものが、その持て余す魔力を使って見世としていた時期もある。

そんな無屬魔法が今、私に向かって放たれた？

笑止。

笑止。

笑止――！

私を嘗めているのか、と巨人は憤怒する。

その怒りは無屬魔法を向けられたからという理由だけではない。

自らを支える核の消滅を巨人は先程観測した。

それはすなわち、主の消滅。

巨人の創造主が完全にこの世を去った証拠でもある。

【原初の巨神(ベルグリシ)】がこの形態に変わったのは自を見てなお立ち向かおうとする者に対する敬意でもあり、怒りの証でもある。

本來はこの巨を見てなお立ち向かう魔法使いの心を折る姿。

魔石で覆われた巨から繰り出される攻撃は敵対者の生存を許さない。

容易に修復できたとはいえ、その魔法未満の(すべ)でこのに傷をつけた事だけは賞賛しよう。

しかし、生存は許さない。

放たれたその砲撃は明らかな宣戦布告。

一番最初に破壊するのは、あの小さな段差にいる無屬魔法の使い手だと巨人は決めてその足を進める。

「できる……いける……！」

そんな【原初の巨神(ベルグリシ)】の意思は知らずにアルムは必死に考える。

アプローチは間違っていない。

エンケルの見たものでアルムは確信する。

「はぁ……はぁ……！」

「お、おい、大丈夫か！？」

「問題……ありません！」

結論を急ぐところだった。

そう。決して効いていないわけじゃない。

ただ、巨人の修復能力が早かっただけの話。

相手は千五百年この世に顕現していた魔法。

核があろうとなかろうとそのくらいの魔力はあって當然。

魔力をいくら注ぎ込んでも貫けなかったのはその修復能力を超えた破壊力を出せなかったからだ。

「なら……！」

やる事は決まりきっている。

単純だ。修復を超えた破壊力を出せばいい。

アルムの魔法は人間からすれば巨大な魔力の砲撃だが、【原初の巨神(ベルグリシ)】にとっては指一本分くらいの太さしかない。

それでは修復も間に合って當然。

修復するところがなければ、魔力の消費も大したことがない。

それにあの砲撃のサイズでは貫いたとしても破壊にまでは至らない。

考えてみれば最初から無謀だった。

あんなサイズの魔法が貫通したところで部にしを開けるだけ。

相手は人間ではなく、魔法なのだ。

それでは止める事も、破壊する事もできはしない。

つまり、今使える魔法では、単純に小さすぎる(・・・・・)。

「考える……作る……構築する……！」

だから今、作りかえる(・・・・・)。

一から作ってる暇はない。ベースは今撃っていた魔法を使う。

本は同じ砲撃。

しかしサイズはあれに通用するように。

目の前の巨人を破壊できる魔法へと今ここで昇華する――

「砲を……！」

片腕では無く両腕に？

「違う……！」

我ながら何て小さなスケールかと怒りがこみ上げる。

さっきの魔法の大きさが倍になったところで巨人のに突き刺さるのは指二本程度。

一本が二本になったところで狀況は打開できない。

現実を直視しろ、とアルムは自に言い聞かせる。

「足りない……！」

ならば全を？

「違う！」

それでも不可能。

砲が人間大になったところで、魔力の続く間押しとどめられるかどうか。

間違いなく破壊には至らない。

萬が一破壊できたとしてもやはりの辺りに風を開けるだけ。

巨人の侵攻が止まるとは思えない。

【原初の巨神(ベルグリシ)】は魔法だ。

その巨に臓など無く、人間と違って風一つで止まる道理など無い。

魔法の核がその巨に無いとわかっている今、賭けで貫く場所を決斷する事すら無意味である。

「なら……！」

一どうする気だ？

「なら！！」

人間のを使ってすら無理だというのなら、あの巨人を撃ち抜ける砲は無いのでは？

「うるせえ！！」

脳に囁く邪魔な言葉にアルムは怒りを聲にする。

諦めを促すような囁きは今日までに蓄えた魔法の知識から。

