《【書籍化】白の平民魔法使い【第十部前編更新開始】》79.冷気と逃走

倉と呼ばれる谷の森。

山と山の間に木々が集したこの場所でナナは闇を補う。

本來、夜間でしか彼らは戦闘を行わない。

闇夜に紛れた強襲こそ彼らの本領だ。

霊脈前での邂逅は完全なイレギュラー。

マキビが予定外と言ったが、ナナのほうがその予定外での弊害は大きい。

ナナは幾度考えたかもわからないもしもを思う。

自分がガラクタでなければと。

「よくきますね」

ナナは枝から枝へと飛び移る。

眼下のミスティは水晶のように固めた強化魔法で防されている。

小柄なを包む鎧はミスティがただ走ってきた場所に霜を降ろしていた。

驚くべき現実への影響力にナナは羨にも似た視線を向ける。

あれは特別だとわかっていても羨まずにいられない。

「速い……」

だからといって退くわけにはいかない。

枝から枝へと飛び移り、ミスティの視線に自分を捉えさせないようにナナはく。

軽に。

時には音をわざと立てるように荒く。

時には音を立てないよう靜かに。

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飛び移るタイミングすらも変えて敵の五報を混させる。

そしてわざと相手が魔法を撃てる瞬間をこちらで作り出し、魔力を消耗させるのがナナの狙い。

中々捕まらないという狀況は自然と苛立ちを生む。

それが自分より弱い相手だとわかっているなら尚更。

先程の攻防でナナは自分の実力が概ね計られている確信があった。

あのはこちらを甘く見ている。

だからこそ、このはこうしてたった一人で追ってきたのだという確信が。

「………」

ミスティはきょろきょろと辺りを見回す。

敵の姿を捉えられなくてもなおその冷靜な表は崩していない。

その余裕を崩す為、ナナは短刀を三本投げる。

「あら……」

そんなものが通用しないのはナナも重々わかっている。

予想通り、ナナの投げた短刀は二本はミスティの鎧に弾かれ、一本は凍り付いて地に落ちた。

これは挑発。

強い力を持つ者に必ずあるプライドを刺激する。

格下にいいようにされている今の狀況にを昇らせろ。

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卑怯?

腰抜け?

ナナは今まで殺した魔法使いにかけられた言葉を思い出すが、すぐに仮面の下で笑い飛ばした。

そんな砂より軽い言葉をかけられたところで自分の役目は変わらない。

今やるべきは任務の最中に出會った敵の魔法使いを排除する。ただそれだけだ。

祖國に貰ったナナの名前の為にもこのをここで消す。

「"放出領域固定"」

がようやくく。

ようやく魔法を唱えるかとナナは笑った。

疲弊すれば相手は

能力なら間違いなくナナのが上だ。

魔力の盡きた魔法使いなら短刀一本で事足りる。いや、あの格なら首を捻るでもいい。

限界まで付き合う覚悟でナナは再び枝から跳んだ。

「【白姫降臨(ニブルヘイム)】」

「は――」

――だが、そんな陳腐な作戦は他の魔法使いに効いてもこのには通用しない。

森に響く合唱。

それは教會で唄う聖歌のようにしく。

唱えた旋律は世界へと。

風景を作り出していた役者が変わる。

木が、土が、葉が、その全てが役目を氷に譲る。

空気は冷気に変わり、命を閉ざす氷結の音は一瞬にして辺りを氷の世界へと変えた。

それは空中にいたナナも例外ではない。

枝から枝へと跳ぶ最中、ナナは無にも凍り付いた。

跳んだ勢いが殺された氷漬けのナナはそのまま地面へと落下していく。

「『海の抱擁(マリンエンブレイス)』!」

落下するナナを見つけ、ミスティは魔法で出した水の塊でキャッチする。

相手は敵國の魔法使い。

何もわからない自分達にとっての貴重な報源だ。喋らない可能のほうが高いが、それでもそのまま殺すわけにはいかない。

「ふぅ……どこも割れてませんわね、危なかったですわ」

果たして、甘く見ていたのはどっちだろうか?

