《【書籍化】白の平民魔法使い【第十部前編更新開始】》81.トラペル領の話

トラペル領は最初から価値ある土地だったわけではない。

前任の領主がいたこの土地は王都やベラルタのような大きな都市からも離れていて、山や高地が周りにあるせいで行き來するにも時間のかかる土地だった。

この土地の価値は、領主が意的に領地を開拓した事によって発覚することとなる。

領主が積極的に取り組んだのは魔獣の駆除だった。

安定した気候に富な田舎料理と安価ながらも収穫量はなくない作、そして雄大にそびえる山脈を考えれば観地や貴族の保養地になりうる可能は十分にあった。

だが、そうする為には、前任の領主が放置したことによって町や村の周囲で増えた魔獣を駆除する必要があったのだ。

領主自らが率先して魔獣の駆除を行った事、そして討伐に協力する平民には十分な金を與えた事により、信頼関係を構築しながら魔獣の生息域を狹めていったのがトラペル家が最初に行った事業といえよう。

しかし、今まで放置していたせいか魔獣は駆除しても他から集まってくるのだ。

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この土地を賜った運命とれ、領主はそれでも徐々に安全な土地を広げていった。

そしてその時はやってくる。

大きな湖の周りにいる魔獣達を討伐し、夜になった時のことだ。

領主と魔獣討伐に協力していた十數人の平民が疲労し、休んでいた時の事だ。

が落ちる前に松明を作ろうとしていた一人の平民がその景に気付いてこう言う。

"火……いらねえんじゃねえか……?"

何を馬鹿なと言いかけた者達の目にもその景が映った。

湖が輝いていたのである。

目の前に広がるそれはその場にいた領主と平民どちらの目も釘付けにさせた。

領主が湖に走ると、輝いていたのは水底だった。

淡く、そしてしく、湖底から発せられるは水に反しながら辺りを照らしていた。

しばらくして、そのが何かを知っている領主はその場にいた者達全員と抱き合ったという。

これがトラペル領の霊脈発見の経緯である。

そこからは町の景観を領主と平民がる湖に相応しいイメージに沿うように整え、ついには輝く湖から水路を引っ張り、る水の出る噴水を作り上げた事によってトラペル領は一躍有名となった。

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その輝く湖こそ今やマナリルの人気スポットで有名なミレル湖である。

「かいつまんだ経緯はこんなじでしょうか」

というような説明を、良質な霊脈があるという報以外のほとんどを知らないシラツユにミスティが説明していた。

アルム達は今、ベラルタから乗ってきた馬車ではなく、ニヴァレ村から出ている馬車に乗っていた。

ベラルタから乗った馬車はマキビとナナを運ぶためにエルミラとルクスを乗せてベラルタに戻った為、代わりの馬車に乗ったのである。

今から行く霊脈のある場所は、學院でシラツユが魔法儀式(リチュア)を行っていた相手、ラージェス・トラペルの家の領地であるトラペル領。そこにあるミレル湖の霊脈である。