しかし破壊できるという確信も魔法の知識から。

そんなありもしない囁きに思考を裂けるのなら考えろ――！

「おい來る……！　もう來るぞおお！！」

エンケルの聲と共にまた一歩、【原初の巨神(ベルグリシ)】がベラルタに近付く。

ベラルタに再び響く足音というカウントダウン。

自然に止まることはない容赦ない地響き。

アルムの位置からでも、距離はまだしあるように見える。

だが、【原初の巨神(ベルグリシ)】の巨を考えればベラルタはもう目前。

ベラルタの西の區畫はその巨で日のを遮られて薄暗くなるほど影が落ち、その腕がベラルタに屆く位置まであと二歩という所まで來ていた。

真っ先に破壊されるのはアルムのいるこの城壁。

その圧倒的な現実への影響力を持ってこの城壁をえぐりながら、アルムは片となるだろう。

「あ……」

不意に出た聲とともに頭の中の囁きは止んだ。

アルムは【原初の巨神(ベルグリシ)】を見上げる。

眼下であがく蟲を見るような空の目。

その顔に作られた裂けた口は、嘲笑うような笑みを彷彿とさせた。

しかし、そんな事はどうでもいい。

頭に浮かんだ一つの回答。

それは思ったよりもシンプルで、アルムは呆れたように一つ笑った。

「はは……」

何故こんな簡単な事に気付かなかったのか。

思いつかなかった？

できないと思い込んでいた？

どっちでもいい。

確かなのは、できないはずがないという確信だけ。

目の前にそびえる巨人の存在は、アルムの頭に浮かび上がった回答の証明でもあった。

「――ああ」

なんだ。

簡単な事だった。

「作っちまえ……！」

冗談のような決意とともにアルムは両手を城壁の床につく。

その表には笑みが浮かんでいた。

未知に挑戦する喜びがアルムを満たしていく。

「"充填"……！」

再び、アルムは自分のに魔力を駆け巡らせ始めた。

「あ……！　ぐ……っ……！　っぁが……！」

魔力と痛みが同時にを駆け巡り始める。

まだ先程の魔法を撃った時の痛みが殘っているにも関わらず、アルムのに新しい激痛が襲った。

耐えながら、ひたすらに魔力を注いでいく。

全に走る激痛に耐え、四百メートルを超える巨人を前にして一歩も引かず、ベラルタを救わんとする若者は皆の目にはどう映るだろうか？

だが、勘違いしてはいけない。

彼の行は勇気だとか。

敵國の悪意に対する正義だとか。

ましてや、友人との出會いの場所を守ろうという友だとか。

そんな大層なものではない。

ただ、彼は一人だけ思っていなかっただけの話。

相手は魔法で、こちらが使うのもまた魔法。

ならば、出來ない道理など無い。

彼だけは、あの巨人を破壊できないなどと――思っていなかっただけの話なのだ。

「まだ……！　っ……！　たり……ねえ……！」

の奧底から魔力を絞り出す。

奧からせりあがってきた赤いの味を確かめながら、アルムは故郷を出る前に師匠に問われた事をふと思い出す。

どんな魔法使いになりたいんだい、と師匠は聞いた。

何故今そんな事を思い出すのか自分でも不思議だった。

未だにその問いの答えをアルムは出せていない。

そして、この場でアルム自が答えを出せるとも思っていない。

「だけど……」

モチーフは決まったな、と痛みの中でアルムは笑った。

「は、ぁっ……！　くぁ……！」

その笑みもすぐに消える。

魔力の氾濫と痛みはやがて全に。

が沸騰しているように熱く、傷ついた管から流れると痛みがそう錯覚させる。

それでも魔力を走らせる。

今アルムをかしているのは魔法を使える者の責任でもなんでもない。

の頃から魔法に飢えていた探究心。

憧れが間違っていないのなら貫きたいという挑戦心。

この行は魔法使いになりたいと願った年のエゴである。

それでもそのエゴが誰かを救うというのなら、それこそが……

「"変換"！」

本人では答える事のできない、あの時の回答そのものなのではと――