マナリルの北を支配する名門カエシウス家。

は次でありながらその統魔法を継いだ才

そしてその統魔法は必殺。

でさえ手加減しなければ制できない弾。

ナナの敗因はそう、ミスティを他の魔法使いと同じように扱った事だった。

「皆さんは大丈夫でしょうか……」

そして何事も無かったかのように、氷は再びその風景を元の役者に譲る。

木々は風で葉を揺らし、土はそのらかさを取り戻し、空気は元の溫度へと。

水の塊に捕まっているナナの氷も消えていた。

敵の魔法使いを難なく捕え、ミスティは元來た道を戻っていく。

ミスティが森の中での戦闘の結果は、滝前で戦っている全員にも伝わった。

「はあ!?」

マキビの振り下ろした魔法はその魔法に見惚れていたアルムの隣へと叩きつけられた。

えぐられるような地面と綺麗に割れた巖が魔法の威力を語る。

振り下ろす直前に森からじた一瞬膨れ上がった魔力とここまで屆いた凍てつく冷気。

ただそれだけでも、マキビがナナの敗北を悟るには十分な材料だった。

「負けるの早すぎだろナナの野郎!!」

仕事仲間への文句を心の底からマキビはぶ。

まだここを離れて數分しか経っていない。

一人相手の時間稼ぎも出來ないのかと憤慨する。

「ミスティ殿がやったみたいだね」

「早いな、何使ったんだ……?」

確信はマキビだけでなく、アルムとルクスにも。

早すぎる決著は想像と逆の結果はまずもたらさない。

まだ姿は見えていないが、もうしで森からひょこっとミスティが出てくるのが容易に想像できる。

「ちっ……もたもたしてる場合じゃねえな。流石にあのが來たら分が悪い」

目付きの変わるマキビ。

統魔法かとルクスは構え、アルムはそんなマキビをじっと見つめる。

「『我流河(がりゅうか)』!」

マキビは魔法を唱えるとともに跳ぶ。

それは先程までのような巨大な尾でも、全に纏う亀を象った水でも無い。

細長い水たまりのような、およそ何かわからない魔法。

二人が警戒する中、跳んだマキビの著地先に表れたその水はそのままマキビを乗せて森の中へとっていった。

「え?」

「おぉ、なるほど。逃げるのか。上手いな」

ルクスは呆けた聲を上げ、アルムは嘆する。

マキビの判斷の的確さに気付けば稱賛の言葉まで出ていた。

「分が悪いからな!逃げさせてもらうぜ!」

二人が呆気に取られている間、すでにマキビは森の中へ。

「『炎竜の息(ドラコブレス)』!」

シラツユの守りに徹してたエルミラが逃げようとするマキビを見て魔法を唱える。

速度の速い魔法で見えなくなる前に仕留めようとマキビを狙った。

「あっぶねぇ!」

マキビはを低くし、ギリギリ屆いたエルミラの魔法をかわした。

エルミラの魔法はかわした先の木をなぎ倒す。

肝心のマキビは髪を數本焦がしたくらいでダメージは無い。

「お前もやるな! だけど今日はさよならだ! じゃあな!!」

「ちっ――!」

勝ち誇ったマキビの聲。

事実、ここからエルミラがマキビを仕留めることはできない。

すでに森の中にったマキビは自分の魔法の程外。

魔法を當てられなかった自分の未さと何もできないもどかしさにエルミラは舌打ちする。

「行ってアルム! 今のあんたなら追い付けるでしょ!?」

「いや、どう逃げてるのかまではわからないぞ。完全に虛を突かれたからな」

マキビの姿はすでに木々に阻まれて見えない。

ルクスはもちろん、アルムも周囲の変化を注視していたせいで咄嗟に追いかけるという選択肢を外されていた。

魔法にどう対応するかだけを考えさせられる空気があの時のマキビにはあったのだ。

「追いつけるの!? 追いつけないの!?」

「追いつける」

確認するかのようなエルミラの問いにアルムは斷言する。

虛勢ではなく、自分の魔法を理解しているがゆえの答え。

「なら何の問題もないじゃない。ねえ?」

アルムの答えにエルミラは満足そうに笑みを浮かべ、シラツユに付いていたベネッタのほうを振り向いた。

「……へ?」

読んでくださる方、評価ブックマークしてくださっている方、いつもありがとうございます。

ジャンル別日刊7位となっていました……素直に喜ぶべきなんだと思いますがほんのちょっと信じ切れていない自分がいたりします。

これからも頑張りますのでよろしくお願いします。

明日は本編と幕間一本ずつ更新します。

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