「へぇ、すごい場所ですね……」

「へぇ、すごい場所なんだな……」

「いや、アルムくんがへぇ、はおかしいんじゃないかな……」

がたがたと揺れる馬車の上でシラツユはミスティの説明を聞いて月並みな想を口にする。

その隣で同じようにアルムも口を揃えて。

どちらが他國の客人なのかわからない狀況にベネッタも思わず苦笑いを浮かべた。

「そう言われてもな……ここ十年魔法の事しか學ばなかったからな。王様の名前を知ったのも最近なくらいだ」

「ふふ、そういえばそうでしたね」

「え、王様の名前を……?」

シラツユは驚くように橫のアルムの聲を見る。若干引き気味に。

「びっくりしますよね、私もびっくりしましたもの」

「田舎だったからそういうのとは無縁だったんだ。魔法の勉強を始めてからは特にそういう本しか読まなかったしな……友人だってここに來てから初めてできた」

そう言ってアルムはミスティのほうに目をやる。

ミスティはその視線に気恥しそうに小さく微笑んだ。

「俺にとっては普通だったが、學院からの使いの人が苦笑いしてたからよっぽどなんだと思う。ほとんど山だからな」

「そんなとこまだあるんだねー……ボク、逆に行ってみたいかも……」

「いや、やめておいたほうがいい」

正面で興味を沸かせるベネッタに、本當に何も無いぞと念を押すアルム。

他の人なら謙遜だと思う所ではあるが、アルムの何も無いは本當に何も無さそうだとベネッタは大人しくその興味を引っ込ませる。

「あぁ、でも話を聞く限り――」

そこまで言って、アルムは続きを引っ込ませる。

ここで余計な事を言うと変に興味をもたれかねない。

隣のシラツユをちらっと見た。

「は、はい?」

アルムが思い出したのは故郷にある花畑だった、

そこは孤獨を思わせる森の奧。

雄大に立つ木々の城。

その奧には自分だけの中庭があった。

一種類の花しかそこには咲いてなかったが、その花々は夜に逆らうように白く輝いていた。

偶然見つけた魔法を學ぶ為の場所。師匠との思い出の地。

あれは今思えば霊脈によるものだったのではと、アルムは谷にあった滝と輝く湖の話で思い出したのであった。

「あ、あの……アルムさん……?」

言葉に迷っている間に、意図せずシラツユをじっと見る構図となる。

シラツユの白い髪とその頭にリボンのように巻かれた白い布が目にった。

花畑の事を思い出したからだろうか。

「アルム、シラツユさんが困っていますわ」

「あ、あぁ、すまない……」

ミスティの聲で我に返る。

アルムはご丁寧にシラツユとは真逆のほうを向くように目を逸らした。

「アルムは々デリカシーに欠けます。同に関わらず相手をじろじろ見るのは失禮にあたりますわ」

「はい、ごめんなさい……」

怒られた犬のようにアルムは目に見えて肩を落とす。

時折見せるミスティの冷たい聲は普段とのギャップもあって神的にくるものがあった。

「ミスティ恐いー……」

「恐くありません」

「はい……」

隣のベネッタにも飛び火する。

飛び火というよりも、ベネッタが勝手に火種にっただけの話だが。

「見られるというのはそんなに気になるものか……」

「自分が気にしないからといって他人もそうだと思ってはいけません」

「はい……」

學びを呟きにしていただけなのだが、どうやらやぶ蛇になってしまったようで、ミスティはアルムをきっと睨む。

気付けば自然と背筋がびていた。

「わ、私……今アルムさん達の力関係がわかった気がします……!」

「そりゃよかった……」

何がシラツユの心に刺さったのか、シラツユはそう言いながら目を輝かせている。

をもって証明できたようで何よりだとアルムはミスティからの視線に震えていた。

「素晴らしい目です……!」

なお、ミスティのほうを見てシラツユが何やら呟いていたのは気にしない事とする。

「それで、話を聞く限りなんでしたの?」

「え?」

「ですから、話の続きです。私が中斷させてしまいましたが、アルムも何か言いかけてそのままシラツユさんを凝視し始めましたから話が途中ですのよ?」

「ああ……」

言われて言葉に困っていた事を思い出す。

どうしたものかとアルムはミスティの説明を振りかえった。

「いや、前任の領主はよほど杜撰だったんだなと思って。霊脈がある事にすら気付かずに土地を取り上げられたんだろう?」

故郷の事をとりあえず棚に上げて、一つ気になった事を取り上げて続きとするアルム。

「ええ。とはいっても……國からここからここまでを與えると地図上で言われても実際その土地がどうなってるか細かい報はわかりませんからね。

魔獣が集まっていたのだとしたら、生活に影響が出るまで放置するのは珍しい事ではありませんから知らないのも不思議ではないかもしれません」

ミスティの説明に、そうなのか、とし驚いたように反応するアルム。

特に驚くような説明ではなかったと思うが、謎が深まったように首を傾げていた。

「どしたのー?」

「いや、てっきりその前任の領主は魔獣を放置してたから土地を取り上げられたのかと思ってたんだ。

珍しくないならなんで土地を取り上げられたのかと思って」

「あー、どうなのー?」

ベネッタは當然知らなかったのでアルムの疑問をそのままミスティに橫流す。

「ごめんなさい、私も詳細は分かりません。狀況から見るに稅を納められなかったのだろうとお父様は仰っていました。あろうことか國から逃亡しようとした領主が捕まったという話が當時話題になったのを覚えています」

「逃げたって……エルミラも言ってたけど、貴族も々あるんだな……」

「本當に豪勢な生活してるのは一部だけだからねー、」

「ちなみに、何て家だったんだ? 貴族なら魔法使いだったんだろ? 昔は魔法が凄かったみたいな話はないのか?」

結局魔法に関する興味に帰結するアルムにミスティはし微笑ましさをじて笑みをこぼした。

「それは勿論魔法使いでしたわ。ですけど、ロードピス家みたいに魔法の腕がといった話は特に無かったはず……」

ええと……、と呟き、馬車の天井を見上げながらミスティは前任の領主の家の名前を思い出す。

「確か"マルジェラ家"、でしたでしょうか……? 間違えていたらごめんなさい」

やがて自信無さげに、アルムの問いに答えたのだった。

いつも読んでくださってありがとうございます。

幕間を挾んでここからまた本編です。

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